医療ニュース
2014年10月29日 水曜日
2014年10月29日 糖尿病新薬「SGLT2阻害薬」服用で5人が死亡
今年(2014年)になり、糖尿病の新しい薬「SGLT2阻害薬」が次々と発売になり、現在6つの製品(スーグラ、フォシーガ、ルセフィ、デベルザ、アプルウェイ、カナグル(9月3日発売))が発売されています。さらに、今年中にもう1種類「エンパグリフロジン」という一般名のものが発売になる予定です。わずか1年で同じ機序の薬が7種類、それも合計で15もの製薬会社が発売するという過去に例をみない事態となっています。これは、それだけSGLT2阻害薬が大きなマーケットになっているということです。
新しい薬が発売になるときは、しばらくの間は副作用に注意しなければならないのですが、医療ニュース2014年7月3日「糖尿病新薬「SGLT2阻害薬」の副作用」でお伝えしたように2014年6月13日の時点で脳梗塞3例を含む重篤な副作用が報告されています。
その後の副作用の情報が『日経メディカル』2014年10月17日号(オンライン版)でまとめられているので、ここで簡単に報告したいと思います。同誌によりますと、これまでで合計5人の死亡例が報告されています。
スーグラ服用者で1人、フォシーガが3人、デベルザ/アプルウエィで1人です。(デベルザとアプルウェイは同じもので、一般名は「トホグリフロジン」です)
いずれのケースも、これらSGLT2阻害薬の服用と死亡との因果関係は断定はできません。合計投与患者数は明らかでなく、医療機関が必ずしも届出をおこなっているとも限らず、正確な死亡発現頻度は不明です。また、どのSGLT2阻害薬でリスクが高いかといった比較ができるわけでもありません。
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合計5人の死亡は、SGLT2阻害薬との因果関係は断定はできませんし、仮にSGLT2阻害薬が原因だとしてもそのメカニズムは明らかにされていません。しかしながら、以前お知らせしましたように脳梗塞が3例発症したことと合わせて考えると、急激な脱水が起こったことが原因である可能性があります。
SGLT2阻害薬は、血中の”不要な”糖を尿と一緒に排出する薬です。ということは、糖と一緒に血中に”必要な”水分も排出してしまう可能性があります。実際、糖と一緒にナトリウムの排出が増えることが分かっており、ナトリウムの排出が増えると水分の排出も増えるのです。
ここからいえることは、SGLT2阻害薬を内服するときは水分摂取に気をつけよう、ということになります。しかし、糖尿病のせいで尿量が多いために日頃から積極的に水分を摂取しているという人も多いわけで、そのような人たちに「さらに水分を・・・」というのは大変かもしれません。
どうしてもSGLT2阻害薬が必要な人は、そのあたりに注意して服用を続けなければなりませんが、果たして、「どうしてもSGLT2阻害薬が必要な人」はそんなに多いのでしょうか。古くから使われている安くて安全な薬もあるわけです。
わずか1年で同じ機序の薬が7種類、それも合計で15もの製薬会社が発売するという事態が私には異様に感じられます・・・。
(谷口恭)
参考:
医療ニュース2014年7月31日「糖尿病新薬「SGLT2阻害薬」の副作用」
はやりの病気第125回(2014年1月)「糖尿病治療の変遷」
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|2014年10月27日 月曜日
2014年10月27日 歩く速度が遅いのは認知症のリスク
認知症のリスクにはいろんなことが言われていて、生活習慣病や喫煙はその最たるものです。その逆に、認知症のリスクを下げる方法には絶対的なものはありませんが、運動がリスク低下につながるとした報告はいくつかあります。
では、運動不足はどうかというと、直感的には運動不足は認知症のリスクにつながりそうです。今回は「運動不足」ではなく「歩行時の速度」ですが、認知症のリスクについて興味深い研究が発表されましたので紹介したいと思います。米国Yeshiva University(イェシーバ大学)のJoe Verghese氏らがおこなった研究が医学誌『Neurology』2014年8月19日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。
研究者らは、まず「運動認知リスク症候群」(motoric cognitive risk syndrome, 以下MCR)という概念に注目しています。この概念は、まだ日本の教科書などには登場していませんが、近年少しずつ注目されるようになってきており、定義としては「遅い歩行速度と軽度の認知異常がある状態」となると思います。
今回の研究の対象者は、認知症になっていない60歳以上の男女26,802人です。過去におこなわれた疫学データを分析し、MCRと認知症の関係が調べられています。
研究開始時点で全体の9.7%がすでにMCRと呼べる状態になっていたそうです。高齢になる程有病率は高くなったものの男女差はなかったようです。また、興味深いことに高学歴者にMCRは少なかったそうです。
次いで、最長で12年間にわたる対象者の追跡調査がおこなわれました。その結果、研究開始時点でMCRの診断がついていた人は、そうでなかった人に比べて認知症の発症率が約2倍であることが判ったそうです。
MCRの診断で歩行速度が「遅い」とされるのは、時速3.5キロメートル以下だそうです。
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この研究が興味深いのは、認知症の決定的なリスクが分かりにくいなかで「歩く速度」という客観的な観察がしやすい事象に注目していることです。認知症の初期というのは、本人からも家族からもなかなかわかりづらいものであり、自他が気付いたときにはすでに進行していて薬開始のタイミングが遅れた・・・、ということがよくあります。
ただ、MCRは、認知症が起こり始めているから歩行速度が遅くなるのか、歩行速度が遅くなることで認知症のリスクが上がるのかは現時点の研究では判定できません。前者であれば予防にはつながりませんが、後者であればもしかすると日頃から歩行速度を速くするように意識することで認知症のリスクが低減できるかもしれません。
歩行速度を速くすれば、生活習慣病の予防にもなりますし、適正体重の維持にもつながります。逆に、交際を開始しだしたばかりのカップルのデートやウィンドウショッピングを除けば、歩行速度を遅くしていいことはあまりなさそうです。
ならば通勤時の歩行速度を速くして、仲睦まじいカップルは速歩きを心がけたウォーキング・デートを考えてみてはどうでしょうか。
(谷口恭)
参考:
メディカルエッセイ第141回(2014年10月)「速く歩いてゆっくり食べる(前編)」
医療ニュース(2010年4月14日)「歩くのが速い女性は脳卒中を起こしにくい」
注1:この論文のタイトルは「Motoric cognitive risk syndrome Multicountry prevalence and dementia risk」で下記URLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/83/8/718.short?sid=06e461c3-cb03-48d0-b1e0-ee5d0684c385
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|2014年10月17日 金曜日
2014年10月17日 AB型は認知症のリスクが上昇
すでに一般の雑誌などでも取り上げられているようですが、血液型がAB型の人は認知症のリスクが上昇する、という研究が話題になっています。医学誌『Neurology』2014年9月30日号(オンライン版)にこの論文(注1)が掲載されています。
研究では、45歳以上のアメリカ人の被験者約3万人を対象として記憶力・思考力の検査を実施し、3.4年後に再検査を行っています。被験者のうち、認知機能障害(cognitive impairment)があると診断された495人と、スコアが正常であった587人の対照者を比較し、血液型の違いが調べられています。
その結果、血液型がAB型の人は、思考能力の低下が起きる比率がO型の人よりも82%高かったそうです。AB型は米国人口の約4%を占めるそうです。(ちなみに、米国は相対的にAB型の人が少なく、日本では全人口の10%がAB型と言われています)
この研究で研究者らは、第Ⅷ因子にも注目しています。第Ⅷ因子というのは血液凝固に関連する物質で、これが遺伝的に体内でつくられないのが血友病です。血友病の人は無治療でいるとが出血が止まらなくなりますから、定期的に注射で第Ⅷ因子を補わなければなりません。
AB型→第Ⅷ因子高値→血液凝固が亢進→認知機能障害、と研究者らは考えたようですが、結果としてはAB型と第Ⅷ因子高値の相関はそれほど高くなく、AB型で第Ⅷ因子高値による認知機能障害が起こったと推測されるのは18%のみだったようです。
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AB型の人はこのような報告を聞くといい気持ちがしないでしょうが、今回の研究だけでAB型は認知症の絶対的なリスクとまで言い切れません。(この研究に影響を受けて、AB型の子どもを避けるためにA型とB型のカップルが出産を諦める、などというのはあまりにも馬鹿げています)
この研究で認知機能障害がみられた被験者は、喫煙率が高く、高血圧・糖尿病・心疾患・高コレステロール血症などを有する比率も高かったようです。
今のところ、認知症を確実に予防できる方法というものは確立されていませんが、基本的な生活習慣病の予防をしていくのが最も現実的な対処法と考えるべきでしょう。尚、私は生活習慣病を防ぐための「10個の習慣」を推薦しています。興味のある方は下記コラムを参照ください。
(谷口恭)
参照:メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
注1:この論文のタイトルは「ABO blood type, factor VIII, and incident cognitive impairment in the REGARDS cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/83/14/1271.abstract?sid=008bc994-e140-4fe4-896d-b51a15892c57
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|2014年10月6日 月曜日
2014年10月6日 東京のカレー屋で腸チフスの集団感染
2014年9月に東京で最も話題になった感染症といえばなんといってもデング熱であり、その他の感染症はほとんど注目されなかったと思います。デング熱以外に、どうしても看過できない感染症の報告が東京都千代田区でありましたので、遅くなりましたがここでお伝えしておきたいと思います。
その「どうしても看過できない感染症」とは腸チフスです。
2014年9月10日、東京都は、東京都千代田区麹町のカレー屋「D」で食事をした9~40歳の男女合計8人が下痢や発熱などの食中毒症状を訴え、そのうち6人から腸チフス菌が検出されたことを発表しました。今回の腸チフスの報告がなぜ見逃せないかというと、海外から帰国した直後の腸チフスの報告はしばしばありますが、今回のように国内での感染、しかも集団食中毒というのは最近ではなかったからです。(少なくとも厚労省で統計をとりだした2000年以降での報告はありません)
東京都によりますと、症状を訴えた8人は、2014年8月8日前後に「D」が調理した食事や弁当を食べたようです。重症化した6人が入院しましたが全員が治癒したそうです。「D」は9月6日から営業を自粛し9月15日から再開しています(注1)。
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一般に、腸チフスは衛生状態が良くない地域に発生する感染症で、日本でも戦前から戦後しばらくの間はそれなりに感染者がいましたが、環境衛生の改善で、国内での感染はほぼなくなりました。今も年間100例程度の報告はありますが、これらはほぼすべて海外で感染したケースです。特にインド、パキスタンなど南アジアでの感染が目立ち、(なぜか)東南アジアではあまりありません。
今回はカレー屋での発症ですから、南アジアから輸入した食材に含まれていた可能性が高いと考えられます。腸チフスはヒトからヒトへの感染はありませんし、デング熱のように他の生物が媒介することもなく、食べ物以外からの感染はほとんどありませんから慌てる必要はないと思います。
ただし、南アジア料理が普及するにつれ、このような事例は今後増えていくかもしれません。腸チフス菌に効果のある抗菌薬はたくさんありますから、耐性菌に悩まされる心配は(今のところ)ありません。ただ、他の細菌感染に比べて抗菌薬を比較的長期間使用しなければならないことが多く、診断がつけば入院になるのが普通です。
腸チフスの診断がつくのはときに遅れることがあるのですが、その理由のひとつは、必ずしも下痢が伴わないということです。むしろ便秘になることも多く、発熱や頭痛に皮疹が現れることもあり、患者さんからみれば、下痢も嘔吐もないことから食中毒は考えないのです。また、アジア帰りで、蚊に刺されたエピソードがあったりすると、医療者の方も先にデング熱やチクングニヤを疑ってしまいます。
腸チフスにはワクチンがありますが日本で認可されている製品はありません。腸チフスとよく似た感染症にパラチフスと呼ばれるものがあり、症状は腸チフスと似ておりやはり抗菌薬で治療します。ただしパラチフスにはワクチンはなく、腸チフスのワクチンを接種していてもパラチフスには無効です。
ちなみに、よく似た名前の感染症に「発疹チフス」というものがありますが、これはリケッチア属に属する細菌感染で、腸チフスやパラチフスの原因菌とはまったく異なり、治療法も違います(有効な抗菌薬のタイプが異なります)。では、なぜ似たような名前がついているのかというと症状(発熱、皮疹)が似ているからです。
さらにややこしいことに、腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。
このあたりがややこしくて、私は医学生の頃、覚えるのに苦労しました・・・。
注1:カレー屋「D」はその後閉店したようです
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