医療ニュース
2017年9月3日 日曜日
2017年9月4日 危険な陰毛処理
過去のコラムでも述べたように、総合診療を実践している太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)には「外陰部の悩み」を訴える女性の患者さんがしばしば訪れます。婦人科に行くと「皮膚科に行け」と言われ、皮膚科を受診すると「婦人科に行け」と言われたという気の毒な患者さんも少なくありません。
そのコラムでは「精液アレルギー」という稀な疾患について解説しましたが、今回紹介したいのは非常によくある皮膚のトラブルについてです。そしてその原因は「剃毛」もしくは「脱毛」にあります。
皮膚のトラブルの話に入る前に、私が数年前から感じている素朴な疑問について触れておきます。それは「陰毛処理をする女性が急増している」ということです。これはあまり医学的に意味がないことですからそれほど気に留めていたわけではないのですが、ある論文を読んで「そうか!」と腑に落ちました。
医学誌『JAMA Dermatology』2016年10月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、米国女性の8割以上が陰毛処理をおこなっています。調査対象は米国の3,372人の女性で、期間は2015年11月と12月、インターネットを用いた質問票での調査です。結果、全体の83.8%に相当する2,778人が陰毛処理をおこなっていました。
処理をする理由は、衛生的だから(59.0%)、日々のルーチンとして実施している(45.5%)、外性器の魅力向上のため(31.5%)、パートナーの好み(21.1%)となっています。また、理由は明らかにされていませんが、若い女性と高学歴女性に陰毛処理をする傾向が高いという結果がでています。
多くの”文化”は米国から入ってくると言われますから、日本女性の「処理率」の上昇も米国由来なのかな、と私は思っています。
今回の本題はここからです。同じ医学誌『JAMA Dermatology』2017年8月16日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によると、陰毛処理する女性の27.1%が処理により皮膚に障害を負った経験があります。研究対象は米国人の女性3,372人で、期間は2014年の1月、やはりインターネットでの調査です。
どのような障害かについて、最も多いのが「傷」で61.2%、その次が熱傷(23.0%)、発疹(12.2%)、感染症(9.3%)と続きます。また、処理をする人全体の1.4%に医学的な治療が必要とされていたことが判りました(この調査は男性にもおこなわれており、これらの数字は男女合わせてのものです)。
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後半の論文では男女ともにトラブルが多いとされていますが、谷口医院に「陰毛処理後のトラブル」で受診するのは女性が圧倒的に多いといえます。この理由は、米国に比べて日本では男性は陰毛処理をしないということかと思いますが、もしかすると男性は皮膚科を受診して治療を受けており、女性のように、「皮膚科に行けば婦人科に、婦人科に行けば皮膚科に」ということがないからかもしれません。
谷口医院の女性患者さんの陰毛処理で最も多いトラブルは「毛嚢炎」または「毛包炎」で、毛穴に起こった細菌感染、分かりやすく言えば「ニキビ」です。軽症であれば抗菌薬の外用剤だけで治りますが、最近は内服を使わざるをえないケースが増えてきています。
また、エステティックサロンでのレーザー脱毛による熱傷(やけど)や、脱毛クリームやワックスによる「かぶれ」も増えています。
注1:この論文のタイトルは「Pubic Hair Grooming Prevalence and Motivation Among Women in the United States」で、下記URLで概要を読むことがでいます。
http://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/fullarticle/2529574
注2:この論文のタイトルは「Prevalence of Pubic Hair Grooming-Related Injuries and Identification of High-Risk Individuals in the United States」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/2648859
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|2017年8月31日 木曜日
2017年8月31日 長時間労働で心房細動発症のリスクが大幅上昇
心房細動と呼ばれる不整脈はときに「死に至る病」となることがある重要な疾患です。心臓の疾患として有名な狭心症や心筋梗塞は、適正体重を維持し、禁煙し、適度な運動をおこない、血圧・血糖・コレステロールなどに注意していればリスクを大幅に下げることができます。
一方、心房細動はこれらに注意していても起こるときは起こります。よく議論されるのが「激しい運動」です。マラソンが心房細動のリスクになるという意見は昔からあり、またその逆に激しい運動がリスクを下げるという研究もあり、現時点ではコンセンサスが得られていません。
では「長時間労働」はどうでしょう。
週55時間の長時間労働をおこなうと、週35~40時間のときに比べて4割も心房細動発症のリスクが上昇する…。
米国の医療者向け用サイト『Medscape Family Medicine』にこのようなレポート(注1)が掲載されました。
研究の対象はヨーロッパの8つの患者データベースに登録されている85,494人(うち65%が女性)です。調査開始時に週55時間以上労働していたのが全体の5.2%、35~40時間勤務が62.5%です。追跡機関平均10年の間に1,061人が心房細動を発症しました。
心房細動の発症率と週あたりの労働時間を解析した結果、週55時間以上働く人は、週35~40時間の人に比べて42%も発症リスクが高いことが分かったのです。
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今回の研究だけで長時間労働と心房細動の因果関係を証明するまでには至りませんが、それでも示唆に富む報告です。週55時間というと週休2日を維持したとして、出勤日に1日あたり3時間勤務すればこのレベルになります。日本人の労働者の多くはこれ以上働いているのではないでしょうか。医師の99%はこのレベルを軽く超えています。
日本にも心房細動で悩んでいる人は少なくありません。日本での長時間労働との関係を調べた研究はおそらくないと思いますが、現在でも過去でも長時間労働の経験がある人は定期的な心電図検査をおこなうべきでしょう。心房細動は健診時に本人の自覚がない状態で発見されることが多いからです。
注1:このレポートのタイトルは「New-Onset AF Risk Seen to Rise With Longer Work Hours」で、下記URLで全文を読めます。
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|2017年8月31日 木曜日
2017年8月31日 韓国の加湿器殺菌剤、死亡者は1,200人以上
昨年(2016年)5月にこの「医療ニュース」でお伝えしたように、UKを拠点とした他国籍企業オキシー・レキット・ベンキーザー社が韓国で発売していた殺菌剤が原因で、同国では多数の犠牲者が出ています。昨年紹介したBBCの報道では「約100名が死亡」とされていましたが、韓国のメディア(注1)によると、2017年7月の時点で、被害者総数は5,657人、うち1,212人が死亡しています。
この事件で最も問題なのは、この殺菌剤が肺を損傷させることはすでに2011年にはその可能性が指摘されていたのにもかかわらず、同社がそのまま販売を続けたことです。製品は結局20年近く販売されていたようです。
また、当初の報道ではこの会社だけが問題なのかと思われていましたが、最終的に同社の「Oxy」と呼ばれる製品の被害者は181人のみ(死者は73人)です。同社のこの製品による被害者数が最多なのは事実ですが、全体の被害者数はその30倍以上になります。これは同社だけではなく、スーパー大手の「ロッテマート」や「ホームプラス」も同類の製品を販売していたからであり、これらの業者も有罪判決を受けています(注2)。
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この事件を医学的に検討した論文を探してみましたが見つかりませんでした。BBCなどの一般メディアから得られる情報を総合的に勘案すると、おそらくこの薬剤で起こる肺疾患は「肺線維症」ではないかと思われます。
韓国メディアは、文在寅大統領が2017年8月8日、政府の責任を認めて大統領として初めて謝罪したことを伝えています。政府と企業のどちらが悪いかを論じてもあまり意味がないと思いますが、オキシー・レキット・ベンキーザー社はこの製品をなぜ韓国のみで発売していたのでしょう。同社は日本にもありますが、日本では一切販売されていません。
ですが日本人も安心はできません。過去20年間で韓国のホテルに複数回宿泊した日本人は大勢いるはずです。最近、息苦しさや原因不明の咳が続いている人で韓国渡航歴のある人は、ホテルの部屋に加湿器がおいてなかったかどうかを思い出すべきかもしれません…。
注1:韓国の英字新聞「Korea JoongAng Daily」が報道しています。
http://mengnews.joins.com/view.aspx?aId=3036910
注2:UKのメディア「Independent」が報道しています。
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|2017年8月31日 木曜日
2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!
慢性外傷性脳症(以下「CTE」)…。世間では今もあまり知られておらず名前も地味ですが、もっともっと注目されなければならない、と数年前から私が(他に仲間もおらず)ひとりで言い続けている疾患です。
詳しくは過去のコラム(注1)を参照いただきたいのですが、ここでも簡単にまとめておくと、アメリカンフットボールの選手の多くが度重なる頭部への衝撃が原因で脳に損傷が生じ、若くして認知症、うつ病、パーキンソン病様症状などの神経症状を発症し、やがて死に至る極めて悲惨な疾患です。また自殺率が高いことも判っています。
アメリカンフットボールが原因であることが自明でありながら、これまでそれが大きく報道されておらず、また野球やサッカーでも同じ被害が出ることも指摘されていますが、こちらも(特に日本の)メディアはあまり取り上げません。
今回紹介したい研究は、CTEが従来考えられていたよりもずっと起こりやすいことを明らかにしました。
医学誌『JAMA』2017年7月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によると、死亡した元アメリカンフットボール選手202人(死亡時年齢中央値66歳)のうち、なんと177人(87%)もが神経病理学的にCTEの診断がついたのです。177人の死亡時年齢中央値は67歳、選手をしていた期間は平均15.1年でした。
また、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手111人だけで検討すると、なんと110人(99%)がCTEの診断がついているのです。つまり、選手としてのレベルが高いほど有病率が高いということです。
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この研究、海外のSNSでどれだけ話題になっているのか私にはわかりませんが、少なくとも海外のメディアでは大きく報道されています(注3)。一方、日本のメディアは沈黙しているようにしか見えません。日本では欧米諸国と比べると、アメリカンフットボールをプレイする人数は少ないでしょうが、サッカーや野球は大勢います。
また、CTEは過去に「パンチドランカー」と呼ばれていたものとほぼ同じ疾患であり、ボクサーをはじめとする格闘家に多いことも分かっています。
日本でもこういったスポーツがCTEのリスクになっていないかどうかを調査し、危険性がどの程度か明らかにし世間に伝えるべきだと私は考えています。
注1;下記コラムを参照ください。
はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース2017年3月6日「ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク」
医療ニュース2016年10月14日「コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症」
注2:この論文のタイトルは「Clinicopathological Evaluation of Chronic Traumatic Encephalopathy in Players of American Football」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2645104?resultClick=1
注3:下記を参照ください。
BBC:http://www.bbc.com/news/world-us-canada-40718990
CNN:http://edition.cnn.com/2017/07/25/health/cte-nfl-players-brains-study/index.html
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|2017年8月7日 月曜日
2017年8月7日 冷たい食べ物で起こる頭痛と片頭痛
アイスキャンディやアイスクリームなどを食べると、キーンとする頭痛が起こるという人は少なくないと思います。この頭痛、医学的には「cold stimulus headache(冷刺激頭痛)」(注1)と呼びますが、軽症であることもあり、あまり医学界では議論されません。他の呼称として「brain-freeze headache(脳凍結頭痛)」「ice-cream headache(アイスクリーム頭痛)」があります。(カッコ内の日本語訳は私の訳です。正式な和名はおそらくないと思います)
米国の医療系メディア『Health Day』2017年7月22日号(注2)にこの頭痛を防ぐ方法が紹介されています。その方法を述べる前に、この頭痛を少し医学的にみてみましょう。
この頭痛はそのメカニズムが完全に解明されたわけではありませんが、口蓋(口の中の上の部分)の奥にある神経が、冷たい食べ物で刺激されると、その情報が頭痛を引き起こす脳の領域に伝わることで生じると考えられています。『Health Day』の取材を受けた米国テキサスA&M医科大学(Texas A&M College of Medicine)のStephanie Vertrees氏は、この神経は蝶口蓋神経節神経痛(sphenopalatine ganglioneuralgia)と述べています。
世界的な医学のオンライン教科書である『UptoDate』によると、この頭痛は大勢の人にみられるものの、とりわけ片頭痛を有する人によく認められます。Stephanie Vertrees氏はそれを進めて、「この頭痛を意図的に起こすことによって片頭痛が予防できるかもしれない」と述べています。
これが正しいのかどうかは今後の研究を待つしかありません。また、これも現時点では高いエビデンス(科学的確証)があるとはいえませんが、Stephanie Vertrees氏が『Health Day』で述べた、この頭痛を防ぐ3つの方法について紹介しておきます。
①冷たいものはゆっくり食べる
②冷たいものは口の奥に含むのではなく前の方で保つようにする
③舌を口蓋(口の上)に押し付けて舌の温度で温める
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この頭痛(cold stimulus headache)自体はたいしたことがなく、もちろん治療の対象になりませんが、片頭痛との関連性は興味深いと言えます。たしかに、アイスクリームを食べたときに片頭痛が起こるという人もいます。私自身は、片頭痛の患者さんに冷たいものを避けるような制限をすることはありませんが、今後、「アイスクリームで片頭痛」と言う人には、まったく食べないのではなく、上記の3つを守りながら食べることを助言したいと考えています。
ですが、Stephanie Vertrees氏が述べている「この頭痛を意図的に起こすことによって片頭痛を予防する」という考えは時期尚早だと思います。
注1:世界的な医学の教科書『UpToDate』に少し説明があります。(ただし有料サイトです)
注2:この記事は「The Scoop on Avoiding ‘brain freeze’」で読むことができます。
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|2017年7月31日 月曜日
2017年7月31日 体重は「現時点と20歳時の差」が重要
私が研修医の頃、循環器内科のT先生は、初診の患者さん全員に「20歳時の体重」を尋ねていました。T先生によれば、現在の体重そのものよりも、20歳時の体重との「差」の方が生活習慣病のリスクとして重要だそうです。
一般的には、生活習慣病のリスクを考慮するときは「現在の体重(もしくはBMI)」を基準とします。しかし、T先生に指導を受けていた私は、T先生の基準の方がずっと参考になることを何人もの患者さんを診察して”実感”し、私自身も「20歳時の体重」を尋ねるようになりました。
ただ、そうはいってもそれを実証した(エビデンスレベルの高い)研究はあまり目にしたことがありませんでした。しかし最近ついに見つけました。医学誌『JAMA』2017年7月18日号に掲載された論文(注)です。
米国ハーバード大学公衆衛生学教室のYan Zheng氏らの研究で、研究の対象としたのは(このサイトでも何度か紹介している)「看護師健康調査(Nurses’ Health Study:NHS)」と「医療従事者追跡調査(Health Professionals Follow-Up Study:HPFS)」。対象者数は女性92,837例(37年間の平均体重増加は12.6kg)と、男性25,303例(34年間の平均体重増加は9.7kg)。女性は18歳時、男性は21歳時の体重が基準とされています。
基準の時点から55歳までで体重が2.5~10.0kg増加した人は、増加しなかった人に比べて、糖尿病、高血圧、心血管障害などの発症リスクが有意に高く、慢性疾患や認知機能、身体障害などを持たずに過ごせる割合が低下することが判りました。具体的な発症率は次のような結果です。(数字は人口10万人・年あたりです)
女性体重不変 女性体重増加 男性体重不変 男性体重増加
糖尿病 110 207 147 258
高血圧 2,754 3,415 2,366 2,861
心血管疾患 248 309 340 383
肥満関連のがん 415 452 165 208
体重増加が大きければ大きいほど発症リスクは増大することが判っています。
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ここで疑問になるのが、「では20歳時のときに肥満であった場合やせなくてもいいのか?」というものです。これを検証した研究は私の知る限りないのですが、私には臨床を通しての”実感”があります。これを一言で言うのはむつかしいのですが、例えば、柔道やアメリカンフットボールをしていて体重が標準より多い場合、つまり筋肉量が多いことが予想できる場合、中年になって、たとえその筋肉が脂肪に置き換わっていたとしても、体重が増加していなければあまり生活習慣病にはなりません。
20歳時に不健康に太っている、つまり脂肪が多く筋肉が少ない場合、中年期にさらに体重が増えていれば多くの疾患のリスクは上昇しますが、それほど体重が増えていない場合は、意外にも血圧や血糖は正常であることが多いのです。
ということは20歳時の時点で、肥満がある場合、それが筋肉質であったとしても脂肪過多であったとしても、その時点で血圧や血糖、その他血液検査に異常がなければ、生活習慣病のリスクは上がらないということになります。現時点でここまで言い切ってしまうのは”危険”ですが、私の実感としては「現在の体重」よりも「現在と20歳時の体重の差」が重要なのです。
注:この論文のタイトルは「Associations of Weight Gain From Early to Middle Adulthood With Major Health Outcomes Later in Life」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2643761
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|2017年7月31日 月曜日
2017年7月30日 プロバイオティクスは乳幼児の感染予防に効果なし
昨今の腸内細菌ブームは凄まじいものがあります。腸内フローラ、糞便移植、発酵食品、食物繊維などがキーワードとなっており、おなかのなかのいい菌を増やして、その菌にあやかって健康になろうとするムーブメントは単なる「流行」を超えているような気がします。マスコミからの取材依頼も、このテーマで寄せられることが増えてきました。
今回紹介したいのはそういう意味では「残念な」結果です。実際、この研究を取り上げた『Health Day』というオンラインの健康情報サイト(注1)では、露骨に「残念な結果(disappointing results)」と書いています。
その研究が報告されているのは医学誌『Pediatrics』2017年7月3日号(オンライン版)。対象者は8~14か月のデンマークの健康な乳幼児290人です。144人には6か月間プロバイオティクス(ビフィズス菌(Bifidobacterium)と乳酸菌(Lactobacillus))を摂取してもらい、146人には摂取してもらいませんでした(正確に言えばプラセボが投与されました)。
結果、保育園を休んだ日数に差はなく、また、風邪症状、下痢、発熱、嘔吐などの発生頻度にも有意差はありませんでした。一方、プロバイオティクスの副作用もありませんでした。
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プロバイオティクスに有効性が認められなかった理由として、研究者らは「今回の研究の対象者の多くが母乳栄養で育てられていた」ことを挙げています。さらに上述の『Health Day』の記事は、「母乳がベスト」というカリフォルニア大学サンフランシスコ校の小児科医カバナ(Cabana)の言葉を引用しています。
カバナ医師は、それぞれの母親の母乳中に独自のヒト乳オリゴ糖(human milk oligosaccharides)が含まれていることを指摘し、母乳がプロバイオティクスより優れていると主張しています。オリゴ糖は、赤ちゃんの消化管内の特定の細菌の増殖を促します。このような物質を最近は「プレバイオティクス」と呼びます。
プロバイオティクスが乳幼児が抗菌薬を内服したときに起こる下痢に有効とした論文は過去にありますが、これは当たり前と言えば当たり前で、成人でもよくあることです。結局のところ、プロバイオティクスが免疫能を上げ感染症予防になることを高いエビデンスレベルで示した研究は今のところ「ない」と考えるべきでしょう。
現時点では乳児にとって「母乳」に勝る食品はないということです。ですが、世の中には母乳の出ないお母さんもたくさんいますし、母親がいない乳幼児もいます。そういった子供たちのためにもプロバイオティクス/プレバイオティクスのさらなる研究は期待されているのです。
注1:下記URLを参照ください。
注2:この論文のタイトルは「Probiotics and Child Care Absence Due to Infections: A Randomized Controlled Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/early/2017/06/29/peds.2017-0735
下記なら全文を読むことができます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/pediatrics/early/2017/06/29/peds.2017-0735.full.pdf
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|2017年7月28日 金曜日
2017年7月28日 膀胱炎にニューキノロンを容易に使ってはいけない
このサイトでも何度か紹介したことのあるchoosing wisely。私の希望とは裏腹に、あまり日本では浸透していませんが、非常に大切な概念であり、我々医師も行政も、そしてもちろん患者さんにとっても「有益」なものです。choosing wiselyの概念を一言で言えば「ムダな医療」をなくすということ。具体的な「ムダな医療」の”あぶり出し”をおこなうために、米国の各学会が5つの例を挙げています。
2017年5月13日、米国泌尿器学会(American Urological Association)は、「ムダな医療」をなくすための5つの提言をおこないました(注1)。その5つのうちのひとつが「合併症のない女性の膀胱炎に容易にニューキノロン系抗菌薬を使ってはいけない」です。
ここでいう合併症は、例えば重症の糖尿病とか、HIV、悪性腫瘍といった特に免疫系に異常がおこりやすい疾患のことです。健康な女性の場合は、膀胱炎にニューキノロンでなく、他のより適切なものを使いなさい、ということです。
ニューキノロン系抗菌薬というのは一言でいえばとても”強力”な抗菌薬で、イメージで言えば「最終兵器」に近いものです。そんなものを単なる膀胱炎に使用すれば使用量が増え、いざというときに利かなくなる、つま「耐性菌」が出現することになります。商品名(先発品)で言えば、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなどです。米国泌尿器学会はこれらニューキノロン系抗菌薬の副作用を懸念するよう警告しています。
では、どのような抗菌薬を使えばいいのかというと、同学会はニトロフラントイン(nitrofurantoin)やST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム,sulfa-trimethoprim)を推奨しています。
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日本は他国に比べ、ニューキノロン系抗菌薬が簡単に使われすぎていることがよく指摘されます。私は、別のところで「毎回風邪にクラビット」を処方する医師を批判したことがありますが、患者さん側も「風邪にはクラビット」と信じている人もいて驚かされます。風邪(上気道炎)に抗菌薬が必要なのは重症の細菌性のものだけであり、太融寺町谷口医院の例でいえば、せいぜい1~2割程度ですし、そのなかでクラビットを含むニューキノロン系抗菌薬が必要な例は年間数例に過ぎません。
膀胱炎の場合、重症化している場合には確かにニューキノロン系を用いるべきこともありますが、たいていはペニシリン系か第一世代セフェム系で事が足ります。ただ、米国泌尿器学会が提唱しているニトロフラントインやST合剤を日本で用いるのは現実的ではありません。そもそもニトロフラントインは日本では販売されていませんし、ST合剤を使いにくいと感じている医師は少なくなく、実は私もその一人です。
ST合剤はたしかに米国では膀胱炎などに頻繁に使われるのですが、それなりに強力な抗菌薬であり、エイズの合併症として有名なカリニ肺炎にもよく効きます。私はタイのエイズ施設で、ST合剤を頻繁に処方していましたが、かなりの確率(私の印象では3~4割)に薬疹が出ます。HIV陽性者に薬疹が出やすいのは事実ですが、ST合剤はHIVに関わりなく薬疹を含む副作用が起こることは少なくありません。日本の添付文書には「【警告】血液障害、ショック等の重篤な副作用が起こることがあるので、他剤が無効又は使用できない場合にのみ投与を考慮すること」と目立つように赤字で書かれています。わざわざこのように「警告」されている薬は容易に使えないのです。
風邪(上気道炎)の場合も、膀胱炎の場合も、重症度の判定、およびどのような細菌が原因になっているかについてはグラム染色という方法を用いて炎症細胞や細菌の像を観察します。グラム染色は簡単にできて数分で結果がでて、おまけに安い検査です。(培養検査やPCR法は高額になります)
つまり、膀胱炎の症状があるから抗菌薬、ではなく、まず尿沈渣のグラム染色をおこない、その結果に基づいて抗菌薬の有無を判定し、必要な場合は炎症の程度と菌の種類(グラム陽性菌か陰性菌か、桿菌か球菌か)を考えて抗菌薬を選択すれば、ニューキノロン系抗菌薬の出番はそう多くないのです。
注1:米国泌尿器学会のプレスリリースは下記を参照ください。
http://auanet.mediaroom.com/2017-05-13-As-Part-Of-Choosing-Wisely-R-Campaign-American-Urological-Association-Identifies-Third-List-Of-Commonly-Used-Tests-And-Treatments-To-Question
また、choosing wiselyのウェブサイトの該当ページは下記です。
http://www.choosingwisely.org/clinician-lists/american-urological-association-fluoroquinolones-for-uncomplicated-cystitis-in-women/
5つの提言の他の4つも簡単に紹介しておきます。
①低リスクの限局性前立腺がんの治療を容易におこなうべきでない
②オピオイド系鎮痛薬を漠然と使わない
③血尿があるからといってルーチン検査として尿細胞診や尿中マーカー検査をすべきでない
④腎結石疑いの小児患者に容易にCT撮影をすべきでない
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|2017年7月9日 日曜日
2017年7月9日 鎮痛剤は心筋梗塞のリスク
鎮痛剤(痛み止め)は安易に飲むべきでない、ということはこのサイトでも繰り返し訴えていますし、日々の診察室でも毎日伝えています。世の中には、痛み止めを安易に使いすぎる人が少なくなく、初診時にはすでに「薬物乱用頭痛」を起こしている人もいます(注1)。
なぜ鎮痛剤を飲みすぎてはいけないのか。たくさんの理由があります。まずは「依存性」があることを自覚すべきです。重症化するとベンゾジアゼピン系睡眠薬と同じかそれ以上にやめることに苦労することもあります。次に臓器への障害があります。特に腎臓の障害を起こすことは珍しくなく、短期間であっても急性腎不全になり入院が必要になることもあります。長期的には心血管系病変のリスクがあります。
今回紹介したい研究は「鎮痛剤の使用で心筋梗塞のリスクが顕著に増加する」というもので、特筆すべきなのは「最初の1ヵ月が最もリスクが高い」ということです。以前から長期使用での心血管系疾患のリスクは指摘されていましたが、短期間でも危険性があることになります。
医学誌『British Medical Journal』2017年5月9日号(オンライン版)に件の論文が掲載されています。研究は過去に発表された論文を総合的に分析する方法がとられています。研究の対象者は合計446,763例で、このうち61,460例が急性心筋梗塞を発症しています。
今回検討されているのは「イブ」や「ロキソニン」などのNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)と呼ばれる鎮痛剤です。驚くべきことに調査対象となったすべてのNSAIDsで心筋梗塞のリスクが増加しています。使用量は多いほど高リスクとなっています。内服開始1週間でリスク上昇が認められ、1カ月でリスクがピークとなります。各NSAIDsのリスクは次の通りです。
・イブプロフェン(イブ、ナロンエース、バファリンルナなど) 1.48倍
・ジクロフェナク(ボルタレン) 1.50倍
・ナプロキセン(ナイキサン) 1.53倍
・セレコキシブ(セレコックス) 1.24倍
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各NSAIDsの特徴を簡単に記しておきます。きちんとしたデータは見たことがありませんが、おそらく日本で最も使用されているNSAIDsはイブプロフェンだと思われます。理由は薬局で簡単に買えるからです。商品名で言えば、「イブ」の各シリーズ、バファリンプレミアム、バファリンルナ、ノーシンピュア、ナロンエース、フェリア、リングルアイビーなど多数あります。「ブルフェン」という名称の処方薬もありますが、医療機関ではあまり処方されず他のNSAIDsが好まれる傾向にあります。
医療機関で処方量の多いNSAIDsとしてロキソプロフェン(先発の商品名は「ロキソニン」)が挙げられます。これはなぜか日本で特に処方例が多く、海外ではさほど用いられていません。ですから、今回紹介したものも含めて海外の論文にはあまり登場しません。ロキソプロフェンはイブプロフェンと性質が似ていますが、胃腸への副作用がイブプロフェンよりも少ないという特徴があります。ですが、まったくないわけではなく、ロキソプロフェンで胃に穴があいた、という症例も珍しくはありません。(ロキソプロフェンについては下記メディカルエッセイ(注3)も参照ください)
ここ数年、使用量が増えているのがセレコキシブです。これは他のNSAIDsに比べて胃腸障害が少ないのが特徴で、そのため慢性の疼痛のために長期間鎮痛薬が必要な人に好まれます。ですが、今回の研究で明らかになったのは、胃腸障害が軽減されたとしても心筋梗塞のリスクはあるということです。
どのNSAIDsも内服開始後1週間から1か月くらいの間に心筋梗塞のリスクが上がることは覚えておいた方がいいでしょう。また、NSAIDsは血圧をあげるという副作用も忘れてはいけません。
注1;薬物乱用頭痛については下記コラムを参照ください。
はやりの病気第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
注2:この論文のタイトルは「Risk of acute myocardial infarction with NSAIDs in real world use: bayesian meta-analysis of individual patient data」で、下記URLで全文が読めます。
http://www.bmj.com/content/357/bmj.j1909
注3:下記を参照ください。
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」
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|2017年6月30日 金曜日
2017年6月30日 咳止めの「コデイン」が12歳未満は禁止に
「コデイン」というのは咳止めの代表的な薬剤で、医療機関でよく処方されますし、また、多くの市販の風邪薬に含まれています。一般的に使用されるようになってからおそらく50年以上はたっているでしょう。
2017年6月22日、厚労省は12歳未満へのコデインの使用を原則禁止することを発表しました。具体的には、製薬会社に対し2019年中に添付文書を改訂するように指示するそうです。報道によれば、コデインが含まれる市販の風邪薬は600種類にものぼるそうです。
これまで普通に使われていたコデインをなぜ厚労省が禁止とするのか。どうやら米国FDA(米食品医薬品局)が2017年4月に12歳未満への処方を禁じたことを受けて、まったく同じ処置をとろうと考えたようです。
医師がコデインを処方するときは慎重に投与しますが、それでも副作用の報告があります。日本では2004年4月~2017年5月に、呼吸不全や意識障害などの子供の重篤な副作用が4例報告されています(毎日新聞2017年6月4日)。
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コデインは「劇薬」というよりは「麻薬」そのものと考えた方がよく、実際アヘンから抽出されるものです。大量摂取すればいわゆるダウン系の薬物と同様の作用があり、80年代には随分と問題になりました。アンプル剤の咳止め(製品名は伏せます)にコデインがそれなりに含まれていて、これを10~20本ほど一気に飲んで「トリップ」する遊びが流行したのです。しかもこのアンプル剤、同じく咳止めとして使われる「エフェドリン」もそれなりに含まれていて、こちらは大量摂取すると覚醒剤と同じような作用があります。つまり、ダウン系の麻薬とアッパー系の覚醒剤を同時摂取することになり、いわば「スピードボール」が作用したときと同じような状態になるのです。
そのような危険なものをなんで使うの?という声もあるでしょうが、適量をうまく使えば劇的に咳の苦しみから解放されることがあるのです。特に体力のない幼児が眠れないほどの咳をしているときは、短い日数を条件に少量を処方する(というか水薬に混ぜる)のです。今後、コデインが使えないとなると咳の対処に苦労しそうです。
もっとも、コデインを代表とした中枢性の咳止めは安易に処方すべきではありませんし、市販の咳止めも安易に飲むべきでないのは事実です。咳反射を司っている神経を無理やり抑え込むようなやり方ですから、使用はやむを得ない場合に限定すべきです。咳で最も重要なのは「原因究明」です。咳の原因は様々であり、これらを解明することが何よりも重要なのです。太融寺町谷口医院には昔から「長引く咳」で受診する人が大勢います。安易に「咳止めをください」という患者さんに私が毎回伝えているのは「まず咳止め」ではなく「まず原因」です。
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