医療ニュース

2022年1月23日 日曜日

2022年1月23日 ソーシャルメディアの利用はうつ病を招く

 ベストセラーとなったスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセンによる『スマホ脳』(英語版タイトル『Insta-Brain』)には、(私は読んでいないのですが)「スマホは脳の報酬系を刺激して依存させ、集中力を低下させ、抑うつ状態を作り出す」という内容が書かれているそうです。

 最近「スマホ=悪」のような論調が目立ち、私自身はそれには反対なのですが(後述するようにスマホは優れたデバイスです)、ソーシャルメディアはその限りではありません。『スマホ脳』でも、ソーシャルメディアが抑うつ感を招く理由が詳しく書かれているのでしょうが、ここでは最近発表された論文を振り返ってみたいと思います。

 まずは言葉の確認から始めましょう。似た言葉にSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)というものがありますが、ここではSNS(Facebook、Twitter、Instagramなど)に、YouTube、ニコニコ動画などの動画共有サイト、掲示板、さらにLINEなどのメッセージアプリも加えた、要するにインターネットを介したコミュニケーションツールをソーシャルメディアと呼ぶことにします(ただしビジネスなどに用いるemailは除外します)。

 医学誌『JAMA Network Open』2021年11月23日号に「米国の成人におけるソーシャルメディアの使用と自己申告によるうつ病の症状との関連 (Association Between Social Media Use and Self-reported Symptoms of Depression in US Adults)」というタイトルの論文が掲載されました。

 この研究の対象者は、2020年5月から2021年5月の間に合計13回にわたって実施されたオンライン調査に参加した米国の成人5,395人(平均年齢55.8歳、女性65.7%)で、ソーシャルメディアの使用と抑うつとの関係が解析されています。抑うつ状態の評価にはPHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)と呼ばれるスケールが用いられています。対象となったソーシャルメディアは、Facebook、Instagram、LinkedIn、Pinterest、TikTok、Twitter、Snapchat、YouTubeです。

 結果、調査期間中に対象者の8.9%(482人)がPHQ-9スコアが5点以上となり「抑うつ状態」と判定されました。特にうつ状態が悪化したのがSnapchat、Facebook、TikTokです。
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 私はソーシャルメディアをほとんど利用しません。LINEは行政からの連絡や(大阪府の医療者の場合)コロナワクチンの予約の連絡などにも必要ですから使わないわけにはいきませんが、本音を言えば使いたくありません。複数の知人から「LINEくらい見といてよ」とよく言われますから1週間に一度くらいはチェックするよう心がけてはいますが、それも面倒くさくて1週間以上知人からの連絡を放っていることもよくあります。だから近しい知人は、電話か電子メールで連絡を寄せてきます。

 それでもたまにTwitterやFacebookを覗いてみることがあるのですが、はっきり言うと気持ち悪くなります。Twitterは有名人もけっこう書き込んでいるようですが、「えっ、この人がこんな汚い言葉使うの?」と驚き、そして幻滅することの連続です。Facebookは、「これ、自慢以外の何?」と言いたくなるような写真やコメントのオンパレードに嫌気がさします。

 「最も恥ずべき話が自慢と悪口」ではなかったでしょうか。

 医師の掲示板もひどいものです。匿名なのをいいことに罵詈雑言の嵐です。そして、こういうページに人気があることが私には不思議でなりません。そもそも他人の悪口を聞かされれば不快な気分にならないでしょうか。

 私は「言葉」というものは人間にとって非常に大切なものだと思っています。言葉をなくせば人間が人間として存在し続けることができなくなります。だから、我々はもっと言葉を大切にし、自分の言葉に責任を持つべきだと信じています。ただし、このような考えを他人に強要するつもりは毛頭なく、匿名で他人を罵り合ったり、自慢したりすることを楽しいと思う人たちとは住む世界が違うだけだと思っています(実際はすぐ近くに住んでいるのでしょうが)。

 話を戻しましょう。私が思うに、自慢話や他人への罵詈雑言が飛び交うソーシャルメディアを見ていると抑うつ状態になるのは至極当然の帰結であり、まともな精神状態を維持したければそんな世界とは縁を切って、言葉に責任を持つという考えの人とのコミュニケーションを重視すればいいのです。

 ところで、冒頭で述べたように、私はスマホ自体はとても貴重なツールだと思っています。私が最も使うアプリは英英辞典(LONGMANを最も多用し、頻繁に発音させています)、英和・和英辞典(Weblioの使用が最多)、類義語辞典/シソーラス(こちらもWeblioが多い)、漢和辞典などで、コミュニケーションを上達させるための言葉の学習にもはやスマホは欠かせないアイテムです。

 最後にドイツの医学者フーフェランドが著した医師の倫理要綱とも呼べる『扶氏医戒之略』から一部を紹介します。

人の短所を言うのは聖人君子のすべきことではない。他人の過ちをあげることは小人のすることであり、一つの過ちをあげて批判することは自分自身の人格を損なうことになろう(馬場茂明著『聴診器』より)

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2022年1月4日 火曜日

2022年1月4日 円形脱毛症は認知症と網膜疾患のリスク

 円形脱毛症の患者さんから尋ねられる最も多い質問は「原因は何ですか?」です。興味深いことに、この後に続くのは「ストレスが多いからですかね?」と「私にはストレスがないのですが……」と正反対のコメントです。

 円形脱毛症が起こる理由は「免疫系の細胞が(大切な)毛根を敵と勘違いして攻撃してしまうから」と言えます。ストレスが原因かどうかという問いに対して私はしばしば「半分イエスです」と答えています。ストレスそのものが直接脱毛につながるわけではありませんが、強烈なストレスにより免疫系が乱れることがあるからです。「ストレスがない」という人は我々からみると要注意です。

 社会生活を営んでいれば何らかのストレスがない方がおかしいわけで「ストレスがない」と言う人のいくらかは過酷な環境にいます。例えば過重労働が月に100時間を超えているのに「こんなの平気です。勉強させてもらって給料までもらえて幸せなんです。僕には何のストレスもありません」というような人は注意が必要なのです。例えばある日突然うつ病を発症するようなことがあります。

 話を円形脱毛症に戻しましょう。この疾患に対して「原因は?」と尋ねる人は多いのですが、「円形脱毛症はどのような疾患のリスクになりますか?」と聞く人はほとんどいません。今回紹介したいのは、円形脱毛症は「認知症」そして「網膜疾患」のリスクになるという話です。

 医学誌「The Journal of Clinical Psychiatry」2021年10月26日号の論文「円形脱毛症と認知症のリスクの関連:全国コホート研究 (Association of Alopecia Areata and the Risk of Dementia: A Nationwide Cohort Study)」によると、円形脱毛症は認知症のリスクとなります。

 研究の対象者は45歳以上の円形脱毛症を有する台湾の男女2,534人です。対照には、年齢、性別、収入、疾患などを合わせた25,340人が選ばれています。結果、円形脱毛症があればどの年齢、性別でもすべての認知症のリスクが対照者に比べて3.24倍、アルツハイマー病については4.34倍にも上昇していました。特に65歳以上の男性のアルツハイマー病のリスクが高かったようです。

 次に医学誌「Journal of the American Academy of Dermatology」2021年11月1日号の論文「円形脱毛症と網膜疾患の関連:全国的コホート研究 (Association between alopecia areata and retinal diseases: A nationwide population-based cohort study)」を紹介しましょう。

 研究の対象者は台湾の円形脱毛症の男女9,909人です。対照にはやはり条件を合わせた99,090人が選定されています。結果、対照者と比較して、円形脱毛症があれば網膜疾患に罹患するリスクが3.10倍に上昇していました。具体的には、網膜剥離(retinal detachment)が3.98倍、網膜血管閉塞症(retinal vascular occlusion )が2.45倍、網膜症(retinopathy)が3.24倍です。

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 円形脱毛症は軽症の場合、標準的な治療で治りますし、場合によっては何もしなくても自然に治癒します。ですが、他方、重症化するとかなり難渋することもあります。入院してもらいステロイドを大量に点滴すれば治ることは治るのですが、この方法はすぐに再発するケースが多々あります。脱毛専門の医療機関を紹介することもあるのですが、結果としてうまくいかないケースもそれなりにあります。

 かといって、特に予防する方法もありません。漢方薬もほとんど効果がありませんし、認知行動療法も無力です。医師泣かせの疾患のひとつです。

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2021年12月27日 月曜日

2021年12月27日 安静時の心拍数上昇が認知症のリスク

 高齢者の安静時心拍数の上昇は認知症のリスクとなる……。

 医学誌「Alzheimer’s Dementia」2021年12月3日号(オンライン版)の論文「安静時心拍数と高齢者の認知機能低下および認知症との関連:人口ベースのコホート研究 (Association of resting heart rate with cognitive decline and dementia in older adults: A population-based cohort study)」でこのような発表がおこなわれました。

 研究の対象者はスウェーデンの認知症がない60歳以上の成人で、2001~2004年から2013~16年まで追跡できた2,147人(平均年齢70.6歳、女性が62%、86人が心疾患の既往歴あり)。安静時心拍数は心電図で測定され、60回/分未満、60~69回/分、70~79回/分、80回/分以上の4つのグループに分類されました。

 対象者のなかで、追跡期間中に認知症の診断がついたのは289人でした。心拍数で解析した結果、60~69回/分のグループに比べて80回/分以上のグループでは認知症の発症リスクが55%上昇していたことが判りました。

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 安静時心拍数の上昇が心血管疾患のリスクであることは広く知られています。今回の研究が興味深いのは、心血管疾患を発症した人たちに認知症のリスクが高いのではなく、心血管疾患に関係なくただ安静時心拍数が高いというだけで認知症のリスクが上昇することを示したからです。

 次に知りたいのは、「では、若いうちから心拍数を下げる薬(βブロッカーなど)を用いて安静時心拍数を下げることに努めていれば認知症のリスクを下げられるのか」ということですが、これを調べた研究は見当たりません。

 ではどうすればいいか。安静時心拍数は日ごろから有酸素運動をしていれば下がってきます。有酸素運動で認知症のリスクが下がることは以前から指摘されています。この理由は、運動により安静時心拍数が低下するからなのかもしれません。

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2021年12月22日 水曜日

2021年12月22日 サッカーは直ちにやめるべきかもしれない

 日本ではなぜかほとんど関心が持たれていませんが、10年ほど前から欧米諸国ではアメリカンフットボールやサッカーなどコンタクトスポーツ選手の慢性外傷性脳症(CTE)が注目を集めています。なにしろ、かなりの高確率で引退後に脳の障害や認知症に苦しみ、寿命も短くなるわけですから、選手自身や家族は気が気でありません。

 今回はサッカーがいかに危険かを示した2つの研究を紹介したいと思います。

 まずは、医学誌「Neurology」2021年11月24日号に掲載された「繰り返す頭部衝撃を受けた脳のMRIの異常と神経病理学との関連 (Association Between Antemortem FLAIR White Matter Hyperintensities and Neuropathology in Brain Donors Exposed to Repetitive Head Impacts)」です。

 この研究の調査対象者は67人の元サッカー選手及び他の8人(過去にサッカー、ボクシング、軍隊加入のいずれかがある)です。研究開始時点で対象者は全員が死亡していました(なんと平均67歳という若さです)。全員が生存中に脳のMRIを撮影しており、全員が死亡後、研究のために脳を寄付しています。

 高齢化に伴い、脳のMRIでは「白質高信号(white matter hyperintensities)」と呼ばれる「スポット」が認められます。この所見はCTEやアルツハイマー病に関連していることが分かっています。今回の研究ではこのスポットの単位が増えるごとに、深刻な小血管障害や白質(脳の一部)の損傷が生じるリスクが2倍になることが分かりました。

 解剖ではおよそ7割の(75人中)53人にCTEが認められました。家族の証言からも研究に参加した対象者のおよそ3分の2が認知症に苦しんでいたそうです。

 もうひとつの研究は医学誌「JAMA Neurology」2021年8月2日号に掲載された「男性の元プロサッカー選手のポジションとキャリアの長さと神経変性疾患のリスクとの関連 (Association of Field Position and Career Length With Risk of Neurodegenerative Disease in Male Former Professional Soccer Players)」です。

 研究の対象者はスコットランド人男性の元プロサッカー選手7,676人。対照として、年齢や経済状況をマッチさせた23,028人の一般人が選ばれています。

 7,676人の元サッカー選手のなかでCTEを発症したのは386人(5.0%)で、対照群では366人(1.6%)。リスクは3.66倍となります。

 さて、この研究が興味深いのはここからです。サッカーのポジションごとにリスクが検討されているのです。最もリスクが低いのはゴールキーパーで1.83倍(ヘディングする機会が他のポジションよりも少ないから当然でしょう)、最も高いのはフォワードでもミッドフィルダーでもなく「ディフェンダー」で4.98倍です(こちらも当然でしょう)。

 キャリアの長さでみると、長ければ長いほどリスクは上昇します。15年以上のプロのキャリアを持つ選手ではリスクがなんと5.20倍にもなっています。

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 あくまでも個人的な意見ですが、サッカーという競技自体を見直した方がいいのではないでしょうか。少なくとも、サッカーを開始する時点で本人と保護者はCTEのリスクをきちんと知らされるべきだと思います。

 サッカーだけではありません。過去のコラム(下記参照)で、米国ではアメリカンフットボールの元選手の多くがCTEで不幸な結末を迎えていることを紹介しました。オバマ元大統領は「自分に息子がいれば(アメリカン)フットボールはさせない」と公言しています。スポーツの選択には科学的な視点を加えるべきだと思います。

医療ニュース
2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!
2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク
2016年10月14日   コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症

はやりの病気
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~

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2021年11月25日 木曜日

2021年11月25日 ω3系脂肪酸は心房細動のリスク

 最近の「医療ニュース」で、「ω3系脂肪酸(以下、単に「ω3」)は片頭痛を改善させる」というω3が有用だという話をしましたが、今回は否定的な話題です。

 ω3のサプリメント接種で心房細動(不整脈の一種)のリスクが上昇する……

 医学誌「Circulation」2021年10月6日号に掲載された論文「心血管疾患のランダム化比較試験における心房細動のリスクに対する長期のω3脂肪酸サプリメントの効果:系統的レビューとメタ分析 (Effect of Long-Term Marine Omega-3 Fatty Acids Supplementation on the Risk of Atrial Fibrillation in Randomized Controlled Trials of Cardiovascular Outcomes: A Systematic Review and Meta-Analysis)」を紹介します。

 この研究は過去に発表された良質な論文を集めて解析し直すこと(メタ分析)で結論を出しています。解析全対象者は81,210人で、58,939人(72.6%)は1日当たりのω3の摂取量が1グラム以下、22,271人(27.4%)は1グラムを超える量を摂取していました。ω3の1日当たりの摂取量が1グラムを超えていると、心房細動の発症リスクが49%上昇していたのに対し、1グラム以下ではリスク上昇は12%にとどまっていました。

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 巷ではω3は心臓に優しいと言われているのにも関わらず心房細動のリスクになるとは驚きです。

 ですが、結論から言えば、過去にも述べたようにほとんどの日本人にとってω3のサプリメントは不要です。ついでに言えば、医薬品としてのω3も不要です。そもそも日本人のω3の平均摂取量はおよそ2グラムです。一方、標準的な米国人では1日あたりの摂取量は1グラム以下です。

 そして、ω3のサプリメントを多くとっても有益性はなく、逆に前立腺がんのリスクを上昇させるという研究もあります。サプリメントや製薬会社の宣伝に踊らされるのではなく、日本人らしい食事をしていればそれでOKということです。心房細動はいったん発症すると、生涯にわたり血液をサラサラにする薬を飲まなければならないことも多く、日常生活が制限されてしまいます。また、突然死のリスクも増えます。

 サプリメントのせいで心房細動を起こしたとしたら、後悔してもしきれないでしょう。

<参考>
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」 
医療ニュース
2021年8月29日「片頭痛を大きく改善させるω3脂肪酸」
2018年12月30日「ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし」
2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
 

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2021年11月14日 日曜日

2021年11月8日 片頭痛は認知症のリスク

 過去に紹介した医療ニュースで「片頭痛がアルツハイマー病のリスクになる」とする研究について紹介しました(医療ニュース2019年10月27日「片頭痛があればアルツハイマーのリスクが4.2倍」)。この研究はかなりのインパクトがあり、この医療ニュースを読んだ方からの問合せも多かったのですが、最近はあまり触れられなくなってきていました。

 最近、同じように片頭痛が認知症のリスクであることを示した研究が報告されたので紹介します。

 医学誌「Acta Neurologica Scandinavica」オンライン版2021年9月15日号に掲載された「片頭痛と認知症のリスクにおけるメタ解析(Meta-analysis of association between migraine and risk of dementia)」という論文です。

 冒頭で述べた過去に紹介した研究は「前向き研究」と呼ばれる信頼度の高い検査です。今回紹介する研究は「メタ解析」で、これまでに発表された質の高い5つの研究を総合的にまとめ直したものであり、さらに信頼度は高いと言えます。研究の総対象者は合計249,303人とかなり多い人数が選ばれています(よって信ぴょう性は上がります)。結果は以下の通りです。

・片頭痛はすべての認知症のリスクを34%上昇させる。

・片頭痛はアルツハイマー病のリスクを2.49倍上昇させる

・ただし、片頭痛は血管性認知症のリスクを上昇させるわけではない

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 この論文、片頭痛がある人には非常に不快なものではないでしょうか。もしも「片頭痛は血管性認知症のリスクを上げる」なら、血管性認知症のリスクを下げる生活習慣を身に着ければいいわけです。例えば、運動をする、適正体重を維持する、などです。

 ですが、血管性認知症のリスクではなくアルツハイマー病のリスクを上げるとなると、対策のとりようがありません。もちろん、運動や適正体重、良質な食事などはアルツハイマー病のリスクを下げるとは言われていますが、決定的なものではありません。

 冒頭で紹介した過去の論文も「リスクが4.2倍」という悩ましいものでしたが、研究の規模はさほど大きくありませんでした。今回の結果は2.49倍と4.2より数字は小さいわけですが、メタ解析されたもので信頼度はかなり高いと言えます。しかも、そのリスクを下げるための決定的なものはないわけです。

 受け止められない人も多いでしょうが、片頭痛がある人は「アルツハイマー病になる」という前提で今後の人生計画を立てた方がいいかもしれません。

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2021年10月24日 日曜日

2021年10月24日 離乳食「スプーンフルワン」は安全か

 数か月前から、乳児の保護者の方たちから繰り返し受けている質問があります。それは「スプーンフルワンで食物アレルギーが予防できるのか」というものです。

 まずは離乳食として販売されているこの製品について概要をみてみましょう。

・スイス拠点の世界最大の食品会社ネスレ(Nestle)が開発し世界中で販売している

・食物アレルギーのアレルゲン(原因食品)となりうる16種(鶏卵、牛乳、小麦、ピーナッツ、くるみ、ピーカン、アーモンド、カシューナッツ、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、ゴマ、大豆、エビ、鱈、鮭、オーツ麦) を含む離乳食

・英語のウェブサイトには、「食物アレルギーの予防になる」という内容の記載があり、小児科医が「昔の考えは間違っていた」「アレルゲンになりうる食品は早く摂取開始すべきだ」といったコメントをしている

・日本のウェブサイトにそのような「効用」を謳った記載はない

 英語のサイトでは「食物アレルギーの予防になる」とされている一方で、日本のサイトでは触れられていません。では、スプーンフルワンは食物アレルギーの予防になるのでしょうか。

 英語のサイトに書かれているように、以前は「アレルゲンとなる可能性のあるものはできるだけ摂取を遅らせる方がいい」と考えられていました。ところが、現在はこの考えが否定されており、英語のサイトに登場している白人の小児科医が言っているように「早く食べる方がアレルギーになりにくい」のは事実です。これについては、2015年の医療ニュース「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」で紹介しました。

 ですから、英語のサイトが言っていることは間違いではありません。

 ところが、2021年10月11日、日本アレルギー学会は、日本小児アレルギー学会、日本小児臨床アレルギー学会、日本外来小児科学会、食物アレルギー研究会の各団体と連名で「乳幼児用のミックス離乳食(Spoonfulone スプーンフルワン)に関する注意喚起」を発表し、「スプーンフルワンの日本語のサイトには食物アレルギー予防の記載がない」ことを強調しています。

 この理由は主に2つあります。1つは、「スプーンフルワンを摂取することにより、含まれている16種のアレルギーを発症させる可能性がある」ということ、もう1つは、「スプーンフルワンを摂取できるかどうかを事前に知る方法がない」ということです。

 では、結局のところ、スプーンフルワンは食物アレルギーの予防に有効なのでしょうか。

 この答えは「そのお子さんによる」としか言いようがありません。食物アレルギーの予防として推薦できることも多いのですが、アトピー性皮膚炎を含む湿疹がある場合、気管支喘息がある場合、すでに食物アレルギーの疑いがある場合などは控えた方がいい場合もあります。そして、やっかいなのは血液検査などで簡単に摂取可能かどうかが分かるわけではない、ということです。

 このあたりに食物アレルギーの難しさがあります。

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2021年10月3日 日曜日

2021年10月3日 新型コロナのChoosing Wisely

 以前から太融寺町谷口医院では繰り返しその重要性を訴えているChoosing Wisely。一言で言えば「ムダな医療」をなくそう、ということで、新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に関しても考えていかねばなりません。

 医学誌「nature medicine」2021年7月5日号に「コロナのChoosing Wisely:患者と医師の10のエビデンスに基づいた推奨 (Choosing Wisely for COVID-19: ten evidence-based recommendations for patients and physicians)」というタイトルの論文が掲載されました。この論文で、コロナのChoosing Wisely10か条が発表されました。最初の5か条は一般市民向け、後半の5か条は医師向けのものです。

<一般市民向け>
#1 公共の場では常に顔面にフィットしたマスクを適切に着用する

#2  屋内での混雑は避ける

#3 コロナを疑う症状があれば検査を受け、症状が軽度でも自己隔離をする

#4  呼吸困難や酸素飽和度が92%以下になった場合は医療機関を受診する

#5  順番が来ればできるだけ早くワクチンを受ける。過去にコロナにかかっていても受ける。

<医師向け>

#6  効果のない(あるいは効果があることが実証されていない)薬を使わない。具体的には、ファビピラビル(アビガン)、イベルメクチン(抗寄生虫薬)、アジスロマイシン(ジスロマック)、ドキシサイクリン(ビブラマイシン)、オセルタミビル(タミフル)、ロピナビル・リトナビル(抗HIV薬)、ヒドロキシクロロキン(抗マラリア薬)、イトリズマブ(日本未発売の乾癬治療薬)、ベバシズマブ(アバスチン)、インターフェロン-α2b、フルボキサミン(抗うつ薬)、回復者の血漿、ハーブ製剤などは使うべきでない

#7 レムデシビルやトシリズマブ(アクテムラ)を使用するときは適用を見極める

#8  ステロイド薬は低酸素血症がある場合にのみ慎重に使用する。使用時には血糖値をモニタし、正常範囲を維持する

#9 治療方針を決定する目的以外でCTの撮影や血液検査をルーチンで行わない

#10 コロナ流行中にもコロナ以外の重症な疾患を見過ごさない

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 当然といえば当然のことばかりです。無駄な検査や治療はいつも控えることを考えねばなりません。

 ワクチンが普及した今、「スパイク蛋白の抗体(S抗体)の検査をむやみやたらにおこなわない」という一文を入れたいと個人的には思っています。

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2021年9月23日 木曜日

2021年9月23日 米国で鉄欠乏性貧血が増加している意外な理由

 きちんとデータをとったわけではありませんが、太融寺町谷口医院を開業した15年前に比べて、男女とも鉄欠乏性貧血を起こす患者さんが増えているように感じています。今回紹介する研究は米国のものですが、日本でも同じことが言えるかもしれません。

 医学誌「The Journal of Nutrition」2021年7月号に掲載された論文「鉄摂取量の減少が米国人の鉄欠乏性貧血および関連死亡率の上昇と類似 (Decreased Iron Intake Parallels Rising Iron Deficiency Anemia and Related Mortality Rates in the US Population )」を紹介します。

 この研究は米国人を対象としたデータベースを解析することによっておこなわれています。米国人の食品摂取と鉄欠乏性貧血の関係を調べた結果、「食品に含まれる鉄の摂取量減少が原因で鉄欠乏性貧血の有病率が上昇している」ことが分かりました。

 具体的な数字をみていきましょう。まず、全体的に食事から摂取できる鉄分の量が減っています。分析されている1,000以上の食品のうち62.4%が1999年から2018年を比べると鉄の濃度が低くなっています。

 米国人の食事内容としては、牛肉の摂取が15.3%減少し、他方鶏肉は21.5%増加しています。食事からの鉄摂取量は男性で6.6%、女性で9.5%減少しています。

 米国人の鉄欠乏性貧血の有病率は年齢と性別により20年の間に10.5~106%増加していました。鉄欠乏性貧血に関連する年齢調整死亡率は、20年間で10万人あたり約0.04人から約0.08人に上昇していました。一方、鉄欠乏性貧血以外の貧血(例えば再生不良性貧血)を含む全貧血による死亡は25%以上低下していました。

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 要するに、貧血で亡くなる人は減っているのに鉄欠乏性貧血だけは例外。そして米国人が鉄を摂らなくなった原因は2つあって、1つは食品に含まれる鉄分が減少していること、もうひとつが牛肉を食べなくなったこと、というわけです。

 私が鉄欠乏性貧血の患者さんによく言うのが「血のしたたるステーキを食べましょう」です。正確にはあの赤い「血のようなもの」は血液ではなく、牛の筋肉を構成するミオグロビンと呼ばれる蛋白質なのですが、この蛋白質にたっぷりの鉄分が含まれているのです。

 一方、米国人の間でも摂取量が増えている鶏肉はあまりミオグロビンを含まず、結果として鉄分があまり取れません。ダイエット目的で牛肉より鶏肉と考える人が少なくないようですが、貧血予防には「血のしたたるステーキ」が一番です。

参照:HealthyDayNews 2021年8月4日「食生活の変化は大勢のアメリカ人の貧血を意味する (Changing Diets Mean More Americans Are Anemic Now)

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2021年9月2日 木曜日

2021年9月2日 コロナワクチン、心筋炎のリスクにはなるけれど……

 最近、コロナワクチンの副作用の質問で多いのが「心筋炎」です。

 日本では中日ドラゴンズの木下雄介投手が7月上旬にコロナワクチン接種後(メーカーは不明)にハードなトレーニング中に倒れ意識を失い大学病院に搬送されたものの8月3日に死亡したと報じられています。

  香港の英字新聞「South China Morning Post」2021年7月5日号によると、シンガポールの16歳の男子が、ファイザー製のワクチン接種6日後にジムで激しいトレーニングをした直後に心停止を起こしました。

 報道からは2人とも死因ははっきりしませんが、若くて健康な男性が激しいトレーニングのさなかに倒れたわけですから、まずは心疾患が疑われます。一般に、心臓の疾患は、中年以降であれば心筋梗塞、心不全、心筋症などが考えられますが、健康な若者が突然倒れた場合は不整脈か心筋炎、心膜炎などが疑われます。

 そして実際、ファイザー製のコロナワクチン接種後の心筋炎のリスクは確実にありそうです。

 医学誌「The New England Journal of Medicine」2021年8月25日号に掲載された論文「ファイザー社製コロナワクチンの安全性に関する全国調査(Safety of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Setting)」によると、イスラエルでの全国規模の調査では、(ファイザー製)ワクチン接種による心筋炎のリスクが3.24倍に上昇し、これは人口10万人につき2.7人が発症することになります。

 ただし、この論文によると、ワクチンをうたずに新型コロナに感染すると、心筋炎を発症するリスクは18倍以上、10万人あたり11人が発症します。よって、ワクチンをうって起こり得る心筋炎のリスクよりも、感染して心筋炎を発症するリスクの方がずっと高いということになります。

 もちろん、一番いいのはワクチンもうたずに新型コロナにもかからずに、そして心筋炎も発症しないことです。心筋炎の原因として圧倒的に多いのはウイルス性です。様々なウイルスが心筋炎の原因となりますが、最も多いのはコクサッキーウイルスのB群と呼ばれるグループです。他には、コクサッキーウイルスのA群、インフルエンザウイルス、HIV、エコーウイルスなども原因となります。そして、おそらく来年あたりの教科書には心筋炎の原因ウイルスのひとつに新型コロナウイルスも付記されるでしょう。

 心筋炎の観点からワクチンをうつべきか否かを考えてみましょう。もしも新型コロナにかかれば、かかっていない人に比べて心筋炎を発症するリスクが18倍にもなります。とはいえ、10万人あたり11人ですからさほど多いわけではありません。新型コロナに罹患した人10万人を集めて11人(≒1万人に1人)ですから、気にしないという人もいるでしょう。

 一方、ワクチンでのリスクは10万人あたり2.7人で、1万人あたり0.3人と考えるとやはりそんなに多いわけではありません。大切なのは、接種直後に激しい運動をすればリスクが上がるということです。木下投手の報道からは何日後に発症したのかよく分かりませんが、シンガポールの男子は6日後と報道されています。ということは、やはりワクチン接種後1週間はジム(フィットネスクラブ)での激しい運動は避けるべきだ、ということになります。

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