はやりの病気
第86回 新しい睡眠薬の登場 2010/10/20
不眠で悩んでいる人は少なくなく、当院にも不眠を抱えて受診する人はかなりの人数になります。ただし、当院の患者さんの特徴としては、不眠だけの人はそれほど多くなく、不眠+花粉症、不眠+慢性胃炎、不眠+繰り返す膀胱炎、など複数の訴えがあるというケースが大半です。もちろん、不眠+うつ、不眠+不安という人も少なくありません。
不眠を放っておくとなぜいけないか、については改めて論じる必要はないでしょう。不眠が続けば、日中の倦怠感がとれませんし、そのうち身体が重くなり何もできなくなってしまいます。ときどき、「寝なくても平気」と言って四六時中ハイテンションの人がいますが、このような状態が長続きするはずはなく、もし続いているとすれば何らかの病気(躁病が代表です)か、(違法)薬物を摂取しているかのどちらかを考えるべきでしょう。
不眠を放っておくと、うつ病などの精神障害をきたすことがあります。うつがあるから不眠になる、という場合もありますが、不眠を放置した結果うつ病を発症した、というケースもありますから、長引く不眠は放っておいてはいけないのです。
前置きが長くなりましたが、今回は、身体に優しい(と思われる)新しい睡眠薬が普及しだしましたよ、という話をしたいと思います。しかし、その前に、まずは睡眠薬にはどのようなものがあるかについてみていきましょう。
最初に、薬局で処方せんなしでも買える睡眠薬についてみておきましょう。現在は複数の製薬会社からこういった睡眠薬(睡眠改善薬)がでています。代表的なものは、エスエス製薬の「ドリエル」、グラクソ・スミスクラインの「ナイトール」あたりだと思われますが、他社からも発売されています。
睡眠薬を一般の薬局で売っちゃってもいいの??、と感じる人もいるかもしれませんが、これら薬の主成分は、実は抗ヒスタミン薬です。抗ヒスタミン薬というのは花粉症や皮膚の痒みに使う薬で、風邪薬の中にも鼻水を止めることを目的として入れられていることがあります。
最近は花粉症や皮膚の痒みに用いる抗ヒスタミン薬は眠気がこないものを使いますが、こういった眠気のない抗ヒスタミン薬というのは比較的最近開発されたもので、従来の抗ヒスタミン薬は副作用としての眠気がつきものでした。ですから、古いタイプの抗ヒスタミン薬というのは、医療機関では次第に処方されなくなってきています。そして、古いタイプの抗ヒスタミン薬の副作用を利用したのが、薬局で売られている睡眠薬というわけです。
ところで、古いタイプの抗ヒスタミン薬は、医療機関でまったく処方されなくなったのかといえば、そういうわけでもなく、当院の場合、まず妊婦さんの皮膚の痒みや鼻炎に処方することがあります。これは、新しい抗ヒスタミン薬は妊婦さんに投与してはいけないことになっているのに対し、古いタイプの抗ヒスタミン薬は従来から妊婦さんにも使われており、ある程度安全であることが分かっているからです。(ただし、妊婦さんに対しても簡単に処方すべきではなく 、どうしても必要な場合に限られます。さらに眠気の副作用について理解してもらった上での処方となります)
妊婦さん以外にも、花粉症や皮膚の痒みに処方することがあります。それは、副作用の眠気がまったく起こらない人に対してです。古いタイプの抗ヒスタミン薬は値段が非常に安いのが魅力です。(3割負担で1錠あたり2~3円となります。ただし、診察代や処方代がかかりますから、実際の支払い合計は初診であれば千円程度にはなります) 当然ながら、このタイプの人に不眠があれば、薬局で売られている睡眠薬は効きません。
もうひとつ、妊婦さん以外に花粉症や皮膚の痒みに処方する、というか”処方せざるを得ない”のは、「お金がない人」に対してです。眠気のこない新しいタイプの抗ヒスタミン薬は1錠あたり(3割負担の場合)数十円はしますから、古いタイプのものに比べると10倍以上も高いのです。(注1)
そして、当院での古いタイプの抗ヒスタミン薬の最後の使い方は、「不眠」に対する処方です。(注2) この場合、何らかの事情で、どうしても(ベンゾジアゼピン系を代表とした)一般的な睡眠薬を使いたくない、あるいは使えない、といった患者さんが対象となります。つまり薬局で売られている「ドリエル」や「ナイトール」と同じようなものを処方しているということになります。(注3)
現在最も一般的に使われている睡眠薬はベンゾジアゼピン系(マイナートランキライザーとも呼びます)のものです。代表的なものを商品名であげれば、レンドルミン、ハルシオン、ベンザリン、ロヒプノール、エリミン、といったあたりでしょうか。
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、適切な使用方法を守れば特に怖がる必要はないのですが、例えば上に挙げた商品で言えば、ハルシオンやエリミンあたりは(詳しくは述べませんが)本来の目的とは違った(危険な)用途に使われることもあり、闇の世界ではそれなりの値段で取引されているそうです。また、使用方法を守ったとしても、長期使用になれば、耐性(効きにくくなること)や依存性が出ないとも限りません。
さらに、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、中途覚醒したときにその記憶が曖昧になることがあります。つまり、これらを内服し夜中に目覚めたとき、もしもコンビニにでかけたり、誰かにメールをしたりすると、その記憶がなくなっていることがあるのです。ですから、私はベンゾジアゼピン系の睡眠薬を処方するときは、「内服すれば朝まで寝てください。たとえ眠れなかったり、途中で目覚めたりしたとしても、外にでかけることや電話・メールをすることはやめてください」、と助言しています。
さて、そろそろ冒頭で述べた新しい睡眠薬についてご紹介しましょう。これはロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)といって、メラトニンの受容体に選択的に結合する薬品です。
メラトニン・・・、聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言えば、メラトニンは脳内で分泌される睡眠を司っているホルモンです。ロゼレムは体内で生成されるメラトニンと同じように、メラトニン受容体に結合することによって睡眠が誘導されるというわけです。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬とは異なり、メラトニン受容体の存在する部位にしか作用しませんから、ベンゾジアゼピン系睡眠薬で生じたような副作用が極めて少ないことが予想されます。
実は、メラトニンはサプリメントとして10年以上前から個人輸入で購入することが可能でした。しかし、何かとトラブルの多い個人輸入ですから、ニセモノをつかまされたり、代金は支払ったのに商品は届かなかったり、という問題もあり、我々医師は「医療機関で処方できるようにすべき」と感じていました。「ロゼレム」は、米国では2005年に承認されていましたが、遅れること5年、2010年4月についに日本でも承認されたのです。
医療機関で実際に処方できるようになったのは、2010年の7月からで、当院では様子をみながら取り扱いを検討し、先月(2010年9月)から処方を開始しています。ロゼレムをすでに積極的に処方している医師に聞いてみると、「効き具合はベンゾジアゼピン系の睡眠薬に比べるとやや鈍いような印象があるが、続けて使用すれば効きやすくなるようだ。ベンゾ系でおこりうる副作用も認められず、今後睡眠治療の第一選択薬となるのではないか」、とのことでした。
新薬には蓄積されたデータが多くなく、予期せぬ副作用が出現しないとも限りませんから、使用には充分な注意が必要ですが、ロゼレムは今後歴史に残るような優れた睡眠薬となるかもしれません。
しかし、その前に、なぜ不眠があるのかについて考えなければなりません。不眠があるから睡眠薬、と単純には進められないことをお忘れなく・・・。
注1:薬の値段が10倍以上違うからといっても総額はさほど変わるわけではありません。例えば、初診で受診し1錠5.6円の古い抗ヒスタミン薬が10錠処方されたときと、1錠116.1円の新しい抗ヒスタミン薬10錠が処方されたとき、3割負担で前者が1,020円、後者が1,350円になります。ただし、当然のことながら、処方が長期になれば差は開いていきます。上記の試算を10錠ではなく30錠とすれば、前者が1,080円、後者が2,070円となります。
注2:「不眠」に対して抗ヒスタミン薬を処方することは保険診療上認められていません。したがって、当院で不眠に対し抗ヒスタミン薬を処方しているのは、「痒み」や「鼻炎」といった他の症状も合併している場合です。(自費診療でなら不眠の治療目的でも処方可能です)
注3:「ドリエル」や「ナイトール」といった薬局で売られているものも、当院で不眠の治療に用いている抗ヒスタミン薬も共に「古いタイプの抗ヒスタミン薬」ですが、正確に言えば薬の成分は異なります。「ドリエル」など市販の睡眠薬の抗ヒスタミン薬はジフェンヒドラミン塩酸塩というもので、当院で処方しているものは、クロルフェニラミンマレイン酸塩というものです。ジフェンヒドラミン塩酸塩は医療機関で処方する商品名で言えば「レスタミン」というもので、当院には置いていませんが、これを処方している医療機関もあります。
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