医療ニュース
2019年7月26日 金曜日
2019年7月26日 ライチを食べて子供が死ぬ理由
過去1ヶ月で、患者さんから受けた質問で最も多いひとつが「ライチは毒って本当?」というものです。主にネットニュースで「インドでライチを食べた子供が次々と死んでいる」という趣旨の報道がおこなわれているようです。
実はこれは今に始まったことではなく、インドでは過去にも同様の”事件”が報道されています。ここでは、なぜライチで子供が死んでしまうかについて解説したいと思いますが、まずは最近の報道を振り返ってみましょう。
2019年6月25日のBBCの記事「ビハール州の脳炎はインドの保健システムが原因(Bihar encephalitis deaths reveal cracks in India healthcare)」によると、2019年6月上旬頃よりビハール州のムザファルプル県で150人以上の子どもたちがライチを食べた後に死亡しています。BBCによれば、死亡した子供たちのほとんどがまともな医療を受けることができていません。
BBCは2017年にも同様の報道をしています。2017年2月1日の記事「インドの子供たちが空腹時にライチを食べて死亡(Indian children died after ‘eating lychees on empty stomach’)」で、毎年100人以上の子供が脳炎を起こして死亡していることを指摘し、その原因を医学誌『LANCET』から引用して紹介しています。
ここでその『LANCET』の論文を紹介しましょう。同誌2017年1月30日号(オンライン版)に「ムザファルプル県の脳炎のアウトブレイクと脳炎の関係(Association of acute toxic encephalopathy with litchi consumption in an outbreak in Muzaffarpur, India, 2014: a case-control study)」というタイトルで掲載された論文で、要旨は次のようになります。
・2014年5月26日から7月17日の間に390人の患者が入院し、うち122人(31%)が死亡した。
・この中からデータが残っている104人を選び、他の疾患で入院した同じ年齢の対照群コ(ントロール群)と比較した。
・発症24時間前のライチ消費量は対照群と比べて9.6倍だった。
・発症前に夕食を摂っていなかった割合は対照群と比べて2.2倍だった。
・ヒポグリシンA(hypoglycin A)もしくはMCPG(methylenecyclopropylglycine)の代謝物が、脳炎発症者73人の尿検体のうち48人から検出された。一方対照群からは検出されなかった。
・ムザファルプル県の36個のライチの殻を調べると、ヒポグリシンAの濃度は12.4μg/g~152.0μg/gの範囲で、MCPGは44.9μg/g~220.0μg/gの範囲だった。
ライチには2種の「毒素」が含まれており、その毒素が体内で糖を新生することを阻害することが分かっています。低栄養状態時にその毒素が体内に入ると急激に低血糖が進行し、糖の補給をおこなわなければ死に至る、というメカニズムです。
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BBCによると、この脳炎は現地では「急性低血糖脳炎(acute hypoglycemic encephalopathy) (AHE)」と呼ばれているそうです。過去20年以上にわたり毎年100人以上の子供が他界しており、かつては日本脳炎だと考えられていたそうです。しかし『LANCET』に報告されたことから、正確な診断と治療がおこなわれるようになり、患者数は減少傾向にありました。ところが、今年(2019年)は再び患者数が上昇し、その原因がBBCが指摘しているように脆弱な医療システムにあるというわけです。
日本人の場合、飢餓になるほどの状態でこの地を訪れることはまずないでしょうし、仮にライチの皮に含まれる毒素を摂取したとしてもすぐに糖分を摂れば問題ありません。むしろ、日本脳炎の方を注意すべきです。インド(のみならずアジア全域)に渡航するなら、日本脳炎のワクチン接種歴を確認しておくべきです。
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|2019年6月30日 日曜日
2019年6月30日 乳幼児期に犬と過ごせば食物アレルギーを予防できる?
「猫好き女子は肺がんで死にやすい」「単身者が犬を飼えば長生きできる」「乳児期に犬や猫に接するとアレルギーになりにくい」(いずれも下記「医療ニュース」参照)など、ここ1~2年で犬・猫が健康に与える研究がよく発表されるようになってきました。それだけ世間の関心が高いということでしょう。
今回紹介するのは「乳幼児期に犬と過ごせば食物アレルギー発症率が90%低下する」という俄かには信じがたい研究で、医学誌『Allergy』2019年5月11日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Dog ownership at three months of age is associated with protection against food allergy」(生後3か月で犬を飼っていれば食物アレルギーが予防できる)です。
英国の研究者が対象としたのは、「Enquiring About Tolerance(EAT)」と呼ばれる食物アレルギーの無作為化試験(聞き取り調査のようなもの)に登録された生後3ヵ月の乳児1,303人です。犬飼育の有無とアレルギー発症との関連が検討されています。生後36ヶ月時に食物アレルギーが発症したかどうかが調べられています。
その結果、「食物アレルギー」の診断がついたのは全体の6.1%。犬猫の飼育と食物アレルギーの関連を調査したところ、犬と一緒に過ごしていれば食物アレルギーの発症率がなんと90%も低下していたのです! さらに、2匹以上の犬を飼育していた家庭の乳児49人では発症者がゼロであり、犬の数が多いほど食物アレルギーを防ぐ可能性が高いことをほのめかしています。
ただ、残念なことに犬を飼っていてもアトピー性皮膚炎発症の予防にはならなかったようです。
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アトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎など他のアレルギー疾患と比較すると、食物アレルギーは過去10~20年間で、世界中で急増しています。そして、他のアレルギー疾患に比べると重症化、あるいは死に至る確率も高いと言えます。いったん発症すると、治癒しないことも多く、また完全な食物除去は思いのほか大変ですから、予防できる方法があるならありがたい話です。
この研究ひとつだけで「将来の食物アレルギー予防のために犬を飼いましょう」とまでは言えないでしょうが、犬を飼うことには他にもいくつもの利点がありますから、今後は(猫よりも)犬がペットとして注目されることになるかもしれません。
参考:医療ニュース
2019年2月23日「乳児期に動物に接するとアレルギーを起こしにくい?!」
2019年4月25日「ネコ好き女子は肺がんで死にやすい?!」
2018年1月26日「単身者は犬を飼えば長生き 雑種より猟犬が良い?」
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|2019年6月30日 日曜日
2019年6月30日 イチゴアレルギーで搭乗拒否
少し古い話ですが、世界中で話題になっている事件なので報告しておきます。
2018年9月、英国のLCC「トーマス・クック」が19歳の英国人女性を「イチゴアレルギーがあるから」という理由で搭乗拒否しようとしました。英国の3つのタブロイド紙による報道から概要をまとめてみます(注)。
19歳の英国人女性とその恋人の21歳の男性が休暇を利用してギリシャのザンテ島(Zante)にバカンスに出かけました。往路は問題なく搭乗できたものの、帰りの便の搭乗間際に「問題」が起こりました。女性は二人の客室乗務員にイチゴアレルギーの話をし、客室乗務員は「イチゴの成分が含まれるマグナーズ(アイルランド製のイチゴ入りビール)やロゼ・ワインを機内サービスで他の乗客に提供しない」と約束しました。
ところが、上司の女性客室乗務員がこれに納得しませんでした。報道によればこの客室乗務員は「あなたのせいで200人以上の乗客に機内サービスができないのは不快だわ。あなたはどういうつもりなの?(I’m not happy not serving these products because we’ve got more than 200 guests and what do you expect them to do?)」と言い、女性の搭乗を拒否しようとしたのです。
すると、女性の恋人がこの客室乗務員に「乗客の安全を重視しないのか」と詰め寄り、また他の客室乗務員もこの女性の味方となり、最終的には搭乗拒否しようとした客室乗務員も渋々女性の搭乗を認めました。そして、「重度のアレルギー患者が同乗しているため、イチゴの含まれたものは供給できません。また、フライト中はイチゴの飲食を控えてください」と機内アナウンスしたそうです。
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帰国後、この女性は今回の事件をSNSなどで公表し世界中で話題になりました。さて、このケース、航空会社が他の乗客へのイチゴを含む飲料の供給を中止したのは正しかったのでしょうか。
たしかに空気中に浮遊するアレルゲンを吸い込むことによって生じるアレルギーはあり得ます。Mayo Clinicのウェブサイトによれば、例えばピーナッツオイルのクッキングスプレー(私はそのようなものを見たことがありませんが)を吸い込んでアレルギー反応が起こることがあるそうです。
ですが、イチゴ入りのアルコールを飲んだ他の乗客の呼気でアレルギー反応が起こるとは到底考えにくいのです。ただし、万が一にでも発症すれば命に関わる可能性がありますから、これは今後科学的に検証していくべきでしょう。
ところで、太融寺町谷口医院の12年半の歴史を振り返ると、イチゴアレルギーはどんどん増えているような印象があります。オープンした2007年の時点では「フルーツのアレルギーは次第に種類が増えていき、そのうちに食べられるものが減っていくかもしれません」という説明をするときに、「イチゴアレルギーは稀です」と話していました。
それが、年を追うごとにイチゴアレルギーの患者さんが増えています。もっとも、イチゴだけでなく、他のバラ科のフルーツのリンゴ、モモ、ナシ、ビワ、サクランボなども増えているのも事実です。ただ、昔からリンゴやモモ、ビワなどのアレルギーは珍しくありませんでしたが、以前は「イチゴだけはOK」という人も少なくなかったのです。
ちなみに、イチゴアレルギーを含むバラ科のフルーツにアレルギーがある人はハンノキやシラカンバなどの樹木の花粉症も併発していることが多いと言えます。これをPFAS(花粉食物アレルギー症候群)と呼び、最近増加しています。
いずれにしても食物アレルギーがある人が搭乗するときは、早い段階で航空会社に相談しておくべきでしょう。アレルギーが理由で断られることはないと信じたいのですが、トーマス・クックのことを考えると「LCCは避けた方が……」という声が出てくるかもしれません。
注:英国のタブロイド紙である『Express』、『The Sun』、『Mirror』の記事です。
参考:はやりの病気
第173回(2018年1月)「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
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|2019年5月30日 木曜日
2019年5月30日 HTLV-1感染増加は九州だけでないと考えるべき
九州の若年者でHTLV-1感染者が増加していることが各メディアで報じられました。ただ、厚労省の発表とメディアの報道を比較して読んでみると、メディアの報道では誤解が生じるように思えるので、少し詳しく解説してみたいと思います。
まず各メディアは「九州の男性で増加」と強調しています。これは、今回発表されたのが九州のデータだからであり、全国調査の結果が発表されたわけではありません。ですから、九州以外の地域でも増加している可能性は充分にあります(後述するようにおそらく確実です)。
次に、男性だけで増加しているわけでもありません。たしかに厚労省の発表にも「AYA世代男性での感染者増加」と書かれているのですが、公表されたグラフをよくみると、「生年階層別HTLV-1陽性率」(11ページ)で90年代後半に生まれた女性(つまり現在20代前半の女性)の陽性率が上昇(急増)しています。
ここで基本的事項をおさらいしておきましょう。
HTLV-1の感染ルートは、母子感染、血液感染、性感染で、ちょうどHIVと同じです。ウイルス学的にもHIVとHTLV-1はよく似ていて、どちらも「レトロウイルス」に相当します。HIVというウイルスがまだ解明されていなかった頃にはHIVがHTLV-3と呼ばれていたことからもそれは分かります。
HTLV-1の感染者数はHIVと異なり、90年代以降は下降傾向にありました。これは母子感染予防が実施されたからです。日本には現在も100万人以上の陽性者がいるとされていますが、今後も減少していくであろうと見る医療者の方が多いと思います。
ただし現実はもう少し複雑です。
「第1次HTLV-1水平感染疫学調査」という調査がおこなわれ、医学誌『The Lancet Infectious Disease』2016年8月23日号(オンライン版)で報告されています。この研究が(少なくとも私にとっては)ものすごく興味深いのは「水平感染」を調べていることです。つまり、単に「現在HTLV-1陽性の日本人は〇人」としたものではないのです。
水平感染というのは母子感染以外の感染、すなわち血液感染と性感染のことを指します。日本ではHIV感染が血液感染であることは非常に稀でほとんどは性感染ですから、HTLV-1も血液感染よりも性感染の方がずっと多いことが予想されます。そして、これまではHTLV-1が性感染でどれだけ感染しているのかがよくわかっていませんでした。
少し遠回りになりますが教科書をみてみましょう。世界共通の医学の教科書『UpToDate』によると、異性愛者において「男性→女性」は「女性→男性」よりも感染しやすいとされています(100人・年当たり4.9対1.2)。また、例えば日本のセックスワーカーがどの程度陽性かというデータはないのですが、同書によれば、ザイールとペルーでは3.2〜21.8%の範囲で陽性とされています。
「第1次HTLV-1水平感染疫学調査」は、日赤の献血のデータベースを基におこなわれています。2005年1月1日から2006年12月31日までの期間で、16〜69歳の繰り返し献血をおこなった人のどの程度が新たにHTLV-1に感染したかが調べられたのです。その結果、追跡期間中(中央値4.5年)のあいだに、男性204人、女性328人の合計532人が感染していました。この数字から全国でどれくらいの人数が一年間の間にHTLV-1に新たに感染しているかを算出すると、男性975人、女性3,215人の合計4,190人となりました。ただし、1年間に新たにHTLV-1に感染する男性のストレートとゲイの割合を知る術はありません。
「第1次HTLV-1水平感染疫学調査」では、もうひとつ興味深いことがわかりました。それは感染者の居住地です。元々HTLV-1は九州(沖縄含む)に多いとされていたのですが、この調査では、女性は九州地方で最も多いのに対し、男性では20代と40-50代で九州よりも近畿地方などに多いことがわかったのです(このデータは先述した厚労省の発表に紹介されています)。
今回の発表の本質について述べます。「第2次HTLV-1水平感染疫学調査」というのが九州地方でおこなわれ、これが冒頭で述べたようにメディアで報道されています。この調査は2010~2016年におこなわれ、追跡期間中に九州地方でHTLV-1に感染したのは男性124人、女性105人の合計229人です。この数値を第1次HTLV-1水平感染疫学調査と比較すると、男性の新規感染者は大幅に伸び、女性には顕著な変化を認めません。
まとめていきましょう。
1つめの重要な点は、「第2次HTLV-1水平感染疫学調査」は九州でのみおこなわれたものであり、全国の状況を反映していません。すでに「第1次HTLV-1水平感染疫学調査」の時点で、男性は九州よりも他地域で感染者が増えていたわけですから、現在も九州よりも他地域で増加していることが予想されます。
2つめの重要な点は、先述したように現在20代前半の女性感染者が増えていることです。ただし、この傾向が九州だけでなく全国的に認められるのかどうかは分かりません。
3つめは男性に増えている「理由」です。発表では「AYA世代男性での感染者増加」とされていますが、この理由は解明されていません。大部分が性感染であることはほぼ間違いないと思いますが、感染者がストレートかゲイかは分かりません。ですが、若い女性の感染者が増えていることを考えると、ストレートの男性感染者も少なくなく、さらにその男性から女性に感染が広がっていると考えるべきではないかと思われます。
現在HTLV-1はすべての自治体で無料検査ができるわけではなく、HIV抗体検査をやっていてもHTLV-1は実施していない地域が大多数です。HTLV-1もHIVと同様、一度感染すると生涯体内に残ります。そして、HTLV-1がHIVよりもやっかいなのは、感染しても初期症状は起こらずに、その後も何の自覚もないままに何年、何十年と経過することです。無自覚・無症状のまま生涯を過ごせることも多く、ここだけを取り出すといいことのように思えなくもありませんが、これは裏を返せば「自覚のないまま他人に感染させる可能性がある」ということに他なりません。
参考:
はやりの病気
第47回(2007年7月)「誤解だらけのHTLV-1感染症(前編)」
第48回(2007年8月)「誤解だらけのHTLV-1感染症(後編)」
医療ニュース
2009年6月29日「HTLV-1が大都市で増加」
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|2019年5月30日 木曜日
2019年5月30日 女性の「マイスリー」は危険でない?
大切なことなのと”悪口”ではないためにあえて商品名を書きます。
別のところにも書きましたが、以前ある患者さんから次の言葉を聞いて愕然としたことがあります。
「一番弱いと聞いたマイスリーをください。深夜便の飛行機に乗るんです・・・」
このサイトで繰り返し伝えているように睡眠薬(の大半)は一般の人が思っているよりもはるかに危険です。過去には、マイスリーを飲んで意識がないままわが子を殺めた女性の話や、入院中のお婆さんをレイプした男性の話なども紹介しました。
今回紹介するのは医学誌『Journal of Clinical Psychopharmacology』2019年5月6月号(オンライン版)に掲載された「ゾルピデム(マイスリーの一般名)と性~女性は本当にリスクが高いのか~」(Zolpidem and Gender Are Women Really At Risk?) というタイトルの論文で、マイスリーを「擁護」しています。
この論文が作成されるきっかけは2013年にFDA(米国食品医薬品局)が公表したマイスリーの警告です。FDAは、女性は男性に比べて翌日にマイスリーが血中に残りやすいことを指摘し、2013年1月10日、投与量を男性の50%まで減量するよう警告書を発表しました。
今回紹介する論文はそのFDAの見解に疑問を投げかけています。男性と同様の量を内服した場合、翌日の血中濃度が女性の方が高くなることは認めているのですが、路上走行試験では運転障害に男女差が確認されていないことを挙げ、その他の性差も臨床的に認められていないことを主張しています。
さらに、女性への投与量を減らすことによって不眠の治療が不充分となり、それがかえって危険なのではないかと結論付けています。
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日本と同様、マイスリーは米国でもよく処方される睡眠薬で、少し古いデータですが、2011年には約6千万錠が処方され、これは2006年から20%増加しています。
重要なのは男女差を追求するのではなく、性に関係なくこのような睡眠薬を使わなくてもいい状態に持って行くことで、これこそが「真の治療」です。もちろん、将来的に止めなければならないのはマイスリーだけではありません。冒頭で紹介した患者さんが言うように、マイスリーよりも”強い”睡眠薬は多数あり、私の経験で言えば多くの人がその危険性をきちんと認識していません。よって、当院では「どうやって睡眠薬を減らしていくか」という観点で過去13年間治療をおこなっています。
参考:
はやりの病気第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
メディカルエッセイ第165回(2016年10月)「セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~」
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」
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|2019年4月25日 木曜日
2019年4月25日 カルシウムサプリでがん死亡率1.5倍
ほとんどのサプリメントや健康食品は摂取すべきでない、というのは太融寺町谷口医院のオープン以来、もう12年以上言い続けていることであり、先日はビタミンDについて述べました(はやりの病気第188回(2019年4月)「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」)。
今回はカルシウムのサプリメントが不要であるどころか有害性があることを述べたいと思います。とはいえ、カルシウムサプリの有害性は過去のコラム(メディカルエッセイ
第123回「カルシウムのサプリメントは危険か」)ですでに紹介しています。
今回は医学誌『Annals of Internal Medicine』2019年4月9日オンライン版に掲載された「米国成人におけるサプリメントや健康食品と死亡率の関係(Association Among Dietary Supplement Use, Nutrient Intake, and Mortality Among U.S. Adults: A Cohort Study)」から紹介します。
研究の対象者は、米国民保健栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey)に参加した20歳以上の米国人合計30,899人で、1999年から2010年まで追跡調査がおこなわれています。
平均(正確には「中央値」)6.1年の追跡期間中、死亡は3,613例。うち新血管系疾患での死亡が945例、がん死亡が805例。摂取栄養素別にみると、ビタミンA、ビタミンK、マグネシウム、亜鉛、銅の適量摂取例では、全死亡およびCVD死亡の減少が認められていますが、これは食事からの摂取に限られています。
注目すべきはカルシウムです。カルシウムのサプリを摂取していると摂取していないグループに比べ、がん死亡率がなんと1.53倍にもなっていたのです。
尚、この論文の結論としては「サプリメント摂取で死亡減少はない」とされています。
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このような大規模調査がおこなわれると、最近ではほとんど例外がなくサプリメントが有益とする結果は出ていません。にもかかわらずサプリメントの市場は好況のようです。有益性がないだけならまだしも、有害性があるのであるわけですから、太融寺町谷口医院ではこれからも、これまで通りサプリメントの危険性を警告していきたいと考えています。
医療ニュース2014年1月28日「やはりビタミン・ミネラルのサプリメントは利益なく有害」
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|2019年4月25日 木曜日
2019年4月25日 ネコ好き女子は肺がんで死にやすい?!
驚くべき論文が発表されました。
医学誌『Environmental Research』2019年2月25日で発表された論文「米国の18年間の追跡調査からみるペット飼育と肺がんのリスク(Pet ownership and the risk of dying from lung cancer, findings from an 18 year follow-up of a US national cohort)」によると、ネコ好きの女性は、ネコを飼っていない女性に比べて肺がん死亡率が2.85倍にもなるというのです。
この研究の対象者は、1988~94年に実施された第3回米国国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey)に協力した19歳以上の13,725人で、2010年12月31日まで追跡調査が行われています。
対象者の43%がペットを飼育しており、20.4%がネコ、4.6%が鳥を飼っていました。追跡期間中、肺がんで213人が死亡しています。女性でみると、ペット飼育者の肺がん死亡率は2.31倍。なかでもネコを飼育していると2.85倍と最も高くなっています。ちなみに鳥も2.67倍と有意差を持って高く、一方、イヌは1.01倍と関連がありません。
男性ではペット飼育と死亡率に有意な関係は認められていません。
尚、この分析では対象者の喫煙、飲酒、身体活動、体重、アトピー性疾患(喘息を含む)などの影響を調節した上で算出されています。
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この論文では数値を算出しているだけであり、なぜネコを飼育する女性が肺がん死亡率が高くなるのかは分かりません。太融寺町谷口医院の患者さんにもネコ好きの女性患者さんは非常に多く、なかにはネコのせいで喘息発作を起こしているのにネコと離れられないという人もいます。そういう場合は、生活に工夫をすることでネコと”共存”することが可能となりますが、そこまで進むのに時間がかかることもしばしばあります。
私がこの論文を読みかけたとき、きっと喘息発作を繰り返している人が死亡率を上げているのでは、と思っていました(とはいえ喘息と肺がんに関連があるわけではありませんが)。しかし、喘息やアトピーの因子も除外した上で統計処理がおこなわれていました。また、以前紹介したトキソプラズマとも無関係のようです。
今後物議を醸しそうな論文と言えるでしょう。
(参考)はやりの病気
第174回(2018年2月)「トキソプラズマ・前編~猫と妊娠とエイズ~」
医療ニュース2019年2月23日「乳児期に動物に接するとアレルギーを起こしにくい?!」
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|2019年3月31日 日曜日
2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
一般に閉経前後の更年期障害で用いる「ホルモン補充療法(HRT)」は乳がんや卵巣がんのリスク、さらに心血管系のリスクがあるものの、抑うつ感や不安感などの精神症状の緩和には有効とされています。早期閉経がアルツハイマーのリスクになるという考えもあり、ホルモン補充療法は認知症の予防にもなるのでは、という意見もあります。ですが、その反対にリスクを上げるという報告もあり現在決着がついていません。
先日論文が発表されたフィンランドの大規模研究では「ホルモン補充療法にはアルツハイマーのリスクがある」という結論が導かれています。
医学誌『The British Medical Journal』2019年3月6日号(オンライン版)に掲載された「フィンランドにおけるホルモン補充療法とアルツハイマー病(Use of postmenopausal hormone therapy and risk of Alzheimer’s disease in Finland: nationwide case-control study)」を紹介します。
研究の対照者は1999~2013年にアルツハイマー病と診断された閉経女性84,739人と、他の条件を合致させた同数の対照者です。
アルツハイマー病患者のうち15,768人(18.6%)が全身性(内服及びジェル・貼付薬)の補充療法を実施しており(論文のTable 1)、10,785人(12.7%)が腟剤のみ使用していました。対称者では、14,394人(17.0%)が内服を、11,170人(13.2%)が腟剤のみを使用していました。これらを解析すると、全身性の補充療法の使用率はアルツハイマー患者で有意に高く(これを数字で見ると大して「差」はなさそうなのですが、論文に掲載されたfig.2を見れば一目瞭然です)、逆に腟剤の使用率はアルツハイマー患者で有意に低くなっています。
ホルモン補充療法にはエストロゲン(卵胞ホルモン)単体とエストロゲンとプロゲステロン(黄体ホルモン)複合剤があります。それぞれのアルツハイマーのリスク上昇は前者で1.09倍、後者は1.17倍となりました。
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いくつか補足しておきます。
まず、日本でもフィンランドでも全身性のホルモン補充療法には内服以外にジェルや貼付剤などの皮膚から吸収されるものがあります。この論文ではそれらの比較ができておらず、どちらがよりアルツハイマー病のリスクとなるかは分かりません。
次に、エストロゲン単体とエストロゲン・プロゲステロン複合剤では、複合剤の方がアルツハイマー病のリスクが高くなっていますが、エストロゲン単体だと子宮内膜が増殖し子宮体がんのリスクが上がる可能性があります。
最後に、この論文を読む限り全身性(内服やジェル・貼付剤)はアルツハイマー病のリスクを上昇させるが、膣錠なら安心と解釈できますが、日本ではエストロゲンの膣錠は更年期障害に保険適用がありません。
いずれにしても、ホルモン補充療法は多くのことが期待できる一方で、乳がんや卵巣がん、心疾患系疾患、さらにアルツハイマー病のリスクがあるというわけです。
参考:医療ニュース
2007年4月30日「ホルモン補充療法の危険性」
2008年3月18日「ホルモン補充療法は中止後も乳がんのリスクが残存」
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|2019年3月31日 日曜日
2019年3月31日 親戚・身内にアルツハイマー、自身も高リスク
アルツハイマー病のリスクとしてよく取り上げられるのは、運動、食事、体重、喫煙、飲酒、社会活動、…、など多数ありますが、率直に言ってこれらのなかに”決定的”なものはありません。多少効果があるかもしれない、というものはありますが、これをすれば高確率で認知症を「防げる」あるいは「防げない」というものは見当たりません。喫煙がリスクを下げるとする研究もあるほどです。
ですが、決定的なリスク増加要因はあります。それは「家族歴」です。血縁者に認知症の人がいれば自身もいずれ認知症になりやすいというわけです。以前からこのことは指摘されており、遺伝子での解析もそれを実証していますが(後述)、大きな疫学研究は(私の知る限り)ありませんでした。
今回、これを証明するような研究が発表されたので紹介したいと思います。医学誌『Neurology』2019年3月13日号(オンライン版)に「Relative risk for Alzheimer disease based on complete family history(家族歴におけるアルツハイマー病の相対リスク)」という論文(全文が無料で読めます)が発表されました(注1)。
この論文を理解するために、まずは「血縁者の表現」を確認しておきましょう。日本では一親等、二親等、…と呼ばれる血縁者の表現は言語ごとに異なり、英語では次のように表現します。
・第一度近親者(first-degree relative):両親、きょうだい(兄弟・姉妹)、子供
・第二度近親者(second-degree relative):祖父母、孫、おじ・おば、甥・姪、片方の親が異なるきょうだい
・第三度近親者(third-degree relative):いとこ(first-cousin)(注2)、曽祖父母、ひ孫
この研究の対象者は1800年代のユタ州の開拓者及びその親族です。解析されたのは合計270,818人、うち4,436人が死亡時にアルツハイマー病の診断がついていました。
解析の結果、第一度近親者にアルツハイマー病患者が1人以上いると、自身も発症するリスクが1.73倍、2人以上なら3.98倍、4人以上ならなんと14倍にも上っていました。
また、第一度近親者と第二度近親者のいずれにもアルツハイマー病患者が1人いると、自身の発症リスクは2.04倍であり、第一度近親者に1人、第二度近親者に2人の場合は、自身の発症リスクは21.29倍まで上昇していました。
第一度近親者にアルツハイマー病患者がいない場合も、第二度近親者に2人以上の患者がいると発症リスクは1.25倍。第一度、第二度がゼロであっても、第三度近親者に2人以上の患者がいればリスクが1.17倍です。4人以上になると1.44倍となり、これは遠い関係であっても血縁者に患者が多ければ多いほど、自身のリスクも上昇することを示しています。
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この研究結果は当然といえば当然で、現在ではリスクを遺伝子で調べることができます。ApoE遺伝子の「ε4」の数が0か1か2かでリスクが大きく変わるのです。「ε4」を2つ(つまりホモで)持っているとリスクが11.6倍にもなることが分かっています(参照:メディカルエッセイ第179回(2017年12月)「これから普及する次世代検査」)。
お金をかけてApoE遺伝子を調べなくても、血縁者にアルツハイマー病罹患者がいれば、それだけでハイリスクと言えそうです。該当する人は、たとえ大きな効果がないとしても、運動や食事などの生活習慣を見直した方がいいかもしれません。
注1:論文そのものよりも、この論文を分かりやすく解説した米国の医療サイト「HealthDay」に掲載されたレポート「遠い親戚もアルツハイマーのリスクを上げる(Even Distant Relatives’ History Could Up Your Alzheimer’s Risk)」の方が読みやすいと思います。
注2:first-cousinを英語で説明するとa child of your aunt or uncleとなり日本語の「いとこ」と同じです。通常cousinと言えばfirst-cousinのことを指します。second-cousinは日本語でいうところの「またいとこ」または「はとこ」(a child of a cousin of your mother or father)です。third-cousinはWikipediaによると、Third cousins share at least one set of great-great-grandparents(曽祖父母の親が共通)となり、これは「みいとこ」(曽祖父・曽祖母の兄弟姉妹の曽孫)と同じになると思います。
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|2019年2月24日 日曜日
2019年2月23日 やはりベンゾジアゼピンは認知症のリスク
ベンゾジアゼピン系(以下BZ)は認知症のリスクになるのかならないのか。これは以前から繰り返し検討されているテーマです。「はやりの病気」第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」では、ひとつの大規模調査を紹介し、その結論は「BZは必ずしも認知症のリスクとなるわけではない」でした。
ですが、今回発表されたメタ分析(これまで発表された研究をまとめなおして総合的に検討する分析)では、この結論がくつがえされています。
医学誌『Journal of clinical neurology』2019年1月号に掲載された論文「ベンゾジアゼピン長期使用の認知症のリスク~メタ分析による~(Risk of Dementia in Long-Term Benzodiazepine Users: Evidence from a Meta-Analysis of Observational Studies)」によると、BZを用いることにより認知症のリスクが1.51倍となります。さらに、当然といえば当然ですが、作用時間の長いタイプのBZ使用者、長期使用者で認知症のリスクが高くなっています。
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このサイトで繰り返し述べているようにBZには強い依存性があります。たった1錠飲んだだけで人生が変わるとまでは言いませんが、使用には慎重にならなければなりません。過去に紹介した記憶のないままわが子を殺めた東京の主婦が飲んでいたのは「マイスリー」で、これもBZと同系統の薬剤です。
医療機関で簡単に処方することはありませんが、ときに患者さんは「前のクリニックでは簡単に処方してくれたのに……」と不満を言います。しかし、依存性が強く、記憶がなくなったり認知症のリスクが上がったりする薬剤を簡単に考えてはいけないのです。
参考:
はやりの病気
第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」
第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
GINAと共に第152回(2019年2月)「アダム・リッポンも飲むベンゾジアゼピンの恐怖」
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