医療ニュース

2013年8月5日 一流スポーツ選手とうつ病の意外な関係

   強靱な肉体を持つ一流のスポーツ選手はうつ病などとは縁がないに違いない・・・。常識的にはそのように考えられているのではないでしょうか。ところが、まったく正反対の研究結果が報告されました。

 医学誌『Clinical Journal of Sport Medicine』2013年7月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、カナダのオリンピックチーム及び世界選手権大会(World Championship)のチームの選手のうつ病の頻度が調べられ、その結果、上位の選手はうつ病の頻度が高いことが判ったようです。

 具体的な数字が上げられて次のような結論が導かれています。

・試合前の調査では、68%の選手が大うつ病エピソード(major depressive episode)を有しており、女性が男性に比べると有意に多かった。(「大うつ病エピソード」とは専門用語ですが、わかりやすく言えば、明らかな抑うつ気分や意欲の減退などが長期間に渡り認められるエピソードのことです)

・ 試合後の調査では、選手の34%がうつ病の診断基準を満たしており、26%が軽度から中等症の抑うつ症状を自覚していた。

・上位25%にいる選手はうつ病の頻度が2倍高かった。そして、成績不振とうつ病には明らかな関連があった。

 研究者は、この研究結果から、一流スポーツ選手のうつ病の頻度は従来指摘されていたものよりも高く適切なメンタルケアが必要であろうと述べています。

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 冒頭で述べたように、私自身が、スポーツ選手は肉体だけでなく強い精神力をもち精神疾患とはあまり縁がないであろう、と以前は漠然と思っていました。

 ところが、太融寺町谷口医院(開院当時は「すてらめいとクリニック」)を開院した頃から、スポーツ選手からメンタル面の相談を受けることが増えてきました。スポーツ選手といっても、プロと言っていい人から趣味を少し超えている程度の人まで様々ですが、私の印象としては、野球やサッカーといったチームスポーツよりも、ひとりで戦わなければならないスポーツ、具体的には格闘家と陸上選手にメンタル面で悩んでいる人が多いように感じています。

 陸上、特にマラソンをしている患者さんからメンタル面の相談を受けると、東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉選手を思い出してしまいます。円谷選手は「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」と書かれた遺書(注2)を残して自殺しました。

 一度、ある格闘技をしているという患者さんに、この点について率直に聞いてみたことがあります。「当院にはメンタル面で不調を抱える格闘技をしている患者さんが少なくありません。格闘家というのは肉体だけでなく強い精神を持っているのかと思っていたので意外です・・」と言うと、その患者さんは、「その逆ですよ。つまり弱いメンタルを克服したいから格闘技を始める者もいるのです・・」と答えられました。

 私はこのとき目が覚めたような気がしました。スポーツ選手はメンタルトラブルを起こしにくいだろうというのは、私の単なる思い込みであり、そのような先入観が治療の妨げになっていたのではないかと考え反省することになりました。

 スポーツで鍛えた根性があれば挫折を乗り越えられる、などと言われることもありますが、今回の研究では、むしろ試合でいい成績を出せなかったという蹉跌がうつ病の引き金になっています。

 スポーツを若い頃から積極的におこなうことは大変重要なことと私は考えていますが、スポーツを積極的にしている人であればあるほど周囲の人間はメンタルサポートを考えるべきなのかもしれません。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「The Prevalence of Failure-Based Depression Among Elite Athletes」で下記のURLで概要(abstract)を読むことができます。尚、論文の第一著者(first author)はHammond Thomas氏ですが、所属についてはabstractからはわかりませんでした。

http://journals.lww.com/cjsportsmed/Abstract/2013/07000/The_Prevalence_of_Failure_Based_Depression_Among.5.aspx

注2:円谷選手の遺書は何度読んでも胸に響きます。下記は、沢木耕太郎著『敗れざる者たち』(文春文庫)収録の「長距離ランナーの遺書」より抜粋したものです。

父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒りんご美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正雄兄姉上様 お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん,幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、ご心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。

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