医療ニュース

2025年10月16日 木曜日

10月17日 カリフォルニアでは「超加工食品」が学校給食禁止に

 超加工食品の危険性(と”魅力”)を詳しく紹介したのは「はやりの病気」2025年1月の「『超加工食品』」はこんなにも危険」でした。このコラムでは、超加工食品が、体重を増やし、寿命を縮め、不眠やうつを加速させ、認知症のリスクを上げることなどについて、エビデンスを示しました。また、コロンビア、ブラジル、カナダ、ペルーなどでは国を挙げて超加工食品を制限するよう取り組んでいることも紹介しました。

 他国をみてみても、例えば英国にはいわゆる「砂糖税」があります(超加工食品の多くに砂糖が使われています)。仏国では「ニュートリ・スコア(Nutri-Score)」と呼ばれる食品へのラベル貼付がおこなわれています。有害な超加工食品には赤のラベルが、加工されていない栄養に富んだ優秀な食品には緑のラベルが貼られているのです。仏国でこの制度が導入されたのは2017年、現在はベルギー、スペイン、ドイツなどにも広がっていると聞きます。

 この流れは世界で加速しています。報道によると、カリフォルニアのGavin Newsom州知事が「2035年までにすべての学校で超加工食品の給食での提供を段階的に廃止することを義務付ける」法案に署名しました。ガイダンスが各学校に配布され、2029年から段階的に廃止される予定です。

 また、同州ではすでに昨年、合成着色料6種類(赤色40号、黄色5号、黄色6号、青色1号、青色2号、緑色3号)を学校給食から禁止する法律が生まれ、2027年から施行されます。これら着色料は児童の神経疾患の原因になるとされています。これら6種の着色料のなかで最も有名なのはおそらく赤色40号でしょう。ドリトス、ゲータレード、スキットルズなどに含まれると聞いています。そして、赤色40号は児童や十代の若者の活動過多やイライラを悪化させる可能性があることが示されています。ちなみに日本では黄色6号は未認可ですが、他の着色料は量的制限はあるものの日常の食品で使われています。

 尚、The Telegraphによると、カリフォルニアの超加工食品の給食禁止は政治的な背景があるようです。いわゆる「MAHA運動」を推奨するロバート・F・ケネディ・ジュニア保健長官は今年8月までに超加工食品対策を講じると約束していましたが、先月発表された最新の報告書には超加工食品対策がはっきりと示されていませんでした。そこで、民主党に所属するGavin Newsom州知事は「カリフォルニアでは、以前から子供たちの健康を守るための対策に取り組んできた」と強調したかったようです。

 

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2025年10月16日 木曜日

2025年10月16日 その後のNDM-1とグラム染色の必要性

 最近は「昔から谷口医院のコラム、欠かさず読んでいます」と言われることが増えているのですが、では「NDM-1」を覚えている人はどれくらいいるでしょうか。NDM-1を取り上げたのは今から15年前の2010年9月。今から15年以上前の「はやりの病気」の「NDM-1とアシネトバクター」で、紹介したのはその一度きりです。今回はそのNDM-1が大変なことになっている、というニュースです。

 NDM-1の正式名は「New Delhi metallo-β-lactamase 1」で、NDM-1とは酵素の1種です。名前に地名が入っているのは最初に発見されたのがニューデリーだからです。この酵素はカルバペネムを含む強力な抗菌薬を分解します。つまり「強力な抗菌薬でも死滅しない酵素及びこの酵素をもつ細菌」がNDM-1と呼ばれるようになったのです。ただし、細菌は「-1」を付けないことが多く、単に「NDM」と呼ばれることが増えてきました。よって、ここでもNDMとします。

 NDMはときどき論文や海外のメディアでは取り上げられているのですが、これまではそれほど目立っていませんでした。しかし、2025年9月23日、米国CDCが驚くべき報告をおこないました。

 「米国ではNDM産生カルバペネム耐性腸内細菌(NDM-producing carbapenem-resistant Enterobacterales )が2019年から2023年の間に460%以上も増加している」というのです。

 「NDM産生カルバペネム耐性腸内細菌」とは、「NDMを産生して、カルバペネム系抗菌薬が効かない、腸内に棲息する細菌」のことを指します。この条件を満たせばいいわけですから、その細菌が大腸菌であってもクレブシエラであっても、あるいはサルモネラであっても当てはまります。

 カルバペネム系抗菌薬(注射薬ならイミペネム、メロペネム、ドリペネム。内服ならオラペネム)は極めて強力な抗菌薬で、ペニシリンやセフェムなどのよく使われる抗菌薬が無効な細菌にも効く、いわば「最後の砦」とも呼べる抗菌薬です。近年カルバペネムが効かない細菌が問題になっているのですが、そのなかでも「NDM産生カルバペネム耐性腸内細菌」の急増が深刻化しているのです。

 15年前のコラムでは、この細菌が「スーパー細菌(superbug)」と呼ばれていることを紹介しました。現在は、むしろ「悪夢の細菌(nightmare bacteria)」という別名が広がっています。

 「カルバペネム耐性菌」の定義は「カルバペネムに耐性のある細菌」ですから「NDMを持たないカルバペネムに耐性のある細菌」も含みます。2023年には米国23州で4,341件のカルバペネム耐性菌が発生し、そのうち1,831件が「NDM産生型」でした。研究者らは感染者の死亡者数を明らかにしておらず、これを報告した論文からは死亡率が分からないのですが、有効な抗菌薬が存在しないわけですから極めて高いことが予想されます。

 NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌は誰にでも感染し重症化する可能性があります。例えば、15年前のコラムでも紹介したアシネトバクターであれば、免疫能が正常であれば通常は自然に治ります。よって「薬剤耐性のアシネトバクター」と言われてもそもそも健常人がアシネトバクターで重症化することはまずありません。一方、NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌はときに健常人も重症化することのある大腸菌やサルモネラでも起こり得ます。例えば、病原性の高い大腸菌(O-157など)がNDMを持ったとすれば健常人でも助からない可能性があります。米国では4年間で460%も増加したのなら、日本でもこれから問題になっていくでしょう。

 薬剤耐性菌は今に始まった問題ではありません。医療プレミア「「あなたと家族と人類」を耐性菌から守る方法」で紹介したように、2014年の時点で「2050年には薬剤耐性菌関連死亡が年間1000万人に膨れ上がり、がんによる死者数を超えて、世界の死因第1位になる」と予測されていたのです。

 2025年10月13日、WHOがショッキングな報告を発表しました。世界中の細菌感染症の6分の1が一般的な抗生物質に耐性を示している、つまり「細菌感染の6分の1は抗菌薬を用いた通常の治療では治癒しない」と警告したのです。「通常の抗菌薬が効かない」というレベルですから、カルバペネムを代表とする「強力な抗菌薬」を使用すれば治癒するかもしれませんが、このような細菌感染が増加すれば「強力な抗菌薬」が効かずに、NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌のような「悪夢の細菌」が増加することになるでしょう。

 なぜ薬剤耐性菌がこんなにも増えるのか。よく指摘されるように「不要な抗菌薬の使用」です。通常、抗菌薬を処方するのであればグラム染色をおこない、その細菌がグラム陽性菌か陰性菌であるかを確定しなければなりません。上記WHOの報告でも言及されているように、現在耐性菌がより深刻なのはグラム陽性菌ではなくグラム陰性菌の方です。よって、抗菌薬を投与するなら、最低でもターゲットとするその細菌はグラム陽性菌なのか陰性菌なのかを確定しなければならないはずです。こんなこと、医師であれば誰でも学んでいるはずなのですが、なぜか他院から谷口医院に移ってくる患者さんたちは「前の医者ではグラム染色などされたことがなく、いつも〇〇が出されます」などと言います。そして、驚くべきことに、その〇〇がアベロックス、グレースビット、ラスビック、ジェニナック、スオードなど、谷口医院では年に1~2回程度しか処方しない極めて強力な抗菌薬であることが多いのです。

 これでは薬剤耐性菌が増え続けるのも無理はありません。他の医者の悪口は言いたくありませんが、こと抗菌薬の処方に関しては首をかしげざるを得ません……。

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2025年9月21日 日曜日

2025年9月21日 カンジドザイマ(カンジダ)・アウリスの恐怖

 幸い日本ではまだアウトブレイクは起こっていませんが、入院患者にとってはかなり恐ろしい感染症の流行が欧州で始まっています。その名は「カンジドザイマ・アウリス(Candidozyma auris)」、以前は「カンジダ・アウリス(Candida auris )」と呼ばれていた真菌症(カビの仲間)です。

 この感染症の何が怖いか。まず1つ目にその致死率の高さが挙げられます。感染者の約6割が90日以内に死亡するのです。そして、この感染症が怖い2つ目の理由は、現在流行しているのが欧州諸国であることです。過去10年間で少なくとも欧州18ヵ国で報告されています。

 例えば、エボラ出血熱はそのときの流行株の種類によりますが致死率は軒並み50%を超えます。よって、恐ろしい感染症だと言えるのですが、アフリカ大陸に渡航しない限りは恐れる必要はありませんし、仮に渡航したとしても現地の人たちと同じように過ごさない限りはさほど心配する必要はありません。他方、カンジドザイマ・アウリスは現在先進国の欧州で流行しており、感染者の6割は3ヶ月以内に死亡するというのです。

 この感染症の歴史はさほど古くありません。世界第一号は我が国です。国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、カンジドザイマ・アウリスは2009年に日本で初めて報告されました。2005年に慢性中耳炎を患った患者の耳漏から検出されたのです(尚、現在欧州疾病予防管理センターを含む世界の公的機関やメディアでは「カンジダ」ではなく「カンジドザイマ」と呼んでいますが、日本の官公庁は依然「カンジダ」としています)。その後、6大陸40ヵ国以上から報告されています。

 薬が効きにくいことから、2022年にはWHO(世界保健機関) が「病原性の高い真菌リスト(Fungal Priority Pathogens List, 2022)」で最も優先度の高いグループに指定しました。そのグループにはカンジドザイマ・アウリスを含め下記の4つの真菌症が指定されています(尚、この時点ではWHOも「カンジドザイマ」ではなく「カンジダ」としています)。

・Cryptococcus neoformans(クリプトコッカス・ネオフォルマンス)
・Candida auris(カンジダ・アウリス)
・Aspergillus fumigatus(アスペルギルス・フミガタス)
・Candida albicans(カンジダ・アルビカンス)

 欧州疾病予防管理センター(ECDC)によると、2013年から2023年の間に、欧州では4,012人がカンジドザイマ・アウリスに感染しました。2023年だけで1,346件の症例が報告され、前年比で67%の増加となります。

 感染する場所は「医療機関」、つまりこの感染症は院内感染で広がります。健常者に感染しても通常は重症化しませんが、がんや糖尿病といった基礎疾患があれば一気に悪化することがあります。カンジドザイマ・アウリスが広がるのは血液、脳、脊髄、骨、耳、肺、腎臓など多臓器に渡ります。薬はほとんど効きません。

 また、医療機器を含むいろんな物の表面で長期間生存し、ほとんどの消毒剤にも耐性があります。英国の調査では、院内のラジエーター、窓枠、シンク、体温計、血圧計、聴診器などの医療機器の表面にも棲息していたことが分かりました。

 EU諸国で初めてカンジドザイマ・アウリスが報告されたのは2016年のスペインです。バレンシアの病院のICUで治療を受けていた4人から検出され、その後数ヶ月間に院内の感染者数は140人にまで増加しました。同じ年、ロンドンのRoyal Brompton病院では、カンジドザイマ・アウリスにより3人が死亡し、さらに50人が感染し、ICUを閉鎖せざるを得ませんでした。その後、少なくとも欧州18ヵ国で報告があり、スペイン、英国以外では、ギリシャ、イタリア、ルーマニア、ドイツで感染者数が増加しています。最近では、キプロスとフランスでも感染拡大が報告されています。

 カンジドザイマ・アウリスはなぜこんなにも広がりやすいのでしょうか。まず、検査は簡単にはできず診断が極めて困難です。上述したように、医療機器、窓枠、シンクなどほとんどどこででも棲息できて、消毒薬が効かないことも理由のひとつです。また、気温上昇により、繁殖しやすくなっていることも原因となっているのでしょう。

 今後、カンジドザイマ・アウリスによく効く抗真菌薬は開発されないのでしょうか。実は、抗真菌薬というものは抗菌薬よりもさらに開発が困難であり、欧州当局で承認された新しい抗真菌薬は過去10年間で4種類しかありません。日本で報告された事例では、幸いなことにミカファンギン、カスポファンギン、アムホテリシンBといった従来からよく使われる抗真菌薬が有効であったようですが、欧州のように、今後これらが効かないタイプのカンジドザイマ・アウリスが登場するのも時間の問題だと私は考えています。

 

2025年9月11日The Telegraph 「Drug-resistant fungus spreading rapidly in European hospitals」より

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2025年9月15日 月曜日

2025年9月15日 猛暑は「老化」「早産」「暴力」「犯罪」「成績低下」などの原因

 熱中症に罹患したことがある人のなかには「えっ、この程度の暑さで熱中症?」と感じたことがある人も多いのではないでしょうか。「外出していないのに」「外は曇っていたのに」「そんなに短時間で……」など、まさかその程度で熱中症で倒れるなどとはまったく考えていなかったという人は少なくありません。

 そして、猛暑がやっかいなのは、頭痛、倦怠感などの狭義の熱中症をもたらすからだけではありません。他にも多くの疾患や症状のリスクがあります。しかも、それらも「えっ、その程度で?」というケースが思いのほか多いのです。ざっと挙げてみましょう。以下はすべて猛暑が原因となる症状です。

・イライラして気が短くなる。怒りっぽくなる

・認知機能が低下し、成績が低下する

・暴力が起こりやすくなり、犯罪が増える
(スパイク・リー監督『Do The Right Thing』は猛暑で人々が次第におかしくなっていく様子が描かれています)

・デッドボールが増える

・老化が促進され寿命が短くなる

 これらはすでに下記のメディアで紹介しました(双方とも無料で読めます)。

〇「毎日メディカル」2025年9月1日「怖いのは熱中症だけじゃない! 猛暑は老化を加速する」

〇「医療プレミア」2024年7月29日「炎熱の地球を生き延びる知恵~その3・暑さで低下する脳機能 試験の成績は落ち、犯罪も増える?~」

 今回は、これら2つのコラムで取り上げなかった論文を紹介したいと思います。

 1つは「猛暑が老化を加速する」ことを支持する台湾の研究です。上記「毎日メディカル」のコラムでも台湾の研究を紹介しているのですが、それは2024年に発表された、対象者は2,084人と比較的小規模のものでした。最近、より規模の大きな研究が発表されました。

 医学誌「Nature Climate Change」2025年8月25日号に「熱波による加速老化への長期的影響(Long-term impacts of heatwaves on accelerated ageing)」という論文が掲載されました。研究には台湾の24,922人のデータベースが用いられました。結果、猛暑下では年間0.023~0.031年、生物学的年齢が実際の暦よりも老化していたのです。

 「年間0.023~0.031年」といわれてもピンときませんし、「その程度ならいいんじゃないの?」と感じられますが、この数字、論文によると、喫煙、飲酒、運動不足などの健康阻害リスクと同じだといいます。

 では、どのような人がリスクになるのか。これは予想通り、肉体労働者や農作業従事者、そしてエアコンの少ない地域に住む人です。要するに、「年を取りたくなければ外出を控えてエアコンの効いた部屋で休んでおきなさい」ということです。しかし、上記「毎日メディカル」でも述べたように、そうすれば運動不足が促進され、どちらにしても老化が加速されてしまいます……。

 もう1つ紹介したい研究は「猛暑が早産の原因になる」とするものです。医学誌「Nature Medicine」2024年11月5日号に論文「熱中症が母体、胎児、新生児の健康に及ぼす影響に関する系統的レビューとメタアナリシス(A systematic review and meta-analysis of heat exposure impacts on maternal, fetal and neonatal health)」が掲載されました。

 この論文は、これまで66か国で発表された198件の研究を対象としたメタアナリシス(総合的に分析したもの)です。結果、出産前の1か月間に女性がさらされる平均気温が1℃上昇するごとに早産の確率が約4%増加することが分かりました。熱波に晒されれば早産の可能性は25%以上増加、さらに、高温への曝露は、死産のリスクを13%、先天異常のリスクを48%、妊娠糖尿病のリスクを28%増加させるといいます。

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 現在の夏はもはや昔のように「待ち遠しくてワクワクするシーズン」ではありません。真夏日には日中は自宅で過ごし、仕事を含め活動は夜間にシフトしていくような社会にすべきではないでしょうか。仕事のみならず、運動も日が暮れてからおこなえば運動不足にならずに済みます。日中の肉体労働や農作業に従事しなければならない場合は、「ひとりあたり1日〇時間まで、かつ年間△日まで」というようなルールを設け、リスクを社会全体で分けあうようにしていく政策が必要ではないかと思えます。

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2025年8月31日 日曜日

2025年8月31日 インフルエンザワクチンで認知症を予防する

 本サイトでは2025年4月の医療ニュース「認知症予防目的に帯状疱疹ワクチン」で取り上げた「帯状疱疹ワクチンが認知症のリスクを下げる」という話は過去数か月でいろんなところで取り上げられている気がします。

 なぜ帯状疱疹ワクチンが認知症を予防するのかについて、HSV(単純ヘルペスウイルス1型)が関与しているのではないかという話は、「はやりの病気」第262回(2025年6月)「 アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(後編)」ですでに述べました。

 今回、改めて検討したいのは「インフルエンザワクチンが認知症のリスクを下げる」とした研究です。3つの論文を紹介しましょう。

 1つはすでに、「はやりの病気」第258回(2025年2月)「認知症のリスクを下げる薬」で紹介済です。2022年6月に医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に掲載された論文「インフルエンザワクチン接種後のアルツハイマー病発症リスク:傾向スコアマッチングを用いたクレームベースコホート研究(Risk of Alzheimer’s Disease Following Influenza Vaccination: A Claims-Based Cohort Study Using Propensity Score Matching)」です。この研究ではインフルエンザのワクチン接種で認知症発症リスクが、なんと40%も低減するとされています。研究の対象者は米国の65歳以上。インフルエンザワクチンを接種した935,887人と、未接種の同じ人数が比較されました。平均年齢73.7歳、追跡期間は46ヶ月です。この間にワクチン接種者では5.1%(47,889人)が、未接種者では8.5%(79,630人)が認知症を発症しました。この研究では「匿名化された保険請求データ」が用いられました。

 メタアナリシス(これまで発表された質の高い研究をまとめなおして総合的に解析する方法)もあります。医学誌「Ageing Research Reviews」に2022年1月に掲載された「インフルエンザワクチン接種は認知症リスクを低下させる:システマティックレビューとメタアナリシス(Influenza vaccination reduces dementia risk: A systematic review and meta-analysis)」です。評価された論文は273件で、ベースライン時点で認知症のない高齢者292,157人(平均年齢75.5歳、女性46.8%)が対象とされました。平均9年間の追跡調査で、インフルエンザワクチン接種は認知症の相対リスクを29%低下させました。

 そして、インフルエンザワクチンが認知症のリスクを下げるとした3つ目の論文は医学誌「Age and Aging」2025年7月号に掲載された「インフルエンザワクチン接種と認知症リスク:系統的レビューとメタアナリシス(Influenza vaccination and risk of dementia: a systematic review and meta-analysis)」で、こちらもメタアナリシスです。8件の質の高い研究がピックアップされ、対象者の合計は9,938,696人です。結果、対象者を「全人口」とすると、インフルエンザワクチンと認知症との間に関連性は認められなかったものの、認知症に「高リスク患者」に限定すると、インフルエンザワクチンが認知症リスクを低減することが分かりました。

 興味深いことに、2~3回接種ではリスクが16%低下するのに対し、4回以上の接種では57%も下がるという結果がでています。

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 では、なぜインフルエンザワクチンが認知症のリスクを下げるのか。これについてはどの論文も触れていません。

 ならば自分で推測するしかありません。

 おそらく、インフルエンザがもたらす、高熱、頭痛、倦怠感などで各臓器に炎症が生じ、結果、炎症性サイトカインが分泌されます。これらサイトカインが脳に作用をもたらし、結果として認知機能を損なうのでしょう。そして、(これは私の仮説に過ぎませんが)脳が炎症を起こしたときにHSVが関与して、その結果、アミロイドβやタウ蛋白が異常蓄積するのではないかと私は考えています。

 上述のコラム「アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(後編)」でも述べたように、脳の外傷で認知症が起こるときにもHSVが絡んでいることが指摘されています。

 ということは、認知症予防の目的で「脳のHSVを大人しくさせておく」、そのためには「あらゆる炎症を防ぐ」、さらに「感染症はできる限り防ぐ」が重要となります。

 

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2025年8月28日 木曜日

2025年8月28日 悪玉コレステロール(LDL)を上昇させる真犯人

 卵を食べるとコレステロールが上がるから控えるように言われています……。

 谷口医院をオープンしてから、何人の患者さんにこのセリフを言われたか、たぶん千回は超えているでしょう。その度に私は「そんな必要ありません」と答えてきました。なぜか。私のそれまでの臨床経験から判断して「たしかに卵をたくさん食べてLDLコレステロールが上昇する人がいるが、上がらない人もいる。むしろ他の”犯人”が重要」だからです。

 この私の考えに自信ができたのは2015年の米国のガイドラインでした。食事性コレステロールが「懸念される栄養素」から削除されたのです。このガイドラインにははっきりと「卵を食べてもいい」とは書かれていませんが、「食事性コレステロール」の代表が卵です。つまり、このガイドラインは「卵には健康上有害性がない」と断言したのです。

 しかしながら、一方では、卵が血中コレステロールを上昇させ心血管系疾患のリスクになることを示唆する研究もあります。いったい、どちらが正しいのか。その答えは「個人差が大きく試してみるまで分からない」となります。ただし、私の個人的な臨床経験で言えば「卵を制限する必要はほとんどない」です。

 医学誌「The American Journal of Clinical Nutrition」の2025年7月号に掲載された論文「卵と飽和脂肪酸由来の食事性コレステロールがLDLコレステロール値に与える影響:ランダム化クロスオーバー研究(Impact of dietary cholesterol from eggs and saturated fat on LDL cholesterol levels: a randomized cross-over study)」によると、飽和脂肪酸の摂取量を減らせば、むしろ卵を2個食べた方が卵を食べないときよりもLDLコレステロールが低下することが分かりました。

 では、いったい何がLDLコレステロールを上昇させるのか。その「答え」はこの論文に書かれているように「飽和脂肪酸」です。当院の経験でいえば、飽和脂肪酸を多く含む食品のなかでも最もLDLコレステロールが上昇しやすいのは次の3つです。

・ポテトチップスを代表とするスナック菓子
・ケーキやシュークリーム
・揚げ物(フライドポテトやから揚げなど)

 上記論文にも述べられているように、卵は「食物コレステロールは豊富で飽和脂肪が少ないユニークな食品」です。卵も極端に大量に食べればLDLが上昇するかもしれませんが、論文では「1日2個の摂取でLDLコレステロールが低下する」としているわけです。そして、卵は良質な蛋白質やアミノ酸がたくさん摂れます。一方、飽和脂肪酸は”諸悪の根源”なのです。

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 診察室で患者さんから話を聞いていると、「卵を控えてこれまでの人生、随分損をしてきましたね」と言いたくなることがあります。もしも今も控えている人がいるなら、そんなルールは直ちに撤廃して卵料理を楽しみましょう。

 しかし、なかには卵を増やして上昇する人がいるのは事実です。たとえば、卵が入ったお菓子を増やせばLDLコレステロールは上昇します。私の場合、夜中に大量の脂っこい料理の外食を続けた結果、LDLコレステロールが一気に上昇したことがあります(参考:はやりの病気第65回(2009年1月)「突然やってきた脂質異常症」)。

 また、どのように食事を変更しても一向にLDLコレステロールが改善しない人もなかにはいます。卵をどのように増やしていけばいいのか、現在の食事内容に問題はないのか、などについて疑問がある人はかかりつけ医に相談しましょう。

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2025年7月31日 木曜日

2025年7月31日 砂糖入りだけでなく「人工甘味料入りドリンク」もアルツハイマー病のリスク

 「認知症のリスク」と言えば、2024年8月以降最も注目されているのが「LDLコレステロール」です。なにしろ、それまでほとんどノーマークだったこのありふれた項目が、血圧、喫煙、飲酒、糖尿などを差し置いて「アルツハイマー病の最大のリスクだ!」と言われるようになったのですから(参考:はやりの病気第253回(2024年9月) 「『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)。

 ですが、アルツハイマー病はできるだけ回避したい疾患ですから他のリスク因子にも注意する必要があります。最近注目されているのが「甘い飲み物」で、医学誌「Aging & Mental Health」2025年6月13日号に掲載された論文「砂糖および人工甘味料入り飲料とアルツハイマー病リスクの関連性:前向きコホート研究の系統的レビューと用量反応メタアナリシス(The association between sugar- and artificially sweetened beverages and risk of Alzheimer’s disease: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective cohort studies)」で紹介されています。ポイントは次の通りです。

・「砂糖入りドリンク」の摂取量増加とアルツハイマー病リスク上昇には有意な関連がある(相対リスクは1.49)。たくさん飲めば飲むほどリスクが上昇する

・「人工甘味料入りドリンク」も同様に相関する(相対リスクは1.42)

・砂糖も人工甘味料も入っていないドリンクではアルツハイマー病との関連はない

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 砂糖または人工甘味料が加えられたドリンクは一切飲まないのが一番です。具体的には、缶コーヒー、砂糖の入った紅茶、コーラ、サイダー、ポカリスエットなどのスポーツ飲料水、果汁100%でないフルーツジュースなどです。さらに、栄養ドリンクも要注意です。

 リポビタンDの場合、なぜか日本の製品やウェブサイトには記載されていませんが、タイのサイトには砂糖含有量が記されています。リポビタンD1本(100mL)あたりなんと18グラム! これはウェブサイトに誤った数値が書かれたわけではありません。その証拠にタイで販売されているリポビタンDの写真(下記)が掲載されています。この写真にはたしかに「炭水化物21グラム。そのうち砂糖が18グラム」と書かれています。一般に、角砂糖1個が3グラム程度とされていますから、リポビタンDを1本飲めばそれだけで角砂糖6個にもなります。

 尚、人工甘味料についてはメルマガで好評だったために毎日メディカルで取り上げましたのでこちらもご参照ください(無料です)。

毎日メディカル2025年6月9日「カロリーゼロでも太る? やせたいなら、食べてはいけない『人工甘味料』」

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2025年7月27日 日曜日

2025年7月27日 コロナワクチンが救ったのは1440万人ではなく250万人

 2021年のあの狂乱を覚えているでしょうか。救世主のように登場した新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを大多数の国民が奪い合うように求めていたあの異常な状態を。

 その後、オミクロン株が流行し始めた頃あたりから、コロナワクチンの有効性を疑問視する声が増え始めました。しかし、それまでは有効であった、しかも劇的に有効であったことはいくつもの研究が示しています。よって、オミクロン株が日本で流行し始めたのは2022年の初頭くらいですから、「2021年には、つまりワクチンが登場した年には、高い効果を有していた」のは事実ということになります。ただし、「有効だと示した研究が正しければ」ですが……。

 コロナワクチンが有効であることを示した論文は多数ありますが、最も有名な1つをここで紹介しましょう。「THE LANCET infectious diseases」2022年9月に掲載された「コロナワクチン接種1年目の世界的な影響:数理モデル研究(Global impact of the first year of COVID-19 vaccination: a mathematical modelling study)」です。下記のグラフを見れば一目瞭然です。

 黒の実線が実際にコロナ関連で死亡したと考えられる人数で、赤の実線がワクチンをうっていなかったときの死亡者の予測数です。コロナワクチンが世界中の大勢の人々を救ってきたことが分かります。この論文によるとワクチンで救われた人は世界中に1440万人もいます。

 この「ワクチンで救われた1440万人」という数字に聞き覚えのある人もいるかもしれません。数字の出処はおそらくこの論文です。この「1440万人を救った」という”事実”はWHOのサイトにも記載されています。

 では、コロナワクチンは今でこそ効果が見劣りしてきているけれど、2021年の頃には大勢を救ったメシアのような存在だったのでしょうか。

 実は最近、コロナワクチンはこれまで言われていたほどには効果が高くなかったのでは?と、有効性に疑問を呈する論文が発表されました。「JAMA Network」につい最近掲載された「2020年から2024年にかけてコロナワクチンで救われた命と生存年数の世界推定(Global Estimates of Lives and Life-Years Saved by COVID-19 Vaccination During 2020-2024)」です。

 この論文によると、「世界の1440万人を救った」とするような初期に発表された論文では、コロナによる致死率の前提が悲観的と呼べるほど過度に高く、ワクチンの有効性は楽観的なほど過度に高く推定されていた、とのことです。では、この論文からポイントをまとめてみましょう。まず表を示します。

 ポイントをまとめると次のようになります。

・コロナワクチンが救った命は1440万人(2020年12月8日から2021年12月8日の間)からはほど遠く、実際には2020年から2024年までで250万人

・ワクチンで救えた10人のうち9人は60歳以上(89.6%)。10人中7人は70歳以上。ワクチンで命を救えた20歳未満は(世界中で)わずか299人。全体の0.01%(ワクチンで救えた1万人のうち20歳未満は1人だけ)。20~30歳では1,808人で、全体の0.07%(ワクチンで救えた1万人のうち7人が20~30歳)(*注)

・5,400回ワクチンが接種され1人の命が救われた。30歳未満でみれば、1人の命を救うために10万回のワクチンが接種された

 この論文よると、これまでコロナワクチンは世界中で合計136億4千万回使用されています。その結果、救えた命は250万人、30歳未満でみると2千人ちょっとです。その2千人に入った(かもしれない)人は胸を撫でおろしているかもしれませんが、では、ワクチンが原因で死亡した、あるいは重篤な後遺症を残した人はどれくらいいるのでしょうか。

 年代ごとのデータは見当たりませんが、日本だけでも、厚労省の資料によると、2024年6月の時点でワクチン被害に対する厚労省の「進達受理件数」が11,305件です。「進達」の意味がよく分かりませんが、被害者が申請して受け取ったという意味だと思います。ということは受け取ってもらえなかった、あるいは初めから諦めて申請していない人は含まれていないわけです。

 他国をみてみると、英国では17,500人以上が、ワクチン接種によって自身または家族が被害を受けたとして政府のワクチン被害補償制度に申請しています。

 過去にも述べたことがありますが、国を挙げてコロナワクチンに狂乱していた2021年のあの夏、私はメディアに「コロナワクチンはうってもうたなくてもリスクがある」という旨のコラムを書きました。すると、このコラムが炎上し、「お前は非国民か!」と言わんばかりのクレームが多数寄せられました。しかも、匿名の医師からのものも複数ありました。

 当時、ワクチン推進派の医師たちは「同居するおじいちゃんやおばあちゃんを守るためにワクチンをうとうね」などと子供に呼び掛けていました。彼(女)らはそんなことを言っていた自分の過去を今どのように考えているのか聞いてみたいものです。

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注:ワクチンで命を救えた20歳未満は表でも299人とされていますが、その内訳を合計するとなぜか298人になります。20~30歳もやはり表では1,808人とされていますが、内訳の合計は1,807人となります。この差の原因は論文を読んでも分かりませんでした。

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2025年6月29日 日曜日

2025年6月29日 食物アレルギーがある人の搭乗、重症化したり拒否されたり……

 国際航空輸送評価機関のSKYTRAXは毎年航空会社のランキングを発表しています。2025年の航空会社トップ10は次の通りです。

1位 カタール航空
2位 シンガポール航空
3位 キャセイパシフィック航空
4位 エミレーツ航空
5位 全日空
6位 ターキッシュエアラインズ
7位 大韓航空(Korean Air)
8位   エアフランス
9位 日本航空
10位 海南航空(Hainan Airlines)

 シンガポール航空は「航空会社のランキング」では2位ですが、「客室乗務員ランキング」では世界一、「ファーストクラスランキング」でも世界一です。

 では、そんなシンガポール航空の「ビジネスクラス」に登場すればどれだけのおもてなしを期待できるのでしょうか。

 報道によると、2024年10月8日、ニューヨークの小児科医Doreen Benary氏はフランクフルト発ニューヨーク行きのシンガポール航空SQ026便のビジネスクラスに搭乗しました。氏は重度の甲殻類アレルギーを有しているために事前に客室乗務員にその旨を申告していました。ところがエビが入った機内食を出され、異変に気付いた氏が客室乗務員に質問したところ、客室乗務員はミスを認め謝罪しました。しかし様態は重症化し、緊急着陸が必要となり、氏はパリで救急搬送され、2つの医療機関で治療を受けました。

 航空会社ランキング世界2位のシンガポール航空がこの対応では大変心許ないわけですが、では他のランキング入りしている航空会社なら安心できるのでしょうか。

 英国のリアリティ番組「Love Island」の出演者Jack Fowler氏は、カタール航空搭乗時にナッツアレルギーであることを客室乗務員に申告していたのに、二度も機内食として出されあやうく死にかけたことを自身のSNSに投稿したことが報道されています。氏はカタール航空の客室乗務員に、ナッツにアナフィラキシー反応を起こすことを5回も伝え、食事が提供されるたびにナッツが入っていないことを保証してくれるようお願いしていました。しかし、搭乗直後に供されたペストリーにはナッツが使われていました。それを客室乗務員に伝えると、客室乗務員は謝罪したそうです。しかしその後、砕いたピスタチオが入ったアイスクリームを提供され、それには気付かず口にしてしまいました。幸いなことに、数秒以内に喉が詰まって舌が腫れ始めたためにすぐに吐き出して事なきを得たようですが、もしもある程度の量を飲みこんでいたら大変な事態になっていたでしょう。これは2023年の出来事です。

 2024年、Jack Fowler氏に再び悲劇が襲いました。今度はカタール航空ではなく、エミレーツ航空です。やはり、食事前に客室乗務員にナッツアレルギーについて伝えていました。ところが提供されたチキンカレーを食べた直後に異変に気付き、客室乗務員に「息ができない」と伝え、食事にナッツが入っているかどうか尋ねました。客室乗務員は「食事にナッツは入っていない」と言いましたが、同乗していた友人がメニューを見てカレーにカシューナッツが含まれていることに気づきました。氏は着陸を急いでもらいドバイの空港に着陸後救急病院に搬送されました。氏は自身でエピペンを注射する動画と、酸素マスクを着用した写真をSNSに投稿しています。エミレーツ航空の広報担当者は、氏の体験について謝罪し「お客様の安全と健康を非常に真剣に考えています」と述べました。

 優良航空会社とされているからこそ報道されるのかもしれませんが、シンガポール航空、カタール航空、エミレーツ航空と超一流とされている航空会社がこれだけの失態をおかしていることを考えると食物アレルギーを持っている人たちは不安でならないと思います。

 一方、これらとは正反対の対応をして、そして非難をあびているのがLCCです。2018年に、イチゴアレルギーだからという理由で英国のLCC「トーマス・クック」の便への搭乗を拒否された19歳の英国人女性については過去の医療ニュース「イチゴアレルギーで搭乗拒否」で紹介しました。

 トルコのLCC「サンエクスプレス」で似たような事件がありBBCが報道しています。2024年5月21日、BBCのフリーランスの気象キャスターGeorgie Palmer氏が家族と共にロンドン・ガトウィック空港発、(トルコの)ダラマン行きの便に登場し離陸を待っているときに、ピーナッツアレルギーをもつ12歳の娘Rosieさんにアレルギー症状が出始めました。乗客が食べているピーナッツが原因と考えたGeorgie Palmer氏と夫は乗務員に「(乗客に)ピーナッツを食べないようアナウンスしてほしい」と要請しました。ところが、客室乗務員と機長はその要求を受け入れず、結果、家族一同が飛行機から強制的に降ろされる事態となりました。

 機内でピーナッツアレルギーを発症するのは空気中に浮遊しているピーナッツの粒子よりも、椅子やテーブルに付着しているピーナッツの破片を口にしてしまうことで発症するケースが多いと言われていますが、このアレルギーは一気に重症化する可能性があり、また機内は室内よりもずっと空気が乾燥していることからアレルギーを持つ当事者や保護者はやはり乗客がナッツ類を口にするのは避けてほしいと考えます。

 実際、上記のBBCによると、ブリティッシュ・エアウェイズ、イージージェット、ライアンエアー、ジェット2などの航空会社は、乗客からの要望があれば客室乗務員がアナウンスを行いナッツを提供しないそうです。

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 これらの情報をまとめると、超一流の航空会社では乗客が申告しているのにも関わらず、アレルギー物質が含まれるものを提供し、他方LCCでは搭乗に慎重になりすぎているような印象を受けます。実際には、このような出来事が報道されるのはごくわずかでしょうし、日々いろんなトラブルが生じているのでしょう。

 英国からフランスへのフライト中に食物アレルギーで他界した15歳の少女は、空港内のサンドイッチ店で購入したバゲットに含まれていたゴマが原因でした。父親は娘にエピペンを2本打ちましたが助かりませんでした。父親はこうした悲劇を防ぐために、他界した娘の名前を付けた「The Natasha Allergy Research Foundation」を2019年に設立しました

 食物アレルギーが怖いのは一気に重症化して命に関わることもあるという点です。そしてときに原因物質を偶発的に口にしてしまうこともあります。特に海外滞在時や飛行機への搭乗には注意が必要で、谷口医院ではエピペンの携帯だけでなく、英文の診療情報提供書をパスポートにはさんでおくよう助言しています。

参考:医療プレミア
2024年9月23日 エピペンは万能ではない 注意しすぎることはない食物アレルギー
2024年9月30日 死に直結する食物アレルギー 悲劇を繰り返さないため、注目したい二つの薬

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2025年6月1日 日曜日

2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」

 2025年5月30日から6月3日までシカゴで米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology’s Annual Meeting = Asco)が開催されています(本稿執筆は6月1日)。その学会の前夜にあたる5月29日、英国の画期的ながんの治療方針が発表されました。英紙The Telegraphは「革命(revolutionise)」という言葉を用いてこの発表を取り上げました。

 その「革命」の解説の前に、最近の肺がんの治療の特徴をまとめておきましょう。

 日本でも過去数年で肺がんの治療が大きく変わってきています。2017年8月、「EGFR遺伝子変異検出」が保険承認され臨床現場で使われるようになりました。「遺伝子検査」と聞くと、「その人がどんな遺伝子を持っているかを調べる検査」とイメージしがちですが、この遺伝子検査はそうではなく、誰もが持っている「EGFR遺伝子」に「変異」があるかどうかを調べるものです。肺がんを発症すると一部の患者さんに(日本人の肺がん患者の3~4割に)EGFR遺伝子に変異が起こります。

 この検査は生検(がんの一部を採取する検査)した組織を使って実施します。単に「変異の有無」が分かるだけでなく、「どのような変異があるか」まで調べることができます。たとえば、「exon19欠失」(非小細胞肺がんでよくある変異)、「L858R変異」(肺腺がんによくある変異)といった感じで、どのような変異があるかが分かるのです。そして、その変異の起こり方でどの薬が効くかを予測することができます。

 以前は(2017年までは)、肺がんの診断がついてもどの抗がん剤が有効かについてはおおまかなことしか分からず、そのため抗がん剤の効果が出ずに副作用に苦しめられるということが多々ありました。ところが、現在では、すべての肺がんで、というわけにはいきませんが、肺がん患者の3~4割はEGFR遺伝子に変異があり、その変異の内容を調べることで、あらかじめ効くと分かっている分子標的薬(従来の抗がん剤とは異なるカテゴリーの薬)を使えるようになったのです。残念ながら、そのうちに「耐性」ができ(つまり、それまで効いていた分子標的薬が効かなくなって)完治するまでには至らないことが多いのですが、それでも余命を大きく伸ばすことができるようになりました。

 では、話を英国の「革命」に進めましょう。英国が発表したのは、この遺伝子検査を「生検したがんの組織」で調べるのではなく、「血液検査」で実施するというものです。これを「リキッドバイオプシー」と呼びます。生検はがん組織を直接取る検査で、気管支鏡を使うか、あるいは胸腔鏡下に直接取ります(手術のようなものです)。もちろん、どちらもそれなりに大変です。これらをせずに採血で済ませるというのですから、「革命」という表現もあながち大げさとは言えないでしょう。では、日本ではなぜ生検をするのか。それはリキッドバイオプシーだと精度に劣るからです。

 ところが英国ではリキッドバイオプシーを広く普及させると言うのです。ということは、詳しいことはまだ分かりませんが、英国ではリキッドバイオプシーの精度向上に成功したということでしょう。The Telegraphによると、英国では今後リキッドバイオプシーが肺がんの標準検査となり、さらに女性の乳がんも対象とし、今年は2万人(肺がん15,000人、乳がん5,000人)に実施し、今後膵臓がん、胆嚢がんを含む合計6種類のがん患者を対象とする予定です。

 驚くことはまだあります。なんと英国ではこのリキッドバイオプシーを「がんの早期発見」に使うというのです。つまり、現在の日本のように「遺伝子検査をがん治療の方針決定のためにおこなう」のではなく、「リキッドバイオプシーでがんの早期発見をする」というのです。そして、最終的には、「40歳以上のすべての人にリキッドバイオプシーをがんのスクリーニング検査として実施する」ことを計画しています。

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 これが実現すればまさに「革命」でしょう。40歳になれば健康診断のひとつの項目に「リキッドバイオプシー」が加えられ、早期発見・早期治療ができるようになるというのですから。しかも、「採血→検査→薬剤投与」という流れになり、今後検査の質が上がって薬が改良されていけば、以前は「死に至る病」だったがんが、「採血と内服で完治する病気」になるかもしれません。

 医療費も大きく減少します。The Telegraphは「リキッドバイオプシーの導入で、肺がん治療費が年間1100万ポンド(約20億円)削減される可能性がある」としています。

 

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