はやりの病気
第139回(2015年3月) 不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~
前回は、充分な睡眠時間を取ることが健康に必要であり、フレンチ・パラドックスの原因のひとつに、質が良く時間も充分な睡眠があるのでは?、という自説を述べました。
今回は、ではどのように睡眠を取ればいいのか、ということを述べたいのですが、その前に、睡眠不足がいかに有害かを示すいくつかのデータを紹介したいと思います。
私は産業医をしていることもあり、また太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの多くは働く若い世代であることから、残業時間が多すぎて睡眠時間を確保できないという悩みを聞くことがしばしばあります。また、その逆に、企業を経営している人からは、新しい社員をすぐに増やすことは困難で結局は現在の従業員に長時間働いてもらうしかなくて・・・、という相談を受けることもあります。
こういった相談をされたときに私がよく言うのは、深夜の残業は飲酒運転と同じですよ、というものです。科学誌『Nature』にも掲載された有名な研究があります(注1)。この研究では覚醒時間の長さと作業能力との関係が調べられています。覚醒時間(起きている時間)が13時間を越えるあたりから作業能力は急激に低下し、17時間を越えると、血中アルコール濃度が0.05%の飲酒運転と同程度の能力以下になるのです。酒気帯び程度であれば血中濃度は0.03%であり、0.05%というのはかなり酔っている状態で、心拍数が上がり理性を失う濃度です。
朝6時に起床している人であれば13時間が経過した午後7時くらいから急激に作業能力が落ちだし、17時間が経過する午後11時を回ると理性を失うほど酔っ払ったのと同じ状態になるわけです。こんな状態でいい仕事ができるはずがありません。
もうひとつ興味深い研究を紹介したいと思います。それは、睡眠不足があるとダイエットの効果が出にくい、というものです。同じようなダイエットをする対象者を2つのグループに分け、一方は8.5時間の睡眠時間、もう一方は5.5時間にします。8.5時間睡眠のグループは体脂肪が1.4kg減少しているのに対し、5.5時間睡眠群では0.6kgしか減少していなかったのです(注2)。
睡眠時間が関係するのは作業能力や体脂肪だけではありません。疾患のリスクとの関係も随分研究されてきています。一晩徹夜をすると拡張期血圧が10mmHgも上昇するという研究(注3)、7時間の睡眠時間が最も糖尿病のリスクが低く7時間より短くても長くてもリスクが上昇するという研究(注4)、睡眠時間が7~8時間の人で最もうつ病が少ないとする研究(注5)などがあります。
ここまでをまとめると、適切な睡眠時間の確保が、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を防ぎ、太りにくい体質とし、うつ病のリスクを低減させ、仕事のパフォーマンスを低下させない、ということになります。これだけ科学的なデータを並べられると、前回紹介したような「四合五落」という言葉や、中年オヤジ社員の「オレの若い頃は毎日深夜までがんばるのが常識だった・・・」といった言葉がいかに馬鹿げているかが分かります。
さて、今回はここからが本題です。では、どのようにして質のよい充分な睡眠をとればいいのでしょうか。2つの段階にわけて考えましょう。まず1つめは、「物理的に睡眠時間を確保するにはどうすればいいか」ということです。
残業がほとんどない国、例えば北欧やフランスやドイツで働く、というのは現実的でないでしょう。日本でそのような会社を探すというのは考えてみてもいいでしょうが、自分のやりたい仕事がそのような職場にあるとは限りません。考えるとすれば、職場の近くに住むということですが、これもすでにマイホームを購入済の人はむつかしいでしょう。
睡眠不足が続けば続くほどミスが増えやすいというのは感覚的に理解できることだと思います。残業も積み重なればパフォーマンスが落ちます。私のおすすめの方法は「ノー残業デイ」の活用です。多くの企業ではノー残業デイを水曜日にしていると思いますが、これは実は大変理にかなったことです。つまり、月曜と火曜に遅くまで残業しても水曜日に早く帰宅して月曜と火曜の睡眠不足を補えば、木曜・金曜と再び頑張ることができるわけです。ここで重要なのは、日曜日に寝だめをしておく、という考えは捨て去ることです。睡眠不足の後にしっかり睡眠をとることで回復することはできますが、その逆の「寝だめ」はできないことが分かっています。
このサイトで私が繰り返し提唱している健康の秘訣に「3つのEnjoy」があります。その3つのうち1つが「Early-morning wake up」で(あとの2つはExercise(運動)とEating(食事)です)、一番いいのは「毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということです。 残業が多い人はこれができませんから、月・火は残業で寝る時間が遅くなっても、水曜日には早く寝る、同様に木・金は遅くまでがんばって土曜には早く寝る、とすればどうでしょう。つまり「同じ時間に寝る」が無理でも「同じ時間に起きる」を実践するのです。
そして最も大切なのが、土曜日も日曜日も早く起きる、ということです。谷口医院の患者さんをみていると、平日は限界までがんばって、土日は朝寝坊・・・という人が少なくありません。たしかに土曜日の朝などはゆっくりと寝ていたいという気持ちは分かるのですが、ここで勝負するのです。土日にも平日と同じ時間に起きるのです。そして、可能なら朝にジョギングなどの運動をします。その後はゆっくりお風呂に入るなり、豪華な食事をするなり、何でも好きなことをすればいいのです。
平日に睡眠不足があり、土曜日に早起きすれば、当然土曜日の日中は眠くなります。昼寝したいという欲求もでてくるでしょう。しかし昼寝をするなら10分程度、長くても30分までにすべきです。そして夜は早く寝て日曜の朝もまた早く起きます。もしも日曜の朝寝坊をすると夜に眠れなくなり、翌日の月曜日から睡眠不足と戦わなければならなくなります。
次に、2つめの段階として、「睡眠時間を確保したけれど眠気がこなくて眠れない」という問題を考えたいと思います。しかし、「眠れないんです・・・」と言って受診される患者さんも、上に述べたように土日の早起きを実践してもらうだけで眠れるようになりました、という人は少なくありません。つまり、安易に睡眠薬は使うべきでないのです。
先に述べたのは、残業時間が長くて睡眠時間が短い人は月・火は遅くなっても水曜日は早く寝ましょう、ということでしたが、睡眠時間を確保しても眠れないという人の場合、もっとも重要なのは「それでも朝早く起きる」ということです。そして、眠れないなら思い切って起きておくのもひとつです。
眠れないのにベッドに入ると「寝なければ・・・」というプレッシャーで余計に眠れなくなります。寝室に入っただけでそのプレッシャーを感じることもありますから、寝室に入らずに好きなことをすればいいのです。ただし、パソコンやタブレットはブルーライトの影響で眠れないとする研究がありますから、眠れない夜にすることは普通の本を読むのが一番のおすすめです。私は不眠を感じることはあまりありませんが、眠れない日には「本が読めてラッキー!」と思うようにしています。
軽症の不眠であれば、翌日も同じ時間に起きるようにすればその日の夜はよく眠れます。翌日も眠れずに、毎日睡眠時間が2~3時間しかない、という場合は薬の使用を検討することになりますが、いわゆる「睡眠薬」から始めるのではなく、メラトニン受容体に作用する薬剤を使うべきです(注6)。これは海外ではサプリメントの扱いであり、副作用がゼロとはいいませんが比較的安心して使えます。一方いわゆる「睡眠薬」は悲惨な事件につながることもありますから(注7)、充分な注意が必要です。
ところで、不眠に悩みやすい職業トップ3は何かわかりますでしょうか。きちんと統計をとったわけではありませんが、谷口医院の患者さんで不眠を訴える職業トップ3を紹介したいと思います。
3位は「医師・看護師・介護士」です。これらの職業が不眠になる理由はあきらかで「夜勤があるから」です。2位は「客室乗務員」です。1位の看護師や介護士に比べると受診者数は少ないですが割合でいえば客室乗務員で不眠を訴える人は非常に多いといえます。この理由もあきらかで「時差があるから」です。
では1位はというと、ジャーナリスト、記者、作家、翻訳家などのいわゆる「物書き」の人たちです。インディペンデント(フリー)の人もいれば、出版社などに勤務しているサラリーマンの物書きの人もいますが、何かを書いて生計をたてている人では、むしろ不眠でない人の方が少ないのではないか、と感じることすらあります。この理由は、おそらく「オン・オフの切り替えができないから」でしょう。つまり、物書きの人たちは、常にネタを探し内容について吟味し、頭のなかでどのような表現を使うか、ということを休憩することなく考えているのです。
私は不眠を訴えて受診する人が「物書き」である場合、先に述べたノー残業デイの活用の話も長時間勤務は飲酒運転と同じという話もしません。同じ時間に起きることはすすめますが、比較的早い段階で睡眠薬の使用に踏み切ることもあります。物書きの人たちは知的レベルは極めて高いのですが、決して健康とはいえない人が多く、不眠は仕方がないにしても、喫煙率が高くまた運動不足の人が少なくありません。ですから、睡眠薬は使用してもらうにしても、トータルで健康になってもらう工夫が必要になります。
繰り返しになりますが、すべての人にすすめたいのは可能な限り「同じ時間に起きる」(early-morning wake up)で、早寝早起きではなく「早起き早寝」です。すでに睡眠薬を飲んでいると言う人もこれを実践することにより薬を減らしていくことが期待できるのです。
注1 この論文のタイトルは「Fatigue, alcohol and performance impairment」で下記URLで概要を読むことができます。
http://www.nature.com/nature/journal/v388/n6639/full/388235a0.html
注2 この研究は「医療ニュース」で過去に紹介していますので詳しくはそちらを参照ください。
医療ニュース2010年11月4日「睡眠不足は脂肪を蓄積」
注3 この論文のタイトルは「Total Sleep Deprivation Elevates Blood Pressure Through Arterial Baroreflex Resetting: a Study with Microneurographic Technique」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.journalsleep.org/ViewAbstract.aspx?pid=25905
注4 この論文のタイトルは「Sleep Duration as a Risk Factor for the Development of Type 2 Diabetes」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://care.diabetesjournals.org/content/29/3/657.full?sid=526401be-3de8-40d5-9364-296abbcc5e9f
注5 この論文のタイトルは「The Relationship Between Depression and Sleep Disturbances: A Japanese Nationwide General Population Survey」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.psychiatrist.com/JCP/article/Pages/2006/v67n02/v67n0204.aspx
注6:この薬については下記コラムを参照ください
はやりの病気第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」
注7:「悲惨な事件」については下記コラムを参照ください。
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」
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