医療ニュース
2024年10月11日 金曜日
2024年10月11日 幼少期に「貧しい地域に住む」か「引っ越し」がうつ病のリスク
なんともショッキングな研究が発表されました。幼少時に「貧しい地域に住む」あるいはただ単に「引っ越し」をするかの経験があれば成人してからうつ病を発症しやすくなるというのです。
医学誌「JAMA Psychiatry」2024年7月17日号に掲載された「時間の経過とともに変化する近隣の所得不足、幼少期の転居、および成人期のうつ病リスク(Changing Neighborhood Income Deprivation Over Time, Moving in Childhood, and Adult Risk of Depression)」です。
研究の対象者は、1982年1月1日から2003年12月31日までの期間にデンマークで生まれ、生後15年間を同国内で過ごした合計1,096,916人(男性563,864人=51.4%)です。統計分析は2022年6月から2024年1月まで実施されました。分析に使われたのは、「出生から15歳までの各年の居住地における近隣所得欠乏指数(neighborhood income deprivation index )」と、「幼少期全体の平均所得欠乏指数(mean income deprivation index)」で、居住地を移動したかどうかについては、「滞在者」の定義を「幼少期全体を通じて同じゾーンに住んでいた個人」、「移動者」は「そうでない個人」とされています。
結果、追跡調査中に35,098人(女性23,728人=67.6%) がうつ病と診断されました。幼少期に貧困地域に住んでいた人は、うつ病のリスクが10%上昇しました。所得不足が増加するごとに、うつ病のリスクも上昇していることが分かりました。また、近隣の貧困状態とは無関係に、幼少期の引越しは成人期のうつ病発生率を増加させることが分かりました。2回以上の引っ越しでそのリスクは61%も上昇していました。
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この研究が正しいとして、それが日本にもあてはまるのならば、親がいわゆる「転勤族」で(あるいはその他の理由で)15歳までに引っ越しを繰り返していた場合、うつ病になりやすいということになってしまいます。
「子育て」に議論を呼びそうな研究です。しかし、すでに成人している人は今さら過去を変えられません。ただ、もしかすると「自分は転勤族の親の元で育ったからうつ病のリスクがあるんだ」と把握することは役に立つかもしれません。どのような疾患でも「自身のリスクを知る」は重要だからです。
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|2024年9月19日 木曜日
2024年9月19日 忍耐力が強い人は長生きする
困難にぶつかったときそれに耐えて乗り越えることができる人は長生きする、という研究が発表されました。医学誌「BMJ Mental Health」2024年9月3日号に掲載された論文「健康と退職に関する研究における心理的回復力と全死亡率の関連性(Association between psychological resilience and all-cause mortality in the Health and Retirement Study)」です。
研究の対象者は米国で実施された「The Health and Retirement Study」という調査に2006年から2008年に協力した50歳以上の10,569人(平均年齢66.95歳、58.84%が女性)で、死亡のデータは2021年5月までの記録が使われています。調査期間中に合計3,489人が死亡しています。
対象者には、忍耐力(perseverance)、落ち着き(calmness)、目的の自覚(a sense of purpose、自立心(self-reliance and the recognition that certain experiences must be faced alone)などの性格を測定する尺度を用いて「忍耐力のスコア」がつけられました。スコアが最も低い(忍耐力がもっとも低い)グループはQ1、最も高いグループはQ4とされ、対象者は4つのグループに分類されました。
グループごとに死亡率を解析すると、Q1に比べて、Q2は追跡期間の12.3年間で死亡率区が20.2%減少、Q3、Q4はそれぞれ26.8%、38.1%減少していました。10年生存率でみると、Q1~Q4のそれぞれは、61.0%、71.9%、77.7%、83.9%と「忍耐力が強いほど生存率が高い」という結果になりました。Q4はQ1に比べて死亡リスクが53%低いことを示しています。この関連性は、性別、人種、BMIなどの特性を調整した後でも統計的に有意でした。
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私が研修医の頃にはまったく気づきませんでしたが、医師として長い間大勢の患者さんを診ていると、たしかに忍耐力が強い人は健康な印象があります。高校の同級生で例えていえば、真面目でコツコツと何にでも取り組み決して楽をしようとしないタイプです。
めったに休まず、遅刻は絶対にせず、宿題をきちんと提出し、苦悩に遭遇しても嫌な顔ひとつせずに決してその苦役から逃げ出さないようなタイプです。こういうタイプの人は高齢になってからも太らず、規則正しい生活を続けています。
と考えると、1限目の授業には顔を出さず、学校をさぼって親が呼び出され、宿題をした記憶がほとんどない私のような人間は早死にすることになりそうです。
しかし私の場合、大人になってからいつの間にか忍耐力が出てきたような気がします(そのつもりになっているだけかもしれませんが)。(自分で言うのもなんですが)困難に遭遇しても(まあ、たいした困難ではありませんが)それを困難と感じないようになってきました。こんな私は長生きできるのでしょうか。できたとしてもできなかったとしてもこの年齢になればこれからも忍耐力を維持するしかありません。
では私に忍耐力がついてきた(つもりな)のはなぜか。たぶん、高校卒業以降の経験です。様々な人との出会いがあり、私の精神は鍛えられてきたのだと思います。そして様々な苦悩(といってもたいしたものではないのですが)を通して「人生は耐え忍ばねばならない」という”真実”を知りました。
もしもこんな私が長生きできたとすれば、「忍耐力は成人してからも身につく」を誰かに研究で示してほしいな、と妄想しています。
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|2024年9月16日 月曜日
2024年9月8日 糖質摂取で認知症のリスクが増加
今月号の「はやりの病気」で、「コレステロールが認知症の(予防できる)最大のリスク因子だ」という画期的な報告を紹介しました。その報告には他にも認知症のリスクが紹介されていて、これらはしっかりとしたエビデンスがある因子と考えて差支えありません。
今回紹介する認知症のリスクについても「前向き研究」(対象を2つのグループに分け数年後にどれだけ違いがあったかを検証する方法)で検討されていますから、それなりにエビデンスレベルは高いと言えます。医学誌「BMC Medicine」2024年7月18日号に掲載された論文「砂糖摂取と認知症リスクの関連性:210,832人の参加者を対象とした前向きコホート研究(Associations of sugar intake, high-sugar dietary pattern, and the risk of dementia: a prospective cohort study of 210,832 participants)」を紹介します。
研究の対象者は英国のデータベース「UK Biobank cohort」に参加した210,832人で、平均年齢は56.08±7.99歳、116,153人(55.09%)が女性です。食事中の糖質の相対摂取量(%g/kJ/日)がどれだけ認知症のリスクにつながるかが調べられました。結果、糖質の摂取量が多ければ認知症全体では31.7%のリスク上昇、アルツハイマー病では24%リスクが上昇することが分かりました。
興味深いことに、ApoEε4で調べると、ヘテロでもつ(ApoEε4を1つもつ)場合に、糖の摂取が最もリスクになることが分かりました。なぜ、ホモでもつ(ApoEε4を2つもつ)ときにリスクが低下しているのかは不明ですが、サンプル数が少なくて正確な結果がでない可能性が指摘されています。
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砂糖を含む製品にもいろいろあり、生のフルーツが本当に認知症のリスクになるのかについては結論を出さない方がいいでしょう。確実にリスクとなる砂糖を含む製品は「砂糖入り飲料」です。
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|2024年9月6日 金曜日
2024年8月29日 エムポックスよりも東部ウマ脳炎に警戒を
2年ぶりにエムポックスが大きな流行を見せたということで、一部の世論が大騒ぎしているようですが、たとえ海外渡航が多い人でも現時点ではそう心配する必要はありません。一方、現在米国に渡航するなら最大限の警戒をしなければならないのが東部ウマ脳炎です。
まずはエムポックスからみていきましょう。「2022年に流行したタイプと異なり、重症型が流行り出した」と世間では言われているようですが、これは必ずしも正しくありません。報道と論文から下記にエムポックスを分類してみます。
「クレード」という言葉は「タイプ」と考えてもらって差支えありません。また、DRCはコンゴ民主共和国のことなのですが、この言い方は西隣のコンゴ共和国と混乱してしまいますから、ここではDRC(=Democratic Republic of the Congo)とします。なお、この国のかつての名称「ザイール共和国」の方が今も名は通っていると思います。
クレードⅠa:DRCの中央部から西部で以前より報告がある。小児に多く重症化する。致死率は10%とも言われている
クレードⅠb:DRCの東部で比較的最近流行が始まり、これが現在世界のメディアで話題になっている。感染者のほとんどが成人で、性感染による。感染者の1/3が女性のsex worker。致死率は0.6%と低い。現在、DRCのみならず隣国の ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、さらに隣国のケニアに広がり、感染した旅行者がスウェーデンとタイで発覚
クレードⅡ:2022年5月ナイジェリアより広がったタイプ。世界116ヵ国で以上約10万人感染し208人が死亡。ゲイが多数。致死率は3.6%とされる
「2年前のタイプと異なり、今流行しているタイプは恐ろしい」と言われていますが、こうやって数字をみてみると、むしろ2年前のタイプ(クレードⅡ)よりも致死率が低いことが分かります。ただし、この疾患はまだまだ分かっていないことが多く、そもそもアフリカ諸国の統計がどこまで正確か、という問題があります。また、クレードⅠaの致死率が高いのは、死亡者が「不衛生な環境に置かれた小児」であることを考慮しなければなりません。
目下のところ、エムポックスは、性的接触などヒトとの濃厚な接触に注意していれば充分だと思われます。ただし、2年前とは異なり「男性・男性間」だけでなく、その他の”組み合わせ”の場合も気を付けた方がいいでしょう。
あまり注目されていないようですが、現在最も注意しなければならない感染症のひとつが(米国に渡航した場合ですが)、東部ウマ脳炎です。この感染症、感染すれば極めて重症化します。致死率は33%、助かっても何らかの後遺症を残すと言われています。
感染経路は「蚊」です。蚊対策といえば東南アジアや中南米でのデング熱などの対策が重要なことは有名ですが、実は北アメリカの東部でも必要になります。
最近、米国マサチューセッツ州で夜間外出禁止令(curfew)が発令されました。同州は東部ウマ脳炎の好発地区で、報道によると、同州で2019年から2020年にかけて東部ウマ脳炎を発症したのは17人、うち7人が死亡しています。
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新型コロナウイルスの流行が終わり、入れ替わるようにデング熱が猛威をふるっています。蚊対策は思いのほか面倒で「蚊対策が大変だから渡航先を変える」という人もでてきています。米国は安心だと思われていますが、一部の地域では蚊のせいで「夜間外出禁止令」が出されているのが現状です。
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|2024年9月5日 木曜日
2024年8月4日 いびきをかけば認知症のリスクが低下?
意外な研究結果です。一般には「ない方がいい」とされているいびきが「あれば認知症のリスクが低下する」というのです。
医学誌「Sleep」2024年6月29日号に掲載された「いびきと認知症のリスク:前向きコホートおよびメンデルランダム研究(Snoring and risk of dementia: a prospective cohort and Mendelian randomization study)」です。
研究の対象は英国のデータベース(UK Biobank)に登録された451,250人で、自己申告によるいびきの有無と認知症との関係が調べられました。フォローアップ期間が中央値で13.6年で、その間に8,325人が認知症を発症しました。
結果、驚くべきことに、いびきをかく人は認知症全体のリスクを7%、アルツハイマー病のリスクを9%低下させることが分かったのです。特に、高齢者とApoEε4をホモで持つ人(遺伝的にアルツハイマー病のリスクが最も高い人)でその傾向が強いことも分かりました。
メンデルランダム研究という方法で解析すると、アルツハイマー病は体重と関係がある(やせている方が発症しやすい)ことが分かりました。
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この研究には注意が必要です。一般に体重は重いほどいびきをかきやすくなります。そして、一般にアルツハイマー病では体重が減ってきます。ということは、いびきをかくから認知症のリスクが低いのではなく、認知症になったから体重が減って、その結果いびきが少ない、ということなのかもしれません。
つまり、若い頃からいびきをかく人が認知症のリスクが低いのではなく、高齢者でいびきが少ないということは体重が減ってきている可能性があり、その体重減少が認知症によるものかもしれないわけです。
そもそもいびきを伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群は認知症のリスクになることは明らかです。つまり、いびきをかく人は認知症のリスクが少ないと喜ぶのではなく、そのいびきが閉塞性睡眠時無呼吸症候群のサインではないかという点に注意しなければなりません。
ただし、すべてのいびきが閉塞性睡眠時無呼吸症候群と関係があるわけではありません。いくら音が大きくてもそのいびきが規則的であればまず心配いりません。他方、音が小さくても不規則ないびきや呼吸停止があるようなきちんと検査をすべきです。最近は、保険診療で簡単に夜間の計測ができるようになりましたし(当院でも実施しています)、(AppleWatchやAura ringなどの)ウェアラブルデバイスで睡眠の状態を調べることもできます。
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|2024年8月5日 月曜日
2024年7月15日 感謝の気持ちで死亡リスク低下
過去のコラム(マンスリーレポート2022年12月「誰もが簡単に直ちに幸せになれる方法」)で、他人に感謝の気持ちを伝えることで、その人も、あなた自身も、さらにその光景を見ていた他の人も幸せな気持ちになるという話をしました。今回は幸せになるだけでなく、死亡リスクを減らすことを示した研究を紹介しましょう。
その研究は、医学誌「JAMA Psychiatry」に2024年7月3日に掲載された論文「米国の高齢女性看護師の感謝と死亡率(Gratitude and Mortality Among Older US Female Nurses )」に掲載されています。
研究の対象者は「米国看護師健康調査(Nurses’ Health Study=NHS)」に登録した米国の49,275人の高齢女性看護師で、質問に答えた期間は2016年から2019年、データ分析は2022年12月から2024年4月まで実施されました。
結果、参加者のうち4,608人が死亡していました。質問に答えた時点での感謝の気持ちが大きいほど、死亡リスクが低下していたことが判りました。(様々な因子を調節した後)、感謝の気持ちが最も高い上位3分の1の人たちは、下位3分の1の最も低い人たちに比べて、全死因死亡リスクが9%低かったのです。死因別にみてみると、心血管疾患による死亡は死亡リスクが15%も減っていたことが判りました。
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この研究は規模が大きいだけでなく、対象が看護師ですから質問にきちんと答えている可能性が高く追跡調査も比較的おこないやすかった、つまり研究の信ぴょう性はそれなりに高いと考えられます。
他人への感謝の気持ちを持ち続けていれば、特に心臓の安定につながるのでしょう。いつも怒っている人に比べて、いつも穏やかで他人に感謝しニコニコしているような印象の人は自律神経のバランスが適切にとれていて心拍数も安定していることが想像できますから、統計上の数字だけでなく我々の感覚としても納得しやすいのではないでしょうか。
人間は他人と争ってもろくなことはありません。
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|2024年6月30日 日曜日
2024年6月30日 マルチビタミンで死亡率上昇?
2007年の開院以来、谷口医院には数多くのサプリメントに関する相談が寄せられています。当院の方針としては、ほとんどのサプリメントにおいて「必ず摂取してください」とも「してはいけません」とも言いません。その時点で分かっているエビデンスについて説明するだけです。
ですが、例外的に「摂取してください」とするものと「摂取してはいけません」と伝えているものがいくつかあります。
最も「摂取してください」と助言しているのはビタミンDです。2007年の時点でははっきりしていませんでしたが、その後、食事からの摂取では限度があることがよりはっきりしてきました。谷口医院のスタッフの健診でもビタミンDのサプリメントを摂取していない人で基準量に達していた人はほぼゼロです。日本人を対象とした疫学データをみても、8~9割の日本人は規定量に達していません。
他方、「摂取してはいけません」の代表は、小林製薬の事件にもなった「紅麹」です。これはそもそも国によっては禁止されているスタチンですし、高いお金を出さなくても安全なスタチンが保険で処方できるからです。わざわざ高いお金を出して危険なスタチンを内服する意味がないわけです。
紅麹ほどではないにせよ、質問されれば「やめた方がいいのでは?」と助言することが多いのがウコンです。使用者の数を考えれば割合は少ないとは言えますが、肝不全を起こすことがあり海外では死亡例も出ています。米国、豪州、イタリアでは危険性が公表されています。
さて、前置きが随分と長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「マルチビタミンは死亡率を減らさない」とした論文、医学誌「JAMA」2024年6月26日号に掲載された「3つの米国前向きコホートにおけるマルチビタミンの使用と死亡リスク(Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts)」です。
この研究は対象者の数が多いため、エビデンスレベルは高いと言えます。米国の健康な成人390,124人を対象に20年以上追跡され、「マルチビタミンを毎日摂取しても死亡率が減らない」ことが分かりました。
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マルチビタミンは意味がないのになぜビタミンDは必要なのか、と疑問に感じる人もいるでしょう。実は、当院では推奨しているビタミンDも「摂取すれば死亡リスクが減る」ことを示したエビデンスレベルの高い研究があるわけではありません。
それに、ビタミンDはかつては骨折や骨粗しょう症を予防するとされていましたが、この考えは現在では完全に否定されています。では、ビタミンDは何に役立つのでしょう。アレルギー疾患を予防する、感染症を予防する、コロナ後遺症のリスクを減らす、などいろいろと言われますが、これらを証明した大規模研究があるわけではありません。
ではなぜ必要なのか。骨折を例にとれば、ビタミンDのレベルが少なければ骨が脆くなるのは事実です。しかし、大規模調査でみればビタミンD摂取が骨折を減らすわけではありません。これはどういうことでしょうか。「社会全体でみればみんながビタミンDを摂取しても全体の骨折が減るわけではないけれど、個人でみればビタミンDが少ない人は骨折しやすいですよ」と解釈するしかありません。
摂取の適正基準値が本当に正しいのか、という問題もありますが、決められた量に達していなければ不安になります。えらそうに言っている私自身もその程度の知識しかないことをここで告白しておきましょう。
参考:はやりの病気
第248回(2024年4月) 危険なサプリメント
第188回(2019年4月) ビタミンDが混乱を招く2つの理由
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|2024年6月9日 日曜日
2024年6月5日 15歳老けてみえる人は大腸がんかも
現在世界的に若年者の大腸がんの増加が問題となっています。最近、「早期発症の大腸がん患者は実年齢より生物学的に15年年上」、言い換えれば「実年齢より15年老けてみえる」という研究が発表されました。
2024年5月31日から6月4日まで、米国シカゴで「2024年米国臨床腫瘍学会年次総会(2024 American Society of Clinical Oncology annual meeting)」が開催されました。その総会で、オハイオ州立大学総合がんセンターが発表した研究のなかにこのようなものがあったのです。
なぜ、早期発症の大腸がんが増えているのかはよくわかっていないのですが、西洋式の食事 (高脂肪、低食物繊維食) が、大腸がんの発生率増加と関連している可能性が指摘されています。腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢)は食物繊維を分解して発酵させ、腸内壁の健康維持に重要な役割を果たす有益な腸内細菌を作り出します。高脂肪、低繊維食は腸内の微生物バランスを崩し、結果として腸内の炎症が惹起されます。
炎症が持続すればがんが発症しやすくなるのはよく知られた事実で、大腸でいえば、潰瘍性大腸炎やクローン病といったいわゆる炎症性腸疾患(IBD)は大腸がんのリスクとなります。脂肪肝で肝臓に持続的な炎症があると肝臓がんのリスクが上がりますし、慢性膵炎は膵臓がんのリスクです。熱傷や外傷などで皮膚に傷を負うと、やがてそれが皮膚がんのリスクとなります。
オハイオ州立大学総合がんセンターの研究者らはエピジェネティクスという遺伝子の研究から「早期発症の大腸がん患者は実年齢よりも平均して生物学的に15歳年上」であることを示しました。たとえば、45歳の早期発症の大腸がん患者は、60歳の生物学的特徴を持っている(=60歳に見える)ということです。
これらをまとめると、「高脂肪食+低食物繊維食 → 腸管に炎症 → 老けてみえる + 大腸がんのリスクが上昇」となります。
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『ブラックパンサー』の主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンは43歳の若さで大腸がんで2020年に他界しました。彼を「(43+15=)58歳に見える」と言えばファンから怒られそうです。
「大腸がんで若くして他界した有名人」を検索すると「ザ・ギンギンマルのオガタ。36歳で急逝」と出てきました。私はこの芸人を知らなかったのでwikipediaで画像検索すると、確かに同世代の相方よりも老けているような印象があります。しかしやはり彼を「(36+15=)51歳に見える」と言えばファンに失礼でしょう。
老けてみえるかどうかは別にして「炎症」が多くの疾患の原因であるのは間違いありません。では「炎症を起こさないようにするためには何をすべきか」となって、それには多数の注意点があるのですが、「太らない(脂肪肝を避ける)、いいものを食べて腸内環境をよくする(例えば超加工食品は避ける)、ストレスを避ける(脳に炎症が起こると考えられるようになってきました)」あたりは常に注意すべきでしょう。
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|2024年5月31日 金曜日
2024年5月31日 インターネットは幸せにつながる
インターネットは我々の生活を劇的に改善させましたが、そのせいで人々が孤独になり精神衛生上は良くないという指摘があります。それは事実なのでしょうか。「そんなことはなくてインターネットは人を幸福にする」を示した研究を紹介したいと思います。
医学誌「Technology, Mind, and Behaviour」2024年5月13日号に掲載された論文「インターネットの使用と幸福感の関連性に関するマルチバース分析(A Multiverse Analysis of the Associations Between Internet Use and Well-Being)」です。
研究の対象は168か国の2,414,294人で、調査期間は2006年から2021年です。インターネットにアクセスできること、またはインターネットを積極的に使用することが、幸福につながるかどうかが調べられました。結果、インターネット接続と幸福の間に統計的に有意な正の関連性(つまりインターネットの利用がえれば幸せが増す)が認められ、インターネットは生活満足度や目的意識などの幸福度指標を高めるという結論が導かれました。
この論文について、科学誌「Nature」が5月12日に取り上げています。同誌は「インターネットにアクセスできる人は、ウェブにアクセスできない人に比べて、生活満足度、肯定的な経験、社会生活への満足感の尺度で平均8%高いスコアを獲得し、オンライン活動は人々が新しいことを学び、友達を作るのに役立ち、これが有益な効果に寄与する可能性がある」とインターネットの利点を強調しています。
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このような研究を待つまでもなく、インターネットが人を豊かにしているのは明らかだと私は思いますが、SNSには弊害があることもまた自明と言えるでしょう。SNSの普及により、心を病む若者が増え、それが自殺率の上昇につながっていることが繰り返し指摘されています。
ワシントンポストによると、米国では学校でスマホ中毒とも呼べる状態の生徒が多く、これを阻止するため、登校時にロックのかかるポーチにスマホを収納することを義務付ける学校が増えています。当初は生徒や保護者からの反対が多かったものの、継続して実行すると生徒どうしの(本来のかたちの)コミュニケーションが増え、授業に集中できるようになってよかったという意見が多いそうです。
上記Natureの記事では、「過去1週間にインターネットを利用した15~24 歳の女性は、ウェブを利用しなかった人に比べて、住んでいる場所への満足度が低い。これは、自分のコミュニティで歓迎されていないと感じる人々がオンラインで過ごす時間が長いためかもしれない」とするこの論文の研究者の意見を載せています。ということは、もともと幸せでない人がインターネットにアクセスしているということなのかもしれません。
いずれにしても大切なのは「使い方」でしょう。たしかに(一部の)若者のように、SNSで承認欲求まるだしの自慢話を披露したり、他人の悪口を書きまくっていたりすれば心を病んでいくのも無理もありません。一方、勉強や情報収集のツールとしてインターネットを用いるならこれほど便利なものもありません。一種の”革命”と呼んでもいいでしょう。ということは「ネットは〇か×か」ではなく、「人を幸せにするネット利用法は?」を考えればいいわけです。
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|2024年5月1日 水曜日
2024年5月1日 座りっぱなしの死亡リスクはコーヒーで解消? 30分減らせば血圧低下
座りっぱなしの健康リスクが極めて大きいことはこのサイトで繰り返し伝えてきていますし、世間でも周知されてきています。世界的には「座りっぱなしは新たな喫煙(Sitting is the New Smoking)」とも言われています。
今回は座りっぱなしに関する最近発表された2つの研究を紹介します。まずは「長時間座りっぱなしの生活をしていてもコーヒーを飲めば死亡リスクが増えない」というちょっと信じられない研究で、医学誌「BMC Public Health」2024年4月17日号に「毎日の座っている時間とコーヒーの摂取量と、米国成人における全死因および心血管疾患による死亡リスクとの関連性(Association of daily sitting time and coffee consumption with the risk of all-cause and cardiovascular disease mortality among US adults)」というタイトルで掲載されています。
研究の対象者は2007~2018年の米国民健康・栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey of US)に参加した10,639人(平均年齢47.1歳、女性50.0%)です。観察期間中に合計945人が死亡、うち284人が心血管疾患で死亡しています。1日8時間以上座る人は、4時間未満の人に比べて、全死因死亡リスクは46%上昇、心疾患での死亡リスクは79%上昇していました。
コーヒー摂取量が最も多い人(1日540g以上)は、コーヒーを飲まない人に比べると、全死因死亡リスクが33%減少、心血管系疾患での死亡リスクは54%減少していました。
また、「1日6時間以上座るコーヒーを飲まない人」は、「1日6時間未満しか座らずコーヒーを飲む人」に比べて、全死因死亡率が58%上昇していたものの、長時間座っていてもコーヒーを飲んでいればそのリスク上昇がないことが分かりました。
もうひとつ、最近発表された研究を紹介しましょう。「1日当たりの座りっぱなしの時間を30分以上減らせば血圧が下がる」とするもので、医学誌「JAMA Netw Open」2024年3月27日号に掲載された「高齢者の座位時間の減少と血圧 ランダム化臨床試験(Sitting Time Reduction and Blood Pressure in Older AdultsA Randomized Clinical Trial)」です。
研究の対象者は60~89歳でBMIが30~50の男女283人(試験開始時の平均年齢68.8歳、女性65.7%)で、座りっぱなしの時間を30分減らすよう介入されたグループ140人と、介入なしの143人に分けられました。結果、介入されたグループでは6カ月後に収縮期血圧(上の血圧)が平均3.48mmHg低下していました。
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補足しておくと、コーヒーの研究では1日540g以上の意味がよく分かりません。通常コーヒーは1杯あたりに使用される豆の重さは10からせいぜい15g程度です。ということは540gだと1日50杯近くになりますが、これほど飲んでいる人がそんなに多いはずがありません。ということは、「豆ではなく飲むコーヒーの重量」と考えればいいのでしょうか。しかし、コーヒーの比重を仮に1.2とすれば540÷1.2=450mLとなり、通常のコーヒーカップ2杯ちょっとということになり、これでは少ないような気がします。結局よくわかりませんが、常識的な範囲でコーヒーをたくさん飲む人は座りっぱなしの心疾患系疾患のリスクが減ると考えておくのがいいでしょう。
血圧の方の研究は対象者のBMIが30以上と肥満の人だけで検討されています。日本人にはそのまま応用できない可能性があります。座りっぱなしの研究は欧米で先行していて、日本人を対象としたものはあまりありません。今後日本の研究に注目したいと思います。
参考:医療ニュース2023年9月30日「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇」
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