医療ニュース
2017年5月29日 月曜日
2017年5月29日 ワクチン1回では不十分~後遺症も残る麻疹脳炎~
感染研感染症疫学センターが毎月発行している「病原微生物検出情報」2017年5月号に興味深い麻疹(はしか)の症例が報告(注1)されました。この症例は、非常に示唆に富むもので、私がこの報告を読んだ最初の印象は「起こるべくして起こった」というものです。まずはこの症例を簡単にまとめてみましょう。
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【症例】36歳男性。生来健康。
2016年8月中旬より出張でジャカルタ滞在。渡航前は会社から推奨のあったA型肝炎ウイルスワクチン(以下HAV)、 B型肝炎ウイルスワクチン(以下HBV)、日本脳炎ワクチン(以下JE)の3種を接種。9月上旬顔面腫脹、その2日後に高熱と全身の発疹、さらに意識が混濁し現地病院に緊急入院。気管内挿管がおこなわれ人工呼吸器管理となった。様態改善せず、入院4日目にシンガポールへ移送。移送後も痙攣発作を認め麻疹脳炎の診断確定。抗けいれん薬開始。症状改善傾向にあり人工呼吸を中止。発症26日後に帰国し日本の医療機関に入院。
入院時、意識清明であったが、舌が正常に動かない、飲みこむのが不自由など麻疹脳炎の後遺症を認めた。胃に管を入れ栄養を摂りリハビリテーションが開始された。発症から68日後に退院となり退院時には食事が可能となったが、現在も後遺症が残存。
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さて、この症例、渡航前にワクチンを接種していなかったのはなぜでしょう。会社から推奨のあったのは、HAV、HBV、JEの3種のみ。ジャカルタのみなら狂犬病は必須ではなくこれはいいとして、なぜ麻疹と風疹が含まれていないのか、この点が大いに疑問です。そして、会社は医学の専門家ではないですから責任を問われないかもしれませんが(とはいえ、なぜ産業医がこの従業員に麻疹ワクチンの推奨をしなかったのかは追及されることになるかもしれません)、ワクチンを接種していた医師は何をしていたんだ、と感じる人もいるでしょう。
では医師は何をしていたのか。ここからは私の予想です。おそらくワクチンを実施した医師は、麻疹や風疹ワクチンの必要性についても説明したはずです。そして、おそらくこの会社員の男性は、「会社から推奨されていないので大丈夫です」というようなことを言ったのではないでしょうか。
なぜ私にこのような推測ができるかというと、太融寺町谷口医院にも同じようなケースが多数あるからです。この患者さんが言う「大丈夫です」というセリフ、最近頻繁に聞くのですが(もしかすると「流行語」なのでしょうか)、言葉以外から伝わってくるニュアンスとしては「余計なことを言わないで」というふうに感じられることもあり、そうなると現実的にはそれ以上のことが言えず、せいぜい「他の感染症のこともしっかり学んでおいてくださいね」と助言するくらいのことしかできません。
実際には、ほとんどのケースで「大丈夫」でなく、たいへん危険な状態で現地に渡航することになります。では、患者さんがすべて悪いのか、というとそうではなく、会社の辞令や命令で現地渡航するわけで、それに伴う費用は会社が出すべき、という考えは分からなくはありません。決して安くないワクチンを自分のポケットマネーで負担しなくてはならないのは腑に落ちないと考えるのでしょう。
ですが、海外では(本当は日本でも)「自分の身は自分で守る」が原則です。特に感染症は「正しい知識」があれば防げることが多いのです。もしもこの男性が会社に頼らずに、自分自身でジャカルタの医療状況について調べていたらきっとこのようなことにはならなかったに違いありません。
また、もしも会社の上司や人事部が、または産業医がもう少し現地の疾患のことを知っていたら違った対策をとることになったに違いありません。あるいは、ワクチンを接種した担当医が、聞くのを嫌がる男性を引き留めてでも麻疹の危険性を忠告していたら…。
この男性の後遺症が今後どうなるのかは公表された報告からは分かりません。今のところ、この症例は一般のメディアでは報じられていないようですが、関係者のみならず、海外旅行(それは観光も含めて)に行く機会のあるすべての人が知っておくべきだと私は思います。
注1:下記URLを参照ください。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/1047-disease-based/ma/measles/idsc/iasr-in/7279-447d02.html
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|2017年5月28日 日曜日
2017年5月28日 妊娠中のマクロライド系抗菌薬は流産のリスク
妊娠中は薬に頼らざるをえない事態を可能な限り避けなければなりません。規則正しい生活を心がけて感染症の予防をしっかりとおこなうことが重要です。
しかし、いくら気を付けていても妊娠中に風邪をひくことはあります。ほとんどの風邪はウイルス性ですから治療には何もせずに休養をとるのが一番です。そして、市販の風邪薬の多くは妊娠中には飲んではいけない成分を含んでいます。
では、ウイルス性ではなく細菌性の風邪をひいたとき、あるいは細菌性の膀胱炎や腸炎に罹患したときにはどうすればいいでしょうか。細菌性であったとしても日ごろ健康な人であれば、上気道炎でも膀胱炎でも腸炎でも水分摂取と安静で治ることもあります。ですが、高熱が続いたり倦怠感が強くなってきたりした場合は抗菌薬を使わざるを得ません。
では、妊娠中の抗菌薬はどれくらい危険なのでしょうか。抗菌薬と流産の関係を検証した研究が最近発表されました(注1)。
研究の対象者はカナダ・ケベック州在住で1998年から2009年の間に妊娠して自然流産した15~45歳の妊婦8,702人。対照者は妊娠週数及び妊娠した年を一致させた87,020人の妊婦です。
流産と抗菌薬使用の関係を検討した結果、流産した女性の16%が妊娠初期に抗菌薬を使用していたことが判りました。一方、対照者は13%未満でした。特筆すべきなのはマクロライド系抗菌薬のアジスロマイシン(先発品の商品名は「ジスロマック」)の流産のリスクは1.65倍、クラリスロマイシン(同じく「クラリス」「クラリシッド」)なら2.35倍にもなることが判ったことです。(尚、この研究では、メトロニダゾール、ニューキノロン系、テトラサイクリン系などの流産のリスクにも触れていますが、これらは日本では妊娠中には「禁忌」とされており使用されることはありませんからここでは言及しないでおきます)
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太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも妊娠中の患者さんが少なくありません。妊娠前から谷口医院をかかりつけ医にしている人のみならず、従来かかりつけ医を持っていなくて妊娠後に谷口医院を受診するようになったという人もいます。妊娠中は、出産に関することであれば産科の担当医を受診しなければなりませんが、妊娠中に風邪をひいたときなどは、産科医を受診すると他の妊婦さんにうつすリスクがありますから、産科医を受診しにくいのです。
妊婦さんが受診された場合、それがどのような疾患であったとしても薬の処方は最小限にします。(もっとも、谷口医院ではどのような患者さんにも「薬は最小限にすべき」と伝えていますから、実際には妊娠の有無でそれほど変わるわけではありません)
妊婦さんに抗菌薬を処方せねばならない場合、効果が期待できそうであればペニシリン系を選択します。なぜなら、この世界最古の抗菌薬(注2)は、歴史的に大勢の妊婦さんに使用されてきており相対的に安全であることが分かっているからです。
問題は、ペニシリンが役に立たないケースです。ペニシリンはグラム陽性菌とカテゴライズされる細菌には比較的よく効きます。グラム陰性菌に対しては過去にはよく効いていましたが、最近は耐性菌が多く効かないケースも目立ちます。また、細胞内寄生菌といって顕微鏡では観察できない菌のいくらかはペニシリンがまったく無効です。比較的よくあるのがマイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)(注3)など咳が主症状となる上気道感染です。この場合、通常は日本ではマクロライド系の抗菌薬を選択するのが一般的です。けれども、今回の研究が示しているように、これだけ流産との相関が高いなら、症状をみながら薬を使わずに自然治癒に期待する選択を積極的に考えるべきかもしれません。
細菌性のものも含めて風邪(上気道炎)を予防するには日ごろのうがい・手洗いが重要です。また、夫に風邪症状があるときには家に帰らないようにしてもらうこともあります。妊娠すれば、可能な限りの風邪をひかない対策を実行すべきなのです。
さて、谷口医院でもしばしば相談を受けるのが「性器クラミジア感染症」です。この疾患は大半が無症状であり、妊娠初期におこなわれる「妊婦検診」で発覚します。谷口医院をかかりつけ医にしている人は、「産科で薬を飲まないといけないと言われたけど大丈夫でしょうか」と言って受診します。また、何らかの事情(おりものの異常がある、無症状だが危険な性交渉があった)などで谷口医院を受診し、性器クラミジア感染症が見つかることもあります。そして妊娠していたという場合がときどきあります。
上気道炎(風邪)の場合とは異なり、性器クラミジア感染症(クラミジア子宮頚管炎)の場合は自然治癒の期待はできません。そして、無症状であったとしても治療しなければなりません。大切な胎児をつつんでいる子宮にそのような細菌が棲息していれば胎児に感染するリスクが出てくるからです。そして、クラミジアにはペニシリン系(およびセフェム系抗菌薬)は一切無効です。また、妊娠していなければクラミジアにも使用できるニューキノロン系やテトラサイクリン系抗菌薬は妊娠中の使用は「禁忌」とされています。結局、マクロライド系抗菌薬しか選択肢がないのです。
しかし、今回の研究が示しているようにマクロライド系は流産のリスクがあるわけです。結局のところ、妊娠する前にきちんと性感染症の検査をしておく、というのが最も大切ということになります。
注1:この論文のタイトルは「Use of antibiotics during pregnancy and risk of spontaneous abortion」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.cmaj.ca/content/189/17/E625.abstract?sid=48adccb6-9169-4c74-b40e-8a8f1f50dcd9
注2:世界最古の抗菌薬はペ二シリンではない、という意見もありますが、世界的にコンセンサスが得られているのはペニシリンです。詳しくは下記コラムの注2を参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」「日本初の女性医師を生涯苦しめた病とは」
注3:クラミドフィラ(クラミジア)には「言葉の混乱」があります。①クラミジア肺炎、②クラミジア・シッタシ(オウム病)、③クラミジア・トラコマティス(性器クラミジア感染症)のうち、①と②はクラミドフィラという呼び方が正確なのですが今も「クラミジア」と呼ばれるのが一般的です。最近(2017年4月)、2人の妊婦が死亡したことが報じられたクラミジアは②です。詳しくは下記コラムを参照ください。
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|2017年5月11日 木曜日
2017年5月11日 白ワインは女性の酒さのリスク
医療者からみると「よくある疾患」なのに、あまりメディアなどでは取り上げられず知名度の低い皮膚疾患のひとつが「酒さ」です。酒さは顔面にできる慢性の炎症性疾患で治療に難渋することがしばしばあります。
ほとんどの患者さんは「なんでこんな病気になったのですか?」と尋ねます。遺伝的な要因を除外すれば、私の印象でいえば、一番多いのがステロイドの不適切な使用、二番目が紫外線です。飲酒が原因や悪化因子になるのもほぼ間違いありません。どのようなお酒がいけないのかについてははっきりしたことは分かっていませんが「ワイン」という説が有力です。
女性のアルコール摂取は酒さの発症因子。なかでも白ワインのリスクが高い…。
医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』 2017年4月1日号(オンライン版)にこのような研究が報告されました(注1)。
この研究の対象者は「看護師健康調査II」(Nurses’ Health Study II)と呼ばれる調査に参加した82,737人の女性で、追跡期間は14年(1991~2005年)、4年ごとに飲酒に関する情報が収集されています。追跡期間中4,945人が新たに酒さを発症しました。
酒さの発症とアルコール摂取量には相関関係がありました。1日あたり1-4グラムのアルコール摂取で酒さの発症リスクが1.12倍に上昇、30グラムだと1.53倍にもなっていました。アルコールの種類で分類してみると、白ワインのリスクが最も高いことがわかりました。
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アルコール30グラムというのは、ビールなら大瓶1本、日本酒なら1.5合、ワインならグラスに2杯強といったところです。
男性についても大酒飲みが酒さになるのはおそらく間違いありませんが、今回の研究は女性のみを対象としたものであり、この程度の飲酒が男性でもリスクになるのかどうかは分かりません。
また、しっかりとした確証はないものの、赤ワインは酒さの(発症ではなく)「悪化」のリスクという説があります。
注1:この論文のタイトルは「Alcohol intake and risk of rosacea in US women」で、下記URLで概要が読めます。
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|2017年5月11日 木曜日
2017年5月10日 スタチンで糖尿病患者の下肢切断リスクが低下
ここ数年「スタチン」と呼ばれるコレステロールの薬が話題になることが増えてきました。その理由はおもに2つあります。
1つは、2010年9月に日本脂質栄養学会が「コレステロールは下げる必要がない」といった内容の発表をおこなったことです。このときマスコミは「コレステロールは高いほど長生きする」といった報道をおこない随分と物議を醸しました。コレステロール値は下げるべきか下げなくていいのか、実はこの論争は今も続いており、日本脂質栄養学会は「下げるべきでない」という考えを今も変えていません。一方、日本動脈学会をはじめとするいくつかの大きな学会や日本医師会は従来どおりの基準を守るべき、つまり高ければ治療すべき、という考えです。(このあたりの詳細は過去のコラム(注1)を参照ください)
もうひとつ、スタチンが話題になるのは「スタチンを内服することにより糖尿病のリスクが上昇する」と言われだしたからです。フィンランドの大規模調査ではっきりと有意差をもってこれが実証され、使用に慎重さが求められるようになりました。ただし、スタチンの種類にもより、例えばプラバスタチンは逆に糖尿病のリスクが3割も下がるという調査もあります。(詳細は過去のコラム(注2)を参照ください)
問題なのは、自分自身の判断でこれまで処方されていたスタチンを勝手にやめてしまう患者さんがいることです。病気や薬というのは、それほど単純なものではなく週刊誌の報道をみて自分で中止したり開始したりすべきではありません。医師で意見が異なることがあるのは事実ですが、例えば「LDLコレステロールが〇〇mg/dL以上ならこのスタチンを開始すべき」と簡単に決められるわけではありません。その人の年齢、性別、体重、運動度、ライフスタイル、他の疾患の有無などを考慮して総合的に判断します。
私は過去のコラム(注2)で、スタチンはまず使うならプラバスタチンがいいということを述べましたが、盲目的にプラバスタチンを処方しているわけではありません。患者さんごとにどのスタチンが最も適しているかを判断する必要があるのです。
今回お伝えしたい情報は「スタチンの使用で糖尿病患者の下肢切断リスクが低下する」という研究です(注3)。糖尿病が進行すると下肢の血行が不良となり、切断せざるを得なくなります。このようなことはなんとしても避けなければなりませんから、血糖コントロールは非常に重要です。そして、糖尿病がある人の多くが高コレステロール血症ももっています。そのときに「糖尿病が怖いから」という理由でスタチンを自分の判断で中止するようなことがあってはいけません。今回の研究はむしろスタチンを内服することによって糖尿病の合併症を防げるとしています。
研究は台湾のものです。対象者は台湾在住で糖尿病と末梢動脈疾患を有する20歳以上の69,332人です。スタチン使用者が11,409人、スタチン以外の脂質低下薬使用者が4,430人、非使用者が53,493人です。
データベースを用いて解析した結果、スタチン使用者は非使用者に比べ、下肢を切断するリスクが25%、院内心血管死亡率が22%、全死因死亡率が27%低かったことが判りました。
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糖尿病がある場合、LDLコレステロールの基準を低くするのが基本です。糖尿病も高血圧も肥満も喫煙も他のリスクもない場合、少々基準値を超えていてもスタチンの処方は必ずしも必要ありませんが、糖尿病があれば(もちろんその程度にもよりますが)LDLコレステロールの基準をかなり厳しくすることもあります。
結論としては、自分の判断で薬を中止するのではなく「スタチンを含めて現在の内服薬がなぜ必要か」について納得いくまで主治医と話をすることです。
注1:メディカルエッセイ第101回(2011年6月)「過熱するコレステロール論争」
注2:医療ニュース2015年4月6日「スタチンは糖尿病のリスク、使うならプラバスタチン」
注3:この論文のタイトルは「Statin therapy reduces future risk of lower limb amputation in patient with diabetes and peripheral artery disease」で、下記URLで概要を読むことができます。
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