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2013年11月30日 土曜日

2013年11月30日 バイリンガルは認知症になりにくい可能性

 多くの人が「最もかかりたくない病気」にあげるのがアルツハイマー病などの認知症ですが、現在のところ特効薬は存在しません。たしかに数種類の薬が発売されていますが、使い出すタイミングが遅ければ効果はあまり期待できません。

 であるならば、なんとかして予防を心がけたいところですが、例えば、COPD(慢性閉塞性肺疾患)はタバコを吸わなければ発症しない、というようなレベルでの決定的な予防法があるわけではありません。

 喫煙が認知症のリスクになることはよく言われますが、ではタバコをやめれば認知症を完全に防げるのかと問われればそのようなわけではありません。タバコ以外には、運動や食事(特に地中海ダイエットが有効という報告が多いようです)が予防になる、ということが指摘されますが、どれも”極めて有効”とまでは言えないと思います。

 バイリンガルは1ヶ国語しか話せない人に比べると、アルツハイマー病を含めた3種類の認知症を発症するのが4年以上も遅い・・

 これは、インドのハイダラーバード(ハイダラーバード県はインド中南部のアーンドラ・プラデーシュ州にあります)の研究所のSuvarna Alladi氏らによる研究結果で、医学誌『Neurology』2013年11月6日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。

 今回の研究では、認知症の診断がついたインド人648人が研究の対象とされています。対象者のうち391人が2ヶ国語以上を話すバイリンガルです。アルツハイマー病患者は240人で、その他の認知症として、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、混合型認知症などの診断がついています。被験者の14%は識字能力がないようです。分析の結果、2ヶ国語を話す人は、1ヶ国語しか話さない人に比べ、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、脳血管性認知症の発症が有意に遅いことが判ったそうです。

 興味深いことにこの傾向は識字能力のない人にも認められています。また、3ヶ国語以上を話せても、2ヶ国語の人と有意な差はなかったようです。

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 バイリンガルは日頃から脳をよく使う仕事をしているから認知症になりにくいのでは?、という疑問がでてきますが、この研究では、対象者の教育、職業などの因子は取り除いて考察されています。

 バイリンガルが認知症を遅らせるとする研究は過去にもあるのですが、幼少児から2ヶ国語を自然に学ぶことがいいのか、中学生くらいになってから、あるいは中年になってから語学を勉強しても認知症を遅らせる効果があるのか、そのあたりに触れている研究は私の知る限りありません。

 語学の勉強はたいへんですが楽しいものでもありますから、たとえ認知症の予防にならなかったとしても引退後(あるいはいつからでも!)語学を勉強しましょう、というのが私の個人的な考えです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Bilingualism delays age at onset of dementia, independent of education and immigration status」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/81/22/1938.short?sid=beb1e2d5-62d4-48e4-a782-be8301fb4d5a

参考:
はやりの病気第95回(2011年7月)「アルツハイマーにどのように向き合うべきか」

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2013年11月29日 金曜日

2013年11月29日 輸血でHIV感染

 すでに各マスコミで大きく報道されていますが、HIV感の可能性があった40代男性が献血をし、その血液を輸血された60代男性がHIVに感染した、という事件がありました。現時点で判った情報をまとめておきたいと思います。

・40代男性は危険な性行為が約2週間前にあったのにもかかわらず2013年2月に献血をおこなった。

・献血されたすべての血液はHIVの検査をおこなうが、感染して間もない時期のウイルス量が少ない場合は検査をすり抜けてしまうことがあり今回はすり抜けてしまった。

・その40代の男性は11月上旬に再び献血をおこない、このときにHIV感染が発覚した。

・この男性の2月の献血で輸血を受けた患者は2名いることが判明し、うち1人の60代男性はHIVに感染していたことが発覚した。(注:あとの1人(80代女性)については感染していなかったことが2013年11月30日に報道されました)

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 2003年にも同様の事件(事故)があったのですが、世論の注目度は今回の方が高いように見受けられます。ここ2~3年はHIVに対する世間の関心が低下しており、2003年の頃の方がずっとHIVの注目度が高かったように私は思うのですが、今回の方が議論が加熱しているのはおそらくインターネットが当時より普及しているからでしょう。

 これから起こりうる問題は2つある、と私はみています。1つは「輸血に対する警戒心」です。ある程度大きな手術になれば、術前に輸血の同意書を書くことになりますが、ここで同意に躊躇する人が出てくるのではないかと思われます。となると、医療側としては手術がおこなえず、結果として手術のタイミングを逃してしまうようなことが起こらないかを危惧します。

 もうひとつは、危険な性交渉がありながら献血をした者へのバッシングです。この男性がHIVの検査目的で献血をしたのなら許されることではありませんが、本人としては「それほどリスクのある行為ではない」と感じていて、純粋な善意から献血をしたのであればこの男性だけに責任を押しつけるのは問題です。太融寺町谷口医院のHIVの患者さんのなかにも、「そんなことくらいでまさかHIVに感染するとは思わなかった」という人は少なくありません。この男性に対するバッシングが度を超えないか、私はそれを懸念しています。

(谷口恭)

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2013年11月20日 水曜日

130 噛み合わない薬の論争 2013/11/20

 紆余曲折を経た後、2013年11月12日、政府は一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売に関して薬事法改正案を閣議決定しました。これにより大衆薬(薬局で買える薬)の99%以上がインターネットでも購入できるようになります。例外としては処方薬から大衆薬に転換して3年以内の薬と劇薬5品目があります。

 政府のこの「例外を認める」という政策に対し、インターネット販売を手がけている業者からの反発が相次いでいるようです。なかでも楽天会長兼社長の三木谷浩史氏は、11月6日に緊急記者会見まで開き、「(一部の薬の販売について)対面販売に限定するのは、時代錯誤も甚だしい」と述べたそうです。

 三木谷氏は政府の産業競争力会議の民間議員も努めていますから、ネット販売を広げることにより経済を活性化させ、そして自社の利益も増やしたい、というのが思惑なのでしょう。

 しかしこの考え、一歩ひいて考えると無茶苦茶な理屈であることが分かります。

 そもそもなぜ薬の売り上げを伸ばさなければならないのでしょうか。三木谷氏は日本国民を”薬漬け”にしたいのでしょうか。当たり前の話ですが、薬というのは飲まないに超したことはありません。

 厚生労働省や医療従事者、あるいは薬局がなぜ薬のネット販売に消極的な姿勢になるのか、その理由は薬剤が不適切に使用されることを懸念するからです。

 安易な鎮痛剤の使用が「薬物乱用頭痛」につながる、ということは過去に何度か述べました(注1)のでここでは繰り返しませんが、その薬物乱用頭痛の原因になる鎮痛薬はすでにインターネットで簡単に手に入ります。最近の議論では「ロキソニンS」がネットで買えるか、ということがよく語られますが、「ロキソニンS」よりもずっと薬物乱用頭痛をおこしやすい鎮痛剤がごく簡単に手に入るのが現実なのです。

 鎮痛薬だけではありません。例えば、睡眠改善薬と命名されている薬剤が現在でもインターネットで簡単に買うことができます。たしかにこの睡眠改善薬というのは医療機関で処方される睡眠薬ではなく単なる古い抗ヒスタミン薬です。古い抗ヒスタミン薬の副作用の眠気を利用して「睡眠改善薬」と命名しているだけのものです。ですから、考え方によってはそれほどリスクの高いものではないと言えるでしょう。

 しかし、眠れないから睡眠改善薬を飲めばいい、という単純な話ではありません。古い抗ヒスタミン薬を飲めば確かに眠くはなりますが、質のいい睡眠が得られるというわけではないからです。こういった薬は作用時間が長くはありませんから通常は翌朝まで効果が続くことはありませんが、それでも不適切な飲み方をすれば薬の作用が翌日に残ることもあります。古いタイプの抗ヒスタミン薬は、「眠気を感じない人でも作業効率が落ちる(ミスをしやすくなる)」という研究もあります。薬には本人の自覚のない副作用もあり得るのです。

 そもそも「眠れません」という人に対しては医療機関でも薬局でも「では睡眠薬(睡眠改善薬)を飲みましょう」と言うわけではありません。我々の仕事というのは、「いかに薬を処方するか」ではなく「いかに薬を処方しないか」なのです。(一部の薬局ではそうでないかもしれませんが・・・)

 太融寺町谷口医院で言えば、診察室で「眠れません」と悩みを話される人に対して、初めから睡眠薬を処方するケースというのはおそらく3分の1もありません。まずは、なぜ眠れないのか、いつから眠れないのかを問診から探っていくことになりますが、これに相当の時間がかかります。たいがいのケースは患者さんの社会的、心理的な背景にある程度踏み込むことになります。

 そして不眠の原因、あるいは悪化因子に、職場や家庭でのトラブルがあることが多々あります。こういった問題がある場合、単に睡眠薬を処方しても何の解決にもなりません。職場に原因がある可能性がある場合は、睡眠薬を処方せずに、まず産業医に現在の職場での問題点を相談するように助言することもあります。家庭での問題がある場合は、まずは家族内で問題点を相談してもらうように話し、場合によっては家族の人に来てもらうこともあります。実は不眠の原因が、夫婦間の不仲や配偶者の裏切り行為であったり、親の介護のトラブルであったり、あるいはDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因であったり、ということもあります。
 
 あるいは内科的な疾患が原因になっていることもあります。代表的なものが甲状腺機能亢進症です。実際「最近イライラして熟睡できずに隣の家のイヌの鳴き声が我慢できなくなってきた」と言って受診された人が甲状腺機能亢進症であった、ということもありました。また薬剤性という場合もあります。一番多いのがステロイドで、ステロイドを内服しだしてから夜間に興奮して眠れない、などということもあります。また、アルコール依存が不眠の原因になっていることも珍しくありません。

 つまり、「眠れない」という訴えを患者さんが話されたときに、我々医師が問診しなければならないことは大変多くそれなりの時間がかかるのです。薬局ではどうかというと、良心的な薬局であれば、患者さん(お客さん)から話を聞いて、必要だと判断すれば、薬局で薬を買うのではなく、まず医療機関を受診するように助言しているはずです。

 問診の結果、何らかの睡眠の対策が必要と判断したとしましょう。しかし、すぐに薬を処方するわけではありません。睡眠障害を克服するのに、何よりも大切なのは「規則正しい生活をする」ということです。好きな時間に起きて好きな時間に寝る、という生活を続けていれば睡眠障害は永遠に治りません。まずこの基本的なことができているか、しようと努力しているかを確認します。医療者など夜勤があるシフト制の職業や時差のあるフライトアテンダントなどの職業の場合は、専門的な観点からの助言が必要になることもあります。

 規則正しい生活をおこなう、の次には運動を勧めることが(私の場合は)多いと思います。適度な運動で適度に身体を疲労させれば質のいい睡眠につながることがよくあるからです。

 もちろん一時的に睡眠薬が必要になることもあります。しかしその場合もいきなり「睡眠薬」を処方するのではなく、ロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)というメラトニンの受容体に選択的に結合する薬から始めることが(私の場合)多いといえます。ロゼレムはヨーロッパでは医薬品とは認められずに同じようなメラトニン受容体作動薬はサプリメントの扱いになるそうです。(だからといってロゼレムは完全に安全な薬とまではいえず、当院にもロゼレムで副作用が出た患者さんはいます。しかし、トータルでみたときに従来の睡眠薬よりも安全なのは間違いありません)

 ロゼレムで効果が得られなければいわゆる睡眠薬(または睡眠導入薬)を処方することになりますが、この場合も「睡眠薬は一時的に使うものであり、不眠の原因を検討することや、規則正しい生活や運動の方がはるかに重要であること」を説明します。
 
 ちなみに楽天のウェブサイトから睡眠改善薬のひとつを検索するとすぐに商品が提示され「買い物かごに入れる」というボタンがでてきます。これをクリックしてクレジットカードの番号を入力すれば翌日には手元に届くようです。

 私は薬のネット販売に反対しているわけではありません。身体が不自由な人や忙しくて薬局に行けないという人にとって、インターネットでも薬が買えるというのは大変ありがたいサービスです。では、どうすべきか、というのは以前にも述べましたから(注2)ここでは繰り返しませんが、この議論になると話が噛み合わない点を強調しておきたいと思います。

  それは、我々医療者(及び薬局の薬剤師)は薬の危険性や依存性を理解しており、いかに薬を減らすかという観点から考えているのに対して、ネット販売業者はいかに薬を売るかという点から考えているということです。そしてマスコミもこのことに気づいていません。「規制=悪」という前提で書かれた記事が大半で、あたかも医療機関や薬局が経済復興の邪魔をしているような議論さえあります。

 我々が薬漬けになってもいいのか・・・、ネット解禁支持派の人たちにはこのことを考えてもらいたいと思います。

注1:詳しくは下記コラム「放っておいてはいかない頭痛」を参照ください。
注2:詳しくは下記コラム「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」を参照ください。

参考:
メディカルエッセイ
第127回(2013年8月)「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」
第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

はやりの病気
第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」

マンスリーレポート
2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
2013年5月号「薬局との賢い付き合い方(後編)」
2013年4月号「薬局との賢い付き合い方(前編)」

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2013年11月20日 水曜日

第123回 マラソンに伴う健康被害と利点 2013/11/20

 マラソンブームと言われて久しいように思われます。ここ10年くらいで日本のマラソン人口は急増し1千万人とも2千万人とも言われています。マラソンはもちろん健康にいいことですから我々医療者としても喜ぶべきことなのですが、危険がないわけではありません。しかも命に直結するような病気のリスクもあります。

 今回はマラソンに伴う身体のリスクについてまとめていきたいと思います。しかしその前にこのマラソンブームの背景を振り返っておきたいと思います。

 健康のためにジョギングをする人は昔からいましたが、フルマラソンにチャレンジする人は1980年代まではさほど多くなかったと思います。マラソン大会では制限時間がだいたい5時間くらいに設定されているのが普通ですから、日頃トレーニングをしているような人でなければハードルが高いのです。

 マラソンが一般人にとって敷居が低くなったのはホノルルマラソンが注目を浴びだしたからではないかと私はみています。1989年頃から、私の周りにもホノルルマラソンにチャレンジするという人がちらほら現れだしました。円高とバブル経済のおかげで、ハワイがすでに憧れの地ではなく気軽にいける旅行先になったことがその理由です。しかし、ホノルルマラソンが一躍注目を集めた最大の理由は「制限時間なし」というルールにあります。これなら日頃トレーニングをしていない人でも出場することができます。そして、冷やかし半分で出場したような人たちもゴールをすると感動に包まれ、それが口コミで広がっていったのではないか、と私は分析しています。後に改めて述べますが、マラソンとは誰もが感動できるスポーツかつイベントであり、精神衛生上も非常にすぐれたものなのです。

 日本経済が停滞することがなければマラソンブームはもっと早く訪れたのではないか、というのが私の分析です。不景気で失業する人が増えるなかで、のんきに「ホノルルマラソンで感動を・・・」などと言っている場合ではなくなってしまいました。転機が訪れたのは2007年の東京マラソンでしょう。この頃は円安でしたが、好景気に見舞われ(といっても多くの庶民に好景気という感覚はありませんでしたが)、健康ブームが重なっていました。そして制限時間を7時間としたのが結果的にあのブームを引き起こしたのではないかと私はみています。42.195kmを7時間でゴールしようと思えば平均速度は6.03km/hですから、これなら早歩きの程度で完走することができます。東京マラソンが口火をきったかたちとなり、その後全国に次々と制限時間のゆるやかな市民マラソンが誕生しました。

 大阪マラソンが始まったのは2011年で、2013年の今年は3回目の開催となりました。今年は私もランナーを支援したいと考え、医師として救護所で待機する係を引き受けました。(本当は私自身も走りたかったのですが、今年は応援係として業務をまっとうすることにしました) 

  あまり報道はされていないと思いますが、フルマラソンが開催されると軽症から重症まで大勢のランナーが身体のトラブルに遭遇します。なかには命にかかわるような重篤な事態になることもあります。私の担当したポイントでは、生命に関わるような大きなアクシデントはありませんでしたが、それでも救急車を2台要請せざるを得ませんでしたし、軽症ではあるものの医学的なケアの必要なランナーが次々と救護所にやってきました。

 マラソンに伴う健康被害を私なりに分類すると次の4つになります。①熱中症・脱水及び低ナトリウム血症、②筋肉、靱帯、関節などの整形外科的疾患、③不整脈や虚血性心疾患(これが最重症になります)、④その他、の4つです。「その他」は、持病の悪化(喘息発作や糖尿病の人の低血糖症状など)、低体温症(冬場)、風邪(大会に参加して風邪をひく人は少なくない)、あるいは2013年4月15日にボストンマラソンでおこった爆破テロなどです。以下に①②③をみていきます。

 ①の熱中症・脱水については炎天下のマラソンでは当然おこりえます。低ナトリウム血症についても、最近はかなり周知されてきているように思われますが、マラソンの現場では決して少なくありません。単に水分を摂るのではなく塩分(電解質)も摂取しなければ、低ナトリウム状態が進行し、行くところまで行けば生命が危険な状態になることもあります。ですから、最近のマラソン大会の給水ポイントでは、水だけでなく「OS-1」のような電解質を含んだ飲料水も置かれています。しかし大会によってはいまだに水だけのところもあるようです。

 低ナトリウム血症が怖いのは、なかなかそれを自覚できない、ということです。単なる脱水であれば、喉が渇けば水を飲めばそれで事足ります。低ナトリウム血症になると、身体はしんどくなりますし、汗で水分が失われているのは事実ですから水を飲めば回復することを期待してしまいます。そして水を飲むわけですが、塩分の含まれていない水であれば余計に低ナトリウム血症が進行してしまいます。

 マラソンやジョギングの途中や走行後に採血をしてナトリウムの濃度を調べるようなことを普通はしませんから気づきませんが、けっこうな人が低ナトリウム血症になっているのではないかと私はみています(注1)。そんなに距離を走ったわけでもないのに、疲労感が急激に進行し、嘔気がでてきたようなときは迷わずに塩分を摂るべきです。ランナーのなかには「塩タブレット」を携帯し、症状から低ナトリウム血症を疑えばそれを直ちに飲むという人もいます。

 ②の整形外科的な疾患は軽症のものを含めれば頻度としては一番多いでしょう。足底にマメができた、靴擦れがおこった、という程度であればテーピングのみでマラソンを続けられることもありますが、肉離れや強い関節痛などが生じればリタイヤせざるを得ません。単なる筋肉痛であれば続けられることもありますが、場合によってはそれ以上筋肉を動かすことがかなり困難になります。

 ときどき、元々体力はあるはずで息切れはほとんどしていないのに途中から筋肉が動かなくなり歩いてゴールした、という人がいますが、これは運動不足があればよくおこります。筋肉を使うことにより血中乳酸濃度が上昇し、その濃度がおよそ4mmol/L(ミリモル/リットル)を超えると筋肉が硬直してしまい動かなくなるのです。しかし、この問題はトレーニングにより克服することができます。つまり効果的なトレーニングにより血中乳酸濃度の上昇を遅らせることができるのです。(このコラムはマラソンのタイムを上げることを目的としていませんのでこれ以上は述べません。興味のある方はマラソンの指南書を参照してみてください)

 ランナーを救護する立場の医療者からみれば整形外科的疾患というのはあまり怖くありません。なぜなら重症化することはまずないからです。医療者が最も懸念するのが不整脈や虚血性疾患などの死に直結するアクシデントです。

 私の知る限り、国内の市民マラソンでの死亡事故はないと思いますが、心肺停止は何度か報告されています。有名なところでは2009年の東京マラソンで、15km地点で心筋梗塞を起こし致死的な不整脈がでたものの救護班の迅速な対応で一命を取り留めたタレントの松村邦洋さんが有名です。このアクシデントは、もしも医療者が近くにおらずAED(注2)がなければ松村さんは助かっていなかったでしょう。

 松村さんが日頃どのようなトレーニングをしていたのか私には分かりませんが、15km地点で発症したことを考えると、それほど本格的なトレーニングをされていなかったのではないでしょうか。医療者からみて、最も危惧すべきなのは、日頃からトレーニングをしているベテランのランナーが30kmを超えたあたりです。実際、過酷なランニングのトレーニングを続けると心臓の障害につながる、とするアメリカの研究(注3)もあります。

 さて、マラソンの否定的な側面ばかりをみてきましたから、最後にマラソンの利点を確認したいと思います。まず、当たり前のことですが持続的なトレーニングは適正体重を維持し生活習慣病の予防になります。「走った距離は裏切らない」は野口みずきさんの名言ですが、私はこの言葉は、健康のためにランニングをするすべての人にあてはまると思っています。

 もうひとつの利点は、精神状態に大変いい、ということです。運動そのものがうつ状態を改善させることはよく指摘されますし、質のいい睡眠につながることは容易に想像できるでしょう。私がそれ以上に主張したいことは、ゴールしたときの感動、です。といっても私はフルマラソンを走った経験がないので、完走したランナーに聞いたことばかりなのですが、大勢の人に声援をかけられてゴールしたときの感動は何にも変えられないと、誰もが口をそろえていいます。年に一度のマラソン大会を励みに日々の仕事をがんばっているという人もいるほどです。ここまでくると、マラソン大会とは一種の<祝祭>とも言えます(注4)。

 ランニングは「百薬の長」と言えば言いすぎかもしれませんが、身体的にも精神的にも大変すぐれた低コストで簡単に始められる健康増進法なのです。ただし、過ぎたるは及ばざるがごとし・・・、トレーニングのしすぎは心臓を障害する可能性を指摘されていることはお忘れなく・・・。

注1:採血は容易にできませんが、低ナトリウムをおこしたかどうかを簡便に知る方法はあります。それは体重を量るという方法です。低ナトリウムが進行すると身体がむくみ体重が増加します。通常はランニングの後は体重が減りますが(フルマラソンでは約2キロ減ると言われています)、減っていないときは低ナトリウム血症になっている可能性があります。

注2:AEDについては下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第48回(2007年1月)「あなたはAEDが使えますか」

注3:この研究は医学誌『Mayo Clinic Proceedings』2012年6月号(電子版)に「Potential Adverse Cardiovascular Effects From Excessive Endurance Exercise」というタイトルの論文が掲載されています。下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.mayoclinicproceedings.org/article/S0025-6196%2812%2900473-9/abstract

注4:祝祭が人間個人にとって(あるいは社会にとって)いかに有益なものかというのは社会学や人類学ではよく指摘されることです。例えば年に一度のホノルルマラソン(東京マラソンでも大阪マラソンでもかまいませんが)を生活の中心に据えて、日頃のライフスタイルやトレーニングを考える、というのは医学的にも社会学的にも大変健全なことではないかと私は考えています。

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2013年11月11日 月曜日

2013年11月号 安易に理系を選択することなかれ(後編)

 もう無理! こんなはずじゃなかった・・・

 そう叫びたくなったのは、憧れて合格できた関西学院大学に入学してまだ2ヶ月ほどしかたっていない頃でした。五月病という言葉がありますが、私の苦痛は少なくとも典型的な五月病ではありません。通常、五月病とは本人のやる気はあるのだけれど環境に上手く馴染めないことを言いますが、私の場合はこの逆で、そもそもやる気がないわけですから手の施しようがありません。

 私が関西学院大学理学部の受験勉強をおこなったのはわずか2ヶ月間ですが、その間は一切の雑念を追い出したといっても過言ではないと思います。赤本9年分を丸暗記し、使用しているすべての参考書に大学のパンフレットから切り取った関西学院大学のキャンパスの写真を貼り付けて、スランプに陥りそうになるとそれらの写真を眺めるようにしていました。今思えばちょっと気持ち悪い・・・、というか、まるでアイドル歌手のおっかけをしている男の子のようです。しかしこの方法は今も非常に有効な受験対策であると私は思っています。行きたい大学が見つかれば、何度も訪問しとことん惚れ込むことが合格につながる、というのが私の持論です。

 さて、その憧れの関西学院大学に合格できたところまではよかったのですが、あまりにも過酷な実験、レポート、テストなどに嫌気が差し、ついに「これ以上続けられない」、という限界点に達しました。

  そうなると、その後に考えなければならないことは今後の身の振り方ですが、これには困りました。「派遣」や「非正規」などという言葉はもちろん、「フリーター」という概念すらなかった時代です。もしも大学をやめるとなると正社員として雇ってもらえるところを探すしかありません。(大学生でもないのにアルバイトのみをおこなっている若者は当時では珍しかったのです。フリーターという言葉が誕生するまでは「ぷーたろう」などと呼ばれ後ろめたい存在でした)

 理学部に在籍しているとアルバイトの時間もありませんから、生活は惨憺たるものでした。食べるものがなく、近くのパン屋でパンの耳が大量につめられた袋を50円で買ってマヨネーズをつけて食べたり、スーパーで賞味期限切れの菓子パンを半額で買ったり(現在このようなことをすれば問題だと思いますが当時は普通でした)、朝にチキンラーメンを3分の1くらいお湯をかけずにそのまま食べて、残りを夕食時にお湯をかけて、パンの耳と一緒に食べたり・・、といった感じです。

 もしも今大学を退学して就職したら、あの実験やテストから解放されるだけでなく給料がもらえる・・・、そう考えると大学にいる意味がまったくわからなくなり、退学することをいよいよ本気で考え出しました。両親に黙って退学というわけにはいかないでしょうから、それを報告するために帰省しました。しかし(今思えば当たり前ですが)結果は大反対。私は勝手に退学して、親には事後報告しておこうと考えだしました。

 そんななか、悲惨な結果となった前期試験を終え夏休みに入って間もない頃だったと思います。関西学院大学のある先輩との雑談のなかから興味深い話を聞くことになり、結果としてこの先輩の言葉が私の人生を大きく変えることになります。

 旅行会社のアルバイト先で知り合ったその先輩は社会学部の3回生で、学部が違うとはいえ同じ大学ということで何かと気にかけてもらっていました。ある日のこと、学部の話になりその先輩は私にこう言いました。「おまえの行ってる理学部には力学というのがあるやろうけど、実は社会学部にもあるんや。それは<集団力学>と言って、人をどうまとめて動かしていくかを学ぶ学問なんや」

 この先輩のこの言葉がなければ私の人生はまったく違ったものになっていたでしょう。当時の私は、大学の勉強だけでなく、私生活でも人生の壁のようなものにぶちあたっていました。時間がないながらも、土日や夏休みを利用していくつかのアルバイトを始めたのですが、何をやっても私はほとんど仕事ができず、他のスタッフに迷惑をかけっぱなしだったのです。当時の私は、対人関係やコミュニケーションに苦手意識を持っていたわけではないのですが、例えばお客さんからクレームがきたりすると何もできず足手まといになるだけなのです。しかし、そんなときにも状況を的確に掌握し、適切な判断で対処できる人もいます。そしてこのような能力は学歴にまったく関係がないのです。

 当時の私にはこのことが衝撃的でした。高校時代から口では「教科書に書いてあることなんか何の役にも立たないんだ」とえらそうに言っていたのですが、どこかで「勉強ができれば社会で成功できる」と思っていたのでしょう。偏差値でいえば、関西学院大学理学部といえば関西ではトップクラスです。実際、どこのアルバイトに行っても学歴で言えば私が最も高学歴なのです。しかし、その私が仕事はできずまるで役に立たないわけです。そして聞いたこともないような無名大学の学生がバリバリと仕事をこなし、ときには怒り心頭のお客さんを上手にもてなし、逆に感謝の言葉をもらうことすらあるのです。

 大学では意味のないことをやらされている・・・、未熟な私はすぐにでも教科書を放り出して社会に出て学ばなくてはならないことがたくさんある・・・、そのようなことを毎日考えていた中で、社会学部の先輩から集団力学の話を聞いたのです。私は大学を退学する前に、この<集団力学>そして<社会学>というものを調べてみることにしました。

 ここからの経緯は省略しますが、紆余曲折を経た後、私は関西学院大学の3回生になるときに理学部から社会学部に編入しました。社会学部の学生になってからも決して真面目な学生ではなく、アルバイトやイベントなどで他人と交流することが重要な社会勉強と考えていた私は講義への出席率も高くありませんでしたが、それでも次第に本を読む機会が増えていき、卒論は教授の指導を受けながら楽しく進めることができました。卒論のタイトルは『職場におけるリーダーシップ』、大学で学んだことだけでなく、様々な書籍から得たことやアルバイトなどの社会経験も踏まえて書き上げた私の大学生活の集大成です。

 その後私は大阪のある商社に就職しましたが、仕事に不満があったわけではないものの、社会学をもっと本格的に勉強したくなり関西学院大学社会学部の大学院進学を考え出しました。会社勤めをしながら、月に一度程度は学びたい教授の研究室を訪れるようになり、テキストや論文を紹介してもらっていました。そのうちに、興味の対象は集団力学やリーダーシップから<人間そのもの>にうつっていきました。人間の行動、思考、感情などを科学的に分析することに興味が沸き、いつしか興味の対象は、脳生理学、精神分析学、分子生物学、動物行動学、免疫学などにうつっていきます。そして最終的に医学部受験を決意するに至ったのです。

 医学部の授業でもいろんな科目で実験があります。生化学や薬学の実験のときには、私が関西学院大学理学部で”やらされていた”のと同じような実験もありました。およそ10年ぶりにフェノールの臭いが鼻腔を刺激したとき、あの”悪夢”が一瞬私の脳によみがえりました。しかしこのときの私は19歳の私とは違います。何よりも勉強が、それも理系の勉強が好きになっていたからです。

 生化学の第1回目の実験で試験管を使ったとき、後でこれを洗わなければならないんだろう、あのときのように水滴がつかなくなるまで(前回のコラム参照)・・・、と思ったのですが、プラスティック製のその試験管はなんと使い捨て、冷たい水に耐えながら洗わなくてもよかったのです。(なんて太っ腹な大阪市立大学、大阪市民の税金でこんなにラクをさせてもらえるなんて・・、と思ったのですが、もしかするとこれは時代の流れで今は関西学院大学でも使い捨てになっているのかもしれません)

 実験には抵抗がなくなり楽しく取り組めるようになったのですが、その後再び紆余曲折を経て結局私は研究者の道を断念しました。この理由は大きく2つあり、1つは自分にはその能力もセンスもないことを認識したということ、そしてもうひとつは、私のクセというか、私は物事を幅広い観点から眺めるのが好きということに気づいた、つまり分子レベルのミクロの世界の研究よりも人間全体を多角的な観点からみるのが好きということに気づいた、ということです。(これについては機会があれば詳しく述べたいと思います)

 もう一度人生をやり直せて高校時代まで戻れるとしたら、私は理系の学部には進学しません。興味のないことが続けられるはずがないからです。そして、今回の人生のように理系の領域に興味が出てくればそのときに真剣に勉強するかどうかを検討することになるでしょう。

 現在進路に悩んでいる若い人や、社会人で医学部を含む理系の大学(再)受験を考えている人は、今一度本当にそれがやりたいことなのかどうかを自分自身に問い直してほしいのです。私の場合は、偶然にも同じ大学の社会学部の先輩との良き出会いがあったこと、なんとか社会学部の編入学試験に合格できたこと(試験申込時には「理学部から社会学部への編入学は前例がないから無理だろう」と言われていたのです)、という幸運が重なったことで救われましたが、これらの幸運がなければ、大学を退学しまったく別の人生をたどっていたのです。

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2013年11月11日 月曜日

2013年11月11日 自殺のリスクが低くなる食事とは

  自殺のリスクが低くなる食事のパターンについて、日本人を対象とした研究が報告されたので紹介しておきます。

 国立国際医療研究センター(National Center for Global Health and Medicine)のAkiko Nanri氏らのグループによるJPHC研究(Japan Public Health Center-based Prospective Study)というものがあり、この研究により得られたデータを分析することによって食事と自殺のリスクとの関係が調べられています。研究結果は医学誌『British Journal of Psychiatry』2013年10月10日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。

 この研究の対象者は日本人男性40,752人、日本人女性48,285人です。食物摂取頻度調査票を用いて合計134種類の食品と飲料の消費量が調べられています(この調査は1995年から1998年に実施されています)。自殺をしたかどうかは2005年12月までが調べられています。

 これらを分析したところ、男女とも、野菜、果物、いも類、大豆製品、きのこ類、海藻、魚介類の摂取量が高ければ、自殺のリスクが低いという結果が出たそうです。

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 食事とうつ病や自殺を調べた調査は過去にもあり、例えばω3系の不飽和脂肪酸を積極的に摂取するのがいいとされるものが有名です。

 今回の研究では、結局のところ、日本人が古来から食べている馴染みのあるものをバランスよく食べるのがいい、という結果であり、論文のなかでも、”prudent”な食事パターンがすすめられる、と述べられています。”prudent”とは「常識的な」とか「良識のある」という意味で、伝統的な食事に勝るものはないということを意味しています。

(谷口恭)

注:この論文のタイトルは、「Dietary patterns and suicide in Japanese adults: health centre-based prospective study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://bjp.rcpsych.org/content/early/2013/09/27/bjp.bp.112.114793.abstract?sid=4041be03-3108-4950-a0f5-e569225da988

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2013年11月2日 土曜日

2013年11月2日 糖尿病予防になるフルーツは?ジュースは逆効果?

  果物は身体によくて糖尿病の予防にもなる・・・。いや、果物には果糖が多く含まれておりGI値(グリセミック指数)が高いから糖尿病にはよくないはずだ・・・。

 このように、果物と糖尿病の関係は以前から良いとするもの悪いとするものの双方があり、医学会のなかでも統一した見解がありません。

 糖尿病の予防にいいのは、1位はブルーベリー、2位ブドウ、3位リンゴ、ジュースは逆に糖尿病を悪化させる・・・。

 これは米国ハーバード大学公衆衛生学教室による疫学調査の結果で医学誌『British Medical Journal』2013年8月30日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。この論文は日本の新聞や雑誌にも紹介されましたのですでに有名になっているかもしれませんが、ここでも確認しておきたいと思います。

 この研究は、米国の医療者を対象とした3つの大規模調査を再解析し、フルーツの摂取量・種類と糖尿病(2型糖尿病)のリスクについての関連性を調べています。対象者は合計で187,382人になり、このうち12,198人が糖尿病を発症しています。

 まず総論で言えば、フルーツの総摂取量が多いほど糖尿病のリスクは低下しています。各フルーツでの分析結果をみてみると、ブルーベリー、ブドウ・レーズン類、リンゴ・洋ナシ類、グレープフルーツで有意なリスク低下が認められています。

 興味深いのはここからです。リンゴ、オレンジ、グレープフルーツなどのフルーツジュースについて分析してみると、摂取量が増えるごとに糖尿病のリスクが上昇するというのです。

 さらに興味深い分析が続きます。フルーツジュースを同じ量のフルーツに置き換えたとすると、全体でみれば糖尿病のリスクは7%低下するとの結果がでています。それぞれのフルーツでみてみると、ブルーベリーによるリスク低下は33%でこれが最大です。ブドウ・レーズン類、リンゴ・洋ナシ、グレープフルーツでは12~14%低下していたそうです。一方、イチゴとカンタループ(メロン)では明らかなリスク低下は認められなかったそうです。

 この論文には最近の流行の「糖質制限」の観点からの考察もあります。糖質制限の考え方からすればGI値(グリセミック指数)が高ければ糖尿病のリスクが高く、GI値が低ければリスクが低下するはずです。しかし、今回の研究での結果は、高GI値のフルーツでリスク上昇がなく、低GI値でリスク低下がなく、中等度のGI値で有意なリスク低下が認められたそうです。

 これらをまとめると、次のようになると思います。

・全フルーツ(原文ではwhole fruits、要するにいろんなフルーツをまんべんなく食べることと考えていいと思います)をジュースにせずにそのままのかたちで摂取するのが糖尿病のリスク低下につながる。

・フルーツジュースが健康全般に悪いとは言えないが、摂り過ぎは糖尿病のリスクになる可能性がある。

・糖尿病のリスク低下となるフルーツを個別に検討すると、1位ブルーベリー、2位ブドウ・レーズン、3位リンゴとなる。

・GI値が高いほどリスクが高いとは言えない。

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 フルーツをまんべんなく摂取するのが糖尿病を含めて生活習慣病のリスク低下につながるということはイメージしやすいと思います。しかし、新鮮なフルーツをそのままのかたちで幅広く摂る、などというのは、高級ホテルに毎日泊まる、とか、毎日買い物にそれなりの時間を割く、とかいったことができなければ現実的にはむつかしいでしょう。

 ですから簡単に果物を摂れる(と考えられている)ジュースに頼りたくなる(というか、ジュースはそもそも美味しいものです)のは誰もが同じでしょう。この論文を受けて、ジュースは一切やめにして毎日違った果物をそのままのかたちで・・・、とまでは思わなくてもいいと思います。

 食事は美味しく楽しく摂らなければ意味がありませんから(少なくとも私はそう考えています)、①フルーツジュースは摂りすぎない、②可能な範囲で果物をそのままのかたちでまんべんなく摂る、③血糖値が高い人は定期的な検査をおこなう、という3つに気をつけていればいいのではないかと思います。

 私がこの論文を読んで疑問に思ったのは、あの酸っぱいブルーベリーをアメリカ人はどうやって食べているのだろう?ということです。ブルーベリーはジャムにすれば美味しいですが、そうすると大量の砂糖を同時に摂取することになりますから糖尿病のリスクは上がるはずです。また、日本人がよく食べるミカンやスイカはどうなるのでしょう。米国のオレンジと日本のミカンは別のものと考えた方がいいのではないかと思うのですが・・・。

谷口恭

注1:この論文のタイトルは、「Fruit consumption and risk of type 2 diabetes: results from three prospective longitudinal cohort studies」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/347/bmj.f5001

参考:医療ニュース2009年3月17日「肝癌予防には野菜はよくて果物はNG」

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