マンスリーレポート
2012年5月号 セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~
忙しくて医療機関を受診する時間がない人は、その症状が軽症であれば、薬局で薬剤師に相談して薬を使うようにしましょう。そして、それができるひとつの疾患が(軽症の)花粉症ですよ、という話を前回しました。
セルフ・メディケーションの定義については諸説ありますが、おおまかにいえば「(医療機関に頼るのではなく)自分自身で健康を管理し、可能であれば薬局の薬などで病気を治す」となると思います(注1)。
ですから、セルフ・メディケーションの主要な柱のひとつが「処方箋なしで入手できる薬(OTC)を薬局で買って有効に使う」というものです。しかしこれは、「薬に詳しくなりましょう」とか「困ったときにはまず薬剤師に尋ねましょう」と単純に言って解決するようなものではありません。
なぜなら、薬というのは「原則として使わない方がいい」からです。もちろん、必要なときには適切なタイミングで適切な量の薬を用いるべきですが、どんなときにも薬は最小限にすることを考えなければなりません。「何かあっても薬があるから安心・・」というのは安直すぎる考えです。
我々医師も薬の処方を最小限にすることを常に考えています。しかし、にもかかわらずたくさんの薬を飲んでいる患者さんが少なくないというのが現実です。というわけで、今回お話したいのは、「薬を減らしていくことを考えましょう」というものです。けれども、その話をする前に、なぜこんなにも薬の処方量が多いのか、を考えていきたいと思います。
薬の処方量が多い(多すぎる)のは医師に責任があります。たしかに、「患者さんが薬をほしがるから・・・」という理由はありますが、ほしがる薬をそのまま処方するのであれば医師がいなくても薬局があれば事足りるわけで、いかに処方を少なくするかが医師の腕のみせどころのひとつです。
では、なぜ処方薬が増えてしまうのかというと、その最大の理由は「薬を処方しないことが医療の差し控えと思われかねないから」というものです。つまり、薬を処方しなければ治療を放棄していると捉えられるのではないか、という懸念が医師の側にあるのです。実際、「今のあなたの状態に薬は必要ありません」と言うと納得されない患者さんがいます。ある医師は、「えっ? お金払うのあたしですよね」、と患者さんから言われて大変驚いたそうです。
しかし、これは患者さんとじっくり話をすることで解決できることが多いのも事実です。ですから、充分な時間をかけて患者さんと話をすれば、なぜ薬を安易に使うべきでないか、ということもほとんどの場合はわかってもらえます。「とにかく薬をください」と強く主張する患者さんも、よくよく話を聞いてみれば、それは病気に対する不安が強いためで、薬を飲めばその不安が解消できるのではないか、と考えているという場合も多いのです。ですから、私の場合は、「すぐには無理だとしても将来的には薬を減らしていきましょうね」、ということを患者さんとまずは話すようにしています。(注2)
さて、どのような薬をやめていくべきか、ですが、覚えておかなければならないのは「自分の判断で薬を減らさない」ということです。薬によっては、何があっても絶対に飲まなければならないものもあれば、調子がよければ自分の判断で減らしていいものもあります。また、自分の判断で増やしていいものもあります。私の経験上、これが理解できていない患者さんが非常に多いのです。もちろんこれは説明不足の医師の責任ですが、患者さんの側からみても、「この薬は調子がよくなっても飲まなければいけないのか、やめてもいいのか」、ということはあらかじめ確認しておくべきです。
処方箋や薬の手帳には例えば「1日2回朝夕食後」と書かれていますが、これだけで納得してはいけません。絶対に飲まなければならないのか、やめてもいいのか、の確認も必要ですし、食事を抜いてしまったときはどうするのか、無理にでも何か食べた方がいいのか、水だけで飲んでもいいのか、なども確認しておかなければなりません。頭痛もちの人なら普段飲んでいる頭痛薬との飲み合わせは大丈夫か、ということも理解していなければなりません。
減らしたい薬があれば、あるいは全体として減らしていきたければ医師に相談するようにしましょう。薬を減らしたいのは医師も同じですから、適切なアドバイスがもらえるはずです。
私が日々患者さんをみていて減らしたいなと感じる薬の代表が生活習慣病、すなわち、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症などの薬です。なぜ、減らす(もしくは止める)ことを考えるかというと、これらは生活習慣を改善することで不要になることもしばしばあるからです。症例によっては、「この薬は飲み始めると基本的には一生飲まなければなりません」と話して処方するものもあり、生活習慣病が遺伝的な要因が強い場合はたしかにその通りになるのですが、文字通りの”生活習慣”病であれば、運動や食事の見直しで薬が不要になることが多いのもまた事実なのです。
生活習慣病の薬以上に、減らしたい!、と思うのが精神症状に対する薬です。太融寺町谷口医院にも、不眠、不安、うつ、イライラなどで通院されている患者さんは少なくありません。こういった症状に対しても、もちろん必要であれば薬を使うべきですが、その量と飲む期間には充分注意しなければなりません。なぜなら、こういった症状に対して用いる薬のなかには依存症をつくるものも少なくないからです。例えば、ニコチン依存症の人がニコチンが切れてイライラしているときにタバコを吸うと落ち着けるのと同じように、抗不安薬がないと不安やイライラが消えないような状態になってしまうことがしばしばあります。いわば精神症状に対して用いる薬による薬物依存症ができあがってしまうのです。
2000年代になって、抗うつ薬を中心とした精神疾患に用いる薬が急激に増えているというデータがあります。これをどのように捉えるか、ですが、「これまで医療機関を受診することをためらっていた人も受診できるようになったからいいことだ」とみる向きもあります。しかし、この考えが正しいとすれば、社会からうつ病や不安神経症などの精神疾患が減少し、自殺者も減っていなければなりません。しかし実際は、言わずもがな・・・、です。
誤解を恐れずに言うならば、社会全体が精神症状に対して過敏になりすぎて、安易に薬をほしがる人と安易に薬を処方する医療機関が増えているのではないか、という見方を私はしています。たしかに、必要な場合には薬を用いるべきであり、「それくらいは気合いで乗り切れ!」などと言ってはいけません。しかし、最近の患者さんのなかには、「自分はPTSDです」「親のせいでアダルトチルドレンになりました」「ADHDだから仕事ができないんです」「自分は発達障害なのに営業職につかされている」「うつは励ましてはいけないのに上司にがんばれと言われて困っている」などと語る人があまりにも多いように思えます。また、医師の側も、「本当に薬が要るのか・・・」と思わざるを得ない処方をしていることも(正直に言えば)あります。(注3)
もちろんいくつかの症例では薬が有効となることもあるでしょう。しかし、大半のケースでは、薬ははじめから不要、あるいは少量を短期間のみ、にしておくべきです。特に、原因のはっきりしている精神症状に対しては、薬が解決してくれるわけではありません。私は、以前あるうつ病の患者さんに、「前の病院ではうつ病と診断されたけど、自分がこうなったのはリストラされて仕事がないからであって、処方された薬は何も利かなかった。仕事をもらえるならすぐに元気になる」と言われたことがありますが、これは正しいでしょう。また、別のある患者さんは、もっと率直に「(薬でなく)金をくれたらうつは治る」と言っていました。
現在薬をたくさん飲んでいる人は、いずれ量を減らしていき最終目標はゼロ、ということを改めて考えてみるべきです。医師も同じことを考えているわけですから、しっかりと話をしてみてください。
セルフ・メディケーションでは「薬を飲むこと」以上に「薬を減らすことを常に考えること」が重要なのです。
注1:セルフ・メディケーションの定義で最も普遍的なのはWHOが定めているものかと思われます。興味のある方は下記URLを参照ください。
http://apps.who.int/medicinedocs/en/d/Js2218e/1.html
注2:「医療機関はたくさん薬を処方すれば儲かるから処方するのではないか」と考えている人がいますがこれは完全な誤解です。そもそも医師の使命は(本文で述べているように)いかに薬を減らすか、ということにありますし、経営的な観点からみても薬を処方して利益がでるわけではありません。ほとんどの薬は利益が1%未満であり、例えば1錠100円(3割負担で30円)の薬があったとすれば医療機関の利益は1円未満です。在庫のリスクと仕入れの手間を考えれば赤字になることはあっても利益はでません。薬の利益がゼロでも「処方料」と「調剤料」というものが算定されますが、これらの合計は「処方箋発行料」よりも安いのです。すなわち、医療機関から経営的観点で考えれば、院内処方を中止し院外処方にして処方箋を発行するのが最も利益になるのです。そして「処方箋発行料」は薬の量が少なくても多くても同じです。ですから、結局のところ、院内処方であっても院外処方であっても「処方薬が多ければ医療機関は儲かる」ということはありえないのです。
注3:私は前医の診察を見ていないので前医を非難することはできません。ですから、「そのときにはその薬が必要だった理由がある」、とは思います。しかし、患者さんの方が薬の必要性を感じていないのに続けて薬が処方されていて、なぜ必要なのかの説明もなされていないということもしばしばあります。患者さんの側からすれば「できるだけ薬を減らしたい」と思っているのですが、医師は「わざわざ病院まで来ているんだからこの患者も薬を求めているに違いない」と思い込んでいるのかもしれません。
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