医療ニュース
2014年9月2日 火曜日
2014年9月2日 血液検査でわかる自殺のリスク
自殺をするリスクが血液検査でわかる・・・
このような論文が医学誌『The American Journal of Psychiatry』2014年7月30日号(オンライン版)に掲載され(注1)議論をよんでいます。
研究者らは「SKA2」と呼ばれる遺伝子に注目しています。SKA2という遺伝子が変異を起こすと、つまりこの遺伝子が働きにくくなると、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの制御がきかなくなり、過剰に分泌されることは以前から指摘されていました。
研究者らが実際に自殺を図った人のSKA2遺伝子を調べてみると、正常に機能していないことが多いことが判ったそうです。つまり、自殺しやすい人は、SKA遺伝子が働かない→コルチゾールの分泌量が増える→ストレスが増加する→自殺のリスクが上昇する、というわけです。
研究者らは合計325人の対象者の血液検査をおこない、SKA2がどのような状態で自殺のリスクが上昇するかを検討し、自殺をほのめかしている患者が実際に自殺を図るかどうかが約80%説明できる検査方法を考案したそうです。
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この研究は医療者の間で現在物議を醸しており、これからも注目されていくと思います。自殺にいたった過程は様々であり、ほとんどのケースで自殺の原因をクリアカットに説明することなどできません。にもかかわらず、この研究ではたった1つの遺伝子で80%が説明できるとしているのです。
ただ、自殺をするほど思い詰めている人の血中コルチゾールが相当上昇していることは間違いないでしょう。コルチゾールは唾液でも測れますから、ストレスがどの程度貯まっているかを調べるのに唾液のコルチゾール濃度を測定するのは有効な方法かもしれません。(近いうちに簡易キットが誰にでも入手できるようになるかもしれません)
普段楽観的な人でも強烈なストレスを感じる環境に身を置けばコルチゾールは上がります。ですからコルチゾールの濃度が一時的に高くなるのは正常です。この研究で言っているのは、SKA2遺伝子に生まれ持っての変異があればそれだけで自殺のリスクが上昇する、ということであり、もしも健康診断や人間ドックで調べられるようになれば、おそらく調べたいという人が出てくるでしょう。それを知ってしまったことで余計に自殺を考え出す人がいるかもしれません。また、この検査を入社時の健診時に会社側が黙っておこなえば(もちろん違法ですが)人事に影響を与える可能性もなくはありません。
たったひとつの遺伝子で自殺の予測を80%説明できるとしているこの研究が正しいかどうか、さらにこの遺伝子を検査することに倫理的な問題がないのかどうか、こういったことをこれから議論していく必要があるでしょう。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Identification and Replication of a Combined Epigenetic and Genetic Biomarker Predicting Suicide and Suicidal Behaviors」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://ajp.psychiatryonline.org/article.aspx?articleID=1892819&resultClick=3
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|2014年9月1日 月曜日
2014年9月1日 パンや麺類でなくお米で良い睡眠
数年前から流行している「糖質制限」の影響を受けて、炭水化物はすっかり不人気になってしまいました。極端な人になると、炭水化物があたかも”毒”であるかのように考えて可能な限り日常の食事から除去しているようです。しかし、以前別のところで述べたように、極端な糖質制限は、たしかに短期間で大きく体重が減少しますが、それを継続することは極めて困難で、結局挫折して体重も元通り、という人が少なくないのです。
ただ、自身の体重や血糖値、その他健康上の問題点を考慮した上で、緩徐な糖質制限は有効な場合も多く、おしなべて言えば炭水化物をもう少し減らすべき人が少なくないのも事実です。多くの人にとって、飲みに行った後のしめのラーメン、パスタについてくるパンの食べ過ぎ、お好み焼き定食(お好み焼きにご飯は炭水化物過剰です)、などはすぐにでもやめるべきでしょう。
何かと悪者になりがちな炭水化物ですが、もちろん、人間が生きていく上で炭水化物は必要な栄養素です。「美味しい」ということ以外にいいことはないのかというと、「お米で良質な睡眠が得られる」という研究結果が発表されましたのでここに報告します。
医学誌『PLoS One』2014年8月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、20~60歳の1,848人の日本人男女を対象とした研究がおこなわれ、米・パン・麺類の摂取量と睡眠の質との関係が調べられています。食べたものの内容も睡眠の質も質問票を用いてデータが収集されたようです。
その結果、米をたくさん食べると質のいい睡眠が得られるという結果がでたようです。パンでは摂取量と睡眠の質には関連性がなく、麺類は摂取量が多いと睡眠の質が低くなる、という結果になったそうです。
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お米好きの人には嬉しい結果に見えますが、私自身はもう少し検討の余地があるのではないかと考えています。その理由は2つあります。
1つは、論文ではGI値(グリセミック指数)の違いが睡眠の質に影響を与えるのではないか、つまりGI値が高い炭水化物はよい睡眠が得られるのではなか、と考察されているのですが、お米といっても、白米と玄米では異なりますし(この理屈でいくと、GI値の低い玄米では質のいい睡眠が得られない、ということになります)、パンにも様々な種類のものがあります。麺類はうどんとそばでは異なるでしょうし、ベトナムのフォーやタイのクイッティアオのように米からつくられている麺もあります。つまり、「米」「パン」「麺類」といったグループ分けではおおまかすぎて現実的でないということを指摘しておきたいと思います。
もうひとつは、元々よく睡眠がとれる人にお米好きが多い、ということはないのか、ということです。つまり、米を食べるから良い睡眠、ではなく、良い睡眠を取る人は米をよく食べる、という可能性を検討する必要はないのか、ということを言いたいのです。
例えば、夕食に米を食べる人は家で炊飯器でお米を炊いて家族と一緒に過ごしている可能性が高いでしょう。一方、一人暮らしの人や生活習慣が乱れている人のなかには、ついつい夕食をコンビニのパンやパスタですませたり、終電間際に駅前でラーメンを掻き込んだりしている人もいるでしょう。このような人たちは生活習慣が乱れていて、そのせいで睡眠の質がよくないことは充分ありえます。
不眠など睡眠障害で悩んでいる人は少なくありません。さらなる研究を待ち「良い睡眠のための食事療法」のようなものが将来的に提唱されることを期待したいと思います。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Associations between Rice, Noodle, and Bread Intake and Sleep Quality in Japanese Men and Women」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0105198
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|2014年8月29日 金曜日
2014年8月29日 デング熱の国内感染が確実
先日、米国でチクングニアの国内感染が報告されたというニュースをお伝えしましたが、今度は日本でデング熱の国内感染が報告されました。
すでに一般のマスコミでも報じられていますが、ポイントを簡単に確認しておきたいと思います。
2014年8月27日、厚生労働省は埼玉県在住で海外渡航歴のない19歳女性の学生がデング熱ウイルスに感染したことを公表しました(注1)。翌日の8月28日、東京都は東京都在住のやはり海外渡航歴のない20代男性がデング熱を発症したことを発表しました(注2)。さらに一部のマスコミは、3例目となる埼玉県在住の20代女性が感染したことを28日に報じています。
マスコミの報道によりますと、3人は都内の同じ学校の同級生だそうです。8月初旬から20日頃にかけて、代々木公園の渋谷門付近で、学園祭に向けたダンスの練習をしていたとのことです。練習には約30人が参加していたそうですが、現時点では他の同級生には症状はないそうです。
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デング熱の日本での発生が多かったのは太平洋戦争の頃です。アジアや南洋で感染した兵隊が帰国後に発症したというわけです。この頃に、日本にいた蚊が感染者を刺したときに血液内にいたウイルスを吸入して別の人間に感染させた、つまり国内で感染した例がどれくらいあったのかは分かりません。
21世紀になってからの状況は、国内では毎年100~200人程度の報告がありますが、すべて海外で感染し国内で発症したとされていました。しかし、2014年1月、厚生労働省は、観光で日本を訪問していたドイツ人女性が2013年8月に日本国内で感染した可能性があることを発表しました(詳しくは下記「はやりの病気」も参照ください)。
しかし、報告はこのドイツ人女性1例のみで他に発症例はなく、ウイルスを保有している蚊も見つかっていませんから、私自身は日本での感染ということを疑っていました。例えば、この女性がドイツから乗った飛行機がその前にアジア方面に就航しておりデング熱ウイルスを持った蚊が貨物などに紛れていた可能性は否定できるのか、と思うわけです。
一方、今回の3人の同級生の感染は国内での感染がほぼ確実でしょう。3人とも海外渡航歴がないと報じられており、代々木公園と羽田空港では距離がありすぎます。
デング熱ウイルスは軽症例もあれば不顕性感染(感染しても無症状)もあります。もちろんそのような人は医療機関を受診しません。こういった人を蚊が刺して別の人に刺すとデング熱が蔓延していく可能性もなくはありません。
これからは日本にいる間も本格的な蚊対策が必要になるかもしれません。少なくとも蚊のいるシーズンに公園など蚊が生息している場所に行くときは長袖長ズボン着用で、虫除けのスプレーやクリーム(DEETと呼ばれるものです)を準備すべきでしょう。
ちなみに、デング熱が注目されているのは日本だけでなく、数年前から台湾、さらに香港・マカオでも問題になっています。2014年7月には広東省で40例以上の感染が報告されているようです。
(谷口恭)
注1:厚生労働省の発表は下記URLを参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20140827-01.pdf
注2:東京都の発表は下記URLを参照ください。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/08/20o8sf00.htm
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|2014年8月22日 金曜日
2014年8月22日 コーヒーで顔のシミも減少
コーヒーは大変身体にいいもので、生活習慣病や多くのガンのリスクを減少させてくれる、という話はこのサイトで何度もおこない、皮膚疾患については基底細胞癌のリスクを大きく減少させるという研究があることを過去に述べました(下記医療ニュース参照)。
今回は、顔面のシミが少なくなる、という研究について報告します。対象は日本人の女性です。医学誌『International Journal of Dermatology』2014年7月11日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注1)。
研究の対象は30~60歳の日本人の女性131人です。アンケートにより、食事内容、コーヒーなどの飲料摂取の状況などを調べ、シミの評価はデジタル写真を撮影し分析したようです。コーヒーの摂取量が多いほどシミのスコアが統計学的に有意に減少するという結果がでたそうです。
研究者らは、コーヒーに含まれるポリフェノールがシミの抑制作用の原因だと考えているようです。
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以前コーヒーでリスクが下がるということを伝えた「基底細胞癌」は、長年紫外線に暴露されることがリスクとなります。今回のシミが減少するという結果と合わせて検討すると、コーヒーは紫外線から肌を守り、その結果、シミの発生を抑制し、基底細胞癌のリスクも下げる、と考えれば筋が通ります。
紫外線の対策はサンスクリーン(日焼け止め)が基本であり、コーヒーを飲むだけで紫外線が予防できるわけでは決してありませんが、コーヒー好きの人には嬉しい報告と言えるでしょう。
(谷口恭)
参考:医療ニュース2014年6月30日「コーヒーで基底細胞癌のリスクが43%も減少」
はやりの病気第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
注1:この論文のタイトルは「Skin photoprotection and consumption of coffee and polyphenols in healthy middle-aged Japanese females」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ijd.12399/abstract
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|2014年8月22日 金曜日
2014年8月22日 運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性
あまり日本のマスコミでは報道されませんが、「座りっぱなし」の生活が生活習慣病の大きなリスクになるということを過去何度かお伝えしてきました。(下記メディカルエッセイなど)
座りっぱなしのリスクが難儀なのは、ただ座って過ごす、それだけで健康を害するリスクが上昇し、食事に気をつけようが、運動を定期的におこなおうが、このリスクが軽減しない、ということが指摘されているからです。
ただ、現代人の生活をするのであればまったく座らないというわけにはいきませんし、常識的に考えれば、座りっぱなしの時間をほどほどにして循環動態がよくなる有酸素運動などをおこなえば少しくらいはリスクが下がるのではないの?と思う人もいるでしょう。(実は私もそう思います。というか「思いたい」です。なぜなら、仕事にしても読書にしても映画にしても、ある程度長時間座る生活を完全にやめることはできないからです)
そのような”期待”に応えてくれるかもしれない論文が公表されましたのでお知らせ致します。
座りっぱなしの生活をしていても、フィットネスの時間もとれば健康への長期的影響が少なくなる可能性がある・・・。
これは医学誌『Mayo Clinic Proceedings』2014年7月14日(オンライン版)に掲載された論文(注1)で述べられていることです。
この研究では、米国テキサス州ダラスにあるクリニックの男性患者約1,300人が対象とされています。テレビを見て過ごす時間と車に乗っている時間(つまり「座りっぱなし」の時間)を問診で調査し、運動との関連を調べています。
その結果、フィットネスクラブなどでの運動を積極的におこなっている人は高血圧などのリスクを低下させる可能性があることが分かったそうです。
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この論文を読めば多少ほっとできる人も少なくないのではないでしょうか。「座りっぱなし」が挽回のしようのない健康上のリスクファクターならば、映画館では立ち見が、バーに行くなら立ち飲みが基本になってしまうかもしれません。
しかし、この論文でもリスクを減らす可能性があると言っているだけで、「座りっぱなし」が生活習慣病のリスクであることには変わりありません。デスクワークをしている人なら、定期的に立ち上がる癖をつける、とか、ドライバーの人なら信号待ちの時間に腰を上げてみる、といった取り組みはやるべきでしょう。
もちろん定期的な有酸素運動も誰もがすべき、と私は考えています。
(谷口恭)
参考:メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
注1:この論文のタイトルは「Sedentary Behavior, Cardiorespiratory Fitness, Physical Activity, and Cardiometabolic Risk in Men: The Cooper Center Longitudinal Study.」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.carenet.com/news/general/hdn/38415?utm_source=m1&utm_medium=email&utm_campaign=2014072700
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|2014年8月18日 月曜日
2014年8月18日 米国国内で蚊からチクングニアに感染
今、世界で最も注目されている感染症といえば、西アフリカでアウトブレイクしているエボラ出血熱ですが、米国で報道されたチクングニアも見逃せません。(エボラ出血熱については今月(2014年8月)号の「はやりの病気」で取り上げる予定です)
チクングニアというのは蚊に刺されることにより、蚊の体内にいたチクングニアウイルスが人の体内に侵入して高熱や倦怠感、関節痛などが発症する感染症です。流行している地域も東南アジアから南アジアが中心ですから、イメージとしてはデング熱と同じようなものと考えて差し支えないと思います。
そのチクングニアがアメリカ人に発症し米国では大きな話題になっています。なぜ大きな話題になっているかというと、海外に渡航していないアメリカ人2人が感染したからです。つまり、チクングニアウイルスを媒介する蚊が米国内に存在するということを意味するのです。
感染したアメリカ人はいずれもフロリダ州在住で、1人は41歳の女性、もう1人は50歳の男性です。2人とも最近は海外渡航をしていないそうです(注1)。
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この2人はどのようにしてチクングニアに感染したのでしょうか。私はカリブ海から来た飛行機や船の中、あるいは貨物の中に蚊がまぎれこんで米国にたどり着いたのではないかと思ったのですが、別の見方もあるようです。
それは、カリブ海で蚊にさされてチクングニアに感染した人が米国に渡航し、米国にいる蚊がその人を吸血したときにチクングニアウイルスを体内に取り込み、別の人を吸血するときにそのウイルスを感染させる、というストーリーです。このようなことが簡単に起こるのならば、今後爆発的な速度でチクングニアが蔓延する可能性もなくはありません。
チクングニアという感染症はここ数年で私が耳にする機会が飛躍的に増えてきています。私の場合はNPO法人GINAの関係でタイとつながりがあるというのが最たる理由ですが、増えているのはタイだけでなくアジア全域にかけてです。
さらに興味深いことにここ1~2年の間にカリブ海でアウトブレイクしています。国立感染症研究所感染症情報センターのウェブサイト(注2)には、1952年~2005年の「チクングニアの報告症例の分布」というタイトルの世界地図が掲載されているのですが、なんとこの図ではカリブ海の報告がゼロになっているのです。つまりカリブ海付近の中米諸国では、これまでになかったチクングニアという感染症がここ数年の間に爆発的に増えているということです。
チクングニアの日本での報告は、今のところ、海外で感染し帰国後に発症した例に限られているようですが、これからは米国のように国内での感染例も増えていくかもしれません。
(谷口恭)
注1:米国では多くのメディアがこの話題を取り上げています。例えばUSA Todayは「Nasty chikungunya virus gaining traction in U.S.」というタイトルで報道しています。詳しくは下記URLを参照ください。
http://www.usatoday.com/search/Nasty%20chikungunya%20virus%20gaining%20traction%20in%20U.S./
注2:国立感染症研究所感染症情報センターによるチクングニアの情報は下記URLを参照ください。
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k07/k07_19/k07_19.html
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|2014年7月31日 木曜日
2014年7月31日 糖尿病新薬「SGLT2阻害薬」の副作用
糖尿病の治療がここ数年でドラスティックに変化してきた、ということを以前述べました(注1)。今年(2014年)に入って相次いで新薬が発売されているのが「SGLT2阻害薬」と呼ばれるもので、すでに5つの製品(スーグラ、フォシーガ、ルセフィ、デベルザ、アプルウェイ)が発売されています。
同じ薬効を持つ薬が半年で5種類も発売になったということに驚かされますが、さらに驚くのはこの5つの薬剤を販売している製薬会社が11社(注2)もあるということです。薬の世界ではこのように同じものを複数の製薬会社が発売するということがしばしばあります。複数の会社が販売権を有することになり、ライバル会社が同じ薬の販売でしのぎを削っているのです。これだけ多数の製薬会社が販売に携わっているということは、それだけ市場が大きいことが見込まれている、ということです。さらに、SGLT2阻害薬は、今年中に2つのものが発売になる予定で合計4つの製薬会社が販売する予定です(注3)。
SGLT2阻害薬の作用機序は大変シンプルです。糖尿病は血液中に糖が多いのだからその糖を尿と一緒に出してしまえ、というもので、この薬を飲めば血中の余分な糖が尿と一緒に排出されて血糖値が下がるという仕組みです。
これを聞くとなんだか簡単そうな薬に思われるようです。糖尿病の薬の説明をするときには、インスリン、グルカゴン、インクレチンなどややこしいホルモンの名前が出てきたり、あるいは「インスリン抵抗性」とか「高インスリン血症」などよく分からない言葉が出てきたりしますから、なぜこの薬が効くのか、ということについてきちんと理解されていない患者さんも実際には少なくありません。一方、SGLT2阻害薬は、いらない糖分を尿と一緒に出してしまう、と言うことができますから分かりやすくて好感がもたれやすいのかもしれません。
さて、今回お伝えしたいのは、そのSGLT2阻害薬で副作用が、それも重篤な副作用の報告もでてきている、ということです。
2014年6月13日、日本糖尿病学会は「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」というタイトルの注意勧告(注4)を医師向けに発表しました。この勧告によりますと、脳梗塞3例を含む重篤な副作用が報告されています。
今後SGLT2阻害薬の使用には充分な注意が必要となるでしょう。
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注1の「はやりの病気」にも書きましたが、私自身は当分の間、SGLT2阻害薬を処方するつもりはありません。その理由は、副作用を懸念して、ということもありますが、それ以外に、価格が安くないこと(新薬ですから当たり前です)と、昔からある安くて安全な薬だけで多くの症例が改善するからです。糖尿病の治療は「薬を飲むこと」よりも「生活習慣の改善」の方がはるかに重要です。たとえ、既存の薬で血糖値が思うように下がらない症例があったとすれば、それは既存の薬から新薬に替えれば解決するという問題ではありません。むしろ、新薬に頼りすぎて生活習慣の改善をおろそかにする方がはるかに問題です。
今回日本糖尿病学会が報告した「脳梗塞」についても、私自身はこれからも一定の割合で生じると考えています。「はやりの病気」でも書きましたが、単純に考えて尿の浸透圧が上昇し尿量が増えるでしょうから、脱水状態となり、脳梗塞が起こりうるのです。特に脱水状態に陥りやすい夏場は要注意でしょう。
こんなことを書き、実際に患者さんにもこの新薬を薦めていない私は製薬会社からすれば「好ましくない医者」ということになるでしょうが、もしもこの文章を製薬会社の人が読んでいれば、気を悪くせずに、医師の仕事は「可能な限り薬の量を減らし、かつ価格も安くおさえること」ということを思い出してもらいたいと思います。
(谷口恭)
注1;下記を参照ください。
はやりの病気第125回(2014年1月)「糖尿病治療の変遷」
注2:これら11社とは、アステラス製薬(株)、寿製薬(株)、MSD(株)、ブリストル・マイヤーズ(株)、アストラゼネカ(株)、小野薬品工業(株)、大正富山医薬品(株)、大正製薬(株)、ノバルティスファーマ(株)、サノフィ(株)、興和(株)です。
注2:4つの製薬会社は、田辺三菱製薬(株)、第一三共(株)、日本イーライリリー(株)、日本ベーリンガーインゲルハイム(株)です。
注4:この注意勧告は下記URLで全文を読むことができます。医師向けに書かれていますが、一般の人が読んでいけないことはないと思います。
http://www.jds.or.jp/common/fckeditor/editor/filemanager/connectors/php/transfer.php?file=/uid000025_7265636F6D6D656E646174696F6E5F53474C54322E706466
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|2014年7月28日 月曜日
2014年7月28日 ビタミンBとC、クロレラなどが片頭痛のリスク
ビタミンやミネラルのサプリメントは最近では有害性の報告ばかりが目立つ、ということをこのサイトでも述べる機会が増えてきていますが、今回の報告もそのような内容です。(もっとも、こういったサプリメントが健康によいとする報告も一部にはあり、そのような情報も紹介していく予定です)
今回はビタミン剤などのサプリメントが片頭痛の発症率を上昇させる、という台湾の大規模研究です。医学誌『Headache』2013年7月12日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注1)。
18歳から65歳の合計15,414人が参加した台湾の国民調査(実施は2005年)が解析されています。片頭痛を含む慢性の頭痛を有しているのは、男性の17.2%、女性の32.4%で、サプリメントとの関係は男女で異なるようです。
男性の場合、イソフラボンのサプリメントを摂取すると、していない場合に比べて頭痛の発症率が3.86倍にもなるそうです。
女性の場合は、ビタミンB、ビタミンC、緑藻(green algae)(注2)のサプリメントで、頭痛の発症率がそれぞれ1.28倍、1.21倍、1.43倍になるそうです。
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サプリメントの頭痛の副作用として、論文は見たことがありませんが、私自身の実感としてはイチョウのサプリメントが多いような印象があります。ビタミン剤については実感としてはありませんし、頭痛を引き起こす理論も見当たりませんが、比較的規模の大きい疫学調査ですから今回の結果は重要視すべきだと思います。
ビタミン剤などのサプリメントは、上に述べたように健康によいとする報告も散見されますが、有害性の報告の方がはるかに多く、おしなべて言えばサプリメントというのはほとんどの人が摂取する必要はありません。
ただし(ここは重要なポイントです)、サプリメントでなく新鮮な野菜や果物、あるいは海藻からビタミンやミネラルを摂取するのは非常に大切です。ですから、サプリメントにお金をかけるのではなく、新鮮な食材を用いた料理にお金をかけるべきというわけです。
(谷口恭)
注1 この論文のタイトルは「The Association Between Use of Dietary Supplements and Headache or Migraine Complaints」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/head.12180/abstract
注2 緑藻(green algae)というのはおそらくクロレラ(またはその類似物)のことだと思われます。
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|2014年7月7日 月曜日
2014年7月7日 「赤ワインが健康に良い」は、もはや幻想・・・
「フレンチ・パラドックス」という言葉をご存知でしょうか。これは、フランス人はあぶらっこい肉料理を好んで食べて、おまけに喫煙率も高いのに、心筋梗塞など心血管系疾患の罹患率が低いことを表した言葉です。フレンチ・パラドックスの原因として90年代初頭に「赤ワイン」が注目を浴び、日本でも「健康で長生きするために赤ワインを」としきりに言われていた時期がありました。
しかし、その後の研究などで、フランスでの心血管疾患に対する統計の取り方に問題があることなどが指摘されるようになり、実際のところは他のヨーロッパ諸国と心血管疾患の罹病率に大差がないとする研究が発表されました。
これをもって、フレンチ・パラドックスは誤りだった、と多くの関係者や医師は考えたわけですが、世の中には簡単には引き下がらない人たちもいるようで、赤ワインに含まれるポリフェノールの1種のレスベラトロールこそが寿命を延ばすんだ、と主張する人たちがでてきました。レスベラトロールのサプリメントも登場し、いまやアメリカだけでレスベラトロールのサプリメントの市場は3,000万ドル(約30億円)にもなるそうです。
しかし、赤ワインが健康食品として一人歩きしたように、レスベラトロールも有効性が充分に検証されないまま市場に大きく広がってしまいました。(おそらくこの”首謀者”は、赤ワインやサプリメントが好きな医療者や研究者でしょう。マルチビタミンやミネラルなどのサプリメントについては、ここ10年くらいは有害性が次第に指摘されるようになってきていますが、それでもごくわずかとはいえサプリメントを信奉する医師がいるのも事実です)
そんななか、ついにレスベラトロールが心血管系の予防には無関係であるという研究結果がでました。医学誌『JAMA Internal Medicine』2014年5月12日号(オンライン版)で発表されています(注1)。
この研究の対象者は、イタリアのトスカーナ州のキャンティと呼ばれる地域(ワイン生産で有名な土地だそうです)に在住の65歳以上の男女783人です。調査期間は1998年から2009年で、各人につき9年間の追跡調査がおこなわれています。期間中に合計268人が死亡し、そのうち174人が心血管系疾患、34人が悪性腫瘍であったようです。
レスベラトロールの尿中濃度により対象者が4つのグループにわけられています。尿中濃度が最も高いグループと低いグループで死亡率に有意差が認められず、心血管疾患に対しても悪性腫瘍に対しても予防効果はなかったようです。さらに、この研究では、心血管疾患や悪性腫瘍の指標に使われる検査値(C反応性蛋白(CRP)、IL-6、IL-1β、TNFなど)にも、レスベラトロールの濃度による差は一切認められなかったようです。
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私がこの研究を初めて目にしたのは医学関連の情報ツールではなく、一般の週刊誌(『週間ダイヤモンド』)でした。この研究は少し対象者が少ないように思われますが、一般の週刊誌が取り上げたということはそれだけ世間から強い関心が持たれているということでしょう。
赤ワインにもレスベラトロールにも長寿や疾患予防への期待はすべきではありませんが、赤ワインを飲んではいけないというわけではもちろんありません。少量の飲酒が心血管系疾患のリスクを減少させるという研究はいくつもあります。ただし、飲み過ぎると健康を害するのは間違いなく、また比較的少量のアルコール摂取でも発ガンリスクが上昇するという研究もあります。
つまらない結論になりますが、赤ワインに過度な期待をするのではなく、少量を味わって楽しく飲むのが一番いいというわけです。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは、「Resveratrol Levels and All-Cause Mortality in Older Community-Dwelling Adults」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1868537&resultClick=3
参考:医療ニュース
2011年10月26日「女性は中年期の適量の飲酒で高齢期が健康に」
2011年9月10日 「適度な飲酒がアルツハイマーを予防」
2010年8月23日「飲酒が関節リウマチに有効?」
2010年5月21日「飲酒によりリンパ系腫瘍のリスクが低減」
2010年4月8日 「適度な飲酒は女性の体重増加を抑制」
2013年10月4日「女性も多量飲酒で脳卒中のリスクが増加」
2011年4月18日「ビール中ジョッキ1杯で発ガンリスクが上昇・・・」
2009年10月8日 「酒飲みの女性は乳ガンになりやすい」
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|2014年7月4日 金曜日
2014年7月4日 ヒラメの刺身の食中毒にご用心
最近医師の間でしばしば話題になる食中毒に「クドア」があります。
医療者以外の方でこの「クドア」について知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。恥ずかしながら、私自身も2~3年前までは「クドア」という病原体の名前すら知りませんでした。ここ1年くらいの間に医療系のサイトやメーリングリストなどでクドアについての記事を目にする機会が増えてきています。先日参加したある寄生虫関連の講演会でも注目の話題になっていました。
クドアとは主にヒラメに感染する寄生虫で、刺身を食べたときに食中毒を起こすことがあります。寄生虫ですから熱すれば死滅します。ですから生でヒラメを食べなければ心配する必要はないのですが、ヒラメの刺身が好物という人も少なくないでしょう。
クドアは正式名を「クドア・セプテンプンクタータ(Kudoa septempunctata)」という舌を噛みそうな名前の寄生虫です。寄生虫というと何やら気持ち悪い生き物を想像する人が多いと思いますが、クドアは気持ち悪いどころか大変美しく花びらのような形をしています。先に紹介した講演会で講演していた医師は、顕微鏡の拡大写真を提示して「女性のワンピースやスカートの柄にすれば売れるだろう」と話していました。これはもちろん冗談ですが、それくらい美しいのです。
クドアによる食中毒と思わしき症例は2000年以降増加しており、正式にクドアが原因と同定されたのが2010年のようです。その後も増加傾向にあり、2014年1~4月でみると、7件のクドア食中毒が発生し、92人が発症したと報告されています。いずれもヒラメ刺身を食べた後の発症だったようです。2013年は21件、患者数244人の報告ですから単純に考えればほぼ同じペースで推移していることになりますが、ピークが8~10月ですから、今年(2014年)は昨年の記録を上回るかもしれません。
クドアを含むヒラメを食べるとどうなるかというと、症状は下痢と嘔吐です。しかし重症化することはほとんどなく、自然に治っていくようです。今のところ薬はありません。
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2013年1年間に保健所に届られた報告が21件、244人と聞くと、たいしたことないな、と感じる人もいるでしょう。しかしこれは実態を反映していません。例えば、スーパーで買ってきた刺身を家で食べて軽い下痢をして保健所に届ける人はいないでしょうし、仮に医療機関を受診したとしても診察した医師はまず保健所には届けないでしょう。症状が重症化しませんから医療機関を受診するケースもそう多くないと思います。また専門医の話によると、状況から疑ったとしても患者の体内からクドアを検出するのは困難なようです。以上から、保健所に届られているクドアの食中毒は氷山の一角といえます。
予防法としては、ヒラメは生で食べない、ということになりますが、刺身好きの人に対してはそれでは答えになっていないでしょう。寄生虫ですからおそらく冷凍すれば死滅するはずです。しかし、ヒラメの刺身が解凍したものであれば味が落ちることは必至でしょう。下痢や嘔吐のリスクを背負って生で食べる、という人もいるかもしれません。
ただし、食中毒であることには変わりありませんから、寿司屋などは今後ヒラメの刺身や寿司を出すことを止めるかもしれません。被害にあった人は寿司屋のことを悪く思わないかもしれませんが、例えば集団で発生した場合は診察した医師は保健所に届けざるを得ません。保健所としては食中毒が発生した可能性があれば調査せざるを得ず、クドアが検出されれば一定の期間店を閉めなくてはなりません。そこまでのリスクを背負ってヒラメを供給し続ける店は今後急減するのではないかと私はみています。
(谷口恭)
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