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2021年2月22日 月曜日

第210回(2021年2月) よく分からなくなってきた「ポストコロナ症候群」

 新型コロナウイルスに感染した後、体内からウイルスが消失しているのは明らかなのに(新型コロナウイルスは慢性化しません)、その後も症状が続いたり、別の症状が出現したりすることがあります。私はこれを「ポストコロナ症候群」と命名し、過去のコラム(「ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群」)でも述べました。また、他のサイト(「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」でも紹介しました。尚、「ポストコロナ症候群」という病名は私が勝手に名付けているだけで正式なものではありません。

 私が初めてポストコロナ症候群と思われる事例に遭遇したのは2020年2月下旬です。おそらく、新型コロナに感染したであろう40代の男性で、解熱後も咳が止まらないと言います。その頃は、新型コロナは重症化することはあっても症状が長引くことはないとされていましたから、この男性は近くの病院や保健所で「新型コロナとは関係がない」と言われ続けていました。

 過去に何度か太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診したことがあることから相談に来られました。その男性は以前にも風邪を引いた後、咳が長引いた経験があったために(これを「感冒後咳嗽」と呼びます)、今回も過去の咳と同じようなものではないかと当初は考えたのですが、「頭痛と倦怠感もとれない」と言います。しかも咳の様子がたしかに通常の感冒後咳嗽と異なります。しかし、当時は世界中のどこからも報告のなかった新型コロナの後遺症だと診断することはできません。もちろん困ったのは原因がわからず診断がつかないことだけではありません。問題は咳止めや喘息の吸入薬があまり効かず、なす術がないことです。

 しばらくして次第に症状は改善していったのですがその後2カ月が経過しても完全には治らないと言います。この頃はまだ抗体検査が一般的でなく、しかも精度が高くないことも指摘されており、その上保険適用はなく自費になりますから(当院では実施していませんでした)、勧めることはありませんでした。それからさらに数か月し再診されたときには症状がほぼ消失していました。

 この男性に生じた高熱と咳はおそらく新型コロナウイルスによるものだと思われます。今なら直ちにPCR検査ができますが当時はこの程度であれば重症性がないとみなされ検査の対象とならなかったのです。また、長引いた咳は新型コロナの後遺症であることはおそらく間違いなく、このケースはポストコロナ症候群と呼べます。

 ですが、長引いた症状で受診されるなかには「本当にコロナと関係があるのだろうか?」と感じる事例も少なくありません。例えばこのようなケースです。

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 30代女性。求職活動中。2020年4月初旬より倦怠感と頭痛がある。最初は咳もあったが新型コロナの検査は保健所に依頼しても拒否された。1ヶ月以上経過しても症状がとれない。そのために求職活動ができなくなった。
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 この女性が主張するようにたしかにこの頃は余程の重症例でない限りはPCR検査ができませんでした。そして、この女性がポストコロナ症候群である可能性は否定できません。ですが、抗体検査を勧めても「自費になるから……」「検査は正確でないと聞いた……」などと言って受けようとしません。半年ほどたってから「かなり精度の高い抗体検査が登場しましたよ」と言ってみると、今度は「感染して半年たちましたから抗体が消えている可能性もありますよね」と言ってやはり受けようとしません。

 たしかに自費の検査となるのは事実ですが、当院の負担で受けてもらおうと提案してみましたがそれでも受けないと言います。100%の確証を持てるわけではありませんが、この女性、本当は「新型コロナではなかった」と思われるのがイヤなのではないでしょうか。そのうち受診しなくなったのは、私が「コロナとは関係ない」と思っていると感じたからかもしれません。

 この女性にとっては、「コロナのせいで体調不良が続いており、そのせいで就職活動ができない」と考えることで、就職活動がうまくいかないことの言い訳ができるわけです。これを「疾病利得」と呼びます。「病気が治らなければ学校に行かなくていい」、あるいは「病気が治らなければかまってもらえる」という気持ちから体調不良が続くようなときにこの言葉を使います。複雑なのは、こういうケースは必ずしも”嘘”を言っているわけではないということです。「病気が治らなければいいのに……」という思いが、いつのまにか症状を引き起こしているということが実際にあります。

 世界のデータをみてみると、先述の過去のコラムでも紹介したイタリアの研究では感染者の87.4%が2カ月後に何らかの症状を有していました。医学誌「Lancet」2021年1月8日号に掲載された論文「新型コロナの患者退院6カ月後の研究 6-month consequences of COVID-19 in patients discharged from hospital: a cohort study」によれば、武漢の新型コロナウイルスの入院患者1,733人の6割以上は、退院後6ヵ月時点で、倦怠感・筋力低下、睡眠障害、不安・うつなどに悩まされていることが分かりました。

 新型コロナウイルスに感染し「血栓」ができて脳梗塞を起こし障害が残ったとか、足の血管がつまって足を切断せざるをえなくなった、というような事例はあきらかな後遺症でありポストコロナ症候群のなかに入ります。

ですが、倦怠感、不安・うつなどは客観的に評価のしようがありません。咳や筋力低下も精神症状から起こることはよくあります。新型コロナウイルスに感染していたのが事実だとしても、その後出現した症状と感染が本当に関係あるのかと問われれば疑問が残ります。

 ただし、広い意味では関係があります。感染したことが事実であれば、因果関係がはっきりしなかったとしてもその後何らかの症状が出現しているのであれば関係があると考えるべきです。実際、感染して死ぬかもしれないという恐怖や、他人に感染させた(かもしれない)という罪悪感から倦怠感や抑うつ状態が生じることはあり得ます。だからこそ、私は単に「後遺症」と呼ぶのではなく、広い意味での症状も含めて「症候群」とすべきだと考えたのです。

 それに、「因果関係がはっきりしない(から病気と認められない)」という言葉は苦しんでいる人を傷つけることになります。もしもあなたの周りに新型コロナに感染してその後何らかの症状に苦しんでいる人がいたとすれば、その人の立場になって考えるべきです。日本は感染したことを責められて差別される国です。感染したことですでに相当辛い思いをしているはずです。その辛さが原因でいろんな症状が起こることは充分予想できます。

 しかしながら、実際には感染していなかったとすればどうでしょう。それでも苦しまれているのは事実ですから我々医療者が見放すことはありませんが、コロナのせいにするのは間違っています。

 では、どうすればいいのでしょうか。ポストコロナ症候群の可能性があるなら「抗体検査を早急に受ける」ことが勧められます。たしかに、現在保険適用はなく、精度が低い検査も出回っています。しかしECLIA法という方法で信頼できる検査会社で実施すれば、それなりに高い精度で結果が得られます。そして、先述した女性が言っているように「時間がたてば抗体が消失する」可能性もあります。もちろん、本当は抗体検査を保険でできるようになればいいのですが、行政に期待しても裏切られるだけです。

 検査をして抗体陽性を確認したからといって画期的な治療法があるわけではありませんが、それでも意味がないわけではありません。ポストコロナ症候群の他の患者さんの治療を参考にできますし、その後の抗体価を追っていくことも有用です。

 抗体検査以外にもうひとつ勧めたいことがあります。それは「医療機関を替えない」ことです。谷口医院にポストコロナ症候群を疑い受診される人の多くは、谷口医院にたどり着くまでにいくつもの医療機関を受診していることが少なくありません。気持ちは分かりますが、医療機関を替えていいことはまずありません。必要ならその医療機関で紹介状を書いてもらえばいいのです。あるいは、初めから谷口医院に来てもらってももちろんOKです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2021年2月9日 火曜日

2021年2月 コロナ禍でも旅に出よう

 「GoToトラベル」がこれだけ批判され中止に追い込まれたなかで、「旅に出よう」などと言えば「非常識だ!」と各界から非難されるでしょうが、それでも私は「旅に出よう」と言い続けたいと考えています。ただし、すべての人に旅を促しているわけではありません。私が少々のリスクを抱えてでも旅に出ることを勧めているのは次の2つのグループです。

 1つは「先が長くないかもしれない人」です。もちろん持病を抱えた高齢者がコロナ禍で外出するのは大きなリスクが伴います。たいていの観光旅行は不要不急とみなされ、「そんな持病を持っている人がコロナ禍で旅行だなんてとんでもない!」という意見の方が多いでしょう。

 ですが、例えば余命半年を宣告されている人ならどうでしょう。もしも、あなたのお母さんやお爺さんが来年の桜を見ることが絶望的な状況だとして、今年の桜を見せてあげたいとは思わないでしょうか。桜を見なければ6月まで生きられたのに、4月に花見に行ったがために1ヶ月寿命が短くなったとすれば、あなたは、そして当事者のあなたのお母さんやお爺さんは不幸なのでしょうか。

 旅行を勧めたいもうひとつのグループは大学生くらいの若い人たちです。太融寺町谷口医院の大学4年生の患者さん、つまり4月から就職する人たちに対し、私は「寝る時間を惜しんででもどんどん遊んで旅行にも行ってきてください」と言っています。昨年4月に大学1年生になった人たちにも「4年間の楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうから、1日1日が貴重だと思ってとにかく外に出ましょう。旅に出ましょう」と話しています。ちなみに、私は若者にはコロナに関係なくどんどん恋愛をすることを勧めています(参考:「新型コロナ それでも若者は恋をしよう」

 不謹慎だ、という声が聞こえてきそうですが、遊び方を工夫すればいいわけです。若い人たちが注意すべきなのは「大人に感染させないこと」です。例えば、キャンピングカーを借りて若者だけで海や山に行くのは何の問題もありません。電車や飛行機を使う旅行も守ってもらわねばならないマナーがありますが、それらをクリアすればOKです。そのマナーについては後で述べるとして、まず「GoToトラベル」が批判された経緯とそれに伴う議論について例を挙げて少しだけ触れておきましょう。

 2021年1月21日、医学誌『Journal of Clinical Medicine』に京都大学の西浦博教授らが発表した論文「”Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July?August 2020(「GoToトラベル」キャンペーンと旅行が関与した新型コロナの症例:記述的分析2020年7月から8月 )」が掲載されました。これに対し、数名の識者が異議を唱えSNSを介した論争がありました。ここでその詳細を振り返ることはしませんが、なぜそのような意見の食い違いが起こったのかを明らかにしましょう。意見の相違が生じるのは「何を基準にした分析で何を目的としたものかが明確でないから」です。わかりやすく言えば、西浦教授はGoToトラベルを中止すべきだと主張しているわけではなく、単に「こういう方法でデータを分析するとこういう結果になりました」と言っているだけです。他方、この論文を批判した識者たちは、この論文が政府を批判し直ちにGoToトラベルの中止を勧告したものだと捉えたのです。

 西浦教授は医師向けのポータルサイトm3.comで「(自身の研究は)GoToトラベルという政策の是非を強く問うものではありません。また、この私たちの記述疫学研究が、広い範囲で報道に取り上げられましたが、それが政策議論に直結しすぎるのも私たちの意図するところではありません」とコメントしています。

 西浦教授の論文に反論した人たちは、あたかもGoToトラベルが感染者増加の最たる原因のように読める論文の妥当性について意見を述べました。こういう人たちの意図するところもよく分かります。GoToトラベルが諸悪の根源のような風潮が社会に広がれば迷惑を被る人が出てくるわけですからこういった意見は必要です。

 このような”論争”がメディアで取り上げられると、一般の人たちは「いったい旅行はいいの?悪いの?」と分からなくなるでしょうし、「GoToトラベルを積極的に実施/中止すべきだ)」という政策を考えたくなる人も出てくるかもしれません。

 ですが、あなたやあなたの大切な人にとって最も重要なことは「政策」ではなく「あなたやあなたの大切な人がどうするか」です。政府や公衆衛生学者にとって重要なのは国民全体の感染者を減らすことですから政策が重要になります。一方、個人でみたときには、まず自分自身と自分の身内の”幸せ”が最重要事項です。幸せになるためにリスクを引き受けるという選択肢も当然出てきます。

 分かりやすい例を挙げれば、GoToトラベルがあろうがなかろうが、緊急事態宣言が出てようが出てなかろうが、遠距離恋愛をしている若い大学生はパートナーに会いに行くことを何よりも優先します。恋愛中の若い二人を止めることは誰にもできません。たとえ相手に感染させたとしても、周囲の者に感染させなければ二人の行為を非難することはできないのです。

 では若者が旅行するときには何に気を付ければいいのでしょうか。簡単です。「大人の前でマスクを外さない」です。これだけです。これだけを守ればどこにでも出かければいいのです。ただし、これをきちんと守ろうとすると旅行の楽しみが少しばかり減ってしまうのは事実です。

 例えば、新幹線や特急に乗るときの楽しみに「友達との飲食」がありますが、これは慎んだ方がいいでしょう。私が大学生の頃、友人たちと新幹線に乗ったとき、自由席の椅子をくるんと回転させビールを買って”宴会”を楽しみました。このようなことはコロナ禍ではできません。地方都市に行けば、小さな居酒屋に行ってみたくなりますがこれも慎重にならねばなりません。もちろんホテルや旅館内でも共用の場でマスクを取ることは極力避けねばなりません。

 「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山修司の言葉は”真実”であり、大勢の若者に考えてもらいたいと私は思っています。人生で大切なことは、本にもいくらかは書いてありますが、それが自分の血となり肉となるには読むだけでは不充分です。外に出て、人と触れ合い、人に揉まれなければ、大切なことは分かりません。

 私は過去のコラムで「人生で大切なことの7割くらいは居酒屋で学んだ」と述べました。そして、今回は「人生で大切なことの4%くらいは旅から学んだ」ことを付け加えておきます。たった4%?、と思われる人もいるでしょう。私もそう思います。これはつまり、私自身がまだまだ旅をしなければならないことを意味しています。私がこれまで訪れたことのある国は20もありませんし、今も訪ねたことのない県がいくつかあります。旅先でのふとした経験がその後の人生に大きな影響を与えることもあるわけで、旅はとても大切です。

 特に若者にとっては大切です。若いうちは借金してでも旅をすべきです。そして、旅を続けるべきなのは若者だけではありません。私は立場上、現在は外出を控えていますが、いずれ再び旅に出ます。せめて「人生で大切なことの2割くらいは旅から学んだ」と言えるくらいになるまでは……。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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