ブログ
2026年9月3日 木曜日
2026年9月3日 CTE(慢性外傷性脳症)をこれ以上無視すべきでない
このサイトで初めてCTE=慢性外傷性脳症(以下「CTE」)の危険性を報告したのは2015年です。サッカーやアメリカンフットボールの経験者はかなりの高確率でこの疾患を発症し、いずれ認知症や人格崩壊で人生が大きく狂うことになります。実例を含めた詳しい話は下記の「参考」を参照してほしいのですが、今回は「いったいどれくらいの確率でCTEを発症するのか」について新しい論文が出たので報告したいと思います。
その前に過去の「数字」についてみておきましょう。2017年のコラム「アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!」で紹介した医学誌JAMAに掲載された論文「アメリカンフットボール選手における慢性外傷性脳症の臨床病理学的評価(Clinicopathological Evaluation of Chronic Traumatic Encephalopathy in Players of American Football)」はCTEの有病率を次のように報告しています。
・元アメリカンフットボール選手202人のうち177人(87%)がCTE
・NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手111人のうち110人(99%)がCTE
アメリカンフットボールに本格的に取り組めば9割近くがCTE、プロになれば99%がCTEというこの数字、あまりにも衝撃的ですが、この報告に対しては冷ややかな視線もあります。それは「調べられたほとんどの患者がCTEを疑う症状が出ていたのだから、高確率になるのは当然」とする意見です。
では、症状が出ていない人も含めて、どれくらいの人にCTEの脳の所見が認められるのでしょうか。それを検証した論文が医学誌「BMJ」2026年8月25日号に掲載されました。タイトルは「NFL選手における死亡時の慢性外傷性脳症(CTE)の有病率:2008~2021年の後ろ向き集団ベースコホート研究(Prevalence of chronic traumatic encephalopathy at death in National Football League players: retrospective population based cohort study, 2008-21)」です。
研究の対象とされたのは死亡したNFL選手1712人で、そのうち、338人(19.7%)の脳が解剖され、そのうち315名(93.2%)にCTEの診断が認められました。したがって、死亡したNFL選手1712名全体における死亡時のCTE有病率は、18.5%から98.7%の範囲ということになります。脳の提供が最も頻繁に行われた2016年から2021年の期間において、死亡時の推定有病率は24.5%から97.7%の範囲でした。結論として、「2016年から2021年の間に死亡したNFL選手の少なくとも4人に1人がCTEを発症していた」とされていす。
************
この論文を報じたメディア、例えばScienceは「少なくとも4人に1人がCTE」という表現を使っていますが、これはかなり控えめな報道です。実際は、18.5%から98.7%、または24.5%から97.7%の間ですから、「少なくとも4人に1人」という表現は間違ってはいませんが、もっと高確率に発症すると考えるべきでしょう。
一番いいのはCTEを生前に(死ぬ前に)診断することです。しかし血液検査でも画像検査でも現時点ではCTEを的確に評価する方法がありません。CTEの診断方法は「剖検(脳の死後解剖)」しかないのです。治療法として、アルツハイマー病に使う薬を用いる試みもあるようですが、奏功したという話は聞きません。予防法としては「はじめからコンタクトスポーツを避ける」とか「サッカーをやるならゴールキーパーにする」(ディフェンダーのCTE発症リスクが4.98倍なのに対し、ゴールキーパーは1.83倍。下記の医療ニュース参照)という対策を取るしかありません。
CTEのリスクを抱えてコンタクトスポーツに取り組むのなら問題はないでしょう。ですが、これだけリスクがはっきりしていてエビデンスもあるのに、それを(特に子供に)知らせずにこういったスポーツを奨励することが続けられていいのでしょうか。
参考:
はやりの病気第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
医療ニュース2017年3月6日 ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク
医療ニュース2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!
医療ニュース2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク
医療ニュース2020年8月17日「小児のヘディングは禁止すべきか」
医療ニュース2021年4月27日 たった一度の頭部外傷で認知症リスクが上昇
医療ニュース2021年12月22日 サッカーは直ちにやめるべきかもしれない
医療ニュース2023年4月23日 やはりサッカーは危険
医療ニュース2024年11月22日 アメリカンフットボール経験者の3分の1以上がCTEを自覚、そして自殺
毎日メディカル2025年3月31日 スポーツ界にとって「不都合な真実」? 日本では周知されない脳へのダメージ
日経メディカル2024年2月21日 コンタクトスポーツによる慢性外傷性脳症リスクの周知を!
投稿者 | 記事URL
2026年9月3日 木曜日
2026年9月 薬剤師と分かちあえることはない、のか
2026年8月の日経新聞「私の履歴書」は、調剤薬局やドラッグストアを全国展開するアインホールディングスの代表取締役社長・大谷喜一氏でした。一代で大手チェーンを築き上げたサクセスストーリーで、家電店経営にまで乗り出し、企業買収を繰り返す姿はドラマティックだと言えるのかもしれません。著名な政治家や経済人、スポーツ選手も登場し、読み物としては世間から好評だったのではないかと思います。しかし私は、強烈な違和感を覚え続けました。
なぜか。最初はこの違和感は何だろう?と自分でも分からなかったのですが、毎日読み進めていくうちに気付きました。大谷氏は薬剤師ですが、医師の私からみて「同志」とか「仲間」とはどうしても思えないのです。医療の醍醐味のひとつは多職種との「協働」です。視点は異なっても、目指すものはひとつ、すなわち「患者への貢献」です。このミッションを共有しているからこそ、議論には熱が生まれ、ときに「感動」すらあります。医師には医師の役割があり、看護師には看護師の役割があり、そして薬剤師には薬剤師の役割があります。多職種カンファレンスでは「そうか、そういう視点があるのか」と気づかされる瞬間が多く、医療は多様な職種があって初めて成り立つことを改めて実感できます。
薬剤師は薬のプロフェッショナルであり、医師が文献から得た知識以上の経験を持っています。例を挙げましょう。甲状腺手術で副甲状腺機能が失われた場合、患者は生涯にわたりカルシウム製剤を1日3回飲まねばなりません。研修医の頃の私は「飲み続ければ不足しないのだから問題ないだろう」と考えていました。しかしこの粉薬は非常に飲みにくく、生涯にわたり1日3回となれば誰でもくじけます。執刀医から「うまくいきましたよ」と言われても患者は納得できないわけです。しかし薬剤師はその辛さを理解し、どうすれば飲み続けられるかを助言してくれます。
私が以前タイのエイズ施設でボランティアをしていた頃、交通事故にあって(爆走したトラックにバイクの私が当て逃げされて)捻挫したことがありました。骨折はないだろうと自己判断して病院ではなく薬局に行きました。すると、まず捻挫した足を見てくれて、私が「日本では通常湿布を使う」と言うと、「タイでも同じだけどタイの湿布には薬草が入っている」といって、詳しく説明してくれました。私はタイ語が中途半端、その薬剤師は英語が中途半端だったため、完全にコミュニケーションが取れたわけではありませんが、私は薬剤師のスピリットのようなものを感じました。
その薬局は私がロッブリー県で宿泊していたゲストハウスの近くで、何かあれば、いえ何もなくてもときおり立ち寄るようになりました。驚いたのは地域住民が薬局、そして薬剤師を信頼していること、薬剤師と客の会話時間が長いこと、そして必ずしも薬を売ることを目的としていないように見えたこと、です。「患者さんのために」などという言葉は使い古された陳腐な表現で、こんなことを堂々と宣う医療者のほとんどは偽善者ですが、その薬局の薬剤師は間違いなく患者に貢献することをミッションとしていました。その後、バンコクやチェンマイでも薬局を見つけると覗くようにしています。タイの薬局は店の前に「ยา」(日本語で発音すると「ヤー」)とたいていは緑色で書かれた看板が出ていますからすぐに分かります。私が訪れたほとんどの薬局では顧客が薬剤師を信頼していることがよく分かりました。
薬剤師がお金を稼いでいけないわけではありませんし、薬局も赤字にするわけにはいかないのも分かるのですが、儲かるからという理由で臨床検査に手を出し、家電製品にも食い込もうとし、他の薬局を買収し、東証プライムに上場を果たすことが薬剤師のあるべき姿だとは私にはどうしても思えないのです。そこには「患者に貢献する」というミッションはあるのでしょうか。もっとも、患者からみたときの利便性をよくする、あるいは待ち時間を短くする、さらには宅配サービスをする、といった取り組みは患者からも評価されるでしょう。ですが、上場企業になってしまえば、会社は株主のものとなり、株主が求めているのは一人ひとりの患者の健康ではなく己の利益でしょう。そうなると、薬局を訪れる患者から少しでも多くの利益を得たいという発想にならないでしょうか。
率直に言うと、私は薬剤師のいくらかをすでに信用していません。これまでもいろんなところで述べてきたように、危険性や副作用のリスクを説明することなく薬を売りまくっている薬剤師があまりにも多いからです。ブロムバレニル尿素は90年代の名作『完全自殺マニュアル』で「最もお勧めの自殺薬」として紹介されている成分です。しかし、例えばこの成分を含む「ナロンエース」を”愛用”している患者さんに「薬局ではどのような注意点を聞きましたか」と尋ねて、そのリスクを教えてもらったという答えが返ってきたことは谷口医院の20年の歴史のなかで一度もありません。
アリルイソプロピルアセチル尿素は依存性があり、広義の麻薬ともいえる鎮痛剤です。韓国の航空会社Air Premiaはウェブサイトに「麻薬成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」として、イブA、バファリンプレミム、ロキソニンSプレミアム、新セデス、ノーシンピュアといった商品を名指しして、この成分を含む鎮痛薬の持ち込みを禁止しています。ここに挙げられている鎮痛薬を薬局で購入したという患者さんに「薬局でどのような注意点を聞きましたか」と尋ねると、やはりリスクを教えられたという人は皆無です。ほぼ全員が「そんな危険な成分が入っているなら初めから買わなかった」と言います。
こんなことが許されていいのでしょうか。ブロムバレニル尿素にしてもアリルイソプロピルアセチル尿素にしても、その危険性を知らない薬剤師はいないわけです(薬剤師免許を持っていれば)。(麻薬を”楽しむ”目的以外で)こんな薬を飲む薬剤師はいませんし、自分の大切な人に勧めることもないわけです。ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素に依存してしまって人生を台無しにしている人も少なくありません。薬剤師はそれを知っているのです。知っているのにそのリスクを説明せずに販売を続け、良心の呵責に苛まれることはないのでしょうか。
谷口医院の患者さんのなかに、咳止め(コデインとエフェドリン)の依存症となり、仕事を辞めざるを得なくなり、今も依存症で苦しんでいる若い女性がいます。なぜ薬局は連続購入を阻止しなかったのでしょう。もしもこの女性が初めから”楽しむ”目的で購入していたのなら話は分かります。ですが、この女性の場合、知らない間に依存症となり、大切なものの多くを失ったのです……。
依存性の説明をせずに危険な薬を売りつけているのが大手薬局だとは言いませんが、利益を増やすことに集中しすぎるあまり営利主義になっている薬局はないでしょうか。同じ医療者としては、日本医師会倫理要綱第6条の「医業にあたって営利を目的としない」と同じように「薬業にあたって営利を目的としない」という気持ちを持ってもらいたいと思いますが、これは叶わぬ望みでしょうか。一応、旧薬剤師倫理規定第10条には「薬剤師は、その職務遂行にあたって、品位と信用を損なう行為、信義にもとる行為及び医薬品の誤用を招き濫用を助長する行為をしない」と書かれているのですが……。
稼ぎたいのでそんなこと言ってられない、というのなら、せめて稲盛和夫さんの名言「動機善なりや、私心なかりしか」を思い出してもらうことはできないでしょうか。そういえば私が稲盛さんのこの言葉を知ったのも、医学部の学生の頃、たしか「私の履歴書」だったような記憶があります……。
参考:メディカルエッセイ第86回(2010年3月)「動機善なりや、私心なかりしか」
投稿者 | 記事URL
2026年8月27日 木曜日
2026年8月27日 認知症、余暇の運動でリスク減少、仕事で身体を動かせばリスク増加
「運動していますか?」と尋ねると「仕事で身体を使うのでそれが運動になっています(だからそれ以上運動する必要はありません)」と答える患者さんは少なくありません。実際、ホワイトカラーからブルーカラーに転向し(最近増えています)、給料が上がり、減量に成功し、血糖値や中性脂肪の数値が下がり、精神状態も良くなったったという人はいます。ですが、どうやら全員がそうではなさそうです。
これは谷口医院でもしばしば経験することで、仕事で身体を使っているおかげで生活習慣病の数値はある改善したとしても、倦怠感が取れない、あるいはメンタルの状態が芳しくない人がいます。運動は生活習慣病の改善のみならず、中等症までのうつ病にも有効なはずなのですが……。
興味深い論文が発表されました。医学誌「The Lancet Public Health」2026年9月号に掲載された「領域別の身体活動レベルと認知症リスク:システマティック・レビューおよびメタ解析(Domain-specific physical activity levels and risk of dementia: a systematic review and meta-analysis)」です。
研究チームは、認知症やアルツハイマー病についての74件の研究に基づき、世界30カ国、計4,227,297人(女性52.8%、男性47.2%、年齢中央値67.3歳)のデータを分析しました。
結果、自発的な運動量(余暇の運動量)が多い人は、活動量が少ない人に比べて認知症のリスクが24%低いことが明らかになりました。また、家事に伴う身体活動では15%低下していました。一方、仕事中の身体活動量が多い人では認知症のリスクが20%高く、通勤に伴う身体活動では10%高いという結果が出ました。
自発的な運動量には「限界」もあります。用量反応解析では一定のレベルを超えると横ばいになります。

職業上の身体活動については、正の相関が認められました(身体活動量が多ければ多いほど認知症のリスクが上昇することが分かりました)

************
ここまではっきりとデータが出ると、仕事の内容を検討しなおした方がいいかもしれません。身体を使う仕事からはいろいろと学ぶことも多いわけで、一律に控えるのはよくありませんが(全員が控えれば社会が成り立たなくなります)、一定の期間に区切るとか、将来的にはホワイトカラーに転職する、などといったことも検討してもいいかもしれません。
投稿者 | 記事URL
2026年8月23日 日曜日
2026年8月23日 GLP-1で仕事とパートナーを手に入れる
最近は医学論文のみならず一般の新聞雑誌でもリベルサス、オゼンピック、マンジャロといったGLP-1受容体作動薬及びGLP-1/GIP受容体作動薬(以下、単に「GLP-1」とします)の話題にあふれていて、関連記事を目にしない日はほぼありません。今回もGLP-1の話題です。「GLP-1で仕事がみつかり、新しいパートナーができる」という話をします。
米国のNBER(National Bureau of Economic Research=全米経済研究所)が2026年6月に公表したワーキングペーパー(研究途中の論文を公開したもの)を紹介します。タイトルは「GLP-1による減量及び女性が直面する肥満の不利益(GLP-1–INDUCED WEIGHT LOSS AND THE FEMALE OBESITY PENALTY)」です。
結論から言えば、「米国において肥満の女性は就職でも結婚市場でも不利を強いられていて、GLP-1を使って減量すればどちらも手に入りやすくなる」とするものです。NBERのこのレポートを解説した英紙The Economistはこれらを分かりやすいグラフにまとめています。


これらグラフをみればGLP-1による利点はあきらかです。研究は15,000人を対象とした「Understanding America Study」と呼ばれる長期調査のデータが用いられています。減量目的でGLP-1を開始した女性と、使用を希望しつつもまだ開始していない類似の属性を持つ女性とが比較されています。
それまで無職だった女性のうち、上のグラフが示すように、GLP-1を服用したグループでは就業率が27ポイント上昇しています。交際・結婚市場でも同様の結果がみられます。下のグラフが示すように、GLP-1を使用した独身女性が結婚したりパートナーと同居したりする確率は、使用しなかった女性と比べて29ポイントも高くなっています。
興味深いことに、すでに職に就いていた女性がGLP-1を開始しても、その後昇進したり収入が増えたりすることはなかったようです。尚、男性についてはこの研究では調べられていません。
************
女性がGLP-1を使ってやせれば、なぜ仕事もパートナーも見つかりやすくなるのでしょうか。糖尿病が治って健康になったから、やせて自信がついたから、なども考えられると思いますが、NBERは「obesity penalty(肥満ペナルティ)」という言葉を使ってこの理由を説明しています。
つまり、太っていること自体が就職市場においても恋愛市場においてもペナルティになっているということです。
それが正しいかどうかは別にして、The Economistも指摘しているように、米国ではすでにGLP-1の使用経験者が女性22%、男性14%に達しています。
投稿者 | 記事URL
2026年8月20日 木曜日
第276回(2026年8月) アトピー性皮膚炎と慢性じんましんのこれからの治療
前回の「低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方」では、低用量ピル(OC/LEP)が、谷口医院の過去20年間の歴史で大きく変わってきたという話をしました。そのコラムの冒頭で、治療方法がまったく変わっていない疾患もあれば、大きく変わったものもあると述べ、低用量ピルは「大きく変わった」ことに触れました。今回取り上げるのはアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)と慢性じんましん(以下「じんましん」)で、アトピーは「大きく」、じんましんは「それなりに」変わったと言えます。まずはアトピーからみていきましょう。
谷口医院がオープンした2007年、アトピーの治療はある意味とても単純でシンプルでした。「ステロイドを外用して改善すればタクロリムス(プロトピック)でいい状態を維持しましょう」、基本的にはこれだけでした。といっても、ほとんどの患者さんは「タクロリムスはピリピリして使えませんでした」と言います。そして、その原因のほとんどは「炎症があるのに塗っている」ことにありました。炎症が生じればタクロリムスの出番はなく、ステロイドを使うしかありません。ステロイドで炎症が取れればタクロリムスにバトンタッチするわけです。このように「いい状態を維持するために薬を塗ること」を「プロアクティブ療法」と呼びます(尚、ステロイドでプロアクティブ療法を実施する方法もあるのですがここでは深入りしないでおきます)。
1999年から2020年までの長い間、プロアクティブ療法といえばタクロリムスしかありませんでした。つまり「いかにタクロリムスを上手に使うか」がほとんど唯一の鍵だったのです。皮膚の免疫抑制という副作用のリスクは伴いますが、ステロイドを長期で塗ったときに生じる、血管拡張、酒さ様皮膚炎、皮膚の菲薄化や萎縮などのどうしようもない副作用は起こりません。2018年にデュピクセント(デュピルマブ)という画期的な注射薬が発売されたのですが、極めて高価なことに加え(登場したときは年間約60万円もかかりました)、強力な免疫抑制作用が生じることから決して敷居の低い薬ではありません。谷口医院でも、後述するような理由でこの高価な薬を使用することはありますが、たとえこの薬を使ったとしてもタクロリムスによるプロアクティブ療法が最重要であることには変わりありませんでした。
転機が訪れたのは2020年でした。コレクチム(デルゴシチニブ)と呼ばれるまったく新しい外用薬が登場したのです。コレクチムの薬価はタクロリムスの3倍もしますが、免疫抑制作用がタクロリムスよりも軽度で(ただし、谷口医院の経験でいえば、製薬会社が言うほどには軽度ではなく、副作用がないわけではありません)、少々炎症が生じていてもタクロリムスのようにピリピリせずその炎症を抑えることもできるので、使い勝手の良さが格段に上昇したのです。まさに「歴史を変える薬」となり、当時のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」でも取り上げました。
次の転機はその2年後の2022年、モイゼルト(ジファミラスト)の登場でした。上述したように、コレクチムは確かに優れた薬ですが、長期で使用していると免疫抑制の副作用が起こり得ます(繰り返しますが、谷口医院の経験でいえば製薬会社の見解よりも高頻度で出現します。それでも全体でみればわずかであり、タクロリムスよりもずっと少ないのですが)。モイゼルトは免疫抑制作用がほぼなくて、副作用がほとんどありません。ただし、抗炎症作用はほとんどなく(製薬会社は「ある」と言いますが、少なくともコレクチムに比べるとわずかしかありません)、完全なプロアクティブ療法に用いるのなら非常に有効なのですが、少しでも炎症が生じれば効果は期待できません。このときにも当時のコラム「アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか」でモイゼルトを紹介しました。
さらにその2年後の2024年、ブイタマーが発売され、これでプロアクティブ療法に使用できる外用薬が4種(タクロリムス、コレクチム、モイゼルト、ブイタマー)そろいます。ブイタマーは非常にすぐれた薬ですが、薬価が高いのが欠点でタクロリムスの8倍もします。しかし、それでもブイタマー中心のプロアクティブ療法を実施している人は少なくありません。このときにはコラム「 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない」で紹介しました。
慢性疾患の場合、治療は「薬を上手に使う」以外に、「原因を取り除く」が重要になります。アトピーの場合、最重要事項は「掻かない」で、次に「汗対策」、そして「アレルゲンを取り除く」が重要となります。アレルゲンとしてはダニ(刺すダニ=tickではなく、死骸や糞がアレルゲンになるダニ=mite)が最多で、花粉、動物(ネコやイヌ)、ガやゴキブリ(これらの死骸がアレルゲンとなる)などに反応している人も少なくありません。こういう場合、環境の見直し(じゅうたんなどを処分してフローリングにする、空気清浄機を導入するなど)が必須となります。
食べ物が”アレルゲン”になる場合もあり、このケースは難渋することになります。特定の食べ物を食べてアトピーが悪化するのは(少なくとも狭義には)食物アレルギーとは呼びません。しかし、難治性のアトピーの患者さんからよく話を聞くと、食べ物によって炎症が悪化することがあると言います。そして血液検査(特異的IgE)を調べると、その食物で陽性となっています。(狭義の)食物アレルギーの場合、摂取直後にじんましんや喘息症状が出現し、これは危険です。こういう場合は原因食物を完全に避けなければならないのですが、単にアトピーが悪化するだけでは絶対に避けなければならないわけではなく、また、たいていの場合、複数の食物に反応しますから(コムギ、タマゴ、ミルク、ブタニク、多くの野菜や果物など)、すべてを避けるのは不可能です。
こういう場合、まずはアレルギーの内服薬を試します。2~3種類の薬を合わせれば改善することもあるのですが、そううまくいくとは限りません。そして、こういうケースで劇的に効果を発揮するのが、先に「高すぎて使えない」と述べたデュピクセントです。先述したようにデュピクセントは高価な上、強力な免疫抑制作用があるためにハードルが高いのは事実です。ですが、その欠点を差し引いても、食物に、それも多くの食物に反応するようなケースではデュピクセントが劇的に症状を改善することがあるのです(注1)。
次にじんましんの治療について述べていきましょう。じんましんの場合、外用薬は一切効かず内服薬で治していきます。ポイントは「症状をゼロまでもっていく。その後徐々に薬を減らしていく」です。ある程度改善したからといってそれで我慢していればいつまでたっても治りません。症状をゼロにするのが最重要事項なのです。そのため内服薬の種類をどんどん増やしていきます。5種類ほどを併用しても症状がゼロにならない場合、少々高くつきますがゾレア(オマリズマブ)という注射薬を使います。この薬は免疫抑制作用がほとんどなく副作用がほぼありません(厳密にいえば寄生虫感染に脆弱になりますが)。
ゾレアは費用が高い(3割負担で月に13,000円ほどかかります)ことを除けば使いやすくて非常に優れた薬です。じんましん以外にも喘息や鼻炎にも有効で保険適応もあります。ただし、喘息や鼻炎は他にも優れた薬がありますからよほどの重症でなければゾレアの出番はありません。しかし、ゾレアにはこれら以外に非常にすぐれた威力を発揮する疾患があります。それは「食物アレルギー」です。先に、食物がアトピーを悪化させる場合があると書きましたが、これは狭義には食物アレルギーとは呼びません。真の(狭義の)食物アレルギーは該当食物の摂取直後に、激しいじんましんや喘息症状が出現します。こうなれば該当食物を口にすることはできず、偶発的に摂取してしまい発症した時にはネフィー(以前はエピペンが使われていましたが現在は谷口医院ではネフィーのみです)を使ってもらわねばなりません。
しかしゾレアを使えば、具体的には月に一度注射していれば、食物アレルギーが非常に起こりにくくなるのです。たとえ該当食物を摂取したとしても、です。もちろん過信は禁物ですが、ゾレアが食物アレルギーの予防になるのは間違いありません。もしも食物アレルギーに対してゾレアが保険適応となればほとんどの食物アレルギーをもつ人たちは恐怖から解放されるのですが、残念ながら現時点では保険適応はありません。しかし、例外があります。それがじんましんを有している人です(重症の喘息か鼻炎を有している場合にも可能です)。じんましんが軽症でなければゾレアを保険で処方することができます。それだけでも症状が大きく改善し満足度は高いわけですが、もしもその人に食物アレルギーがあった場合、これまで食べられなかったものが食べられるようになるかもしれないのです。
尚、似たようなケースに「円形脱毛症に悩むアトピー」があります。円形脱毛症はひと昔前まではいい治療があるとは言えなかったのですが、現在はオルミエント(バリシチニブ)という画期的な内服薬があります。こちらも強力な免疫抑制作用があるので気軽に使うような薬ではないのですが、円形脱毛症を抱えながら生きる苦しみに比べれば副作用のリスクを抱えることなど問題ではない、と考える人も少なくありません。ところが、円形脱毛症にオルミエントを保険診療で処方するには「重症」(少なくとも頭部全体の50%以上に広がる円形脱毛)でなければなりません。ここまではひどくないけれどオルミエントと使いたいという場合、もしもそれなりの程度のアトピー(か喘息)があればオルミエントの処方が可能になります(注2)。
上述したデュピクセントも現在はじんましんにも保険適応があります。値段はゾレアの方が安く、繰り返し述べているようにデュピクセントにはそれなりの免疫抑制作用が伴いますから、じんましんにデュピクセントを用いるケースはあまりありませんが、もしもゾレアで効果が乏しければデュピクセントを使ってもいいでしょう。それに、実はデュピクセントも食物アレルギーを予防できるとする報告もでてきています。それから、じんましんに対して、まったく新しい機序の内服薬ラプシド(一般名はレミブルチニブ)が近日発売されます。かなり注目されている薬で、おそらくじんましんの治療の歴史を変えることになるでしょう。費用はかなり高いことが予想されますが……。
以上、谷口医院の経験からアトピーとじんましんの過去20年間の治療の変遷を述べてきました。20年前からずっと通い続けられている何人かの患者さんを思い浮かべながらこのコラムを書きました。
************
注1:現在はデュピクセント以外にも、本文後半で紹介した内服薬のオルミエント(バリシチニブ)、リンヴォック(ウパダシチニブ)、サイバインコ(アブロシチニブ)、さらに、ミチーガ注射薬(ネモリズマブ)、アドトラーザ注射薬(トラロキヌマブ)、イブグリース注射薬(レブリキズマブ)という有効性の高いアトピーの特効薬があります。ただし、繰り返しますが、これらには強力な免疫抑制作用があることに注意が必要です
注2:現在重度の円形脱毛症にはオルミエント以外にもリットフーロ(リトレシチニブ)という内服薬があり12歳以上から使用できます。この薬も有効性が極めて高いと言えます。ただし強力な免疫抑制作用はあります
投稿者 | 記事URL
2026年8月2日 日曜日
2026年8月 「来てほしくなかった」なら「挨拶」はすべきでないのか
2025年7月のコラム「『人は必ず死ぬ』以外の真実はあるか」で述べたように、「人は必ず死ぬ」のは間違いなく、私自身もそのうちに死にます。死が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか私には今も分かりませんが、いずれにしてもそのうち死ぬのは確実です。では生きることは「良いこと」か「悪いこと」か。これも私には皆目見当がつかないのですが、とりあえずは「良いこと」と言っておかなければ社会からつまはじきにされそうです。
「死をもって償う」という言葉があり、また日本を含む一部の国ではいまだに死刑制度があります。私には死刑制度の良し悪しが分かりませんが、「死ぬのはイヤなこと」という社会の成員の共通の認識があるからこそ「極刑=死刑」なのでしょう。もしも、死ぬことを心待ちにしている人がいたとして、その人に死刑を宣告すれば、その人は至上の幸福を感じることになります。これは皮肉で言っています。というのは、実際に「早く死にたい」と感じている人を私はたくさん知っているからです。
谷口医院をオープンしてはや20年がたとうとしています。この間、私は多くの患者さんから「もう終わらせたい」とか「生まれてこなければよかった」という声を聞いています。反出生主義という言葉が公の場で語られることはあまりないと思いますが、この考えに関心を持つ人は確実に増えているような気がします。
2017年に翻訳が出版された哲学者デイヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうが良かった: 存在してしまうことの害悪』がどれだけ読まれているのか分かりませんが(私自身は海外メディアでベネターのインタビュー記事を読んでこの本に興味を持ちました)、この本に書かれていることを明確に否定することは困難だと思います。哲学者の森岡正博氏が著書『生まれてこないほうが良かったのか? ――生命の哲学へ!』のなかで、ベネターの考えに反論していますが、私にはその反論の理屈が分かりにくく、私個人としてはベネターの主張が間違っているとは思えません。おそらく私自身もいくらかは反出生主義の考えを持っているからかもしれません。
ベネターは自殺を否定しています。哲学書というのは非常に読みにくく、ときに曲解してしまうことも多いのですが、ベネターが自殺を否定しているのは間違いありません。実際、ベネター自身が自殺をしていないことからもそれは明らかでしょう。しかし、人は必ず死にます。このことを最も適格に捉えているのはパスカルではないかと、私は昔から考えています。名著『パンセ』(中巻、岩波文庫)のなかに次のような文章があります。
************
多数の人々が鎖に繋がれている。全員が死刑宣告を受けており、毎日何人かが他の者たちの眼前で喉首を切られる。残された者は自らの境遇を彼らの仲間の境遇のうちに眺め、苦悩のうちに、そして希望もなくお互いを見つめあい、自分の順番を待っている
************
17世紀の半ばにすでに、パスカルは「真実」を知っていたのです。「全員が死刑宣告を受けており、自分の順番を待っている」のです。自分の順番が多少遅くなろうが早くなろうが、死刑宣告を受けていることには変わりないわけです。生涯にわたり清く正しく美しく生きても死刑宣告、福祉施設に刃物を持って侵入し入所者19人を刺殺しても死刑宣告、同じ「死刑宣告」にどれほどの違いがあるのでしょう。
しかし私は過去のコラム「私が安楽死に反対するようになった理由(後編)」で述べたように、人間には「自殺の自由」はないと考えていますし、他人の命を奪うようなことは許されてはいけないと思っています。なぜなら、それがこの世に生を受けてしまった者が背負う最低限のルールだと考えるからです。
他の、私が最低限のルールだと自覚していることのひとつに「他者に感謝する」というものがあります。青年期くらいまでは己の欲望のみに従って生きてもいいかもしれませんが、そんな生活を通してでさえ、他者に感謝する機会に遭遇することになります。そういう機会を通して人は身勝手な考えを改めます。きっとこの社会ではそれを「成長」と呼ぶのでしょう。成長は自分の能力で遂げるものではなく、他者と触れ合い、他者によくしてもらって成長できるのだと私は考えています。
そういうわけで私自身はこれまで多くの人に(特に、数人の濃厚な関係をもった人たちに)多大なる感謝をしています。しかし、「他者に感謝する」は最低限のルールだと言いながら、その感謝の気持ちをこれまでじゅうぶんに伝えきれていません。そもそも、あらたまって感謝の言葉を伝えるなんてこと、照れくさくてそう簡単にはできませんし、よほど気の利いた言葉を使わなければ言われた方もなんと返していいか分からないでしょう。
では、その感謝の気持ちはいつどのように伝えればいいのか。数年前から私が温めていた構想は「自分が死期を悟ったとき、たとえば進行がんが見つかった、認知機能が低下してきたことを自覚したときなどに、これまでお世話になった人たちに会いに行って、そこで感謝を伝える」というものでした。
ところが最近、この構想が朽ち果てました。私が「週刊新潮」を長年購読している最大の理由は五木寛之氏のコラムを読みたいからです。2026年7月29日号で、氏は、がんで余命数か月になり挨拶に来た元編集者に対して「来てほしくなかった」と断じます。「来てほしくなかった」というこの文字が視界に入ったとき、最初私は誤植ミスではないかと疑いました。ところが、五木氏は本心から、この編集者に「来てほしくなかった」と言っているのです。私自身もこの編集者と同じことをしようと考えていたわけですから、自分自身が否定されたような気持ちになりました。
五木寛之氏の文章に魅力があるのは、私の勝手な推測ですが、「死」をタブー視せず、「生きる意味」をとことん追求しているからです。10代の頃から「人は何のために生きているのか」を考え続けている私にとって、氏の小説やエッセイはとても魅力的なのです。おそらく、終戦時、死を覚悟しながら、そしてたくさんの身近な死を目の当たりにしながら、北朝鮮から帰国した経験をお持ちであることと関係があるのでしょう。
その五木氏が昔共に仕事をした知人に「来てほしくなかった」と言っているわけです。「死ぬなら勝手に死ねば?」と言われているようにも聞こえます。氏は続けます。
************
人はみな、いずれ別れる。そして世を去る。当り前のことだが、目の前につきつけられるとつらい。心が萎えるところがある。(中略)悲しみを共有することなど、はたしてできるものなのだろうか
************
五木氏ほど、幼少時から死を間近にみてきた人物であっても「死を目の前につきつけられると心が萎える」というのなら、死を悟った人間は他人を避けて黙って消えていくのがいいのでしょう。しかし、その一方で、私自身が五木氏の立場だとすれば、その余命いくばくかの編集者との関係にもよりますが、人生で本当にお世話になった人であればその挨拶を嬉しく思います。共に思い出話をして、「来てくれてありがとうございました」と心の底から感謝すると思うのです。そして、私の空想にすぎませんが、それはどこかさわやかな感じすらします。
ということは、よほど仲がよくなければ死期が迫っても会いに行かない方がよくて、お別れの挨拶をするならば本当にお世話になった人だけにすればいい、ということになるのでしょうか。ならば友達は少なくてよい。2026年8月時点の私の死に対する考えはこんな感じです。
投稿者 | 記事URL
2026年7月26日 日曜日
2026年7月26日 GLP-1は脱毛のリスク
今月の「マンスリーレポート」「GLP-1は『規制』ではなく、もっと『普及』させるべきだ」で述べたように、私はマンジャロやオゼンピック、リベルサスなどのGLP-1をもっと普及させるべきだと考えています。あまりにもベネフィットが多いからです。他方、欠点としては以下のようなものがあります。
#1 自費の場合、費用を捻出し続けなければならない
#2 脂肪と同時に筋肉量が低下する → ウエイトトレーニング(筋トレ)は必須!
#3 特に若い女性の場合、精神状態が悪化することがある(否定する意見もありますが、私の印象でいえばこの副作用は無視できません)
#4 その他、膵炎や低血糖発作などの稀な副作用
#4は注意点さえ知っていればほとんど無視できるレベルですし、#3は中止すればすぐに戻ります。#2は頑張ってもらうしかありません。
今回紹介するのは新たな「欠点」で、「脱毛」です。医学誌「The BMJ」に2026年7月22日に掲載された「2型糖尿病成人におけるGLP-1受容体作動薬と脱毛リスクの関連:標的試験エミュレーション(Risk of hair loss associated with glucagon-like peptide-1 receptor agonists in adults with type 2 diabetes: target trial emulation)」を紹介します。「標的試験エミュレーション(target trial emulation)」とは聞きなれない言葉ですが、要するに「研究の方法」と考えてもらえればOKです。
この研究の対象者は、2019年1月から2024年9月の間に新たにGLP-1、SGLT-2阻害薬、DPP-4阻害薬のいずれかを開始した2型糖尿病をもつ18歳以上の成人で、脱毛が発症するかどうかが調べられました。
GLP-1を開始した12,004人とSGLT-2阻害薬を開始した15,221人が比較され、また、GLP-1を開始した11,964人とDPP-4阻害薬を開始した11,238人が比較されました。
結果、GLP-1使用者は、SGLT-2阻害薬使用者に比べ、脱毛を発症するリスクが37%高く、DPP-4阻害薬使用者に比べると68%高くなっていました。
実際にどれくらいの使用者が脱毛を起こしているかについては、日本ではデータが見当たらないのですが、英国では、MHRA(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency=医薬品・医療製品規制庁)にデータがあるようです。2025年の初め以降、チルゼパチド(マンジャロ)による脱毛の報告が940件、セマグルチド(オゼンピック)による報告が312件寄せられています。
脱毛は使用を開始してから約1年後に最も多く見られました。この関連性は男女双方で見られましたが、女性においてより顕著でした。
脱毛の種類は「非瘢痕性脱毛症」の一種で、毛包は維持されており、再び髪が生えてくる可能性があることが示唆されています。
************
では、なぜGLP-1で脱毛が起こるのでしょうか。おそらく「必要な栄養素が食事から得られなくなるから」でしょう。特に女性の場合、GLP-1を使用していなくても発毛に不可欠な鉄と亜鉛が不足していることが少なくありません。
気になる人は一度鉄と亜鉛の値を調べてみるのがいいでしょう。
投稿者 | 記事URL
2026年7月23日 木曜日
2026年7月23日 生まれるなら長男か長女が有利な理由は感染症
旧約聖書『創世記』に登場する「カインとアベルの物語」は、弟アベルに嫉妬した兄のカインがアベルを殺害する話です。この話が実際の現象を象徴しているのだとすれば、弟に生まれた方が得するように思えますが、実際には兄や姉に生まれる方が二番目以降に生まれるよりも有利なようです。
学術誌「American Economic Association」に2026年7月に掲載された論文「家族内の病原体:家庭内での疾病伝播がもたらす短期的・長期的な影響(Germs in the Family: The Short- and Long-Term Consequences of Intrahousehold Disease Spread)」によると、その原因はなんと「感染症」です。今回はこの画期的な論文を紹介しますが、その前に長男長女が2番目以降に生まれるよりもどれだけ有利かを過去の研究からみておきましょう。
まずは「教育期間が長い」が挙げられます。下のグラフをみればあきらかなように、何人兄弟であっても長男か長女が最も教育期間が長いことが2005年の学術誌「The Quarterly Journal of Economics」ですでに示されています。

この論文で示されたのは、単に教育期間の長さだけであはりません。2番目以降に生まれると、長男長女に比べて、生涯所得(earnings)、雇用(employment)、10代での妊娠(teenage pregnancy)といった面で、より不利な状況にあることが明らかになったのです。
では、先述した「その原因が感染症」とする論文をみていきましょう。この研究の対象者は1980年以降に生まれたデンマークの子供約120万人で、政府の記録に基づき成人期に至るまでが調べられました。その結果、まず分かったのは、「2番目以降に生まれると、生後1年以内に急性呼吸器疾患で入院する確率が、長男長女に比べて2~3倍高い」ということです。この差は生後1歳半くらいまで続きます。下の2つのグラフを参照ください。


2番目以降に生まれて、特に呼吸器疾患に罹患しやすいのは11月から1月、つまり冬に生まれた子供です。下の右側のグラフが示すように、11月~1月に誕生した2番目以降の子供は呼吸器疾患で入院するリスクが激増します。興味深いことに、左側のグラフが示すように、長男長女であれば冬に生まれても特にリスクは上昇しません。

通常、呼吸器疾患で入院しても死亡したり後遺症を残したりするリスクはそう高くありません。ならば乳幼児期を乗り越えれば、二番目以降に生まれても長男長女の利点との差はなくなるのかといえば、そういうわけでもありません。なんと成人してからの「収入」が不利なことが明らかになったのです。下の図が示すように、長男長女との収入差がはっきりとしています。

そして、さらに興味深いことに、2番目以降に生まれた子供どうしを比較すると、冬に生まれると収入が大きく下がることが分かったのです。先ほど、呼吸器疾患で入院しても特に後遺症は残さないと述べましたが、このようなデータを見せつけられると、脳になんらかの障害が残るのかもしれません。

もしも幼少期の感染が脳に影響するのだとすれば、2番目以降に冬に生まれれば精神疾患を発症するリスクも上昇するのでしょうか。論文によるとその答えは「イエス」です。感染症に罹患する頻度が高かった弟や妹は、頻度が低かった場合と比べて、精神科の受診回数が統計的に有意に増加していたのです。
では2番目以降に冬に生まれると絶望しなければならないのでしょうか。なんとか挽回できる方法はないのでしょうか。興味深いことに、この論文ではその「答え」になるかもしれない現象も取り上げられています。それは「母乳」です。母乳を6か月以上与えられた場合、疾患に罹患するリスクが大きく低下するというのです。下のグラフが示すように、授乳期間が長ければ長いほど罹患リスクが低下しています。

************
今回紹介した論文をまとめると、「長男長女に比べ、2番目以降に生まれると幼少期に感染症に罹患しやすく、その傾向は冬に生まれるほど高い。教育期間が短く、成人後の収入が低く、精神疾患に罹患しやすい。母乳で育てることでそのリスクが軽減する可能性がある」となります。
母乳に含まれる免疫関連の成分が感染症を予防するとした報告は多数あります。弟、妹を育てるときには特に母乳を考えるべきかもしれません。
投稿者 | 記事URL
2026年7月12日 日曜日
第275回(2026年7月) 低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方
谷口医院がオープンしたのは2007年の1月ですから、もうすぐまるまる20年が経過することになります。この20年間を振り返ってみると、治療方法がまったく変わっていない疾患もあれば(例えば、接触皮膚炎、梅毒、めまい、外傷などの治療)、大きく変わったもの(糖尿病、片頭痛、HIV、潰瘍性大腸炎など)もあります。今回取り上げるのは「ピル」です。この領域も20年前から使用する薬の種類が大きく変わりました。そこで今回は過去20年間のピルの歴史を振り返り、これからの賢明なピルの選択について、当院の経験を紹介しながら述べていきたいと思います。
先に言葉の整理をしておきましょう。日本では経口避妊薬をピル(またはOC=oral contraceptive pill)と呼び、海外ではcontraceptive pills(またはbirth control pill)と呼ばれます。日本にはLEP(=低用量エストロゲン・プロゲスチン製剤)という言葉もあって、この表現は海外では使われません。基本的にはOCもLEPも同じもので、日本では保険適用のない自費処方の低用量ピルをOC、保険適用のある低用量または超低用量ピルをLEPと呼びます。従来のOC/LEPは「エストロゲン+プロゲスチン」でできていますが、プロゲスチン単剤の製品もあります。
では20年の歴史を振り返りましょう。
2007年1月(谷口医院開院当時):月経困難症や子宮内膜症があって保険適用でピルを処方しようと思えば、いわゆる中用量ピルの「プラノバール」を処方することしかできなかった。低用量ピルは当時から存在していたが、すべて「自費」でしか処方できなかった。当時、谷口医院で処方していたのは、「アンジュ」、「トリキュラー」、「トライディオール」、「シンフェーズ」、「オーソ777」、「オーソM」、「マーベロン」。このうち、オーソMとマーベロンは一相性、他は三相性
2008年:子宮内膜症に対して保険診療で処方できる「ルナベル」が登場。ルナベルは上述のオーソMとまったく同じもので名前が違うだけ。子宮内膜症があることを超音波検査やMRIで示せば保険診療で処方することができた。エストロゲンを含まないプロゲスチン単剤の「ディナゲスト1mg」も同時期に登場。こちらも子宮内膜症に対してのみ保険での処方が可能
2010年:ルナベルが子宮内膜症がなくても、つまり単なる月経困難症であっても保険診療で処方できるようになった。月経困難症に対し超低用量ピルの「ヤーズ」が発売された
2013年:従来のルナベルが「ルナベルLD」に名前が変更され、別の製品として超低用量ピルの「ルナベルULD」が発売された(ルナベルULDは避妊効果がふじゅうぶん)
2017年:ヤーズフレックス登場。中身はヤーズと同じだが最長4か月連続飲みすることが認められた。これにより(うまくいけば)月経周期を4か月に一度にできるようになった。同時期にディナゲスト1mgの後発品「ジエノゲスト1mg」が発売された
2018年:ルナベルLD、ルナベルULDの後発品がそれぞれ「フリウェルLD」「フリウェルULD」という名前で登場した。3割負担で1枚500円程度となり一気にOC/LEP開始へのハードルが下がった。また、77日間連続飲みできる「ジェミーナ」が登場し、連続飲みのLEPの選択肢がヤーズフレックス、ジェミーナの2種になった
2020年:月経困難症に対して処方できる「ディナゲスト0.5mg」が登場
2022年:ディナゲスト0.5mgの後発品「ジエノゲスト0.5mg」が登場
2023年:日本で初めてのいわゆる「ミニピル」(=プロゲスチン単剤)として「スリンダ」が登場。血栓リスクがほぼないため、肥満、喫煙など血栓のリスクがある女性にも使えるとされている。自費のみ
2024年:「アリッサ」登場。月経困難症に対して保険診療で処方可能。血栓のリスクの少ないエストロゲン製剤が使用されている
2026年8月17日:ヤーズフレックスの後発品「ドロエチフレックス」発売開始予定
2026年8月?:超低用量ピル「マルシロン」が月経困難症の治療薬として登場予定。80日間連続服用が可能(下記の「マーシロン」と同じもので、海外では避妊目的で処方されている)
と、日本製のOC/LEPはだいたいこのような感じです。これらに加え、次の未承認ピルもそれなりに普及しました。
・ダイアン:抗アンドロゲン作用が強いのが特徴
・セラゼッタ:ディナゲスト(=ジエノゲスト)、スリンダと同じカテゴリーで、エストロゲンを含まないいわゆる「ミニピル」
・マーシロン:海外では早くから普及してたい超低用量ピル(上述の「マルシロン」と同じもの)
・ヤスミン:ヤーズの低用量ピル版。一部の女性はヤーズフレックスと同じように連続飲みしている
ここからは、今後のOC/LEPの行方を考察したいと思います。まず「エストロゲンを含む合剤か、プロゲスチン単剤か」を考えてみましょう。
プロゲスチン単剤のメリットはなんといっても「血栓のリスクがない」ことです。喫煙、肥満、血圧などが血栓のリスクとして有名ですが、頻度は低いもののこういったリスク要因がなくても血栓を起こすことはあります。また、プロゲスチン単剤なら乳がんのリスクが上昇することもありません。さらに、エストロゲンとの合剤は不正出血を起こしやすいのに対し、プロゲスチン単剤なら出血のリスクもほとんどありません(出血すれば数日休薬すれば止まります)。
血栓、乳がん、不正出血のリスクが激減するのなら「全員がプロゲスチン単剤を選べばいいではないか」という単純な疑問が生じます。しかし、(特に谷口医院では)プロゲスチン単剤はあまり人気がありません。なぜでしょうか。
エストロゲンを入れないことのデメリットがあるからです。ただし、エストロゲンはOC/LEPで取り入れなくても、内因性の(つまり自然に分泌される)エストロゲンがあるのだからエストロゲンを抜いてもデメリットはないとする考えが一般的ではあります。たしかに理論的にはそうなのかもしれませんが、やはりエストロゲンを含むOC/LEPを摂取した方が、例えば、皮膚や髪がきれいになり、胸がふくよかになるなど女性らしさが維持できて、メンタルが安定します。全員に言えるわけではありませんが、エストロゲンの特徴を一言でいえば「女性らしくなる」のです。
谷口医院の事例でいえば、プロゲスチン単剤のデメリットで最も目立つのが「メンタルの悪化」です。まるで更年期障害の女性にみられるような抑うつ状態が起こることがあるのです。更年期障害のメカニズムもエストロゲンの分泌低下ですから、プロゲスチン単剤投与で抑うつ状態が生じるのは理に適っているように思えます。また、プロゲスチン単剤を長期で使用する場合には骨塩量の低下が生じるリスクがあります。こちらも更年期障害と似たようなメカニズムで起こると考えられます。
エストロゲンが入った従来のOC/LEPを使用する場合、血栓と乳がんのリスクは常に考慮しなければなりませんし、子宮筋腫や腺筋症があれば、不正出血が緩和されることも多いのですが、逆に出血量が増えることもあります。しかし、エストロゲンの補給によって女性らしさが得られることに魅力を感じる女性も少なくありません。では、エストロゲンが入ったOC/LEPではどれを選べばいいのか。血栓のリスクを考えるなら最新のアリッサが最もよさそうに思えますが、後発品がないために費用は高くなります。
値段を重視するならフリウェルが最適で1枚500円以下(3割負担)です。しかし、まもなくヤーズフレックスの後発品(=ドロエチフレックス)が発売されます。そうなれば1月1000円未満の費用で、4か月に一度の月経周期にすることも可能になります。また、近日ドロエチフレックスと同様、超低用量ピルで連続飲みできる「マルシロン」が登場します。しばらくの間、およその目安としては次にようになるのではないかと推測されます。いずれも月経困難症(生理痛や生理不順、PMSなど)がある場合で、かっこのなかは3割負担でのひと月あたりのおよその費用です。
#1 エストロゲン不要 → ジエノゲスト0.5mg(約700円)
#2 費用重視 → フリウェルLDまたはULD(約500円)
#3 連続飲み希望 → ドロエチフレックス(約830円)もしくは近日発売のマルシロン(価格未定)
#4 エストロゲン必要だが血栓のリスクを最小限にしたい → アリッサ(約1,500円)
初校:2026年7月20日
改訂:2026年7月26日
投稿者 | 記事URL
2026年7月2日 木曜日
2026年7月 GLP-1は「規制」ではなく、もっと「普及」させるべきだ
オゼンピックやリベルサスなどのGLP-1受容体作動薬、及びマンジャロなどのGIP/GLP-1受容体作動薬(以下、これらを単に「GLP-1」とします)を美容クリニックやオンラインクリニック、あるいは一部の保険診療のクリニックが自費診療で処方しまくっている現状を快く思っていない医師や役人が少なくないのが私には不思議でなりません。
2026年6月16日、厚労省医薬局医薬安全対策課は「GLP-1受容体作動薬及びGIP/GLP-1受容体作動薬の適正使用について」というタイトルの注意喚起を発表しました。GLP-1を2型糖尿病など保険適用の処方以外の美容や痩身目的に一部の医療機関が”販売”していることが許せないというわけです。また、大勢の医師も営利目的の安易な販売に辟易とし、2022年には日本医師会の当時の副会長が定例記者会見で「医の倫理に反する」という言葉まで使って痛烈に批判しました。
GLP-1の有効性と安全性についてはこのサイトでも繰り返し紹介しています。普及し始めて間もない頃は注意を怠ってはならず、特に谷口医院で何例も経験した「若い女性の抑うつ状態」についてはかなり慎重に経過をみています。2023年7月、EMA(European Medicines Agency=欧州医薬品庁)の安全委員会は、GLP-1が原因の自殺念慮と自傷行為について検討を始めました。アイスランドでは2023年の7月時点でGLP-1が原因の可能性がある自殺念慮や自傷行為が約150件集まっていました。結局、2024年4月にEMAは「GLP-1と自殺や自傷行為に関連はない」とする見解を発表して、現在は安全に使用できるということになっています。
私の肌感覚はちょっと違います。やはり若い女性がGLP-1を使うと抑うつ状態になることが多いような印象があります。ただし、中止すれば元に戻りますし、中年以降の場合はむしろ抑うつ状態が改善するように思えます。この理由はおそらくGLP-1の「ムダなことへの欲求がなくなる効果」だと思います。よく言われるように、GLP-1を使用すると単に食欲が減退するだけでなく、アルコールやタバコ、あるいはギャンブルや買い物、さらに危険なロマンスなどへの欲求も低下していきます。それはいいことのように思えますが、若い頃はこういう一見ムダにみえることが楽しいわけで、そういった経験も広い意味では「勉強」になるのです(私はそう信じています)。
他の副作用もみていきましょう。たしかにGLP-1による急性膵炎や低血糖発作の報告はあります。しかし頻度は稀であり、これらは症状(膵炎なら腹痛、低血糖発作なら動悸や手の震えなど)もでますから、そういう情報をあらかじめ知ってもらっていれば大事に至るリスクは最小限におさえられます。他に起こり得る副作用として、嘔気や下痢がありますが、これらはたいてい軽症で済みます。よって、副作用を理由に「GLP-1を安易に販売してはいけない」と必死になって訴える役人や医師を、最近の私はちょっと冷めた目でみています。
米国ではすでに国民の8人に1人がGLP-1を使用していると言われています。それだけ広く普及している薬品を「副作用が……」という理由をつけて「適応外処方はけしからん!」と言ってみたところで意味がありません。では、なぜ大勢の役人や医師はGLP-1の適応外処方に反対するのでしょうか。もしかすると「ラクして稼いでいる医師が羨ましい」のでしょうか。インターネットやSNSに広告をうって、割引クーポンを発行し、初回格安キャンペーン!などと謳って“集客”しているような医師を羨ましがる必要はどこにもないのですが……。
ここからはGLP-1の「利点」をまとめてみたいと思いますが、書ききれないくらいたくさんあります。糖尿病の改善、ダイエットは当然として、谷口医院の患者さんで目立つのが先述した「嗜好への欲求の低下」です。ジャンクフードやお菓子が減った、飲酒量が減った、禁煙できた、ムダな買い物が減った、未来のないロマンスへの渇望が減った、などです。つまり、GLP-1のおかげで、清く正しく美しく生きることができるようになるのです(繰り返しますが若い頃はこんな生き方が面白くないからGLP-1は時期尚早なのです)。
脂肪肝、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、アレルギー疾患、がん、認知症などにもGLP-1の効果が認められるようになってきています。これほど有効性が広く高く、そして安全性が高い薬もそうはありません。
まだあります。Financial Timesによると、米国ではGLP-1が普及し国民がスリムな体型を手に入れたことにより、アパレル業界が息を吹き返したようです。小売店、ショッピングモール、百貨店などで売り上げが大きく増加しています。GLP-1のおかげで国民は自信が持てるようになり、ファッション業界が盛り上がりをみせているというわけです。GLP-1普及前と普及後では社会の雰囲気も変わってきているのではないでしょうか。
ということは、「GLP-1の普及度」が国民の豊かさの指標にならないでしょうか。やせることが幸せとは言いませんが、やせたい人が理想の体型を手に入れて自信が出てくるのであればそれは望ましい姿だと言えるでしょう。国民の幸せ度の指標として、ブータンは GDP(国内総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness=国内総幸福?)という概念を持ち出していますが、これからはGDPでもなくGNHでもなく「GLP-1の普及率」が国民の幸せに直結する指標となる、と言えば言い過ぎでしょうか。
私はこれまでの人生で、そばにいる人たちから何度も「あんたは人が向く方を向かない」と言われてきました。自分ではよく分からないのですが、たしかにGLP-1についても「自費診療を始めて売りまくる」でもなく「GLP-1を売りまくる医師を非難する」でもなく、「GLP-1を売りまくる医師にもっとやれ!と応援する」という大勢の医師とは異なる立場をとっています。GLP-1を始めたことによって、自信がでてきて人生を楽しんでいる患者さんたちをみているとその姿を応援したくなるのです。
GLP-1には大きな欠点が2つあります。副作用ではありません。1つは過去のコラム「 GLP-1ダイエット、中止すれば元の木阿弥」で述べたように「中止すれば元の木阿弥になる」ことで、GLP-1中止により体重が元に戻るどころから開始前よりも太ってしまいます。だからそれなりの費用を工面し続けなければなりません。これが1つめの大きな欠点です。
もう1つの大きな欠点は「筋肉量が低下すること」です。これについては毎日メディカル(無料です)の「運動は『スーパードラッグ』! ウオーキングにプラスしたい大切なこと」という記事に詳しく書いたのでそちらを読んでほしいのですが、「GLP-1で減少する体重の約1/3は筋肉」です。ということは、積極的にウェイトトレーニング(筋トレ)をやらない限り、(特に女性は)将来の骨折や骨粗鬆症のリスクが大幅に上昇してしまいます。
ならば我々医療者がGLP-1使用者(それは谷口医院で糖尿病の治療目的でGLP-1を処方している患者さんも、美容クリニックなどで自費で買っている患者さんも)にすべきことは「筋トレの助言」に他なりません。実際、最近は診察室で頻繁に「効果的な筋トレ」についての話をしています。この話をある医師にすると「利益は美容クリニックやオンラインクリニックにもっていかれて、谷口医院にはメリットがないですよね」と言われたのですが、そういう問題ではありません。
きれいごとに聞こえるかもしれませんが、我々の目的は「検査や薬は最小限にして受診回数を減らすこと(≒choosing wisely)」で、20年間その方針で進んできました。今さら利益を求めようとは思いませんし、その患者さんも別のことで受診されているわけですから別に赤字になるわけではありません。そんな小賢しい計算をするよりも目の前の患者さんに必要な助言をするのが我々の任務です。
GLP-1自費処方クリニックにお願いしたいのは「他の医師や役人から不適切処方だと非難されてもがんばって! けど、できるだけ安くしてあげてね!」ということです。
投稿者 | 記事URL
最近のブログ記事
- 2026年9月3日 CTE(慢性外傷性脳症)をこれ以上無視すべきでない
- 2026年9月 薬剤師と分かちあえることはない、のか
- 2026年8月27日 認知症、余暇の運動でリスク減少、仕事で身体を動かせばリスク増加
- 2026年8月23日 GLP-1で仕事とパートナーを手に入れる
- 第276回(2026年8月) アトピー性皮膚炎と慢性じんましんのこれからの治療
- 2026年8月 「来てほしくなかった」なら「挨拶」はすべきでないのか
- 2026年7月26日 GLP-1は脱毛のリスク
- 2026年7月23日 生まれるなら長男か長女が有利な理由は感染症
- 第275回(2026年7月) 低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方
- 2026年7月 GLP-1は「規制」ではなく、もっと「普及」させるべきだ
月別アーカイブ
- 2026年9月 (2)
- 2026年8月 (4)
- 2026年7月 (4)
- 2026年6月 (4)
- 2026年5月 (4)
- 2026年4月 (4)
- 2026年3月 (4)
- 2026年2月 (5)
- 2026年1月 (3)
- 2025年12月 (4)
- 2025年11月 (4)
- 2025年10月 (4)
- 2025年9月 (4)
- 2025年8月 (4)
- 2025年7月 (4)
- 2025年6月 (3)
- 2025年5月 (5)
- 2025年4月 (4)
- 2025年3月 (4)
- 2025年2月 (4)
- 2025年1月 (4)
- 2024年12月 (4)
- 2024年11月 (4)
- 2024年10月 (4)
- 2024年9月 (9)
- 2024年8月 (3)
- 2024年7月 (1)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (4)
- 2024年4月 (4)
- 2024年3月 (4)
- 2024年2月 (5)
- 2024年1月 (3)
- 2023年12月 (4)
- 2023年11月 (4)
- 2023年10月 (4)
- 2023年9月 (4)
- 2023年8月 (3)
- 2023年7月 (5)
- 2023年6月 (4)
- 2023年5月 (4)
- 2023年4月 (4)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (4)
- 2022年10月 (4)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (4)
- 2022年6月 (4)
- 2022年5月 (4)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (4)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (4)
- 2021年11月 (4)
- 2021年10月 (4)
- 2021年9月 (4)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (4)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (4)
- 2021年4月 (6)
- 2021年3月 (4)
- 2021年2月 (2)
- 2021年1月 (4)
- 2020年12月 (5)
- 2020年11月 (5)
- 2020年10月 (2)
- 2020年9月 (4)
- 2020年8月 (4)
- 2020年7月 (3)
- 2020年6月 (2)
- 2020年5月 (2)
- 2020年4月 (2)
- 2020年3月 (2)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (4)
- 2019年12月 (4)
- 2019年11月 (4)
- 2019年10月 (4)
- 2019年9月 (4)
- 2019年8月 (4)
- 2019年7月 (4)
- 2019年6月 (4)
- 2019年5月 (4)
- 2019年4月 (4)
- 2019年3月 (4)
- 2019年2月 (4)
- 2019年1月 (4)
- 2018年12月 (4)
- 2018年11月 (4)
- 2018年10月 (3)
- 2018年9月 (4)
- 2018年8月 (4)
- 2018年7月 (5)
- 2018年6月 (5)
- 2018年5月 (7)
- 2018年4月 (6)
- 2018年3月 (7)
- 2018年2月 (8)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (5)
- 2017年11月 (5)
- 2017年10月 (7)
- 2017年9月 (7)
- 2017年8月 (7)
- 2017年7月 (7)
- 2017年6月 (7)
- 2017年5月 (7)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (7)
- 2017年2月 (4)
- 2017年1月 (8)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (8)
- 2016年10月 (6)
- 2016年9月 (8)
- 2016年8月 (6)
- 2016年7月 (7)
- 2016年6月 (7)
- 2016年5月 (7)
- 2016年4月 (7)
- 2016年3月 (8)
- 2016年2月 (6)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (7)
- 2015年11月 (7)
- 2015年10月 (7)
- 2015年9月 (7)
- 2015年8月 (7)
- 2015年7月 (7)
- 2015年6月 (7)
- 2015年5月 (7)
- 2015年4月 (7)
- 2015年3月 (7)
- 2015年2月 (7)
- 2015年1月 (7)
- 2014年12月 (8)
- 2014年11月 (7)
- 2014年10月 (7)
- 2014年9月 (8)
- 2014年8月 (7)
- 2014年7月 (7)
- 2014年6月 (7)
- 2014年5月 (7)
- 2014年4月 (7)
- 2014年3月 (7)
- 2014年2月 (7)
- 2014年1月 (7)
- 2013年12月 (7)
- 2013年11月 (7)
- 2013年10月 (7)
- 2013年9月 (7)
- 2013年8月 (175)
- 2013年7月 (411)
- 2013年6月 (431)