医療ニュース
2016年1月29日 金曜日
2016年1月28日 夜勤あけは交通事故を起こしやすい
夜勤が肥満や生活習慣病のリスクになるということは過去にも述べました(下記「医療ニュース」参照)。今回は、夜勤勤務者が交通事故に遭遇しやすいという研究を紹介したいと思います。
医学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』2015年12月22日号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。
研究の対象者は夜勤勤務の16人です。閉鎖されたコースで2時間の運転テストが2回行われています。1回目のテストは、夜勤をせずに平均7.6時間の睡眠をとった後に実施され、2回目のテストは夜勤あけにおこなわれています。
結果、夜勤あけの運転テストでは、37.5%が急ブレーキを使用し、43.8%が運転テストを続けることができずテストを中断しています。また、運転能力の低下は、運転開始から15分以内に出現していたようです。
米国では労働者の15%に相当する950万人以上が夜勤勤務に従事しており、居眠り運転は交通事故死の21%を占め、重大な障害事故の13%に関連しているそうです。
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以前から何度も述べているように、最も健康的なライフスタイルは「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということです。夜勤の有害性はこれからも報告が相次ぐでしょう。しかし、夜勤は誰かがやらねばならないわけです。日本では、高齢者が「他に仕事がない」という理由で、シフト勤務のガードマンやメンテナンスの仕事をおこなっている人が少なくありませんが、健康リスクの高い高齢者にこのような仕事をやってもらっていいのか、一度社会全体で考えてみるべきだと思います。
注1:この論文のタイトルは「High risk of near-crash driving events following night-shift work」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.pnas.org/content/113/1/176.full?sid=7c894e9b-bb67-472b-b8e3-5078982453c2
参考:
メディカルエッセイ第128回(2013年8月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
医療ニュース2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
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|2016年1月9日 土曜日
2016年1月9日 妊婦のダイエットで子供が脂肪肝
無理なダイエットなどでやせている妊婦から生まれてくる子供は脂肪肝になりやすいことが以前から指摘されていました。このメカニズムを分子レベルで解明し、さらに改善させる方法についても言及している論文が医学誌『Scientific Reports』2015年11月19日(オンライン版)に掲載されました(注1)。日本人による研究です。
エサを40%少なくすることで栄養不良にした妊娠マウスから生まれた子供マウスの肝臓が調べられています。肝臓には、異状な形態をした役に立たないタンパク質が蓄積し、これを除去するために免疫をつかさどるマクロファージの一種が増え、結果として炎症が生じ脂肪肝となっているようです。
「シャペロン」という最近注目されている物質があります。これは、わかりやすく言えば、形状がおかしくなって本来の機能が発揮できなくなったタンパク質に働きかけ、おかしくなった形を元に戻してあげることのできる物質で、形が元に戻ったタンパク質は機能を取り戻すことができるのです。
今回の研究では、このシャペロンを脂肪肝の子供マウスに投与しています。結果、タンパク質が本来の機能を取り戻し、脂肪肝が大きく改善したそうです。
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シャペロン(chaperon)の元々の意味は「若い女性が社交界にデビューするときに付きそう年上の女性」のことです。形が崩れて正常の機能を無くしてしまったタンパク質(若い女性)に働きかけ元に戻すことができる(シャペロン)ことからこの名前が付けられたと言われています。
(ヒトの)若い妊婦さんから生まれた子供(もしくは妊婦)にシャペロンを投与すれば、脂肪肝が防げるのではないかという意見もあるようですが、シャペロンに過度の期待をするのは筋違いでしょう。
つまらない正論に聞こえるかもしれませんが、妊娠中こそ、過度なダイエットを避け、適正な体重を維持することに努めなければなりません。
注1:この論文のタイトルは「Undernourishment in utero Primes Hepatic Steatosis in Adult Mice Offspring on an Obesogenic Diet; Involvement of Endoplasmic Reticulum Stress」で、下記URLで概要を読むことができます。
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|2016年1月8日 金曜日
2016年1月8日 デング熱ワクチン、ついに実用化へ
2014年の東京での流行以来、デング熱に対する世間の関心は高まっており、最近は海外渡航前に診察室で相談される人も増えてきました。もちろんこれは好ましいことで、デング熱はマラリアと異なり、日中に人の多いプールサイドやビーチでも被害に遭いますから、我々医療者からみると、これまでの関心が低すぎた、というのが実情です。
デング熱は日本人がよく行くリゾート地、たとえばハワイやプーケットやバリ島などでも被害は少なくありません。水着になるときは日焼け止めの上からDEETの塗布が必要です。しかし、水に濡れる度に何度も塗り直すのはけっこう大変です。
デング熱は感染症ですからワクチンの登場が長年望まれていました。昨年(2015年)には医学誌『The New England Journal of Medicine』に開発中のワクチンに有効性があるとした論文(注1)が掲載され、秒読み段階に来ていました。
そして、ついに2015年12月9日、メキシコでこのワクチンが世界で初めて承認されました(注2)。さらに12月22日、ワクチン製造者のSanofiはフィリピンで(注3)、12月28日にはブラジルでも承認されたことを発表しました(注4)。
一方、デング熱で年間9万人以上の感染者と200人近くの死亡者を出しているインドでは、このワクチン導入に慎重な姿勢をみせています(注5)。有効性と安全性が充分に検証されていないのではないかとする意見があるようです。
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冒頭で述べたように、プールサイドやビーチでDEETを完璧に塗るというのは思いのほか困難です。有効で安全なワクチンがあれば接種を希望する人が大勢いるでしょうし、私自身も接種します。しかし、デング熱ウイルスを媒介するネッタイシマカ(やヒトスジシマカ)は、チクングニア熱ウイルスや最近注目されているジカ熱ウイルスも媒介します。そしてこれらに対してデング熱ワクチンは無効です。
ということは結局これまでと同様の蚊対策は必要ということになります。ワクチンではなく、蚊の発生自体を抑制する工夫が必要かもしれません。しかし仮に抑制できたとしても、今度は「生態系が乱れる」という問題が出てきます。なんとも悩ましいものです・・・。
注1:この論文のタイトルは「Efficacy and Long-Term Safety of a Dengue Vaccine in Regions of Endemic Disease」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1506223
注2:下記URLでメキシコでの承認の詳細が読めます。
注3:下記はフィリピンでの承認についてです。
注4:下記はブラジルについてです。
http://www.sanofipasteur.com/en/articles/Dengvaxia-First-Dengue-Vaccine-Approved-in-Brazil.aspx
注5:インドのオンライン新聞「The Indian Express」に「Dengue fever vaccine Dengvaxia: Hope but with caution」というタイトルで報道されています。下記URLを参照ください。
http://indianexpress.com/article/explained/dengvaxia-dengue-vaccine-delhi-health-deaths-india-fever/
参考:旅行医学・英文診断書 → 〇海外で感染しやすい感染症について → 3) その他蚊対策など
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|2015年12月26日 土曜日
2015年12月26日 コーヒーを飲んで長生き、自殺も予防!
否定的な研究がないわけではないものの、ここ数年コーヒーが健康に良いとする研究が相次いでおり、このサイトでも何度か紹介しています。今回も「コーヒーを飲めば長生きできる」とする研究です。
医学誌『Circulation』2015年11月16日号(オンライン版)に報告されています(注1)。
この研究は米国ハーバード大学公衆衛生学教室が、NIH(米国立衛生研究所)の資金援助を受けておこなったものです。対象者は、米国の医師や看護師など合計20万人以上の医療従事者で、調査期間は30年以上にも及びます。この間に約32,000人が死亡しています。
結果、調査開始時点で1日1~5杯のコーヒーを飲んでいた人は、死亡リスクが低く、病名でみてみると、心血管疾患、神経疾患(パーキンソン病など)による死亡が少なく、、また自殺も少ないという結果が出ています。
さらに喫煙を除外してコーヒー摂取量の検討をおこなうと、1日3~5杯のコーヒーを飲んでいる人は死亡リスクが0.85に低下(15%減少)し、5杯以上では0.88(12%減少)とされています。
なぜ死亡率が低下するかについて、はっきりとしたことは判っていませんが、コーヒーの抗酸化作用、抗炎症作用、血糖調節作用などが有力視されています。
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これまで発表された研究では、コーヒーは生活習慣病や悪性腫瘍のリスクを下げるとするものが多かったわけですが、全体の死亡率を下げ、さらに神経疾患や自殺のリスクも下げるとした今回の研究は特筆に値すべきと言えます。
コーヒーを飲んで自殺を予防しよう!と言ってしまうのは時期尚早でしょうが、自殺の多い我が国で自殺とコーヒーの大規模研究をおこなう価値はあるのではないでしょうか。
注1:この論文のタイトルは「Association of Coffee Consumption With Total and Cause-Specific Mortality in 3 Large Prospective Cohorts 」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/132/24/2305.abstract?sid=6b9e4651-d92d-4c5f-a5d3-a06d4be29d94
参考:
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
第30回(2006年4月)「コーヒー摂取で心筋梗塞!? 」
メディカルエッセイ
第105回(2011年10月)「お茶とコーヒーとチョコレート」
医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2014年8月22日「コーヒーで顔のシミも減少」
2014年6月30日「コーヒーで基底細胞癌のリスクが43%も減少」
2013年9月2日「コーヒーの飲み過ぎで死亡リスク増加?」
2013年4月18日「コーヒーでも緑茶でも脳卒中のリスク低減」
2013年1月8日「コーヒーで口腔ガン・咽頭ガンの死亡リスク低下」
2012年10月1日「コーヒーは消化管疾患と無関係」
2008年9月13日「子宮体癌の予防にコーヒーを」
2007年9月3日「コーヒーは肝臓癌のリスクを下げる」
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|2015年12月26日 土曜日
2015年12月25日 ブラジルで小頭症をきたすジカ熱がアウトブレイク
蚊が世界一恐ろしい生物であることは過去に紹介しました(注1)。最大の理由は蚊(ハマダラカ)がマラリアを媒介するからであり、マラリアは世界三大感染症のひとつで毎年50万人以上が死亡しています。しかし「蚊が媒介する死に至る病」はマラリアだけではなく、黄熱やウエストナイル熱、日本脳炎などは致死率が高い感染症ですし、デング熱やチクングニア熱もときに激しい症状に苦しめられます。
今年(2015年)後半になり、ブラジルでジカウイルス感染症が急増しています。ジカウイルスというのは生物学的にデング熱や日本脳炎の仲間のウイルスで、やはり蚊(ネッタイシマカ)が媒介します。
実は、2015年5月7日、汎米保健機関(PAHO)がジカウイルス感染症に対する注意喚起情報を発表していました(注2)。このときは、まだ死亡例は出ていなかったのですが、熱帯の各地方で報告が増加していることから注意喚起がおこなわれたのです。2007年にはミクロネシアで、2013年にはプランス領ポリネシアで流行がおこり、2014年にはニューカレドニアとクック諸島、さらにチリのイースター島での報告がありました。
そして2015年になりブラジルで大流行が生じ、ついに死亡例も報告されました。ジカウイルス熱は1週間程度の潜伏期を経た後、発熱、頭痛、筋肉痛、皮疹などをきたしますが、通常は自然治癒し後遺症はほぼないとされていました。ところが、ブラジルでは小児への感染が爆発的に広がり、同国保健省の2015年11月30日の報告では、疑い例も含めればジカウイルスに感染し小頭症を発症した患児は1,248人、うち7人は死亡しています。
これまでは感染してもすぐに治癒すると考えられていたジカウイルスは、小児に感染すると頭蓋骨や脳の発育障害から小頭症が生じ、成長障害や知的障害を伴い死に至ることもあるということです。
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この時期にブラジルでジカウイルスが大流行というのは、なんとも皮肉というか、こうなるとオリンピックが無事開催されるかどうかの心配もでてきます。少なくとも、小さい子供を連れてのブラジル渡航は自粛すべという勧告が出されることになるでしょう。
ブラジルに行かない人は安心かというとまったくそんなことはなく、実際2014年にはタイのサムイ島から帰国した日本人の感染が報告されています。ジカウイルスはネッタイシマカが媒介するということは、ネッタイシマカが生息する地域ではいずれ流行する可能性が強いといえます。ですから、今後タイやシンガポールを含む東南アジアから、さらに香港・台湾あたりにまで流行が広がる可能性は充分にあります。実際、デング熱の流行は北上しており現在では台湾でも珍しい感染症ではなくなっています。そのうち沖縄で、デング熱やチクングニア熱のみならずジカウイルス熱も流行する可能性もなくはありません。
しかし蚊を恐れて(亜)熱帯の渡航をやめるというのもナンセンスです。DEETや蚊取り線香を中心に対策を立てれば(注3)それほど恐れることはありません。
注1:下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第149回(2015年6月)「世界で最も恐ろしい生物とは?」
注2:下記URLを参照ください。
http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=30075&lang=en
注3:下記を参照ください。
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について
→3) その他蚊対策など
参考:はやりの病気
第133回(2014年9月)「デングよりチクングニアにご用心」
第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」
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|2015年12月22日 火曜日
2015年12月22日 「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに
「Social jetlag」という言葉をご存知でしょうか。jetlagなら時差ボケ、これにsocial(社会的な)という修飾語がつき、直訳すれば「社会的時差ボケ」、つまり夜勤やシフト勤務などで生活が乱れることを指します。
以前から、夜勤やシフト勤務は肥満や生活習慣病、また不眠や頭痛といった様々な疾患のリスクになることが指摘されています。(下記「医療ニュース」も参照ください)
今回紹介する研究も同じような内容です。医学誌『Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism』2015年11月18日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、「社会的時差ボケ」が心疾患のリスクを高めます。
研究の対象は、米国の30~54歳の健康な男女447人でフルタイムまたはパートタイムのシフト勤務者です。睡眠時間と活動時間を記録する活動計(actigraph)を装着してもらい、勤務日と休日で睡眠がどの程度異なるかが測定され、「社会的時差ボケ」の程度と生活習慣病のリスクとの相関関係が検討されています。
結果、社会的時差ボケが大きいほど、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクが増加し、体重増加が生じています。また夜型(evening chronotype)の人は、HDLコレステロールの低下が顕著なようです。
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これは経験的に実感している人も多いのではないでしょうか。シフト勤務から昼間だけの勤務となり健診の結果が良くなり元気になったという人は大勢います。我々医療者の間では特にそういう話をよく聞きます。たとえば、転職で夜勤がなくなると、それだけで体重が減って元気になったという看護師は少なくありません。
以前紹介した研究(下記「医療ニュース」)は規模が小さく、研究の信憑性は高くなかったかもしれませんが、今回ご紹介したものは対象者も多く注目に値する研究だと思います。
ではシフト勤務をやめて昼間の仕事に!と考えたいところですが、社会全体でみれば夜に働いてくれる人がいなくては困ります。私個人の意見としては、シフト勤務者は生活習慣病のリスクが高い人や高齢者はできるだけ避けるようにして、また若く健康な人であってもシフト勤務者は休日を増やすといった工夫を社会全体でおこなっていくべきと思っています。しかし、最もそういったことを反省しなければならないのは医師かもしれません・・・。
本文で述べたevening chronotypeという言葉は、おそらく辞書には載っていないと思いますが、これからちょっとした流行語になるのではないかと私は思っています。chronotypeというのは、生物学の用語で概日リズムの型を指します。evening chronotypeは日本語でいう「夜型」のことです。一方「朝方」はmorning chronotypeです。
注1:この論文のタイトルは「Social Jetlag, Chronotype, and Cardiometabolic Risk」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://press.endocrine.org/doi/10.1210/jc.2015-2923
参考:
医療ニュース2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
メディカルエッセイ第128回(2013年9月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
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|2015年12月4日 金曜日
2015年12月4日 小児の特異的IgE抗体陽性、4分の1が疾患なし
アレルギーの血液検査はあくまでも「参考」であり、絶対的なものではないのですよ、という話を患者さんにすることがよくあります。特に小児の場合は、検査で陽性と出るけれども実際は何の反応もでない、ということが多々あります。こういうケースで、うかつに食事制限などをおこなってしまい、成長障害が起こるようなことがあれば目もあてられません・・・。
最近は、学校の先生が詳しくなってきていて「血液検査の結果でアレルギーが分かるわけではない」ということを親御さんに伝えてくれているのですが、それでも血液検査を希望される父兄は少なくありません。
食物アレルギーでは、確実な検査は「食物負荷試験」といって実際に可能性のある食べ物を少量摂取してもらう検査をおこないます。しかし、この検査は危険性を伴いますから入院が必要になります。その次に有用な診察は検査ではなく「問診」です。いつ、どのようなものを食べて、どれくらい時間がたってからどのような症状がでたのかを詳しく聞くことによってアレルギーかどうかがある程度分かります。私の印象でいえば、こういった「問診」の方が血液検査より有用です。
では血液検査はどれくらい不正確かというと、最近興味深い研究が報告されました。
小児の特異的IgE抗体陽性の約4分の1は疾患がない・・・。
医学誌『Allergy』2015年10月27日号(オンライン版)に論文が掲載されました(注1)。研究の対象となったのはスウェーデンの小児2,607人で、4歳、8歳、16歳時に採血がおこなわれ一般的な食物または吸入アレルゲンに対する特異的IgE抗体が調べられています。
結果、全体の51%の小児が何らかのアレルゲンに対する特異的IgE抗体が陽性でした。そのなかの約4分の1(23%)はいかなるアレルギー疾患も有していなかったのです。
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たとえば、「コムギのIgE抗体が陽性となったけれどもこれまで何の問題もなく食べている」、という場合にあなたはどのように考えるでしょうか。
「検査はいい加減だ。だからこれまで通り食べよう」、と思えれば問題ありません。この考え方で合っています。しかし、「今までは何の症状もでなかったが、これからアレルギーが出るかもしれない・・・」と考え、コムギ製品を口にするときいつも恐怖心を感じてしまう人もいます。そして、そう人に限って検査を希望することが多いのです。
念のために付記しておくと、この研究はIgE抗体を調べたものです。過去に何度か述べましたが、IgG抗体を計測して「遅延型食物アレルギー」などとしているものはまったくデタラメで参考にすらなりません。にもかかわらず、「高いお金を払ってIgG抗体を調べられ「遅延型食物アレルギー」と言われ食物を制限するよう言われました。本当に食べてはいけないのですか?」といって受診される患者さんがいまだにいます。訳の分からない業者にだまされる前にまずはかかりつけ医に相談するべきです。
注1:この論文のタイトルは「IgE-antibodies in relation to prevalence and multimorbidity of eczema, asthma and rhinitis from birth to adolescence」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.12798/abstract
参考:医療ニュース
2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!
2015年8月3日 食物アレルギーが急増
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|2015年11月28日 土曜日
2015年11月28日 酒さは生活習慣病や心疾患のリスク
酒さ(しゅさ)という疾患は患者数が多い割には、知名度が低いというか、医療に携わる者であれば知らない者はいませんが、一般的にはこの病気の名前自体を知らない人が少なくありません。
酒さは顔面に生じる慢性の炎症性疾患です。以前からこの病気のリスクには様々なことが言われており、心疾患がそのひとつという考えもあります。
今回紹介する研究はその「逆」で「酒さがあると心疾患のリスクが上昇する」というものです。
医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2015年5月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)に報告されています。研究は台湾人によるもので、対象者は33,553人の酒さの患者と67,106の酒さでない人です。
分析の結果、酒さがある人はない人に比べて、高コレステロール血症などの脂質異常症となるリスクが1.41倍、同様に高血圧が1.17倍、狭心症や心筋梗塞などの心疾患を患うリスクが1.35倍となっています。この傾向は女性よりも男性で強く認められたようです。
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日頃診ている患者さんのことを思い出してみても、たしかに男性では、酒さと高脂血症・高血圧症が合併しているような印象があります。酒さが先か、高脂血症・高血圧症が先か、というのは「ニワトリが先か卵が先か」と似たような感じがします。
つまり、高脂血症・高血圧症がある人が顔面が赤くなってきたとすれば速やかに主治医に相談すべきですし、すでに酒さの診断がついている人は定期的に健康診断を受けて、血圧や脂質異常に注意すべきでしょう。
注1:この論文のタイトルは「Cardiovascular comorbidities in patients with rosacea: A nationwide case-control study from Taiwan」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2815%2901597-2/abstract
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|2015年11月27日 金曜日
2015年11月27日 抗生物質の使用が体重増加を引き起こす
日常の診療で私が最も困っていることのひとつが、「抗生物質をください」と言って引き下がらない患者さんに、どのようにしてそのような治療が不要であるかを説明するか、ということです。なかには「お金を払うのあたしですよ!」などと怒る人もいて、そういう患者さんと話すのは大変疲れます。
風邪の患者さんが問診票に「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書いてあることもあり、そういった患者さんは抗生物質こそが現在の症状を取り除く「救世主」と思っています。
抗生物質というのは抗菌薬のことを指し、細菌感染症にしか効果はありません。そもそも「抗生物質」という言い方が誤解を招いています。「抗菌薬」という表現をとるべきだと私は考えています。本コラムもここからは「抗菌薬」とします。
抗菌薬は決して安易に使用すべきではありません。細菌性の咽頭炎には抗菌薬が必要、と考えている人もいますが、この理解も必ずしも正しくありません。軽症の細菌感染なら自然治癒力で治すべきです。薬には副作用がつきものです。抗菌薬は、薬のなかでも最も副作用が多いもののひとつです。必ずしも必要でなかった抗菌薬を内服し、その結果入院しなければならないような副作用が出現すれば目も当てられません。
副作用だけではありません。抗菌薬の過剰な使用は「耐性菌」を生み出すことになります。そうすると個人の問題ではすまなくなります。抗菌薬の使用は社会全体で最小限に抑えるべきなのです。
今回お伝えする情報は、抗菌薬の新たな「副作用」です。
小児が抗生物質を繰り返し使用すると体重増加につながる・・・。
医学誌『International Journal of Obesity』2015年10月21日号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。研究の対象となったのは、米国の3~18歳の子供163,820人です。
分析の結果、小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べ1.4kgの体重増加が認められたそうです。
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抗菌薬を処方するのは「医師」であり、この論文を素直に読めば、医師に責任がある、と感じられます。しかし、冒頭で述べたように、患者さんの方から執拗に抗菌薬の処方を求められることもしばしばあります。(そういう人は、ほぼ例外なく「抗菌薬」とは呼ばず「抗生物質」と言います)
一方、医師側も、特に小児科の領域で軽症例に抗菌薬を処方していることがないわけではありません。そして、このように過剰に抗菌薬を処方するようになるきっかけとなった「事件」があります。
その「事件」とは、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群という重症例の子供に対し、初回に診察した医師が抗菌薬を用いなかったことでその子供が死亡したという「事件」です。この「事件」は訴訟になり医師側が敗訴しています(注2)。つまり、初期の段階で抗菌薬を使用すべきであったというのが判決です。しかし、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群というのは極めて稀な重症感染症であり、たとえ初期に抗菌薬を処方していても助からなかった可能性が強く、この判決は随分と物議を醸しました。この判決が、その後医師が抗菌薬を軽症例に処方する原因となった可能性がある、という意見があります。
注1:この論文のタイトルは「Antibiotic use and childhood body mass index trajectory.」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.nature.com/ijo/journal/vaop/naam/abs/ijo2015218a.html
注2:この裁判記録は下記URLで読むことができます。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/005660_hanrei.pdf
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|2015年11月6日 金曜日
2015年11月6日 抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分
風邪のシーズンになると「うがい・手洗い」がよく言われるようになります。「手洗いするときに抗菌石けんは有用ですか」というのは昔からよくある質問です。以前から、我々は(すべての医師ではないかもしれませんが)、手洗いには「普通の石けん」で充分、抗菌作用を謳ったものは不要、ということを言い続けてきました。最近、それを裏付ける研究が発表されたのでここに紹介しておきます。
研究は韓国のKorea University(漢字名は「高麗大学校」だそうです)の研究者によりおこなわれ、医学誌『Journal of Antimicrobial Chemotherapy』2015年9月16日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。20種の細菌を試験管に入れ、一方には普通の石けん、もう一方には抗菌作用のある石けんを加えて細菌がどの程度減少するかを調べました。その結果、9時間以上経過すれば抗菌作用のある石けんを加えた方に強い抗菌効果が認められたそうです。
ところが、石けんを加えて30秒程度では両者に差がない、という結果がでています。通常手洗いは30秒程度で終わるでしょうから、これでは抗菌石けんの意味がないということになります。
**************
この研究は”意外な結果”が導かれたわけではなく、冒頭で述べたように、以前から医師の間では抗菌作用を謳った石けんは疑問視されていました。むしろ、抗菌成分によるかぶれ(接触皮膚炎)が起こる危険性を危惧しなければなりません。さらに、我々としては(これも医師全員ではないかもしれませんが)通常のものも含めて石けんの使いすぎを懸念しています。
石けんを使いすぎると、皮膚のバリア機能に必要な皮脂をも洗い流すことになり、そうなればかえって微生物に対し脆弱になるからです。
手洗いの際、石けんを使い汚れ(特にアブラ汚れ)を浮きだたせてその後水洗いするのが細菌やエンベロープを持つウイルスを除去するのには有効です。しかし、洗いすぎてバリア機能を損なうようなことがあれば本末転倒になるのです。
ちなみに「エンベロープ」というのはウイルス表面の”殻”のようなもので、これを皮膚から取り除くのにはたしかに石けんが有効です。そしてエンベロープを持つウイルスとしては、インフルエンザ、ヘルペスウイルスといった感染力が強く馴染みのあるものがあります。また、B型肝炎ウイルスやHIVもこのタイプです。
一方、エンベロープを持たないウイルスとして有名なのは、ライノウイルスやアデノウイルスといった「風邪」を引き起こすウイルスや、食中毒で有名なノロウイルスがあります。こういったウイルスには石けんはまったく無効であり、時間をかけて水で洗い流すしかありません。ちなみに、ノロウイルスはアルコールでも死滅しません。アルコールも石けんも無効、しかも感染力は極めて強いというやっかいなウイルスです。
では、手洗いはどうすればいいのでしょうか。答えは簡単で、「抗菌作用を謳った石けんは不要。普通の石けんは用いるべきだが使いすぎに注意。むしろ水洗いに時間をとり、1日に何度もおこないましょう」となります。
それからもうひとつ。太融寺町谷口医院の患者さんのなかには「不潔恐怖」から手を洗いすぎている人が何人かいます。(重症化すると「強迫神経症」という病名がつきます) 先に述べたようにこれをおこなうと必要なバリア機能が損なわれ、かえって感染しやすくなります。ですから、「洗いすぎに要注意!」というのも覚えておくべきでしょう。
尚、今回は手洗いの話なので述べませんでしたが、「うがい」については殺菌作用のあるうがい液は無効であり、たとえばヨード含有のうがい液を用いれば、まったくうがいをしない人と同じように風邪をひくという研究結果があります。つまり、水でのうがいは風邪予防に非常に有効だけれど、ヨード入りのうがい液を使ってしまうとまったく意味がないということです。
注1:この論文のタイトルは「Bactericidal effects of triclosan in soap both in vitro and in vivo」で、下記のURLで概要を読むことができます。
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