医療ニュース

2015年6月5日 金曜日

2015年6月6日 フェイスブックで「うつ」になる理由とは

 フェイスブックのサービスが「うつ」を誘発する・・・

 このようなユニークな研究が医学誌『Journal of Social and Clinical Psychology』に掲載されました(注1)。

 なぜ、フェイスブックでうつになるのでしょうか。論文のタイトルがその答えを物語っています。そのタイトルとは、「Seeing Everyone Else’s Highlight Reels: How Facebook Usage is Linked to Depressive Symptoms」、日本語にすると「フェイスブックでうつ状態になるのは他人のいいところを見るから」くらいになるでしょうか。

 ここで興味深いのが、「他人」という表現が「someone else」でなく「everyone else」が使われていることです。おそらく、フェイスブックで他人の情報をみていると、自分以外の「他人全員」に何やら素敵なことが次々と起こり、自分だけが取り残されているという感覚になることを差しているのでしょう。

 Highlight reelsという表現も、ワクワクすること、ドキドキすること、素敵なことなどが、あたかも釣り糸に次々とかかってくるようなイメージを伴います。

 この論文の執筆者は米国ヒューストン大学のMai-Ly Steers氏です。氏は、研究によりうつ状態とフェイスブックの長時間の利用に相関があるとしています。その理由として、通常なら知ることのできなかったプライベートな情報が入ってくることで他人と自分を比較する機会が増える、といったことを指摘しています。

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 この研究についてはヒューストン大学のホームページでも別の学者(著者の指導者でしょうか)により紹介されており、こちらの方がオリジナルの論文を読むよりもわかりやすくまとめられています(注2)。

 私自身はフェイスブックをしていませんが、している友達に少し見せてもらったことが何度かあります。きれいな写真と共に近況報告がなされているわけですが、この論文を読んだときに、そういえば自慢話のようなものが多いな、ということを思い出しました。実際、この論文の著者も、フェイスブックへの投稿は悪いことは取り上げずに良いことを選択する傾向にある、といったことを述べています。

 他人の近況なんか無視すればいいんじゃないの?、と私などは思ってしまいますが、たしかに他人の行動が気になって仕方がない、他人と比較せずにはいられない、という人が多いのは事実です(注3)。私はこのような性格の者は、アメリカ人よりも日本人に多いのではないかと思っていたのですが、この研究はアメリカでおこなわれたものです。日本ではアメリカ以上に、「フェイスブックで他人と比較してうつ状態」が多いのではないでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Seeing Everyone Else’s Highlight Reels: How Facebook Usage is Linked to Depressive Symptoms」で、下記URLで全文(PDF)を読むことができます。

http://guilfordjournals.com/doi/pdf/10.1521/jscp.2014.33.8.701

注2:このニュースのタイトルは「UH Study Links Facebook Use to Depressive Symptoms」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.uh.edu/news-events/stories/2015/April/040415FaceookStudy

注3:他人のことを気にしない、という考えに興味のある方は下記コラムも参照ください。

マンスリーレポート2015年3月号「競争しない、という生き方」

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2015年6月5日 金曜日

2015年6月5日 12歳アイドル、ヘリウム吸引意識障害報道の”誤解”

 テレビ番組の収録中に、12歳のアイドルが声が変わるヘリウムガス入りスプレーを吸い込んで意識消失で救急搬送された、という事件が数ヶ月前にありました。

 2015年5月22日、日本小児科学会は事故の発生状況や治療経過をまとめ、同学会のウェブサイトに掲載しました(注1)。

 これを受けて、一般のマスコミやネット上でもこのことが話題になっているようですが、どうも問題点がずれているように思えてなりません。この”ズレ”をここで指摘したいと思いますが、まずは事故(事件)の経過を振り返ってみましょう。

 2015年1月28日、12歳の女子アイドルは、ヘリウムガス入りのスプレー缶(ヘリウム80%、酸素20%)を吸入しました。アイドルは吸引後に右手を震わせその後後方に倒れ、後頭部強打により痙攣(けいれん)を起こしたそうです。救急車が到着した頃には意識障害と低酸素血症が出現しており、搬送先の病院ではICU(集中治療室)に入ったようです。精査の結果、意識障害は「脳空気塞栓症」といって脳の血管に空気が入り込んだことが原因であることが判明しました。2015年2月5日の時点では、高次脳機能障害を残す可能性が指摘されています。

 この事件の報道をみていると、目に付くのが「ヘリウムが危険」という主張です。一部の報道では(小児用でなく)成人用のスプレー缶が使用されたことが問題だとされています。

 しかし「ヘリウムが危険」というのは誤解です。ヘリウムは空気より軽いことから風船を膨らませるときに用いられていますがヘリウム自体に有毒性はほとんどありません。

 ここでややこしいのは、たしかにヘリウムが「自殺」に使われることがあるからです。ただし、ヘリウムで自殺できるのは、ヘリウムに毒性があるからではなく、頭からビニール袋をかぶってヘリウムをその袋に送り続ければ低酸素状態になるからです。低酸素が進行すると意識混濁となり、やがて死に至ります。

 日本ではあまり報じられませんが(あえて報道していないのかもしれませんが)、海外では、ホテルにヘリウムガスを持ちこんで自殺した、というニュースがときどき報道されています。例えば2014年10月にはチェンマイのホテルでイギリス人の62歳の男性旅行客がこの方法で自殺したことがタイの現地新聞で報道されました。

 ですから、「ヘリウム=自殺のツール」「12歳の少女がヘリウムで意識消失」とくれば、「ヘリウム=危険」と考えてしまうのも無理もないかもしれません。しかしこれは正確ではありません。

 精査の結果、脳空気塞栓症が確認されたということは、スプレー缶を吸うときに強く吸い込み過ぎたことが原因です。つまり、スプレーの中身がただの空気であったとしても同様のことは起こりうるのです。

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 実は私がこの事件を初めて知ったのは日本のマスコミではなく、タイの英字新聞『The Nation』です(注2)。記事のタイトルは「日本のテレビ番組でヘリウム吸入後に子供の歌手(child singer)が意識消失(coma)」とされています。

 この記事を読んで私が最も驚いたのは、記者は完全に日本のテレビをバカにしているということです。その部分を日本語訳してみると次のようになります。

 日本のテレビ番組のサイケデリックな幼稚な世界では、ほとんどがたいして才能のない有名人たちが危険で恥辱的なことで競っている・・・。

 サイケデリックという単語は、芸術を語るときにはいい意味で使われることが多いですが、ここでは否定的な使い方をされています。また、この記事では2012年に日本のタレントがプールに飛び込んで背中を骨折した事故が引き合いに出されています。

 これは極めて私的な意見ですが、私が個人的に付き合いのあるタイ人はほぼ全員が日本人を尊敬してくれています。日本製品の素晴らしさや日本人の勤勉さを称賛するだけでなく、多くのタイ人は日本のアニメが大好きで日本の文化にも一目を置いてくれています。日本で桜と雪を見るのが夢、という話をこれまでどれだけ聞いたことか・・・。

 そのタイの新聞で、日本のテレビ番組が蔑まれていることが私には大変複雑です。

 日本のマスコミはこの番組をつくった制作会社を非難するのではなく、自分たちがつくっている番組も海外から卑下されるようなものではないかどうか今一度見直してもらいたいと思います。

注1:日本小児科学会の発表は下記URLで全文を読むことができます。

http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0053.pdf

注2:『The Nation』のこの記事は下記URLで全文を読むことができます。

http://www.nationmultimedia.com/breakingnews/Child-singer-in-coma-after-inhaling-helium-on-Japa-30253469.html

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2015年5月29日 金曜日

5月29日 座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?

 なぜか日本のマスコミはあまり報道しませんが、海外(特にアメリカ)ではここ数年、「座りっぱなし」のリスクがよく取り上げられています。以前にも紹介しましたが(下記「メディカル・エッセイ参照)、「座りっぱなし」の生活は、高血圧や糖尿病のリスクを上げ、死亡率も上昇させることが指摘されています。

 しかもやっかいなことに、この「座りっぱなし」のリスクは、定期的な運動をしていても下がるわけではなく、その運動の健康へのベネフィットを帳消しにするとされているのです。(もっとも、運動をすることにより座りっぱなしのリスクを軽減するという研究もあります。下記「医療ニュース」を参照ください)

 歩行など軽度な活動を1時間に2分間おこなうと「座りっぱなし」のリスクが解消される・・・

 このような研究結果が医学誌『Clinical Journal of the American Society of Nephrology』2015年4月号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 米国ユタ大学の研究者によっておこなわれたこの調査は、3,623人(うち383人は慢性腎臓病)を対象としています。

 分析した結果、ただ単に立っているだけでは効果がないものの、激しい運動をしなくても、歩行などの軽度の運動を1時間に2分間おこなうと座りっぱなしのリスクを軽減できることが判ったそうです。

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 1時間にわずか2分でいいなら、仕事中に少し遠回りしてトイレに行くとか、別の部署に行くのに階段を使うとか、そういった工夫でできそうです。

 しかし、この研究は、1時間に2分の歩行で「十分」と言っているわけではありません。定期的な運動が必要であることは自明ですし、また、この研究がすべてではありません。

「座りっぱなし」については、どれだけ座れば何がどれだけのリスクなのかということは不明な点が多いですし、また運動をしてもリスクは下がらないのか、ある程度は下がるのか、下がるとすればどの疾患がどの程度下がるのかについてなどよく分からないことが多いと言えます。また、被験者に長時間何日間も座りっぱなしを維持させるのも困難でしょうから、大規模比較試験をおこなうというのも現実的ではありません。

 現時点で言えることは、日々定期的な運動をおこなうこと(毎日が望ましいですが、週あたりで考えてもいいと思います)、できるだけ座りっぱなしを避けて休憩をこまめにとる、ということでしょう。

 可能なら、立ったまま仕事ができれば尚いいと思います。アメリカの映画に出てくるような、ノートパソコンが置かれたバーカウンターだけがあって従来の机や椅子がないようなオフィスが望ましいのかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Light-Intensity Physical Activities and Mortality in the United States General Population and CKD Subpopulation」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://cjasn.asnjournals.org/content/early/2015/04/29/CJN.08410814.abstract?sid=1a7f9a7c-7677-49d5-afcd-51bb8b8a561a

参照:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース(2014年8月22日)「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」

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2015年5月15日 金曜日

2015年5月15日 リベリア、エボラは終息するもコンドームは永遠に

  2015年5月9日、WHO(世界保健機関)はリベリアにおけるエボラ出血熱流行の終息を宣言しました。同国では今回の流行で合計10,564人が感染し、そのうち4,716人が死亡しています。3月27日に最後の感染者が死亡し、その後42日間が経過しても新たな感染者の報告がなかったために終息したと判断されました。

 このリベリアの終息宣言については外務省のウェブサイトにも掲載されていますし、マスコミでも報道されました。しかし、日本のマスコミはほとんど報じていないものの、このリベリアでの<最後の死亡者>で注目すべきことがあります。

 2015年3月28日の『New York Times』によると、リベリア政府は、エボラ出血熱ウイルスに感染して治癒した男性全員が性交渉においてコンドームを「永遠に」着用しなければならない、という通達を出したのです(注1)。(「永遠に」は原文ではIndefinitelyです)

 同紙によると、リベリアで3月27日に死亡したのは44歳の女性で、診断がついたのは3月19日です。エボラ出血熱ウイルスの潜伏期間は最長21日であり、感染したのは2月26日以降ということになります。感染源はパートナーからとしか考えられず、そのパートナー(男性)はそこからみて3ヶ月前に「完治」しています。

 研究者は、このパートナーの男性の精液を分析しウイルスを検出したようです。ウイルスは精液のなかではかなり長期で生息することが判り、リベリア政府は「永遠に」コンドームを使用することを義務づけたのです。

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 エボラ出血熱ウイルスの感染力は強く、世界中から支援に集まった複数の医療者も治療行為を通して感染しています。

 2015年5月10日には、イタリアの人道支援のNGOに所属しているイタリア人男性がエボラ出血熱を発症し現在入院治療を受けているそうです。この男性も回復後「永遠に」コンドームを装着しなければならない、ということになるでしょう。精液からウイルスを完全に除去する技術が確立されない限りは、この男性は生涯出産を諦めなければならなくなります。

注1:『New York Times』のこの記事のタイトルは「Liberia Recommends Ebola Survivors Practice Safe Sex Indefinitely」で、下記URLで読むことができます。
http://www.nytimes.com/2015/03/29/world/africa/indefinite-safe-sex-urged-for-liberia-ebola-survivors.html?_r=0

参考:はやりの病気第132回(2014年8月)「エボラ出血熱の謎」

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2015年5月9日 土曜日

2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに

 「はやりの病気」第137回(2015年1月)で紹介したように、「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれる疾患がアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツの選手に生じ、うつ病、アルツハイマー病など精神疾患を発症、さらには自殺にまでいたる例が相次いでいる、という話を紹介しました。

 アメリカの報道によれば、2013年8月時点でNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に対する「脳振盪訴訟」の原告となった元プレイヤーは約4,500人、賠償総額約7億6,500万ドルで和解成立、とされていましたが、これからさらに動きがあったようです。

 2015年4月22日、NFLが総額10億ドル(約1,200億円)を支払うことで和解した、という記事が「The New York Times」により報道されました。

 この記事によれば現在原告は5千人以上とされており、2013年の時点よりも増加しています。脳振盪が原因で引退した選手は2万人いるとする説もあり、今後も原告が増える可能性もあるとみられています。

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 一部の報道では、今後このような訴訟がアメリカンフットボールだけでなく、NHL(ナショナル・アイスホッケー・リーグ)などにも及ぶであろうとされています。

 下記「はやりの病気」でも述べましたが、脳振盪後にCTEを発症し、うつ病、アルツハイマー病などに苦しんでいる元選手は、野球選手や格闘技の選手にもいます。

 今のところ、日本ではこのことを詳しく取り上げているメディアは見当たりませんし、(なぜか)医師の間でもあまり取り上げられないのですが、私自身はそれぞれのスポーツがどの程度の危険性があるのかをきちんと検証すべき、それも可及的速やかに検証し公表すべき、と考えています。

 オバマ大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言しているのです。

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参考:はやりの病気第137回「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」

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2015年5月9日 土曜日

2015年5月8日 バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスク

   ゴールデンウィークにタイを訪れた人も少なくないと思いますが、動物に咬まれるということはなかったでしょうか。タイの英字新聞『The Nation』2015年4月23日(オンライン版)に興味深い記事が掲載されました(注1)。バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスクがあるという報告が当局よりおこなわれたのです。

 記事によりますと、現在バンコクには60万匹の飼い犬がいて、さらに約10万匹の野良犬が生息しているそうです。

 当局は、WHOが2020年までに狂犬病を撲滅することを目標としていることを引き合いに出し、犬や猫を飼っている人はワクチン接種をさせるように呼びかけています。

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 タイは一時期日本からの渡航者が減少しましたが、最近は再び増加に転じており、2015年1~3月は、毎月12万人前後の日本人が訪タイしています。(前年同月でみると2月は32%の増加、3月は16%の増加です)

 タイに一度でも行ったことのある人なら分かると思いますが、道ばたに犬がだらしなくねそべっている光景はとても印象的です。日本では、犬といえば几帳面で働き者というイメージがありますが、タイではだらしない生き物の代表のように思えます。(これを日本人とタイ人の国民性になぞらえて語る人は少なくありません。タイ人には失礼ですが・・・)

 その昼間はだらしなく寝そべっている犬たちは夜になると豹変します。私は以前、バンコク近郊のある県で車に乗っているときに大型の犬3匹に囲まれ吠えられたことがあります。このときは車の中にいましたから咬まれる可能性はなかったわけですが、それでもいくらかの恐怖を覚え、そして昼間のだらしなさとのギャップに驚かされました。

 飼い犬の4割に狂犬病のリスクがあるということは、野良犬の場合は、ほとんどがウイルスを持っていると考えて行動すべきでしょう。

 もちろん狂犬病に気をつけなければならないのはタイだけではありません。日本、英国、豪州以外のほとんどの国ではリスクがあります。海外渡航の前に(可能なら)ワクチン接種をしておくべきです。ワクチンをうっていない場合は、充分動物に気をつけて、もしも咬まれた場合は速やかに医療機関を受診しなければなりません。

注1:この記事のタイトルは「Bangkok pet owners warned of rabies danger」で、下記URLで本文を読むことができます。
http://www.nationmultimedia.com/national/Bangkok-pet-owners-warned-of-rabies-danger-30258549.html

参考:
はやりの病気第130回(2014年6月)「渡航者は狂犬病のワクチンを」
はやりの病気第40回(2006年12月)「狂犬病」
医療ニュース2015年4月27日「バリ島の狂犬病対策の是非」

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2015年4月28日 火曜日

2015年4月28日 糖尿病は不眠の原因、まず早起きを

  不眠が生活の質を低下させ生活習慣病の原因にもなる、ということは過去に述べたことがあります。(下記「はやりの病気」を参照ください) 今回ご紹介したいのはその逆で、「糖尿病が悪化すると不眠になる」とするものです。医学誌『PLOS ONE』2015年4月14日号(オンライン版)に掲載された研究(注1)で、大阪市立大学が実施しています。

 大阪市立大学医学部附属病院に糖尿病で入院した63人の脳波を測定したところ、血糖値が悪化すればするほど良質な睡眠がとれないことが判ったそうです。また、良質な睡眠がとれていない被検者では、早朝の血圧が高い傾向にあることも判ったそうです。

 睡眠と糖尿病の関係で興味深い研究が韓国から報告されましたのでそちらも紹介したいと思います。

 医学誌『The Journal of clinical endocrinology and metabolism』2015年4月1日号(オンライン版)(注2)によりますと、睡眠時間が同じであるとき、「夜更かし型」の人は「早起き型」の人よりも糖尿病やその他生活習慣病を発症しやすいそうです。

 この研究は、47~59歳の韓国人約1,000人が対象とされています。「夜更かし型」の人は体脂肪率が高くメタボリックシンドロームに罹患しやすいことが判ったそうです。また、興味深いことに、「夜更かし型」の人は、脂肪率が上昇するのみならず、筋肉量も減少することが判ったようです。

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 良質な睡眠がとれなくなれば、血圧も上昇し、さらに血糖コントロールも悪くなるはずです。つまり、血糖コントロール不良 → 不眠 → さらに血糖値上昇+他の生活習慣病のリスク上昇、と悪循環になるわけです。

 大阪市立大学の研究から言えることは、糖尿病の人は不眠も治しましょう、ということになるわけですが、単に、では睡眠薬を飲みましょう、で解決するわけではありません。

 まず、不眠の原因は何と何なのか、それぞれの原因に対して(薬を使わずに)対処できることはないのか、生活習慣の何を改めればいいのか、などを個別に検討していく必要があります。これらは、医師が診察をしてすぐに答えが見つかるわけではありません。患者さん自身が日頃から不眠について考える必要があると言えるでしょう。

 韓国の研究と合わせて考えれば、日頃から、早起きの習慣を身につけるのが賢明といえます。仕事の内容などから、どうしても夜更かし型にならざるを得ないという人もいますが(特に「物書き」の人はこのパターンが多い)、可能な限り、早起き型にシフトすべきと私は考えています。以前にも述べましたが、私が提唱している健康を維持するためにおこなうべき「3つのenjoy」のひとつが「Early-morning waking up」、つまり「早起き」です。これは「早寝・早起き」ではなく「早起き・早寝」です。(下記2つのコラムも参照ください)

注1:この論文のタイトルは「Association between Poor Glycemic Control, Impaired Sleep Quality, and Increased Arterial Thickening in Type 2 Diabetic Patients」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0122521

注2:この論文のタイトルは「Evening chronotype is associated with metabolic disorders and body composition in middle-aged adults.」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://press.endocrine.org/doi/pdf/10.1210/jc.2014-3754

参考:
はやりの病気第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

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2015年4月27日 月曜日

2015年4月27日 バリ島の狂犬病対策の是非

  現在バリ島では犬をめぐっての議論が白熱しているようです。

 きっかけは2015年1月27日、10歳のオーストラリアの女子が一匹の犬に噛まれたことです。幸いなことにこの犬は地元の動物保護団体が狂犬病ワクチンを事前に接種しており、この少女は軽い怪我を負っただけで大事には至りませんでした。

 しかし、この事故の2日後にバリ州の知事が「野良犬をすべて殺す」との発言をメディアの前でおこないこれが物議を醸しています(注1)。

 バリ島にはおよそ50万匹の野良犬がいると試算されています。

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 少女は助かったわけですし、少女に噛みついた犬も狂犬病ワクチンを接種していたのになぜ?、と感じますが、知事がこのような発言をおこなったのには理由があります。

 狂犬病はバリ島では以前から問題になっていましたが、近年は特に顕著で2008年以降でみると150人以上が狂犬病で死亡しています(注2)。外国人が犬に噛まれる事例も相次いでいるようです。知事の立場からすると、「観光」が税収の大部分を住めるバリ島で、観光客が遠ざかることを避けたかったのでしょう。

 しかし、50万匹もの野良犬を一掃せよ、となれば当然世界中の動物保護団体から反対意見が出ますし、ヒンドゥー教徒や仏教徒はイヌを大切にしますから地元の一般人からも批判されているようです。(インドネシアで最大多数の宗教はイスラム教で、イスラム教徒は犬を嫌いますが、バリ島ではヒンドゥー教徒と仏教徒が大部分を占めます)

 ゴールデンウィークにバリ島に旅行に出かけるという人も少なくないと思います。狂犬病ワクチンを接種していない人は、現地では動物に咬まれないように注意して(狂犬病ウイルスを持っているのは犬だけではありません)、もしも咬まれたら直ちに現地の医療機関を受診するようにしてください。(狂犬病ワクチンは感染してからでも効果が期待できます)

 尚、個人的な体験を付記しておくと、私はアジアのある島で早朝にジョギングをしているときに野良犬に囲まれて大変恐い思いをした経験があります。島でジョギングするときはたいてい海沿いを走るのですが、その日私は山道を走っていました。犬の鳴き声が聞こえてきた1~2分後には5~6匹の犬に囲まれてしまっていました。手に持ち替えたバックパックで比較的身体の小さな犬を振り払いながらそこを抜けだし全速力で疾走し事なきをえましたが、100メートル以上も複数の野良犬に追いかけられているときは本当に恐怖でした。私は狂犬病ワクチンを接種していますが、もしも接種していなかったらあの恐怖は何倍にもなっていたに違いありません。

 狂犬病ワクチンを接種している人も野良犬がいそうなところには近づかないのが賢明です。

注1:『The New York Times』が報道しています。記事のタイトルは「Beach Dogs, a Bitten Girl and a Roiling Debate in Bali」で、下記URLで記事が読めます。野良犬を捕獲している写真も掲載されています。
http://www.nytimes.com/2015/03/05/world/beach-dogs-a-bitten-girl-and-a-roiling-debate-in-bali.html?_r=0

注2:財デンパサール日本国総領事館のウェブサイトに記載があります。下記URLを参照ください。
http://www.denpasar.id.emb-japan.go.jp/japan/04_02safe.html

また、下記は同領事館の「安全対策情報等:2015年4月」です。狂犬病についての記載もあります。
http://bali.vc/press/201504

参考:はやりの病気第130回(2014年6月)「渡航者は狂犬病のワクチンを」

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2015年4月6日 月曜日

2015年4月6日 スタチンは糖尿病のリスク、使うならプラバスタチン

  日本ではなぜかあまり話題になりませんが、数年前からスタチンが糖尿病のリスクになることが頻繁に指摘されています。スタチンというのはコレステロールを下げる薬で、(おしなべて言えば)副作用も少なく長期使用ができて、(後発品を使えば)費用もさほどかからず、例えばイギリスでは治療薬ではなく予防薬としても用いられているくらいですから、世界で最も使われている薬のひとつです。(ちなみに、スタチンを発見したのは日本人の遠藤章博士です)

 コレステロールを下げるのは動脈硬化を予防するためであり、動脈硬化は心筋梗塞や脳梗塞など「死に至る病」または「寝たきりになる病」の原因です。しかし、コレステロールをスタチンで下げることに成功したとしても、そのスタチンで糖尿病のリスクが上昇するなら結局動脈硬化のリスクを下げることができないのでは?ということになります。

 スタチン療法を受けていた人では受けていなかった人に比べて2型糖尿病を発症するリスクが46%も上昇することが分かった・・・。

 これは医学誌『Diabetologia』2015年3月10日号(オンライン版)(注1)に掲載された研究結果です。

 研究では、糖尿病を患っていないフィンランドの男性約9,000人(45~73歳)をおよそ6年間追跡し、スタチン服用と糖尿病発症の関連について分析されています。対象患者の4人に1人が調査開始時にスタチンを服用しており、調査期間中に625人の(2型)糖尿病の発症が確認されています。

 分析の結果、スタチン服用者は非服用者に比べると、糖尿病の発症リスクが46%も高いことが分かったそうです。(喫煙や肥満など)他の危険因子(リスク)を調整しての結果です。

 スタチン服用者では非服用者に比べて、インスリン感受性が24%、インスリン分泌が12%低下することも分かった、と述べられています。

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 スタチンがなぜ糖尿病のリスクになるのか、はっきりとしたことは分かっていませんでしたが、in vitroの(研究室での)実験ではスタチンによりインスリン分泌が低下することは報告されていました。今回の研究で、スタチンがインスリンの感受性を低下させ(インスリンが効きにくくなるということ)、インスリンの分泌を低下させる、ということがほぼ間違いないように思えます。しかもこの研究は約9,000人と大人数を対象としていますから信憑性は高いと言えます。(もっとも、対象は白人男性だけですから、性差や人種差がある可能性はあります)

 さて、ではコレステロールを下げる薬は何を使えばいいのでしょうか。スタチン以外にもコレステロールを下げることのできる薬はありますが、スタチン以外の薬では、費用が高くつく、効果が不充分、薬によっては毎回水に溶かねばならない、など欠点が目立ちます。

 ではどうすればいいのでしょう。実はスタチンの糖尿病のリスクは「スタチンの種類」で異なります。スコットランドの大規模研究(West of Scotland Coronary Prevention Study)では、プラバスタチン使用で糖尿病のリスクがなんと30%も下がる!という結果が出ています。他の研究でも、プラバスタチンに関しては、糖尿病のリスクはさほど大きくないという結果が出ています。また、プラバスタチンは糖尿病リスク以外の他のリスク、例えば肝機能障害などのリスクが低いことも指摘されています。

 プラバスタチンが有利な理由はまだあります。ほとんどのスタチンはグレープフルーツとの相性が悪いのですが、プラバスタチンについてはグレープフルーツの影響をほとんど受けないことが分かっています。他の食べ物でも制限されるものはありません。

 日本では合計6種のスタチンがあり、そのうちの1つだけを「ベタ褒め」するのには少し気が引けますが、これだけのデータがそろえば仕方ありません。太融寺町谷口医院の患者さんのスタチン処方の95%以上はプラバスタチンです(注2)。

注1:この論文のタイトルは、「Increased risk of diabetes with statin treatments associated with impaired insulin sensitivity and insulin secretion: a 6 year follow-up study of the METSIM cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00125-015-3528-5

注2:先発品のスタチンを発売している製薬会社は合計6社あります。プラバスタチンは商品名は「メバロチン」で第一三共が発売しています。他の5種をあげておくと、シンバスタチン(商品名「リポバス」MSD社)、フルバスタチン(商品名「ローコール」ノバルティス社)、アトルバスタチン(商品名「リピトール」アステラス社)、ピタバスタチン(商品名「リバロ」興和)、ロスバスタチン(商品名「クレストール」アストラゼネカ社)です。

では、なぜここまで有利なデータがそろっているのにもかかわらず、プラバスタチンの製薬会社(第一三共)は積極的なPRをしないのでしょうか。私の印象で言えば(そして他の医師も同じように感じているはずです)、現在積極的にスタチンをPRしているのはアストラゼネカ社だけです。この最大の理由は同社のスタチン「クレストール」には後発品(ジェネリック薬品)がないからでしょう。他の5種はいずれも後発品が発売されているために先発品のメーカーはそれほどPRに力を入れていないのではないでしょうか。

ならば、後発品のメーカーが積極的にPRをすればいいではないか、と思われますが、一般に後発品のメーカーは、薬価が安いこともあり元々PRにあまり費用をかけません。

結果としてプラバスタチンのように「安くて安全で効果の高い薬」が目立たなくなっているのです。

参考:メディカルエッセイ第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年4月3日 金曜日

2015年4月3日 ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定

  長い間「麻疹(はしか)の輸出国」と揶揄されていた我が国も、ようやくWHO(世界保健機関)から排除の認定を受けました。WHOが2015年3月27日に正式に発表しています(注1)。厚生労働省はこれを受け、同日に国内に発表しました(注2)。

 WHOの発表によると、今回アジアで麻疹排除を認定されたのは、日本、ブルネイ、カンボジアの三国で、いずれの国でもワクチン接種が適切に実施されたことが排除に至った理由であるということが述べられています。

 厚労省の発表では、日本由来の麻疹ウイルスは2010年5月を最後に、それ以降は検出されていないそうです。それ以降に発症した例はすべて海外から日本に持ち込まれたケースだったようです。

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 ちなみに韓国ではすでに2006年に排除認定を受けています。その翌年の2007年に日本で流行し、アメリカやカナダに日本人が持ち込んだ例が立て続けに報告され、「日本は大丈夫なのか・・・」と世界中から心配されましたが、ようやく日本も感染症後進国から少し抜けられそうになってきました。

 豊かなブルネイはともかく、カンボジアに行ったことのある人なら、カンボジアの医療レベルと日本が同じ、とされるのに違和感を覚えることでしょう。もちろん、医療全体でみたときには日本とカンボジアが同レベルというわけではありません。しかし、感染症、とりわけ感染症の(治療ではなく)予防に関していえば、同じレベルと言わざるを得ません。

 では、日本の麻疹対策はこれで充分かと言えばそういうわけではありません。日本人の成人の麻疹抗体を測定すると陰性の人が少なくない、というか太融寺町谷口医院の例でいえば、20代後半から30代でみれば抗体ができている人の方が少数派なのです。ということは、日本にやってきた外国人(たとえば中国やフィリピンではまだ排除が認定されていません)が日本で蔓延させる、という可能性は充分にあります。

 以前も述べましたが、日本では「麻疹にかかったようなもの」という慣用句があり、これは麻疹が単なる風邪のような一過性の軽い疾患のような意味で使われています。しかし麻疹は実際には死亡例もありますし、重篤な後遺症を残す脳炎につながることもあります。

 まだワクチンを接種していない人、抗体形成の確認をしていない人は早めに確認しておいた方がいいでしょう。

注1:WHOのこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.wpro.who.int/mediacentre/releases/2015/20150327/en/

注2:厚生労働省のこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/img-327100220.pdf

参考:
トップページ:「風疹・麻疹(はしか)」
医療ニュース2014年3月3日「麻疹(はしか)が増加中」
はやりの病気
第46回(2007年6月)「はしかの予防接種率はなぜ低いのか」
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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