医療ニュース
2025年2月13日 木曜日
2025年2月13日 睡眠薬により脳内に老廃物が貯まるメカニズム
「睡眠薬には初めから手を出さない方がいい」と当院では言い続けています。この表現は医療者からは嫌がられます。「睡眠障害で苦しんでいる人を余計に苦しめるではないか!」というのが彼(女)らの主張です。ちょうど、「覚醒剤は初めから手を出さない方がいいと」言うと「そんなことを言えば覚醒剤依存症の患者を傷つけるではないか!」という理屈と同じです。
当院でも大勢の覚醒剤依存症、睡眠薬依存症(≒ベンゾジアゼピン依存症)、その他依存性薬物の依存症の人たちを診てきましたから(今も診ていますから)、依存性物質摂取者をまるで犯罪者のようにみることには反対しますが、かといって最初に手を出す”敷居”を低くすることにはそれ以上に反対します。睡眠薬も覚醒剤も(どうしても必要という場合を除いて)初めから手を出さないのが最善なのは自明だからです。もちろん、「どうしても必要」という場合があるのは事実ですが、それでも危険性を知った上で摂取すべきです。
科学誌「Cell」2025年2月6日号に興味深い論文が掲載されました。「ノルエピネフリンを介した緩やかな血管運動が睡眠中のグリンパティック・クリアランスを促進する(Norepinephrine-mediated slow vasomotion drives glymphatic clearance during sleep)」です。
この論文を理解するにはタイトルに含まれる「グリンパティック・クリアランス」を押さえておかねばなりません。グリンパティック・クリアランス(Glymphatic clearance )とは、簡単に言えば「脳内の有害な老廃物が除去される際のプロセス」となります。つまり、このプロセスを経て脳内の老廃物が取り除かれるというわけです。もしも老廃物が脳内に残留したままであれば認知症やその他脳疾患のリスクが上昇するわけです。
この論文は2つの画期的な事象を証明しました。1つは「グリンパティック・クリアランスがうまく働くにはノルエピネフリンが血管に働きかけるプロセスが必要である」、もう1つは「睡眠薬がこのプロセスを妨げる」です。
脳の老廃物を取り除くには脳脊髄液(CSF)が循環しなければなりません。その循環には脳の血管がリズミカルに収縮することが必要です。そして、その収縮は脳内神経伝達物質のノルエピネフリンが担います。そして、そのノルエピネフリンは脳の青斑核(locus coeruleus)から放出されます。簡単に言えば次のようになります。
青斑核 → ノルアドレナリン → 脳内の血管のリズミカルな収縮 → 脳脊髄液の循環
これを覚醒時と睡眠時で比較すると次のイラストのようになります(この論文のページにあるイラストです)。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)01343-6
論文によると、このプロセスはノンレム睡眠(NREM sleep)のときに生じます。そして睡眠薬ゾルピデム(=マイスリー)がこのプロセスを破壊することをこの論文は示したのです。
もっとも、睡眠薬を使用すれば”深い睡眠”が得られるのは事実です。特に、ゾルピデムのような超短時間型の睡眠薬は「さっと効いてさっと切れる」ために、朝の目覚めも爽快です。だからクセ(=依存症)になるわけですが、実際には重要なクリアランスができなくなってしまっているわけです。
反対する意見もありますが、ゾルピデムは認知症のリスクを33%上昇させることを示した台湾の研究があります。ゾルピデムのせいで我が子を殺害した40代の母親の話は過去に紹介しました。これらの原因が、ゾルピデムにより上記クリアランスが適切におこなわれなかったことにあると考えるのが自然ではないでしょうか。
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|2025年2月6日 木曜日
2025年2月6日 肉食ダイエットはほどほどに……
8か月間「肉食ダイエット」を続けた40代男性が手のひらが黄色くなったことで病院を受診した事例が症例報告として論文に掲載されました。
その論文は「JAMA Cardiology」2025年1月22日号に掲載された「肉食を摂る男性の黄色い結節(Yellowish Nodules on a Man Consuming a Carnivore Diet)」です。
症例は米国フロリダ州在住の40代の男性で、8カ月前からいわゆる「肉食ダイエット」を開始し、手のひら、肘、足の裏に黄色い結節が生じ、そこから滲出液が出てきたためにタンパ市の病院を受診しました。
男性の日々の食生活は、バター1本(約200グラム)、チーズ6~9ポンド(約3~4キログラム)、及びハンバーガーのパテで、血中総コレステロール値はなんと1,000mg/dLを超えていたそうです。
ただ、男性は「体重が減り、エネルギーが増し、頭がすっきりした」と報告し、この肉食ダイエットを実施したことに後悔はしていないようです。
この男性の手のひらの写真が「New York Post」に掲載されていますので貼り付けます(下記タイトルにリンクを貼っています)。
Man who only ate cheese, beef and sticks of butter for 8 months suffers shocking side effect
「New York Post」によると、肉食ダイエットの熱心な信者は蛋白質摂取を信条とし、野菜も含め他の栄養素を摂らず、この食生活が体重を減らし健康状態を改善するのに役立つと主張しているとのことです。
************
この症例報告を読んで私が思い出したのは、2016年に他界したジャーナリストの桐山秀樹さんです。糖質制限を自ら実践し、その極端な食事療法を絶賛する著書も出版されていましたが、若くして心筋梗塞で亡くなりました。正式に公表されたわけではありませんが、心筋梗塞の原因は極端な糖質制限のせいでLDLコレステロールが高値だったことではないかと推測されています。
参考:はやりの病気第182回(2018年10月) 糖質制限食の行方 その3
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