医療ニュース

2017年1月25日 水曜日

2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる

 胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になって様々な危険性が指摘されるようになり、先日も新たなリスクを紹介(注1)したばかりですが、また新たな報告がありましたのでお伝えします。

 胃薬PPIやH2ブロッカーはクロストリジウム・ディフィシルやカンビロバクターといった消化器感染症のリスクを上昇させる…

 医学誌『British Journal of Clinical Pharmacology』2016年1月5日号(オンライン版)でこのような報告(注2)がおこなわれました。

 今回の研究の対象者はスコットランド東部のTayside在住の成人です。PPIもしくはH2ブロッカーの内服歴のある188,323人と、そういった胃薬を内服していない376,646人が比較されています。調査期間は1999年から2013年です。細菌検査は、入院していない人は外来で、入院した人は病院でおこなわれており、外来と入院で別々に検討されています。

 結果、入院しなかった人たちでは、胃薬を飲んでいれば飲んでいない場合に比べて細菌性腸炎を起こすリスクが2.72倍になり、入院した人たちでは、そのリスクが1.28倍になっていました。

 この研究は細菌ごとに検討されています。クロストリジウム・ディフィシル感染症は、入院しなかった人たちでは胃薬を内服していると感染するリスクが1.7倍に、入院した人では1.42倍になっていました。カンビロバクター感染症は、入院しなかった人たちで3.71倍、入院した人たちで4.53倍にもなっていました。

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 クロストリジウム・ディフィシルは、他の細菌感染治療目的で抗菌薬を投与しているうちに増殖してくる「薬剤耐性菌」としてよく知られており、ときに致死的になる感染症です。最近では、抗菌薬を投与された患者が使用していたベッドをその次に使用した患者がクロストリジウム・ディフィシルに感染するリスクが上昇するという報告(注3)もあり注目されています。

 カンピロバクターは細菌性腸炎の原因菌として有名で、鶏肉の刺身やタタキから感染することが多いのが特徴です。頻度が小さいとはいえ、感染するとギラン・バレー症候群(注4)を発症することもあります。

 今回の研究だけで、PPIとH2ブロッカーがこういった感染症を起こしやすいと断言できるわけではありません。しかし、実は、FDAは2012年の時点で、PPIがクロストリジウム・ディフィシルのリスクになることを発表しています(注5)。(この発表はそれほど注目されておらず、日本で発売されているPPIの添付文書には一応記載がありますが(注6)、処方時にすべての患者さんに説明されているわけではありません。私はPPIの処方が長期に及ばない限りは診察室で説明していません)

注1:医療ニュース 2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

注2:この論文のタイトルは「Acid suppression medications and bacterial gastroenteritis: a population-based cohort study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bcp.13205/abstract

注3:この論文のタイトルは「Receipt of Antibiotics in Hospitalized Patients and Risk for Clostridium difficile Infection in Subsequent Patients Who Occupy the Same Bed」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2565687

注4:ギラン・バレー症候群については下記を参照ください。

はやりの病気第73回(2009年9月)「ギラン・バレー症候群」

注5:この発表のタイトルは「FDA Drug Safety Communication: Clostridium difficile-associated diarrhea can be associated with stomach acid drugs known as proton pump inhibitors (PPIs)」で、下記URLで読むことができます。

http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm290510.htm

注6:例えば、PPIで最もよく処方されるひとつである「ネキシウム」の添付文書には、4ページ目の「10 その他の注意」の(6)に記載があります。下記URLを参照ください。

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00059751.pdf

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月23日 月曜日

2017年1月23日 胃薬PPIは精子の数を減らす

 高い効果と安全性から世界中で幅広く使用されている胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が、最近になって危険性が次々と指摘されるようになってきた、ということを何度かお伝えしてきました。簡単に振り返っておくと、「認知症のリスクになる可能性」(注1)、「血管の老化を促し動脈硬化のリスクを高める」(注2)、「脳梗塞のリスクとなる」(注3)、などです。

 今回お伝えするのは、PPIの新たなリスクかもしれない「精子の数が減る」という報告についてです。医学誌『Fertility and Sterility』2016年12月号(オンライン版)に論文が掲載されています(注4)。

 オランダの研究チームは、妊娠を計画しているオランダ在住の男性2,473人から、精子量の少ない241人を選抜し、対象グループとして精子数が正常の714人を選び、両グループとPPI使用との関係を分析しました。

 結果、精子の検査日の6~12ヶ月前にPPIを開始していた場合は精子数が減少するリスクが2.96倍高いことが判りました。一方、PPIを開始して6ヶ月以内であれば減少するリスクは認められなかったそうです。

 PPIは胃酸の分泌を強力に抑制する薬剤です。この研究から言えることは、PPIを長期服用し長期間胃内のpH値を上昇させることが精子に悪影響を与える可能性があるということです。(そのメカニズムは不明です) 尚、胃酸の分泌を下げる他の薬H2ブロッカーについては調査されていないようです。

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 妊娠を考えている男性、あるいはすでに不妊治療を開始している男性であっても、医師からPPIを中止するように言われている人はほとんどいないのではないでしょうか。女性の場合は妊娠中に飲んではいけない薬がたくさんありますが、男性の場合は精子に影響を与える薬はそれほど多くありません。

 一部の抗癌剤、リウマチの薬、免疫抑制剤、抗ウイルス薬などが該当しますが、おおまかにいってこれらは軽症でない疾患に使われることが多く、処方する際には医師や薬剤師から注意があります。比較的多く処方されている薬ではSSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。これは海外で受精率が低下するという報告がありますが、大規模調査で認められているわけではありません。

 SSRIよりもPPIの方が処方量が多いのは間違いありません。今後、PPIの内服が長期にわたる可能性がある場合、あらかじめこの精子が減るリスクについて説明がおこなわれるべきかもしれません。

注1:はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:医療ニュース(2016年8月29日)「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

注3:医療ニュース(2016年12月8日)「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」

注4:この論文のタイトルは「Are proton-pump inhibitors harmful for the semen quality of men in couples who are planning pregnancy?」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.fertstert.org/article/S0015-0282(16)62800-5/abstract

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2017年1月12日 木曜日

2017年1月12日 タバコの規制で世界の5300万人が禁煙成功

 2008年から2014年の7年間で88か国の5300万人以上が禁煙に成功。これはタバコ関連の死亡者2200万人以上を減らしたことになる…。

 医学誌『Tobacco Control』2016年12月12日号(オンライン版)にこのような報告が掲載されました(注1)。

 タバコ関連死が多すぎることを問題にしていたWHO(世界保健機関)は、2005年、「FCTC」(Framework Convention on Tobacco Control、タバコ管理の枠組み協定)を制定し、2015年には世界の186か国がこの枠組みを承認しています。(これは世界の人口の95.8%をカバーしますが、米国は(なぜか)承認していません)

 WHOのFCTCは禁煙の具体的な案をまとめた「MPOWER」と呼ばれる禁煙支援策を2008年に打ち出しました。冒頭で述べた7年間の成果はこのMPOWERを実施した結果ということになります。MPOWERを実施したのは88か国で、禁煙成功者の合計が5300万人以上になるそうです。

 ここでMPOWERを具体的にみてみましょう。

M:Monitor tobacco use and prevention policies.(タバコの使用状況及び予防施策を把握)
P:Protect people from tobacco smoke.(タバコの煙から人々を保護)
O:Offer help to quit tobacco use.(禁煙希望者への支援提供)
W:warn about the dangers of tobacco.(タバコの危険性を警告)
E:Enforce bans on tobacco advertising, promotion and sponsorship.(タバコの広告、販売促進、後援の禁止を強化)
R:Raise taxes on tobacco.(タバコ税増税)

 7年間でタバコ関連死を免れた2200万人の内訳は次のようになります。

700万人:タバコ税の上昇による
540万人:禁煙法による 
410万人:健康への警告による
380万人:広告の禁止による
150万人:禁煙への(治療などによる)介入による

 報告によれば、MPOWERの6つの項目のすべて(あるいはほとんど)に積極的に取り組んだブラジル、パナマ、トルコで特に喫煙者の大きな減少が認められたそうです。

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 本文にあるMPOWERについて、日本政府はどこまで実施しているのでしょうか。M(把握)は一応はできているでしょう。P(保護)はどうでしょうか。今も日本では全面禁煙のレストランや食堂、カフェはほとんどありません。O(支援提供)は一部の会社で実施していますが、ほとんどの人はその恩恵にあずかっていません。W(警告)は不充分でしょう。国によっては、肺がんの肺や老けた皮膚をタバコのパッケージに載せているところもありますが(例えばタイ)、日本ではそのような試みもありません。

 E(広告などの禁止の強化)はどうでしょう。タバコの広告は現在では禁止されていますが、キャンペーンは頻繁におこなわれていますし、繁華街ではタバコのサンプルを配っている光景を目にすることもあります。R(税増税)については一応は実施していますが、海外諸国と比べると日本のタバコが安いことはよく指摘されます。

 世界で最も喫煙に厳しい国のひとつがシンガポールです。同国ではタバコ代が非常に高く(1箱1,000円以上します)、海外からの持ち込みには申告が必要で、申告を怠れば高額のペナルティを払わされます。道端での喫煙は違法行為で罰金をとられ、レストランやカフェでも全面禁煙のところが多く、そのため喫煙者は減少の一途をたどっています。少なくともアジアでは最も喫煙率の低い国となっています。

 シンガポールではここまで禁煙対策を実施して何が起こったか。平均寿命・健康寿命とも共に上昇し、日本よりも健康寿命が長いとする報告もあります。今後日本が先進国かつ健康な国を維持するにはもっと大胆な禁煙政策が不可欠ではないか、というのが私の考えです。

注1:この論文のタイトルは「Seven years of progress in tobacco control: an evaluation of the effect of nations meeting the highest level MPOWER measures between 2007 and 2014 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://tobaccocontrol.bmj.com/content/early/2016/12/09/tobaccocontrol-2016-053381.abstract?sid=406dc11e-951b-42a9-8a73-81f8ac1a10f7

「概要」では情報量が多くありません。下記なら(無料で)もう少し詳しい情報を知ることができます。

https://gumc.georgetown.edu/news/smoking-down-number-of-lives-saved-up-as-more-counties-embrace-tobacco-control-measures

参考:
医療ニュース2016年12月25日「1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍」

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2017年1月6日 金曜日

2017年1月6日 合成大麻が生んだ「ゾンビ」がNYで集団発生

 ゾンビがニューヨークでアウトブレイク! 原因は合成大麻!

 このようなタイトルの論文が医学誌『The New England Journal of Medicine』2016年12月14日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 2016年7月12日、ニューヨーク市ブルックリン地区で33人が合成大麻で精神に異常をきたし、うち18人が救急搬送されました。これを報道した地元のメディアは33人を「ゾンビ」と表現しました。

 米国カリフォルニア大学の研究者が、この「ゾンビ」の原因物質が「AMB-FUBINACA」であることを突き止めました。論文によれば、この物質は「AB-FUBINACA」の類似物(エステル化アナログ)で、AB-FUBINACAはファイザー製薬が研究用に開発した大麻に似た物質です。同社の特許(patent)が2009年に切れ、特許情報が公開されたことから裏社会で開発されることになったのでしょう。裏社会でつくられたAB-FUBINACAはデザイナーズ・ドラッグとして世界中に流通するようになりました。世界で初めて使用者からAB-FUBINACAが検出されたのは2012年で、これは日本です。

 AMB-FUBINACAの作用は大麻の嗜好性の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)のなんと85倍だそうです。合成大麻といえば、ヨーロッパのSpiceや米国のK2がよく知られていますが、AMB-FUBINACAはこれらの50倍もの作用があるそうです。

 救急搬送された18人の年齢は25~59歳(平均36.8歳)で全員が男性。論文によれば、搬送された男性は、ぼんやりした目つき(blank stare)で、手足の動きが緩慢で機械的、そしてゾンビのようなうめき声を上げていたそうです。

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 少し解説を加えます。まず、大麻(マリファナ、ハシシ、ガンジャなど呼び方は多数あります)とは、麻の花または葉から精製されたもので嗜好性があります。日本では覚醒剤や麻薬と同じように報道されることがあり同類のものと思われがちですが、こういった違法薬物とはまったく異なります。大麻は医薬品としても使われており、医療用大麻は世界の多くの地域で合法です。嗜好用大麻も米国の8州(+ワシントンD.C.)を含む世界の多くで合法化されており、今後他の地域や国にも広がるとみられています。(ただし私自身は大麻合法化に賛成しているわけではありません。詳細は下記(注2)を参照ください)

 大麻は多くの化学物質から構成されていますが重要な成分はCBD(カンナビジオール)とTHCです。CBDは医療用として用いられ、これには嗜好性がありません。THCに嗜好性があるために、通常の大麻を使用すれば身体が弛緩し恍惚感が得られます。今回「ゾンビ」を生み出したAMB-FUBINACAはそのTHCの85倍とのことですから、救急搬送されるのも無理はありません。

 特許が切れれば内容を公開しなければならないのは規則ですが、その規則のせいで合成大麻が出回っているということを考えなければなりません。

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注1:正確なタイトルは「”Zombie” Outbreak Caused by the Synthetic Cannabinoid AMB-FUBINACA in New York」、直訳すれば「ニューヨークで合成大麻AMB-FUBINACAが原因で”ゾンビ”がアウトブレイク」)です。下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1610300#t=abstract

注2:下記を参照ください。

NPO法人GINA「GINAと共に」第126回(2016年12月)「これからの「大麻」の話をしよう~その2~」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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