医療ニュース
2025年6月29日 日曜日
2025年6月29日 食物アレルギーがある人の搭乗、重症化したり拒否されたり……
国際航空輸送評価機関のSKYTRAXは毎年航空会社のランキングを発表しています。2025年の航空会社トップ10は次の通りです。
1位 カタール航空
2位 シンガポール航空
3位 キャセイパシフィック航空
4位 エミレーツ航空
5位 全日空
6位 ターキッシュエアラインズ
7位 大韓航空(Korean Air)
8位 エアフランス
9位 日本航空
10位 海南航空(Hainan Airlines)
シンガポール航空は「航空会社のランキング」では2位ですが、「客室乗務員ランキング」では世界一、「ファーストクラスランキング」でも世界一です。
では、そんなシンガポール航空の「ビジネスクラス」に登場すればどれだけのおもてなしを期待できるのでしょうか。
報道によると、2024年10月8日、ニューヨークの小児科医Doreen Benary氏はフランクフルト発ニューヨーク行きのシンガポール航空SQ026便のビジネスクラスに搭乗しました。氏は重度の甲殻類アレルギーを有しているために事前に客室乗務員にその旨を申告していました。ところがエビが入った機内食を出され、異変に気付いた氏が客室乗務員に質問したところ、客室乗務員はミスを認め謝罪しました。しかし様態は重症化し、緊急着陸が必要となり、氏はパリで救急搬送され、2つの医療機関で治療を受けました。
航空会社ランキング世界2位のシンガポール航空がこの対応では大変心許ないわけですが、では他のランキング入りしている航空会社なら安心できるのでしょうか。
英国のリアリティ番組「Love Island」の出演者Jack Fowler氏は、カタール航空搭乗時にナッツアレルギーであることを客室乗務員に申告していたのに、二度も機内食として出されあやうく死にかけたことを自身のSNSに投稿したことが報道されています。氏はカタール航空の客室乗務員に、ナッツにアナフィラキシー反応を起こすことを5回も伝え、食事が提供されるたびにナッツが入っていないことを保証してくれるようお願いしていました。しかし、搭乗直後に供されたペストリーにはナッツが使われていました。それを客室乗務員に伝えると、客室乗務員は謝罪したそうです。しかしその後、砕いたピスタチオが入ったアイスクリームを提供され、それには気付かず口にしてしまいました。幸いなことに、数秒以内に喉が詰まって舌が腫れ始めたためにすぐに吐き出して事なきを得たようですが、もしもある程度の量を飲みこんでいたら大変な事態になっていたでしょう。これは2023年の出来事です。
2024年、Jack Fowler氏に再び悲劇が襲いました。今度はカタール航空ではなく、エミレーツ航空です。やはり、食事前に客室乗務員にナッツアレルギーについて伝えていました。ところが提供されたチキンカレーを食べた直後に異変に気付き、客室乗務員に「息ができない」と伝え、食事にナッツが入っているかどうか尋ねました。客室乗務員は「食事にナッツは入っていない」と言いましたが、同乗していた友人がメニューを見てカレーにカシューナッツが含まれていることに気づきました。氏は着陸を急いでもらいドバイの空港に着陸後救急病院に搬送されました。氏は自身でエピペンを注射する動画と、酸素マスクを着用した写真をSNSに投稿しています。エミレーツ航空の広報担当者は、氏の体験について謝罪し「お客様の安全と健康を非常に真剣に考えています」と述べました。
優良航空会社とされているからこそ報道されるのかもしれませんが、シンガポール航空、カタール航空、エミレーツ航空と超一流とされている航空会社がこれだけの失態をおかしていることを考えると食物アレルギーを持っている人たちは不安でならないと思います。
一方、これらとは正反対の対応をして、そして非難をあびているのがLCCです。2018年に、イチゴアレルギーだからという理由で英国のLCC「トーマス・クック」の便への搭乗を拒否された19歳の英国人女性については過去の医療ニュース「イチゴアレルギーで搭乗拒否」で紹介しました。
トルコのLCC「サンエクスプレス」で似たような事件がありBBCが報道しています。2024年5月21日、BBCのフリーランスの気象キャスターGeorgie Palmer氏が家族と共にロンドン・ガトウィック空港発、(トルコの)ダラマン行きの便に登場し離陸を待っているときに、ピーナッツアレルギーをもつ12歳の娘Rosieさんにアレルギー症状が出始めました。乗客が食べているピーナッツが原因と考えたGeorgie Palmer氏と夫は乗務員に「(乗客に)ピーナッツを食べないようアナウンスしてほしい」と要請しました。ところが、客室乗務員と機長はその要求を受け入れず、結果、家族一同が飛行機から強制的に降ろされる事態となりました。
機内でピーナッツアレルギーを発症するのは空気中に浮遊しているピーナッツの粒子よりも、椅子やテーブルに付着しているピーナッツの破片を口にしてしまうことで発症するケースが多いと言われていますが、このアレルギーは一気に重症化する可能性があり、また機内は室内よりもずっと空気が乾燥していることからアレルギーを持つ当事者や保護者はやはり乗客がナッツ類を口にするのは避けてほしいと考えます。
実際、上記のBBCによると、ブリティッシュ・エアウェイズ、イージージェット、ライアンエアー、ジェット2などの航空会社は、乗客からの要望があれば客室乗務員がアナウンスを行いナッツを提供しないそうです。
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これらの情報をまとめると、超一流の航空会社では乗客が申告しているのにも関わらず、アレルギー物質が含まれるものを提供し、他方LCCでは搭乗に慎重になりすぎているような印象を受けます。実際には、このような出来事が報道されるのはごくわずかでしょうし、日々いろんなトラブルが生じているのでしょう。
英国からフランスへのフライト中に食物アレルギーで他界した15歳の少女は、空港内のサンドイッチ店で購入したバゲットに含まれていたゴマが原因でした。父親は娘にエピペンを2本打ちましたが助かりませんでした。父親はこうした悲劇を防ぐために、他界した娘の名前を付けた「The Natasha Allergy Research Foundation」を2019年に設立しました
食物アレルギーが怖いのは一気に重症化して命に関わることもあるという点です。そしてときに原因物質を偶発的に口にしてしまうこともあります。特に海外滞在時や飛行機への搭乗には注意が必要で、谷口医院ではエピペンの携帯だけでなく、英文の診療情報提供書をパスポートにはさんでおくよう助言しています。
参考:医療プレミア
2024年9月23日 エピペンは万能ではない 注意しすぎることはない食物アレルギー
2024年9月30日 死に直結する食物アレルギー 悲劇を繰り返さないため、注目したい二つの薬
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|2025年6月1日 日曜日
2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」
2025年5月30日から6月3日までシカゴで米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology’s Annual Meeting = Asco)が開催されています(本稿執筆は6月1日)。その学会の前夜にあたる5月29日、英国の画期的ながんの治療方針が発表されました。英紙The Telegraphは「革命(revolutionise)」という言葉を用いてこの発表を取り上げました。
その「革命」の解説の前に、最近の肺がんの治療の特徴をまとめておきましょう。
日本でも過去数年で肺がんの治療が大きく変わってきています。2017年8月、「EGFR遺伝子変異検出」が保険承認され臨床現場で使われるようになりました。「遺伝子検査」と聞くと、「その人がどんな遺伝子を持っているかを調べる検査」とイメージしがちですが、この遺伝子検査はそうではなく、誰もが持っている「EGFR遺伝子」に「変異」があるかどうかを調べるものです。肺がんを発症すると一部の患者さんに(日本人の肺がん患者の3~4割に)EGFR遺伝子に変異が起こります。
この検査は生検(がんの一部を採取する検査)した組織を使って実施します。単に「変異の有無」が分かるだけでなく、「どのような変異があるか」まで調べることができます。たとえば、「exon19欠失」(非小細胞肺がんでよくある変異)、「L858R変異」(肺腺がんによくある変異)といった感じで、どのような変異があるかが分かるのです。そして、その変異の起こり方でどの薬が効くかを予測することができます。
以前は(2017年までは)、肺がんの診断がついてもどの抗がん剤が有効かについてはおおまかなことしか分からず、そのため抗がん剤の効果が出ずに副作用に苦しめられるということが多々ありました。ところが、現在では、すべての肺がんで、というわけにはいきませんが、肺がん患者の3~4割はEGFR遺伝子に変異があり、その変異の内容を調べることで、あらかじめ効くと分かっている分子標的薬(従来の抗がん剤とは異なるカテゴリーの薬)を使えるようになったのです。残念ながら、そのうちに「耐性」ができ(つまり、それまで効いていた分子標的薬が効かなくなって)完治するまでには至らないことが多いのですが、それでも余命を大きく伸ばすことができるようになりました。
では、話を英国の「革命」に進めましょう。英国が発表したのは、この遺伝子検査を「生検したがんの組織」で調べるのではなく、「血液検査」で実施するというものです。これを「リキッドバイオプシー」と呼びます。生検はがん組織を直接取る検査で、気管支鏡を使うか、あるいは胸腔鏡下に直接取ります(手術のようなものです)。もちろん、どちらもそれなりに大変です。これらをせずに採血で済ませるというのですから、「革命」という表現もあながち大げさとは言えないでしょう。では、日本ではなぜ生検をするのか。それはリキッドバイオプシーだと精度に劣るからです。
ところが英国ではリキッドバイオプシーを広く普及させると言うのです。ということは、詳しいことはまだ分かりませんが、英国ではリキッドバイオプシーの精度向上に成功したということでしょう。The Telegraphによると、英国では今後リキッドバイオプシーが肺がんの標準検査となり、さらに女性の乳がんも対象とし、今年は2万人(肺がん15,000人、乳がん5,000人)に実施し、今後膵臓がん、胆嚢がんを含む合計6種類のがん患者を対象とする予定です。
驚くことはまだあります。なんと英国ではこのリキッドバイオプシーを「がんの早期発見」に使うというのです。つまり、現在の日本のように「遺伝子検査をがん治療の方針決定のためにおこなう」のではなく、「リキッドバイオプシーでがんの早期発見をする」というのです。そして、最終的には、「40歳以上のすべての人にリキッドバイオプシーをがんのスクリーニング検査として実施する」ことを計画しています。
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これが実現すればまさに「革命」でしょう。40歳になれば健康診断のひとつの項目に「リキッドバイオプシー」が加えられ、早期発見・早期治療ができるようになるというのですから。しかも、「採血→検査→薬剤投与」という流れになり、今後検査の質が上がって薬が改良されていけば、以前は「死に至る病」だったがんが、「採血と内服で完治する病気」になるかもしれません。
医療費も大きく減少します。The Telegraphは「リキッドバイオプシーの導入で、肺がん治療費が年間1100万ポンド(約20億円)削減される可能性がある」としています。
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