医療ニュース
2020年8月6日 木曜日
2020年8月6日 胃薬PPIは新型コロナのリスクになる
このサイトで繰り返し伝えているように、現在最もよく使われている胃薬であるPPI(プロトンポンプ阻害薬)は、認知症、脳梗塞、骨粗しょう症などのリスクになるという報告があります(詳しくは下記の「医療ニュース」参照)。今回お伝えしたいのは、そのPPIを服用していると新型コロナにかかりやすくなるという研究です。
医学誌「The American Journal of Gastroenterology」(2020年7月7日オンライン版)に掲載された論文「PPI使用者の新型コロナウイルス感染リスク増加(Increased Risk of COVID-19 Among Users of Proton Pump Inhibitorses)」を紹介します。
この研究の対象者は米国在住の18歳以上の男女53,130人、調査期間は2020年5月3日~6月24日です。対象者の中で新型コロナウイルスに感染したのが3,386人で全体の6.4%です。感染とPPI内服の相関関係を解析すると、1日1回PPIを飲んでいる人は、飲んでいない人に比べて2.15倍感染のリスクが上昇し、1日2回飲んでいる人はそのリスクが3.67倍にも上昇することが分かりました。
では、なぜPPIを服用することにより、新型コロナに感染しやすくなるのでしょうか。論文の著者らは、PPIで胃酸の分泌が減少することによりウイルスに対する抵抗力が弱まる可能性を指摘しています。
尚、この研究では、PPIと同じように胃の治療に使われるH2ブロッカーとの関係も調べられています。解析の結果、H2ブロッカーは新型コロナ感染のリスクは認められていません。
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PPIには5種あります。先発品の商品名(かっこ内は一般名)を挙げていくとオメプラールまたはオメプラゾン(オメプラゾール)、タケプロン(ランソプラゾール)、パリエット(ラベプラゾール)、ネキシウム(エソメプラゾール)、タケキャブ(ボノプラザン)です。日本の保険診療上たいていは1日1回しか認められていませんが、重症例に限っては2回が認められているものもあります。
この研究が(私にとって)興味深いのは、新型コロナウイルスが消化管から感染する可能性を示唆しているからです。新型コロナでは下痢などの消化器症状も出現しますたが、それは肺の細胞から侵入したウイルスが血流に乗って腸管に移動するからだと考えられています。ですが、この研究はダイレクトにウイルスが消化管に感染することを物語っています。
過去にも述べたように、日々患者さんを診ているとあまりにも気軽にPPIを内服している人がかなりたくさんいます。といってもその患者さんが悪いわけではなく、前の医療機関で処方されているものを指示通りに飲んでいるだけなのですが。
太融寺町谷口医院の経験でいえば、PPIに頼っていた人の約8割は多少の生活習慣の改善と組み合わせることでH2ブロッカーに切り替えることができています。現在PPIを内服している人はもう一度リスクを見直してみるのがいいでしょう。
参考:医療ニュース
2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
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|2020年7月29日 水曜日
2020年7月29日 パートナーとベッドを共にすればぐっすり眠れて長生きできる
不眠で悩んでいるという人はかなり多いような印象があります。受診理由が「不眠」でない人に対して「最近眠れていますか」と尋ねたときも、自信をもって「ぐっすり眠れています」と答える人はわずかしかいません。睡眠に悩みがない人の方が少ないのではないか、と思わずにはいられません。
「睡眠薬を処方してください」という人は大勢いますが、太融寺町谷口医院では、「睡眠薬は安易に処方しない」という方針を開院以来続けています。不眠を訴えるほとんどの人に「健康づくりのための睡眠指針 2014 ~ 睡眠12箇条 ~に基づいた保健指導ハンドブック」を紹介しています。これは医療者用のテキストなのですが、一般の方が読んでも分かりやすくよく書けています。
不眠を訴える人のほとんどに、私は「パートナーと一緒ですか」と聞くようにしています。この私の意図は、「パートナーのいびき(や寝言)が睡眠の妨げになっていないか」ということであり、特にいびきで眠れないという人には寝室を別々にすることを提唱していました。
ところが、どうも私のこのアイデアは間違っていたようです。「良質な睡眠を得るためにはパートナーとベッドを共にすべき」という論文が発表されました。医学誌『Frontiers in Psychiatry』2020年6月25日(オンライン版)に掲載された「カップルでベッドに入るとレム睡眠が増加しリズムが安定する(Bed-Sharing in Couples Is Associated With Increased and Stabilized REM Sleep and Sleep-Stage Synchronization)」です。
論文によると、カップルでベッドに入るとレム睡眠が約10%増加し、安定することが分かりました。研究の対象となったのは18~29歳の12組のカップルです。カップルには研究のため4泊してもらっています。2泊を別々で、残りの2泊をパートナーと共に睡眠をとってもらいその差が調べられたのです。
ところで、いわゆる「浅い睡眠」であるレム睡眠が増えるのは本当にいいことなのか、という疑問があります。深い睡眠をしっかりとっていればそれでいいではないか、という考えが根強くあるからです。しかし、「レム睡眠を充分にとらないと死亡率が上昇する」という研究があり注目されています。
医学誌『JAMA neurology』2020年7月6日号(オンライン版)に「中高年における死亡率とレム睡眠との関係(Association of Rapid Eye Movement Sleep With Mortality in Middle-aged and Older Adults)」という論文が掲載されました。
この研究の対象グループは2つあり、1つは平均年齢76.3歳の男性2,675人で、12.1年間(中央値)追跡されています。もうひとつは、成人男女1,386人(男性54.3%、平均年齢51.5歳)で、20.8年間(中央値)追跡されています。レム睡眠の長さと死亡リスクとの関連が調べられ、総睡眠時間に占めるレム睡眠の割合が5%減少するごとに、心血管疾患による死亡率および全死亡率がいずれも13%上昇することが分かったのです。さらに、この傾向は年齢が若くても認められています。
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人間はレム睡眠の間に夢を見ると言われています。今回紹介した2つの研究を合わせて考えると、パートナーとベッドを過ごすことで、素敵な(とまでは言えないかもしれませんが)夢を見ることができて、それが健康で長生きすることにもつながる、というわけです。
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|2020年1月31日 金曜日
2020年1月31日 電子タバコ、WHOがついに「危険宣言」
電子タバコは有害か否か、禁煙のツールとして有効か否か。
このサイトで何度も取り上げているこの論争、どうやら「電子タバコは有害」という方向に大きく傾いてきました。過去のコラム(はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」)で取り上げたように、イギリス政府は「電子タバコは禁煙に有効であり、積極的に紙タバコから切り替えるべきだ」という方針を固辞しています。
一方、米国では電子タバコで死者が相次いでいることを問題視し、危険性を指摘する声が強くなってきていました。タイやシンガポールでは所持しているだけで「罪」になることも上記のコラムでお伝えしました。
今回紹介したいのはWHOの見解です。2020年1月29日に更新された電子タバコのQ&Aで、電子タバコの危険性を強く警告しています。
WHOによれば、電子タバコは10代の若者の脳の発達に悪影響を与え、胎児にも障害を与える可能性を指摘しています。また、禁煙の補助ツールになる証拠はない、と断言しています。
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このWHOの見解はイギリス政府の主張とまったく異なるものです。では、イギリスではこのWHOの見解をどのように報道しているのでしょうか。「The Telegraph」が「WHOが電子タバコは有害であり安全でない(World Health Organisation: E-cigarettes are harmful to health and are not safe) 」という記事を掲載しています。
2015年以降、イギリス保健省(Public Health England)は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。The Telegraphの記事によれば、この保健省の発表に疑問を感じているイギリスの専門家もいるそうです。
先述のコラムでも述べたように、電子タバコについてはイギリスだけが世界から孤立しているような状態です。今回紹介したWHOのこの発表でその孤立がますます加速することになりそうです。
参考:
はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」
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|2020年1月31日 金曜日
2020年1月31日 新型コロナ、WHOがついに「緊急事態宣言」
連日メディアで取り上げられている新型コロナウイルスに対し、2020年1月30日、WHO(世界保健機関)は「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。1週間前の23日には見送られていましたから、この1週間でWHOが「見解を変えた」ということになります。
1月30日のWHOの発表では、中国全域で7,711人が感染確定、12,167人が疑い例として経過が観察されています。感染確定例のうち1,370人が重症、死亡者は170人に上ります。他国では、18か国で合計82人が確定しており、このうち中国への渡航歴がないのが7人です。
尚、確定感染者と死亡者の最新の数字を調べるにはWorldmeterのサイトがいいと思います。信頼できる情報源からの最新の情報を収集し日々更新されています。
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WHOが緊急事態宣言を見送った2020年1月23日、私は毎日新聞主催のミニ講座を開いていました。編集長から「新型コロナについても何か話すように」と言われていたのですが、この時点でははっきりしたことが分かっておらず、一般のメディアで報道されている内容以上の情報はありませんでした。そこでスライドは1枚だけにし、今後の情報に注意するべきだということを述べるにとどめました。
新型コロナウイルスで私が最も懸念しているのは「不当な差別」です。すでに、中国から緊急帰国した日本人を非難する声もあるとか。特に心配なのは子供たちです。文部科学省の通達では、帰国後2週間が経過すれば登校可とされています。風邪が流行っているこの季節、登校したとたんに風邪をひいて咳をしたときに差別的な扱いを受けないでしょうか。
大阪府では吉村知事が、感染者の行動をすべて公開するという方針だそうです。おそらく今後しばらくは感染者が増えるでしょう。感染力の強さと重症の度合いに関係はありませんが、中国では医療者も相次いで院内感染を起こしていることから、”それなりに”気を付けていたとしても感染を完全に防ぐことは困難だからです。すると、大阪府はすべての感染者のすべての行動を公表するのでしょうか。
そうなればおそらく相当の混乱をもたらすでしょう。すでに根拠のないデマも出回っているかもしれません。太融寺町谷口医院にも「マスクはN95でなければ防げないのですか?」という問い合わせが複数届いています。しかし、N95は過去のコラム(はやりの病気第114回(2013年2月)「花粉と黄砂とPM2.5」)で述べたように一般の方には現実的なものではありません。
では何に気を付けてどのように行動すればよいのか。そして、感染したかもしれないときはどうすればいいのか。こんなときこそかかりつけ医に頼るべきです。当院をかかりつけ医にしている人は疑問があればどうぞメールにて(緊急性がある場合は電話対応もします)お問い合わせください。
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|2019年12月28日 土曜日
2019年12月28日 やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか
胃薬PPIが認知症のリスクを増やす!
医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文「PPIと認知症の関係(Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia)」でこのような報告がおこなわれ世界中で物議をかもしました。その後「リスクは増えない」という研究も発表され、研究者の間でも意見が別れています(下記「医療ニュース」参照)。
そして、新たな大規模研究の結果が報告されました。医学誌『European Journal of Clinical Pharmacology』2019年11月21日号(オンライン版)で中国Anhui Medical Universityのun Zhang氏らの論文では「PPRで認知症のリスクが1.3倍」とされています。
論文のタイトルは「PPIにおける認知症のリスク:コホート研究のメタアナリシス(Proton pump inhibitors use and dementia risk: a meta-analysis of cohort studies)」です。「メタアナリシス」とは過去におこなわれた研究を集めて総合的に再検討することを言います。このメタアナリシスでは過去に欧州及び中国でおこなわれた合計6つの研究が解析されています。合計の対象者は166,146例です。
結果、PPI使用で認知症のリスクが1.29倍になっているという結論が導かれました(PPI使用5年以上では1.28倍)。欧州だけでみると1.46倍、65歳以上だけでみると1.39倍です。
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現在PPIを内服している人がこの研究の影響を受けて直ちに中止する必要はありません。ですが、H2ブロッカーなど他の胃薬に変更できないかどうかは主治医と相談してもいいでしょう。また、太融寺町谷口医院の患者さんの印象で言えば、前にかかっていた医療機関であまりにも気軽にPPIが処方されていた人が目立ちます。
胃の調子が悪いという人のなかには、PPIが必要な人がいるのは事実です。ですが決して気軽に始める薬ではなく、結論が出ておらず異論もあるとはいうものの「認知症のリスクとなるかもしれない」ということは知っておいた方がいいでしょう。
参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2017年11月15日「ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
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|2019年12月28日 土曜日
2019年12月28日 テストステロン補充は心臓発作、脳卒中、血栓症のリスク
ほとんどテレビを見ずSNSもやらない私は世間の”流行”に疎いのですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからの質問で「今、何が流行っているのか」が分かることがあります。ここ1年間で受けた質問で多いのが「男性のテストステロン補充療法は有効か、そして安全か」というもので、なかにはすでに「他院で始めているが大丈夫か」というものもあります。
テストステロン補充療法は、「中高齢の男性を”元気”にする。気分が晴れやかになり、勃起力も回復する!」という触れ込みで”以前は”海外で随分さかんにおこなわれていましたが、現在は”下火”になっています。米国の医療系ニュースサイト「HealthDay」によると、米国では2001年から2013年までにテストステロン補充療法の処方件数が300%以上増加したものの、FDA(米食品医薬品局)が「危険性」を警告したことがきっかけで、このブームは終息しています。危険性とは、テストステロン補充療法による心筋梗塞や脳卒中のリスク上昇です。
そのFDAの「警告」は2014年1月31日に発表されました。ただちに全員が中止せよ、と言っているわけではありませんし、結論は避けたような表現をとっていますが、「テストステロン療法受けると脳卒中、心臓発作、および死亡のリスクが30%増加する」という結論の研究を引き合いに出して注意を促しています。
しかしながら、先述の「HealthDay」によると、2016年の時点で全米でテストステロン補充療法を受けている30歳以上の男性は100万人を超えているそうです。
テストステロンの危険性は心臓発作や脳卒中だけではありません。「HealthDay」の関連サイトで医師向けのサイト「Physician’s Briefing」は、医学誌『JAMA Internal Medicine』2019年11月11日(オンライン版)に掲載された論文「性腺機能低下症のない男性におけるテストステロン補充療法と深部静脈血栓症の関係(Association of Testosterone Therapy With Risk of Venous Thromboembolism Among Men With and Without Hypogonadism)」を紹介し、テストステロン補充療法が深部静脈血栓症(DVT)のリスクであることを伝えています。
この論文によると、性腺機能低下症がないテストステロン補充療法を受けていた男性が6か月以内にDVTを発症するリスクが2.32倍(性腺機能低下症の診断がついている男性は2.02倍)に上昇していました。
このリスクは高齢者より中年男性で高いようです。同論文によると、65歳未満の男性ではリスクが2.99倍上昇するのに対し、65歳以上では1.68倍です。
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テストステロン補充療法の普及について知り合いの泌尿器科医に聞いてみると、(安全性はともかく)効果は確実にあり一度注射するとやめられなくなる患者が多いそうです。危険性を繰り返し伝えても「責任は自分がとるから注射を続けてほしい」という希望も多いのだとか。
我々は歴史から学ばなければなりません。女性ホルモン補充療法の有効性と安全性が調査された大規模研究WHI(Women’s Health Initiative study)では、乳がんのリスクが当初予想されていたよりもはるかに高いことがわかり、当初の研究の終了予定を待たずに中止されたという経緯があります。もちろん、これが女性ホルモンがすべての人に使えないことを意味しているわけではありませんが、充分に慎重にならねばらないのは確実です。
谷口医院の患者さんからの情報によると、テストステロン補充療法を勧める医師のなかには「テストステロン補充療法の効果は絶大で安全」とさかんに謳い勧め、なかには、自らがこの治療をおこない高齢で元気であることをアピールしている医師もいるとか。実際にこの治療を始めた40代前半の患者さんによると、「危険性の説明はまったくなかった」そうです。ちなみに、現在この患者さんは(私が危険性を説明したからなのか)この治療をやめています。そして、テストステロンレベルを自然に上げるために「運動」を開始し現在調子がいいと言います。
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|2019年11月25日 月曜日
2019年11月25日 「海の近く」に住めば貧しくても心は安定
将来はどこに住みたいか、というのは多くの人が考えることで、回答は主に「都会派」か「自然派」に分かれると思います。慌ただしい都会を離れて自然に囲まれた田舎暮らしに憧れる人も少なくないようで、そういった特集を雑誌で見かけることもあります。自然に囲まれた生活をイメージすると「山」と「海」に大きく分けることができます。今回紹介するのは「海の近く」の生活です。ただし、「海に近い都市部」です。
医学誌『Health & Place』2019年9月号に掲載された論文「イングランドの成人における海との距離と精神状態。収入格差をやわらげる効果も(Coastal proximity and mental health among urban adults in England: The moderating effect of household income)」で述べられているポイントを紹介します。
・海岸から1km以内に住めば精神状態が改善する
・最も収入が低いグループにおいては「海の近く=良い精神状態」の関係が特に強かった
この研究の対象は「イングランド健康調査(Health Survey for England)」の参加者約25,963人です。都市部に住む成人における「海の近くに住むこと」と「精神状態」、さらに「収入」との関連が調べられています。
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このようなマイナーな医学誌を取り上げたのは私自身がこの論文のタイトルに魅かれたからです。以前『八月の鯨』という映画を観たとき、ストーリーは私にとってはあまり面白くなく退屈だったのですが、映画に登場する部屋から見える海のシーンがとても美しく「こんな家に住めたらどれだけ幸せだろう」と感じたことがあり、そのシーンだけがその後も私の心に中に何度も登場するのです。ちなみにこの映画は映画ファンの間では軒並み評価が高いようで、その海のシーン以外の良さが分からない私にはセンスがないそうです。
今回紹介した研究の興味深いところは収入との相関関係が調べられていることです。「低収入でも海を見れば幸せ」と極論することは危険でしょうが、「生きるヒント」になるかもしれません。
もうひとつ気になるのは、これが「都心部での調査」ということです。都心部の海と田舎の海では違いがあるのでしょうか。あるいは離島はどうなのでしょうか。いつかそんな研究が発表されるのを楽しみにしたいと思います。
参考:
「はやりの病気」第185回(2019年1月)「避けられない大気汚染」
「医療ニュース」2017年3月31日「大通り沿いに住むことが認知症のリスク」
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|2019年11月23日 土曜日
2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク
いまだに一般のメディアでは大きく取り上げられておらず世間の関心も高くなく、さらに医療者の間でもあまり話題にならないのですが、2014年頃から「CTE(慢性外傷性脳症)」のリスクについて私自身は日ごろの外来で患者さんに伝えるようにしています。また、このサイトを読まれた人たちから質問が寄せられることもあります。
これほど重要な疾患がなぜ世間で重視されないのか私には皆目見当がつきません。2016年にはCTEを取り上げたウイル・スミス主演の映画『コンカッション』が日本でも公開されたのですが、なぜか単館系での上映のみで期間も短くあまり話題になりませんでした。ちなみに、主演のウイル・スミスはゴールデングローブ賞で最優秀主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされています。
一方、海外ではCTEに関する研究が増えてきており一般のメディアも報道しています。今回は「やっぱりサッカーも危険だった」という研究を紹介しますが、その前にこのサイトでこれまで述べてきたことを簡単にまとめておきましょう。
・CTEは格闘技やアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツで脳震盪を起こすことが原因。
・NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は当初アメリカンフットボールとCTEの因果関係を否定していたがその後認めるようになった。2015年4月時点で、CTEを発症した元アメリカンフットボールの選手5千人以上に対し、NFLは総額10億ドルを支払うことで和解した(「The New York Times」の記事より)。
・病理解剖の研究によれば、元アメリカンフットボール選手の87%がCTEだった(医学誌『JAMA』2017年7月25日号の論文より)。
・コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEになることが、米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体から明らかとなった(医学誌『Acta Neuropathologica』2015年3月の論文より)。
・米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)は「未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない」と勧告した(医学誌『Pediatrics』2016年12月号の論文より)。
・サッカーでヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上となる(医学誌『Neurology』2017年2月1日号の論文より)。
・イングランドの元ストライカーJeff Astle氏が若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界した(報道は「The Telegraph」)。
・オバマ元大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言した(「The Newyorker」より)。
ここからが今回の研究の紹介です。結論を言えば「サッカー選手は認知症になりやすい」です。医学誌「New England Journal of Medicine」2019年10月21日号(オンライン版)に「元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率Neurodegenerative Disease Mortality among Former Professional Soccer Players」というタイトルの論文が掲載されました。
研究の対象はスコットランドの元プロサッカー選手7,676例。対照には同年代の一般住民23,028例が選ばれています。追跡期間の中央値は18年以上で、その間に元サッカー選手1,180人(15.4%)、対照群3,807人(16.5%)が死亡しています。ポイントは次の通りです。
・全死因の死亡率については、70歳までは元サッカー選手が一般人よりも低かった。しかしその後は逆転している。
・元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率は一般人の3.45倍。
・元サッカー選手のアルツハイマー病での死亡率は一般人の5.07倍。
・元サッカー選手は一般人よりも虚血性心疾患による死亡率は20%低い。
・元サッカー選手は一般人よりも肺がんでの死亡率は47%低い。
・元サッカー選手は一般人よりも認知症関連の薬の処方頻度が高い。
・ゴールキーパーはゴールキーパー以外の選手と比べて認知症薬の処方頻度は59%低い。
これらをまとめると、「サッカーをすれば心臓と肺が強くなるが、神経の病気のリスクが高くなる。特にアルツハイマーのリスクが高い。その原因はヘディングをするからだ」、となります。
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これまでアメリカンフットボールによるCTEの研究がたくさん米国でおこなわれているのは米国ではサッカーの人口が少ないからでしょう。一方、スコットランドではサッカーが国民的スポーツです。今後欧州の他の地域や南米でもサッカーとCTEを結びつける研究が出てくるかもしれません。しかし、それを待つのではなく、この時点で我々は、そして我々の子供はコンタクトスポーツを続けていいのか、という問題を真剣に考えるべきではないかと私には思えます。
今年の盛り上がりに水を差すようですが、それはラグビーでも同様です。
はやりの病気
第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース
2017年8月30日「アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!」
2017年3月6日「ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク」
2016年12月26日「未成年の格闘技は禁止すべきか」
2016年10月14日 「コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症」
2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」
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|2019年10月27日 日曜日
2019年10月27日 片頭痛があればアルツハイマーのリスクが4.2倍
片頭痛は脳梗塞のリスクであるという情報はかなり知れ渡ってきているようです。初診時の患者さんからこのことを聞かれることが少しずつ増えてきています。脳梗塞のみならず、心筋梗塞、脳出血、静脈血栓症、不整脈などのリスクが上昇することを示した研究も過去のニュース「片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク」で紹介しました。
今回報告するのは、おそらく脳梗塞以上に衝撃的だと思います。それは「片頭痛があればアルツハイマー型認知症のリスクが4.2倍にもなる」という研究です。
医学誌『International Journal of Geriatric Psychiatry』2019年9月号に掲載された論文「片頭痛と認知症のリスク、アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症の前向き調査(Migraine and the risk of all‐cause dementia, Alzheimer’s disease, and vascular dementia: A prospective cohort study in community‐dwelling older adults)」で研究結果が報告されています。
研究の対象者はカナダのある地域に在住する65歳以上の679人で、登録時には認知機能の異常がないことが確認されています。5年後に認知機能を評価しアルツハイマー型認知症及び脳血管型認知症の有無が調べられました。
その結果、アルツハイマー型認知症のリスクは4.22倍にもなっていました。意外なことに脳血管性認知症のリスクは上昇していません。
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この論文は非常に重要だと思います。まずこの研究は「前向き研究」でおこなわれています。以前にも述べたように前向き研究は「後向き研究」に比べて、エビデンスレベルがずっと高いわけです。
次に、アルツハイマー型認知症の最大の要因は「遺伝」です。私の印象で言えば、この点が正確に世間に伝わっておらず、週刊誌やネット情報なども「〇〇を食べればリスク増大」「運動不足がリスクを上げる」「頭を使わないと…」「交友関係が少ないと…」などそのようなことばかり取り上げますが、最大の要因が遺伝であることは間違いありません(下記「医療ニュース」参照)。
そして、片頭痛も遺伝の要因が強いことはほぼ間違いありません。ということは、片頭痛があり親族にアルツハイマー型認知症がいる人のリスクはかなり高いということになります。であるならば、片頭痛の治療と予防をしっかりおこなうことと、(エビデンスレベルが高くないとはいえ)認知症の予防として推奨されている食事や運動方法などを実践すべきということになります。
それから(これは誰も言わないので私が言います)、リスクが高い人は認知症を恐れるのではなく、すぐに発症してもいいようにいろいろな”準備”をしておくことが大切です。例えば、預金や保持している金融商品を明確にして家族に伝えておくとか、自営業者の人なら早めに後継者を探すとか、そういったことが必要です。「自分は認知症のリスクが高いから早めに準備しています」という人はあまりいませんが、これは重要なことだと私は考えています。
参考:
はやりの病気第179回(2018年7月)「認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」
医療ニュース2019年3月31日「親戚・身内にアルツハイマー、自身も高リスク」
医療ニュース2019年3月31日「ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク」
医療ニュース2018年2月26日「片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク」
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|2019年10月7日 月曜日
2019年10月7日 大阪で日本脳炎ウイルス、北海道出身者は要注意
2019年9月12日、大阪府八尾市保健所は「同市東部で採取したコガタアカイエカから日本脳炎ウイルスが見つかった」と発表しました。大阪府によれば2003年の調査依頼、府内でウイルスが見つかったのは初めてです。
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日本脳炎は発症すれば、3分の1が死亡、3分の1が後遺症を残します。つまり「死に至る病」のひとつです。ワクチンを接種していれば防げるのですが、問題はしていない人が少なくないことです。
最も注意が必要なのは北海道出身の人です。北海道にはコガタアカイエカが棲息してないことから長年ワクチンが定期化されておらず、ようやく定期接種に位置付けられたのは2016年からです。
また、中年以降の人も注意が必要です。北海道以外の地域でも正式に「定期予防接種」に指定されたのは1994年です。また2005年から2010年の間は「積極的勧奨の差し控え」となっていました。下記は日本の日本脳炎ワクチンの簡単な時間的推移です。
1954年 不活化ワクチンの勧奨接種が開始
1976年 臨時の予防接種に指定
1994年 定期予防接種に指定
2005年 積極的勧奨の差し控え
2010年 新型ワクチンによる積極的勧奨再開
参考:
はやりの病気
第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」
医療ニュース
2016年10月8日「対馬での日本脳炎「集団感染」の謎」
毎日新聞「医療プレミア」
「来夏の東京五輪で「日本脳炎」の患者が急増する心配」2019年5月5日
「日本脳炎のワクチンが今必要なわけ」2016年12月18日
「日本脳炎の大流行を危惧する二つの理由」2016年12月11日
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