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2015年2月27日 金曜日
2015年2月27日 プラセボは「高価な」方が有効
「プラセボ」または「プラシーボ」という言葉はかなり有名だと思います。日本語では「偽薬」つまり、本当は薬でないのだけれど患者さんに薬と偽って処方する薬のことです。不思議なことにこのようなものでも効くときは効きます。(プラセボは英語ではplaceboで、これを無理にカタカナにすると、プラシーボ(シにアクセント)ですが、なぜか日本語の文章では「プラセボ」とされることが多いので、このサイトでもプラシーボではなくプラセボと表記することにします)
同じプラセボでも「高価な薬剤」と言えば高い効果が得られる・・・。
医学誌『Neurology』2015年1月28日号(オンライン版)にこのような研究結果が報告されています(注1)。研究内容は以下の通りです。
研究の対象とされたのは中等度のパーキンソン病の12名の患者です。2つのグループにわけて、一方には「1回あたり100ドル(約12,000円)の新しい薬」と伝え、もう一方には「1回あたり1,500ドル(約180,000円)の新しい薬」と伝え、同じように注射をしています。両方とも注射の中身は単なる生理食塩水です。
その結果、どちらのプラセボも症状改善に有効であり、高価なプラセボは安価なプラセボよりも高い効果が得られた、ことが分かったようです。
***************
なんだか倫理的に問題のありそうな研究に思えなくもないですが、その後被験者にはその注射がプラセボであったことを伝えたそうです。被験者のなかに、「高価な薬剤だからといって期待はしていなかった」と答えた人が4人いたそうで、この4人では偽薬の効果はあまり出ていなかったようです。
プラセボを上手く使いこなせるのが一流の医者、と昔どこかで聞いたことがありますが、私自身はまだまだその域に達しておらず、とてもそのような芸当はできません。ただ、なんとなくではありますが、医師としての経験が長くなるにつれてプラセボ効果は間違いなくある、というのが実感できるようになってきました。
そういう意味で、私自身は、例えばサプリメントの相談をされたときには「効果が実証できていないだけでなく有害性の報告もありますよ」というような説明をすることが多いのですが、すでに気に入って飲んでいる人には「そのまま続けてもいいのでは」と助言することも少なくありません。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Placebo effect of medication cost in Parkinson disease」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/early/2015/01/28/WNL.0000000000001282.short
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|2015年2月20日 金曜日
第145回(2015年2月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(中編)
Choosing Wiselyという言葉を日本のマスコミで見聞きしたことはまだありませんが、今後数年以内に取り上げられる機会が増えていくのではないかと私はみています。
というのは、「不要な医療をやめる」べきなのは誰が見ても明らかであり、これに異論のある人などいるはずがないからです。では、なぜ現代の医療がこれほどまで「不要な医療」が多いのでしょうか。
そのキーワードは<念のため>と<利益のため>です。
<念のため>からみていきましょう。前回紹介した頭をぶつけた男の子のお父さんは、「自分の息子が頭をぶつけ痛い痛いといって泣き止まない。もしかすると脳内に出血したかもしれない。そうでないことを祈りたいがきちんと検査をして調べる必要がある」と思い込んだわけです。つまり<念のために>検査をしておきたい、と考えたのです。
医師の側からみてみると、前回紹介した私の先輩医師は「CT撮影の必要はない」と医学的に判断しました。これは自分の診察に自信がないとできないことです。自信のない医師であれば「大丈夫だと思うけど、もしも微小な出血があったらどうしよう・・・。後から訴えられるかもしれないし・・・」という思考になり、「<念のために>CTを撮りましょう」となるのです。
次は行政サイドからみてみましょう。医療費削減のことを考えると、行政としては「少し頭をぶつけたくらいで貴重な保険を使ってCTを撮るのはやめてほしい」と考えます。しかし、例えば保険診療のルールに「重症の頭部外傷でなければ頭部CT撮影をおこなってはいけない」とすることまでは思い切れないのです。重症と軽症の線引きが明確にできるわけではなく、後で医師や患者から「保険のルールが厳しくなければあのときにCTを撮って迅速に診断がつけられたのに・・・。診断が遅れたのは行政の責任だ」と言われることを避けたいわけです。ですから医師が<念のために>CT撮影が判断したと言われるとそれに従うしかないのです。
医療の世界に<利益のため>などという思惑があるなど言語道断だ、と感じるのが普通の感覚でしょう。私もそう思います。しかし製薬会社は民間企業であり、公的機関ではありません。ほとんどの製薬会社は株式会社であり、市場から株を通して資本を集め、その資本で研究開発をおこない薬を製造します。会社は誰のものか、という議論には様々な意見がありますが、経済学的には株式会社は株主のものです。つまり製薬会社は株主から配当と株価上昇を期待されているのです。
しかし、薬というのは「使わないのが最善」です。我々医師がいかに薬を使わないようにするか、減らしていくかを考えているのと同様、本来は製薬会社につとめる人たちも同じように考えていなければなりません。実際、製薬会社の従業員も、自分自身が患者になったときは、薬の使用は最小限にしたいと考えるはずです。
以前にも述べたことがありますが(注1)、製薬会社というのは他の一般の企業とこの点が異なります。一般の企業、それは自動車でも家電製品でも通信でも不動産でも、食品、アパレル、貴金属でもなんでもいいのですが、これらは生活を豊かにするものです。高性能の自動車や高級な食材が売れるのはそれらを手に入れることにより生活が豊かになるからであり(それが「思い込み」や「幻想」という意見はあるにしても)、消費者も売り手も共に満足するものです。市場社会が発展するのはまさにこの点にあります。
一方、薬というのは、可能なら生活の中に入ってきてほしくないものですし、できることなら見たくもありません。薬なしの生活が最善なのです。高級車に乗って流行の衣装でドレストアップして美食に舌鼓をうつ、のが多くの人にとって憧れになるのとは正反対なわけです。車も衣装も欲しくなく質素な生活に幸せを感じるという人もいるでしょうが、そのような人たちも一流品でなくとも自分の気に入った服を買ったり、美味しいものを求めたりはするはずです。
まともな薬剤師であれば、自分たちのミッションが「薬をたくさん飲んでもらうことではなく最小限にすべきこと」を知っています。しかし、これが会社になるとどうでしょう。複数の不正行為が発覚し業務停止に追い込まれたノバルティス社は、「100Bプロジェクト」と命名された社内目標を掲げていたことが報道されました。100Bとは10億の100倍で1,000億を目指すプロジェクトのことだそうです。
繰り返しになりますが、本来、薬というのは最小限でなければならないはずです。1,000億円の売り上げを目標にするというのはその逆を目指しているということにならないでしょうか。
ちなみにノバルティス社は2015年2月に厚生労働省が業務停止処分にすることを決定したことが報道されています。私はこのニュースを日経新聞で最初に知ったのですが、日経の記事には業務停止処分の期間が記載されていませんでした。私は「これだけの問題を起こしたのだから当分は業務停止が解かれないだろう」と勝手に解釈したのですが、これが間違いだということを医師の掲示板で知りました。朝日新聞と毎日新聞では15日程度の処分という記載があるのです。たった15日の業務停止、同社の社員にとっては2週間の特別休暇になるだけじゃないか!という怒りの声がその掲示板には多数載せられていました。そして改めて日経の記事をみると、意図的に、つまり15日では短すぎるではないかという世論をかわすために、ノバルティス社に気を遣ってあえて期間を書かなかったのではないかと疑いたくなってきます。ちなみに産経新聞にも期間の記載はなく、読売新聞には業務停止の記事すら見当たりませんでした(これらの新聞はすべてオンライン版です)。
念のために付記しておくと、私は世の中の製薬会社が悪の中枢と言っているわけではありません。製薬会社のおかげで命が救われている人が大勢いるわけで我々は製薬会社に感謝しなければなりません。
谷口医院に自社製品の情報提供をしにきてくれるMR(製薬会社の営業のこと、以前はプロパーと呼ばれていました)は、私が考えていることを理解してくれています。過去に二度と顔を見たくないと感じたMRもいますが彼(女)らは、「どんな理由でもいいから薬買ってください」という対応をしてきます。もちろんこんな言葉は直接は使いませんがそこには「薬は患者さんのために」という視点が抜けています。一方、現在谷口医院に定期的に来られるMRの人たちは、私が必要とする情報、つまり患者さんにとって有益な情報を届けてくれます。また、薬局で勤務するまともな薬剤師は、薬を無理に売るようなことはしません。「町の健康相談員」のような存在となり地域で頼りにされている薬剤師も少なくないはずです。
私が最も懸念しているのは製薬会社でもなく薬局でもなく「ネット業者」です。ここに名前は出しませんが、そのサイトでは副作用の注意が充分に必要な薬がごく簡単に買えて翌日には自宅に届けられます。私には、こういったネット業者が購入者の健康のことを第一に考えているとは到底思えず<利益のため>だけにやっているのではないかと考えずにはいられないのです。
一方、医療機関は<利益のため>に診療をしているわけではありません。たしかに、例えば、必要のない手術をおこない患者さんを死亡させ2009年に院長が逮捕された奈良県大和郡山市のY病院などのような特殊な医療機関が存在したのは事実ですし、もしかすると現在でも同じような<利益のため>に患者さんに不要な検査をしたり薬を出したりしている悪徳病院があるかもしれません。
もちろん、ほとんどの医療機関は<利益のため>ではなく、いかに患者さんの負担を減らすかを考えています。しかし、この点が一部の患者さんからは誤解されており、ここから医師・患者間のコミュニケーションに齟齬が生まれます。私が患者さんから言われる言葉で最も疲れるのは、「お金を払うって言っているのに何で検査してくれないの!」というものです。なぜ患者さんからこのような言葉が出るかというと、この人は「検査をしたら医療機関の利益にもなるでしょ」と考えているからであり、こういう患者さんは医療機関も<利益のため>に診療をしていると考えているのです。
次回は、Choosing Wiselyの具体例を当院での実際の症例に基づいて紹介し、前回取り上げた子どものCTを執拗に迫る父親にはどのように理解してもらうか、といったことについて述べたいと思います。
注1:下記コラムを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」
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|2015年2月20日 金曜日
第138回(2015年2月) 不眠症の克服~睡眠時間が短い国民と長い国民~
その昔、誰に聞いたかは忘れましたが、それは学校の先生か、塾の先生か、あるいは勉強のできる友達か先輩あたりだと思うのですが「四合五落」という言葉を教えてもらいました。これは、受験生は四時間の睡眠時間なら合格できるけれど五時間も眠れば落ちる、という意味です。
この言葉は私が高校を卒業してからは一度も聞いていないので、すでに「死語」になっているのではないでしょうか。今、このような言葉を生徒に教えている教師がいるとすればそれは問題です。
私自身は「四合五落」という言葉を心底から信じたわけではありませんが、高校三年の終盤、受験勉強を初めて真剣にやりだした時は睡眠時間が五時間を越えないように努めていた記憶があります。もっとも、私の場合、無理をして睡眠時間を短くしていたわけではなく、中学・高校とラジオの深夜放送にはまっていたために、中一の夏頃にはすでに連日が睡眠不足という日々が続いていました。中高時代はその生活に慣れてしまっていて、五時間の睡眠時間でも、日中に(つまり授業中に)30分程度の昼寝をすれば、それほど苦痛ではありませんでした。
ただ、もう一度人生をやり直せるとしたら、今度はもっと睡眠をとるような生活を心がけます。「寝る子は育つ」が事実だということを知ったのは私が医学部に入学してからで、このときに10代の頃毎日深夜まで起きていたことを後悔しました。私の身長は172cmでこれは中3から止まったままです。もしもしっかり睡眠を取っていたらあと5cmは伸びたかな・・、といった空想をときどきしてしまいます。もっとも、私が中学・高校時代を過ごした1980年代はラジオの深夜放送の全盛期であり、タイムスリップしたとしてもやっぱり同じことをしてしまうかな・・・、などとも考えてしまいます。
話をすすめましょう。睡眠は1日に何時間くらいが適切か、というのは誰もが考えたことがあり、過去に多くの考察があります。だいたいは、7時間程度が適切だが個人差がある、といった内容のものが多く、経験的にも、そんなものかな・・、という感じがします。しかし、科学というのはもっときちんとしたものでなければなりません。
医学誌『Sleep Health』2015年2月2日号(オンライン版)に、NSF(National Sleep Foundation、和訳すると「米国睡眠財団」くらいになるでしょうか)と呼ばれる組織が、これまでの研究を総括するような睡眠時間の勧告をおこないました(注1)。
専門家たちからなる研究チームは、これまでに報告されている多数の論文を拾い上げ、合計575本の論文を吟味し、最終的に科学的に有用と判断された312の論文を解析しています。これだけ大規模な研究ですから、信憑性はかなり高いといえると思います。
結果は年齢別に公表されています。14~17歳では、最適睡眠時間は8~10時間で、これより短くても長くても適切でない、とされています。18~64歳では7~9時間、65歳以上では7~8時間です。18歳でも7時間以上は必要なわけで、昔の大学受験生が聞かされていた「四合五落」などというのは完全な誤り、ということになります。
「四合五落」といった馬鹿げた言葉があるのはおそらく日本だけでしょう。では、世界各国ではどれくらいの睡眠時間を取っているのでしょうか。OECD(経済協力開発機構)が興味深いデータを公表しています(注2)。各国の平均睡眠時間が比較されているのです。
このデータによりますと、OECD加盟国の平均睡眠時間が8時間19分で、日本は7時間43分とかなり短く順位は下から2番目です。ちなみに最も睡眠時間が短いのは韓国で7時間41分ですが、全体からみれば日本と韓国の二国が群を抜いて短い睡眠時間であることが分かります。
一方、睡眠時間が多いのは、このデータではニュージーランドの8時間46分ですが、南欧はどこも多いようです。どこで聞いたかは忘れましたが、世界一睡眠を大切にする国はフランス、という言葉を耳にしたことがあります。そこでフランスをみてみると8時間29分とやはり長いようです。
このサイトで何度か「フレンチ・パラドックス」について述べたことがあります。フランス人は脂っこい料理をよく食べておまけに喫煙率も高いのに心筋梗塞などの心疾患の罹患率が少ない、というものです。一部の学者は統計の取り方に問題があり、フランス人に心疾患が少ないわけではない、すなわちフレンチ・パラドックスは存在しない、と言いますが、依然フレンチ・パラドックスを支持する意見も多数あります。またフランス人は肥満が少ないというデータがありこれは客観的な事実です(注3)。
フレンチ・パラドックスが生じる理由に赤ワインが指摘されることがありますが、私は「何を食べるか何を飲むかではなく、ゆっくりと食べることが健康にいいのでは?」という自説を述べました(注4)。
私はフレンチ・パラドックスの本当の理由としてもうひとつ、「睡眠時間の長さ」があるのではないかと考えています。私がこれまでに接したフランス人はそれほど多くはありませんが、彼(女)らは「よく眠れたか」など睡眠に関する話題をよく口に出します。フランスベッドが高級品であることからも分かるように、フランス人は睡眠時間だけでなく睡眠の質にこだわります。
健康を維持する秘訣として、私が以前から提唱しているのは「3つのE」です(注5)。これは「3つのEnjoy」と覚えてほしいのですが、Early-morning wake up(早起きして質のいい睡眠を確保する), Exercise(運動), Eating(食事)です。Early-morning wake upは、早く起きることそのものよりも重要なのは毎日同じ時間に起きて同じ時間に眠る、ということです。フランス人は、これができて、食事もゆっくりと食べることで健康を維持できているのでは、というのが私の考えです。
以前フランスに詳しいある人(日本人男性)から興味深いことを聞きました。その男性は強靱な肉体を維持していて自衛隊に入隊していたこともあるそうなのですが、フランスで街を歩くと、ヒールを履いた女性に追い抜かされるというのです。つまりフランス人は速く歩くことによって効果的な運動(Exercise)もできているというわけです。歩く速さは大阪が世界一とどこかで聞いたことがあるのですが、フランス人の歩く速度は大阪人よりも速いのでしょうか。ちなみにこの日本人男性によると、フランス人(特に女性)に抜かれることと、犬の糞があまりにも多いことがフランスの歩道の特徴だそうです。
以上をまとめると、フランス人は、睡眠、食事、運動のすべてにおいて健康的ということになります。OECDのデータによると、フランスの平均寿命は82.1歳(2012年)で、これは、日本、アイスランド、スイス、スペイン、イタリアについで第6位になります。もしもフランス人の喫煙率が下がればもっと伸びるのではないでしょうか。(尚、ここで詳しい言及は避けますが、日本人の平均寿命が長いのは「寝たきり」が多いからであり、健康年齢でみると海外諸国よりも短いのでは?という意見もあります)
さて、問題はここからです。18歳以上は7時間以上の睡眠が必要、と言われても、残業時間の多い人などは物理的にそんなに睡眠時間を確保できないと考えるでしょう。また、時間を確保できたとしても眠りたいのはやまやまだが眠れなくて困っている、という人もいるでしょう。
眠れないなら睡眠薬、という考えは間違いです。実際、医療機関では「眠れないから睡眠薬を処方してください」という患者さんに、「はい。では出しましょう」と簡単に睡眠薬を処方するわけではありません。まずは、薬なしで睡眠がとれる生活習慣の指導から始まります。次回はそのあたりをお話したいと思います。
注1:この論文のタイトルは「National Sleep Foundation’s sleep time duration recommendations: methodology and results summary」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.sleephealthjournal.org/article/S2352-7218%2815%2900015-7/fulltext
注2:OECDのこのデータは下記で参照することができます。
http://www.oecd.org/gender/data/balancingpaidworkunpaidworkandleisure.htm
注3、注4:詳しくは下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第142回(2014年11月)「速く歩いてゆっくり食べる(後編)」
注5:逆にすぐにでもやめるべきなのは「3つのS」です。詳しくは下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
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|2015年2月10日 火曜日
2015年2月号 神戸の貴婦人と小さな幸せ
たしか阪神大震災から半年くらい過ぎた頃だと思うので1995年の夏頃でしょうか。新聞か雑誌のコラムで被災したひとりの女性のことが取り上げられていました。
その女性は、たしか40代か50代で、裕福な家庭に育ったものの身内の不幸が相次ぎ独りで暮らしていたそうです。そこに震災が起こり自宅まで失ってしまいます。その女性をひとりの記者が取材をしてコラムを書いていたのです。
その記者によると、震災前に家族をなくし震災で家までなくしたその女性は、悲しい顔を一切見せず、それどころか澄んだ瞳で「家は全壊したけれどあたしはこのとおり元気よ。神様に感謝しなくちゃ」とこのようなことを言ったそうなのです。そして始終笑顔で被災者の人たちのケアをしているというのです。被災者の人たちに何ができるだろうか、と考えて被災地に乗り込んだこのジャーナリストが被災者であるこの女性に逆に元気づけられた、といったようなことが書かれていました。
私はこの記事を読んだとき、それなりには感動したと思うのですが、何度も反芻したわけではなく、しばらくするとすっかり忘れ去っていました。
2005年のある秋の日、ある病院の当直室。時間は深夜0時頃のことです。その頃私は極度の疲労感を引きずっていました。当時の私は、タイのエイズ施設に関わっており、数ヶ月に一度はタイに渡航しボランティア活動をおこなっていました。一方、日本では大学の総合診療部の医局に所属し、文字通り休日ゼロで仕事をしていました。「仕事」といっても当時の私はまだまだ勉強しなければならないことが多く、複数の医療機関で無給の修行をさせてもらっていた、というのが実情です。
しかし、完全に「無給・無休」では生活ができませんし、タイの施設に支援もできません。そこで、週に何日かは短時間の外来のアルバイトや病院の当直のアルバイトをおこなっていました。その秋の日は、午前中は大学病院で自分の外来をおこない、午後は他の先生の外来を見学させてもらい夕方は会議に出席していました。その後、大阪の郊外のある病院で当直のアルバイトをおこなっていたのです。
アルバイトとはいえ、その日のその病院の当直医は私ひとりです。夜間の救急外来にやってくる患者さんはすべてひとりで診なければなりませんし、入院中の患者さんが急変したときにもひとりで対処しなければなりません。結果として軽症であったとしても何かあれば患者さんは看護師経由で医師を呼びますから当直室でゆっくりすることはできません。
その日の私は疲労がピークに達していました。夜間に外来にやってきた捻挫の患者さんに対する処置を終え当直室に戻ると、何もする気が起こらず床にしゃがみこんでしまいました。元気のある時なら、かばんの中に入っている医学の教科書を取り出すのですが、どうしてもそのような気にはなれません。
ふと棚に目をやると昔なつかしい紅茶のパックが置かれていることに気付きました。その横にはお湯の沸いたポットがあります。私は紅茶よりもコーヒーが好きなので、この病院でポットを利用するのはインスタントコーヒーを飲むときとカップラーメンをつくるときだけです。紅茶のパックは私がいつも飲んでいるインスタントコーヒーのすぐ横に置かれていたのですが、このときまで存在に気付いていませんでした。
たまには気分をかえて紅茶を飲んでみよう。そう思った私は紅茶のパックをカップに入れお湯を注ぎ、スティックの砂糖を入れてかきまぜました。このとき私の鼻腔にふわっと広がった温かく清涼感にあふれた香り・・・。がむしゃらに走り続けようとする私はこの香りに呼び止められたような気がしました。そして、冒頭で述べた被災地の女性のことをなぜか思い出したのです。
たった一杯の紅茶、それも高級品ではなく、私が小学生の頃に自宅にあったのと同じ紅茶です。子どもの頃何気なく飲んでいた紅茶がこんなにも心を落ち着かせてくれるとは・・・。一杯の紅茶を味わって飲むと、現在の私自身が非常に恵まれていることに気付きます。まず健康であり、日々勉強することができて、患者さんから感謝の言葉をもらい、そしてタイにいるエイズに苦しむ人たちにほんの少しではありますが貢献しています。貯金はほぼゼロで、それどころか奨学金の返済も随分と残っていましたが、若いうちはお金などなくてもなんとでもなります。
きっと、あの被災地の女性も同じようなことを思ったのではないだろうか・・・。そのとき私はそう感じたのです。家族を亡くし、自宅が全壊し、着るものもなくなった。けど自分は生きている、身体も動く、自分より困っている人に少しとはいえケアをすることさえできる。だから自分は幸せなんだ・・・。その女性はそう感じたのではないかと思えてきたのです。
それ以降私はこの女性のことを「神戸の貴婦人」と勝手に名付けています。いくら私の記憶がいい加減でも、この記事自体のことを私の脳が作り上げたとは思えませんから、ジャーナリストがこの記事を書き、取材をうけたこの女性が実在したのは間違いないと思います。阪神大震災から今年(2015年)で20年が経過しますから「神戸の貴婦人」は今60~70代くらいでしょうか。
病院の当直室での一杯の紅茶のこの出来事があってから、私は辛いことがあると「神戸の貴婦人」を思い出すようにしています。そして辛いことがあると、一杯の紅茶のような「小さな幸せ」を探すようにしています。
私が日々診ている患者さんのなかには「生きていても何もいいことがない・・・」と言う人がいます。うつ病がある程度進行している人の場合は、まず休養をとり、場合によっては抗うつ薬や専門のカウンセリングが必要になりますが、軽症の人であれば、「日々の生活のなかで少しでも幸せなものを見つけてみませんか」とアドバイスすることがあります。
ある患者さんは、いつも行くコンビニで店員さんにこちらから「おはようございます」と声をかけると笑顔で「おはようございます」と返してくれたんです、と言って喜んでいました。ある患者さんは、朝の散歩できれいな朝日をみてその日一日気分が良かったと話していました。
反論もあるでしょうが、私自身は「人生は辛いことが大半であり、幸せなことはわずかしかない」と考えています。こんな私は悲観論者になるのかもしれませんが、それが故に「小さな幸せ」が心を落ち着かせてくれることを知っているのです。
私は2014年1月から左腕が不自由になり、2014年8月に手術を受けました。現在は少しずつ回復していて、手術直後は茶碗を持つことすら覚束なかったのが、現在は手は震えるものの「吉野家」の牛丼並盛りの丼が持てるようになってきました。少しの時間でも左手で丼を持てることがどれだけ嬉しいことか・・・。これも「小さな幸せ」です。
私がよく利用する吉野家では2014年11月から3ヶ月間、カードにスタンプを貯めれば吉野家特製の茶碗がもらえるというキャンペーンがおこなわれていました。なんとしてもスタンプを貯めて茶碗をもらいたい、と考えた私は11月からちょこちょこと吉野家を利用するようにして、ついに1月末に7つのスタンプが貯まり念願の特製茶碗を手に入れました。ただ、私は牛丼を頼んだときに出てくる丼鉢そのものがもらえると勘違いしていて、実際にもらったのはミニサイズの茶碗でした。しかしそれでもあの模様が入った茶碗を手に入れた幸せ感はもしかすると「小さな幸せ」以上のものかもしれません。
なんだか最後は自慢話みたいになってしまいました・・・。一杯の紅茶で小さな幸せを見つけたことから、昔新聞か雑誌で読んだ「神戸の貴婦人」のことを思い出し、その後は辛くなると「小さな幸せ」を探すようにしている、ということが今回言いたかったことです。
日常を振り返ってみると「小さな幸せ」はいろんなところに転がっています。普段はなかなか気付きませんし気付いたとしても照れくさくて口には出せませんが、家族がいる人は家族の笑顔を見ることも幸せなことです。日頃、家族と離れて暮らしている人や家族がいない人でも、何気ない日常を見渡してみると意外なところに「小さな幸せ」がきっと埋もれているはずです・・・。
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|2015年2月6日 金曜日
2015年2月6日 男性の喫煙は痛風を抑制
私は元喫煙者ですが、現在の立場は「すべての人が禁煙すべき」というものです。自分が喫煙していた頃は、禁煙推進者から「タバコには何のメリットもない」と言われると、「わずか5分間でリラックスできることと、喫煙所で友達ができることは明らかなメリットだ!」と反論していたのですが、医師になってからはこのようなことも言わなくなりました。
喫煙が身体にも精神にも有害だとする研究が相次ぎ、誰もが禁煙すべきというのは自明でしょう。しかし科学は公平でなければならず、盲目的になってはいけません。喫煙が身体に良いという研究があれば伏せてはいけないのです。
男性の喫煙は痛風の発症を抑制する・・・
この意外な結論が導かれた研究が医学誌『Rheumatology』2015年1月号(オンライン版)に掲載されました(注1)。
この研究は、研究開始時に痛風をおこしたことがなかった米国人の男性2,279人と女性2,785人を対象とし、1948年~2002年となんと最長54年間もの追跡データを解析しています。この間に痛風を発症したのは合計399人(男性249人、女性150人)です。発症者を喫煙者と非喫煙者に分けて発症率を分析したところ、全体(男女合算)では、喫煙者の発症リスクは非喫煙者の0.76倍と、なんとタバコを吸うことにより24%もリスクが低減されるという結果がでたのです。
これを男女別々で分析すると、男性ではリスクが0.68倍、女性では0.92倍と、女性よりも男性で有意にリスク低下があることが判ったのです。
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この研究に影響を受けて痛風発作を起こしたことがある人が喫煙を開始する、などということはあってはならないことであり、この論文の執筆者も喫煙をすすめているわけでは決してありません。
しかし、禁煙を開始した人が、その後尿酸値が高くなり痛風発作を起こすリスクがあるというふうには考えるべきでしょう。禁煙を開始するとほとんどの人は食欲が亢進し、一時的ではありますが体重が増えます。すると高血圧、高血糖、高脂血症という生活習慣病のリスクが上昇します。尿酸値も上がるのであれば、禁煙後の健診は非常に大切になってきます。もちろん一時的にこれらの数値が上昇したとしても、禁煙をおこなうことで生活習慣病のリスクが大きく下がることが最も重要なことです。
尚、なぜ喫煙で痛風が抑えられるかというメカニズムについては、プリン体から尿酸が生成されるときに必要となる「キサンチンオキシダーゼ」という酵素が、喫煙により不活化されるからではないかと考えられます。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Cigarette smoking is associated with a reduction in the risk of incident gout: results from the Framingham Heart Study original cohort」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://rheumatology.oxfordjournals.org/content/54/1/91.abstract?sid=5c8d98e7-c04e-4eec-b3a8-002a2714ffe2
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|2015年2月2日 月曜日
2015年2月2日 寝る前のスマホやタブレットはNG
ここ数年、産業医学関連のトピックスで最も大きなもののひとつが「ブルーライトによる睡眠障害」です。具体的に言えば、スマートフォン(以下「スマホ」)やiPADなどのタブレットが放つブルーライトが目を疲労させ睡眠を妨げているという問題です。それを証明するような研究も出てきており、今回はそれを紹介したいのですが、まずは「ブルーライト」のおさらいからしておきましょう。
ブルーライトの定義は「波長が380~495nm(ナノメートル)の青色光」となります。そう言われても、物理が苦手な人などはピンとこないかもしれません。ここでは、すべての光線には「波長」というものがあること、光線は「紫外線」「可視光線」「赤外線」の3つに分類できること、「紫外線」はその波長が最も短いものということの3つを押さえておきましょう。そして、紫外線が身体に有害であるということは聞いたことがあると思います。
ブルーライトは可視光線のなかで最も波長が短い、つまり紫外線に最も近いという特徴があります。紫外線に最も近いわけですから可視光線のなかでは最も人体に悪影響を与えることになるのです。
最近は「ブルーライト」という単語を一般のマスコミなどでも聞く機会が増えてきています。これはLEDの普及によるところが多く、スマホやタブレットに使用されることにより、至近距離でブルーライトに暴露されることが増えているからです。
スマホやタブレットなどの電子書籍で読書をすると紙の書籍に比べ睡眠や生活リズムに悪影響を与える・・・
これは医学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』2015年1月27日号(オンライン版)(注1)に掲載された研究結果です。
米国ボストンのBrigham and Women’s Hospitalの研究者の研究で、研究の対象者は男女各6人の成人12人(平均年齢24.92歳)です。彼(女)らに就寝前に紙の書籍または電子書籍を読んでもらい、睡眠や生活リズムにどの程度の違いが生じるかを分析しています。
その結果、電子書籍を読むと、紙の書籍に比べて、入眠までの時間が延長し、熟眠が妨げられ、また起床時にすっきり目覚められなくなるという結果が出たようです。
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この研究は対象者が少ないですから、これだけでブルーライトの危険性を論じることはできないかもしれませんが、電子書籍を寝る前に読むと、紙の本と比べると眠りにつきにくい、という経験をされた人も少なくないのではないでしょうか。
最近は企業などでパソコンやiPADのブルーライト対策を実施することが推奨されています。スマホやタブレットは自宅で(プライベートで)用いるでしょうから、各自が対策を立てるべきです。幸いなことに(少々値段は高いですが)ブルーライトカットのフィルムが販売されていますから使用を検討してもいいでしょう。
ちなみにiPAD用のブルーライトカットのフィルムは私自身も使用しています。フィルムを貼ると全体の色が少し黄色っぽくなりますが文字を読むのに不都合はありません。ただ、私自身は寝る前に本を読むと、それがiPADであっても紙の書籍であっても以前からすぐに睡魔に襲われていましたから、差は感じられませんが・・・。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, circadian timing, and next-morning alertness」で、下記URLで全文(PDF)を読むことができます。
http://www.pnas.org/content/112/4/1232.full.pdf+html?sid=907ea559-844f-4e03-ad99-1eca5924c568
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|2015年1月31日 土曜日
2015年1月31日 やはりアジア人は太るべきでない
数年前から、少し肥満気味の方が長生きする、ということが指摘されています。最近私が患者さんから教えてもらった言葉に「ちょいメタボ」というものがあります。その患者さんによると、なんでも「ちょいメタボ」が最も健康であるようなことを言う専門家(?)がいるそうです。(尚、「ちょいメタボ」は「ちょいメタ」と呼ぶこともあるそうです)
たしかに海外では以前から肥満のグループの方が普通の体重よりも長生きするというデータがあることが指摘されていますし、日本でも、例えば約44,000人を対象とした東北大学の研究でもBMI25~30(注1)のグループが最も長生きした、というデータがあります。
しかしこのようなデータには「落とし穴」があります。それは数字だけを見ていても分かりません。実際に多くの患者さんをみて初めて分かることがあるのです。その「落とし穴」とは、多くの日本人にとってBMI25を越えると、肝機能障害や高血圧、高脂血症、糖尿病が増える、という事実です。つまりBMIが25~30が統計上長生きするのが事実だとしても、「健康」には生きていない人が少なくないということです。
では、なぜBMIが25~30の肥満傾向にあるグループの方が平均寿命が長くなるのでしょうか。それはこの程度の肥満であれば薬を使うことによって生活習慣病の合併症を防ぐことができるからではないか、と私は考えています。また、このグループの人たちは定期的に医療機関に通院している人が多く、例えばガンなどが早期発見されやすい、ということもあるかもしれません。
しかし人間は単に長生きすればそれでいいというわけではありません。やはり「健康に長生き」すべきです。私の印象で言えば「健康で長生き」している人は肥満のグループではなく「適正体重」の人たちです。また、これも私の印象ですが、特に90歳以上で健康な人たちのほとんどは適正体重であり、肥満者はめったにいません。
先に述べたように、私が日頃みている患者さんでいうと、ちょうどBMIが25を越えたあたりで一気に肝機能障害、高血圧、高脂血症、糖尿病などが増え出します。これらは生活習慣以外に「遺伝」で決まっている面もあり、日本人はこれら生活習慣病などに罹患しやすい遺伝子を持っていると言われています。
それを裏付けるような発表が米国糖尿病学会(American Diabetes Association)(以下ADA)から2014年12月23日に発表されました(注2)。
ADAは糖尿病のスクリーニング検査を推奨するBMI値を従来は25としていました。しかし、今回の発表で「アジア系アメリカ人」の住民については23に設定しなおしたのです。これは、多くのアジア系米国人が一般的なアメリカ人に比べると、BMIが低くても糖尿病を発症していることを示すデータがあるからです。
***************
この発表では「アジア系アメリカ人(Asian Americans)」のきちんとした定義が述べられておらず、どの程度アジア人の遺伝子が入った人かはわかりません。また、この発表では「アジア系アメリカ人」と「アジア人」の比較については言及されていません。しかし、常識的に考えて、低いBMIでも糖尿病になりやすいのは、アジア人>アジア系アメリカ人>一般的なアメリカ人、となるはずです。
ということは、やはり我々日本人は欧米人よりも糖尿病には気をつけるべきであり、「ちょいメタボが長生き」などと呑気なことを言うべきではありません。
おそらく「ちょいメタボが長生き」と主張する人たちは、公衆衛生学的な観点からしかみておらず、実際の患者さんを診ていないのでしょう。こういう人たちも、BMIが25程度で(2型)糖尿病がすでに進行してしまい、白内障や腎機能障害をおこしてしまっている患者さんを何人か診察すれば、「ちょいメタボが長生き」などという無責任な説をすぐに撤回するに違いない、と私は思います。
(谷口恭)
注1:BMIはBody Mass Indexの略で、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割って算出します。例えば、体重88キログラム、身長2メートルの人であれば、88÷2の2乗=88÷4=22となります。
注2:ADAのこの発表のタイトルは「American Diabetes Association Releases Position Statement on New BMI Screening Cut Points for Diabetes in Asian Americans」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.diabetes.org/newsroom/press-releases/2014/american-diabetes-association-releases-position-statement-on-new-bmi-screening-cut-points-for-diabetes-in-asian-americans.html
参考:医療ニュース
2012年8月27日「太っているだけなら早死にしない?」
2009年10月13日「「太りすぎ」が長生き?」
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|2015年1月30日 金曜日
2015年1月30日 妊娠中のアセトアミノフェンの是非は?
過去にこのサイトでお伝えしましたように(注1)、妊娠中のアセトアミノフェン使用が産まれてくる子どものADHD(注意欠陥・多動性障害)のリスクになるのではないか、との報告があります。
鎮痛剤には複数の種類がありますが、アセトアミノフェンはそのなかで最も安全性が高いとされているものであり、伝統的に最も頻繁に使われています。今後アセトアミノフェンがもしも妊娠中に使えなくなると、痛みのコントロールが大変困難になります。
2015年1月9日、FDA(アメリカ食品医薬品局)は妊娠中の鎮痛薬使用のリスクについての見解を発表(注2)しましたので、ここで簡単に紹介しておきます。
まず、妊娠中の痛みを放っておくリスクですが、FDAは「激しい痛みが持続すると、抑うつ状態や不安感、高血圧をひきおこすことがある」としています。これらは胎児に悪影響を与える可能性がありますから、妊娠中の激しい痛みは取り除くべき、ということになります。
FDAは鎮痛剤を3つのグループにわけて検討しています。1つはオピオイド(麻薬に近いもの)、2つめはNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と呼ばれる鎮痛剤で、日本で有名なものをあげれば、ロキソニン、ボルタレンなどです。薬局で売っている薬ではイブ、ナロンエース、リングルアイビーなどが相当します。そして3つめがアセトアミノフェンです。
まず1つめのオピオイドですが、これは日本では妊婦さんに使用されることはほとんどないと思います。FDAは胎児に「神経管欠損」と呼ばれる先天異常が起こるリスクを指摘しています。
次にNSAIDsについてですが、FDAは確定的ではないものの、「流産」のリスクがある、としています。日本でもほとんどのNSAIDsは、薬局で売っているものも含めて妊娠中は飲んではいけないとされています。
問題のアセトアミノフェンについては、以前の医療ニュース(注1)で紹介した研究についても言及しています。FDAの見解としては、この研究をどのように解釈するかは困難であることを指摘し、現時点では妊娠中のアセトアミノフェン使用と産まれてくる子どものADHDとの関連性を示す確定的な確証(エビデンス)はない、としています。
***************
FDAも述べているように、妊娠中に耐えがたい持続する痛みが生じれば取り除くべきです。しかし、いくら飲んでも安心という薬はなく、リスクの少ない薬を必要最低限使用するということになります。
日本での妊娠中の使用については「おくすり110番」のサイトがうまくまとめられています(注3)。このサイトによると、やはりアセトアミノフェンが最も安全とされています。オーストラリア基準では唯一「A」が付けられています。
妊娠中にどうしても鎮痛剤が必要なときはやはりアセトアミノフェンの使用を考えるべきでしょう。しかし、痛みがでればアセトアミノフェン、と考える前に注意点を2つ紹介しておきたいと思います。
1つめは、痛みの予防をきちんとおこなうことです。特に頭痛の場合は、ストレスを避けて「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを心がけるだけでかなり防げる人もいます。
もうひとつは、同じ妊娠でも妊娠20週以降でアセトアミノフェンのリスクが上昇するという見方があります。つまり、20週以降は特に予防に注意すべきである、ということです。
(谷口恭)
注1:下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年4月4日「妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?」
注2:FDAは「FDA has reviewed possible risks of pain medicine use during pregnancy」というタイトルでレポートしています。下記URLで全文を読むことができます。
http://www.fda.gov/downloads/drugs/drugsafety/ucm429119.pdf
注3:下記URLを参照ください。尚「おくすり110番」は鎮痛剤以外の薬についても妊娠中の使用の危険性をまとめており参考になります。
http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_04-010.html
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|2015年1月23日 金曜日
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
2014年の「感動した出来事」に、フィギュアスケートの羽生結弦さんの健闘をあげる人が少なくないようです。特に2014年11月8日に上海で開かれた大会で練習中に中国選手と激突し、頭部から出血ししばらく起き上がれなかったものの、自身の強い意志で予定通り出場し2位を獲得したことは日本中に大きな感動を呼びました。
しかし、当初から関係者の間では「出場させるべきではなかった」という声が少なくありませんでした。脳振盪というのは、主にスポーツなどで頭部を強打した直後に一時的に意識がぼーっとする状態になることを言います。かつてはそれほど重視されていませんでしたが、後で詳しく述べるように、ここ数年は、特にアメリカで最も注目されている疾患のひとつと言えます。
脳振盪というのは、スポーツなどで頭部に外力が加わり、一時的に意識障害を来すものの障害は一過性である、というのがおおまかな定義になると思います。「一過性」であるわけですから、意識が戻れば心配がない、と従来は考えられていました。
ただし、頭を強打したときには、単なる脳振盪ではなく、「急性硬膜外血腫」や「急性硬膜下血腫」といって頭蓋内に出血が起こり入院・手術が必要になる場合もありますし、あまりに衝撃が強いと「びまん性脳損傷」(「びまん性軸索損傷」ともいいます)といって長期間障害が残ることもあります。急性硬膜外血腫や急性硬膜下血腫の場合はCTで、びまん性脳損傷の場合はMRIで診断をつけます。
さて、ここまでは私が医学部の学生の頃に学んだことなのですが、今回お話ししたいのは2000年代に入ってから注目されている脳振盪を原因とした脳の疾患についてです。この疾患は「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれる疾患で、ボクサーに多いことから以前はパンチドランカーと呼ばれていたもののことです。
最近になって注目されるようになったきっかけは、米国のアメリカンフットボールのスーパースター、マイク・ウェブスターの死亡です。日本のマスコミでほとんど報道されていないと思いますので経緯を簡単に振り返っておきます。
ウェブスターが死亡したのは2002年9月24日。当初、死因は心疾患と報道されましたが真相は異なっていました。死体を解剖した病理医が、脳皮質にタウ蛋白陽性の神経原線維変化が存在することを見つけたのです。そして、この神経原線維変化は、ボクサーに見られる脳障害と酷似していることをつきとめ、アメリカンフットボールのプレイで頭部への衝撃(つまり脳震盪)が繰り返されたことが病因であるCTEである可能性を疑ったのです。
ところで、当初心疾患が死因と考えられていた死体の解剖でなぜ脳細胞が詳しく調べられたのでしょうか。それは、引退後ウェブスターが奇妙な行動を取るようになっていたからです。浪費を繰り返すようになり、記憶障害やイライラ・抑うつなどの精神症状が出現し、家を失い、妻には去られ、ついにホームレスにまで転落していました。そこで担当した病理医は認知症を疑い、脳細胞を詳しく調べたというわけです。
この病理医は解剖の所見を論文にまとめて公表しました。そして脳振盪が従来考えられていたような一過性の軽度のものではなく、ウェブスターにおこったように精神を蝕み悲惨な顛末となるCTEの原因となる可能性を指摘しました。
ところがNFL(National Football League)が真っ向からこの病理医の見解に反対し、論文撤回を求めました。NFLとしては、アメリカンフットボールが危険なスポーツであると思われることを何としても避けたいという思惑があります。そこでNFLは学者を抱え込み、脳振盪はたいしたことがないんだ、という言わば<初めに結論ありき>の調査をおこなったのです。
そしてNFL主体の研究チームは、「脳振盪を繰り返し起こしたとしても心配する必要はない」と結論付けました。脳振盪の症状が回復していない時期に、再度衝撃が加わるとsecond impact syndrome(SIS)と呼ばれる後遺症を残す疾患が知られていますが、アメリカンフットボールの選手には生じていないとし、ボクサーに見られるような脳の症状は認められないと強調しました。
NFL主体のこの論文が審査にも通り堂々と発表されたのは政治的な要因があったのではないかと言われています。また、NFLは潤沢な資金を用いマスコミを誘導し、アメリカンフットボールの脳振盪は心配ないことを世間にアピールするようになりました。となると、ウェブスターを解剖した病理医は世間を騒がせ「誤診」をした医師とみなされることになってしまいます。
しかし、すぐに立場が逆転することになります。病理医はウェブスターに続く第2例目の解剖結果を発表したのです。2例目は、引退後うつ病を患い2005年に自殺したテリー・ロングというウェブスターの元チームメイトです。脳細胞に、ウェブスターと同様、タウ蛋白陽性の神経原線維が広範な領域に認められたのです。また、脳振盪の危険性に注目していたのはこの病理医だけではありませんでした。全米で次第にアメリカンフットボールの選手の脳振盪がCTEのリスクであるとするデータが集まり出したのです。
脳振盪がCTEの原因であることがアメリカで広く知られるようになったのは、元プロレスラーのクリス・ノウィンスキーの貢献によるところが大きいようです。自らCTEであることを疑ったノウィンスキーは、脳振盪の危険性を訴えるためにマスコミを利用しました。2007年1月18日、『The New York Times』の第一面に、「自殺の原因は脳障害。アメリカンフットボールが原因で認知症やうつ病が起こる」という内容が掲載され(注1)これで一気に米国民に認知されることになりました。
この頃から精神症状に苦しめられていた元アメリカンフットボールの選手たちが次々とNFLを訴えることになりました。2013年8月の時点で「脳震盪訴訟」の原告となった元選手の数はなんと4,500人にも達し、それまで脳振盪はCTEの原因でないと真っ向から反対していたNFLも、ついに2009年に自説を撤回し原告の要求に応じることになります。2013年8月、損害賠償総額7億6500万ドル(約918億円)で和解が成立したことが発表されました。
雑誌『The New Yorker』の2014年1月27日号にオバマ大統領への取材記事が掲載されています。この取材で、フットボール選手のCTEの問題について聞かれたとき、オバマ大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言しています(注2)。
アメリカで人気のスポーツには、アメリカンフットボール以外に野球(メジャーリーグ)があります。野球はフットボールほど頭部外傷が多くありませんが、それでも脳振盪が起こらないことはありません。2012年12月、元大リーグ選手のライアン・フリールがショットガンで自殺をしました。その1年後の2013年12月、フリールの遺族は、彼がCTEを患っていた事実を公表し全米の野球ファンを驚かせました。
アメリカの実際の状況を知ることは私にはできませんが、ここまで事実が積み上げられ、NFLが訴訟に応じ、大統領が「自分の息子には・・・」という発言をしているのです。アメリカでは今後コンタクトスポーツをおこなう子どもが減っていくことが予想されます。
では、日本ではどうでしょうか。私の知る限り、冒頭で紹介した羽生結弦さんの脳振盪の報道でCTEに触れたものはありませんし、それどころかこれまでCTEの文字を一般のマスコミで見かけたことすらほとんどありません。認知症予防に有効かもしれないとされるサプリメントの情報を必死で集めるような国民が、スポーツによるCTEの情報に興味を持たないはずがないと思うのですが、私の知る限り新聞や週刊誌に記事を載せるジャーナリストも見当たりません。
これは、NFLが当初そうであったように、コンタクトスポーツを回避すべきとする情報が流布することをスポーツ団体が危惧しているのでしょうか(注3)。それともスポーツ関連企業の圧力があるからなのでしょうか。
コンタクトスポーツには大変魅力があり、自分でやることはないものの、実は私も、ボクシングを初めとした格闘技やサッカー、アメリカンフットボールなどを観戦するのは大好きです。しかし、その選手たちが引退後にうつ病や認知症を患い、さらに自殺を遂行する可能性があると考えると複雑な気持ちになります。
それぞれのスポーツのCTEのリスクは実際にはどの程度なのでしょうか。アメリカではこれだけ大きな問題として注目されているわけですから、日本も行政主体の大規模調査をおこなうべきではないでしょうか。
注1:『The New York Times』のこの記事のタイトルは「Expert Ties Ex-Player’s Suicide to Brain Damage」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.nytimes.com/2007/01/18/sports/football/18waters.html
注2:『The New Yorker』のこの記事は下記URLで全文を参照することができます。
http://www.newyorker.com/magazine/2014/01/27/going-the-distance-2
注3:ちなみに日本脳神経外科学会は2013年12月16日付けで「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」と題した提言書を公表しています。ただしCTEについての記載はありません。
http://jns.umin.ac.jp/cgi-bin/new/files/2013_12_20j.pdf
また、日本サッカー協会(JFA)はウェブサイトのなかで「メディカルインフォメーション」というページで脳振盪の危険性について指針を公表しています。ただしCTEについての記載はありません。
http://www.jfa.jp/football_family/medical/b08.html
参考:
1.『ジ・エンド・オブ・イルネス 病気にならない生き方』デイビッド・B・エイガス 、クリスティン・ロバーグ 著(日経BP社)
2.医学書院ウェブサイト内のコラム李啓充氏による「続・アメリカ医療の光と影」
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03060_04
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|2015年1月21日 水曜日
第144回(2015年1月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編)
今月(2015年1月)に公開した<院長あいさつ>のなかの「開業9年目に向けて」というコラムのなかで述べましたが、私はこれからの日本の医療には「Choosing Wisely」という考え方が不可欠だと考えています。「Choosing Wisely」とは、直訳すれば「賢く選択する」となりますが、わかりやすく言えば、「適切な医療を選ぶ」、言い換えれば「不要な医療をやめる」ということです。
ここで私が研修医時代に経験したChoosing Wiselyを考える上で興味深い症例を紹介したいと思います。
患者さんは3歳の男の子。自宅のベッドから落ちて頭をうちお父さんに連れられて深夜の救急外来にやってきました。幸運なことに、その日の救急外来の担当医は脳神経外科医でした。医師は充分な時間をかけてその男の子の診察をして、お父さんに「大丈夫だと思います。このまま何もせずに様子をみてください。もしも、意識がぼーっとしたり、吐いたりするようであればあらためて受診してください」と言って診察を終わらせようとしました。
すると、驚くべきことに、その子のお父さんが突然言葉を荒げて怒り出したのです。「思います、では困るんです! この子は頭をうってるんですよ! CTを撮るのがあんたらの仕事でしょ! もしもこの子に何かあったらあんた責任とれるんか! こっちは金払う言うてるんや、医者はサービス業ちゅうもんがわかっとらんのか!・・・」、とこんな感じで次第にけんか腰になってきました。
この症例のように「頭をぶつけたからCTを撮ってほしい」という要望は「以前は」少なくありませんでした。「以前は」と過去形なのは、最近ではその傾向が変わってきているからです。これは患者側が冷静にリスクを判断できるようになったから、というよりも、おそらく東日本大震災の影響でしょう。放射線の有害性がマスコミにより大きく取り上げられるようになり、CTどころか単純X線にすら過剰な恐怖心を持つような人もいます。
しかし、震災前までは「頭をぶつければCT」と考えている人は非常に多く、特にこの症例のように、子どもが頭をぶつけたときの親の間では顕著でした。これはおそらく1999年に起こった「杏林大病院割りばし死事件」が影響を与えていると思われます。これは4歳の男の子が転倒し救急搬送されたものの、割りばしが喉の奥に突き刺さっていたことが見逃され翌日に死亡したという事件です。折れた割りばしは小脳にまで到達しており、これを診察した医師が見抜けなかったのです。このときにCTを撮影していれば発見されたであろうことから、CTを撮影しなかった医師が業務上過失致死などで送検されました。
この事件は最終的に医師の無罪が確定しました。救急外来受診の状況から割りばしの存在を疑うのは困難であり、このような例は世界的にみても極めて稀なものであり、CTの撮影をおこなわなかったことを過失とは認められない、というのが大まかな判決の内容です。
しかし、このような判決を聞いても遺族の立場からすれば納得しづらいでしょうし、もしも我が子に同じことが起こったら・・・、と考えれば、「頭になにかある場合はCTが必要」と考えたくなる気持ちは理解できます。
しかし頭をうったり転倒したりした症例すべてにCT撮影というのは現実的ではありません。このようなことを言うと、「それは(全体の)医療費を抑制するためですか」と言う人がいますがそうではありません。このケースでは、一番の問題は被爆であり(CTの被曝量は単純X線の比ではありません)、次の問題は患者さんが負担する費用の問題です。もっとも、多くの自治体では小児の場合はどのような治療を受けても1回の受診料が500円程度になっていますから「それは問題でない」という人もいるでしょう。しかし成人であれば3割負担で数千円の費用がかかります。
件の症例の続きに戻ります。診察室で大声を張り上げて今にも診察医を殴りかかるくらいの勢いでこのお父さんは引き下がりませんでしたが、医師側からみれば、小さな子どもに無駄な被爆をさせるわけにはいきません。「すべきではない検査はできません」と冷静に説明を繰り返します。結局、これ以上何を言っても無理と判断したそのお父さんは捨てゼリフを吐いて診察室を去って行きました。
私は診察医の後ろでこのやりとりを聞いていたのですが、無駄な被爆と医療費を回避すべきと考えていたその医師の考えが強く伝わってきました。「CTは不要です」と断言するのも勇気がいることなのです。自分の診察に自信がなければ「もし何か見つかればどうしよう・・・」という不安が出てきますし、もっといえば、今回の転倒と関係のない異常所見が見つかることだって可能性としてはあるわけです。患者さんの立場からすれば、「もしもあのときCTを撮っていれば・・・。CTを拒否したあの医者を一生許さない!」となることもあり得るのです。
私はこのエピソードをこれまで何度か(医療者でない)知人に話したことがあるのですが、「これが医師のあるべき姿だ」というと首をかしげる人が少なくありません。彼(女)らは、「要望があるならCT撮ってあげたらいいんじゃないの。異常がなかったらそれでお父さんも満足しただろうし、病院だって儲かるんじゃないの?」、というのです。
医師は「聖職」などというつもりは毛頭ありませんが、医師は他の職業と異なる、としばしば感じるのがこの点です。つまり、市場社会におけるほとんどの仕事は営利を追求することが(それだけではないにしても)第一の目的であり、一方、医療というのは(利益がなければ組織の存続ができないのは事実ですが)営利を追求しない(してはいけない)仕事です。日本医師会の「医の倫理綱領」の第6条には、はっきりと「医師は医業にあたって営利を目的としない」と述べられています。
この点を理解していない人は非常に多いと言わざるを得ません。鋭い指摘をするジャーナリストや知識人でさえも誤解していることがあります。Choosing Wiselyの議論になったときも、「検査や治療を減らせば医療機関が儲からなくなるから日本では普及しないんじゃないの」という意見すらあり驚かされます。
しかし、アメリカの医師も日本の医師もミッションは同じです。アメリカの学会が一丸となってChoosing Wiselyのキャンペーンをできて、我々日本の医師にできないはずはありません。なかなか理解を得られないかもしれませんが、我々医師は利益のことを考えて診療をしているわけではありません。その逆にいかに不要な検査や治療を減らしていくかを考えているのです。これを説明するのに「医師の矜持」にかけて、という言い方ができるかもしれませんが、そんなたいそうな表現を用いなくても、普通に医学部で学び、医師になれば研修期間が終了する頃には「医師の常識」が身についているのです。
身体の具合が悪くて医療機関を受診するのはお金持ちだけではありません。というより裕福でない人の方が多いでしょう。そのような人たちは、治療にどれくらいお金がかかるだろう・・、と不安な気持ちで受診することも少なくありません。すでに具合が悪くて仕事を数日間休んでいたり、場合によってはその症状のせいですでに退職していたりすることもあるのです。そんな人たちに対して、少しでも検査を増やして濃厚な治療をしてお金を稼ごう、などと考えることのできる人間はいません。
それに、治療がうまくいくと、患者さんは心の底から感謝の言葉を話されます。そういう言葉を聞くと、もっとがんばろう、という気持ちになり心が奮い立たされます。そんなときに、どうすればお金が儲かるか、などとはまともな神経をしていれば考えることができないのです。
つまり、医師は高い人格を有しているから自分の利益よりも患者さんの負担を少なくすることを考えるのではなく、仕事を通して困っている人の力になりたいと”自然に”感じ、また感謝の言葉を聞くにつれて”自然に”利他的な考え方になっていくのです。
Choosing Wiselyという考え方が誕生したひとつの理由として、膨大する医療費を抑制しなければならないという国(アメリカ)の意向が反映されているのではないかという意見があります。しかし、Choosing WiselyのPRをしているのはABIM(American Board of Internal Medicine、アメリカ内科学委員会) という医師からなる非政府組織です。つまりChoosing Wiselyは行政主体ではなく医師主体なのです。
広く世論にChoosing Wiselyの本質を理解してもらうことができれば、患者さんの時間とお金の負担が減少し、医師としては思うような診療ができ、コミュニケーションのすれ違いや誤解が減ることが期待できます。おまけに全体の医療費も縮小できますから、患者、医師、行政の3者にとって望ましいことになるはずです。(検査会社、製薬会社、医療機器のメーカーなどは利益が減少することになるでしょうが・・・)
次回は、先に紹介した子どものCTを執拗に迫ったお父さんのような例にはどのような説明をすべきなのかについて検討し、医師・患者のコミュニケーションのすれ違いが生じる理由について言及し、そしてChoosing Wiselyの具体例(注1)を紹介していきたいと思います。
注1:ABIMが作成するChoosing Wiselyの具体例は下記URLですべて閲覧することができます。
http://www.choosingwisely.org/doctor-patient-lists/
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