ブログ

2016年10月28日 金曜日

2016年10月28日 片頭痛があれば甲状腺機能低下症にも注意

 病気には性差というものがあります。例えば、関節リウマチは女性の方が多いですし、慢性炎症性腸疾患のクローン病は男性に多い疾患です。

 頭痛は男女ともに起こりますが、頭痛の種類によって男女差は異なります。アルコールが引き金になることが多い「群発頭痛」は男性に多い一方で、片頭痛は女性に多いという特徴があります。

 甲状腺疾患は男性でも珍しくありませんが女性に多いのは間違いありません。特に「甲状腺機能低下症」は圧倒的に女性に多い疾患です。

 片頭痛、甲状腺機能低下症とも比較的よくある疾患(common disease)であり、両者を合併している患者さんも少なくありません。しかし、これら2つの疾患のメカニズムは互いに関係なく、どちらかを発症するともう一方の疾患のリスクが上がるとは理論上は言えないと思われてきましたが、そうではないかもしれません。

 片頭痛を有している患者は、甲状腺機能低下症のリスクが4割も上昇する・・・。

 医学誌『HEADACH』2016年9月27日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)にこのようなことが述べられています。

 研究の対象者は、米国オハイオ州在住の成人8,788人(最終的に解析の対象となったのは8,412人)で、20年間の追跡調査がおこなわれました。その結果、頭痛全体では甲状腺機能低下症を発症するリスクが21%高くなり、片頭痛に限定すれば41%も上昇することが判ったそうです。

 ただし、この論文では、片頭痛が甲状腺機能低下症を引き起こす(あるいはその逆の)ことを理論的に説明しているわけではなく、関連性の機序は不明のままです。

 研究者によれば、甲状腺機能低下症の治療をおこなえば、頭痛の頻度が減少することが期待でき、また、頭痛があり甲状腺機能低下症を新たに発症すると頭痛の頻度が増えることがあるそうです。
 
************

 この論文では、米国の片頭痛の有病率が12%、甲状腺機能低下症は0.1~2%とされています。日本では、片頭痛については数値が高くでた研究でも10%を超えませんから、米国人の方が多いのでしょう。一方、甲状腺機能低下症は、日本では2%ということはなく、少なくとも数パーセントはあります。高齢女性に限定すると10%とするものもあります。また、甲状腺機能低下症の原因となる「橋本病」は疾患名から分かるように日本に多い疾患です。

 これらを考えると、米国と日本では同じように考えることができず、日本での片頭痛と甲状腺機能低下症の関連性は現段階では不明です。しかし、甲状腺機能低下症の症状である、便秘、低体温、浮腫(むくみ)、低血圧などがあり、なおかつ片頭痛を持っている患者さんには、甲状腺の検査をすべきかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Headache Disorders May Be a Risk Factor for the Development of New Onset Hypothyroidism」で、下記URLで概要を読むことができます。ただし、上記「41%の上昇」については概要には記されておらず、論文の本文に記載されています。論文は有料になりますので、ここではその該当箇所だけ原文を載せておきます。(論文の6ページの左に該当箇所があります)

Our study found that patients with preexisting headache disorders had a 21% increased risk of developing new onset hypothyroidism while those with possible migraine showed an increased risk of 41%.

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/head.12943/full

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年10月20日 木曜日

第165回(2016年10月) セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~

 2016年5月29日、大阪府河内長野市の観光地、滝畑ダム付近の府道を走っていたワゴン車がダム湖に転落し、運転していた20代の男性以外の同乗者5人全員が死亡しました。運転していた男性の血中から精神安定剤のエチゾラム(商品名で最も有名なのは「デパス」)が検出されました。報道によれば、この男性はこの薬を用いるような持病があったわけではなく、現在府警は薬品の入手ルートを捜査しているそうです。

 この事件を受けて、というわけではないと思いますが、2016年10月14日よりエチゾラムは「麻薬及び向精神薬取締法に規定する向精神薬」に指定されました。これにより、処方日数の上限が30日となりました。

 我々医療者は、このエチゾラムという薬が、なぜこれまで長期処方が認められていたのか理解に苦しんでいました。これほど依存性が強く、一度服用しだすと簡単にやめられなくなる薬がなぜ長期処方が許されるのか分からないのです。ですから、私を含めてほとんどの医師は患者さんに求められても安易に処方しません。やむを得ない場合に限り、最小限の処方しかしないのです。

 しかし、ワゴン車を運転していた男性のように、入手ルートが不明、つまり医療機関で正当に処方されていない例が数多く存在するのが現実です。ただし、それだけではありません。同業者を批判することになりますが、私の率直な意見を述べれば、簡単に処方する医師がいるという印象が拭えません。例を挙げましょう。(ただし、患者さんが特定されないように若干のアレンジを加えています)

【症例1】68歳男性(Nさん)

 健診で高血圧を指摘されたとの理由で、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診。初診時の問診で、エチゾラム0.5mgを1日3錠も内服していることが発覚。Nさんによれば、数年前から肩こりに悩み、近医(整形外科)を受診。鎮痛薬と一緒にエチゾラムを飲むように言われたとのこと。しかも数年間も・・・。診察する医師は前医を否定してはいけません。しかし、私の立場としては、少なくともNさんがエチゾラムの危険性を理解していることを確認しなければなりません。エチゾラムの説明をすると、なんと「そんな薬とはまったく知らなかった。筋肉をほぐす薬としか聞かされていない」との答えが返ってきたのです・・・。

【症例2】59歳女性(Fさん)

 30代前半からうつ状態と不眠を繰り返しているとのこと。今までは近くのクリニックでエチゾラムを処方され、1日1~2錠を内服しており、それがもう20年以上も続いている。職場が近くにあることと、知人から「その薬危険なクスリじゃないの?」と言われたとのことで谷口医院を受診。直ちに危険性を説明し、減らしていくことを提言。しかし、一度依存症になった身体は簡単には元に戻りません。Fさんは今も、エチゾラム依存症に苦しんでいます。

 実は、このような患者さんは少なくありません。そもそもエチゾラムは世界的には65歳以上には「禁忌」(処方してはいけない)の薬です。もちろん、若年者に処方するときも依存性には充分に注意しなければなりませんし、少なくとも「依存性が強い薬であること」は患者さんに理解してもらわねばなりません。場合によっては、65歳以上であっても、あるいは依存性のリスクを抱えてでも、エチゾラムを処方せざるを得ないこともありますが、(同業者を批判したくありませんが)やはりエチゾラムを容易に処方しすぎる医師が存在するのは事実だと思います。

 依存性がある睡眠作用や抗不安作用のある薬はエチゾラムだけではもちろんありません。エチゾラムは薬のカテゴリーで言えば「ベンゾジアゼピン系」となります。ベンゾジアゼピン系の薬は多かれ少なかれ、睡眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用(だから肩こりで使われる)などがあります。ベンゾジアゼピン系の薬すべてに「依存性」があります。

 国立精神・神経医療研究センターが発表している「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2014年版)に「乱用されていた処方薬(睡眠薬・抗不安薬)のランキング」が掲載されています(注1)。順位は下記の通りです(かっこの中は先発品の商品名)。

1位 エチゾラム(デパス)
2位 フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレース)
3位 トリアゾラム(ハルシオン)
4位 ゾルピデム(マイスリー)
5位 べゲタミン(べゲタミンA、べゲタミンB)
6位 ニトラゼパム(ベンザリン、ネルボン)
7位 ニメタゼパム(エリミン)
7位 ブロチゾラム(レンドルミン)
9位 アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)
10位  ブロマゼパム(レキソタン)

 補足しておきます。第4位のゾルピデム(マイスリー)は、記憶のないまま我が子を殺した母親の話などを以前紹介しました(注2)。この薬は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれますが、ベンゾジアゼピンと同じように依存性があります。第5位のベゲタミンは、このランキングで唯一(非)ベンゾジアゼピン系ではなく、もっと依存性の強いものです。乱用されていることから今年(2016年)中に販売中止となることが決まっています。第7位のミメタゼパム(エリミン)は、通称「赤玉」と呼ばれ、裏社会で流通していたことなどが問題となり2015年に販売中止となりました。2位のフルニトラゼパムは、米国(ハワイ、グアムを含む)では持っているだけで逮捕される薬です。

 こうしてみるとこのランキングはそうそうたる薬物が並んでいることが分かります。そしていろんな問題のある薬物をおさえて堂々の1位となったのがエチゾラムというわけです。まだあります。先の症例1(Nさん)のように、エチゾラムは整形外科クリニックでも相当処方されています。もちろん内科系でも、谷口医院のような総合診療(プライマリ・ケア)のクリニックでも処方されることがあります。

 私は医師になってから、ベンゾジアゼピン系の処方を減らすことに継続して努めてきたつもりです。「医師の仕事は薬を処方することでなく処方を減らすこと」というのが私が言い続けているセリフです。そして、私流のセルフ・メディケーションの定義は、「患者さんが知識を増やし、薬を使わなくてもいいよう生活習慣を改め環境の見直しをすること」です。急性疾患ではこの限りではありませんが(例えば突然の事故)、ほとんどの慢性疾患はセルフ・メディケーションを実践することこそが最善の”治療”なのです。

 知識を増やせなんて無責任な・・・。それを教えるのが医者の仕事だろう。そのような声もあるでしょう。たしかにそれはそうなのですが、短い診察時間で何もかもが伝えられるわけではありません。患者さん自らが学習していくことも必要なのです。

 これを読んでくれた方には、「ベンゾジアゼピン系の危険性を理解し、自分自身もしくは周囲の人が、危険性を理解しているかどうかを見直すこと」を実践してもらいたいと考えています。これも立派なセルフ・メディケーションのひとつなのです。

************

注1:詳しくは下記URLを参照ください。このランキングは32ページに掲載されています。

http://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NMHS_2014.pdf

注2:はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

参考:
マンスリーレポート2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
マンスリーレポート2012年4月号「セルフ・メディケーションのすすめ~花粉症編~ 」
メディカルエッセイ第120回(2013年1月)「セルフ・メディケーションのすすめ~抗ヒスタミン薬~」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年10月20日 木曜日

第158回(2016年10月) 「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか

 コムギを避けている人がここ数年で急増しています。以前「医療ニュース」(注1)で述べたように、これは日本だけでなく米国でも同様の傾向にあります。興味深いのは、コムギが原因で生じるセリアック病の患者が増えているわけではなく、また、コムギ/グルテン除去を始めた人の多くがコムギアレルギーでない、ということです(尚、グルテンとはコムギやライ麦に含まれるタンパク質の一種です)。

 セリアック病は元々日本には少なく欧米に多い疾患です。上記「医療ニュース」で述べたように、米国ではセリアック病の有病率は2009年から2014年まででほとんど変わっていません。にもかかわらず、コムギ/グルテンフリー実践者率は同時期に3倍にも増えているのです。

 では、コムギアレルギーが増えているのかというと、全体では増えているかもしれませんが、コムギ除去を始めた人の多くがコムギアレルギーではありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、ここ数年、「コムギを避けると調子いいんです。これはコムギアレルギーに違いありませんから検査してください」と言って受診する人が少なくありません。

 問診から「コムギアレルギーではなく検査不要」と判断することも多々あります(開院以来主張し続けているように「検査は常に最小限」が谷口医院のポリシーです)。こういう人たちは、コムギを避けているといっても、完全除去しているわけではなく、以前に比べてコムギ摂取量を減らしているだけであり、これはアレルギーではありません。では、完全除去している人はどうかというと、そういう人たちも、よくなったという症状を聞くと、それはイライラ感であったり、頭痛であったり、疲労感であったりで、これらはアレルギーを示唆するものではありません。実際血液検査をしてもコムギ、グルテン、ω5グリアジン(注2)のいずれも特異的IgE抗体は陰性となります。

 最近は少し減りましたが依然根強い”誤解”は、IgG抗体が陽性となり、これを「遅延型食物アレルギー」と呼ぶという説です。過去にも述べたように(注3)、これは完全に否定されている説であり、日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」、です。

 話を戻しましょう。セリアック病でなく(注4)、コムギアレルギーでもないのにも関わらず、コムギ/グルテンを除去すると、これまで悩まされていた症状から解放されて調子がいい、という人が現在大勢いるのです。

 おそらくこれまでは、多くの医師は、こういった変化は単に気持ちの問題、言うなればプラセボ効果ではないかと考えていました。私自身も、プラセボか、もしくは、パンやうどん、パスタをやめることによって急激な血糖値の上昇がなくなったことが原因かもしれない、と考えていて、きちんとした疾患ではないと思っていました。

 しかし、それをくつがえすことになるかもしれない論文が最近発表されました。医学誌『Gut』2016年7月25日号(オンライン版)に掲載され(注5)、この論文では、「セリアック病ともコムギアレルギーとも異なるメカニズムで発症するコムギ/グルテンが関与した疾患が存在する」と述べられています。病名をつけるなら「非セリアック病性非アレルギー性コムギ/グルテン過敏症」となりますが、これでは長いのでここからは便宜上「コムギ/グルテン過敏症」とします。
 
 この研究では、コムギ/グルテン過敏症が疑われる症例、セリアック病患者、健康対照者の分析がおこなわれています。コムギ/グルテン過敏症が疑われる患者では、セリアック病やコムギアレルギーではみられない急性かつ全身性の免疫系の反応、さらに細胞性の腸の損傷も認められたそうです。これらから、腸管内に存在する微生物や食物の成分が機能の低下した腸管粘膜のバリアを通過して血管内に侵入し、それらにより、様々な症状が誘発された可能性が示唆されると研究者は考えています。

 また、コムギ/グルテン過敏症の症例では、血中の「可溶性CD14(soluble CD14)」、「リポ多糖結合蛋白(lipopolysaccharide (LPS)-binding protein)」、「脂肪酸結合蛋白2 (FABP2)」などが上昇することが分かったそうです。もちろん、これらの値を調べただけでこの新しい疾患が確定診断できるわけではありませんが、診断にいたるヒントにはなる可能性はあります。今後の研究を待ちたいと思います。

 ここで谷口医院を受診している「コムギ/グルテン除去」をしている患者さんの例を少し紹介したいと思います(ただし、本人が特定されないように若干のアレンジを加えています)。

【症例1】30代女性

以前より疲労感が継続し、熟睡ができない。持病の片頭痛が増悪傾向に。職場でイライラすることが多く上司に暴言を吐いたことも・・・。そんなとき、ネットの情報で、有名人がコムギ除去をおこない調子がよくなったと聞いてコムギ/グルテン除去を開始した。その結果、開始後2週間ですべての症状が改善。1ヶ月に10錠ペースで服用していた片頭痛の薬(トリプタン製剤)の使用が激減した。

 この症例で注目すべきなのは、トリプタン製剤の使用量が激減したということです。疲労感や不眠というのは、計測できないものであり客観的な評価は困難ですが、トリプタン製剤の使用量は客観性があります。片頭痛というのは重症化すると薬局で売っているような鎮痛薬はほとんど効きません。どうしてもトリプタン製剤に頼らざるを得ないのです。これだけ急激に使用量が激減し、生活の変化はコムギ/グルテン除去だけですから、因果関係がある可能性は充分にあると思われます。少し穿った見方をすると、有名人がコムギ除去で健康になった→自分も同じことをして元気になった(有名人と同じ!)→プラセボ効果で眠れるようになった→片頭痛の頻度が減った(片頭痛は適切な睡眠で改善します)、と考えられなくもありません。しかし、これだけ劇的に改善した原因が単なるプラセボとは思えないのです。

【症例2】40代男性

軽度の糖尿病、軽度の高脂血症(高中性脂肪血症)、軽度の肥満、うつ病などで数年前より谷口医院に通院。やはりネットの情報で、有名人がコムギ制限をしていることを知り開始した。症例1の女性と同様、イライラ感、抑うつ感が大きく改善。また、体重が減少し、血液検査では血糖値、中性脂肪共に値が正常化。本人が言うには、最近薄くなり始めていた毛髪も改善してきたとのこと。

 この症例で、血糖値、中性脂肪の値が低下し、体重が減少したのは、コムギを除去したからではなく、おそらく糖質の摂取量が低下したからでしょう。意図したわけではないものの「糖質制限ダイエット」が結果として成功したというわけです。この症例も、穿った見方をすると、体重が減り、自信がついて、(毛髪が増えたかどうかは分かりませんが)、その結果気分が改善してイライラや抑うつ感が改善したのではないか、と考えたくなります。ただし、そうであったとしても、患者さんの採血データが改善し、精神状態がよくなり、仕事での自信もでてきたわけで、一方でコムギを除去したデメリットはほとんどありません。米は食べていますから糖質不足になりすぎることもありません。私はこの患者さんに対しては「コムギを制限して何もかも上手くいっているのですね。ならば続けてみればどうですか」と話しています。もっとも、よく聞くと、ソーセージやカレー、ギョウザなどは食べているようで、コムギを完全除去しているわけではなさそうです。

 コムギ/グルテン過敏症は実在する疾患なのか否か? 現段階ではおそらく「認めない」という医師の方が多いでしょう。しかし、谷口医院では、私の方から勧めることは通常はありませんが、すでにコムギ/グルテン除去を実施している人や、これからやってみたいという人には応援したいと考えています。もちろん、注意深い経過観察が必要ですが。

************

注1:医療ニュース2016年9月29日「コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加」

注2:コムギ依存性運動誘発性アナフィラキシーでは、コムギ、グルテンともにIgE抗体が陰性となり、ω5グリアジンのみが陽性となります。また、「茶のしずく石鹸」で有名になった、グルパール19Sによるアレルギーは、特殊な検査で確定させます。  

注3:医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」

注4:セリアック病の診断には小腸粘膜の生検が必要になります。ですから、生検をしていないならセリアック病を否定できないじゃないか、とうい意見があるかもしれません。しかし、セリアック病というのは下痢や腹痛などの消化器症状が生じるものであり、谷口医院で訴えの多い、イライラ、頭痛、疲労感などをきたすわけではありません。

注5:この論文のタイトルは「Intestinal cell damage and systemic immune activation in individuals reporting sensitivity to wheat in the absence of coeliac disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2016/07/21/gutjnl-2016-311964.abstract?sid=6a1deaeb-8cfb-4833-8643-0c9fc2b54324

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年10月14日 金曜日

2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症

 なぜか日本ではそれほど注目されていないものの、世界では、特にアメリカで近年最も注目されている脳疾患が慢性外傷性脳症(CTE)であるということを、以前述べました(注1)。

 なにしろ、元々は通称「パンチドドランカー」と呼ばれていた、元ボクサーにみられる、若年にして認知症を発症するこの恐怖の疾患が、実はボクサーのみならず、アメリカンフットボールやサッカー、さらに野球選手にも起こり得る、それもけっこうな頻度で起こることが明らかとなり、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)もそれを認め、オバマ大統領は「自分に息子がいればフットボールはさせない」と公言したのです。

 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症(CTE)に・・・

 この衝撃的な事実は、医学誌『Acta Neuropathologica』2015年10月30日号(オンライン版)に掲載されました(注2)。研究は米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体が対象とされています。

 脳検体を用いて病理学的な考察がおこなわれています。合計1,721名の男性のなかで66人がアメリカンフットボールやサッカーなどのコンタクトスポーツの経験があります。その66人の脳を分析すると、なんと21人(32%)に慢性外傷性脳症の病理所見が見つかったのです。

************

 この疾患が有名になったきっかけは、米国のアメリカンフットボールのスーパースター、マイク・ウェブスターの悲惨な人生です。かつてのスーパースターは、引退後、奇妙な行動をとり始め、精神症状に悩まされ、家を失い、妻に去られ、末路はホームレスでした。認知症が進行していたのです。

 その後、次々に元アメリカンフットボールの選手、野球選手、プロレスラーなどがこの疾患を発症していることが明らかとなりました。先に述べたようにオバマ大統領が「自分の息子には・・・」と述べたこともあり、現在米国では大きな議論を読んでいます。

 翻って日本では、ほとんど話題にさえなっていません。コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEに・・・。この論文がもっと議論されるべきではないか、私はそう考えています。

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」

注2:この論文のタイトルは「Chronic traumatic encephalopathy pathology in a neurodegenerative disorders brain bank」で、下記URLで概要が読めます。

http://link.springer.com/article/10.1007/s00401-015-1502-4

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年10月11日 火曜日

2016年10月 折れない心のつくり方

 なぜか最近、精神症状を訴える患者さんが増えています。そして、目立つのが「掲示板やブログで悪口を書かれて・・・」という理由です。

 ここ数年は「炎上」という言葉をよく聞きます。有名人の場合はその後謝罪するというのがお決まりのパターンですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で精神症状を訴えるのは患者さんのコメントが炎上を招いたわけではありません。ひとり、もしくは数人の匿名の者が書き込んだ言葉で精神的なダメージを負っているのです。

 職業でいえば、水商売の女性(キャバクラ譲と呼ぶのでしょうか)が目立ちますが、レストラン・居酒屋の店長さんが「食べログ」などで悪口を書かれて、という話もよく聞きます。美容師さんもいます。また、職業に関係なく個人のブログで誹謗中傷された、という人もいます。

 眠れない、動悸がする、不安とイライラが交叉して苦しい、何とかしてほしい・・、と言って相談に来られます。不安を和らげる薬を処方することもないわけではありませんが、こういうケースでは、通常、考え方を変えるよう助言し薬を用いないようにするのが私のやり方です。

 まず、こういったことで悩む人たちは元々真面目でナイーブな人が多く、他人の何気ない言葉で傷つきやすい性格を持っています。たとえ、抗不安薬で一時的な気分の改善を図ったところで、再び「書き込み」を読んで落ち込むことになります。そして、こういう人たちに限って、読まなくてもいいのに、まるで自分の悪口が他にないかを探すようにネットを探索するのです。

 それができれば苦労しない、と言われそうですが、最も有効な方法は「ネット上の言葉を一切気にしない」というものです。そもそも、その掲示板やブログを世界中のどれだけの人が見ているというのでしょう。水商売の女性は、自分の売り上げに関係する、と言いますが、その人の同僚が客を装って書込みしている可能性もあるでしょう。それに、世論はそれほどバカではありません。

 もしも私がキャバクラに行くことがあれば(行ったことがありませんし、生涯行かないとは思いますが)、ネット上で評判の悪い女性に会うことを楽しみにすると思います。なぜなら、こういう情報は個人的な恨みや妬みで書かれていることが多く、事実を反映していないからです。そして、このように考えるのは私だけではないはずです。

 レストランや居酒屋についても、書込みは一切当てにならないと私は考えています。私はそのような書込みをしたことがありませんが、もしも素晴らしいレストラン・居酒屋を見つければ、不特定多数の人に教えたくありませんから何も書きません。次に行ったときに満席であれば自分が困るからです。こんな私は意地汚いのかもしれませんが、他人に推薦したい店を見つけたときは、仲の良い友達だけに教えるようにするのが普通の感覚ではないでしょうか。逆に、とても不快な思いをしたとしても、私なら「書込みに時間をかけるのは馬鹿らしい。それに、読む人が賢明ならそれが単なる個人の恨みと思うだろう」と考え、やはり何も書きません。よく「同じ被害者を出さないために・・・」などと言う人がいますが、これは「悪口を書く言い訳」としての大義名分が欲しいだけです。

 人は本能的に、その人が「信頼できるかどうか」を見抜く力を持っています。これは鍛えて身につく力ではないかもしれませんが、ある程度はノウハウがあります。例えば、私はタクシードライバーに横柄な態度をとる人間を信用しません。このサイトで過去に何度か「医師の大半は高い人格を持っている」と書きましたが、タクシードライバーに偉そうな態度をとる医師を見たことがありません。

 キャバクラは(行ったことがないので)分かりませんが、レストラン・居酒屋なら、店員(特に店長)の態度、言葉、ミスがあったときの対応などでその店がいい店かどうかの判断ができます。もちろん美味しくなければ困りますが、頼んだメニューが口に合わなければおすすめメニューを聞いて、そのときどのような対応をしてくれるかを見ればいいのです。

 他人の評価を気にしすぎる人に「いい例」を紹介したいと思います。過去に何度か述べたことがありますが、私は医学部受験を決意する前から稲盛和夫さんのファンです。稲盛さんの名言「動機善なりや、私心なかりしか」は私の座右の銘のひとつです(注1)。HIV/AIDSに貢献するNPO法人GINAを立ち上げたときも、都心部で主に働く若い人を対象とし「どんなことでも相談してください」という医療機関が必要と考え、太融寺町谷口医院を開院したときも、稲盛さんのこの言葉を何度も反芻しました。

 稲盛和夫さんの言葉を座右の銘にしているのは私だけではないでしょう。また、京セラの社員の人たちからみれば「神」のような存在なのかと思っていたのですが、そういうわけでもなさそうです。Amazonで稲盛さんの本の書評をみてみると、否定的なコメントも少なくなく、なかには京セラの元社員が稲盛さんをこき下ろしているようなものもあります。稲盛さんのような人でさえ、悪く言う人がいるのです。

 もうひとつ例を挙げましょう。最近オンラインマガジンの『クーリエ・ジャポン』にケイトリン・ロバーツというカナダの女性の話が紹介されました(注2)。26歳のロバーツさんは「ボディ・プライド」と呼ばれるワークショップを開催しています。このワークショップでは参加者全員が裸になり、ありのままの自分の身体を受け入れることを目的としているそうです。

 このようなことをすると、SNSで話題にならないはずがありません。案の定、あるリベンジポルノのスレッドに彼女の裸の写真が掲載され、「胸くそ悪い女だが、ベッドのなかでは最高!」との匿名の書き込みがあったそうです。すると、ロバートさんは、なんとそのスレッドに飛び込んで、「無料の宣伝をありがとう!」と返したのです。

 通常、ここまでする必要はありませんが、匿名の書き込みなどすべて無視すればいい、というのが私の考えです。しかし、「それができれば苦労しないよ・・・」という声が聞こえてきそうです。では、どうすればいいか。その答えは実は”簡単”です。

 あなた自身が日ごろから誠実な態度を示し、他人から信頼されるようにすればいいのです。人は、見せかけだけの、つまり自分をよく見せたいからおこなう”善行”と、誠実な心から生まれる善行を見分けることができると私は考えています。そして、誠実な心から生まれる行動は他人からの「信頼」となります。「信頼」を積み重ねていけば、それは「信頼残高」を増やすことになります(注3)。いったん築き上げた信頼残高が不動のものとなるわけではありません。いくら信頼残高を増やしても、たった一度の裏切り行為があれば一瞬で吹き飛びます。仲睦まじい夫婦が、ただ一度の暴言・暴力・不倫などで崩壊することを想像すればわかるでしょう。つまり残高を築くには日々の誠実な態度が欠かせない一方で、いくら築き上げても不誠実な行為があれば一瞬で吹き飛ぶもの。それが「信頼」なのです。

 もしもあなたが、謂れのない悪口を書きこまれたり、あるいは周囲の人から冷たくされたりしたときも、慌てる必要はありません。まずは、いつも誠実な態度をとっているか、日ごろ自分が接している人に対して「信頼」される言動をとっているか、そして「信頼残高」は蓄積されているか、を見直してみてください。あなたが「誠実」であり「信頼」される態度を示していれば、何も慌てる必要はありません。もしも自分の「誠実」に自信がないなら、書き込みや周囲の態度に悩むのではなく、その時間をもっと「誠実」になるための努力に費やせばいいのです。

 折れない心の作り方。それは、いつも誠実な態度で他人と接し、信頼を築き上げていくことに他なりません。たとえ、あなたの悪口を言う人がいたとしてもあなたを信頼している人があなたを裏切ることはないのです。

************

注1:下記を参照ください。

メディカルエッセイ第86回(2010年3月)「動機善なりや、私心なかりしか」

注2:下記を参照ください。

https://courrier.jp/translation/63821/

注3:この「信頼残高」という言葉は私がつくったものではなく、かなり有名な言葉です。発端はおそらく『7つの習慣』(スティーブン・R.コヴィー著)だと思います。私も『7つの習慣』でこの言葉を知り、大きな衝撃を受けました。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年10月8日 土曜日

2016年10月8日 対馬での日本脳炎「集団感染」の謎

 すでにマスコミで報道されているように2016年9月末に対馬で合計4人の日本脳炎発症者が確認されました。対馬は、地理的には福岡県または佐賀県と釜山の中間くらいに位置した島ですが、行政上は長崎県になります。その長崎県の発表によれば、感染した4人には行動範囲などに共通性がないことから、集団感染や院内感染は否定されています。

 4名の患者は、70歳代の男性2人と80代の男女1人ずつです。

************

 この報道がとても不可解なのは、対馬には豚がいないはずだからです。日本脳炎ウイルスは豚→蚊(コガタアカイエカ)→ヒトと感染します。感染者がいるということはコガタアカイエカは必ず対馬にいます。たとえまだ蚊が発見されていなくても確実に存在します。しかし、豚は(まさか野生の豚はいないでしょうから)養豚場がなければ存在しているはずがありません。

 にもかかわらず日本脳炎が発症したのはなぜなのでしょう。一部の報道ではイノシシ(野生のイノシシはいるでしょう)が豚の代わりとなったのではないかと言われていますが真相はわかっていません。

 ところで、私はこのコラムのタイトルに「集団感染」という言葉を入れました。長崎県が正式に「集団感染」を否定しているのに、です。この理由を述べたいと思います。報道されているように確かに4人の患者には共通点がありません。しかし、日本脳炎は感染しても、発症するのは、100人から1,000人にひとりくらいです。そして対馬の人口は3万人程度のはずです。仮に1,000人に1人発症したとすると、4人の発症者は感染者4千人を意味します。人口3万人のうち4千人が感染したとすると、感染率は10%を超えます。これは立派な「集団感染」です。

 過去の医療ニュースでお伝えしたように、2016年7月11日、韓国保健福祉部は、韓国全土に「日本脳炎警報」を発令しました。イノシシが感染源になっているかどうかは別にして、コガタアカイエカが朝鮮半島から対馬にかけて大量発生しているのは間違いないでしょう。

参考:
医療ニュース2016年7月13日「韓国全土に日本脳炎警報」
はやりの病気第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ