医療ニュース

2014年6月16日 月曜日

2014年6月16日 梅毒が増えていると言うけれど・・・

  ここ1~2ヶ月の間、梅毒が増えているという新聞記事を目にする機会が多いように思われます。記事のタイトルの例(すべてオンライン版)を少し紹介すると・・・

「梅毒、若い男性に増加 妊婦通し胎児にうつる恐れも」 日経新聞(2014年5月23日)
「梅毒、都市部の男性中心に拡大 昨年、21年ぶり千人超」 朝日新聞(2014年6月6日)                                                             「梅毒が東京でアウトブレイク」 読売新聞(2014年5月20日)
「梅毒が若年層に増加 昨年1000人超、「過去の病気」ではない!」産経新聞(2014年4月6日)
「梅毒、なぜか急増 3年で倍、国が注意喚起 検査拡大が必要」共同通信(2014年5月27日)

 なぜこのような報道がおこなわれているかというと、2013年の梅毒の届出件数が例年に比べて増加しているからです。

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 しかしこれは実態を反映していないと私は考えています。つまり、梅毒が突然急激に増えたのではなく単に届けられる件数が増えただけです。感染症の発生動向は、その感染症の種類によって充分に注意をしなければなりません。一般に、重症となりうる感染症については発表される感染者数は比較的正確です。なぜなら診断した医師は届出をおこなわなければならないと考えるからです。HIVがその代表でしょう。ですからHIVについては、医療機関で診断がついた人数と届出された人数にそれほど差はないといえます。(ただし検査を受けておらず感染していることに気付いていない人は大勢います)

 一方梅毒は、治療をすれば比較的簡単に治る疾患ということもあり、医師が届けていないことがまあまああるのです。届出を怠れば(たしか)50万円以下の罰金則があったと思うのですが、実際にこれを払った医師というのは聞いたことがありません。届出を怠るのは医師の怠慢ではないか、という声があるでしょうが、届出義務があることを知らない医師も少なくないというのが実情です。

 梅毒の届出数が実態を反映していない理由は他にもあります。例えば、医師が梅毒の診断をつけられなかったけれど、リンパ節の腫脹や皮膚症状から抗菌薬を処方して結果的に治った、というケースも少なくないと思われます。また、梅毒がHIVと異なるのは、自然治癒もありうるということです。いつのまにか感染していつのまにか治っていたというケースではそもそも医療機関を受診しません。あるいは細菌性扁桃炎や細菌性腸炎など他の理由で抗菌薬の投与を受け、たまたま感染していた梅毒も治ってしまったと思われる例も少なくありません。

 もちろんHIVと同じように、感染していて治療が必要だけれども、無症状のために検査を受けていない、という人も大勢いるに違いありません。

 では、現在日本に梅毒に感染している人は実際にはどれくらいいるかというと、発表されている人数の数倍から十数倍にはなるのではないかと私はみています。日本ではHIV陽性者の多くが男性同性愛者であるのに対し、梅毒は女性やストレートの男性にも珍しくありません。実際、太融寺町谷口医院の患者さんをみてみても、梅毒は性別や性指向に関係なくみつかります。

梅毒は簡単に治る病気ではありますが、発見が遅れると、脊髄まで進行して車椅子の生活を余儀なくされたり、母子感染で奇形が生じたりすることもあります。

 新しいパートナーができれば性交渉を持つ前に検査、が最善ですが、突然生まれるロマンスもあるでしょう。今からでも遅くはないので交際しているカップルは二人で検査を受けるべきです。現在パートナーがいないという人でも思い当たる行為のある人は検査を受けるべきでしょう。

(谷口恭)

参考:「増え続ける梅毒」(NPO法人GINAウェブサイトより)

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2014年6月2日 月曜日

2014年6月2日 オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性

 不整脈というのは治療を要しない軽症のものまで含めると多くの人が持っていますが、重症のものであれは時に致死的になることもあります。比較的よくあるもので重症化するのが心房細動と呼ばれる不整脈です。長嶋茂雄さんが脳梗塞をおこされリハビリに励まれているのは有名ですが、この脳梗塞の原因が心房細動と言われています。

 心房細動の病態は心臓の一部が細かく震えるということですが、これが続くと小さな血の塊ができて、その血の塊が脳の血管を詰まらせてしまい、脳梗塞を発症するのです。心房細動がやっかいなのは、元々心臓の病気を持っている人が起こしやすいのは事実ですが、そのような心臓の病気を持っていなくてもほとんど誰にでも起こりうるということです。

 高齢になればなるほど発症しやすいのは事実ですが、30代でも珍しくありません。また喫煙や肥満、高コレステロール、高血糖、高血圧などのいわゆる心血管系疾患のリスクがまったくなくても発症します。運動をしてもリスクが減るわけではなく、むしろ激しいトレーニングをしているアスリートのリスクが上がることが指摘されています。長嶋茂雄さんに発症したことからもそれは分かるでしょう。

 さて、その心房細動の予防については(私の知る限り)ほとんど有効なものが報告されていないのですが、最近、オリーブオイルが有効かもしれない、という研究が発表されましたので報告します。

 医学誌『Circulation』2014年4月30日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、オリーブオイル摂取で心房細動のリスクが有意に低下するそうです。

 この研究はスペインのナバラ大学(University of Navarra)公衆衛生学教室のMiguel Á. Martínez-González氏らによっておこなわれています。

 研究の対象は、追跡開始時点で心房細動を発症していなかった6,705人です。対象者は、オリーブオイルを積極的に摂取するグループ(2,292人)、ナッツ類を積極的に摂取するグループ(2,210人)、カロリー制限食を実施するグループ(2,203人)の3つにわけられ、平均4.7年間の追跡調査がおこなわれました。

 その結果、心房細動を発症したのは、オリーブオイルのグループで3.1%(72人/2,292人)、ナッツのグループで3.7%(82人/2,210人)、カロリー制限のグループで4.2%(92人/2,203人)だったそうです。これらを統計学的に解析すると、カロリー制限のグループに比べ心房細動のリスクが、オリーブオイルのグループでは38%、ナッツのグループでは11%低下するという結果になったそうです。

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 この研究を受けて、というわけではないと思いますが、私がときどき行くレストランのサラダバーのドレッシングのコーナーにオリーブオイルが置かれていました。早速試してみると、不味くはないのですが、酸味と辛さが物足りなく感じました。しかし、オリーブオイルを中心にして、酢と塩こしょうで味を調えれば、オリジナルのオリーブオイルドレッシングをつくることができるのではないかと思いました。(まだ試していませんが・・)

 和食は今でも世界一の健康食と考えている人は少なくありませんが、最近の医学論文を読んでいると、そのような和食の栄光も「今は昔・・」というような気がします。最近もてはやされるのは地中海食ばかりです。そしてその主役が、今回紹介した研究でも取り上げられているオリーブオイルとナッツです。

 私は食べ物とかグルメ関係の情報には疎いのですが、現在の日本で地中海食というのはどの程度注目されているのでしょうか。そもそも「地中海食」の定義はどのようなものになるのでしょう。ギリシャ料理とポルトガル料理ではあまり似ていないような気がしますし、ギリシャのパスタは不味いけれどフェリーで15時間のイタリアに入ったとたんに突然美味くなる、という話を複数の知人から聞いたことがあります。モロッコやチュニジアの料理も地中海料理になるのでしょうか。また、トルコ料理はどうなるのでしょう。

 一度このあたりで日本人の食に詳しい人に地中海料理について解説してほしいのですがそのような人はいないのでしょうか・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Extra-Virgin Olive Oil Consumption Reduces Risk of Atrial Fibrillation: The PREDIMED Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/early/2014/04/30/CIRCULATIONAHA.113.006921.abstract?sid=e50b739c-6b2b-4578-b683-1e170ea5cbcc

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第109回(2012年2月号)「糖質制限食はダイエットにどこまで有効か」

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2014年5月31日 土曜日

2014年5月31日 日焼け止めサプリに要注意!

 4月から5月になると紫外線が原因で悪化する皮膚疾患が急増するために、太融寺町谷口医院では私も看護師も紫外線対策の重要性をしつこいくらいに話しています。どのような疾患が多いかというと、一番多いのはアトピー性皮膚炎の悪化、次に多いのが口唇ヘルペスでしょうか。

 ここ数年間で増えているのがアトピーとは関係のない湿疹です。花粉や黄砂の影響を受けているであろう湿疹が目立ちますが、紫外線が原因の湿疹も少なくありません。紫外線単独というよりは、薬剤性光線過敏症が疑わしい症例が少なくなく、サプリメント(特にビタミン剤)によると思われる光線過敏が増えてきているような印象があります。

 紫外線の害はこのような急性症状だけではありません。よく知られているように将来の皮膚の老化の原因になりますし、日光角化症のような悪性疾患のリスクにもなります。

 つまり、小児(成長に紫外線が必要です)やヴィーガンと呼ばれる完全なベジタリアン(食品からビタミンDが摂れませんから紫外線をあびなければなりません)などを除けば、紫外線というのは有害性の方が遙かに高いというわけです。

 そこで紫外線対策が重要になるわけですが、サンスクリーン(日焼け止め)を毎朝塗って、剥がれてくればまた塗って・・・、というのはけっこう大変な作業です。そこで飲むだけで紫外線対策OKというサプリメントに頼りたくなるのは人間の心情でしょう。

 前置きが長くなりましたが、お伝えしたいのは、この「日焼け止めサプリ」というものは有効性が実証されておらず、米国皮膚科学会(American Academy of Dermatology)が警告を出しているということです(注1)。

 同会の警告を簡単にまとめると次のようになります。

・日焼け止めサプリメントの有効性は実証されていない
・FDA(米国食品医薬品局)が認めている日焼け止めは外用剤のみ
・SPF15以上のサンスクリーンは、皮膚ガンのリスクや皮膚老化を抑えることが科学的に証明されている
・米国皮膚科学会としてはSPF30以上のサンスクリーンを使用することを推薦する

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 最近患者さんから、日焼け止めサプリについての質問をよく受けるようになり、どのような製品があるのかを調べてみました。少なくとも日本の大手のサプリメントのメーカーからは発売されておらず、海外製品の個人輸入が多いようです。

 私自身もサンスクリーンを塗るのが面倒くさいと感じますし、きちんと塗れていなかったためにまだら様の日焼けをしてしまったこともあって、もしも「日焼け止めサプリ」があれば飛びつきたいのですが、当分そのようなものの登場には期待できないでしょう・・・。

(谷口恭)

注1:この発表(警告)のタイトルは「American Academy of Dermatology statement on oral supplements for sun protection」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.aad.org/stories-and-news/news-releases/american-academy-of-dermatology-statement-on-oral-supplements-for-sun-protection

参考:はやりの病気第15回(2005年8月)「日焼け -日光皮膚炎-」

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2014年5月30日 金曜日

2014年5月30日 ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言

  2011年にポリオ(急性灰白髄炎)という言葉がマスコミに頻繁に登場しましたが、これはまだ記憶に新しいものと思います。この年には、国が認可していない不活化ワクチンを神奈川県は独自に輸入し神奈川県民への接種を開始し、厚生労働省と対立するかたちになりました。その後、”正式な”(つまり国の認可を受けた)不活化ワクチンが、単独ワクチンとしては2012年9月1日に、4種混合ワクチン(他の3種は百日咳、破傷風、ジフテリア)としては2012年11月1日に導入されました。

 20世紀の終わり頃からポリオウイルスは世界的に減少傾向であり、WHO(世界保健機関)は2005年に世界全体での根絶宣言を発表する予定でした。しかし、実際には根絶には至らず、2010年の時点でインド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4ヶ国で発症の報告がありました。さらに2011年7月には中国で4例の報告があり蔓延が懸念されていました。

 その後、あまり報道はなかったのですが、2014年1月、インドで過去3年間発症がないことが確認され、世界全体での根絶に近づいたかに思われました。

 ところが、です。2014年5月5日、WHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of International Concern, PHEIC)という緊急事態宣言をおこなったのです。(注1)

 WHOによりますと、従来から感染者の報告のあった、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアに加え、2014年4月29日までに、カメルーン、赤道ギニア、エチオピア、イスラエル、ソマリア、シリア、イラクで新たに感染者の報告があったそうです。

 WHOは、各国に警戒を呼びかけ、予防接種などの対策を急ぐよう求めています。

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 今回WHOが発表した国というのは、日本人があまり渡航しないような国が多いのは事実ですが、WHOは感染が急速に広がっていることを懸念しています。ということは、今後アフリカ、中東、一部のアジアから世界中に広がる可能性もあるということになります。

 小さいお子さんはもちろんですが、成人も安心してはいられません。不活化ワクチンよりも強力な生ワクチンを子どもの頃に接種しているから大丈夫、そのように考えている人も多いようですが、過信しない方がいいでしょう。私自身が自分の抗体を調べたところ、ポリオの2型は陽性でしたが、1型と3型は陰性でした。

 ポリオはワクチンで防ぐことのできる感染症(VPD)です。後で後悔することのないように、小児はもちろんですが成人の方も海外によくでかける人は検討した方がいいかもしれません。

(谷口恭)

注1:WHOのこの声明文のタイトルは「WHO statement on the meeting of the International Health Regulations Emergency Committee concerning the international spread of wild poliovirus」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/polio-20140505/en/

また、下記のURLで、FORTH(厚生労働省検疫所)が作成した上記声明の和訳を読むことができます。
http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/05071419.html

参考:はやりの病気第100回(2011年12月)「不活化ポリオワクチンの行方」

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2014年5月16日 金曜日

2014年5月16日 帯状疱疹発症後の脳卒中に注意

  帯状疱疹は水痘(みずぼうそう)のウイルスが成人になってから神経をつたって皮膚表面にやってくる痛みの伴う病気です。従来は高齢者に多いとされていましたが、最近では若い人でも過重労働がある人やストレスが多い人などでは発症することが珍しくありません。

 帯状疱疹を発症した直後には脳卒中のリスクが急上昇する・・・

 これは医学誌『Clinical Infectious Diseases』2014年4月2日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注1)。ロンドン衛生熱帯医学校(London School of Hygiene & Tropical Medicine)の研究者が、イギリス内の625以上のプライマリケア医(総合診療科医)の患者情報データベースを分析し、帯状疱疹を発症しその後脳卒中を起こした合計6,584人の情報を解析しています。

 その結果、帯状疱疹発症後から4週間以内に脳卒中を発症するリスクは、帯状疱疹を発症していないときに比べて63%高いことが判ったそうです。4週間を過ぎればリスクは低下していきますが、それでも5~12週後では42%リスクが高く、6ヶ月後でも23%リスクが高いそうです。

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 この研究は対象者数も少なくなく信憑性の高い結果といえそうです。とすると、帯状疱疹を発症すれば、その後の脳卒中にビクビクと怯えながら生活しないといけないのか、と感じてしまいますがそうでもありません。

 この研究では、「脳卒中のリスクは経口抗ウイルス薬で有意に低下する」ことも導かれています。帯状疱疹の治療を受けていない症例では、治療を受けた症例に比べて脳卒中のリスクがおよそ2倍になることも判ったそうです。

 ということは、帯状疱疹を疑えば直ちに医療機関を受診する、ということが重要になります。それから忘れてはいけないのは、「なぜ帯状疱疹を発症したのか」についての検討です。

 帯状疱疹は免疫力が低下したときに発症します。特に2回目以降の発症は徹底的に調べるべきです。その原因として、悪性腫瘍、膠原病、HIVなどが潜んでいることがしばしばあるのです。もしも、このような基礎疾患がなくて帯状疱疹を複数回発症しているなら、相当ストレスを抱えた生活をしてないか、極度の過重労働がないか、そういったことも考えなければなりません。

 ところで海外では帯状疱疹のワクチンがあり、ある程度の有効性が指摘されています。帯状疱疹の原因ウイルスは「水痘帯状疱疹ウイルス」ですから水痘(みずぼうそう)のワクチンと同じもの?、と思ってしまいますが、海外で用いられている帯状疱疹ワクチンというのは通常の水痘ワクチンに比べて抗原量が10倍(つまり、弱毒化させたウイルスが多量に入っている)とされています。

 日本にはこのワクチンがありませんから、通常の水痘ワクチンで帯状疱疹を予防する試みがあり有効性があるという報告もありますが、大規模調査はありません。

 日本は他の国にさきがけて超高齢化社会に突入しているわけですから、日本こそが帯状疱疹のワクチン導入を積極的に検討しなければならない、と私は考えているのですが、今のところそのような動きはないようです・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Risk of Stroke Following Herpes Zoster: A Self-Controlled Case-Series Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cid.oxfordjournals.org/content/early/2014/03/25/cid.ciu098.full?sid=2b5528d5-d9e7-47df-bdb5-a9c779779dab

参考:はやりの病気第71回(2009年7月)「帯状疱疹とヘルペスの混乱」

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2014年5月12日 月曜日

2014年5月12日 世界の脂肪酸摂取、バルバドスが最優秀?

 脂肪酸についてはこのサイトでも取り上げたことがありますし、最近はマスコミでも、どのようなものを食べるべきか、サプリメントはどうか、一部医薬品として認められたものは実際はどうなのか、といったことがしばしば議論されています。

 医学誌『British Medical Journal』2014年4月15日号(オンライン版)で世界各国(地域)の脂肪酸の摂取の状況が報告されました(注1)。この論文によると、脂肪酸の摂取状況は世界で随分と異なるようです。具体的にいくつか紹介しようと思いますが、先に脂肪酸について簡単にまとめておきます。(より詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。飽和脂肪酸は肉のアブラに含まれているもので食べ過ぎるといかにも身体に悪そうなイメージがあると思います。では、不飽和脂肪酸ならいいのかというとそうではありません。不飽和脂肪酸は3つに分けて考えると理解がしやすいでしょう。

 ひとつめは「トランス脂肪酸」と呼ばれるもので、マーガリンやフライドポテトに多量に含まれていることで有名です。ファストフードの利用が多い人は要注意で、可能な限り減らしていかなければなりません。
 
 ふたつめは「ω6系脂肪酸」でゴマ油、コーン油、ベニバナ油などに含まれているものです。なんとなく身体によさそうな気がしますが、多くの人はω3系に比べて摂りすぎる傾向にあります。飽和脂肪酸やトランス脂肪酸よりはましだけれども摂りすぎに注意しなければならない、と理解しておくのがいいでしょう。

 3つめが「ω3系脂肪酸」で、端的にいってしまえばこれが一番身体にいいもので積極的に摂る必要があります。ならばサプリメントや医薬品で摂ってしまうのが手っ取り早い、と考えられるかもしれませんが、それほど単純なものではなく、食品から摂らなければ効果が期待できないとする研究もあります。(詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 さて、件の論文についてですが、ここではトランス脂肪酸とω3系脂肪酸について紹介します。

 トランス脂肪酸の摂取量が多い国(地域)は、(多い順に)エジプト、パキスタン、カナダ、メキシコ、バーレーンと続きます。少ないのは、(少ない順に)バルバドス、ハイチ、カリブ海の島国、エチオピア、エリトリアと続きます。

 ω3系脂肪酸は魚介類からの摂取と植物からの摂取が分けられています。魚介類からの摂取が多いのは、(多い順に)モルディブ、バルバドス、セーシェル、アイスランド、マレーシア、タイ、デンマーク、韓国、日本です。少ないのは、(少ない順に)ジンバブエ、レバノン、パレスチナ、ボツワナ、ギニアビサウと続きます。

 植物からのω3系脂肪酸摂取が多い国は、(多い順に)ジャマイカ、中国、イギリス、チュニジア、アンゴラ、セネガル、アルジェリア、カナダ、アメリカです。少ないのは、(少ない順に)ソロモン諸島、スリランカ、コモロ、セントルシア、フィリピンと続きます。

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 この結果をみると、なるほどと頷けるものと意外なものがあります。

 トランス脂肪酸摂取が多い国は、カナダを除けばあぶらっこい肉料理がメインの国が多いようでこれは理解しやすいのではないでしょうか。少ない国は、肉をあまり食べずに魚介類を豊富に食べているところです。エチオピアは内陸国ですが、隣のエリトリアから魚介類がたくさん入ってくるのでしょう。

 魚介類由来のω3系が多い国は魚をよく食べる国と理解していいと思うのですが、日本がマレーシアやタイよりも少ないというのが意外です。また、新鮮な魚介類が豊富に料理に含まれているイタリアやスペインなど地中海諸国が入っていないのも意外です。少ない国は魚料理をほとんど食べないような地域ですからこれは頷けます。

 植物由来のω3系は最も意外です。これについては論文のなかで少し解説があります。カナダで摂取量が多いのはキャノーラ油が豊富に用いられるからだそうです。中国とアメリカではchiaと呼ばれる植物の種をよく食べるそうです。このchiaという植物について、私は聞いたことがないのですが、そんなによく食べられているものなのでしょうか。それほどω3系脂肪酸が豊富なら今後健康食品として流行るかもしれません。

 植物由来のω3系が少ないのがすべて島国ということに注目すべきでしょう。しかも南太平洋、南アジア、インド洋、カリブ海、東南アジア、と世界中に分布しているところが興味深いといえます。しかし、同じ島国のジャマイカが世界一の摂取国というのがさらに興味を駆り立てます。

 ところでこの論文を読んで私が真っ先に感じたのは「バルバドス料理ってどんな料理?」というものです。トランス脂肪酸摂取が少ない国とω3系脂肪酸摂取が多い国の両方にランクインしたのはこの国だけです。

 バルバドス、日本人もしばしば訪れるカリブ海に浮かぶこの小国に対する私のイメージは「リゾートアイランド」というだけで、料理はどのようなものなのか、などということを考えたことがありませんでした。遠すぎて気軽に行けないところですが、バルバドス料理に関する今後の研究に注目したいと思っています。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Global, regional, and national consumption levels of dietary fats and oils in 1990 and 2010: a systematic analysis including 266 country-specific nutrition surveys」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g2272

参考:メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」

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2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 MERS、感染者も死亡者も着実に増加

 このサイトで何度かお伝えしているMERS(中東呼吸器症候群)は、まだ日本人の発症者がいないこともあり日本のマスコミではほとんど報道されていないようですが、医療者の間では次第に注目度が高くなってきています。ビジネスや観光で中東に渡航する人も少なくありませんから、太融寺町谷口医院でも中東方面に渡航する人には注意を促すようにしています。

 前回MERSについてお伝えしたのは2013年12月ですが、この時点での世界での感染者は160人でそのうち死亡者は68人でした。この数字が着実に増加しています。WHOの発表によりますと、2014年4月24日現在までに報告された感染者数は243人で死亡は93人に昇っています(注1)。

 MERSの原因はコロナウイルスの一種で発生源は中東です。これまでの感染者は中東諸国の人々とヨーロッパ人でした。ヨーロッパ人の感染者の大半は中東に渡航したときに感染していますが、渡航していないヨーロッパ人にも感染例があります。感染力は弱いもののヒトからヒトへの感染もあるからです。またサウジアラビアでは患者からの院内感染で看護師や別の患者に感染した例も報告されています。

 中東とヨーロッパに限られていたMERSの報告ですが、今月(2014年4月)にはマレーシアでの感染が報告されています。50代のマレーシア人男性が2014年3月にサウジアラビアに旅行に行き、帰国後発症し医療機関を受診してから1週間以内に死亡したようです。この男性はサウジアラビア渡航中にラクダと接触していたことが判っており、そのラクダからの感染が疑われているようです。

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 同じコロナウイルスが原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)がアウトブレイクしたのは2002年ですが、その後1年もたたない間に(なぜか)終息しその後は鳴りを潜めています。ちなみにSARSでは合計8,069人が感染しそのうち775人が死亡しています。死亡率は9.6%ということになります。

 一方、MERSは2012年9月に初の報告があり、それから1年半以上が経過し、じわじわと着実に増えています。SARSの感染力は大変強く、ヒトからヒトに一気に広がったのに対し、MERSはヒトからヒトへの感染力は強くなく感染者数の増加のスピードはゆるやかです。しかし死亡率は4割近くに昇ります。

 MERSの動物の感染源は、ラクダはほぼ確実のようですが、他の動物も安心はできません。また感染力が弱いとはいえヒトからヒトへの感染もある以上、人混みは危険かもしれませんし、何らかの事情で中東の病院を受診することになったときには院内感染の可能性もでてきます。MERSにはワクチンがありませんし治療薬もありません。中東方面に渡航される方はWHOのサイトや外務省の「海外安全ホームページ」(注2)などを参照し、情報収集と充分な対策が必要でしょう。

注1:WHOの下記ページを参照ください。
http://www.who.int/csr/don/2014_04_24_mers/en/

注2:外務省の「海外安全ホームページ」の該当ページは下記URLを参照ください。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo.asp?infocode=2014C143

参考:医療ニュース
2013年12月2日「MERSの最新情報」
2013年6月28日(金)「新型コロナ(MERS)の最新情報」
2013年5月27日(月)「新型コロナ、人から人への感染がほぼ確実・・・」

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2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 豆類がコレステロールを下げる

  「まごわやさしい」というのは、愛媛大学の吉村裕之医師が提唱された健康にいい食事の覚え方です。簡単に解説しておくと、ま(マメ)、ご(ゴマ)、わ(ワカメ)、や(野菜)、さ(魚)、し(しいたけ)、い(イモ)をバランスよく食べることが健康につながる、というものです。

 食事に関する最近の流行りは「糖質制限」で、一部の患者さんは、あたかも糖質を「毒」のように考えていて、いかに食事から糖質を除去するかに躍起になっていて驚かされます。糖質制限はたしかにダイエットにも糖尿病にも効果がありますが、極端な制限は危険であり、いったん成功した人も長続きせずに元の木阿弥に・・・、ということも少なくありません。

 一方、「まごわやさしい」のようにバランスよく身体にいいものを食べるという方法には危険性がありませんし、長続きさせることも可能です。「まごわやさしい」は、伝統的な和食から摂取できるものばかりですし、実際に提唱者の吉村医師はそれを主張されているそうです。

 2013年12月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により和食が「無形文化遺産」に登録されました。これは日本人としてもちろん喜ばしいことでありますが、最近の世界の医学界では日本料理が<健康食>ともてはやされたのはすでに過去の話であり、現在ではそれほど注目されていないような印象が私にはあります。

 そして日本料理よりもずっと健康であると位置づけられているのが地中海料理です。その地中海料理についてはいずれ詳しく取り上げたいと思いますが、ここでは、和食と同様に材料に「ごまわやさしい」が豊富に使われていることと、ナッツ(豆類)については日本料理以上に使われていることを指摘しておきたいと思います。

 前置きが長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「豆類がコレステロールを下げる」ということです。

 医学誌『Canadian Medical Association Journal』2014年4月7日(電子版)に掲載された論文(注1)に豆類がコレステロールを下げるという研究結果が掲載されています。もっとも、豆類のコレステロール低下効果については以前から指摘されていました。今回の研究では、過去に豆類摂取とコレステロール低下について調査された研究を総合的に分析(メタ分析)することにより検証がおこなわれています。

 研究者は、これまでに発表されている合計26件の疫学調査を分析しています。対象者は合計1,037人です。豆類を摂取したグループ(摂取量の中央値は130グラム/日)は、摂取しなかったグループに比べてLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の値が有意に低下していたそうです。グループ間でのLDLコレステロールの差は平均で6.58mg/dL(0.17mmol/L)だったそうです。

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 豆やナッツは油分が多いので太るとか肌荒れをするとか言う人がいますが、おそらくこれらは都市伝説のようなものではないかと私はみています。少なくとも私自身は豆やナッツで肥満になるとか肌荒れを起こすとかいった科学的な論文をみたことがありません。しかし、アーモンドやピーナッツを食べ過ぎると翌日に必ず肌荒れをおこす、という人はけっこう多い印象があります・・・。

 コレステロールを下げるには「スタチン」と呼ばれるグループの薬を使うのが最も一般的な方法で、副作用がないわけではありませんがスタチンの有用性はかなり社会に浸透してきており、欧米ではまだコレステロールが高くない人も予防的に内服すべきではないか、という議論もある程です。(いずれスタチンについても詳しく取り上げたいと思います)

 しかし、スタチンがいくら安全で有用性の高いものであったとしても、食事でコレステロールを安定させることの方が重要なのはあきらかでしょう。日本料理でも地中海料理でも豆類やナッツを積極的に加えてみてはどうでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Effect of dietary pulse intake on established therapeutic lipid targets for cardiovascular risk reduction: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials」で、下記のURLで概要を読むことができます。ちなみに「豆」の英語は一般的にはbeanを使いますが、「豆類」というときには(dietary) pulseと言います。私は以前このことを知らなくてpulseを「脈拍」もしくは「パルス療法(薬剤を大量の投与する治療法)」のことと思い込んで論文がまるで理解できなかったことがあります。
http://www.cmaj.ca/content/early/2014/04/07/cmaj.131727

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

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2014年4月14日 月曜日

2014年4月14日 妊婦・授乳婦・乳児のマクロライド系抗菌薬のリスク

  前回は、妊婦さんがアセトアミノフェンを服用すると生まれてくる子どものADHDのリスクが上がるかもしれない、という研究結果をお伝えしましたが、今度は抗生物質(抗菌薬)のリスクについて最近発表された研究を紹介したいと思います。

 妊婦や授乳婦、乳児がマクロライド系抗菌薬を使うと、幽門狭窄症に罹患するリスクが上昇する・・・

  医学誌『British Medical Journal』2014年3月11日号(オンライン版)(注1)にこのような研究が報告されました。幽門狭窄症とは、胃の出口(十二指腸の手前)の筋肉が肥厚して内腔が閉塞し、食べたものがつまってしまう疾患です。食後の嘔吐で発覚されることが多く、徐々に進行することもあれば突然発症することもあります。治療は、飲み薬で治ることもありますが、手術になることが多いといえます。

 研究では、1996年から2011年に出産した母親999,378人とその子どもが対象とされ、マクロライド系抗菌薬の使用と幽門狭窄症発症との関係が調べられています。これらの母親のうち30,091人(3.0%)が妊娠中に、21,557人(2.2%)が出産から分娩120日までにマクロライド系抗菌薬を使用し、6,591人(0.6%)の乳児が生後120日までに投薬されていたそうです。

 妊婦・授乳婦・乳児のリスクは次のようになったそうです。数字は、マクロライド系抗菌薬を使わなかった場合に比べて幽門狭窄症に罹患するリスクが何倍になるかを示しています。

<乳児>
・生後0~13日に使用    29.8倍
・生後14~120日に使用     3.24倍

<授乳婦>
・分娩0~13日の使用    3.49倍
・分娩14~120日後の使用 リスクなし
<妊婦>
・妊娠0~27週の使用          1.02倍
・妊娠28週から分娩までの使用 1.77倍

 この研究の対象となった母子に使われたマクロライド系抗菌薬は、エリスロマイシン、アジスロマイシン、ロキシスロマイシン、クラリスロマイシン、スピラマイシンだったそうで、最も多く使われたのはエリスロマイシンだったそうです。

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 抗菌薬は使わないに超したことはなく、ウイルス性の感冒ではもちろん使いませんし、細菌性のものであっても重症でなければ使うべきではありません。しかし、どうしても使わざるをえないケースもあります。例えば、乳児が百日咳に罹患すると、咳が重症化し呼吸が止まることもありますから抗菌薬が必要になります。百日咳にはマクロライドがよく効きますからこの場合は使わざるを得ないでしょう。百日咳はワクチンで防げる病気ですが、第1回目のワクチン接種は生後3ヶ月以降になります。

 妊婦さんでときどき問題になるのが、クラミジア子宮頚管炎が妊婦健診などで発覚する場合です。地域にもよりますが、若い妊婦さんの10%近くが妊婦健診でクラミジアが発覚するという報告もあるくらいですから、決して珍しい感染症ではありません。そして、クラミジア子宮頚管炎が見つかった場合、マクロライド系抗菌薬を使わざるをえません。(クラミジアに有効で、かつ妊婦さんに使える抗菌薬はマクロライド系しかありません)

 妊婦さんがクラミジア子宮頚管炎に罹患した場合、早期破水や早産のリスクになることが知られていますし、そもそもクラミジアという細菌が多数増殖した子宮のなかで赤ちゃんを育てるべきでないのは自明でしょう。しかし一方で、治療薬であるマクロライド系抗菌薬を用いると幽門狭窄症のリスクにつながる、というわけです。もちろん、一番いいのは妊娠する前にきちんと検査を受けておくことです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Use of macrolides in mother and child and risk of infantile hypertrophic pyloric stenosis: nationwide cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g1908

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年4月4日 金曜日

2014年4月4日 妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?

 妊婦さんが風邪をひいて受診、妊婦さんが耐えられない頭痛で受診、ということは太融寺町谷口医院でもよくあるのですが、妊婦さんに対する薬にはいくら注意してもしすぎることはありません。妊婦さんに薬を処方することもありますが、「絶対に何も問題がありません」と言って出せる薬はありません。妊婦さんに処方することのある薬も、伝統的に妊婦さんにも使われていて特に副作用の報告がないようなものに限られます。

 風邪をひいたときの発熱や咽頭痛に、あるいは慢性の頭痛や関節痛のある妊婦さんに処方できる薬といえばアセトアミノフェンになります。アセトアミノフェンは新生児にも使うことがありますし、あらゆる解熱鎮痛剤のなかでもっとも安全だと言われています。(アセトアミノフェンの詳細については下記コラム「鎮痛剤を上手に使う方法」を参照ください) アセトアミノフェン以外では漢方薬を用いることもありますが、インフルエンザを含む風邪症状によく用いる麻黄湯は動悸を生じることがあるため、妊婦さんには少し処方しにくいと言えます。葛根湯あたりであれば比較的処方されやすいですが、それでも動悸などの副作用がないわけではありません。

 そのアセトアミノフェンについて、妊婦さんが内服すると出生児がADHD(注意欠陥多動性障害)を発症するリスクが上昇するという研究が米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のZeyan Liew氏らによりおこなわれ、医学誌『JAMA Pediatr』2014年2月24日(オンライン版)(注1)に掲載されました。
 
 この研究は、デンマークの周産期母児合併症に関する調査(Danish National Birth Cohort)に参加した合計64,322人の妊婦さんが対象です。妊娠中のアセトアミノフェン内服と、出生児のADHDリスクとの関連性が検討されています。

 調査の結果、まず妊婦さんの半数以上(56%)がアセトアミノフェンを妊娠中に内服していたことが判りました。妊娠中にアセトアミノフェンを内服していた場合、内服していなかった場合に比べて、子どもがADHDの診断を受けたり、薬物療法が開始されたりする割合が有意に高かったようです。(具体的には、出生児が多動性障害(hyperkinetic disorder、HKD)と診断されるリスクが1.37倍、ADHDの薬物療法が開始されるリスクが1.29倍、7歳の時点でADHDを疑う問題行動を生じるリスクが1.13倍とされています)

 また、妊婦さんがアセトアミノフェンを内服した期間が長いほど、内服量が多いほど、これらのリスクは上昇したそうです。

 このような結果に対し、研究者らは、アセトアミノフェンが胎盤関門を通過できることを指摘し、アセトアミノフェンに内分泌攪乱作用があり、性ホルモンや甲状腺ホルモンといった母体から分泌されるホルモンに影響を与えるのではないか、あるいはアセトアミノフェン自体が何らかの神経毒性があるのではないか、と考察しています。そして、「アセトアミノフェンを妊娠中の安全な薬と考えるべきではない」と述べています。しかし同時に、「さらなる研究が必要である」とも述べています。

 この研究に対し、英国ウエールズのCardiff UniversityのMiriam Cooper氏は、同じ医学誌にコメントを載せています(注2)。Cooper氏は、妊娠中のアセトアミノフェンと神経発達異常との関連性について否定はしていませんが、「因果関係を断じるには時期尚早であり、現時点で臨床を変えてはならない、つまり、慎重さは必要だが従来通りアセトアミノフェンを必要な症例においては使用すべき」、という見解を述べています。

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 激しい痛みや高熱を我慢すれば、その我慢が母体にストレスを与え胎児に影響を及ぼす可能性が出てきます。もちろん薬は安易に使うべきではありませんが、内服するメリットと薬の副作用のリスクをよく考えた上で、必要と判断されれば使うべきです。

 今後のさらなる研究を待ちたいと思います。

(谷口恭)

参考:メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

注1:この論文のタイトルは「Acetaminophen Use During Pregnancy, Behavioral Problems, and Hyperkinetic Disorders」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833486&resultClick=3

注2:この論文(論評)のタイトルは「Antenatal Acetaminophen Use and Attention-Deficit/Hyperactivity DisorderAn Interesting Observed Association But Too Early to Infer Causality」で、下記URLで一部を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833483&resultClick=3

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