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2025年6月1日 日曜日

2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」

 2025年5月30日から6月3日までシカゴで米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology’s Annual Meeting = Asco)が開催されています(本稿執筆は6月1日)。その学会の前夜にあたる5月29日、英国の画期的ながんの治療方針が発表されました。英紙The Telegraphは「革命(revolutionise)」という言葉を用いてこの発表を取り上げました。

 その「革命」の解説の前に、最近の肺がんの治療の特徴をまとめておきましょう。

 日本でも過去数年で肺がんの治療が大きく変わってきています。2017年8月、「EGFR遺伝子変異検出」が保険承認され臨床現場で使われるようになりました。「遺伝子検査」と聞くと、「その人がどんな遺伝子を持っているかを調べる検査」とイメージしがちですが、この遺伝子検査はそうではなく、誰もが持っている「EGFR遺伝子」に「変異」があるかどうかを調べるものです。肺がんを発症すると一部の患者さんに(日本人の肺がん患者の3~4割に)EGFR遺伝子に変異が起こります。

 この検査は生検(がんの一部を採取する検査)した組織を使って実施します。単に「変異の有無」が分かるだけでなく、「どのような変異があるか」まで調べることができます。たとえば、「exon19欠失」(非小細胞肺がんでよくある変異)、「L858R変異」(肺腺がんによくある変異)といった感じで、どのような変異があるかが分かるのです。そして、その変異の起こり方でどの薬が効くかを予測することができます。

 以前は(2017年までは)、肺がんの診断がついてもどの抗がん剤が有効かについてはおおまかなことしか分からず、そのため抗がん剤の効果が出ずに副作用に苦しめられるということが多々ありました。ところが、現在では、すべての肺がんで、というわけにはいきませんが、肺がん患者の3~4割はEGFR遺伝子に変異があり、その変異の内容を調べることで、あらかじめ効くと分かっている分子標的薬(従来の抗がん剤とは異なるカテゴリーの薬)を使えるようになったのです。残念ながら、そのうちに「耐性」ができ(つまり、それまで効いていた分子標的薬が効かなくなって)完治するまでには至らないことが多いのですが、それでも余命を大きく伸ばすことができるようになりました。

 では、話を英国の「革命」に進めましょう。英国が発表したのは、この遺伝子検査を「生検したがんの組織」で調べるのではなく、「血液検査」で実施するというものです。これを「リキッドバイオプシー」と呼びます。生検はがん組織を直接取る検査で、気管支鏡を使うか、あるいは胸腔鏡下に直接取ります(手術のようなものです)。もちろん、どちらもそれなりに大変です。これらをせずに採血で済ませるというのですから、「革命」という表現もあながち大げさとは言えないでしょう。では、日本ではなぜ生検をするのか。それはリキッドバイオプシーだと精度に劣るからです。

 ところが英国ではリキッドバイオプシーを広く普及させると言うのです。ということは、詳しいことはまだ分かりませんが、英国ではリキッドバイオプシーの精度向上に成功したということでしょう。The Telegraphによると、英国では今後リキッドバイオプシーが肺がんの標準検査となり、さらに女性の乳がんも対象とし、今年は2万人(肺がん15,000人、乳がん5,000人)に実施し、今後膵臓がん、胆嚢がんを含む合計6種類のがん患者を対象とする予定です。

 驚くことはまだあります。なんと英国ではこのリキッドバイオプシーを「がんの早期発見」に使うというのです。つまり、現在の日本のように「遺伝子検査をがん治療の方針決定のためにおこなう」のではなく、「リキッドバイオプシーでがんの早期発見をする」というのです。そして、最終的には、「40歳以上のすべての人にリキッドバイオプシーをがんのスクリーニング検査として実施する」ことを計画しています。

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 これが実現すればまさに「革命」でしょう。40歳になれば健康診断のひとつの項目に「リキッドバイオプシー」が加えられ、早期発見・早期治療ができるようになるというのですから。しかも、「採血→検査→薬剤投与」という流れになり、今後検査の質が上がって薬が改良されていけば、以前は「死に至る病」だったがんが、「採血と内服で完治する病気」になるかもしれません。

 医療費も大きく減少します。The Telegraphは「リキッドバイオプシーの導入で、肺がん治療費が年間1100万ポンド(約20億円)削減される可能性がある」としています。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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