メディカルエッセイ

第179回(2017年12月) これから普及する次世代検査

 人間ドックなどで実施されることがある「腫瘍マーカー」。がんの早期発見には(ごく一部のものを除けば)まったく無意味であること、しかし、いくつかの「がん検診」は有益であり、厚労省が推薦している大腸、胃、肺、子宮頸部、乳腺については検査を受けるべきであることを過去のコラム(メディカルエッセイ第158回(2016年3月)「「がん検診」の是非」)で述べました。

 そのコラムを書いてからまだ2年もたっていませんが、正確にがんの早期発見ができるかもしれない検査方法がいくつか開発され実用化に近づいています。また、がん以外の領域でも新しい画期的な検査、それは医学の教科書を大きく書き換えるかもしれない検査が開発されてきています。今回はそれらの検査を「次世代検査」と名付け、今後普及するかどうかを検討したいと思います。

 まずはがんから始めましょう。最初に紹介したいのは、何度かメディアでも報道された「線虫の嗅覚」を用いたがんの早期発見検査です。私自身もこれを初めて聞いたときには驚きました。「線虫」とは寄生虫の仲間で、糸のような体をくねくねと動かす生物です。

 九州大学を中心とした研究グループは、線虫はがん患者の尿に引き寄せられることをつきとめ、がん早期発見のツールとして開発を進めています。わずか尿1滴で検査ができますから痛みも被爆もありません。気になるのは精度と費用ですが、論文(注1)によれば、精度については感度(検査で陽性となる人数/がん患者数)がなんと95.8%。これは驚くべき数字です。ステージ0(ゼロ)でも発見できると報じられています。一方、特異度(検査で陰性となる人数/がんでない人数)は95.0%ですからこちらも高い精度と言えます。費用は数百円といいますから、実用化すれば一気に普及することになるでしょう。現時点ではこの検査はまだ市場に登場していません。

 次に紹介したいのは「マイクロRNA」です。これは血液や唾液、尿などに含まれる小さなRNAのことで、がんに伴い血液中でその種類や量が変動することが分かってきています。国立がん研究センターもこの研究を担っており、同センターのウェブサイトにプロジェクトが掲載されています。同センターのプロジェクトでは1回の採血で13種のがんが診断できるとされています。

 そして、一部のがんについてはすでに一部の検査会社が実施しています。「マイクロアレイ血液検査」と呼ばれる検査は、胃がん、大腸がん、膵臓がん、胆道がんの4つのがんの超早期発見ができます。精度については、感度98.5%、特異度92.9%、と感度では線虫検査を上回ります。ただ、特異度が線虫検査よりも低く1,000人のがんでない人の検査をすると「がんでない」という正確な結果がでるのは929人。つまり71人はがんでないのに「がんの疑い」と言われてしまいます。しかし、特異度92.9%というのは極めて良好な数字です。(腫瘍マーカーは感度・特異度とも著しく低いと言われていますが、それを分析して数字を出した論文は私の知る限り見当たりません。おそらく健診で腫瘍マーカーを調べる国や地域がそう多くないからだと思われます。そういう意味で日本は”特殊な”国なのかもしれません)

 これら4つのがんのうち、胃がんと大腸がんは内視鏡(胃カメラ、大腸カメラ)でも早期発見が可能です。また、胃がんについてはヘリコバクター・ピロリの有無や抗体を調べることでリスク評価ができます。ペプシノーゲンという血液検査で調べる検査もある程度リスク評価ができます。内視鏡などの普及により胃がんと大腸がんは早期発見が可能となっているのです。

 ですが、膵臓がんと胆道がんは早期発見が極めて困難ながんです。98.5%という感度は俄かには信じられないほどで、今後普及するのは間違いないと私はみています。特異度が100%でありませんから、がんでないのにがんの疑いと言われる人がでてきますが、その場合も他の検査、エコーやMRI、MRCPなどを定期的におこなうことで安心することができます。

 この検査の欠点は費用が高くつくことです。今後普及していけば値段は下がってくるでしょうが、現時点では最低でも10万円程度かかります。

 マイクロRNAを測定することで早期発見できるようになってきたがんに「乳がん」があります。乳がんは早期発見できるがんとされていますが、実際には、毎年乳がん検診を受けていたのに発見されたときには手遅れだった、というケースもあります。マイクロRNAの解析をおこなうことで従来の乳がん検診よりも早期発見できる可能性が高くなったのです。乳がんは頻度が多いがんであること、若年者に多いがんであることから、今後普及していくものと思われます。

 遺伝子の話になると最近よく取り上げられるのは「テロメア」です。テロメアとは遺伝子の断片に存在する部分で、生まれつき長さに個人差があり、年をとるにつれてだんだんと短くなっていきます。そして、ギリギリまで短かくなるともはや細胞増殖ができなくなり、細胞の寿命が尽きます。ということはテロメアの長さを測定することによりどの程度長生きできるかが推測できるわけです。そして、このテロメアの長さの測定計測に成功したのが広島大学発のスタートアップ企業「株式会社ミルテル」です。この検査も今後普及していくことが予想されます。

 次に紹介したいのはアルツハイマー型認知症です。アルツハイマーのリスク低減には、地中海食、運動、禁煙(ただし喫煙がリスクを下げるという報告もあります)、社会性、勤勉性、外国語習得などいろいろと言われますが、どれも決定的なものではありません。現在分かっていることで最も確実なのが「ApoE遺伝子」という遺伝子検査です。ヒトが持つApoE遺伝子のタイプはε(イプシロンと読みます)2、ε3、ε4の3つで、2つ一組で存在します。つまり、すべての人は、①ε2・ε2、②ε2・ε3、③ε2・ε4、④ε3・ε3、⑤ε3・ε4、⑥ε4・ε4の6つのうちのどれかを持っていて、この組み合わせは生涯変わりません。3種のεのうち、ε4がアルツハイマーのリスクとなります。ε3・ε3の人がアルツハイマーになるリスクを1とすると、ε4・ε4の場合リスクはなんと11.6倍にもなります。ε3・ε4なら3.2倍です(注2)。

 この検査の”怖い”ところは、「遺伝子は変えられない」、ということです。例えば、あなたが結婚間近だとして、婚約者と共にこの検査を受けたとしましょう。あなたが、あるいは婚約者が上記ε4・ε4だったとしたらあなたはどう思うでしょうか。あるいは、あなたの親御さんはε4・ε4をもつあなたの婚約者をどう思うでしょうか。

 一方、アルツハイマーには「MCIスクリーニング」という検査が開発されました。これはアルツハイマーに”なりつつあるか”を調べる検査で、遺伝子には関係ありません。もしもこの検査で”なりつつある”という判定がでれば、食生活を改め運動を積極的におこなうなどで改善させることができます。実際に、この検査で”なりつつある”と出てから、生活を改め1年後の検査で「異常なし」となることも多いそうです。

 もうひとつ、最近広がってきている検査を紹介しましょう。それは「腸内フローラ」の検査です。フローラは元々「お花畑」という意味で様々な花が共存しているようなイメージです。どのような細菌がどの程度いるかを調べることができる検査です。健康な状態のフローラでなければ、食生活を改める、プロバイオティクス/プレバイオティクスを摂取するなどの対策を立てることができます。

 その他の次世代検査としては、BRCA遺伝子(乳がんの遺伝子検査)、次世代シーケンサーと呼ばれているゲノム配列を調べる検査、SNPs(遺伝子検査の1種)、メチレーション(遺伝子に結合するメチル基の検査)など多数あります。実用化には程遠いものやエビデンス(科学的確証度)が確立しているとはいえないものもありますが今後の展開に注意したいと思います(注3)。

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注1:この論文のタイトルは「A Highly Accurate Inclusive Cancer Screening Test Using Caenorhabditis elegans Scent Detection」で、下記URLで全文を読めます。

http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0118699

注2:これは医学誌『Alzheimer’s & Dementia』2007年10月号(オンライン版)に掲載された論文「Genetics and dementia: Risk factors, diagnosis, and management」に記されています。この論文は下記URLで概要を読むことができます。(ただし概要ではこれらのリスクの数値についての記載はありません)

http://www.alzheimersanddementia.com/article/S1552-5260(07)00549-3/abstract

注3:今回取り上げた次世代検査のなかで当院で実施する予定なのが、「マイクロアレイ」「ミアテスト」「テロメア」「ApoE遺伝子」「MCIスクリーニング」「腸内フローラ」です。詳しくは該当ページを参照ください。