医療ニュース
2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか
「座りっぱなし」が生活習慣病やがんのリスクになるという話はこのサイトでこれまで何度もしてきました。運動で帳消しになるのでは、という声もないわけではありませんが、その逆に、「運動しても危険性は減らず」、「座りっぱなしは喫煙と同等のリスク」とする厳しい意見もあります。
今回はその「座りっぱなし」が認知症のリスクになるという話です。
医学誌『PLOS ONE』2018年4月12日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によると、座っている時間が長い人は内側側頭葉が薄いことがわかったと言います。
ここは脳の解剖を整理しながらみていきましょう。脳をおおざっぱに分類すると、大脳、脳幹、小脳の3つになります。大脳と小脳があるなら中脳もあるわけですが、これは脳幹の中にあります。脳幹は、間脳、中脳、橋、延髄の4つからなります。「のうかん」の中に「かんのう」がある…、これだけでややこしくて投げ出したくなりますが、脳を理解するには、まだまだ序の口です。
内側側頭葉は大脳の一部ですから、今回は脳幹と小脳の話はしません。大脳は外から「大脳皮質」「白質」「大脳基底核」に分類できます。つまり、大脳基底核が大脳の一番奥深い部分です。ややこしいことに、似た名前の「大脳辺縁系」と呼ばれるものがあります。これがどこかというと、部位としては、だいたい大脳基底核の外側あたりに位置するのですが、今でてきた「白質」を指すわけではなく、また、視床や視床下部と呼ばれる間脳(脳幹を構成するひとつでしたね)の一部も含みます。このあたりで脳の解剖がイヤになってくる人も多いのですが、とりあえずは大脳辺縁系というのは「解剖」よりも「機能」を重視すべきものと考えて、重要な部分に「扁桃体」と「海馬」があると覚えておけばいいと思います。扁桃体は人間の情動を司っていて、海馬は記憶に関係しています。
ややこしい話はまだ続きます。人間の記憶は海馬だけが関連しているわけではなく、大脳皮質が委縮すると記憶力が低下します。大脳皮質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分類できます。これらのなかで記憶に最も関連があるのが側頭葉で、その内側は内側側頭葉(medial temporal lobe、以下「MTL」)と呼ばれます。ここまできてやっと最初の地点に戻ることができました。しかし、あと1点重要なことを補足しておきましょう。MTLのさらに内側に海馬があります。ですから、海馬が人間の記憶で最も重要な部位で、そのすぐ外側に海馬の次に重要なMTLがあると考えればとりあえず前に進めます。
ようやく今回紹介したい論文のポイントにうつれます。研究の対象者は認知機能が正常な45~75歳の男女35人。「座っている時間」と「運動量」が調べられ、脳のMRIを撮影しMTLの厚さとの相関関係が検討されています。
結果、MTLの厚さは座りっぱなしの時間と逆相関、つまり、座りっぱなしの時間が長ければ長いほどMTLが薄くなっていることが分かりました。MTLをさらに細かくみると、海馬傍回(parahippocampal)(文字通り、海馬の横に位置する)で最も強い関係があり、嗅内野(entorhinal)、皮質(cortical)、海馬台(subiculum)(海馬の下に位置する)でも薄くなっていたのです。
興味深いことに、運動量とMTLの薄さには相関関係が認められませんでした。
************
この研究は「運動は座りっぱなしのリスクを帳消しにできない」とする説を支持することになるかもしれません。生活習慣病やがんのみならず、認知症のリスクにもなるなら、座りっぱなしの危険性はもっと注目されるべきかもしれません。ただし、だからといって、最近一部の企業が取り入れている「スタンディング・ディスク」はかえって有害だとする指摘(注2)もあります。
注1:この論文のタイトルは「Sedentary behavior associated with reduced medial temporal lobe thickness in middle-aged and older adults」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0195549
注2:The Washington Postに興味深い記事があります。タイトルは「Study: Standing desks could be harmful to your productivity . . . and your health」で、下記URLで閲覧できます。
参考:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース
2016年2月27日 「座りっぱなし」はやはり危険
医療ニュース
2015年5月29日「座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?」
2014年8月22日「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」
2014年2月28日「高齢女性の座りっぱなし、死亡リスクが上昇」
2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
2015年9月5日「立ちっぱなしも健康にNG?」
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