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2013年6月15日 土曜日
第76回 インフルエンザ菌とそのワクチン 2009/12/21
通常「インフルエンザ」と聞けば、ほとんどの人は「インフルエンザウイルス」を思い浮かべるのではないかと思います。現在世界規模で流行している「新型インフルエンザ」も、もちろん「インフルエンザウイルス」に属します。
「インフルエンザウイルス」の他に、「インフルエンザ菌」という細菌が存在することをご存知でしょうか。今回は、インフルエンザ菌に感染すると、ときに重症化をきたし、特に子供では死亡例も少なくない、という話をしたいのですが、まずは、なぜこのようなややこしい名前の細菌が存在するのか、ということについてお話したいと思います。
インフルエンザウイルスは、現在流行している新型インフルエンザ以外にも、これまでスペイン風邪、アジア風邪、香港風邪などのように歴史に残る流行をみせています。20世紀以前にも、世界史を変えるような流行が何度もあったと考えられています。
19世紀の後半、ヨーロッパでインフルエンザが大流行をみせましたが、原因となる病原体はなかなか発見されませんでした。そんななか、ドイツのある細菌学者(北里柴三郎という説もあります)がインフルエンザに罹患している患者の咽頭からある細菌を見つけ出すことに成功し、これがインフルエンザの原因菌と考えられ、「インフルエンザ菌」と命名されました。
ところがこれが誤りであったことが後に判明します。この患者の咽頭にインフルエンザ菌が存在していたのは”たまたま”であり、高熱などの症状の原因となっていたのはインフルエンザウイルスであったと理解されるようになりました。
では、なぜインフルエンザウイルスがなかなか発見できなかったのかというと、当時の微生物学の知識と技術ではウイルスの存在が分からなかったのです。通常の光学顕微鏡では見えないウイルスの存在は、1935年にアメリカのスタンレーという学者がタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したときに初めて科学的に証明されたのです。
では話を戻しましょう。
インフルエンザウイルスが毎年のように流行し誰でも知っている感染症なのに対して、インフルエンザ菌は一般的にはあまり馴染みがないと思われます。しかしながら、この細菌により死亡している5歳未満の小児は、世界で年間371,000人(2000年)にもなるというデータがあります。(『Lancet』2009年9月12日号)
インフルエンザ菌が原因となる最も重要な疾患は髄膜炎です。髄膜炎は、脳や脊髄を覆う髄膜に病原体が侵入し炎症を起こす病気です。細菌性の髄膜炎は重症化しやすいのですが、その約6割はインフルエンザ菌が原因です。インフルエンザ菌が原因の髄膜炎に罹患すると、約5%が死亡し、15~20%は発達の遅れ、てんかん、聴覚障害などの後遺症を残すと言われています。
死亡者の多くは衛生環境の整っていない発展途上国であるのは事実ですが、日本でも毎年何十人もの子供が亡くなっています。一方、日本以外の先進国ではインフルエンザ菌による死亡者はほとんどいません。これはなぜかというと、インフルエンザ菌には優れたワクチンがあるからです。ワクチン接種をきちんとしておけばこの病原体に悩まされることはないのです。
では、なぜ日本ではインフルエンザ菌によって死んでしまう子供が少なくないのか。これはもちろん日本人がワクチンをうたないからです。麻疹(はしか)が流行する先進国は日本だけ、というのはこのウェブサイトで何度もお伝えしていますが、麻疹の場合は、ワクチンが存在しているのにもかかわらず意図的に接種しない人(させない親)が少なくないからです。(参考までに、2001年度に麻疹に罹患したアメリカ人は116人なのに対し、日本人は278,000人にもなるというデータがあります)
インフルエンザ菌の場合は麻疹とは事情が異なります。インフルエンザ菌のワクチンが日本で接種できるようになったのは、なんと2008年12月からです。参考までに、アメリカでは1987年よりすでに定期的に接種されています。つまり、国がワクチン接種を最近まで認めていなかったために接種しようと思ってもできなかったというわけです。
2008年12月からは日本でも接種できるようになりましたから、これで一安心、と思いたいところですが、現実は少し厳しいようです。その一番の理由は費用です。
日本ではワクチン接種を「定期予防接種」と「任意予防接種」に分けています。「定期予防接種」は公費で、すなわち無料で接種することができるのに対して、「任意予防接種」は無料にならないどころか保険適用もありませんから全額自費となります。現在定期予防接種に指定されているのは、小児のBCG,破傷風・百日咳・ジフテリアの三種混合ワクチン、麻疹、風疹、日本脳炎、ポリオウイルスと、65歳以上のインフルエンザのみで、これら以外は「任意」となります。また規定の年齢を外れればやはり「任意」となり有料となります。
インフルエンザ菌のワクチンは「任意予防接種」であり、さらに合計4回(生後2~7か月の間に3回、1歳で1回の合計4回)の接種となりますから金銭的負担がかなりのものになります。医療機関によって値段は異なりますが、だいたい4回で3万円前後のところが多いようです。
3万円となると負担できない人(親)は少なくないと思われます。そして、このワクチンがスムーズにおこなえない理由がもうひとつあります。それは供給不足です。インフルエンザ菌のワクチンが重要なのは随分前から指摘されていましたから、わが子に接種したいと考える親御さんたちは少なくありません。麻疹ワクチンの接種率が低すぎる一方で、予防医学に対する関心が高い人も大勢いるのが日本の現実というわけです。
供給不足は深刻化しており、各地でインフルエンザ菌のワクチンが不足することとなり、4回目の追加接種を待ってほしいと呼びかける医療機関が現在相次いでいます。
さて、私がインフルエンザ菌のワクチンを検討しているのは、小児だけでなく成人の免疫不全状態にある人、あるいは免疫力が低下している人に対してもです。WHOは2006年に、「年長小児や成人でも、HIV感染者、免疫グロブリン欠損者、造血幹細胞移植を受けた者、悪性腫瘍で化学療法を受けている者、無脾症者なども少なくとも1回は接種を受けるべきである」とコメントしています。(WHO, WER, 81, No.47, 445-452, 2006)
特に私が懸念しているのは、日本で増加の一途にあるHIV陽性者に対しての予防接種です。また喘息や糖尿病などの持病がある人にも積極的に接種すべきではないかと考えています。実際、インフルエンザ菌は髄膜炎の起炎菌だけではなく、細菌性肺炎の原因菌としては肺炎球菌に次いで2番目に多いのです。
しかし現実は、ワクチンが認可されてまだ1年しかたっておらず、供給量が不足しているわけですから、成人に対する予防接種が浸透するのは当分先のこととなるでしょう。
注:インフルエンザ菌の学名は「Haemophilus influenzae type B」です。これを略し「hib」という言い方も普及しています。書物やウェブサイトによってはインフルエンザ菌のワクチンを「hibワクチン」としているものも多数あります。
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|2013年6月15日 土曜日
第75回 ニキビの治療は変わったか 2009/11/20
このコラムの2008年10月号でお伝えしたように、2008年10月21日にアダパレン(商品名はディフェリンゲル)が発売になり、ニキビの治療の歴史が変わりました。
アダパレンは海外では10年以上の歴史を持ち、世界的にはニキビの第1選択薬として広く使われています。しかし、日本では、ピリピリするといった副作用があることや、妊婦・授乳婦には使えない、などといった否定的な側面が懸念されてなのか、2008年になってようやく認可が下りたのです。
アダパレンが保険適用となり、当院でも多くのニキビの患者さんに処方するようになりました。(保険適用になるまでは自費で処方していました) 副作用の出現頻度は、やはり以前から報告されている通り数パーセントの患者さんにみられます。ただし、大半はピリピリするという副作用はしばらく使い続けているうちに消えていきますし、カサカサするという症状は医療用の保湿剤などを併用することによりかなり改善されます。
しかしながら、なかには赤く腫れたり、使えば使うほど痒みが増していったりというケースもあり、こうなれば使用を中止しなければなりません。
さて、日本皮膚科学会では、アダパレン発売後、「ざ瘡(ニキビ)治療ガイドライン」というものを制定しました。同学会は、「欧米のガイドラインをそのまま踏襲することはせず・・・」と述べていますが、完成したガイドラインをみてみると欧米のものとそう大差はありません。ということは、世界中のどこにいってもニキビのガイドラインは大きく異なることはない、ということになります。
ガイドラインでは、ニキビの重症度に応じておこなわれるべき治療法が推薦されています。そして、治療法にはA、B、C1、C2の4段階のランクが付けられており、これらは以下のように定義づけられています。
A:行うよう強く推奨する
B:行うよう推奨する
C1:良質な根拠は少ないが、選択肢の1つとして推奨する
C2:充分な根拠がないので(現時点では)推奨できない
では、簡単にガイドラインにある治療法を紹介していきましょう。
まず、Aとして推奨されているのは、アダパレン、抗菌薬(抗生物質)外用及び内服で、これら3つの治療は、だいたいどの重症度でも推奨されています。
Bとされているのは、ステロイド局注ですが、これは「少数の嚢腫/硬結をふくむもの」に対してだけなので、重症化した局所の治療に限定されます。
C1もしくはC2とされているのは、ケミカルピーリングやイオウ製剤、漢方薬などです。
最も古典的なニキビ治療薬のひとつであるイオウ製剤はCのランクになっているわけですが、私はアダパレンの登場でますますイオウ製剤が使われる機会が減るのではないかと考えています。というのは、アダパレンを使用すると、もちろん個人差はありますが、肌がカサカサしたり乾燥したりすると言う人が少なくないからです。乾燥した肌にイオウ製剤を外用するとピリピリとした痛みが出現することになりかねません。
ケミカルピーリングがCにランクされていることを意外に感じる人は少なくないのではないでしょうか。ケミカルピーリングは、アルファヒドロキシ酸 (AHA) やサリチル酸などの薬剤を皮膚の表面に塗布し、新陳代謝の悪くなった角質層を剥がす治療法で、1990年代半ばあたりからニキビやシミ・クスミの改善目的で使用されるようになってきました。当初は医療機関よりもエステティック業界で取り入れられ、トラブルや誤解も相次いだという経緯があり、2001年に日本皮膚科学会がケミカルピーリングのガイドラインを制定しました。保険適用はないものの、数多くの医療機関で自費診療としてケミカルピーリングが開始されるようになり、実際ニキビの治療に積極的に推薦する医師が増えました。
「日本皮膚科学会ケミカルピーリングガイドライン」には、疾患ごとに、どの程度ケミカルピーリングが推奨されるかが記載されています。各疾患が「高い適応のある疾患」「適応のある疾患」「適応の可能性を検討すべき疾患」のいずれかに分類されており、「高い適応のある疾患」、すなわち、積極的にケミカルピーリングを検討しましょう、と考えられている疾患はニキビだけです。
つまり、ケミカルピーリングの立場からみたときには、ニキビが最も効果があるとされているというわけです。一方で、ニキビの立場からみたときにはケミカルピーリングはCのランクしか付けられていないということになります。
こう考えると、ケミカルピーリングは以前謳われていたほどの有効性が期待できないのでは、と感じられます。
そして、さらにケミカルピーリングがニキビに関して他の治療法よりもおこないにくい理由があります。
それは、ケミカルピーリングには保険適用がなく全額自費になること、それに定期的に通院しなければならないことです。要するに、ある程度お金と時間に余裕のある人しかこの治療は続けられないということになります。その上、少なくともニキビに関しては他にもっと有効と考えられている治療法がある、とされているわけですから、今後需要が減っていくことが予想されます。
もっとも、ケミカルピーリングが完全に姿を消すかというと、そういうことにもならないと思われます。なぜなら、それほど医学的な根拠があるとは言えないものの、実際にはシミやクスミがとれたとか、肌が白くなりキメが細かくなったという人もいるからです。今後ケミカルピーリングは、医療現場ではなくエステティック業界が中心となるのではないかと私はみています。
日本皮膚科学会の「ざ瘡(ニキビ)治療ガイドライン」では推薦されていませんが、過酸化ベンゾイル(benzoyl peroxide)という治療薬があります。これは、海外の多くの国では薬局で販売されており、医師の処方せんがなくても購入することができます。副作用はほとんどなく、高い効果が期待できて、なおかつ値段が安いという大変魅力的な製品なのですが、なぜか日本では発売されていません。
過酸化ベンゾイルは、米国製のプロアクティブ(Proactive)の主成分のひとつでもあります。ときどき、「プロアクティブはアメリカ製のはよく効くけど、日本製のものは・・・」という声を耳にしますが、この理由のひとつが、日本のプロアクティブには過酸化ベンゾイルが入れられていないことではないかと思われます。
現時点では、過酸化ベンゾイルを入手しようと思うと個人輸入しかありません。(当院でも海外からの仕入れを検討していますが現時点では目処がついていません) しかしながら、アダパレンが広く使われるようになり、使いやすい抗生物質の外用薬・内服薬がそろっていますから、昔の治療(ビタミン剤や漢方薬が中心だった!)に比べると、ニキビの治療は随分と進化していると言えるのではないでしょうか。
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|2013年6月15日 土曜日
第74回 混乱する新型インフルエンザ 2009/10/21
2009年10月16日、厚生労働省の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」にて、13歳以上への新型インフルエンザワクチン接種回数を見直し、1回とする意見がまとめられました。
ところが10月19日、今度は接種を1回にするかどうかの決定を先送りすることが発表されました。したがって10月19日の時点では、厚労省は現時点では2回接種を原則としていることになります。
新型のワクチンは原則2回接種としておき、16日に突然1回接種とするとし、その3日後に2回接種に戻す、としているわけですから国民の多くはわけがわからなくなっていることでしょう。現場の医療機関でも、19日から医療従事者を対象にワクチン接種を開始していますが、急遽「2回接種を原則とする」とされたことによって混乱が生じています。そして、その後発表された方針では、「20から50代の医療従事者は1回接種とする」とされています。
このような二転三転する厚労省の対応を批判する声も少なくないようですが、私自身としてはやむを得ないのではないかと考えています。そもそも、感染力の強さも重症度の程度も死亡率もワクチンがどれだけ有効かさえもよく分かっていない状況で、常に完璧な対応を求めることは不可能です。
さて、ワクチンはいつ接種できるのか、というのが多くの人にとって一番の関心ごとだと思いますが、現時点でいったい新型インフルエンザはどの程度の感染症なのかということについて、まずはまとめておきましょう。
日本での感染者は、7月以降の感染者が推計で累計234万人と試算されています。(報道は10月16日の毎日新聞など) 死者数は10月16日の時点で27人と発表されています。(報道は10月16日の共同通信など)
単純にこれらの数字から死亡率を計算すると0.001%ということになり、それほど重症化しないのでは?と感じられるかもしれません。
しかしながら、比較的若い世代に重症者が多いこと、(糖尿病や気管支喘息といった)持病のない人にも死亡者が少なくないことを考えると、従来の季節型インフルエンザとは異なると考えるべきです。
海外の発表をみてみましょう。
まず、新型インフルエンザで死亡した人は、10月11日時点で、世界中で4,735人に達しています。(報道は10月19日の共同通信)
WHO (世界保健機関)は、冬に新型インフルエンザが流行したオーストラリアやニュージーランドでは「集中治療室(ICU)に収容された患者が例年の4~8倍に上った」と発表しています。新型は季節型インフルエンザと異なり、健康だった人が重症化するケースが多いのが特徴で、こうした患者は症状が出てから3日以内に悪化するとコメントしています。
『New England Journal of Medicine』という医学誌の電子版10月18日号に掲載された
「Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand」という論文によりますと、オーストラリアとニュージーランドで、新型インフルエンザで集中治療室(ICU)に入った患者のおよそ3分の1は基礎疾患がまったくなく、集中治療室収容者の65%が人工呼吸器を必要としたそうです。
アメリカでは、4月から8月に全米10州で、新型インフルエンザで入院した1,400人のデータを解析したところ、46%の人は喘息や糖尿病といった持病がまったくなかったそうです。(報道は10月15日の共同通信)
また、中南米では新型インフルエンザの死亡率が2%前後の国が多く、メキシコでは7月6日の報告で1.16%を記録していました。この記事は10月14日の「Medical Tribune」という電子媒体が報道していますが、同報道によりますと、メキシコでは4月23日からタミフルを無料配布し、この1週間後から新型インフルエンザによる重症者及び死亡者が激減したそうです。
このような情報が入ると、ワクチンだけでなくタミフルにも期待をしたいところですが、WHO(世界保健機関)は9月25日の時点で、タミフルが効かない(タミフル耐性)の新型インフルエンザが全世界で28例報告されたと発表しています。(報道は9月29日の共同通信)
新型インフルエンザの確定診断がついていなくても、「症状から疑わしいと医師が判断したときはタミフルを積極的に投与すべき」との方針が9月18日に厚労省から出されていますが、これには異論もあります。タミフルの副作用が少なくないとする報告があるからです。
10月11日、日本予防医学リスクマネージメント学会が開催したシンポジウム「医療機関のための新型インフルエンザ対策」で発表されたなかに、タミフルの副作用を報告したものがあり、その発表によりますと、タミフルを服用した215人のうち、何らかの有害事象があったと回答した人は82人に上り(38%)、最も多かったのは30人近くが訴えた疲労です。そのほか、下痢、嘔気、傾眠、腹痛、食欲不振、嗜眠、頭痛、不眠症、発熱などが認められたそうです。
タミフルに関しては、CDC(米疾病対策センター)は9月8日、新型インフルエンザに感染しても、健康な人はタミフルやリレンザなど抗ウイルス薬による治療は原則として必要ないとする指針を発表しています。(報道は9月9日の読売新聞) ということは日米でタミフルの処方に対する考え方が大きく異なっているということになります。
特効薬のタミフルは効かないケースもあり副作用も少なくないとすると(もうひとつの特効薬であるリレンザも死亡例の報告があります)、やはりワクチンに期待したいところですが、どこまで効果があるのか、また副作用はどうなのかという点について、はっきりしたことは誰にも分かりません。
WHOの報告によりますと、中国で39,000人に新型インフルエンザのワクチン接種をした結果、副作用はわずか4人にとどまっており、いずれも頭痛などの軽症とされています。(報道は10月7日の日経新聞) しかしながら、重篤な副作用というのは数十万人に1人程度の割合で発症しますから、39,000人が母数のデータでは「絶対安全」とは言えません。
日本のマスコミでは、輸入ワクチンにはアジュバントと呼ばれる免疫賦活剤が使われているため副作用が未知数であるとしているものがありますが、これも実際のところはよく分かりません。(厚生省が日本のワクチンメーカー4社と癒着しており、自分たちの利権を守りこれら4社を保護するために、輸入品が危険であるかのような言説をおこなっているとの噂もありますが、真実はよくわかりません)
また、輸入ワクチンを「金にものを言わせて日本が輸入してもいいのか」という議論もあります。
例えば、WHO(世界保健機関)の進藤奈邦子医務官は7月16日、都内での講演会後に記者会見し、日本が新型インフルエンザのワクチンを海外から輸入する考えを示していることについて「国際社会で希少なワクチンをさらに日本が買ってしまうのか、私としては残念な印象を持った」とコメントしています。(報道は7月16日の共同通信)
各国の行政の対応をみてみると、ギリシャとイスラエルはすでに8月に全国民にワクチン接種することを発表しています。イギリスも全国民が2回接種できる量を確保すると8月13日にBBCが伝えています。ニューヨークでは、100万人の子供に無料接種するとマイケル・ブルームバーグ市長が発表しています。
一方、日本では全国民の分が確保できない状態であり、輸入に頼ることは途上国の分のワクチンを奪うことになり、また副作用の懸念が大きく報道されており、接種回数も二転三転し・・・、と他国に比べると頼りない感じがしますが、一方では、死亡者が少なくとも現時点では他国に比べて極めて少ないという誇るべき点もあります。
いったい何が正しくて何を信用すべきなのか・・・。新型インフルエンザは”新型”なわけですから絶対的に正しいことは誰にも分かりません。当分の間、二転三転するとしても行政の発表に注目するのが現実的な対処法でしょう。
参考:
はやりの病気 第72回(2009年8月号)「新型インフルエンザの対策は充分か」
はやりの病気 第70回(2009年6月号)「新型インフルエンザの行方」
はやりの病気 第69回(2009年5月号)「疑問だらけの新型インフルエンザ」
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|2013年6月15日 土曜日
第73回(2009年9月) ギラン・バレー症候群
先月(2009年8月)に亡くなった女優の大原麗子さんが患っていた病気として、ギラン・バレー症候群が注目されています。
大原麗子さんは、およそ10年前からギラン・バレー症候群を患い、手足が自由に動かなくなり、骨折や打撲を繰り返していたと報道されています。そのため精神的なバランスを乱していたのかもしれません。2009年8月6日に自宅で孤独死している姿が実弟らによって発見されたそうです。
10年にも及ぶ闘病生活、不自由な手足、精神的苦痛、そして孤独死……、という転機をたどったことを考えれば、大変恐ろしい難治性の病気といえます。実際、ギラン・バレー症候群は、大原麗子さんのように長期間に渡り後遺症を残すこともあれば、短期間で呼吸不全となり治療が遅れれば死に至ることもある<難病>です。しかし、一方ではごく軽症で終わり、一切の後遺症を残さない場合もあります。
今回はそのギラン・バレー症候群についてお話します。
ギラン・バレー症候群の原因として感染症がよく知られています。カンピロバクター(原因菌としては最も有名)、サイトメガロウイルス、EBウイルス、マイコプラズマ、HIVなどの感染症に罹患した”結果”として発症することが多いのです。
しかし、病原体そのものが身体を痛めつけるわけではありません。ギラン・バレー症候群の病態は、病原体と戦うために身体のなかで作られる「抗体」が、”誤って”自分自身の末梢神経細胞を攻撃するというメカニズムです。そして抗体が自分自身の神経を攻撃した結果、運動機能や感覚機能がダメージを受けます。
ですから、医師が症状からギラン・バレー症候群を疑ったときは、症状出現前に風邪などの症状がなかったかどうかを確認します。最も多いカンピロバクターの場合は、風邪症状よりも下痢が主症状ですから、2~3週間前に下痢をしなかったかどうかを尋ねることもあります。しかし、実際には下痢も風邪症状もなく、感染症が先におこっていたかどうかが分からない場合もあります。
ギラン・バレー症候群の症状についてお話します。
まずは「しびれ」が起こることが多いと言えます。これは、両手両足の末梢(遠いところ)に左右対称に起こるのが特徴です。ちょうど、手袋と靴下で覆われる部位にしびれが出現するため、「手袋・靴下型の感覚障害」と呼ばれることもあります。この障害は「しびれ」ではなく「違和感」と言って受診する人もいます。ただし、この障害はそれほど重症化せずに、感覚がまったくなくなる、というところまでは普通は進行しません。
「しびれ」の次に出てくるのが「麻痺(まひ)」といって身体が動かなくなる症状です。つまり、運動神経がやられるわけです。これは足から始まって、次第に上の方に波及していくことが多いのですが、突然上肢から始まったり、目を動かす神経がやられたりすることもあります。
このため、ギラン・バレー症候群の最初の症状が、複視と言って「物が二重に見える」ということもあります。口や舌を動かす神経がやられれば、「物が飲み込みにくい」「上手くしゃべれない」などの症状が出現することもあります。かなり重症化すれば、呼吸筋といって呼吸をするのに必要な筋肉を支配する神経がやられ、その結果自発呼吸ができなくなり人工呼吸器が必要になることもあります。
医師がギラン・バレー症候群を疑ったときにどうするか。なかには一気に症状が進行し、呼吸不全になる可能性もあるわけですから、少しでもこの病気を疑えば、原則として入院してもらいます。そして、確定診断をつけるためにいくつかの検査がおこなわれます。
ギラン・バレー症候群は、神経細胞が破壊されて発症するわけですから、神経の伝達速度や筋肉の動きを調べる検査をします。脳脊髄液もほぼ全例で調べます。ベッドで横向きに丸くなってもらって、腰に太い針を刺して採取します。ギラン・バレー症候群は、子供にも起こる病気で、子供に対してもこの”痛い”検査をしなければならず、何人もの医師と看護師で泣き叫ぶ子供をおさえつけて針を刺すこともあります。
ギラン・バレー症候群と診断がつけば、治療を開始することになります。以前は血漿(けっしょう)交換療法といって、血液を血管から注射針によって対外に取り出し(献血の場面を思い浮かべれば分かりやすいと思います)、その血液を特殊な機械をつかって不純物を取り除き、血液をきれいにしてから体内に戻すという方法です。その「不純物」がギラン・バレー症候群を悪化させている因子と考えられているわけです。
しかし、この方法はそれなりにしんどくて身体に負担がかかります。最近は、免疫グロブリンという血液製剤の一種を長時間かけて(だいたい6時間、1日1回)、数日間(通常は5日間程)連続で投与する方法がよくおこなわれ、この治療の方が効果もあると言われています。
ただし、いずれの治療をおこなうにしても早期に治療を開始することが重要です。他のほとんどの病気と同様、ギラン・バレー症候群も早期発見が何よりも大切だというわけです。
ギラン・バレー症候群は、激しい症状がでたとしても自然に回復する例も多く、教科書によっては「予後良好」と書かれています。「予後良好」とは、分かりやすく言えば、その後、後遺症を残すこともなく元の生活に戻れますよ、という意味です。
しかしながら、実際には罹患者の約5%が死亡にいたると記載されている文献もありますし、死亡にまでいたらなくてもおよそ10%は重篤な機能障害が残り、長期間にわたりリハビリが必要となる場合もあります。
ですから、私の個人的な意見を言えば、ギラン・バレー症候群は、「予後良好」などではなく「早期発見が不可欠な大変重要な疾患」です。私自身は、医師になってまだ数例しかこの病気をみたことがありませんが、しんどい検査や治療を受けなければならなかった小学生の男の子や、意識をなくし人工呼吸器の装着を余儀なくされた30代の女性、などを診察したことを思い出すと、もっともっと世間に注目されてもいい疾患だと感じています。
風邪症状や胃腸炎の後、手足のしびれを感じたとき、物が二重にみえたとき、手に力が入らなかったとき、などは、ギラン・バレー症候群を疑うべきかしれません。症状が軽ければ、医師でも見逃すことがないとは言いきれません。実際、診断がつくまでにそれなりの日数がかってしまう場合があります。
大原麗子さんは日本を代表する大女優です。大原麗子という名前に比べると、ギラン・バレーという名前(この病気を発見したのがギラン・バレーというたしかフランス人の医師だったと思います)はほとんど知られていないかもしれませんが、大原麗子さんの死をきっかけにこの病気の名前が世間に浸透すればいいな、と私は思っています。
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|2013年6月15日 土曜日
第72回 新型インフルエンザの対策は充分か 2009/8/22
お盆明けの8月17日の深夜、私の携帯電話に見慣れない番号が表示されました。66で始まる番号はタイからです。私はNPO法人GINA(ジーナ)の関連でタイからの電話をとることが多いのですが、この番号には見覚えがありません。
声を聞いてもすぐには誰かが分かりませんが、確かに聞き覚えのある声です。タイ語のなかにときおりタイ語風の発音の英語が混じったこの独特の表現・・・。しばらくして、その声の主がグルーアイ(仮名)であることが分かりました。グルーアイは、数年前に私がタイに出張中に宿泊していたホテルのルームメイクの仕事をしていました。トイレの水が流れないからなんとかしてほしい、という私の依頼を一生懸命に聞いてくれたことから仲良くなり、その後何度か電話で話すような関係ではありましたが、ここ2年程は音沙汰がありませんでした。
彼女は、今はイサーン地方(タイの東北地方)の実家に帰り、両親と2人の子供と一緒に暮らしていると言います。しかし、グルーアイはそのようなことを私に報告したくて電話してきたわけではありませんでした。同じ村の中学生の女の子が突然死んだというのです。そして、その原因が「カイ・ワット・メキシコー」だと言います。
つまり、新型インフルエンザでこの前まで元気だった近所の女の子が死んじゃった、この病気は今タイで急速に広がっている、自分や自分の家族が感染しないためにはどうしたらいいのか教えてほしい・・・。これが、彼女が私に電話をしてきた理由でした。
タイでは先月(2009年7月)あたりから、新型インフルエンザの罹患者が急速に増えだし、死者も相次いでいます。たしか、死者が65人に増えた、というニュースをお盆前にタイの英字新聞で読んだ記憶がありました。
しかも、若い世代の間に死者が少なくないという報道もあります。近所の若い女の子が突然発症し短期間で死亡すれば、グルーアイのように恐怖を感じるのも無理はありません。
新型インフルエンザの対策として重要なのは、外出を控える、うがい・手洗いを励行する、感染を疑えば直ちに医療機関を受診する、といったあたりです。言われなくても分かることばかりですが・・・。
幸にもグルーアイの実家では田植えは7月に終了しています。イサーン地方の一般的な農家では、田植え(タム・ナー)が終了すれば次は稲刈り(キアオ・カーオ)まであまりすることがありません。せいぜい、近所に魚を取りに行くか、野菜を育てるか、たまに市場に買出しに行くか、といった程度のはずです。私は、できるだけ人の集まるところには行かないようにして、うがい・手洗いをしっかりするように言いました。
問題は、学校に通っているグルーアイの子供たちです。しかし、これは学校の指示に従うしかありませんから、あまり過剰に心配しすぎないように言いました。
さて、新型インフルエンザは日本でもついに死亡者が出ました。8月20日時点で3人の死亡が確認されており、3人とも基礎疾患があり免疫力が低下していた状態での感染であった、と報告されています。
しかし、これからどうなるかは分かりません。タイでも死亡者の多くは循環器疾患や糖尿病、肥満、などがあったそうですが、そうではなく、グルーアイの近所の女の子のように日頃は元気であった症例も少なくはないようです。タイでの新型インフルエンザによる死亡者は8月15日までで111人と報告されています。(8月19日のBangkok Post)
すでに日本での感染者は5千人を越えており、集団発生以外は報告義務もなくなっていますから正確な実態はつかめませんが、かなりの感染者数になっているのは間違いありません。8月19日には、舛添厚生労働大臣が記者会見で事実上の流行宣言を表明しています。
しかし、5月の連休前後にはあれだけあふれていたマスクをした人の姿がなぜか(少なくとも大阪の繁華街では)ほとんど見られません。5月には関西では各地でコンサートやライブ、その他イベントなどが中止されました。しかし、奇妙なことに、その後新型インフルエンザの勢いが増しているのにもかかわらず、7月、8月にはコンサートなどの自粛はほとんど聞きませんし、5月に中止となった代わりに7月や8月におこなわれているコンサートやイベントすらあります。
新型インフルエンザの重症度については、5月の時点で米国科学誌『サイエンス』で、死亡者はアジア風邪並みの0.4~0.5%程度であることが発表されています。(報道は5月12日の共同通信など)
そして、今月にも同様の数字が発表されています。オランダ・ユトレヒト大学の西浦博研究員(理論疫学)らの研究で、やはり新型インフルエンザの死亡率はアジア風邪並みの0.5%程度だと発表されています。(報道は8月19日の読売新聞など)
このように、当初から(少なくとも世界的には)重症度の見解には変更がないわけです。にもかかわらず、日本の一般市民の新型インフルエンザに対する対応が5月と現在で異なるのはなぜなのでしょうか。現在の方が感染者も死亡者も増えているのに、マスクをしている人をほとんど見かけることがなく、コンサートやイベントが自粛されないことが、私には不思議でなりません。
私は、マスクの着用を義務化しコンサートを自粛せよ、と言っているわけではありません。むしろ、あの5月の混乱には違和感を覚えていました。しかし、重症度の見解が変わっておらず、感染者も死亡者が増えているなかで、一般市民の予防意識が低下していることを危惧しているのです。
参考までに、アジア風邪というのは、香港風邪、スペイン風邪とならんで、20世紀の三大インフルエンザのひとつです。1957年から1958年にかけて、中国や香港から世界中に広がり、死亡者は世界で100万人以上(200万人以上という説もあります)にも上ります。日本でも、数千人が死亡したとされています。
つまり、科学者の見解では、新型インフルエンザは、日本だけで数千人が死亡したアジア風邪に匹敵するくらいの重症度であるわけです。5月のあの混乱ぶりは異常だとは思いますが、現在取るべき対策がとられているのかどうかはしっかりと検証すべきでしょう。
ワクチンが完成するまでは、うがい・手洗いの励行、人の集まるところに行くのは最低限にする、などの対策が大変重要になってきます。
今朝(8月21日)のBangkok Postに目を通すと、グルーアイと同じイサーン地方のある県で、26歳の妊婦が新型インフルエンザで死亡したという記事が報道されていました。若い妊婦が死亡しているのが新型インフルエンザの現実なのです。
この妊婦は死亡しましたが、帝王切開で誕生となった8ヶ月の赤ちゃんは1,400グラムしかないもものの今のところ元気なようです。
参考:
はやりの病気第69回(2009年5月号)「疑問だらけの新型インフルエンザ」
はやりの病気第70回(2009年6月号)「新型インフルエンザの行方」
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|2013年6月15日 土曜日
第71回 帯状疱疹とヘルペスの混乱 2009/7/21
突然胸の右半分が痛くなってブツブツがでてきたんです。看護師をしている義理の姉にそのことを相談したら、「それはヘルペスだからすぐに病院に行け」と言われて来たんですけどね、先生、これって本当にヘルペスなんですか?
これは、私が実際に患者さんから言われたことのある言葉です。
この患者さんの病名は「ヘルペス」ではなく「帯状疱疹」です。実は、この患者さんのように「帯状疱疹」と「ヘルペス」を混同してしまっているケースは少なくありません。ではなぜ、この患者さんの義理のお姉さんは帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。
それを解説する前に、帯状疱疹という病気を簡単にまとめておきましょう。
帯状疱疹は「水痘帯状疱疹ウイルス」というウイルスが原因です。多くのウイルス性疾患は、そのウイルスに感染した直後に症状が出てきますが、水痘帯状疱疹ウイルスの場合は少し異なります。
このウイルスに感染するのは多くの場合子供の頃です。水痘(すいとう)とは「みずぼうそう」のことです。つまり、みずぼうそうの原因ウイルスが帯状疱疹の原因ウイルスでもあるわけです。
話がややこしくなってきましたので、もう少し分かりやすく説明いたします。
まず、多くの子供はみずぼうそうに罹患します。みずぼうそうに罹患すると発熱と皮疹が出現します。しかし、みずぼうそうは、普通は数日から1週間程度で熱が下がり皮疹も消えていき、それで「治癒」となります。(ワクチンを接種していれば、みずぼうそうにかからないことが多いのですが残念ながらみずぼうそうのワクチン(水痘ワクチン)の接種率は日本ではそれほど高くありません)
みずぼうそうは通常一生に一度しかかかりません。では、みずぼうそうの原因ウイルスである水痘ウイルスは完全に死滅するのかというと、そういうわけでもありません。発熱や皮疹といった症状は消えて再発することはありませんが、ウイルス自体は身体の奥(神経節)に潜みます。そしてこのウイルスは一生体内から消えることはありません。
では、みずぼうそうを発症し治癒した後、このウイルスは一生おとなしくしているのかというと、そういうわけでもありません。成人してから”もう一度だけ”身体の表面にやってきます。しかし、みずぼうそうのときのように全身に皮疹が出現するわけではありません。顔だけ、胸部だけ、腹部だけ、といったかたちで限局して皮疹が出現します。そして必ず身体の半分だけ(右側だけ、もしくは左側だけ)に出現します。
冒頭で紹介した患者さんは右の胸部にポツポツとした水疱と痛みがありました。通常、帯状疱疹は視診だけで(見るだけで)すぐに診断がつきます。この患者さんの疾患名は「帯状疱疹」で間違いありません。
では、この患者さんの義理のお姉さんの看護師は、なぜ帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。
実は、医療者によっては帯状疱疹のことを「ヘルペス」と呼んでいることがあります。その理由は、帯状疱疹を「herpes zoster virus infection(ヘルペス・ゾスター・ウイルス・インフェクション)」ということがあるからです。(参考までに、herpesは「ヘルペス」と発音すると、英語を母国語としている人にはまず通じません。正しい英語の発音を無理やりカタカナにすると「ヘルペス」ではなく「ハーピス」という音が近いでしょう)
しかし、herpes zoster virus infectionなどという呼び方は医学の教科書にはでてきますが、一般的ではありませんから、少なくとも患者さんに説明するときには使うべきでない、と私は考えています。
ほとんどの人が「ヘルペス」と聞けば、口唇ヘルペスや性器ヘルペスを連想するでしょう。これらは単純ヘルペスウイルスというウイルスが原因となります。ヘルペスという病気が(私にとって)興味深い理由のひとつは、人によって持っているイメージが異なるということです。ヘルペスと聞いて口唇ヘルペスをイメージする人は、疲れたときに唇や鼻の周りにできる「誰にでも起こりうるよくある病気」と考えます。一方、性器ヘルペスを想像する人であれば、性感染症(性病)のひとつとして「ネガティブなイメージの病気」と考えます。実際、冒頭で紹介した患者さんは、義理のお姉さんにヘルペスと言われて、自分は性病にかかったのではないか、と考えたそうです。
単純ヘルペスウイルスについて補足しておくと、口唇ヘルペスや性器ヘルペス以外にも身体のあちこちにできることがあります。子供であれば、手の指や口の中にできることはよくありますし、成人では殿部(おしり)にできるヘルペスをよくみかけます。身体のどこにできようが、これら単純ヘルペスウイルスが原因となるヘルペスは「単純ヘルペスウイルス感染症」と呼ばれます。帯状疱疹とは異なり、単純ヘルペスウイルス感染症は、何度でも再発します。よく言われるように、体調が悪いとき、寝不足のとき、精神的ストレスがたまっているときなどに再発することが多いと言えます。口唇ヘルペスの場合は、日焼け(紫外線の暴露)により再発することもあります。
帯状疱疹と(単純)ヘルペスを混乱しやすい理由がもうひとつあります。それは、使う薬が同じ、というものです。(ただし使用量は異なります)
では、違う病気なのになぜ同じ薬を使うのか、そして、そもそもなぜ帯状疱疹のことをherpes zoster virus infectionと呼ぶのかというと、単純ヘルペスウイルスも水痘帯状疱疹ウイルスも、同じ仲間(ヘルペスウイルス科)に属するからです。(注)
このように、帯状疱疹と(単純)ヘルペスは似ている病気ではあるのですが、決定的に異なる大変重要な点が2つあります。
ひとつは、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと痛みが残ることがある、という点です。この痛みのことを「帯状疱疹後神経痛」と呼び、ひどい場合は衣服の着替えもできなくなるほどです。
もうひとつは、単純ヘルペスが何度でも再発する可能性があるのに対し、帯状疱疹は”一度だけ”ということです。ただし、”一度だけ”には例外もあります。つまり、場合によっては”何度も”出現することがあるのです。そして”何度も”出現する場合は、「何らかの病気」がある可能性があります。「何らかの病気」としてよくあるのが、悪性腫瘍、膠原病、HIV感染などの免疫系に異常をきたす病気です。
実際、患者さんから「(今回だけでなく)前にも帯状疱疹が出たことがあるんですよ」と言われ、そこからHIV感染や膠原病が見つかることがときどきあります。
最後に、帯状疱疹と(単純)ヘルペスについてまとめておきましょう。
1、 帯状疱疹と(単純)ヘルペスは異なる病気だが、原因ウイルスは同じグループに属している。
2、どちらも使用する薬は同じだが量は異なる。
3、(単純)ヘルペスは何度でも再発することがあるのに対し、帯状疱疹が出現するのは”一度だけ”である。
4、もし帯状疱疹が何度も出現すれば、HIVや膠原病といった免疫系の異常を疑う必要がある。
5、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと激しい痛みが長年に渡り残ることがある。
注 ヒトヘルペスウイルス(以下HHV)には合計8種類があり番号が振られています。単純ヘルペスウイルスはHHVの1型(HHV-1)と2型(HHV-2)です。以前は、口唇ヘルペスはHHV-1、性器ヘルペスはHHV-2と分類できたのですが、最近は口唇ヘルペスからHHV-2がみつかったりその逆に性器ヘルペスからHHV-1がみつかったりすることが珍しくなくなり、現在はHHV-1とHHV-2を区別する意味がなくなってきました。水痘帯状疱疹ウイルスはHHV-3です。HHV-4はEBウイルス、HHV-5はサイトメガロウイルス、HHV-6とHHV-7は突発性発疹の原因ウイルスです。ときどき突発性発疹に2回かかる子供がいるのは6型と7型の両方に感染することがあるからです。HHV-8はエイズの合併症として有名なカポジ肉腫の原因ウイルスです。
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|2013年6月15日 土曜日
第70回 新型インフルエンザの行方 2009/6/22
2009年6月12日0時(UTC)、WHO(世界保健機関)は、新型インフルエンザに対し、世界的大流行(パンデミック)を宣言し、警戒水準をフェーズ6に引き上げました。
フェーズ6というのは、感染症のレベルを表す指標の最高級のもので、「世界の2つ以上の地域で人から人への持続的感染が起きている」ことが条件となります。今回の新型インフルエンザでは、北米に加えて豪州でも人から人への持続的感染が確認されたために、フェーズ6への引き上げが決まりました。
しかしながら、実際の感染状況と重症度はどの程度のものなのかが依然よく判らない面があります。
感染者数をみてみましょう。公式発表では、2009年6月15日時点で、世界の合計が35,928人でそのうち死者は163人です。先月の時点では、1位米国、2位メキシコ、3位カナダ、4位日本、5位スペイン、でしたが、6月15日の時点では4位がオーストラリア、5位がチリとなり、日本は7位に後退しています。
ただし、世界のすべての国が実数を”正直に”申告していると言い切れるのでしょうか。
例えば、中国は6月15日時点で318人となっていますが、これは事実を反映していると考えていいのか疑問です。実際、麻生首相は、先月、韓国の韓昇洙首相と会談した際、新型インフルエンザに関して「中国の感染者数がこんなに少ないわけがない。もっと多いのではないか」と発言したと報道されています。(一国の首相が他国の政府の発表を信頼できないと発言することには問題があるように思えますが・・・)
参考までに、中国衛生部(日本でいうところの厚生労働省)は、2008年末の時点で中国のHIV感染者は27万人と発表していますが、実際の感染者は70万人以上に上るとのコメントを中国のある専門家がコメントしています。
タイをみてみると、6月15日、新型インフルエンザの感染者急増を受けて、感染者数や症状をメディアに口外しないようタイ政府が全国の関係機関に通達したとの報道がなされています。これは6月15日のBangkok Postが報道していますが、Bangkok PostやThe Nationといったタイの英字新聞は、毎日のように新たに感染が発覚した人数を発表しており、また、この「メディアに口外しないように」との報道が出た後に、あわててアピシット首相はそれを撤回するようなコメントをしたとの報道もあります。(尚、タイの新型インフルエンザ罹患者は6月18日時点で589人となっており、日本の感染者数とほぼ同等になっています)
中国やタイは、(貧困地域もありますが)全体としてみれば途上国ではなく、中進国、あるいは都心部の経済指標だけをみていると先進国とみなすこともできます。ですから、新型インフルエンザ罹患者数を事実と大きく異なる数字を公表することはできないでしょう。
では、途上国ではどうなのでしょう。例えば、ミャンマーやラオスといった国で新型インフルエンザがどれくらい流行しているのかは、ほとんど誰にも分からないのではないでしょうか。あるいは、インドネシアやパキスタン、バングラディシュといった巨大な人口を抱える国の実態がどうなのかについてもよく分かりません。
ということは、正式に公表されている人数よりも実際にははるかに大勢の人が新型インフルエンザに罹患している可能性があります。
そもそも、疑いのある患者さんが新型インフルエンザの検査を受けることができるのは、限られた先進国と地域だけだと思われます。日本では、インフルエンザに罹患しているかどうかは保険を使えば診察代を入れても2000円程度で調べることができ、そのインフルエンザが新型かどうかを調べるのは行政が無料でやってくれます。
一方、例えばタイでは、これらの検査で4,000バーツから8,000バーツ(約12,000円から24,000円)かかると言われており、保険制度が整っているとはいえない国で月収ほどの料金を払って検査する人がどれほどいるかは疑問です。(タイには「無料医療」(昔は30バーツ医療)があるじゃないかと思われるかもしれませんが、実際には無料で受けられずに全額自費負担せざるを得ないケースが多々あるのです)
重症度は実際のところはどうなのでしょう。WHOのデータをみてみると、6月15日時点で、世界中の感染者は35,928人、死者は163人、致死率は0.45%ということになります。5月7日時点のメキシコのデータでは、感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%でしたから、世界的にみて大幅に致死率が減少しているということになります。(あるいは、メキシコのみで致死率が高いという言い方ができるかもしれません)
ここ1ヶ月の報道や専門家が発しているコメントをみていると、新型インフルエンザの毒性はそれほど高くなく、従来の季節性インフルエンザとさほど変わらないとする見方が大半のようです。
しかしながら、一部には重症化を懸念する声もあります。
例えば、CDC(米国疾病対策センター)の発表では、6月12日時点で合計45人が死亡しています。また、全米で1000人以上が入院しており、今後入院者数や死亡者数はさらに増加する可能性が高いとされています。
ニューヨーク市の発表によりますと、6月2日時点で入院患者が341人、死亡7人だったのが、6月12日までのわずか10日間で、入院者数567人、死亡15人と急増しています。
また、中国で見つかった新型インフルエンザに、人の体内で増殖しやすくなる遺伝子変異が起きていることが、東京大学の研究者らによる調査で明らかとなりました。感染すると重症化しやすいタイプに変異しつつある可能性があるとされています。(報道は6月20日の日経新聞)
ところで、今後日本で新型インフルエンザは大規模な流行をみせるのでしょうか。
5月中旬の新型インフルエンザに対する警戒心は異様なほどでした。大阪では一時、マスクなしで歩いている人を見かけないほどでしたし、大阪に出張を禁止する会社も続出したようです。なかには、危篤の親戚を見舞いに関東のある病院に駆けつけた人が、大阪から来た、という理由だけで病院に入れてもらえなかったケースもあったそうです。
私は、ゴールデンウィークに所用でタイのある地方都市に出張に出たのですが、バンコクのスワンナプーム空港で大変驚いたことがあります。国際都市バンコクの空港で、日本人だけがマスクをしているのです。
ここまでくると滑稽なくらいに予防をしすぎている感じがしますが、その一方で、この国ほど感染症に無頓着な国もないことはこのサイトで何度も指摘しています。麻疹や結核が流行する先進国など、日本以外には存在しないのです。
結核はともかく、麻疹がいまだに流行するのはワクチンを打たない人(打たせない親)が多すぎるからです。
現在、新型インフルエンザのワクチンが準備されつつあります。もしも今後新型インフルエンザで日本でも死亡者が出現するようになり、危険性が指摘されだしたとき、人々はワクチンを積極的に接種するのか、あるいは徹底したマスク着用と大阪に行かない(大阪人を入れない)対策だけで乗り切ろうとするのか・・・。
私個人としてはそのあたりに注目しています。
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|2013年6月15日 土曜日
第69回 疑問だらけの新型インフルエンザ 2009/5/22
2008年12月某日、シドニー。国際犯罪組織がバックについているX社の極秘研究室で、世界中から集められた研究者らのプロジェクトチームが新たなウイルスの製造に成功した。新たなウイルスといってもまったくの新種ではない。従来のインフルエンザウイルスを研究室で遺伝子の一部を変異させてできたものだ。この新型ウイルスの増殖には豚が利用された。当初は鳥を使って研究がおこなわれていたが、鳥よりも豚の方が毒性が弱いものができることが分かったからだ。毒性の強いウイルスなら、早期に発見され蔓延する前に水際で止められてしまう可能性が高い。しかし、それほど毒性の強くないウイルスなら、世間が気づいたときにはすでに大規模な広がりをみせていて誰にも止められない段階にまで達していることが予想される。世界中がパニックになるだろう。特効薬であるタミフルとリレンザはすぐに品切れとなるはずだ。そのときにX社がすでに開発に成功しているタミフルとリレンザのコピー品を高値で大量に販売することが計画されているのである。X社の研究室で製造された新型ウイルスは、X社の幹部数人が世界中に持ち出した。ひとりはメキシコに、ひとりはアメリカに、そしてひとりは日本に向かった・・・。
************
安物のSF小説のようなこの文章は私がつくったフィクションですが、新型インフルエンザが連日新聞の一面で報道されるようになり世界中でパニックに近い状態になっているのは現実です。
私のフィクションに述べたような「ウイルスが人為的に製造された」という噂も世界各国で流れているようですし、公的な立場にいる人までもがそのような発言をして物議をかもしています。
例えば、インドネシアのスパリ保健相は「新型のウイルスは遺伝子操作された可能性もある」などと表明していますし、オーストラリアの研究者は、「新型ウイルスは人為的なミスで発生した可能性がある」との説を主張し、これを受けたWHO(世界保健機関)は各国の保健当局に調査を依頼する事態にまで発展しました。
今のところ、「新型ウイルスが人為的につくられた」という説については、WHOは否定しているようですが、これほどの世界規模でのパニックとなるとこのような噂がでてくるのも無理はないでしょう。
さて、5月20日の時点で日本の新型インフルエンザ感染者は210人で、これは世界第4位になります。1位アメリカ(5,469人)、2位メキシコ(3,648人)、3位カナダ(496人)までは、メキシコが流行の発端になったことと地理を考えれば容易に納得できますが、4位の日本、さらに5位スペイン(107人)、6位イギリス(102人)は、どのように大流行したのか、現時点では説明がついていません。日本の例で言えば、メキシコで発生した新型インフルエンザウイルスが人から人に伝播し、海を越えて神戸で蔓延したとするには、海外渡航歴のない生徒の間で流行している説明がつかないのです。(これから解明される可能性はありますが)
また、スペインやイギリスでもそれは同様で、メキシコでの発生を受けて各国が空港や港で対策を立てていましたから、なぜ海外渡航のない人の間で新型インフルエンザが流行しているのかが現時点では皆目分からないのです。
新型インフルエンザがどのように発生し、どのような経路で広がりを見せたかについては現時点では詳細不明と言わざるを得ませんが、この新型ウイルスにはまだまだ不明な点があります。
毒性は実際のところはどれほどのものなのか、という点もよく分かりません。
当初メキシコで流行をみせたとき、死亡者が多数出ているという報道がされましたが、これを受けたマスコミの中には、メキシコの医療レベルが高くないことを引き合いに出し、医療費の高さから貧しい人(メキシコの人は大半が低所得者です)が医療機関を受診するのが遅くなり、受診が遅れたから死亡にまで至ったのではないか、との意見を述べる人もいました。
また、日本の関係者のなかにも、「従来の季節性インフルエンザでも高齢者や何か病気をもともと持っている人が罹患すると死亡することは珍しくない」ということを述べた上で、新型インフルエンザの毒性が本当に強いのかを疑問視する人もいました。たしかに、日本でも毎年(従来の)インフルエンザが原因で1万人前後が死亡しているのは事実です。
しかしながら、4月末にメキシコが発表した情報では、感染者の大半が比較的若い年齢層で、小児や高齢者の感染確認例はほとんどありません。また、日本の感染者をみてみてもほとんどが若い世代です。
メキシコの発表をもう少し詳しくみてみると、5月7日時点で感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%にもなります。(日本の従来のインフルエンザウイルスによる死亡率は0.05%程度です)
死亡者の年齢層をみてみると、42人のうち、16人が20~29歳、9人が30~39歳で、20代と30代で半数以上を占めています。いくら従来のインフルエンザでも死亡は珍しくないとはいえ、それらは大半が高齢者であったり、他の病気を抱えていて免疫力が低下していたりするような人の場合です。
死亡率が3.7%、死亡者の大半が若い世代であることを考えると、従来の季節性インフルエンザとはまったく異なることになります。メキシコの医療情勢が日本とは異なるとは言え、それほど病院に行く機会のないと思われる若い世代の間では日本とメキシコでそれほど事情が違うとは思えません。
今のところ、日本では死亡者が出ていませんし、ほぼ全員が重症化することなく回復しているようですが、まだまだ予断は許せないのではないでしょうか。
新型インフルエンザの症状が、従来のインフルエンザのものと異なっていることも注目に値すべきかと思われます。
5月13日のNew York Timesによりますと、新型インフルエンザ罹患者のおよそ3分の1が発熱をきたしていません。また、患者の12%が激しい下痢をおこしているようです。従来、我々医師がインフルエンザを疑うのは、高熱と激しい倦怠感があるときです。熱がなく、主症状が下痢であれば、よほど気をつけていないとインフルエンザを見逃してしまいます。
新型インフルエンザについては現在のところ、どのように発生して広がったかが解明されておらず、今のところ国内では重症者はでていないとは言えメキシコの実情を考えると予断が許されない状況が続いており、また症状については従来のインフルエンザとは異なる場合も多々あるわけです。
当分の間、新型インフルエンザについて充分な注意が必要となるでしょう。
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|2013年6月15日 土曜日
第68回 結核、大丈夫ですか? 2009/4/20
2009年4月6日、女性お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかさん(29歳)が肺結核のため入院したことが、箕輪さんが所属する吉本興業の関連会社により発表されました。
この発表を受け、舛添要一厚生労働大臣は、翌日(4月7日)の記者会見で、「結核は日本ではほとんどはやらない状況になっていた。ちょっとショックだ」と述べたそうです。(報道は4月7日の共同通信)
結核は日本ではほとんどはやらない・・・、というのは、我々医療従事者の感覚からは随分かけ離れています。結核は流行らないどころか、今でも年間およそ2万5千人が新たに感染しています。また、結核での死亡者は今でも年間およそ2千人です。
日本は、先進国のなかでは結核罹患率が群を抜いて高く、罹患率(人口10万人あたりの年間患者発生率)は今でも20近くあります(2007年は19.8)。例えば、カナダは4.4、米国では4.5ですから、日本の高さは相当なものです。
結核罹患者を年代別にみてみると、高齢者が多いのは間違いなく、70歳以上が47.9%を占めていますが(2007年)、若い人の間でも減少していません。特に近年は、都市貧困層、HIV感染者、外国人などが結核を蔓延させていると言われることもあります。また若い女性が無理なダイエットや過労が原因で感染、という症例もときどきあります。
医療従事者の間でも感染することがあります。
最近では大阪府高槻市の病院で、産科病棟に勤務する20代の女性助産師が結核に感染していたことが判り、この病院はこれを4月3日に発表し、この助産師と接触した可能性のある14都府県の新生児・乳児合計352人を対象に検査を行う予定としています。さらに、この病院では、産科病棟に勤める別の20代の女性助産師が結核に感染していたことが4月14日に発表されました。
また、大阪市西区の病院でも、30代の男性看護師が肺結核を発症していたことが、4月14日に明らかとなりました。この看護師は、人工透析を受けている腎臓疾患の患者さんを担当しており、院内感染がなかったかどうかこれから調査がおこなわれるそうです。
このように、結核は「日本ではほとんどはやらない状況・・・」などでは決してなく、今でも注意しなければならない重要な感染症です。ただし、「同じ部屋にいた」程度では感染することはまずあり得ません。また、「その人と話をした」、という状況であったとしても、「自分の顔の前で咳やくしゃみをされた」、といったことがなければ感染の可能性はほとんどないと言っていいと思います。(実際、箕輪さんの相方は感染していなかったと報じられています)
箕輪はるかさんの結核感染を受けて、東京都が4月6日から電話相談口を設置したところ、1週間で合計1,383件もの相談が寄せられたそうです。このうち約半数が、「ハリセンボンが出演したライブ会場にいた」という内容だったそうですが、この程度では感染することはまずありません。
しかし、至近距離で咳やくしゃみをされた、などといったことがあれば要注意です。結核は重症化すると激しい咳や血痰、体重減少などが認められますが、初期は軽度の咳や倦怠感だけのことも多く、単なる風邪と考えられているケースが少なくありません。ですから、咳が長引いているという人と至近距離で接した場合は注意が必要です。長引く咳の原因にもいろいろあり、咳が長引くだけで結核が最も疑わしい、とまでは考えませんが、可能性はあります。そして、長引く咳から患者さん自身が結核を疑ったとしても、医療機関で必ずしも正しい(結核という)診断がつくとは限りません。
実際、上に述べた大阪府高槻市の病院で結核が判明した20代の助産師は、1月から咳や発熱があったものの、同病院での2月下旬の診察では「風邪」と診断され、結核の診断がついたのは3月23日だったそうです。大阪市西区の病院でも男性看護師は年明けから咳の症状がありましたが、結核の診断がついたのは4月になってからです。
ここで、私がタイのエイズホスピスでボランティアをしていた時の話を紹介したいと思います。
そのホスピスの重症病棟では、もちろん全員がエイズの状態で、様々な合併症(エイズに伴う感染症)を発症しています。病棟のほとんどの人が咳をしている状態で、誰が結核を発症していてもおかしくありません。このホスピスでは血液検査もレントゲンもありませんから、症状だけで結核かどうかを診断しなければなりません。
症状だけで結核を診断・・・、と考えると大変困難に思いますが、エイズを発症しているような状態では結核も一気に進行しますから、比較的簡単に診断がつきます。咳、下痢、体重減少、発熱、寝汗などがあれば結核を疑います。ここで、いきなり抗結核薬を投与するのではなく、まずは一般的な抗生物質を数日間投与します。これでまったく改善しなければ結核と考え、結核の治療を開始します。数日後に症状が改善すれば、「やっぱり結核だったな」と考えられるというわけです。
さて、エイズを発症している患者さんというのは食事もとれず意識も朦朧となっていることがよくあります。そんな患者さんと話をしようと思えば、顔と顔が触れ合うくらいの至近距離をとらなければなりません。このときに、咳やくしゃみをされれば結核感染が容易におこり得ます。実際、このホスピスで1年以上働いているボランティアはほぼ例外なく結核に感染しています。
私はこの施設には1ヶ月ほどしかいませんでしたが、帰国後すぐにレントゲンをとりました。後に血液検査もおこない結核に感染していないことが確定したわけですが、レントゲンを撮影するまでは、感染していてもおかしくないなと思っていました。
この話を医療者にすると、「なんでマスクをしないの?」と必ず聞かれます。結核には結核用の(結核も防ぐことのできる)マスクがあり、通常医療者は結核(疑いも含めて)の患者さんと接するときにはそのマスクを着用しなければならないことになっています。
実は、私もそのマスクをタイに持っていっていたのですが、世界中から集まってきている医師や看護師は誰一人としてそのマスクを使っていなかったのです。そんななか、自分だけが結核用のマスクをつけるということがどうしてもできなかったのです。(しかし、これは今考えても”誤り”で、やはり結核の患者さんと接するときには専用マスクをすべきです)
さて、話はそれましたが、他の感染症と同様、結核に対しても正しい知識を持たなければなりません。不必要に怖がってもいけませんし(そんなことをすれば感染者に対する差別や偏見が生まれかねません)、またその逆に「日本ではほとんどはやらない・・・」などと安心しすぎてもいけません。
長引く咳があるときは、それが自分であっても友達であっても、一度は結核の可能性を考えた方がいいでしょう。
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|2013年6月15日 土曜日
第67回(2009年3月) エキノコックスとサナダ虫
私がエキノコックスに感染していないかどうか調べてほしいんです・・・(注)
これは最近ある患者さんから言われた言葉です。太融寺町谷口医院にはたしかにいろんな悩みを持った人が来院されますが、エキノコックスについて心配されている人は初めてでした。
エキノコックス(エキノコッカスとも呼ばれます)は、サナダ虫などの条虫の仲間で、キツネやイヌなどの糞便内に混じっている虫卵を経口摂取することで感染します。キツネやイヌの糞便を口にすることなど普通はないわけですが、例えば、キツネが川で排便をして、川の水にエキノコックスの卵が混じって、その水を下流で人が飲めば感染することがあります。
実際、エキノコックスは日本ではキツネの生息する北海道での報告がほとんどです。以前は北海道東部での感染が大半でしたが、近年北海道全域に広がってきており、北海道民にとっては脅威の感染症になりつつあります。そして、最近になって本州での報告もでてきています。こういった背景を受けて、現在では感染症全数把握疾患に指定され、診断した医師は必ず届出をしなければなりません。
エキノコックスは、人に感染してから症状が出現するまでに5年から15年程度かかるのが特徴です。ですから、例えば10年前に北海道に旅行して自然のなかで生活をしたことがある・・・、といったケースでは感染の可能性があるかもしれません。実際、冒頭で紹介した患者さんは、数年前の北海道旅行が気になって・・・、というのが心配になった理由でした。
エキノコックスはたしかに恐い病気で、発症すると外科的手術以外に治療法がありません。口から感染したエキノコックスの卵は成虫となり人の肝臓に住み着きます。そして次第に仲間を増やしていき肝臓のなかに腫瘤(できもの)をつくります。そして治療法は、おなかを開けて、この”できもの”を取り除く以外にはないのです。
症状としては”できもの”がかなり大きくなってから腹痛や黄疸がでます。かなり大きくなるまではまったくの無症状です。したがって、たまたまCTを撮影して発見された、というような幸運なケースを除けば早期発見されることはまずありません。(私は実際に症例をみたことがあるわけではなくこれらはすべて学生時代の教科書の知識であることをお断りしておきます)
さて、上にも述べたようにエキノコックスはサナダ虫の仲間なのですが、「サナダ虫」と聞いて何のことかわかるでしょうか。サナダ虫はヒトに寄生する寄生虫なのですが、実は私もヒトのサナダ虫は教科書以外では見たことがありません。私が小学生の頃、担任の先生が、「最近は清潔になってサナダ虫がおなかのなかにいるような人はほとんどいなくなりました」と言っていたのをなんとなく覚えています。ですからおそらく昭和30年代から40年代の半ばくらいまでは、あまり珍しくなかったのではないかと思われます。
ただ、私が子供の頃は犬のサナダ虫はよく見ました。野良犬の糞のなかに白いひも状のものが混ざっていて大きなものなら見ればすぐに分かります。サナダ虫は寄生虫のなかでも特に大きい(というか長い)のが特徴で、ヒトのサナダ虫では長いものになれば10メートルを超えるそうです。
ところで、サナダ虫がヒトの体内にいても駆除する必要がないのではないか、という考えがあります。サナダ虫に関して日本で最も有名なのは、現在人間総合科学大学の教授をされている藤田紘一郎先生であることは間違いないでしょう。なにしろ藤田先生は、長い間サナダ虫をご自身の体内で飼われていたくらいですから。しかも、そのサナダ虫にサトミやヒロミなどといった名前をつけられていたのです。
藤田先生は、サナダ虫は駆除すべき害虫ではなく人間と共存すべき生物である、という考えをお持ちです。実際、異論はあるものの、サナダ虫は積極的に駆除しなくてもよいという考えは広く流布しています。それどころか、ダイエットに取り組む人たちのなかにはサナダ虫を体内で飼うことによって減量しようとする人もいるくらいです。
藤田先生は、ダイエット目的でサナダ虫を飼われていたわけではありません。サナダ虫に限らず他の細菌やウイルスなどの微生物のなかには元々人と共存すべきものがあることを示したいという思いがあったから体内飼育を始められたそうです。
サナダ虫はダイエットだけではなく、アトピー性皮膚炎や花粉症などアレルギー疾患をもった人の症状緩和にも有効だと言われることもあります。現在でも東南アジアなどの途上国に行けばサナダ虫を含めて様々な寄生虫と人が共存しています。そして、こういった地域では、アレルギー疾患というものがほとんど存在しないのです。日本でこれだけアトピー性皮膚炎や花粉症が急激に増えているのは、環境が清潔になりすぎて微生物と共存しなくなったからではないかと言われる所以です。
私は、藤田先生に習ってサナダ虫を飼おう!と言っているわけではありません。しかしながら、サナダ虫の体内飼育は極端だとしても、「病原体と人との共存」というのは大変大切なことではないかと考えています。
例えば、私自身はめったに抗菌薬を飲みませんし、患者さんに対しても必要最小限でしか抗菌薬の処方はおこないません。抗菌薬とは細菌をやっつけることのできる特効薬です。したがって「細菌性」の感染症にしか効きません。患者さんのなかには「風邪をひいたから抗生物質をください」という人がいますが、風邪の大半はウイルス性であり抗菌薬が有効な症例はわずかです。
ですから、私が抗菌薬を必要最小限にしているのは、本当に必要な「細菌性」の感染症に限定すべきだと考えているからですが、もうひとつ大きな理由があります。それは抗菌薬の副作用を避けたいからです。よく薬の副作用というと、発疹やじんましん、肝機能障害、吐き気・めまいなどが取り上げられ、こういった症状が出現しなければ「副作用はない」と考えられます。
しかし、抗菌薬を飲むということは、ターゲットにしている細菌だけでなく、日頃人間と共存している細菌をも殺すことになります。特に腸内に100種類以上、100兆個以上も存在している腸内細菌をも死滅させてしまいます。これら腸内細菌はいわゆる「善玉菌」と呼ばれることもあり、抗菌薬を飲むと下痢をするのはこれら善玉菌も死んでしまうからです。腸内のいくらかの善玉菌を殺してしまうのは、抗菌薬を飲む以上は避けられない副作用なのです。
人間も含めて生物界では、他種との共存を通してバランスのとれた世界が成り立っていると言えます。おそらくキツネの体内ではキツネにとっていいことをしているエキノコッカスが、人間の体内に侵入すると大変な症状をもたらすというのは実に興味深いと言えます。
人間にとって共存することが有益である可能性のあるサナダ虫はどんどん減っているそうです。実際、藤田先生は最近サナダ虫の体内飼育をやめられたそうですが、その理由はサナダ虫(正式には日本海裂頭条虫といいます)が手に入らなくなったからとのことです。
もしも世界中でサナダ虫が減少するようなことがあれば、アレルギー疾患は世界的に増加するかもしれません・・・。
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注(2019年1月5日付記):かつてはエキノコックスの検査は北海道に検体(血液)を送って調べなければなりませんでしたが、現在は太融寺町谷口医院でも可能になっています。費用は該当ページを参照ください。
参考:毎日新聞「医療プレミア」
「北海道旅行から10年 この発熱はエキノコックス?」(2018年7月1日)
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