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2025年4月6日 日曜日
2025年4月 階上キックボクシングジム振動裁判は谷口医院の全面敗訴
2021年1月に突然始まった階上キックボクシングジムによる振動による被害の裁判は谷口医院の全面敗訴となりました。今回はこの経緯を紹介します。別のページにもまとめていますが、まずはこれまでの経緯を簡単に振り返っておきましょう。
谷口医院がオープンしたのは2007年1月で、大阪市北区太融寺町4丁目の「すてらめいとビル」の4階にありました。2021年1月中旬までの約14年間は平和に診療を続けていました。2018年6月18日に発生した「北摂地震」では棚に置いていた物が落ちるといった程度の被害はありましたが、人災はもちろん自然災害による被害もありませんでした。
ところが、2021年1月中旬、5階にキックボクシングジム「リフィナス」がいきなり入居してきて激しい振動をまき散らし始めました。入居前にも入居後にも一切の挨拶はなく、これまでいろんな業者がそのビルに入居してきましたが、何の挨拶もないこんなにも非常識な会社や組織は他にはありませんでした。
壁や天井が揺れる振動が起これば診療を中断せざるを得ません。新型コロナウイルス感染症(以下、単に「コロナ」)を疑い受診した患者さんたちは、他に診てもらえるところがないと言い、這いつくばるようにやってきていました。そこで激しい振動に襲われるわけですからたまったものではありません。キックボクシングジムとビルの管理者に連絡し、繰り返しお願いをして話し合いの場をもってもらいました。
ところが、やってきたリフィナスの社長はいかにも「仕方がないから来てあげた」という態度でまともな話ができるような人間ではありませんでした。常に上から目線で「クリニックごときがごちゃごちゃ言うな!」という態度です。ビルの方も、こちらとしてはそんなジムを入居させたわけですから社長に出て来てほしかったのですが、社長はどこかに姿をくらまし、やってきた社員は建築の知識が一切ない素人で、何を聞いても「私には分かりません」としか言いません。まるで話になりませんでした。
それでも話し合いを重ねて、振動のせいでヒビが入った壁や天井を見せて、なんとか「防振工事をする」という約束を文書で取り付けました。しかし、その後リフィナスの弁護士から手紙が届き「やっぱり工事はやりません」とのこと。弁護士も「たかが壁にヒビが入る振動程度で文句を言うな!」とう態度です。
こうなると、もはや診察は続けられません。リフィナスもすてらめいとビルも話し合う気がないわけですから、これ以上粘っても無駄でしょう。このときにも一瞬裁判を起こそうか……、と考えましたが、まともな相手ではありませんからさっさと身を引いた方が得策だと判断しました。
そこで移転先を探し始めました。ところが、当時はコロナが猛威をふるっており、ほとんどの貸しビル業者から「発熱患者を診るなら貸さない」と言われました。
医療モールは裏切らないだろうと思って申し込むと「是非入居してください」とのこと。これで救われた、と思ったのですが、その医療モールに入っている複数のクリニックから「谷口医院がくれば競合するから来ないでほしい」と言われ話は流れてしまいました。当院としては「競合」ではなく「協力」したかったのですが、聞き入れてもらえず話し合いの機会すら拒否すると言われてしまいました……。
しかし移転以外に道はないわけですから、その後も場所を広げて探し回ったのですが見つからず、さらに振動が、頻度は減ったものの(これはおそらく客が減ったからでしょう)、突然大きな振動に襲われるようになり、針刺し事故のリスクが上がっていきました。
振動が起これば、聴診、触診、レントゲン、内診(婦人科的な診察)、超音波、呼吸機能検査、心電図など多くのシーンで診療中断を余儀なくされます。そして、最も危険なのは採血や点滴の針を刺すときです。振動で手指がぶれるのは我々だけではなく、突然の振動で患者さんが腕を動かすことがあります。これが危ないのです。
針が患者さんの血管ではなく神経に触れれば生涯にわたり痛みが残ることがあります。いったん患者さんに刺した針が自分の手指に刺されば院内感染のリスクが生じます。あるとき、ある看護師が採血をしているときに、突然の振動が起こり患者さんが腕を動かし、針刺し事故寸前となりました。この患者さんはHIV陽性でした。この報告を看護師から聞いたときに「移転先探しにこれ以上時間をかけられない。閉院しかない」と決心しました。
そして2023年1月4日、このサイトで「閉院」を発表し、受診された患者さんにはその旨を説明し新たな受診先を紹介し始めました。ところが「閉院は困る」という患者さんが思いの他多く、診察室で泣き始める患者さんが後を絶たず、なかには泣きながら「わたしが必ず移転先を見つけます!」と言って、実際に街中を歩き回って空き物件を探しに行ってくれた人もいます。そんなある日、当院に長年通院している不動産業を営む患者さんから「物件が見つかりました!」という報告を受けました。それが現在診療をしている谷口医院のビルです。
裁判で我々が最も訴えたのは「針刺し事故を起こすわけにはいかなかった」という点です。裁判所でそのリスクを認めてもらうには、まず振動があったことを物証をもって示さねばなりません。そこで建築士に依頼して1週間分の振動を測定してもらいました。週に何度か64dBを超える振動が記録されていました。そして、その振動は階上キックボクシングジムが起こしたものだということを裁判所が認めました。これで我々の主張が受け入れてもらえるだろうと思ったのですが、当院の弁護士はそれではふじゅうぶんかもしれないと言います。「突然生じる64dBを超える振動で針刺し事故が起こるリスク」の証拠を示さねばならないとのことです。
しかし、どの程度の振動下で針刺し事故が起こるか、などを調べた研究はありません。医療行為は振動がない環境でおこなうのが前提だからです。どうすべきかと悩んでいたところ、思ってもみなかった著名な医師が連絡をくれました。神経内科の大御所でEBM(evidenced based medicine)の大家であり、かつては厚労省で勤務されており、現在は法務省の矯正医官をされている池田正行先生が「裁判で振動のリスクについて証言してくれる」と言ってくれたのです。これで針刺し事故のリスクが実証できます。
裁判では、まず池田先生への尋問がおこなわれました。相手側の弁護士は池田先生の答えようのない質問をします。例えば「あなたはEBMに詳しいそうですが、それが振動となんの関係が?」などです。池田先生にわざとイライラさせて、裁判官の心証を悪くするのが狙いなのではないかと感じられました。しかし池田先生は最後まで冷静に対応してくれました。
次いで私自身への尋問がおこなわれたのですが、相手側の弁護士はこちらが主張している医療行為が中断された話には一切触れません。そして、「振動が始まったのは2021年1月ではなく2020年11月ではないのか」などとよく分からない質問をしてきました。私が繰り返し「2022年1月からです」と答えると「いつからなんだ!」突然怒鳴られました。終始訳の分からない時間でした。
そして、結果は谷口医院の全面敗訴。弁護士から送られてきた判決文を読むと、なんと医療行為には一切触れられておらず、最重要事項の針刺し事故については「針」の文字すら出てきません。しかも池田先生の証言についてもまったく触れられておらず、「池田」という名前すら見当たらないのです。
「64dBの振動が突然起こる環境のなかでの針刺し事故のリスクは医療者が背負え。振動を起こす者にも振動を起こす者を階上に入居させた者にも責任はない」が日本の司法の判断だというわけです。
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