医療ニュース

2016年9月30日 金曜日

2016年9月30日 ファストフードで使われる肉から抗菌薬排除の動き

 太融寺町谷口医院を開院してから私が最も繰り返し言い続けてきた言葉のひとつが「抗菌薬は簡単に使用してはいけない」というものです。「熱がでたから抗菌薬」「とりあえず抗菌薬」「予防目的の抗菌薬」などはあり得ない、という話を繰り返してきました。なかには「お金払うって言っているでしょ!」と怒り出す人も過去に何人かいましたが、何を言われても、必要のない抗菌薬を処方することはできないのです。尚、抗菌薬のことを「抗生物質」と呼ぶこともありますが、私はこの「コーセーブッシツ」という言葉の響きが「安全で良く効くもの」という”神話”を作り上げているように感じています。抗菌薬とは「細菌」に対して有効なものであり、魔法の薬ではありません。

 私はこれまで、抗菌薬は通販で買ってはいけない、海外では薬局で買えるが買ってはいけない、と言い続けています。副作用のリスクが誰が背負うのか、というのが一番の問題ですが、「耐性菌」を生み出してはいけない、というのもその理由です。国民ひとりひとりが気を付けていれば耐性菌のリスクも下げられるのです。

 しかしながら、個人の努力ではどうしようもない抗菌薬の使用用途があります。それは「家畜への投与」です。家畜のエサに抗菌薬を混ぜると成長が促進されるためにこれまで日米では長年用いられ続けてきました。尚、ヨーロッパでは、1999年には家畜への抗菌薬の使用は禁止されています。

 米国では、現在販売されている抗菌薬のなんと7~8割が家畜に使用されているという指摘もあります。こうなると耐性菌が生まれるのも時間の問題でしょうし、スーパーマーケットで売られているミルクにも抗菌薬が含まれているという報告もあります(注1)。

 ところが、ここにきてこのような悪しき慣習が改善されつつあるようです。

 2016年9月26日の日経新聞によると、8月上旬、英国の消費者団体が、マクドナルドのスティーブ・イースターブルック最高経営責任者宛に、抗生物質を与えた食肉を使用しないよう求める署名活動を始めました。元々、マクドナルドは2017年3月までに、抗菌薬を与えた鶏肉の使用をやめるとしていましたが、世論の動きを受けてなのか、当初の目標より1年早く使用を中止していました。今回、消費者団体は(鶏肉だけでなく)牛肉や豚肉でも使わないことを求めています。

 ケンタッキー・フライド・チキンにも同様の動きがあり、株主でもある消費者団体から家畜のエサから抗菌薬を取り除くことを要求されているようです。ウエンディーズは、2017年を目途に抗菌薬を与えて飼育した鶏肉を用いないことを決定し、サブウェイも2025年までには抗菌薬を用いない肉の使用にすることを決めているようです。

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 では日本はどうなのでしょうか。2016年4月5日に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」で「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(注2)というものが決められました。このなかで、家畜に対する抗菌薬の使用についても触れられているのですが「完全禁止」とまではされていません。日本でも、薬剤耐性菌は喫緊の課題となっています。米国に続いて、ファストフード店からの完全除去を願いたいものです。

注1:下記のコラムで詳しく述べました。興味のある方は参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」

注2:下記を参照ください。

http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/pdf/yakuzai_honbun.pdf

参考:
マーティン・J・ブレイザー著『失われていく、我々の内なる細菌』(みすず書房)

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2016年9月30日 金曜日

2016年9月29日 コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加

 ここ数年、「コムギを除去している」という患者さんがかなり増加しています。全国的な統計は見たことがありませんが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診される人たちの間では確実に増えています。

 この理由として、私は3つのことを考えています。

 ひとつは「糖質制限」のブームです。糖尿病を有している人よりも、むしろダイエットをしたいという人たちの間で糖質制限が流行っています。完全に糖質を制限しようと思えば、米やイモも除去しなければなりませんが、そこまではせずに、コムギを主食とした食品、具体的には、パン、パスタ、うどんなどを避けているのです。この理由でコムギを制限している人は、カレーやから揚げ、ソーセージなどまでは除去していないことの方が多いと言えます。

 ふたつめは「コムギアレルギー」と考えている人です。コムギを試しに抜いてみると下痢をしなくなった。アレルギーがあるに違いない、と考えるのです。こう訴えて受診する人がコムギアレルギーであることは実際にはほとんどないのですが、なぜか谷口医院では「自称コムギアレルギー」の人が少なくありません。

 3つめは、欧米での流行を受けて、という理由です。グルテンフリーを謳った食品やレストランが欧米でブームになり、有名人も実践しているという話が取り上げられるようになり、それを聞いてやってみたくなった、というものです。グルテンとは、コムギに含まれるタンパク質です。

 欧米でグルテンフリーが流行しているとういのは最近よく聞く話であり、私は、セリアック病が増えているのかもしれない、と考えていました。セリアック病とは、グルテンによって小腸が障害され、栄養分が吸収されなくなる一種の自己免疫疾患です。セリアック病は欧米では比較的よくあるものの、日本では稀な疾患です。何らかの理由で欧米では増加傾向にあるためにグルテンフリーが流行している。日本ではもともと少ないものだから、欧米人を見習って同じことをする必要はないのでは? というのが私の考えでした。

 しかし、どうやら欧米でもセリアック病が増えているわけではなさそうです。

 医学誌『JAMA internal medicine』2016年9月6日号(オンライン版)に掲載された論文で興味深いことが報告されています(注1)。研究の対象者は6歳以上の米国人22,278人です。2009年から2014年までのセリアック病の有病率とグルテンフリー実践率は下記のようになります。

                   2009~2010   2011~2012   2013~2014
 セリアック病有病率       0.70%        0.77%        0.58%
 グルテンフリー実践者率    0.52%             0.99%              1.69%

 セリアック病が増えていないのに、グルテンフリー実践者が5年で3倍にも増加していることが分かります。研究者の分析では、米国のセリアック病の患者は176万人、グルテンフリー実践者は270万人になるそうです。

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 セリアック病と診断されているわけでもないのに、なぜグルテンフリーを実践する人が増えているのか。この理由について、研究者は「コムギ/グルテンに関係のない消化器症状を有する患者が、自分の判断で、単純にグルテンフリーが役立つかもしれないと思い込んでいるのでは」と、考えているようです。

 谷口医院の患者さんで、「コムギ/グルテンフリーを実践している」という人で、セリアック病の診断がついた人は一人もいません。もっとも、セリアック病を診断するのは簡単ではなく、小腸内視鏡をおこない生検(粘膜の一部を切り取る検査)をしなければなりませんから、実際にここまで調べれば診断がつく人がいるかもしれませんが。(尚、「自称」ではなく「本当の」コムギアレルギーでコムギ完全除去をしなければならない患者さんはいます)

 結局のところ、日本も米国も状況は変わらないのかもしれません。では、セリアック病でないのにコムギ/グルテンフリーを実践するのは馬鹿げたことなのか? 私はそうは思いません。セリアック病かどうかは別にして、それで体調がよくなるのなら、続けることに意味はあると思います。それに、日本人の場合はコムギの代わりに美味しい米がありますから、いきすぎた糖質制限にならなければコムギを抜いても問題ないと私は考えています。

注1:この論文のタイトルは「Time Trends in the Prevalence of Celiac Disease and Gluten-Free Diet in the US PopulationResults From the National Health and Nutrition Examination Surveys 2009-2014」で、下記のURLで概要を読むことができます。

https://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2547202

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2016年9月27日 火曜日

2016年9月27日 米国、抗菌石けんをついに販売禁止に

 抗菌石けんを勧める医療者はほとんどおらず、抗菌効果が無効であるとする研究もあるということを過去にお伝えしました(注1)。今回お伝えするのは、抗菌石けんが無効であるどころか、危険性があるために米国では販売禁止になったというニュースです。

 2016年9月2日、FDA(米食品医薬品局A)は、一般向けに販売されている石けんやハンドソープなどで、トリクロサンやトリクロカルバンなど19種類(注2)の殺菌剤が含まれる製品の販売を禁止することを発表しました(注3)。

 このような動きは突然決まったわけではなく、以前から抗菌石けんの効果と副作用については問題が指摘されていました。特に、薬剤耐性菌の発生や甲状腺ホルモン、生殖ホルモンへの影響の懸念があり、FDAは、2013年2月に規制案を発表し、抗菌石けんの製造会社には、安全性と有効性を示すデータの提出が義務付けられました。そして、提出されたデータをFDAが検証した結果、通常の石けんよりも有効であることを証明できなかったのです。

 ただし、規制案で検証すべき成分に挙げられていた塩化ベンザルコニウム(注4)、塩化ベンゼトニウム(注5)、クロロキシレノールの3種類については、安全性と有効性のデータの提出期限を1年間延期することになりました。また、除菌用のローションやジェル、ウェットティッシュなどは規制の対象外とされています。

 では、我々は何をすればいいのでしょうか。FDAの報告は最後にこうまとめています。

「普通の石けんと水で手洗いを。これが感染症を遠ざけて病原体を拡散させない最良の方法のひとつなのです。(Wash your hands with plain soap and water. That’s still one of the most important steps you can take to avoid getting sick and to prevent spreading germs.)」

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 抗菌石けんに効果があるかどうかは、日々の臨床を通してなかなか実感できませんが、害があるのは明らかです。なぜなら抗菌石けんが原因と思われる手のかぶれで受診する患者さんが少なくないからです。また、通常の石けんも使いすぎはよくありません。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。石けんの使いすぎで、手湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎を起こす人は非常に多いのです(注6)。

注1:下記を参照ください。

医療ニュース(2015年11月6日)「抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分」

注2:具体的な19種についてはFDAの消費者向けの案内(注3)には載せられていません。下記が参考になります。

http://www.foodsafetynews.com/2016/09/fdas-final-rule-on-antibacterial-soaps-bans-19-ingredients/#.V-mtMrO0tsU

ここにもその19種を記しておきます。

Cloflucarban, Fluorosalan, Hexachlorophene, Hexylresorcinol, Iodine complex (ammonium ether sulfate and polyoxyethylene sorbitan monolaurate), Iodine complex (phosphate ester of alkylaryloxy polyethylene glycol), Nonylphenoxypoly (ethyleneoxy) ethanoliodine, Poloxamer-iodine complex, Povidone-iodine 5 to 10 percent, Undecoylium chloride iodine complex, Methylbenzethonium chloride, Phenol (greater than 1.5 percent), Phenol (less than 1.5 percent) 16, Secondary amyltricresols, Sodium oxychlorosene, Tribromsalan, Triclocarban, Triclosan, Triple dye

注3:FDAの案内は下記を参照ください。

http://www.fda.gov/downloads/forconsumers/consumerupdates/ucm378615.pdf

注4:塩化ベンザルコニウムは医療機関で用いられている石けんにもよく使われています。代表的なものは、オスバン、ウエルパス、ロッカール、ヂアミトールでしょうか。

注5:塩化ベンゼトニウムはマキロンの主成分として有名です。石けんとしてはハイアミンが有名でしょうか。

注6:下記を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月27日)
「手洗いの”常識”ウソ・ホント」

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2016年9月2日 金曜日

2016年9月2日 ポリオの脅威、東南アジアにもじわり

 ポリオ(急性灰白髄炎)が世界のいくつかの国で急増し、2014年5月にWHOが緊急事態宣言を発表したことを過去に紹介しました(注1)。その後もじわりと感染地域が広がり、ついに東南アジアにも感染者が出るようになりました。

 2016年8月22日のWHOの発表(注2)によれば、現在WHOが感染の可能性があるとしている国は次のとおりです。

・パキスタン:最後の輸出例の報告が2016年2月1日。現在「国外に輸出している国」

・アフガニスタン:最後の輸出例の報告は2016年6月6日。現在「国外に輸出している国」

・ナイジェリア:発生はあるが輸出はしていない

・マダガスカル:同上

・ミャンマー:同上

・ギニア:同上

・ラオス:同上

 現在、パキスタン政府は、同国に4週間以上滞在する外国人にポリオワクチン接種を義務化し、WHOが推奨する国際予防接種証明書の交付を行っています。

 アフガニスタン政府は、WHOの勧告の下、アフガニスタンに入国するポリオ撲滅国(日本も含みます)からの外国人に対し、ワクチン未接種者はアフガニスタン出国にあたりアフガニスタン国内の医療機関でポリオワクチン接種を受けなければならない」としています。

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 パキスタン、アフガニスタンともに手続きが複雑そうです。このような規則は予告もなく変更されますから渡航時には最新情報を入手する必要があります。また、ラオスやミャンマーを訪れる日本人は観光でもビジネスでも年々増えています。

 ではこれら地域に渡航するときにまずすべきことは何でしょうか。ワクチン接種をおこなう前に抗体検査をするのがいいでしょう。ただし、ポリオには3種類あり、すべてを調べなくてはなりませんから、価格は高くなります。私自身も調べてみると、ポリオの2型のみ陽性で、1型と3型は陰性。結局ワクチンを接種することになりました。

 日本人の成人のポリオ抗体陽性率のデータは(私の知る限り)ありません。私の場合、もちろん新生児時に2回の生ワクチンを接種しています。それでも消えていたわけですから、(私だけが特異ということもないでしょうから)、多くの日本人成人はポリオワクチン接種が必要なのではないかと思われます。

注1:下記を参照ください。
医療ニュース2014年5月30日「ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2016/10th-ihr-emergency/en/

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2016年9月2日 金曜日

2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング

 2016年8月14日、幕張メッセで開かれたジャスティン・ビーバーのコンサートに来場した男性が麻疹(はしか)に感染していたことが発覚しました。この男性は、少し前にバリ島に旅行に行っていたそうです。報道によれば、帰国後発熱し、その後13日ごろより全身に皮疹が現れたものの、その状態で13~15日に神奈川県と東京都に旅行。14日に幕張メッセのコンサートに参加。コンサートに集まったのは約25,000人と発表されています。

 2016年8月30日、関西エアポート株式会社は<空港内従業員の「麻疹(はしか)」感染について>というタイトルのプレスリリースを発表しました。同社のグループ会社の従業員複数人が麻疹に感染し、そのなかには接客業務に従事していた従業員もいるとのことです。

 コンサート会場や空港のような場所に大勢の人が集まることを「マスギャザリング」と呼びます。そして麻疹は「空気感染」します。空気感染は飛沫感染とはまったく異なります。風疹やおたふく風邪、インフルエンザなどは飛沫感染であり、これらは感染者に近づかなければ感染しません。一方、空気感染というのは、その場にいるだけで感染のリスクがあります。コンサート会場の端から端にまで感染するかどうかは分かりませんが、少なくとも教室程度であれば同じ空間にいるだけで感染の可能性がでてきます。

 日本はWHOによる「麻疹排除の認定」をようやく2015年3月に受けたところです。もしも再び麻疹流行が起これば排除認定を取り消される事態になるかもしれません。

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 マスギャザリングには、他にも、学校、ショッピングモール、教会、地下鉄・・・、といくらでもあります。世界的にはマスギャザリングがテロの標的になることがしばしば指摘されますが、感染症にも注意が必要です。

 それにしても不可解なのは関西エアポート株式会社の”姿勢”です。空港で働くのにもかかわらず、麻疹の抗体検査やワクチン接種を従業員にしていなかったことが白日の下に曝されました。空港の職員は感染症対策を実施していて当然と私自身も考えていましたが、実はそうではなかったということです。しかも、発表されたプレスリリースには、従業員の感染症対策がなおざりになっていたことに対する謝罪は一切なく、呆れてしまいます。

 こうなれば自分の身は自分で守るしかありません。まずは、あなたとあなたの家族に麻疹抗体があるかどうか速やかに調べるべきしょう。あるいは、マスギャザリングを避けられない人は抗体検査を省略し速やかにワクチン接種をすべきかもしれません。

参考:
医療ニュース2015年4月3日「ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定」
はやりの病気第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

毎日新聞「医療プレミア」
麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
SSPE−−恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと

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2016年8月30日 火曜日

2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性

 胃潰瘍や逆流性食道炎、またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられる「プロトンポンプインヒビター」(以下PPI)と呼ばれる薬が認知症のリスクになるということが報じられ、随分と話題になったということを過去に述べました(注1)。

 そのPPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることが発表されました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなる、ということです。この研究を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)です。

 PPIは胃酸の分泌を抑制する薬です。そのPPIがなぜ血管を障害するのでしょうか。実は、血管内皮細胞も少量の酸を分泌することがわかっています。胃酸は食べ物を消化するために分泌されますが、血管内皮細胞が分泌する酸は、細胞内に蓄積する不要物を分解するために必要なのです。そして、その酸を分泌するのがリソソームと呼ばれる細胞の中にある小器官です。PPIはそのリソソームの酸分泌作用を阻害するというわけです。

 PPIのせいでリソソームは必要な酸を分泌できなくなり、その結果、血管内皮細胞の老化が進行し動脈硬化が促進されるという機序です。

 こうなると気になるのはもうひとつの胃酸抑制剤であるH2ブロッカーです。この論文ではH2ブロッカーについても言及しています。幸いなことに、H2ブロッカーは血管内皮細胞に作用せず心血管系疾患のリスクとはならないようです。

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 米国ではPPIは処方箋なしで薬局で誰もが買える薬ですから、米国心臓学会が注意勧告をおこなうのは当然でしょう。では、日本ではどうかというと、日本では薬局では購入できないのですが、内服している人は非常に多いと言えます。

 PPIは、保険診療上の制限があり、最長でも8週間しか処方できないことになっています。しかし、なぜか数年単位で内服している人が少なくありません。当院にそのような患者さんが受診したときは、H2ブロッカーに変更してもらい、効果に乏しいときはH2ブロッカーを増量して対処します。それでも改善しないときは、他の薬を併用し、PPIは「最後の砦」として最重症例のみに短期間使用します。

 認知症のみならず心血管系のリスクにもなるPPI、これからはより慎重になる必要があるでしょう。ただし、他の薬と同様、使用すべき時はしっかりと使用すべきですから、自身の判断で止めてはいけません。必ずかかりつけ医に相談しなければなりません。

注1:はやりの病気
第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:このレポートのタイトルは「Heartburn drug damages blood vessel cells in lab finding」です。下記URLを参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/heartburn-drug-damages-blood-vessel-cells-in-lab-finding

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2016年8月12日 金曜日

2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

 この「医療ニュース」では取り上げませんでしたが、2015年10月にWHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)が、ハムやソーセージなど加工肉の発癌性を発表し(注1)世界中で物議を醸しました。しかも、IARCは加工肉を発がん分類の「グループ1」に分類したのです。グループ1というのは、「ヒトに対する発癌性が認められる(carcinogenic)」とされているもので、喫煙やアスベスト、(日焼けマシーンの)紫外線など、誰からみても明らかなものばかりがカテゴリーされています。

 IARCのこの発表を受け、世界中の食肉メーカーが抗議をし、世界中のマスコミがこれを報道しました。日本でも多くの新聞・雑誌がこの話題を取り上げ、識者のコメントを載せました。「食べ過ぎるのは良くないが、日ごろ日本人が食べている量くらいであれば心配ない」とするものがほとんどであり、いつのまにかこの話題を聞かなくなりました。しかし、加工肉がリスクであることには変わりなく、例えば、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」ことを発表し、その習慣のひとつに「加工肉を避ける」を挙げています。

 発ガンリスクのある食品、化学品、薬品などは多数あり、これらを最も科学的に分類しているのがIARC(注2)と言っていいと思います。そのIARCが「グループ3」(発癌性を否定できない)に含めているのが「コーヒー」です。

 しかし、この見解が変わりました。IARCは、依然コーヒーをグループ3のリストに入れてはいますが、2016年6月15日、「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表(注3)したのです。ただ、コーヒーを含む「とても熱い飲み物(very hot beverages)」は食道がんの可能性があるとして注意喚起をしています。

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 コーヒーががんのリスクになるどころか、その逆にいくつかのがんのリスクを減らし、生活習慣病の予防になることは、このサイトで何度も伝えてきました。しかし、これまではIARCが発がん性の可能性を指摘しており、これを懸念する声は上がっていました。

 もはやIARCがコーヒーの安全性のお墨付を与えたわけですから、今後コーヒーは「健康食」と言われるようになるかもしれません。

注1:IARCのこの発表は下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf

注2:下記を参照ください。

http://monographs.iarc.fr/

注3:下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2016/pdfs/pr244_E.pdf

参考:
医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2016年3月8日「コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下」
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など

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2016年8月5日 金曜日

2016年8月5日 フィリピンから帰国した日本人女性がデング熱で死亡

 2016年7月21日、日本人女性がフィリピンから帰国しデング熱の重症型「デング出血熱」で死亡したことを、7月22日、厚生労働省が公表しました。

 厚労省の発表によれば、この女性は新潟県在住の30代で、6月29日から7月15日までフィリピンに滞在していました。(フィリピンのどこに滞在していたかは報道からは不明) 滞在中から頭痛や発熱を自覚し、帰国直後の16日に新潟市内の医療機関を受診、直ちに入院となりましたが出血などの症状が進行しており5日後に死亡が確認されています。デング出血熱で日本人が日本で死亡した事例は2005年以来ということになります。

 今年は蚊が媒介する感染症としてはジカ熱(ジカウイルス)が最も注目されていますが、世界全体でみればデング熱の方がはるかに重要です。デング熱は世界中の熱帯または亜熱帯で幅広くみられ、厚労省検疫所(FORTH)の発表(注1)によれば、デング熱ウイルス感染者は年間3億9千万人、そのうち9,600万人が臨床症状を発現しているとされています。(9,600万人以外の人は感染したけれども無症状だった、という意味です)入院が必要な重症のデング熱患者(デング出血熱も含めて)は、年間50万人と推測されており、そのうち約2.5%が死亡しています。

 デング熱ウイルスは蚊に刺されなければ感染しないわけですから、蚊対策が何よりも重要です。ウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカは日中に活動しますし、街中にもいます。ですから、感染の可能性のある地域に渡航するときは、半袖や半ズボンなどを着用するならDEETなどを用いなければなりません。私がこれまで見聞きした例でいえば、ビーチやプールサイドで蚊に刺されて発症というケースが目立ちます。日焼け止めはきちんと使用しているのに、虫よけ対策がおざなりになっているのです。

 死亡した新潟県の女性がどこまで蚊対策をしていたのかは不明ですが、おそらくワクチン接種はしていなかったでしょう。皮肉なことに、この女性が蚊に刺されたフィリピンでは、今年(2016年)4月から、小学生に無料ワクチン接種がおこなわれています。

 CNNの報道(注2)によれば、デング熱の重症例10人中9人まではこのワクチンで助かるそうです。フィリピン国立医大(注3)によれば、ワクチンにより、これから5年で24%の感染を防げるそうです。フィリピンでは、デング熱の患者が急増しており、2014年には12万人だったのが2015年には20万人に増えています。

 もっとも、ワクチンで感染が完全に防げるわけではないことはワクチンの製造会社であるサノフィパスツール社も認めています。また、副作用を懸念しワクチンに反対する声はフィリピンの医療者からも出ているようです(注4)。

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 今のところ、このワクチンが日本で接種できる予定はありません。どうしても接種したいという人はフィリピン、メキシコ、ブラジルなど、このワクチンが認可されている国の医療機関で相談してもいいかもしれません。しかし、このワクチンは3回接種が基本で、2回目は半年後、3回目はさらに半年たってから打たねばなりません。それを考えると蚊対策を徹底する方が現実的と言えるでしょう。どのみち、チクングニアやジカウイルスも同時に予防しなければならないのですから。

注1:下記を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04181444.html

注2:CNNのこの報道は2016年4月4日におこなわれました。下記URLを参照ください。

http://cnnphilippines.com/news/2016/04/04/doh-starts-dengue-vaccination-program.html

注3:この日本語訳は自信がありません。原文は「University of the Philippines National Institutes of Health」です。

注4:フィリピンが無料接種を開始した時点はWHOはまだ見解をだしておらず慎重な立場でしたが、2016年7月に「流行地域ではワクチンを検討すべき」という声明(注5)を発表しています。

注5:このWHOの発表は下記URLを参照ください。

http://www.who.int/immunization/research/development/dengue_vaccines/en/

参考:
医療ニュース2016年1月8日「デング熱ワクチン、ついに実用化へ」
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について→
3) その他蚊対策など

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2016年7月29日 金曜日

2016年7月29日 シフト勤務は心臓疾患のリスク

 24時間稼働の工場、警備員、コンビニなど、シフト制で夜間にも勤務しなければならない職種というのは少なくありません。医療職も同様で、病院勤務であれば、医師、看護師、介護士などは夜勤勤務があります。

 過去にも何度かお伝えしたように、夜勤をおこなうと肥満になりやすく、中性脂肪や血糖値が上がりやすく、HDL(善玉コレステロール)が下がりやすいという研究があります(下記医療ニュース参照)。このサイトで繰り返し述べているように「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」が健康の秘訣です。

 シフト勤務が心臓疾患のリスクになるとした論文が発表されましたので、今回はそれを紹介したいと思います。

 医学誌『Hypertension』2016年6月6日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、睡眠不足があり、かつ就寝時間が不規則になれば、夜間にも心拍数が上昇し、尿中ノルエピネフリン濃度が上昇するようです。ノルエピネフリンが上昇すれば血管が収縮し血圧上昇が起こります。このような状態が継続すれば、心筋梗塞や心不全など心臓疾患のリスクが上昇することになります。

 研究の対象者は20~39歳の健康な26人です。8日間睡眠時間を5時間に制限し、さらにグループを2つに分け、一方は同じ時間に寝て同じ時間に起きるようにし、もう一方は8日間のうち4日間は就寝時刻を8.5時間遅らせています。

 その結果、どちらのグループも5時間という短い睡眠時間の結果、日中の心拍数は上昇していましたが、就寝時刻を遅らせたグループでは夜間の心拍数が顕著に上昇したようです。また、このグループでは尿中ノルエピネフリン濃度も上昇していました。

 論文の著者は「概日リズム(circadian rhythm)」という言葉をキーワードにしています。概日リズムとはわかりやすいことばでいえば「体内時計」で、これが乱れると様々な不調が生じることがわかっています。「同じ時間に寝て同じ時間に起きる」ことは、概日リズムを一定にするために重要ということです。

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 私が研修医の頃、「僕は少々寝なくても平気ですから頑張ります」と指導医の先生に言うと、「そう言ってられるのも今のうちだけ。40歳前後になれば分かるよ」と言われました。体力(だけ)には自信があった私は、自分だけはいくつになっても夜間の救急外来でもこなせる、と根拠なく思っていたのですが、やはり先輩医師の言うとおり30代後半になると身体がついていかなくなりました。太融寺町谷口医院をオープンした頃は、夜間の救急診療所でも月に数回勤務できていたのですが、そのうち翌日の診療にこたえるようになりました・・・。

 最近、患者さんにシフト勤務の弊害を話すことが多くなっています。しかし、そんなこと理屈ではわかっても、すぐに職場の勤務形態を変更したり、転職したりするわけにはいきません。

 ということは、若い頃から人生計画をたてて、例えば「夜勤は35歳までにする」ということを初めから決めるのがいいかもしれません。しかし、事はそう簡単には運ばないでしょうから、私としては社会全体で「35歳以上の夜勤を制限する」という流れができればいいのではないかと思います。働き手が少なくなると困りますから、一方で「35歳までは夜勤を積極的にしましょう」という啓発をするのです。これは非現実的でしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Adverse Impact of Sleep Restriction and Circadian Misalignment on Autonomic Function in Healthy Young Adults」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://hyper.ahajournals.org/content/68/1/243.abstract?sid=72840f8d-9d04-4834-a52d-211033f33153

参考:
メディカルエッセイ第128回(2013年8月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
医療ニュース
2015年12月22日「「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに」
2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
2016年1月28日「夜勤あけは交通事故を起こしやすい」

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2016年7月13日 水曜日

2016年7月13日 韓国全土に日本脳炎警報

 朝鮮日報日本語版(注1)によりますと、2016年7月11日、韓国保健福祉部は、韓国全土に「日本脳炎警報」を発令しました。

 報道によれば、韓国保健福祉部疾病管理本部(The Korea Centers for Disease Control and Prevention)の調査で、2016年7月7日に釜山で採取された蚊の64.2%がコガタアカイエカで500匹以上になるそうです。この結果を受けて「警報」が発令されたもようです。韓国の規定では、採取した蚊の半分以上かつ500匹以上がコガタアカイエカであった場合に「警報」が発令されるそうです。

 尚、韓国では昨年(2015年)に40人が日本脳炎を発症しており、これは2001年以降では最多となるそうです(注2)。

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 日本脳炎ウイルスは、豚の体内に生息しており、コガタアカイエカが豚を吸血したときにウイルスが蚊の体内に侵入し、次にヒトを刺したときにウイルスがヒトの体内に侵入することによって感染します。したがって、釜山でコガタアカイエカが大量に確保されたとしても、蚊の体内にウイルスがいなければリスクはありません。

 例えば、釜山の豚の血液から日本脳炎ウイルスそのものか抗体が検出される割合が高いのであれば、たしかにヒトが感染するリスクは高いと言えるのですが、朝鮮日報日本語版の報道では、そのあたりの記載がなくわかりません。(私はハングルが読めないので原文を理解できません)

 しかし、はっきりと「韓国全土で警報」と書かれていますから、韓国の当局がハイリスクと判断したのは間違いないでしょう。韓国渡航を考えている人はワクチン接種をした方がいいかもしれません。

 尚、これまでは私は韓国渡航者に対して「豚を飼っているような地方にいかない限りは日本脳炎のワクチンは不要」と伝えてきました。今回の調査が釜山でおこなわれたこと、当局は「全土」に警報を発令したことから考えると、渡航先に関係なくワクチンを接種した方がいいのかもしれません。

注1:下記URLを参照ください。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/07/12/2016071200668.html

注2:朝鮮日報には英語版もあり、この情報はなぜか英語版にはあり日本語版にはありません。

http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2016/07/12/2016071201405.html

参考:はやりの病気第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

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