はやりの病気
第68回 結核、大丈夫ですか? 2009/4/20
2009年4月6日、女性お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかさん(29歳)が肺結核のため入院したことが、箕輪さんが所属する吉本興業の関連会社により発表されました。
この発表を受け、舛添要一厚生労働大臣は、翌日(4月7日)の記者会見で、「結核は日本ではほとんどはやらない状況になっていた。ちょっとショックだ」と述べたそうです。(報道は4月7日の共同通信)
結核は日本ではほとんどはやらない・・・、というのは、我々医療従事者の感覚からは随分かけ離れています。結核は流行らないどころか、今でも年間およそ2万5千人が新たに感染しています。また、結核での死亡者は今でも年間およそ2千人です。
日本は、先進国のなかでは結核罹患率が群を抜いて高く、罹患率(人口10万人あたりの年間患者発生率)は今でも20近くあります(2007年は19.8)。例えば、カナダは4.4、米国では4.5ですから、日本の高さは相当なものです。
結核罹患者を年代別にみてみると、高齢者が多いのは間違いなく、70歳以上が47.9%を占めていますが(2007年)、若い人の間でも減少していません。特に近年は、都市貧困層、HIV感染者、外国人などが結核を蔓延させていると言われることもあります。また若い女性が無理なダイエットや過労が原因で感染、という症例もときどきあります。
医療従事者の間でも感染することがあります。
最近では大阪府高槻市の病院で、産科病棟に勤務する20代の女性助産師が結核に感染していたことが判り、この病院はこれを4月3日に発表し、この助産師と接触した可能性のある14都府県の新生児・乳児合計352人を対象に検査を行う予定としています。さらに、この病院では、産科病棟に勤める別の20代の女性助産師が結核に感染していたことが4月14日に発表されました。
また、大阪市西区の病院でも、30代の男性看護師が肺結核を発症していたことが、4月14日に明らかとなりました。この看護師は、人工透析を受けている腎臓疾患の患者さんを担当しており、院内感染がなかったかどうかこれから調査がおこなわれるそうです。
このように、結核は「日本ではほとんどはやらない状況・・・」などでは決してなく、今でも注意しなければならない重要な感染症です。ただし、「同じ部屋にいた」程度では感染することはまずあり得ません。また、「その人と話をした」、という状況であったとしても、「自分の顔の前で咳やくしゃみをされた」、といったことがなければ感染の可能性はほとんどないと言っていいと思います。(実際、箕輪さんの相方は感染していなかったと報じられています)
箕輪はるかさんの結核感染を受けて、東京都が4月6日から電話相談口を設置したところ、1週間で合計1,383件もの相談が寄せられたそうです。このうち約半数が、「ハリセンボンが出演したライブ会場にいた」という内容だったそうですが、この程度では感染することはまずありません。
しかし、至近距離で咳やくしゃみをされた、などといったことがあれば要注意です。結核は重症化すると激しい咳や血痰、体重減少などが認められますが、初期は軽度の咳や倦怠感だけのことも多く、単なる風邪と考えられているケースが少なくありません。ですから、咳が長引いているという人と至近距離で接した場合は注意が必要です。長引く咳の原因にもいろいろあり、咳が長引くだけで結核が最も疑わしい、とまでは考えませんが、可能性はあります。そして、長引く咳から患者さん自身が結核を疑ったとしても、医療機関で必ずしも正しい(結核という)診断がつくとは限りません。
実際、上に述べた大阪府高槻市の病院で結核が判明した20代の助産師は、1月から咳や発熱があったものの、同病院での2月下旬の診察では「風邪」と診断され、結核の診断がついたのは3月23日だったそうです。大阪市西区の病院でも男性看護師は年明けから咳の症状がありましたが、結核の診断がついたのは4月になってからです。
ここで、私がタイのエイズホスピスでボランティアをしていた時の話を紹介したいと思います。
そのホスピスの重症病棟では、もちろん全員がエイズの状態で、様々な合併症(エイズに伴う感染症)を発症しています。病棟のほとんどの人が咳をしている状態で、誰が結核を発症していてもおかしくありません。このホスピスでは血液検査もレントゲンもありませんから、症状だけで結核かどうかを診断しなければなりません。
症状だけで結核を診断・・・、と考えると大変困難に思いますが、エイズを発症しているような状態では結核も一気に進行しますから、比較的簡単に診断がつきます。咳、下痢、体重減少、発熱、寝汗などがあれば結核を疑います。ここで、いきなり抗結核薬を投与するのではなく、まずは一般的な抗生物質を数日間投与します。これでまったく改善しなければ結核と考え、結核の治療を開始します。数日後に症状が改善すれば、「やっぱり結核だったな」と考えられるというわけです。
さて、エイズを発症している患者さんというのは食事もとれず意識も朦朧となっていることがよくあります。そんな患者さんと話をしようと思えば、顔と顔が触れ合うくらいの至近距離をとらなければなりません。このときに、咳やくしゃみをされれば結核感染が容易におこり得ます。実際、このホスピスで1年以上働いているボランティアはほぼ例外なく結核に感染しています。
私はこの施設には1ヶ月ほどしかいませんでしたが、帰国後すぐにレントゲンをとりました。後に血液検査もおこない結核に感染していないことが確定したわけですが、レントゲンを撮影するまでは、感染していてもおかしくないなと思っていました。
この話を医療者にすると、「なんでマスクをしないの?」と必ず聞かれます。結核には結核用の(結核も防ぐことのできる)マスクがあり、通常医療者は結核(疑いも含めて)の患者さんと接するときにはそのマスクを着用しなければならないことになっています。
実は、私もそのマスクをタイに持っていっていたのですが、世界中から集まってきている医師や看護師は誰一人としてそのマスクを使っていなかったのです。そんななか、自分だけが結核用のマスクをつけるということがどうしてもできなかったのです。(しかし、これは今考えても”誤り”で、やはり結核の患者さんと接するときには専用マスクをすべきです)
さて、話はそれましたが、他の感染症と同様、結核に対しても正しい知識を持たなければなりません。不必要に怖がってもいけませんし(そんなことをすれば感染者に対する差別や偏見が生まれかねません)、またその逆に「日本ではほとんどはやらない・・・」などと安心しすぎてもいけません。
長引く咳があるときは、それが自分であっても友達であっても、一度は結核の可能性を考えた方がいいでしょう。
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