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2015年4月28日 火曜日

2015年4月28日 糖尿病は不眠の原因、まず早起きを

  不眠が生活の質を低下させ生活習慣病の原因にもなる、ということは過去に述べたことがあります。(下記「はやりの病気」を参照ください) 今回ご紹介したいのはその逆で、「糖尿病が悪化すると不眠になる」とするものです。医学誌『PLOS ONE』2015年4月14日号(オンライン版)に掲載された研究(注1)で、大阪市立大学が実施しています。

 大阪市立大学医学部附属病院に糖尿病で入院した63人の脳波を測定したところ、血糖値が悪化すればするほど良質な睡眠がとれないことが判ったそうです。また、良質な睡眠がとれていない被検者では、早朝の血圧が高い傾向にあることも判ったそうです。

 睡眠と糖尿病の関係で興味深い研究が韓国から報告されましたのでそちらも紹介したいと思います。

 医学誌『The Journal of clinical endocrinology and metabolism』2015年4月1日号(オンライン版)(注2)によりますと、睡眠時間が同じであるとき、「夜更かし型」の人は「早起き型」の人よりも糖尿病やその他生活習慣病を発症しやすいそうです。

 この研究は、47~59歳の韓国人約1,000人が対象とされています。「夜更かし型」の人は体脂肪率が高くメタボリックシンドロームに罹患しやすいことが判ったそうです。また、興味深いことに、「夜更かし型」の人は、脂肪率が上昇するのみならず、筋肉量も減少することが判ったようです。

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 良質な睡眠がとれなくなれば、血圧も上昇し、さらに血糖コントロールも悪くなるはずです。つまり、血糖コントロール不良 → 不眠 → さらに血糖値上昇+他の生活習慣病のリスク上昇、と悪循環になるわけです。

 大阪市立大学の研究から言えることは、糖尿病の人は不眠も治しましょう、ということになるわけですが、単に、では睡眠薬を飲みましょう、で解決するわけではありません。

 まず、不眠の原因は何と何なのか、それぞれの原因に対して(薬を使わずに)対処できることはないのか、生活習慣の何を改めればいいのか、などを個別に検討していく必要があります。これらは、医師が診察をしてすぐに答えが見つかるわけではありません。患者さん自身が日頃から不眠について考える必要があると言えるでしょう。

 韓国の研究と合わせて考えれば、日頃から、早起きの習慣を身につけるのが賢明といえます。仕事の内容などから、どうしても夜更かし型にならざるを得ないという人もいますが(特に「物書き」の人はこのパターンが多い)、可能な限り、早起き型にシフトすべきと私は考えています。以前にも述べましたが、私が提唱している健康を維持するためにおこなうべき「3つのenjoy」のひとつが「Early-morning waking up」、つまり「早起き」です。これは「早寝・早起き」ではなく「早起き・早寝」です。(下記2つのコラムも参照ください)

注1:この論文のタイトルは「Association between Poor Glycemic Control, Impaired Sleep Quality, and Increased Arterial Thickening in Type 2 Diabetic Patients」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0122521

注2:この論文のタイトルは「Evening chronotype is associated with metabolic disorders and body composition in middle-aged adults.」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://press.endocrine.org/doi/pdf/10.1210/jc.2014-3754

参考:
はやりの病気第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

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2015年4月27日 月曜日

2015年4月27日 バリ島の狂犬病対策の是非

  現在バリ島では犬をめぐっての議論が白熱しているようです。

 きっかけは2015年1月27日、10歳のオーストラリアの女子が一匹の犬に噛まれたことです。幸いなことにこの犬は地元の動物保護団体が狂犬病ワクチンを事前に接種しており、この少女は軽い怪我を負っただけで大事には至りませんでした。

 しかし、この事故の2日後にバリ州の知事が「野良犬をすべて殺す」との発言をメディアの前でおこないこれが物議を醸しています(注1)。

 バリ島にはおよそ50万匹の野良犬がいると試算されています。

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 少女は助かったわけですし、少女に噛みついた犬も狂犬病ワクチンを接種していたのになぜ?、と感じますが、知事がこのような発言をおこなったのには理由があります。

 狂犬病はバリ島では以前から問題になっていましたが、近年は特に顕著で2008年以降でみると150人以上が狂犬病で死亡しています(注2)。外国人が犬に噛まれる事例も相次いでいるようです。知事の立場からすると、「観光」が税収の大部分を住めるバリ島で、観光客が遠ざかることを避けたかったのでしょう。

 しかし、50万匹もの野良犬を一掃せよ、となれば当然世界中の動物保護団体から反対意見が出ますし、ヒンドゥー教徒や仏教徒はイヌを大切にしますから地元の一般人からも批判されているようです。(インドネシアで最大多数の宗教はイスラム教で、イスラム教徒は犬を嫌いますが、バリ島ではヒンドゥー教徒と仏教徒が大部分を占めます)

 ゴールデンウィークにバリ島に旅行に出かけるという人も少なくないと思います。狂犬病ワクチンを接種していない人は、現地では動物に咬まれないように注意して(狂犬病ウイルスを持っているのは犬だけではありません)、もしも咬まれたら直ちに現地の医療機関を受診するようにしてください。(狂犬病ワクチンは感染してからでも効果が期待できます)

 尚、個人的な体験を付記しておくと、私はアジアのある島で早朝にジョギングをしているときに野良犬に囲まれて大変恐い思いをした経験があります。島でジョギングするときはたいてい海沿いを走るのですが、その日私は山道を走っていました。犬の鳴き声が聞こえてきた1~2分後には5~6匹の犬に囲まれてしまっていました。手に持ち替えたバックパックで比較的身体の小さな犬を振り払いながらそこを抜けだし全速力で疾走し事なきをえましたが、100メートル以上も複数の野良犬に追いかけられているときは本当に恐怖でした。私は狂犬病ワクチンを接種していますが、もしも接種していなかったらあの恐怖は何倍にもなっていたに違いありません。

 狂犬病ワクチンを接種している人も野良犬がいそうなところには近づかないのが賢明です。

注1:『The New York Times』が報道しています。記事のタイトルは「Beach Dogs, a Bitten Girl and a Roiling Debate in Bali」で、下記URLで記事が読めます。野良犬を捕獲している写真も掲載されています。
http://www.nytimes.com/2015/03/05/world/beach-dogs-a-bitten-girl-and-a-roiling-debate-in-bali.html?_r=0

注2:財デンパサール日本国総領事館のウェブサイトに記載があります。下記URLを参照ください。
http://www.denpasar.id.emb-japan.go.jp/japan/04_02safe.html

また、下記は同領事館の「安全対策情報等:2015年4月」です。狂犬病についての記載もあります。
http://bali.vc/press/201504

参考:はやりの病気第130回(2014年6月)「渡航者は狂犬病のワクチンを」

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2015年4月20日 月曜日

第147回(2015年4月) 無謀な手術をする医師たち

  このところ、無謀な手術をおこない複数の患者を死亡させた、という報道が目立ちます。群馬大学医学部附属病院第二外科で起こった事件がマスコミで報道され、一部の週刊誌はこの外科医の名前と写真を公開しました。

 すると、2014年夏頃に報道されていた「千葉県がんセンター腹腔鏡手術死亡問題」が再び取り上げられるようになり、不安を煽るのが好きなマスコミは、どこの病院が危ない、とか、危ない医師の見分け方、のような特集をくみ出しました。

 手術は100%成功するものではありません。そのため手術をした患者さんが亡くなったからといって、それだけではその執刀医に過失があったとは断定できません。名医には難易度の高い症例が集まってきますから、名医であればあるほど手術が成功しない可能性があるとも言うことができます。ですから、我々医師からすれば「手術で死亡した例が多い」と聞いただけでは、その医師の過失があるのかどうかを判断することはできません。

 ただし、これら2つの事件については、マスコミの詳細にわたる報道や医師の掲示板での情報から判断して、医師に過失があったのは間違いなく、さらに過失だけではなく、医師としての「適正」がなかった、もっと言えば「人格」に問題があったのではないかと思わずにはいられません。

 今回は、なぜこのような医師が存在するのか、こういった事態を防ぐにはどうすればいいのか、ということを考えていきたいと思います。まずは2つの事件を簡単に振り返りたいと思いますが、腹腔鏡事件の医療事故といえば、これら2つよりも先におこった有名な事件がありますので、まずはそちらを紹介しておきましょう。尚、これら3つの事件はいずれも「腹腔鏡」を用いた手術です。腹腔鏡を用いた手術は従来の開腹手術に比べて、術後の傷跡が小さくて済むという利点はありますが、手術が困難になるという欠点があります。

 2002年11月、東京慈恵会医科大学附属青戸病院の医師3人が、前立腺ガンに対する腹腔鏡下手術をおこないました。腹腔鏡を用いた止血がうまくいかず大量出血をおこし、結果として当患者は死亡しました。

 この事件で驚かされるのは、なんと執刀した医師の3人全員が腹腔鏡下での執刀経験がなかったということです。1人は助手として2回は立ち会った経験があったものの(2回だけです!)、あとの2人は、なんと見学すらしたことがなかったということが判明しました。この事件は刑事事件となり3人とも有罪が確定しました。

 次に「千葉県がんセンター腹腔鏡手術死亡問題」を振り返りたいと思います。元々この事件が発覚したのは同センターに勤務するひとりの麻酔科医の内部告発がきっかけでした。麻酔科医であれば執刀医の未熟さがわかりますから、無謀な手術であることに気付き良心の呵責に耐えられなくなり、自身の地位が失われることを覚悟して内部告発に踏み切ったのでしょう。

 しかし厚生労働省に内部告発したのにもかかわらず同省は何もしなかったそうです。それが2014年に入ってからマスコミが取り上げるようになり、次第に世論に知られるようになってきました。そして後に述べる群馬大学の事件が大きく報道された後に、再度改めてマスコミで取り上げられ出しました。
 
 千葉県がんセンターでは、2008年から2014年の間に、腹腔鏡を用いた肝臓や膵臓の手術を受けた患者11人が死亡しています。その11名のうち7名は同じ執刀医が手術をおこなったそうです。この事件を検証するために千葉県は「第三者検証委員会」を設立しました。委員会の調査の結果、11例のうち10例で、対応に問題があったとする最終報告書を千葉県に提出しています。

 群馬大学病院の事件も簡単にみておきましょう。2010年から2014年の間、腹腔鏡を用いた肝臓切除術を受けた患者8人が相次いで死亡しました。いずれも同じ医師が執刀しており、同大学病院の最終調査報告書では、8症例全例で医師の過失があったことを認めています。さらに、この医師が執刀した開腹手術でも合計10人の患者が術後に死亡していたことが判ったそうです。

 一般の人がこのような事件を聞くと、「とんでもない医者もいるんだな。自分や自分の身内が必要なときはどこに相談すればいいんだろう」、というふうに感じると思います。つまり、医師のなかには「マッド・サイエンスト」のような者がいて、そのような医師に”殺される”ことがあってはならない・・・、とこのように考えるのではないでしょうか。

 私自身はそれだけでは腑に落ちません。無謀な手術をする医師で分からないことが私には3つあります。1つめは、自分が診た患者さんを亡くすことほど辛いことはないわけですが、彼らはこの辛さを感じなかったのか、ということです。担当していた患者さんが亡くなると、それは自分の過失がなかったとしてもですが、これは相当辛いものなのです。実際、私が診察し不本意な死を遂げた患者さんのことは一生忘れることはありません。そのような患者さんは今も私の脳裏に突然よぎることがあります(注1)。

 自分の手術が未熟かどうかは他人から指摘されなくてもわかるはずです。よしんばそれがわからないとしても、自分が担当する症例が他の医師よりも死亡例が多いのは自明なわけですから、そこで問題がないのかを省みることはするはずです。無謀な手術を続ける医師はなぜそこで踏みとどまらなかったのでしょう。自分のせいで新たな”犠牲者”がでることに良心の呵責を感じなかったのでしょうか。

 分からないことの2つめは、周囲はいったい何をしていたのか、ということです。千葉県がんセンターの麻酔科医は内部告発に踏み切りましたが、麻酔科医の立場からすると、どの外科医が手術が上手くてどの外科医が未熟かということが簡単に分かります。私が麻酔科で研修を受けているとき、麻酔科の指導医の先生は私に、「今日の執刀医は経験の少ない医師だから時間がかかるだろうし、途中から指導医に執刀が替わる可能性もあるから時間を長めにみておいた方がいい」といったことを話されていました。

 もしも無謀な手術で患者さんが死に至ることがあれば、麻酔科医には法的な責任はないにしても、道義的な責任というか、何らかの良心の呵責を感じるはずです。そして、無謀な手術かどうか、医師に技術があるかどうかを判別できるのは麻酔科医だけではありません。手術の介助をする看護師にも分かるはずですし、事件が発覚した3つの病院はいずれも研修医を養成する医療機関ですから研修医も見学していたはずです。研修医レベルでも同じ執刀医の症例が相次いで亡くなればおかしいことに気付くはずです。

 ここで私が言いたいのは、なぜ周囲は黙っていたのか、ということだけではありません。無謀な手術をおこなう医師たちは、自分の技術が未熟であることに周囲が気付いていたことを知っていたはずです。

 分からないことの3つめはこの点です。私自身はどちらかというとプライドは高くない方だと思っています。少なくとも医師の平均よりはかなり低いと感じています。そのプライドが(医師にしては)高くない私でさえ、このような状況には耐えられません。つまり、周囲から未熟だと思われているのに無謀な手術に手を出して結果的に患者さんを死に至らしめるということに耐えられないのです。私はどちらかというと他人が自分のことをどのように感じていても噂をされても気にならない方ですが、「あいつはできもしない手術をやって患者さんを殺している」などと噂されれば精神が破綻してしまいます。

 無謀な手術をおこなう医師に対する3つの疑問点を述べてみました。①患者さんが亡くなるのをみて良心の呵責を感じなかったのか、②周囲は道義的な責任を感じなかったのか、そして、③周囲から未熟で無謀と思われることにプライドが傷つかなかったのか、ということです。

 ①については、例えば731部隊の人体実験(注2)やタスキギー梅毒人体実験(注3)からも分かるように「マッド・サイエンティスト」が特殊な状況のなかで誕生することを歴史が物語っていますから理解できなくはありません。②については内部告発に踏み切れば辞職に追いやられる可能性があるわけで、まったく理解できなくはありません。

 しかし③だけは今の私にはどうしても理解できません。医師あるいは医学部の学生が(良くも悪くも)相当プライドが高い人たちであることを私は医学部入学後に何度も目のあたりにしてきました。例えば、見学や研修で自分より年の若い看護師に注意されただけで長期間不満を言い続ける男女を何人も見てきました。このようなつまらない不満を言わない医師たちも、手術が下手、などと陰で言われることには耐えられないはずです。

 もしかすると、「医師はプライドが高い」という私の認識は誤りで、本当は、「一部の医師は他人からどのように思われるかにまったく関心がない」が正解なのでしょうか。だとすると、医学部入学時点でこのような性質を見抜かなくてはならないことになります。

注1:1つの例をコラムに書いたことがあります。
メディカルエッセイ第13回(2005年4月)「病苦から自ら命を絶った男」

注2:731部隊の人体実験については、実際に関与していた元日本軍兵士の証言があることや、その中心的人物であった石井四郎が生前に残したノートも見つかっていることなどから、今も「なかった」とする意見があるものの、「存在した」とする意見の方が優勢です。

注3:1932年から40年間にわたり、約600人の黒人が梅毒に人為的に感染させられどのような経過をとるかが調べられた実験。米国政府は正式に認め、1997年に当時の大統領クリントンが謝罪しました。

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2015年4月15日 水曜日

第140回(2015年4月) 古くて新しいニキビの治療

 宮部みゆきさん原作で現在公開中の映画『ソロモンの偽証』では、ニキビが原因でいじめられる女子生徒がキーパーソンになっています。一般の人は素直にこの映画を観ることができると思いますが、我々医師は(私だけかもしれませんが)、ストーリーにのめり込む前に、「あぁ、あの女子生徒、ちゃんと医療機関を受診してニキビを治していれば、物語は全然違う展開になったのに・・・。母親もニキビが<青春のシンボル>などと馬鹿げたこと言ってないでなんで娘に受診させないんだ・・・」、と穿った見方をしてしまいます。これも一種の”職業病”でしょうか・・・。

 私がこの映画を観たとき、この女子生徒をみて初めに抱いた印象がこのようなものであり、原作者の宮部みゆきさんを批判したい気持ちに”一瞬”なりました。しかし、次の瞬間にそれが消えました。よく考えると、この映画の舞台は現在ではなく1990年代前半です。たしかに、1990年代前半にはニキビの有効な治療法が(少なくとも日本には)なかったのです。

 医師によって見方が異なるかとは思いますが、私自身は日本でのニキビ治療のブレイクスルーが起こったのは2008年の10月だと考えています。つまり、アダパレン(商品名で言えば「ディフェリンゲル」)が発売になったときです。それまでは、高額になりますがクリニックが独自に輸入して仕入れたアダパレンを自費で処方するか、炎症が強くなり赤ニキビが悪化したときに抗菌薬の外用薬もしくは内服薬を一時的に使うか、といった方法くらいしかありませんでした。

 医療機関によってはビタミン剤や漢方薬の処方をしているところもありましたが(現在でもあるかもしれませんが)、私自身はこれらでよくなった症例をほとんど診たことがありませんし、エビデンス・レベル(科学的実証度)も低いものです。ケミカルピーリングというものもありましたが、これは費用が高くつく上に、継続して受診しなければならず、またエビデンス・レベルも低く、決して実用的なものではありませんでした。

 残念ながらアダパレンで全員が完全に治癒するとまではいきませんが、かなり有効な治療法であることは間違いありません。アダパレンの製薬会社は一時中学や高校にポスターを掲示していました。ここまでくるとやり過ぎのような気がしますが、ニキビで悩む生徒を救いたい、という強い気持ちがこのような行動につながったのだと私は思います。私はどちらかと言うと、製薬会社の行動にはだいたい批判的な立場であり、またこの中学高校へのポスター掲示に対し多くの医師から非難が相次いだようですが、この件に関しては、私自身は製薬会社の純粋な想いではなかったかと好意的にみています。

 さて、そのアダパレンをもってしてもニキビが治らないケースは次の3つです。

①ニキビではなく「ニキビ痕(あと)」になってしまっている。
②そもそも診断が間違っていてニキビではない。
③アダパレンが効かない。もしくはアダパレンの副作用が強くて使えない。

 順にみていきましょう。①の「ニキビ痕」を治すのは大変困難です。言い換えるとニキビを治すのは実はそうむつかしくはありません。しかし、ニキビに対し不適切な治療をおこなったり、つぶしたり、触りすぎたりしていると、ニキビ自体は治っても、瘢痕(ニキビ痕)が残ります。これを治すには形成外科的に瘢痕を削ったり、特殊なレーザー治療を試みたりといったことも検討しますが、完全にきれいにするのは極めて困難です。

 ニキビ痕で重要なのは、まず「それ以上触らないこと」です。時間がたてば自然に改善していく可能性もあります。もうひとつは、これが一番大事なことですが、新たにニキビをつくらない、ということです。先に述べたように、ニキビ痕の治療は困難ですが、ニキビの治療は現在ではそうむつかしくはありません。

 ②の、診断が間違っていて実はニキビでなかった、ということはときどきあります。細かい疾患まで入れるとニキビと間違われている皮膚疾患はいくつかありますが、一番多いのは「酒さ(しゅさ)」です。ニキビの治療はむつかしくはありませんが酒さは場合によっては相当困難なこともあります。ニキビと酒さがややこしいのは、確かに一見似ている場合がありますし、ニキビと同じような治療をして(一時的には)よくなることもあるからです。しかし一般に、酒さはニキビよりも治療が困難で、かなり改善することもあるのですが、しばらくするとまた再発して、ということもあり、何らかの治療は長期で続けなければならないことが多いと言えます。

 ③はどうでしょうか。本日のメインの話はここからです。2015年4月1日、待望のBPO(過酸化ベンゾイル)がついに保険診療で処方できるようになりました。BPOは、海外では1960年代頃から使われ出しており、世界的にはニキビの標準的治療薬の代表です。赤ニキビにも白ニキビにも有効で、予防効果もあります。副作用はまったくないわけではありませんが、アダパレンに比べると少ないですし、安全性も高いとされています。海外では医薬品ではなくOTC(薬局で処方箋なしで買える薬)です。私は海外に行くと、時間があれば薬局を訪ねるのが趣味みたいなものなのですが、ほとんどどこの国の薬局にもBPOは置いてあります。

 では、なぜこのような優れた薬がこれまで日本になかったのでしょうか。実はBPOは、日本では消防法により第5類自己反応性物質・第1種自己反応性物質という「危険物」に指定されているのです。この法律のせいで薬局や通販で簡単に販売することはできない、というわけです。ただ、過去にBPOが日本でも簡単に入手できた時代が2回ありました。

 一度目は米国Guthy Renker社の「プロアクティブ」が日本に導入された2001年頃です。「アメリカ製のプロアクティブはよく効くのに日本製のものはまったく効かない・・・」、このような声は非常によく聞きますが、それもそのはずで、アメリカ製のプロアクティブの有効成分はBPOそのものなのです。日本ではプロアクティブを導入するときに、当初はそのまま輸入したためにBPOが含まれていた、というわけです。ところが、その後法律上販売できないことが判り、やむをえず成分を変更したそうです。

 二度目は2011年11月です。化粧品メーカーのグラファ社がBPO配合の「BPエマルジョン」という外用剤を発売しました。(上記の法律の問題をどのようにクリアしたのかは不明です) 「BPエマルジョン」は一般の薬局では買えず、医療機関でのみ購入することができる化粧品の扱いでした。しかし、医薬品としてのBPOが発売されることが決まったときに販売終了が決まり、結果としてわずか2年程度しか流通しなかったことになります。(おそらく厚生労働省としては、同じものが一方は保険薬で一方は化粧品、というのが都合が悪いのでしょう)

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では「BPエマルジョン」が販売されたときにすぐに取り扱いを開始して大勢の患者さんに使用してもらっていました。販売中止が決まったときは、その後も継続して使用してもらえるように大量に買っておいたのですが、ついに2014年秋に在庫がつきました。そして、約半年間のブランクを経た後、2015年4月から医薬品のBPOの処方を開始しました。(ちなみに谷口医院の患者さんは、この<空白の半年間>のBPOの入手について、海外渡航時に購入したり、海外旅行に行く知人に買ってきてもらったり、あるいはリスクを抱えて個人輸入したりされていたようです)

 さて、このBPOはおそらくこれからニキビ治療の中心的な薬になると思われます。米国のガイドラインでもヨーロッパのガイドラインでも、軽症から重症まで、また予防にも推奨されていますから、おそらく日本のガイドラインも次の改定時には「強く推奨する」という扱いで入れられるはずです。

 2015年4月から日本のニキビ治療の歴史が塗り替えられるといっても過言ではないでしょう。患者さんの満足度があがり、医療者は患者さんから感謝の言葉を聞くことになり、製薬会社も収益が上がるに違いありません・・・。

 しかし、何かおかしくないでしょうか・・・。

 海外では(それは先進国だけでなく多くの国で)、何十年も前から誰もが薬局で簡単に買えていた薬です。なぜ、日本ではわざわざ医療機関に出向いて、待ち時間を我慢して、塗り薬1本を求めなければならないのでしょうか。BPOの処方薬登場で日本のニキビ治療の歴史が変わると私は考えていますが、さらにもう一歩すすめて、BPOが海外と同じように誰もが薬局で簡単に買える時代が来ることを望みます。

 もしもBPOが海外と同じように昔から薬局で買えたなら、『ソロモンの偽証』は誕生しなかったかもしれません・・・。

参考:
トップページ「ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう」
はやりの病気
第75回(2009年11月)「ニキビの治療は変わったか」
第62回(2008年10月)「ニキビの治療が変わります!」

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2015年4月10日 金曜日

2015年4月号 「医療否定本」はなぜ問題か(前編)

  ここ数年でいわゆる「医療否定本」という言葉を頻繁に聞くようになってきました。現代医療を否定する本は以前からありますが、一昔前までは、宗教者が書いたものであったり、自社製品を売りたいがために健康食品の会社が出版したものであったりと、そういうものが大半だったのですが、ここ数年は医師による医療否定本がブームになっています。

 なかでも、元・慶應義塾大学医学部講師の近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』という本が飛び抜けて売れているそうです。最近、患者さんからも「どう思いますか」と聞かれることが増えてきたこともあり私も読んでみました。

 近藤先生に批判的な意見が多いのは以前から知っていましたが、私自身は近藤先生の書籍は医学部の学生の頃に何冊か読んでおり、先生の残された功績は素晴らしいものと考えています。最も尊敬に値するのは、今では標準的治療とも呼べる乳癌に対する「乳房温存術」を日本で広められたことです。それまでは、ハルステッド法といって乳房のみならず大胸筋までごっそりと取ってしまう手術が主流だったのです。乳房温存術では可能な限り取り除く部位を最小限にするために、術後、胸のかたちに悩まされることがなくなるのです。

 また、異論はあるものの近藤先生の「がんもどき」という考え方は興味深いものです。これは、ガンには2種類あり、ひとつは「本物のガン」、もうひとつがにせもののガン、つまり「がんもどき」という考えです。本物のガンは検診では発見することができず発見されたときには助かる術がない。だから何もすべきでない。一方、「がんもどき」は悪化しないからもともと何もする必要がない、とするものです。ここからガン検診は不要でありすべてのガンは「放置」すべき、という理論に発展します。

 すべてのガンは検診すべきでなく見つかっても放置すべき、などという理論に賛成するわけにはいきませんし、すべて「放置」するなら、以前は近藤先生自身が推奨されていた乳ガンに対する「乳房温存術」すらすべきでない、ということになり自身の主張が矛盾することになります。

 ただ「がんもどき」という考えがまったく間違いかというとそうではなく、ひとつ例をあげれば、私は甲状腺ガンの大半が「がんもどき」ではないかと思っています。甲状腺ガンの発症世界一は韓国で、1999年には年間2,866人しか診断されなかった甲状腺ガンが2013年にはなんと53,737人に診断がついています。この間でおよそ19倍も増加しているのです。現在韓国では人口10万人あたり97人が甲状腺癌の診断を受けていることになり、これはダントツで世界一位、世界平均の10倍以上になります。では、韓国で甲状腺ガンによる死亡数が減っているのかというと、これがまったく減っていないのです。

 なぜ韓国でこれだけ甲状腺ガンがみつかるかというと、超音波検査を健康診断でほぼ全員に実施するようになったからです。余計な検査をしたせいで「がんもどき」が見つかり、見つかれば手術で甲状腺を摘出することになります。おまけに手術をするとその後は一生涯甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりません。患者さんの負担は相当なものになりますし、医療費を圧迫することにもなります。

 しかし、甲状腺ガンによる死亡数が減っていないということは、助からないガンは助からないわけで、検診にも意味がないということになります。このことだけを取り上げると近藤先生の「がんもどき」理論は正しいように思えます。

 では他のガンはどうなのでしょうか。近藤先生は「がんもどき」理論をすべてのガンに広げ「ガン検診は一切不要」と主張します。しかしこれはあまりにも極論です。ひとつ例をあげると子宮頚ガンは定期的に検診をおこなうとほぼ100%早期発見が可能です。もしも「放置」をすると早期発見の機会が失われ助かる命が助からなくなります。

 子宮頚ガンは比較的多いガンで有名人が罹患したことがしばしば報道されます。最近ではシーナ&ロケッツのシーナさんが、発見が遅れたために61歳で死亡されました。ZARDのヴォーカリストであった坂井泉水さんは、直接の死因は階段からの転落死ですが、子宮頚ガンの発見が遅れ肺に転移も認められていたことが報道されています。ガンの肺転移が見つかっていたということは、この不幸な転落事故がなかったとしても命は長くなかったことが予想されます。

 我々医療者がこのような報道を聞くと、「有名人でなかなか検診を受ける機会がなかったのだろうが、検査を受けてさえいれば・・・」という気持ちを拭えません。しかし近藤先生は「二人の子宮頚ガンはがんもどきでなく本物のガンだったのだから検診を受けていても無駄だった」と言われるのでしょうか・・・。

 子宮頚ガンは早期で発見できれば、円錐切除術といってごく一部を取り除く手術、もしくは放射線療法でも完全治癒が期待できます。(他にも治療方法がありますがここでの言及は避けます) しかしある程度発見が遅れると子宮をすべて摘出する必要があります。このタイミングを逃すと(坂井泉水さんのように)肺など他臓器に転移し助からなくなります。

 ガンの発見が遅れたものの、子宮全摘をすることによって命が助かり現在も活躍されている有名人に森昌子さんがいます。現在は政治家の三原じゅん子さんも子宮頚ガンで子宮全摘をされています。近藤先生はこの二人に対しても「今生きているということはがんもどきだったのだから子宮を取るべきではなかった」と言われるのでしょうか・・・。

 私が医学部の学生の頃に読んでいた近藤先生の著作はガンに関するものばかりだったのですが、『医者に殺されない47の心得』には他の疾患についても意見を述べられており、これらには同意できるものもあるのですが、問題だと言わざるを得ないものも目立ちます。

 例えば同書のなかで「インフルエンザワクチンを打ってはいけない」と断言されています。結論から言えばこれは間違いでインフルエンザのワクチンは有用です。ただ、ワクチンに対していろんな意見があってもいいとは思いますし、それを自身の本で主張することは「表現の自由」だと思います。(私自身も子宮頚ガンのワクチンを定期化して中学1年生の女子全員に接種するという考えには反対です) ただし、近藤先生が言っているその理屈が卑怯であり、故意に読者をミスリードしようとする意図が感じられます。

 インフルエンザワクチンを打ってはいけないその理由として、近藤先生は「WHO(世界保健機関)も厚生労働省も、ホームページ上で、インフルエンザワクチンで、感染を抑える働きは保証されていない、と表明しています」と書いています。これだけを読めば、WHOも厚労省も「推薦していない」ワクチンをすすめる医療機関は悪徳商法ではないのか!と読者をミスリードすることになりかねません。

 この書き方が卑怯なのは、あたかもWHOや厚労省がインフルエンザワクチンをすすめていないような表現をとっていることです。実際は、もちろんWHOも厚労省もインフルエンザワクチンが重要であることを訴えています。感染抑制効果については年により異なり、たしかに2014年終わりから2015年の初めにかけて流行したインフルエンザにはワクチンの発症抑制効果は期待はずれでした。これはWHOがこのシーズンに流行ると予想していた型と別の型のウイルスが流行したためです。しかし、この場合でも重症化を防ぐことができ、他人への感染リスクを下げることができます。

 仮に、重症化を防ぐことや他人への感染リスクを減少させる効果も期待していたほどではなかった、という新しい事実が将来判明したとしましょう。それでも、現在WHOも厚労省もインフルエンザワクチンを推薦しているのは事実であり、あたかもこの事実がないような誘導をするのは問題です。

 もうひとつ例を挙げましょう。同書のなかで近藤先生は「ERCPで急性膵炎が生じることは決して少なくなく、本当に死亡する場合もあるのでおすすめできません」と書いています。ERCPというのは内視鏡的逆行性胆道膵管造影のことで、十二指腸まで内視鏡を入れて胆道と膵管の造影剤を注入する検査です。ERCPは急性膵炎が生じることがあり、死亡例があるのも事実です。ここまでは間違ったことは言っていません。しかし、この箇所を素直に読むと「胆管と膵臓の検査自体が無用だから受けるべきではなかった」と解釈できます。

 現在は胆管や膵臓の検査にはERCPではなくMRCPを用います。MRCPであれば急性膵炎が起こらずに安全に検査ができるからです。MRCPをあえて避けてERCPを実施することなどほとんどないはずです。そして近藤先生はそれを知らないはずがありません。MRCPの存在を知っていてERCPの危険性だけを主張するのは悪意あるミスリードではないでしょうか。

 医師が書く「医療否定本」で最も問題だと思うことを今回述べる予定でしたが、近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』の批判で予定の文字数を越えてしまいました。次回はその「最も問題なこと」について述べたいと思います。

参考:
『患者よ、がんと闘うな』文春文庫
『医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法』アスコム
『「治るがん」と「治らないがん」 医者が隠している「がん治療」の現実』講談社+α文庫
『よくない治療、ダメな医者から逃れるヒント』講談社+α文庫

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2015年4月6日 月曜日

2015年4月6日 スタチンは糖尿病のリスク、使うならプラバスタチン

  日本ではなぜかあまり話題になりませんが、数年前からスタチンが糖尿病のリスクになることが頻繁に指摘されています。スタチンというのはコレステロールを下げる薬で、(おしなべて言えば)副作用も少なく長期使用ができて、(後発品を使えば)費用もさほどかからず、例えばイギリスでは治療薬ではなく予防薬としても用いられているくらいですから、世界で最も使われている薬のひとつです。(ちなみに、スタチンを発見したのは日本人の遠藤章博士です)

 コレステロールを下げるのは動脈硬化を予防するためであり、動脈硬化は心筋梗塞や脳梗塞など「死に至る病」または「寝たきりになる病」の原因です。しかし、コレステロールをスタチンで下げることに成功したとしても、そのスタチンで糖尿病のリスクが上昇するなら結局動脈硬化のリスクを下げることができないのでは?ということになります。

 スタチン療法を受けていた人では受けていなかった人に比べて2型糖尿病を発症するリスクが46%も上昇することが分かった・・・。

 これは医学誌『Diabetologia』2015年3月10日号(オンライン版)(注1)に掲載された研究結果です。

 研究では、糖尿病を患っていないフィンランドの男性約9,000人(45~73歳)をおよそ6年間追跡し、スタチン服用と糖尿病発症の関連について分析されています。対象患者の4人に1人が調査開始時にスタチンを服用しており、調査期間中に625人の(2型)糖尿病の発症が確認されています。

 分析の結果、スタチン服用者は非服用者に比べると、糖尿病の発症リスクが46%も高いことが分かったそうです。(喫煙や肥満など)他の危険因子(リスク)を調整しての結果です。

 スタチン服用者では非服用者に比べて、インスリン感受性が24%、インスリン分泌が12%低下することも分かった、と述べられています。

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 スタチンがなぜ糖尿病のリスクになるのか、はっきりとしたことは分かっていませんでしたが、in vitroの(研究室での)実験ではスタチンによりインスリン分泌が低下することは報告されていました。今回の研究で、スタチンがインスリンの感受性を低下させ(インスリンが効きにくくなるということ)、インスリンの分泌を低下させる、ということがほぼ間違いないように思えます。しかもこの研究は約9,000人と大人数を対象としていますから信憑性は高いと言えます。(もっとも、対象は白人男性だけですから、性差や人種差がある可能性はあります)

 さて、ではコレステロールを下げる薬は何を使えばいいのでしょうか。スタチン以外にもコレステロールを下げることのできる薬はありますが、スタチン以外の薬では、費用が高くつく、効果が不充分、薬によっては毎回水に溶かねばならない、など欠点が目立ちます。

 ではどうすればいいのでしょう。実はスタチンの糖尿病のリスクは「スタチンの種類」で異なります。スコットランドの大規模研究(West of Scotland Coronary Prevention Study)では、プラバスタチン使用で糖尿病のリスクがなんと30%も下がる!という結果が出ています。他の研究でも、プラバスタチンに関しては、糖尿病のリスクはさほど大きくないという結果が出ています。また、プラバスタチンは糖尿病リスク以外の他のリスク、例えば肝機能障害などのリスクが低いことも指摘されています。

 プラバスタチンが有利な理由はまだあります。ほとんどのスタチンはグレープフルーツとの相性が悪いのですが、プラバスタチンについてはグレープフルーツの影響をほとんど受けないことが分かっています。他の食べ物でも制限されるものはありません。

 日本では合計6種のスタチンがあり、そのうちの1つだけを「ベタ褒め」するのには少し気が引けますが、これだけのデータがそろえば仕方ありません。太融寺町谷口医院の患者さんのスタチン処方の95%以上はプラバスタチンです(注2)。

注1:この論文のタイトルは、「Increased risk of diabetes with statin treatments associated with impaired insulin sensitivity and insulin secretion: a 6 year follow-up study of the METSIM cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00125-015-3528-5

注2:先発品のスタチンを発売している製薬会社は合計6社あります。プラバスタチンは商品名は「メバロチン」で第一三共が発売しています。他の5種をあげておくと、シンバスタチン(商品名「リポバス」MSD社)、フルバスタチン(商品名「ローコール」ノバルティス社)、アトルバスタチン(商品名「リピトール」アステラス社)、ピタバスタチン(商品名「リバロ」興和)、ロスバスタチン(商品名「クレストール」アストラゼネカ社)です。

では、なぜここまで有利なデータがそろっているのにもかかわらず、プラバスタチンの製薬会社(第一三共)は積極的なPRをしないのでしょうか。私の印象で言えば(そして他の医師も同じように感じているはずです)、現在積極的にスタチンをPRしているのはアストラゼネカ社だけです。この最大の理由は同社のスタチン「クレストール」には後発品(ジェネリック薬品)がないからでしょう。他の5種はいずれも後発品が発売されているために先発品のメーカーはそれほどPRに力を入れていないのではないでしょうか。

ならば、後発品のメーカーが積極的にPRをすればいいではないか、と思われますが、一般に後発品のメーカーは、薬価が安いこともあり元々PRにあまり費用をかけません。

結果としてプラバスタチンのように「安くて安全で効果の高い薬」が目立たなくなっているのです。

参考:メディカルエッセイ第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

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2015年4月3日 金曜日

2015年4月3日 ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定

  長い間「麻疹(はしか)の輸出国」と揶揄されていた我が国も、ようやくWHO(世界保健機関)から排除の認定を受けました。WHOが2015年3月27日に正式に発表しています(注1)。厚生労働省はこれを受け、同日に国内に発表しました(注2)。

 WHOの発表によると、今回アジアで麻疹排除を認定されたのは、日本、ブルネイ、カンボジアの三国で、いずれの国でもワクチン接種が適切に実施されたことが排除に至った理由であるということが述べられています。

 厚労省の発表では、日本由来の麻疹ウイルスは2010年5月を最後に、それ以降は検出されていないそうです。それ以降に発症した例はすべて海外から日本に持ち込まれたケースだったようです。

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 ちなみに韓国ではすでに2006年に排除認定を受けています。その翌年の2007年に日本で流行し、アメリカやカナダに日本人が持ち込んだ例が立て続けに報告され、「日本は大丈夫なのか・・・」と世界中から心配されましたが、ようやく日本も感染症後進国から少し抜けられそうになってきました。

 豊かなブルネイはともかく、カンボジアに行ったことのある人なら、カンボジアの医療レベルと日本が同じ、とされるのに違和感を覚えることでしょう。もちろん、医療全体でみたときには日本とカンボジアが同レベルというわけではありません。しかし、感染症、とりわけ感染症の(治療ではなく)予防に関していえば、同じレベルと言わざるを得ません。

 では、日本の麻疹対策はこれで充分かと言えばそういうわけではありません。日本人の成人の麻疹抗体を測定すると陰性の人が少なくない、というか太融寺町谷口医院の例でいえば、20代後半から30代でみれば抗体ができている人の方が少数派なのです。ということは、日本にやってきた外国人(たとえば中国やフィリピンではまだ排除が認定されていません)が日本で蔓延させる、という可能性は充分にあります。

 以前も述べましたが、日本では「麻疹にかかったようなもの」という慣用句があり、これは麻疹が単なる風邪のような一過性の軽い疾患のような意味で使われています。しかし麻疹は実際には死亡例もありますし、重篤な後遺症を残す脳炎につながることもあります。

 まだワクチンを接種していない人、抗体形成の確認をしていない人は早めに確認しておいた方がいいでしょう。

注1:WHOのこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.wpro.who.int/mediacentre/releases/2015/20150327/en/

注2:厚生労働省のこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/img-327100220.pdf

参考:
トップページ:「風疹・麻疹(はしか)」
医療ニュース2014年3月3日「麻疹(はしか)が増加中」
はやりの病気
第46回(2007年6月)「はしかの予防接種率はなぜ低いのか」
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

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