医療ニュース

2014年7月31日 木曜日

2014年7月31日 糖尿病新薬「SGLT2阻害薬」の副作用

  糖尿病の治療がここ数年でドラスティックに変化してきた、ということを以前述べました(注1)。今年(2014年)に入って相次いで新薬が発売されているのが「SGLT2阻害薬」と呼ばれるもので、すでに5つの製品(スーグラ、フォシーガ、ルセフィ、デベルザ、アプルウェイ)が発売されています。

 同じ薬効を持つ薬が半年で5種類も発売になったということに驚かされますが、さらに驚くのはこの5つの薬剤を販売している製薬会社が11社(注2)もあるということです。薬の世界ではこのように同じものを複数の製薬会社が発売するということがしばしばあります。複数の会社が販売権を有することになり、ライバル会社が同じ薬の販売でしのぎを削っているのです。これだけ多数の製薬会社が販売に携わっているということは、それだけ市場が大きいことが見込まれている、ということです。さらに、SGLT2阻害薬は、今年中に2つのものが発売になる予定で合計4つの製薬会社が販売する予定です(注3)。

 SGLT2阻害薬の作用機序は大変シンプルです。糖尿病は血液中に糖が多いのだからその糖を尿と一緒に出してしまえ、というもので、この薬を飲めば血中の余分な糖が尿と一緒に排出されて血糖値が下がるという仕組みです。

 これを聞くとなんだか簡単そうな薬に思われるようです。糖尿病の薬の説明をするときには、インスリン、グルカゴン、インクレチンなどややこしいホルモンの名前が出てきたり、あるいは「インスリン抵抗性」とか「高インスリン血症」などよく分からない言葉が出てきたりしますから、なぜこの薬が効くのか、ということについてきちんと理解されていない患者さんも実際には少なくありません。一方、SGLT2阻害薬は、いらない糖分を尿と一緒に出してしまう、と言うことができますから分かりやすくて好感がもたれやすいのかもしれません。

 さて、今回お伝えしたいのは、そのSGLT2阻害薬で副作用が、それも重篤な副作用の報告もでてきている、ということです。

 2014年6月13日、日本糖尿病学会は「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」というタイトルの注意勧告(注4)を医師向けに発表しました。この勧告によりますと、脳梗塞3例を含む重篤な副作用が報告されています。

 今後SGLT2阻害薬の使用には充分な注意が必要となるでしょう。

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 注1の「はやりの病気」にも書きましたが、私自身は当分の間、SGLT2阻害薬を処方するつもりはありません。その理由は、副作用を懸念して、ということもありますが、それ以外に、価格が安くないこと(新薬ですから当たり前です)と、昔からある安くて安全な薬だけで多くの症例が改善するからです。糖尿病の治療は「薬を飲むこと」よりも「生活習慣の改善」の方がはるかに重要です。たとえ、既存の薬で血糖値が思うように下がらない症例があったとすれば、それは既存の薬から新薬に替えれば解決するという問題ではありません。むしろ、新薬に頼りすぎて生活習慣の改善をおろそかにする方がはるかに問題です。

 今回日本糖尿病学会が報告した「脳梗塞」についても、私自身はこれからも一定の割合で生じると考えています。「はやりの病気」でも書きましたが、単純に考えて尿の浸透圧が上昇し尿量が増えるでしょうから、脱水状態となり、脳梗塞が起こりうるのです。特に脱水状態に陥りやすい夏場は要注意でしょう。

 こんなことを書き、実際に患者さんにもこの新薬を薦めていない私は製薬会社からすれば「好ましくない医者」ということになるでしょうが、もしもこの文章を製薬会社の人が読んでいれば、気を悪くせずに、医師の仕事は「可能な限り薬の量を減らし、かつ価格も安くおさえること」ということを思い出してもらいたいと思います。

(谷口恭)

注1;下記を参照ください。
はやりの病気第125回(2014年1月)「糖尿病治療の変遷」

注2:これら11社とは、アステラス製薬(株)、寿製薬(株)、MSD(株)、ブリストル・マイヤーズ(株)、アストラゼネカ(株)、小野薬品工業(株)、大正富山医薬品(株)、大正製薬(株)、ノバルティスファーマ(株)、サノフィ(株)、興和(株)です。

注2:4つの製薬会社は、田辺三菱製薬(株)、第一三共(株)、日本イーライリリー(株)、日本ベーリンガーインゲルハイム(株)です。

注4:この注意勧告は下記URLで全文を読むことができます。医師向けに書かれていますが、一般の人が読んでいけないことはないと思います。
http://www.jds.or.jp/common/fckeditor/editor/filemanager/connectors/php/transfer.php?file=/uid000025_7265636F6D6D656E646174696F6E5F53474C54322E706466

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2014年7月28日 月曜日

2014年7月28日 ビタミンBとC、クロレラなどが片頭痛のリスク

  ビタミンやミネラルのサプリメントは最近では有害性の報告ばかりが目立つ、ということをこのサイトでも述べる機会が増えてきていますが、今回の報告もそのような内容です。(もっとも、こういったサプリメントが健康によいとする報告も一部にはあり、そのような情報も紹介していく予定です)

 今回はビタミン剤などのサプリメントが片頭痛の発症率を上昇させる、という台湾の大規模研究です。医学誌『Headache』2013年7月12日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注1)。

 18歳から65歳の合計15,414人が参加した台湾の国民調査(実施は2005年)が解析されています。片頭痛を含む慢性の頭痛を有しているのは、男性の17.2%、女性の32.4%で、サプリメントとの関係は男女で異なるようです。

 男性の場合、イソフラボンのサプリメントを摂取すると、していない場合に比べて頭痛の発症率が3.86倍にもなるそうです。

 女性の場合は、ビタミンB、ビタミンC、緑藻(green algae)(注2)のサプリメントで、頭痛の発症率がそれぞれ1.28倍、1.21倍、1.43倍になるそうです。

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 サプリメントの頭痛の副作用として、論文は見たことがありませんが、私自身の実感としてはイチョウのサプリメントが多いような印象があります。ビタミン剤については実感としてはありませんし、頭痛を引き起こす理論も見当たりませんが、比較的規模の大きい疫学調査ですから今回の結果は重要視すべきだと思います。

 ビタミン剤などのサプリメントは、上に述べたように健康によいとする報告も散見されますが、有害性の報告の方がはるかに多く、おしなべて言えばサプリメントというのはほとんどの人が摂取する必要はありません。

 ただし(ここは重要なポイントです)、サプリメントでなく新鮮な野菜や果物、あるいは海藻からビタミンやミネラルを摂取するのは非常に大切です。ですから、サプリメントにお金をかけるのではなく、新鮮な食材を用いた料理にお金をかけるべきというわけです。

(谷口恭)

注1 この論文のタイトルは「The Association Between Use of Dietary Supplements and Headache or Migraine Complaints」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/head.12180/abstract

注2 緑藻(green algae)というのはおそらくクロレラ(またはその類似物)のことだと思われます。

参考:医療ニュース2014年1月28日「やはりビタミン・ミネラルのサプリメントは利益なく有害」

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2014年7月7日 月曜日

2014年7月7日 「赤ワインが健康に良い」は、もはや幻想・・・

  「フレンチ・パラドックス」という言葉をご存知でしょうか。これは、フランス人はあぶらっこい肉料理を好んで食べて、おまけに喫煙率も高いのに、心筋梗塞など心血管系疾患の罹患率が低いことを表した言葉です。フレンチ・パラドックスの原因として90年代初頭に「赤ワイン」が注目を浴び、日本でも「健康で長生きするために赤ワインを」としきりに言われていた時期がありました。

 しかし、その後の研究などで、フランスでの心血管疾患に対する統計の取り方に問題があることなどが指摘されるようになり、実際のところは他のヨーロッパ諸国と心血管疾患の罹病率に大差がないとする研究が発表されました。

 これをもって、フレンチ・パラドックスは誤りだった、と多くの関係者や医師は考えたわけですが、世の中には簡単には引き下がらない人たちもいるようで、赤ワインに含まれるポリフェノールの1種のレスベラトロールこそが寿命を延ばすんだ、と主張する人たちがでてきました。レスベラトロールのサプリメントも登場し、いまやアメリカだけでレスベラトロールのサプリメントの市場は3,000万ドル(約30億円)にもなるそうです。

 しかし、赤ワインが健康食品として一人歩きしたように、レスベラトロールも有効性が充分に検証されないまま市場に大きく広がってしまいました。(おそらくこの”首謀者”は、赤ワインやサプリメントが好きな医療者や研究者でしょう。マルチビタミンやミネラルなどのサプリメントについては、ここ10年くらいは有害性が次第に指摘されるようになってきていますが、それでもごくわずかとはいえサプリメントを信奉する医師がいるのも事実です)

 そんななか、ついにレスベラトロールが心血管系の予防には無関係であるという研究結果がでました。医学誌『JAMA Internal Medicine』2014年5月12日号(オンライン版)で発表されています(注1)。

 この研究の対象者は、イタリアのトスカーナ州のキャンティと呼ばれる地域(ワイン生産で有名な土地だそうです)に在住の65歳以上の男女783人です。調査期間は1998年から2009年で、各人につき9年間の追跡調査がおこなわれています。期間中に合計268人が死亡し、そのうち174人が心血管系疾患、34人が悪性腫瘍であったようです。

 レスベラトロールの尿中濃度により対象者が4つのグループにわけられています。尿中濃度が最も高いグループと低いグループで死亡率に有意差が認められず、心血管疾患に対しても悪性腫瘍に対しても予防効果はなかったようです。さらに、この研究では、心血管疾患や悪性腫瘍の指標に使われる検査値(C反応性蛋白(CRP)、IL-6、IL-1β、TNFなど)にも、レスベラトロールの濃度による差は一切認められなかったようです。

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 私がこの研究を初めて目にしたのは医学関連の情報ツールではなく、一般の週刊誌(『週間ダイヤモンド』)でした。この研究は少し対象者が少ないように思われますが、一般の週刊誌が取り上げたということはそれだけ世間から強い関心が持たれているということでしょう。

 赤ワインにもレスベラトロールにも長寿や疾患予防への期待はすべきではありませんが、赤ワインを飲んではいけないというわけではもちろんありません。少量の飲酒が心血管系疾患のリスクを減少させるという研究はいくつもあります。ただし、飲み過ぎると健康を害するのは間違いなく、また比較的少量のアルコール摂取でも発ガンリスクが上昇するという研究もあります。

 つまらない結論になりますが、赤ワインに過度な期待をするのではなく、少量を味わって楽しく飲むのが一番いいというわけです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは、「Resveratrol Levels and All-Cause Mortality in Older Community-Dwelling Adults」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1868537&resultClick=3

参考:医療ニュース
2011年10月26日「女性は中年期の適量の飲酒で高齢期が健康に」
2011年9月10日 「適度な飲酒がアルツハイマーを予防」
2010年8月23日「飲酒が関節リウマチに有効?」
2010年5月21日「飲酒によりリンパ系腫瘍のリスクが低減」
2010年4月8日 「適度な飲酒は女性の体重増加を抑制」
2013年10月4日「女性も多量飲酒で脳卒中のリスクが増加」
2011年4月18日「ビール中ジョッキ1杯で発ガンリスクが上昇・・・」
2009年10月8日 「酒飲みの女性は乳ガンになりやすい」

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2014年7月4日 金曜日

2014年7月4日 ヒラメの刺身の食中毒にご用心

 最近医師の間でしばしば話題になる食中毒に「クドア」があります。

 医療者以外の方でこの「クドア」について知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。恥ずかしながら、私自身も2~3年前までは「クドア」という病原体の名前すら知りませんでした。ここ1年くらいの間に医療系のサイトやメーリングリストなどでクドアについての記事を目にする機会が増えてきています。先日参加したある寄生虫関連の講演会でも注目の話題になっていました。

 クドアとは主にヒラメに感染する寄生虫で、刺身を食べたときに食中毒を起こすことがあります。寄生虫ですから熱すれば死滅します。ですから生でヒラメを食べなければ心配する必要はないのですが、ヒラメの刺身が好物という人も少なくないでしょう。

 クドアは正式名を「クドア・セプテンプンクタータ(Kudoa septempunctata)」という舌を噛みそうな名前の寄生虫です。寄生虫というと何やら気持ち悪い生き物を想像する人が多いと思いますが、クドアは気持ち悪いどころか大変美しく花びらのような形をしています。先に紹介した講演会で講演していた医師は、顕微鏡の拡大写真を提示して「女性のワンピースやスカートの柄にすれば売れるだろう」と話していました。これはもちろん冗談ですが、それくらい美しいのです。

 クドアによる食中毒と思わしき症例は2000年以降増加しており、正式にクドアが原因と同定されたのが2010年のようです。その後も増加傾向にあり、2014年1~4月でみると、7件のクドア食中毒が発生し、92人が発症したと報告されています。いずれもヒラメ刺身を食べた後の発症だったようです。2013年は21件、患者数244人の報告ですから単純に考えればほぼ同じペースで推移していることになりますが、ピークが8~10月ですから、今年(2014年)は昨年の記録を上回るかもしれません。

 クドアを含むヒラメを食べるとどうなるかというと、症状は下痢と嘔吐です。しかし重症化することはほとんどなく、自然に治っていくようです。今のところ薬はありません。

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 2013年1年間に保健所に届られた報告が21件、244人と聞くと、たいしたことないな、と感じる人もいるでしょう。しかしこれは実態を反映していません。例えば、スーパーで買ってきた刺身を家で食べて軽い下痢をして保健所に届ける人はいないでしょうし、仮に医療機関を受診したとしても診察した医師はまず保健所には届けないでしょう。症状が重症化しませんから医療機関を受診するケースもそう多くないと思います。また専門医の話によると、状況から疑ったとしても患者の体内からクドアを検出するのは困難なようです。以上から、保健所に届られているクドアの食中毒は氷山の一角といえます。

 予防法としては、ヒラメは生で食べない、ということになりますが、刺身好きの人に対してはそれでは答えになっていないでしょう。寄生虫ですからおそらく冷凍すれば死滅するはずです。しかし、ヒラメの刺身が解凍したものであれば味が落ちることは必至でしょう。下痢や嘔吐のリスクを背負って生で食べる、という人もいるかもしれません。

 ただし、食中毒であることには変わりありませんから、寿司屋などは今後ヒラメの刺身や寿司を出すことを止めるかもしれません。被害にあった人は寿司屋のことを悪く思わないかもしれませんが、例えば集団で発生した場合は診察した医師は保健所に届けざるを得ません。保健所としては食中毒が発生した可能性があれば調査せざるを得ず、クドアが検出されれば一定の期間店を閉めなくてはなりません。そこまでのリスクを背負ってヒラメを供給し続ける店は今後急減するのではないかと私はみています。

(谷口恭)

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2014年6月30日 月曜日

2014年6月30日 今からでも語学を勉強すれば老化の予防に

  以前バイリンガルは認知症になりにくい、というインドの研究を紹介しました(下記参照)。また、決定的なエビデンス(科学的確証)があるとまではいえないものの、語学の習得がアルツハイマーなどの認知症のリスクを下げるとした研究は他にもあります。今回新たに、語学の勉強で脳の老化を防げるという研究が発表されましたので報告したいと思います。

 2つ以上の語学が話せれば高齢になったときに脳の老化が予防できる。そして語学の習得は成人になってからでもかまわない・・・。

 これは医学誌『Annals of Neurology』2014年6月2日(オンライン版)に掲載された研究です(注1)。

 この研究の対象者は1936年にスコットランドで誕生した英語を母国語とする合計853人です。対象者が70代になった2008年から2010年に面談がおこなわれ、語学の習得度と脳の老化との関連性が検討されています。

 対象者のうち262人は英語以外に少なくとも1つ以上の言語を話すことができ、そのうち195人は18歳以前に(うち19人は11歳以前に)2つめの(英語以外の)語学を習得していたそうです。残りの65人(注2)は18歳以降の習得だそうです。160人は2ヶ国語、61人は3ヶ国語、16人は4ヶ国語、8人は5ヶ国後を話す、とされています。170人は日常生活では英語だけを話し、残りの90人は専門分野などで2番目の言語を用いているようです。

 2つ以上の言語を話す人は、70代になってから受けたメンタルスキルテストの結果が良かったようです。そして、興味深いことに、この傾向は幼少期に語学を習得したグループと成人してから習得したグループで差がなかったようです。

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 今回の研究結果は、なんで幼少時期に習字とそろばんをさせられて英語を習わせてくれなかったんだ・・・、と英語が苦手なことを親のせいにしているような人には朗報ではないでしょうか。

 たしかにリスニングとスピーキングについては、幼少時期から始めた方が有利かもしれませんが、読み書きは必ずしもそうではありませんし、今から初めても老化防止になるなら、やはり勉強した方がいいでしょう。

 ただし、論文には、2番目の外国語ができるという表現を「to a degree allowing them to communicate」としています。つまり読み書きだけではダメだということです。なんとか他人とコミュニケーションをとれるレベルにまで持っていく必要がありそうです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Does bilingualism influence cognitive aging?」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.24158/abstract

注2:母国語(英語)以外の語学ができる人が262人、そのうち18歳未満でできるようになった人が195人ですから、それ以降にできるようになった人は262-195=67人になるはずですが、なぜか原文では65人になっています。この差の理由は不明です。また何ヶ国後を話すかの合計人数も262人になりませんがこの理由もわかりません。

参考:
医療ニュース2013年11月30日「バイリンガルは認知症になりにくい可能性」
はやりの病気第95回(2011年7月)「アルツハイマーにどのように向き合うべきか」

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2014年6月30日 月曜日

2014年6月30日 コーヒーで基底細胞癌のリスクが43%も減少

  コーヒーは大変身体にいいもので、生活習慣病や多くのガンのリスクを減少させてくれる、という話はこのサイトで何度もしています。

 何度もそういうことを述べているからなのか、一部の患者さんから「あたし、コーヒー飲めないんですけど、やっぱりマズイですかね~」などと質問されることがときどきあります。コーヒーが健康にいいことを言い過ぎると、飲めない人は傷ついてしまう・・・、ということがあるのかもしれません。しかし、コーヒーがすべてというわけではもちろんなく、他に健康を維持する方法、というよりコーヒーなどより重要なことはたくさんあるわけで、コーヒーが飲めない人はこのような話は軽く聞き流してください。

 さて、今回お伝えしたいのは、皮膚ガンの1種である「基底細胞癌」のリスクがコーヒーを飲むことで43%も減少する、という研究です。医学誌『European Journal Cancer Prevention』2014年5月16日号(オンライン版)に紹介されています(注1)。

 この研究の対象となったのは、米国コネチカット州在住の40歳未満の非ヒスパニック系白人767人です。この研究は前向き研究(これから何人が発症するかをみる研究)ではなく、後ろ向き研究です。つまり、767人のうち、基底細胞癌をすでに発症している377人と、その対照(コントロール)として良性の皮膚疾患を発症している390人を、聞き取りによりコーヒーなどをどれくらい飲んでいたかを調べているのです。

 その結果、最もカフェインをたくさん摂取していたグループでは、まったく摂取していなかったグループに比べて、基底細胞癌発症のリスクが43%も低かったそうです。

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 この研究はコーヒーだけでなく紅茶(論文ではteaとなっていますが、英語でteaと言えば日本茶や緑茶でなく紅茶のことをいいます)も合わせて検討されています。つまり、コーヒーでも紅茶でもいいからカフェインを多く摂っている人は基底細胞癌のリスクが減少していた、というのが結論です。ですから、今回の研究に関していえば、コーヒーが飲めない人は紅茶を飲めばそれでいい、ということになります。

 ところで基底細胞癌というのは、長年の紫外線暴露が最大のリスク要因であり、日本では、例えば農作業に従事していた高齢者などに多いという特徴があります。私がこの論文を読んでまず感じたのは、白人では基底細胞癌を発症する40歳未満がそんなにも多いのか、ということです。私はこれまで40歳未満どころか、50代の基底細胞癌も診たことがありません。

 そういう意味ではこの研究は日本人には縁のない話かもしれません。日本人が基底細胞癌のリスクを減らすのに重要なことは、カフェインをたくさん摂る、ではなくて、若い頃から紫外線対策をしっかりおこなう、ということです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Tea, coffee, and caffeine and early-onset basal cell carcinoma in a case?control study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://journals.lww.com/eurjcancerprev/Abstract/2014/07000/Tea,_coffee,_and_caffeine_and_early_onset_basal.11.aspx

参考:
医療ニュース2013年4月18日「コーヒーでも緑茶でも脳卒中のリスク低減」
医療ニュース2013年1月8日「コーヒーで口腔ガン・咽頭ガンの死亡リスク低下」
医療ニュース2012年12月3日 「コーヒーも紅茶も生活習慣病に有効」
医療ニュース2012年10月1日 「コーヒーは消化管疾患と無関係」
医療ニュース2010年5月24日 「紅茶で大腸ガンのリスクが上昇?」
はやりの病気第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
はやりの病気第30回(2006年4月)「コーヒー摂取で心筋梗塞!」

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2014年6月16日 月曜日

2014年6月16日 梅毒が増えていると言うけれど・・・

  ここ1~2ヶ月の間、梅毒が増えているという新聞記事を目にする機会が多いように思われます。記事のタイトルの例(すべてオンライン版)を少し紹介すると・・・

「梅毒、若い男性に増加 妊婦通し胎児にうつる恐れも」 日経新聞(2014年5月23日)
「梅毒、都市部の男性中心に拡大 昨年、21年ぶり千人超」 朝日新聞(2014年6月6日)                                                             「梅毒が東京でアウトブレイク」 読売新聞(2014年5月20日)
「梅毒が若年層に増加 昨年1000人超、「過去の病気」ではない!」産経新聞(2014年4月6日)
「梅毒、なぜか急増 3年で倍、国が注意喚起 検査拡大が必要」共同通信(2014年5月27日)

 なぜこのような報道がおこなわれているかというと、2013年の梅毒の届出件数が例年に比べて増加しているからです。

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 しかしこれは実態を反映していないと私は考えています。つまり、梅毒が突然急激に増えたのではなく単に届けられる件数が増えただけです。感染症の発生動向は、その感染症の種類によって充分に注意をしなければなりません。一般に、重症となりうる感染症については発表される感染者数は比較的正確です。なぜなら診断した医師は届出をおこなわなければならないと考えるからです。HIVがその代表でしょう。ですからHIVについては、医療機関で診断がついた人数と届出された人数にそれほど差はないといえます。(ただし検査を受けておらず感染していることに気付いていない人は大勢います)

 一方梅毒は、治療をすれば比較的簡単に治る疾患ということもあり、医師が届けていないことがまあまああるのです。届出を怠れば(たしか)50万円以下の罰金則があったと思うのですが、実際にこれを払った医師というのは聞いたことがありません。届出を怠るのは医師の怠慢ではないか、という声があるでしょうが、届出義務があることを知らない医師も少なくないというのが実情です。

 梅毒の届出数が実態を反映していない理由は他にもあります。例えば、医師が梅毒の診断をつけられなかったけれど、リンパ節の腫脹や皮膚症状から抗菌薬を処方して結果的に治った、というケースも少なくないと思われます。また、梅毒がHIVと異なるのは、自然治癒もありうるということです。いつのまにか感染していつのまにか治っていたというケースではそもそも医療機関を受診しません。あるいは細菌性扁桃炎や細菌性腸炎など他の理由で抗菌薬の投与を受け、たまたま感染していた梅毒も治ってしまったと思われる例も少なくありません。

 もちろんHIVと同じように、感染していて治療が必要だけれども、無症状のために検査を受けていない、という人も大勢いるに違いありません。

 では、現在日本に梅毒に感染している人は実際にはどれくらいいるかというと、発表されている人数の数倍から十数倍にはなるのではないかと私はみています。日本ではHIV陽性者の多くが男性同性愛者であるのに対し、梅毒は女性やストレートの男性にも珍しくありません。実際、太融寺町谷口医院の患者さんをみてみても、梅毒は性別や性指向に関係なくみつかります。

梅毒は簡単に治る病気ではありますが、発見が遅れると、脊髄まで進行して車椅子の生活を余儀なくされたり、母子感染で奇形が生じたりすることもあります。

 新しいパートナーができれば性交渉を持つ前に検査、が最善ですが、突然生まれるロマンスもあるでしょう。今からでも遅くはないので交際しているカップルは二人で検査を受けるべきです。現在パートナーがいないという人でも思い当たる行為のある人は検査を受けるべきでしょう。

(谷口恭)

参考:「増え続ける梅毒」(NPO法人GINAウェブサイトより)

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2014年6月2日 月曜日

2014年6月2日 オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性

 不整脈というのは治療を要しない軽症のものまで含めると多くの人が持っていますが、重症のものであれは時に致死的になることもあります。比較的よくあるもので重症化するのが心房細動と呼ばれる不整脈です。長嶋茂雄さんが脳梗塞をおこされリハビリに励まれているのは有名ですが、この脳梗塞の原因が心房細動と言われています。

 心房細動の病態は心臓の一部が細かく震えるということですが、これが続くと小さな血の塊ができて、その血の塊が脳の血管を詰まらせてしまい、脳梗塞を発症するのです。心房細動がやっかいなのは、元々心臓の病気を持っている人が起こしやすいのは事実ですが、そのような心臓の病気を持っていなくてもほとんど誰にでも起こりうるということです。

 高齢になればなるほど発症しやすいのは事実ですが、30代でも珍しくありません。また喫煙や肥満、高コレステロール、高血糖、高血圧などのいわゆる心血管系疾患のリスクがまったくなくても発症します。運動をしてもリスクが減るわけではなく、むしろ激しいトレーニングをしているアスリートのリスクが上がることが指摘されています。長嶋茂雄さんに発症したことからもそれは分かるでしょう。

 さて、その心房細動の予防については(私の知る限り)ほとんど有効なものが報告されていないのですが、最近、オリーブオイルが有効かもしれない、という研究が発表されましたので報告します。

 医学誌『Circulation』2014年4月30日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、オリーブオイル摂取で心房細動のリスクが有意に低下するそうです。

 この研究はスペインのナバラ大学(University of Navarra)公衆衛生学教室のMiguel Á. Martínez-González氏らによっておこなわれています。

 研究の対象は、追跡開始時点で心房細動を発症していなかった6,705人です。対象者は、オリーブオイルを積極的に摂取するグループ(2,292人)、ナッツ類を積極的に摂取するグループ(2,210人)、カロリー制限食を実施するグループ(2,203人)の3つにわけられ、平均4.7年間の追跡調査がおこなわれました。

 その結果、心房細動を発症したのは、オリーブオイルのグループで3.1%(72人/2,292人)、ナッツのグループで3.7%(82人/2,210人)、カロリー制限のグループで4.2%(92人/2,203人)だったそうです。これらを統計学的に解析すると、カロリー制限のグループに比べ心房細動のリスクが、オリーブオイルのグループでは38%、ナッツのグループでは11%低下するという結果になったそうです。

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 この研究を受けて、というわけではないと思いますが、私がときどき行くレストランのサラダバーのドレッシングのコーナーにオリーブオイルが置かれていました。早速試してみると、不味くはないのですが、酸味と辛さが物足りなく感じました。しかし、オリーブオイルを中心にして、酢と塩こしょうで味を調えれば、オリジナルのオリーブオイルドレッシングをつくることができるのではないかと思いました。(まだ試していませんが・・)

 和食は今でも世界一の健康食と考えている人は少なくありませんが、最近の医学論文を読んでいると、そのような和食の栄光も「今は昔・・」というような気がします。最近もてはやされるのは地中海食ばかりです。そしてその主役が、今回紹介した研究でも取り上げられているオリーブオイルとナッツです。

 私は食べ物とかグルメ関係の情報には疎いのですが、現在の日本で地中海食というのはどの程度注目されているのでしょうか。そもそも「地中海食」の定義はどのようなものになるのでしょう。ギリシャ料理とポルトガル料理ではあまり似ていないような気がしますし、ギリシャのパスタは不味いけれどフェリーで15時間のイタリアに入ったとたんに突然美味くなる、という話を複数の知人から聞いたことがあります。モロッコやチュニジアの料理も地中海料理になるのでしょうか。また、トルコ料理はどうなるのでしょう。

 一度このあたりで日本人の食に詳しい人に地中海料理について解説してほしいのですがそのような人はいないのでしょうか・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Extra-Virgin Olive Oil Consumption Reduces Risk of Atrial Fibrillation: The PREDIMED Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/early/2014/04/30/CIRCULATIONAHA.113.006921.abstract?sid=e50b739c-6b2b-4578-b683-1e170ea5cbcc

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第109回(2012年2月号)「糖質制限食はダイエットにどこまで有効か」

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2014年5月31日 土曜日

2014年5月31日 日焼け止めサプリに要注意!

 4月から5月になると紫外線が原因で悪化する皮膚疾患が急増するために、太融寺町谷口医院では私も看護師も紫外線対策の重要性をしつこいくらいに話しています。どのような疾患が多いかというと、一番多いのはアトピー性皮膚炎の悪化、次に多いのが口唇ヘルペスでしょうか。

 ここ数年間で増えているのがアトピーとは関係のない湿疹です。花粉や黄砂の影響を受けているであろう湿疹が目立ちますが、紫外線が原因の湿疹も少なくありません。紫外線単独というよりは、薬剤性光線過敏症が疑わしい症例が少なくなく、サプリメント(特にビタミン剤)によると思われる光線過敏が増えてきているような印象があります。

 紫外線の害はこのような急性症状だけではありません。よく知られているように将来の皮膚の老化の原因になりますし、日光角化症のような悪性疾患のリスクにもなります。

 つまり、小児(成長に紫外線が必要です)やヴィーガンと呼ばれる完全なベジタリアン(食品からビタミンDが摂れませんから紫外線をあびなければなりません)などを除けば、紫外線というのは有害性の方が遙かに高いというわけです。

 そこで紫外線対策が重要になるわけですが、サンスクリーン(日焼け止め)を毎朝塗って、剥がれてくればまた塗って・・・、というのはけっこう大変な作業です。そこで飲むだけで紫外線対策OKというサプリメントに頼りたくなるのは人間の心情でしょう。

 前置きが長くなりましたが、お伝えしたいのは、この「日焼け止めサプリ」というものは有効性が実証されておらず、米国皮膚科学会(American Academy of Dermatology)が警告を出しているということです(注1)。

 同会の警告を簡単にまとめると次のようになります。

・日焼け止めサプリメントの有効性は実証されていない
・FDA(米国食品医薬品局)が認めている日焼け止めは外用剤のみ
・SPF15以上のサンスクリーンは、皮膚ガンのリスクや皮膚老化を抑えることが科学的に証明されている
・米国皮膚科学会としてはSPF30以上のサンスクリーンを使用することを推薦する

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 最近患者さんから、日焼け止めサプリについての質問をよく受けるようになり、どのような製品があるのかを調べてみました。少なくとも日本の大手のサプリメントのメーカーからは発売されておらず、海外製品の個人輸入が多いようです。

 私自身もサンスクリーンを塗るのが面倒くさいと感じますし、きちんと塗れていなかったためにまだら様の日焼けをしてしまったこともあって、もしも「日焼け止めサプリ」があれば飛びつきたいのですが、当分そのようなものの登場には期待できないでしょう・・・。

(谷口恭)

注1:この発表(警告)のタイトルは「American Academy of Dermatology statement on oral supplements for sun protection」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.aad.org/stories-and-news/news-releases/american-academy-of-dermatology-statement-on-oral-supplements-for-sun-protection

参考:はやりの病気第15回(2005年8月)「日焼け -日光皮膚炎-」

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2014年5月30日 金曜日

2014年5月30日 ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言

  2011年にポリオ(急性灰白髄炎)という言葉がマスコミに頻繁に登場しましたが、これはまだ記憶に新しいものと思います。この年には、国が認可していない不活化ワクチンを神奈川県は独自に輸入し神奈川県民への接種を開始し、厚生労働省と対立するかたちになりました。その後、”正式な”(つまり国の認可を受けた)不活化ワクチンが、単独ワクチンとしては2012年9月1日に、4種混合ワクチン(他の3種は百日咳、破傷風、ジフテリア)としては2012年11月1日に導入されました。

 20世紀の終わり頃からポリオウイルスは世界的に減少傾向であり、WHO(世界保健機関)は2005年に世界全体での根絶宣言を発表する予定でした。しかし、実際には根絶には至らず、2010年の時点でインド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4ヶ国で発症の報告がありました。さらに2011年7月には中国で4例の報告があり蔓延が懸念されていました。

 その後、あまり報道はなかったのですが、2014年1月、インドで過去3年間発症がないことが確認され、世界全体での根絶に近づいたかに思われました。

 ところが、です。2014年5月5日、WHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of International Concern, PHEIC)という緊急事態宣言をおこなったのです。(注1)

 WHOによりますと、従来から感染者の報告のあった、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアに加え、2014年4月29日までに、カメルーン、赤道ギニア、エチオピア、イスラエル、ソマリア、シリア、イラクで新たに感染者の報告があったそうです。

 WHOは、各国に警戒を呼びかけ、予防接種などの対策を急ぐよう求めています。

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 今回WHOが発表した国というのは、日本人があまり渡航しないような国が多いのは事実ですが、WHOは感染が急速に広がっていることを懸念しています。ということは、今後アフリカ、中東、一部のアジアから世界中に広がる可能性もあるということになります。

 小さいお子さんはもちろんですが、成人も安心してはいられません。不活化ワクチンよりも強力な生ワクチンを子どもの頃に接種しているから大丈夫、そのように考えている人も多いようですが、過信しない方がいいでしょう。私自身が自分の抗体を調べたところ、ポリオの2型は陽性でしたが、1型と3型は陰性でした。

 ポリオはワクチンで防ぐことのできる感染症(VPD)です。後で後悔することのないように、小児はもちろんですが成人の方も海外によくでかける人は検討した方がいいかもしれません。

(谷口恭)

注1:WHOのこの声明文のタイトルは「WHO statement on the meeting of the International Health Regulations Emergency Committee concerning the international spread of wild poliovirus」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/polio-20140505/en/

また、下記のURLで、FORTH(厚生労働省検疫所)が作成した上記声明の和訳を読むことができます。
http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/05071419.html

参考:はやりの病気第100回(2011年12月)「不活化ポリオワクチンの行方」

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