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2023年1月29日 日曜日
2023年1月29日 「鼻腔」の免疫向上に「マスク着用」「鼻を触らない」
最近公開した「はやりの病気」2023年1月号の「「湿度」を調節すれば風邪が防げる」で、マスクはなぜ風邪予防に有効かについて「気道の湿度を保てるから」という研究を紹介しました。しかし、マスクが有効な理由はそれだけではなさそうです。
そのコラムを書いた数日後、たまたま興味深いレポートと論文を発見しました。米国の医療系ニュースサイト「Health Day」に「鼻腔が冷えることが冬に風邪が流行る理由かもしれない(Cooler Noses May Be Key to Winter’s Spike in Colds)」という記事が載っていました。この記事では、医学誌「Allergy and Clinical Immunology」2022年12月6日号に掲載された論文「寒さに晒されると細胞外小胞による鼻腔内のウイルスに対する免疫が下がる(Cold exposure impairs extracellular vesicle swarm-mediated nasal antiviral immunity)」を引き合いに出しています。
Health Dayによると、鼻に細菌が入って来たとき、鼻腔の前部に存在する細胞が働きます。細胞は、まずその細菌を検知し、数十億もの小さな液体で満たされた”袋”を鼻腔粘液に放出します。すると、その”袋”が細菌を攻撃するのです。そして、この袋のことを「細胞外小胞(extracellular vesicles, EVs)」と呼びます。
ではウイルスではどうでしょうか。上述の論文はそれを調べたものです。1種のコロナウイルス(新型コロナウイルスとは別のコロナウイルス)と2種のライノウイルスを健常者に感染させ、細胞外小胞がどのように反応するかを調べました。それぞれのウイルスに対し、異なる方法で反応することが分かりました。ウイルスがヒトの細胞に感染する前に、細胞外小胞がウイルスを捕まえることも分かりました。
しかし、研究では細胞外小胞のこの素晴らしい機能が低温化では妨げられることが分かりました。華氏40度(摂氏4.4度)の寒い環境では、細胞外小胞のそのウイルスを捕まえる効果が87.5%も抑制されることが分かったのです。また細胞外小胞の放出も大幅に低下しています(注)。
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鼻腔内の温度を下げないようにするにはマスクが最適です。そして、記事によると、大切なのは鼻腔の奥ではなく手前(前方)の部位です。この部分の細胞が”敵”が侵入したことを検知し、多量の細胞外小胞を放出するのです。
ということは、「はやりの病気」で述べたように、「鼻毛を抜く」「鼻をほじる」などの行為は感染予防上、最悪の行為ということになります。
「マスクをする」「鼻を触らない」がものすごく重要というわけです。
注:細胞外小胞の放出が大幅に低下することは論文のグラフで示されているのですが、具体的な数字は書かれていません。ですが、Health Dayの記事には42%低下と書かれています。
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|2023年1月23日 月曜日
2023年1月23日 コロナ後遺症を予防する2つの薬
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)は随分と軽症化してきました。ワクチン普及がその理由だとする意見が多いのですが、おそらくそれだけではないでしょう。ウイルスが変異を繰り返した結果、重症化しにくいタイプに”進化”してきている可能性もあります。そもそも、できるだけ遺伝子を残したいと考えるウイルスにとっては、宿主のヒトを重症化させて殺してしまうよりも、軽症にとどめて自粛などさせず広範囲を動き回らせる方が自分たちの遺伝子を広めることができるわけですから、軽症化する方が彼(?)らにとっても都合がいいわけです。
他方、軽症化はもちろんヒトにとってもありがたい話で、「死に至る病」でなく「単なる風邪」なら重症化リスクのない人にとってはたいして注意する必要がなくなります。ただし、重症化リスクのある人に感染させると、最悪の場合その相手が死亡……、という事態も起こり得ることは忘れてはいけません。
「他人への感染」以外に、もうひとつやっかいなコロナの特徴が「後遺症」です。最近はあまり報道されなくなりましたが、後遺症は依然として存在します。私は2020年4月に「これは非常にやっかいなことになるに違いない……」と感じ、2020年5月12日公開の医療プレミア「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」で初めて注意を促し、その後繰り返し訴えてきました。
案の定、後遺症を訴える患者さんは急増しました。大部分は(時間はかかるものの)完治するのですが、完治とは言えない人もいます。特効薬はなく、非常に苦しい日々を強いられることもあります。一時「コロナワクチンが治療になる」という話もあり、谷口医院の患者さんのなかにも「ワクチンをうって後遺症が治った」という人もいるのですが、その逆にかえって悪くなったという人もいます。
ならば「予防薬」に期待したいところです。そして、予防になるかもしれない薬が現在2種類あります。
1つは重症化リスクのある人に適応のある「パキロビッド」です。エビデンスレベルが高いとは言えないのですが、論文「パキロビッドと新型コロナの急性期後遺症リスク(Nirmatrelvir and the Risk of Post-Acute Sequelae of COVID-19)」によると「新型コロナに感染したと診断されてから90日後に、12種類の後遺症のうち1種類以上に悩まされるリスク」を、パキロビッドは26%下げることが分かりました。
もうひとつの薬は糖尿病薬のメトホルミンです。論文「メトホルミン、イベルメクチン、フルボキサミンによる新型コロナのの外来治療と、10か月にわたるフォローアップによる後遺症の発症(Outpatient treatment of Covid-19 with metformin, ivermectin, and fluvoxamine and the development of Long Covid over 10-month follow-up)」によると、メトホルミンで後遺症のリスクが42%低下します。
この研究ではメトホルミン以外にイベルメクチンとフルボキサミン(抗うつ薬)についても調べられましたが、これら2種では後遺症の予防はできませんでした。
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太融寺町谷口医院では、患者さんが拒否しない限り、重症化リスクのある人にはパキロビッドを推薦しています。重症化を防いでくれるだけでなく、後遺症のリスクが減少する可能性があるわけですから積極的に服用すべきだと思います。
一方、メトホルミンは元々糖尿病がある患者さんには谷口医院で処方していることが多いのですが(谷口医院では糖尿病で最も処方している薬がメトホルミンです)、糖尿病がない人に処方することは(少なくとも保険診療上は)できません。
追加の研究が増えてエビデンスがそろえば保険診療で使えるようになると思いますが、まだまだ先になりそうです。とはいえ、これまで手がなかった後遺症の予防薬となる可能性があるわけですから(しかもとても安くて3割負担で1錠3円程度です)、これからの研究に注目したいと思います。
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|2023年1月20日 金曜日
第233回(2023年1月) 「湿度」を調節すれば風邪が防げる
随所でお知らせしているように、太融寺町谷口医院は2023年6月30日をもって閉院せざるを得なくなりました。この「はやりの病気」は閉院後も継続する予定ですが、私の身の振り方によってはそれができなくなるかもしれません。よって、閉院までの間、大勢の方が関心を持つような内容にしたいと思います。
このコラムの第1回のタイトルは「インフルエンザ」で、公開したのは谷口医院がオープンする2年前の2005年2月3日です。この頃の私は、大学病院の総合診療科の外来を担当しながら、他の診療所や病院にも研修(修行)に出て、夜間は当時の自宅の1階を改造してつくった「日本一小さな診療所」を運営していました。
改めてその第1回の自分の文章を読んでいると、まあおおまかには現在と変わっていないのですが、現在の見解は下記のように変更しなければなりません。
・(2005年には)タミフルを絶賛している → タミフルは、健常者に対しては有症状期間を少し短くするだけであり、小児・高齢者などハイリスク者以外は使う必要がないことが分かっています
・(2005年には)リレンザ・イナビル・ゾフルーザの話がでてこない → 抗インフルエンザ薬のラインナップが増えています。また、現在は感染者に接してからの予防投与(これをPEPと呼びます)も推奨される場合があります
・(2005年には)手洗い・うがいを推奨している → これらは現在も変わりませんが、私としては現在は「谷口式鼻うがい」を推奨しています
・(2005年には)「換気」について触れられていない → 当時は換気についてさほど注目されていませんでしたが、現在は重要であることが分かっています
・(2005年には)「麻黄湯」(や葛根湯)の有用性について触れられていない → 当時の私はまだ有効性をそこまで確認できていませんでした。今は確信しています。
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)が猖獗を極めていたのは2020年の年明けから2021年の終わり頃までといっていいでしょう。当時はハイリスク者のみならず、40代、あるいは30代の健常者にも「死」のリスクがありました。現在は「死に至る病」とは言えなくなり、基礎疾患のない若者であれば特に恐れる必要がありません。
コロナのおかげ(という表現は変ですが)で、「風邪の予防」に対する世間の感心が高まりました。コロナが始まった2020年の前半はやたら「接触感染」という言葉が飛び交いました。このため、オフィス内や飲食店内では手洗いだけでなく手指消毒、さらに机、テーブル、ドアノブなどが繰り替えし消毒されるようになりました。そして一部の企業や飲食店では今も続けられています。
一方、接触感染を軽視する声もあります。「コロナの重要な感染ルートは飛沫感染と空気感染であり、触れる物には過敏になる必要がない」という意見です。しかし、これは極端な意見です。私の経験からいっても接触感染はコロナだけでなくインフルエンザでも少なくはありません。これは2005年の第1回のコラムには書きませんでした。当時の私はまだこのことに気付いていなかったからです。
ですが、今は確信しています。コロナ、インフルエンザを含むほとんどの風邪の病原体は接触感染します。とはいえ、一部の企業や店舗のように執拗に消毒処置をする必要はありませんし、手荒れするほどアルコール消毒をするのはナンセンスです。手洗いは「水道水」が基本であり、アルコールは「水道が近くにない場合」のみ、つまり補助的な使用に留めるべきです。
では過剰な消毒やアルコールの手指消毒をしないならどうやって接触感染を防げばいいのでしょう。それは「鼻を触らない」です。ただし、コロナが流行しだした頃にさかんに言われたように、「ちょっとでも顔を触るのはNG」はやり過ぎです。谷口医院の患者さんから話を聞いて分かるようになったのは「鼻をほじる」「鼻毛を抜く」などの行動をとる人がよく風邪を引くことです。よってこういった行動を慎めばそれだけで風邪をひくリスクは下げられるのです。
今回は新たな風邪の予防法についての話をしましょう。それは「湿度の調節」です。
昔からよくある疑問に「なぜ冬になると風邪をひくのか」というものがあります。「寒いから」と答える人が多いわけですが、ではなぜ寒さが発症因子になるのでしょうか。実はこれについては医学の教科書にきちんと書かれていません。そこで、私が「なぜ冬に風邪をひきやすいか」についてその理由を並べてみます。
#1 冬には日光を浴びる量が少なくなりビタミンDの生成が減少し、免疫能が低下する(可能性がある)
#2 冬は寒いために屋内にいる時間が長くなり、窓を閉め切るために換気が効率的におこなわれず、そのため他者からの飛沫感染、あるいは空気感染のリスクが上がる(これは間違いありません)
#3 空気が乾燥する(湿度が低下する)
#3の湿度について。最近の研究で、病原体増殖の至適湿度というものがあることが分かってきました。メリーランド大学の公衆衛生学者Donald Milton氏によると、風邪のウイルスとして有名なライノウイルスは高い湿度を好むそうで、そのため米国では初秋に流行するようです。一方、インフルエンザウイルスやコロナウイルスは冬に流行しやすく、湿度が40%を下回った環境を好むようです。これらは科学系メディア「ScienceNews」に掲載されています。
では、インフルエンザやコロナはなぜ乾燥した環境で感染しやすくなるのでしょうか。通常、ウイルスが人の呼気から放出されるとき、裸の状態で飛び出すわけではなく、唾液や鼻水などに包まれて体外に出ていきます。これら体液には、粘液や蛋白質などの成分が含まれていて、ウイルスを殺菌する効果もあります。湿度が高い状態であれば、体液が乾きにくく、時間をかけてウイルスを殺すことができます。体液は身体を離れてもウイルスをやっつけてくれているというわけです。その逆に、湿度が低ければウイルスを包んでいる体液がすぐに蒸発してしまい、殺菌効果が期待できずウイルスの感染力が維持されてしまうのです。この研究は査読前論文を集めたbioRxivという医学誌に掲載されています。
上述のScience Newsの記事には興味深い顕微鏡の写真が掲載されています。湿度が低ければ(40%)、体液が乾燥しウイルスがむき出しとなっています。インフルエンザやコロナはこの状態のときに感染しやすいと考えられます。湿度が中等度(65%)であればウイルスが体液に包まれておりウイルスを不活化させると予想されます。しかし、興味深いことに湿度が高すぎれば(85%)、ウイルスは死滅しにくいようです。
乾燥は「次に感染する人」の防御力にも影響を与えます。「乾燥した空気は気道の表面に存在する細胞死を引き起こす」ことを示した動物実験があります。気道粘膜の表面を守っている細胞が死んでしまえば、当然病原体は奥に侵入しやすくなりますから、「乾燥→気道粘膜の表面の細胞死滅→病原体が侵入し感染成立」となるのです。
以上をまとめると、環境を病原体が感染しにくい湿度にすべきであり、それは乾きすぎても湿気が多すぎてもダメで、50~65%程度が望ましいということになります。自宅、特に寝室は空気清浄器(できればHEPAフィルター付き)と共に加湿器や除湿器を置いて対処するのがいいでしょう。もちろんその前に用意しなければならないのは湿度計です。
では、自分の意図で調節できない職場やビルの中、あるいは地下街ではどうすればいいのでしょうか。マスクがお勧めです。マスクが感染予防に有効なことは明らかで、いくつもの信頼度の高い論文があります。マスクをしていても病原体が口腔内や鼻腔に入ってくるのは事実ですが、感染者が病原体を排出しにくくなります。コロナではなんと100%カットしてくれるという研究もあります。これだけでも(少なくともコロナには)マスクは「感染させない」という意味でかなり有用なわけですが、「感染しない」という意味でも非常にすぐれたツールです。気道の乾燥を防ぐことにより気道粘膜の表面のバリア機能を正常に保ってくれるからです。
最後にもう一度まとめてみましょう。インフルエンザ、コロナを含めて有効な風邪の予防対策は、「鼻うがい」「手洗い」「鼻を触らない」「換気」「湿度の調節」「マスク」「麻黄湯」です。ちなみに、私が最後に風邪をひいたのは2012年の12月。それから鼻うがいを始め、その後一度も風邪をひいていません。インフルエンザにもコロナにも無縁です。
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|2023年1月4日 水曜日
2023年1月 「閉院」を決めました
階上のボクシングジムが作り出す振動で度々診察を妨げられるようになった2021年1月より2年間にわたり、ジムとビルに対し防振工事をするよう申し入れてきました。しかし、ジムの社長にもビルの担当者にも「壁にヒビが入るほどの振動のなかで医療行為はできません」と繰り返し訴えても、「それが何か……」という態度で初めからコミュニケーションがとれるような相手ではありませんでした。
そこで裁判を起こしました。振動がどれだけひどいものかを証明するために一級建築士に振動の数値を計測してもらって、その結果を裁判所に提出してもらいました。しかし、裁判所が「防振工事が必要」と判断したとしても、実際にジムとビルが防振工事を開始するまでには相当の年月がかかることが判りました。
ならば、当院が「移転」をするしかないと考え、複数の不動産会社に相談し、私自身も実際に何日間も歩いて当院の近辺の物件をかたっぱしから探し回りました。けれども、適切な移転先は見つかりませんでした。医療モールへの入居も希望し、モールの運営会社からは了承されたのですが、入居している他の医療機関から断られ、この話もなくなりました。
この2年の間、患者さんには振動の恐怖を与え、注射や点滴での針刺し事故のリスクを背負わせています。激しい痛みや倦怠感などの苦痛を抱え、やっとの思いで受診にたどりつき、点滴治療を受けているときに大きな振動に見舞われ、治療を受けたせいで余計に苦しくなってしまった患者さんもいます。レントゲン撮影時の大きな振動で撮り直しを余儀なくされ、余計な被爆をさせてしまったこともあります。我々は幾度となく苦情を聞き大変申し訳なく思っています。苦痛であることを口にしないどころか「私は大丈夫です。先生や看護師さんが心配です」といった言葉をいただいたことも何度もあります。
ひどい振動のために壁の一部にはすでにヒビが入っています。最近は、振動の頻度は大きく減ったものの(ジムの客が激減していることが予想されます)、悪質な振動を突然起こされることが増え、針刺し事故のリスクが上昇しています。これ以上、事故のリスクを抱え続け、患者さんに恐怖と苦痛を与えることはできないと結論するに至りました。
したがって、クリニックを閉院することを決めました。針刺し事故のリスクはすぐにでもなくすべきであり、そういう意味では直ちに閉院した方がいいでしょう。ですが、突然治療を中断するわけにもいかず、また、医療機関の閉院はそれほど簡単にできるものではありません。大阪府の許可を取り、行政の手続きが完了するまでにおよそ半年がかかります。よって、診察は6月末まで続ける予定をしています。
当院は2007年の開院時から「他のどこからも診てもらえなかった人」に受診してもらえるように努めてきました。当院の発熱外来開始は2020年1月31日と、かなり早期に立ち上げたのもそのような理由です。発熱外来一人目の患者さんは「10軒以上の医療機関から見放された中国人」でした。
「他では診てもらえないから」という理由で、かなり遠方から新幹線を利用して長年受診している患者さんもいます。もちろん近くにお住まいの患者さんや、勤務先が近いから利用しているという患者さんも大勢います。そういった患者さんたちを裏切ることになり、お詫びの言葉もみつかりません。
これから半年をかけて、当院を長年かかりつけ医にされていた患者さんの新たな受診先を探していきます。すぐには見つからないケースも多々あるでしょうし、おそらく半年では見つけられない場合もあると思います。よって、閉院してからも患者さんからのメール相談は続けます。少なくとも新たなかかりつけ医が見つかるまでは無期限にメールでの相談や質問を承ります。
このサイトでは何度か、個人の「ミッション・ステイトメント」をもつ素晴らしさについて言及してきました。私が初めて自分のミッション・ステイトメントをつくったのは1997年の、たしか春頃でした。その後は、毎年1月1日にミッション・ステイトメントの改定作業をおこなっています。
今から1年前の2022年1月1日、その日は私が好きな西日本のある町で数時間一人きりの時間をつくって自分の内面を掘り下げていきました。これから一個人として、医師として何を大切にして、何をすべきかについて考え直しました。そのときに出た自分の「答え」は、「太融寺町谷口医院の患者さんとスタッフを守る。振動に負けず司法の力を借りて振動工事をしてもらう」というものでした。
私には「勝算」がありました。我々の主張が正しいことは自明だからです。病気や怪我で苦しんで受診している人に振動で恐怖を与えていいはずがありません。振動のせいで針刺し事故が起こって、神経損傷や院内感染が生じていいはずがありません。
当院は「多額の慰謝料を払え」とか「ジムは出ていけ」と言っているわけではなく、「防振工事をしてください」とお願いしているだけです。それに、もしも当院が移転したとしても、こんなにひどい振動が起こるフロアを当院の後に借りる業者が現れるはずがありません。いずれにしても防振工事をする以外に選択肢はないはずです。
裁判を進めてもらうなかで分かって来たことがあります。このビルは「鉄骨」という構造でつくられています。「鉄筋」や「RC(鉄骨鉄筋)」と呼ばれる頑丈なつくりではなく、「鉄骨」のビルは振動が生まれれば簡単に階下に伝わります。それが分かっていながら、ビル側はボクシングジムを誘致したのです。
当院の患者さんのなかにはジムに苦情というかお願いをされた方もいます。それに、ジムに通うお客さんもそのうちに「下にクリニックがあるのはおかしい」と気づくでしょう。高齢者や辛い病状を抱える患者さんとエレベータに同乗すれば、こんなところで振動をおこせば何が起こるのかは分かります。ということは、クリニックの上でボクシングジムを経営するということは客が来なくなり、自分たちを苦しめるだけになります。
実際、以前と比べて振動が生じる時間は大幅に減っています。これは客がまったくいない時間帯が増えていることを意味します。部屋全体が揺れるほどの振動は最近では週に2~3回に減ってきています。ですが、その1回の振動は以前よりも大きくなっており、針刺し事故のリスクはむしろ上がっているのです。
ボクシングジムはサービス業ですからイメージが大切になるでしょう。医療機関の上に開いて患者さんを苦しめるようなことをやれば大きなイメージダウンになるはずです。にもかかわらず振動を巻き散らす理由は、「太融寺町谷口医院を追い出したいから」に他なりません。
では、ジムはなぜそのようなことを考えるのか。ジムの関係者が私や当院のスタッフに恨みを持っている可能性もあるかもしれませんが、おそらく当院を追い出したいと考えているのはビルの方だと思います。その理由は皆目見当がつきませんが、体よく当院を追い出すのには「振動による嫌がらせ」は都合のいい方法だからです。先述したように、当院が退去してもこの振動に耐えられる業者はありませんから、当院の退去後に防振工事を始めるに違いありません。あるいは、当院が退去すればジムも撤退するのかもしれません。おそらく、「家賃を無料にするからクリニックが出ていくまで暴れまくってほしい」とビルがジムに依頼したのではないか、というのが現時点の私の推測です。
2023年1月1日、前年とはまた別の、私が大好きな西日本のある町でミッション・ステイトメントの見直しをおこないました。大切なスタッフと患者さんを守るには「閉院以外にはない」という結論に至りました。
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