医療ニュース

2021年3月1日 月曜日

2021年2月28日 睡眠環境の見直しで人生が変わる

 医学誌「Sleep」2021年1月28日号に興味深い論文が2本掲載されています。それらを合わせた結論は「緑の多い地域に住んで、睡眠をたっぷりと」となります。

 1つめの論文のタイトルは「住居環境と青年期の睡眠との関連 (Associations of the residential built environment with adolescent sleep outcomes )」です。

 住居周辺の騒音が大きいほど睡眠時間が短くなるだけでなく(これは常識的に理解できます)、周囲に「緑」が多いほど早寝早起きできることが分かりました。住宅の周囲に樹木が増えれば入眠時刻が早くなり、覚醒時刻も早くなるというのです。

 もうひとつの論文のタイトルは「青年期の睡眠時の脳波への睡眠制限の影響 (Effects of sleep restriction on the sleep electroencephalogram of adolescents )」です。

 結論からいえば、「就床時間(ベッドに入っている時間)を減らせば、睡眠時間(実際に眠っている時間)が減る以上に、認知機能に重要な脳波の活動が低下する」ことが分かりました。就床時間を10時間から7時間に減らすことによって、睡眠時間の減少率は23%だった一方で、脳波の活動は40%も低下していたそうです。尚、この研究の対象者は9.9~16.2歳の77人です。

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 少年から青年期の睡眠時間が大切と今さら言われても、取り返しのしようがありません。よって、成人になってできることは「騒音が少なくて緑の多い地区に住むこと」となります。小さなお子さんのいる家庭なら、さらに就床時間を確保することが大切になります。

 ちなみに私は小学校6年生頃からラジオの深夜放送にはまり、その後最近までショートスリーパーであることを”誇り”に思っていました。高校卒業以降、住んでいたアパートはほとんどが幹線道路沿い。医学部在学中に住んでいたワンルームマンションは高速道路の横でした。最近までいつも騒音と共に生活していました。

 これらの論文が小学校高学年くらいに出ていて、それを周りの大人が教えてくれていたら、私の人生はきっと違うものになったでしょう……。

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2021年1月30日 土曜日

2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消

 座りっぱなしが健康のリスクになることはこれまでこのサイトで繰り返し伝えてきました。生活習慣病、がん、ED、そして認知症のリスクにもなると言われている「座りっぱなし」は「第2の喫煙」と呼ばれることもあります。

 その危険な「座りっぱなし」をいかに解消するか。今回紹介したいのは「わずか1日11分の運動で解消できる」とするものです。発端は、医学誌「British Medical Journal」2020年12月号に掲載された論文「加速度計で測定された身体活動と座りっぱなしの時間と死亡率との関連性~44,000人以上の中年以上のメタ分析~(Joint associations of accelerometer-measured physical activity and sedentary time with all-cause mortality: a harmonised meta-analysis in more than 44 000 middle-aged and older individuals)」ですが、「1日11分」という言葉が広がったのは「New York Times」の記事「1日11分の運動が座りっぱなしを解消するかも(11 Minutes of Exercise a Day May Help Counter the Effects of Sitting)」だと思います。

 ポイントを述べていきましょう。

・従来、座りっぱなしのリスク解消には「1日60~75分の適度な運動が必要」とされていた。この根拠となっているのが医学誌「The Lancet」2016年9月24日号に掲載された論文「座りっぱなしのリスクを身体活動で解消できるか~100万人以上の男女から得たデータのメタ分析~(Does physical activity attenuate, or even eliminate, the detrimental association of sitting time with mortality? A harmonised meta-analysis of data from more than 1 million men and women)」。

・しかし今回、研究をより客観的な方法で実施しなおしたところ、早期死亡のリスクを減らすための最適な運動量は「1日35分程度の早歩き、もしくはそれに準ずる運動」であることが判った。

・1日少なくとも11分の運動をすれば長時間のデスクワークによる健康被害を減らすことができることも判った。

・座りっぱなしの時間が最も長く運動量が最も少ないグループは、運動量が最も多く座りっぱなしの時間が最も短いグループに比べて、早期に死亡するリスクが260パーセントも高い

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 運動の”敷居”は高いと考える人は少なくありませんが、1日11分なら可能でしょう。ただし、例えば「通勤で11分は歩いています」ではほとんど意味がないと思います。論文にはっきりと書いてあるわけではありませんが「心拍数を上げての11分」にすべきです。どれくらい心拍数を上げればいいかは年齢やその人の背景によって異なります。

 日頃診察していて私が思うのは「運動なしで健康を維持することはできない」「運動メニューの確立と実践は生活習慣病においては薬よりも有効な処方箋」ということです。

参考:
医療ニュース2018年6月9日 「「座りっぱなし」は認知症のリスクか」
医療ニュース2016年2月27日 「「座りっぱなし」はやはり危険」
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

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2021年1月30日 土曜日

2021年1月29日 ベジタリアンは骨折しやすい

 日本は諸外国と比べてベジタリアン、特にビーガンは少ないと言われていますが、太融寺町谷口医院の患者さんのなかに何人かはおられます。では、その人たちがとても健康かというと、そういうわけではなさそうです。貧血や低蛋白血症を防ぐためにサプリメントを多用して腎臓や肝臓を悪くするというケースはよくありますし、体重コントロールが上手くいかず過体重になっていく場合もあります。

 今回紹介したいのは「ビーガンは骨折リスクが4割高い」というイギリスの研究です。医学誌「BMC Medicine」11月23日号に「ベジタリアンとビーガンの食事と骨折のリスク~前向きEPIC-Oxford研究の結果 Vegetarian and vegan diets and risks of total and site-specific fractures: results from the prospective EPIC-Oxford study」というタイトルで掲載されました。

 ビーガンは肉、魚のみならず卵も乳製品も一切とらない最も厳しいベジタリアンで、骨折のリスクが上がるのは想像に難くありません。この研究では他のベジタリアンについても調査されています。

 調査の対象は「EPIC-Oxford」と呼ばれる研究の参加者約55,000人で、追跡期間は平均17.6年です。参加者の内訳は、通常の食生活をしている人(肉も食べる人)が29,380人、肉は食べず魚を食べる人(これをpescetarianと呼びます)が8,037人、通常のベジタリアン(肉も魚も食べない人)が15,499人、ビーガンが1,982人です。追跡期間中に発生した骨折は3,941件です。

 その結果、ビーガンはベジタリアンでない人に比べて、骨折のリスクが1.43倍になることが判りました。特に大腿骨近位部の骨折ではリスクが2.31倍にもなります。また、大腿骨近位部の骨折リスクは、ビーガン以外のベジタリアンでも上昇しています。魚を食べるが肉を食べないベジタリアン(pescetarian)は1.26倍、通常のベジタリアンは1.25倍となっています。

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 ベジタリアンになってから(あるいはビーガンになってから)調子がいいという人に、無理に肉を食べろとは言いませんが、私の経験上、ベジタリアンでいい健康状態を維持している人はほとんど見たことがありません。

 日本ではベジタリアン専用のレストランはあまりないと思いますが、海外ではよくあります。私は過去に一度バンコクのベジタリアン専門レストランに行ったことがあります。そこは「レストラン」というよりは体育館みたいなつくりで数百人のベジタリアンが集まってビュッフェ形式の食事を楽しんでいました。何人かに声をかけて気付いたのは、ほぼ全員が「ベジタリアンになって日が浅いこと」です。やはり長続きはしないのでは?、とその時感じました。

 太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、長続きして効果もでていることが多い食事療法は小麦制限です。あるいは極端なものは危険ですが、(小麦以外のものも含めた)糖質制限(低炭水化物ダイエット)やパレオダイエット(caveman diet)も、それなりにいい状態を維持し、かつ長続きしている人が多いようです。一方、ベジタリアンは軒並み上手くいっていません。

 きちんとしたことを言うには症例数を増やして統計学的な検討を加えなければなりませんが、私の「印象」としては、(もちろん個人ごとに考えなければなりませんが)おしなべて言えば肉を中心の生活にした方がいいように思えます。

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2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 Z薬は認知症の人の骨折・脳卒中のリスク

 「一番弱い睡眠薬って聞いたんでマイスリーを出してください」と言われて、大変驚かされたという話は以前どこかに書きました。なぜ、マイスリー(マイスリーは商品名。ゾルピデムが一般名。ここからはゾルピデムで統一)が一番弱いと言われているのかはまったく謎なのですが、このように言われることがときどきあります。

 ゾルピデムは一番弱いどころか、取り返しのつかない悲惨な事件の原因になっていることは過去にも述べました(はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」)。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬(以下BZ)が依然性が強く、大変危険であることも過去に何度も述べています(例えば、はやりの病気第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」

 ゾルピデムはベンゾジアゼピンに似ているのですが薬理学的な構造が異なるために、以前は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれていました。しかし、この表現であれば「BZとは異なり安全なのかな……」と誤解の元になります。最近はゾルピデムのような薬は「Z薬」と呼ばれるようになってきました。ゾルピデムの他にはゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ザレプロン(国内未承認薬)があります。いずれもZで始まるか、その関連品であるが故にZ薬と名付けられたのです。

 そのZ薬を認知症の人が使用すると、骨折や脳卒中のリスクが上昇することが報告されました。医学誌『BMC Medicine』2020年11月24日に「認知症患者の睡眠障害に対するZ薬の副作用:人口ベースのコホート研究(Adverse effects of Z-drugs for sleep disturbance in people living with dementia: a population-based cohort study)」という論文が掲載されました。

 研究は、睡眠障害があるがBZもZ薬も使用していない人、Z薬が使用されている人、BZが使用されている人で比較が行われました。Z薬を「高用量」で使用している人は、Z薬もBZも使用していない人に対して、大腿骨近位部骨折のリスクが1.96倍、脳梗塞のリスクが1.88倍になることが判りました。

 尚、この論文でのZ薬の「高用量」の定義はゾピクロン7.5mgです。日本ではゾピクロンは7.5mgと10mgが発売されていますから、どちらを選んでもすでに高用量となります。

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 大腿骨近位部骨折はかなり難儀な骨折で、寝たきりになる可能性が高く、1年後の死亡率は1~2割、1年が経過しても骨折前の歩行状態に回復しない割合は50%と言われています。

 どうしてもZ薬が必要なら半錠から始めるべきだ、と言えるかもしれませんが、当院の経験でいえば、Z薬は(もちろんBZも)安易に手を出すべきではありません。最近当院で患者さんから聞く「睡眠障害」の訴えは、「眠れないから睡眠薬を出してほしい」よりも「睡眠薬をやめたいけどやめられない」が増えてきています。

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2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 夜勤は喘息のリスク

 一定の年齢になると夜勤はやめるべき、ということをこのサイトで繰り返し述べています(例えば、はやりの病気第192回(2019年8月)「「夜勤」がもたらす病気」)。

 今回は夜勤が喘息のリスクを上昇させるという研究を紹介します。医学誌『Thorax』2020年11月16日号に「夜勤は喘息のリスク増加に関連(Night shift work is associated with an increased risk of asthma)」というタイトルの論文が掲載されました、

 研究の対象者は2007~2010年に「UK Biobank」と呼ばれる調査に参加した286,825人です。対象者のなかで喘息を有していたのは全体の5.3%(14,238人)です。常に夜勤の人は、固定時間勤務の人に比べて中等症から重症の喘息を発症するリスクが36%高いことが判りました。

また、常に夜勤をしている人は、夜勤なし、または夜勤はまれ、という人たちに比べて肺機能が低下している確率が20%高いことも明らかとなりました。

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 過去にも述べたように、誰かが夜勤をしなければならないのは明らかですが、誰が何歳までおこなうのかについては社会全体で何らかのガイドラインをつくるべきだと私は考えています。

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2020年12月1日 火曜日

2020年11月30日 女性の記憶力低下を防ぐには「働くこと」

 意外な研究結果が報告されました。

 高齢になると誰もが恐れるのが記憶力の低下、ひいては認知症だと思います。これらのリスク因子としてよく指摘されるのが、肥満を含めた生活習慣病、喫煙、運動不足、などで、さらに「労働」ということもしばしば指摘されます。では、専業主婦と働くシングルマザーではどちらの記憶力が衰えやすいでしょうか。研究によればそれは専業主婦などのです。

 医学誌『Neurology』2020年11月4日号(オンライン版)に「 米国の女性における仕事と家庭の有無と中年および晩年の記憶低下との関連(Association of work-family experience with mid- and late-life memory decline in US women)」というタイトルの興味深い論文が掲載されました。

 研究の対象者は55歳以上の米国女性6,189人です。16歳から50歳までの勤務状況、婚姻状況、子供の有無からグループ分けがおこなわれました。その結果、未婚で働く女性488人、既婚で子供を持ち働く女性4,326人、働くシングルマザー530人、働かないシングルマザー319人、専業主婦526人となりました。

 どのグループも55歳から60歳までは記憶力低下に差はありませんでした。ところが60歳以降では働くことと記憶力低下に顕著な差が表れたのです。出産後に有給で働かなかった人は働いていた人に比べて記憶力の低下がなんと50%以上も認められたというのです。

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 この論文を報じた米国の健康情報サイト「HealthDay」は、この研究をおこなった学者Elizabeth Rose Mayeda氏をインタビューしています。

 氏は「働くタイミングは重要ではない」とコメントしています。氏によれば、「記憶力の低下率は、一貫して働いている人、数年間子育てをした後に働きに出る人、それよりも長い期間家にいて(専業主婦をして)働きに出る人で差はない」そうです。ということは、いくつになっても「働きに出る」ことが記憶力維持につながることを示唆しています。

 古典的なフェミニズムでは「専業主婦業はれっきとした労働」と言われ、それに異論はありませんが、こと記憶力低下の予防という点においては「狭義の労働」に分がありそうです。ですが、ボランティアなど無償の仕事や他の社会活動では記憶力低下を防げないのでしょうか。また、狭義の労働が記憶力維持に有効なのならば、その理由は何なのでしょう。仕事のプレッシャーや人間関係から来るストレスが良きスパイスになっているのでしょうか。

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2020年11月24日 火曜日

2020年11月24日 フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる

 男性型脱毛症(以下「AGA])の画期的な薬として日本では2005年に登場した爆発的に処方され、AGAで悩む男性が劇的に減ったと言われています。そして、発売当初から「抑うつ症状」の副作用は指摘されていたのは事実です。

 ただ、太融寺町谷口医院の例でいえばオープンした2007年当初からプロペシア(その後後発品の「フィナステリド」)は大変人気のある薬でしたが、大きな副作用はほとんど聞きません。リビドーの低下(つまり、性欲が低下する)を訴える人はある程度いますが(添付文書では1~5%未満に起こるとされています)、それでも、例えば「パートナーからクレームがくる」ほどには低下せず、「性欲はちょっと減ってちょうどよくなった」と言われることもあります。

 添付文書では「抑うつ症状」が起こるのは「頻度不明」とされています。ところが、フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる気持ち(自殺念慮)の頻度がそれなりに高いことが大規模調査で判明しました。

 医学誌「JAMA Dermatology」2020年11月11日(オンライン版)に「フィナステリド使用時の自殺念慮と精神症状の副作用(Investigation of Suicidality and Psychological Adverse Events in Patients Treated With Finasteride)」というタイトルの論文が掲載されました。

 研究は米国の学者によって、WHOが薬の副作用をまとめたデータベース「VigiBase」を使っておこなわれました。このデータベースに、フィナステリドを使用して自殺念慮が生じた事例356件と精神症状が出現した事例2,926件が報告されていたようです。これらを統計学的に解析すると、フィナステリド使用により自殺念慮のリスクが1.63倍、精神症状の出現リスクは4.33倍になることが分かりました。

 また、大変興味深いことにフィナステリドと似た働きをするデュタステリドではこのようなリスク上昇は認められませんでした。

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 フィナステリドとデュタステリドは非常に似た薬です。両者とも5αリダクターゼという酵素を阻害することによりジヒドロテストステロンという男性ホルモンの1種の生成を抑制します。そして、5αリダクターゼには1型と2型があり、フィナステリドは2型のみを阻害するのに対し、デュタステリドは1型、2型双方を阻害します。

 すでに本サイトでも紹介しているようにAGAを改善させる効果はデュタステリド>フィナステリドです。また、後発品の登場で値段もデュタステリド(当院では3,300円税込み)の方が安くなっています。さらに、フィナステリドで自殺念慮の副作用が出現しやすくなるとなれば、ほとんどの人がフィナステリドではなくデュタステリドを選ぶことになるでしょう。

 もしかするとフィナステリドが市場から消えることもあるかもしれません。

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2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 認知症予防には「食の多様性(ダイバーシティ)」

 ここ数年よく耳にする言葉に多様性(ダイバーシティ)があります。よく使われるのは、主に職場で「人種、宗教、性的指向・性自認などの違いからくる人それぞれの考えを尊重しよう」という文脈です。最近の日本では、セクシャルマイノリティの人権の話になると決まって引用されます。

 しかし多様性(diversity)というのは社会的な言葉だけではなく、医学の分野でも用いられることがあります。今回の話題は「食の多様性」です。

 多様性に富んだ食事をしている人ほど加齢による海馬(記憶を司る脳の部位)の萎縮が抑制される……

 医学誌『European Journal of Clinical Nutrition』9月2日(オンライン版)に「食の多様性は、日本人の海馬の体積の変化と関連(Dietary diversity is associated with longitudinal changes in hippocampal volume among Japanese community dwellers)」というタイトルの論文が掲載されました。著者は日本人の学者です。

 海馬は記憶を司る脳の領域で、加齢に伴い誰もが萎縮していきますが、アルツハイマー病などの認知症があれば早期から萎縮することが分かっています。

 研究の対象者は「国立長寿医療研究センター」の老化に関する研究に参加している1,683人(男性50.6%)、調査期間は2008年7月~2012年7月です。海馬の萎縮の程度と食事内容との関係が解析されています。

 食の多様性を5段階に分類すると、多様性が最も少ないグループでは海馬の体積の減少率が1.31%、次いで順に1.07%、0.98%、0.81%、0.85%となりました。

 研究者は「様々なものを食べること(食の多様性を増やすこと)が認知症のリスク低下につながる」と結論づけています。

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 太融寺町谷口医院の患者さんのなかに「身体にいいもの」にこだわりすぎて、特定のものばかり食べて「身体に悪い(かもしれない)もの」を一切避けているという人がいます。たとえば発芽玄米のみばかり食べて、小麦、卵、大豆製品などを一切食べないという人がいます。そして、「魚には重金属が…」「コーヒーにはカビが……」などと言って食べるものをどんどんと制限しています。こういう人たちはビーガン(徹底した菜食主義者)の人たちよりもさらに健康のリスクがあるのは自明なのですが、なかなか聞く耳をもってくれません。

 組織と同じで食にも多様性が必要、といってもこういう人たちの耳には届かないのでしょうか……。

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2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 胃薬PPIは糖尿病のリスクにもなる

 このサイトでは特定の薬を充分な根拠もないままに高評価したり、逆に低く評価したりはしていないつもりです。常に客観的な観点から医療情報をお伝えすることを心がけています。ですが、胃薬PPIに関しては否定的なものを取り上げる機会が増えています。認知症、脳梗塞、骨粗しょう症などのリスクになることが指摘されているPPIは新型コロナのリスクにもなる可能性があることを過去に伝えました。今回は糖尿病との関係です。

 医学誌『Gut』2020年9月28日号(オンライン版)に「胃薬PPIの定期的な服用と2型糖尿病のリスク:3つの前向きコホート研究の結果(Regular use of proton pump inhibitors and risk of type 2 diabetes: results from three prospective cohort studies)」というタイトルの論文が掲載されました。中国人の学者による研究ですが、対象は米国の医療従事者が対象の3つの大きな研究(Nurses’ Health Study(NHS)、NHSⅡ、Health Professionals Follow-up Study(HPFS))です。

 調査開始時に糖尿病を発症していない人が204,689人で、調査期間中に10,105人が糖尿病を発症しています。PPIを使用していない人に比べて、PPIの長期使用者で糖尿病のリスクが24%上昇していました。リスクは使用期間が長いほど上昇するようで、使用期間が0~2年のグループでは発症リスクが5%上昇するのに対し、2年以上の使用では26%になっています。

 興味深いことに、このリスクはPPIを中止すると減少するようです。使用中止期間が0~2年であれば17%、2年以上になれば19%のリスク低下が確認されています。

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 過去にも述べたように、これまでPPIを内服していた人でも、少しの生活習慣の改善と薬の変更でいい状態が維持できる人は少なくありません。PPIは頼りになる薬ですが、長期使用を減らしていく対策も必要です。

医療ニュース
2020年8月6日 胃薬PPIは新型コロナのリスクになる
2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

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2020年9月27日 日曜日

2020年9月28日 やはり「咳」には蜂蜜が最善

 少し古い話になりますが、2020年1月に毎日新聞社主催で私がおこなった講演で、質問が多かったひとつが「咳に対する蜂蜜の効果」でした。その講演で私が述べたのは、次のことがらです。

・いわゆる「咳止め」は脳の咳中枢を抑える薬か、気管を拡張させる薬であり、双方とも可能なら使わない方がいい。

・咳中枢をおさえる薬は麻薬(コデイン)、気管を拡張させる薬は覚醒剤(エフェドリン)であり双方とも中毒性がある。

・これらも含めてエビデンス(科学的証拠)のある咳止め薬はほとんどない

・しかし蜂蜜は有効とするエビデンスがある

・実は蜂蜜は保険診療で処方ができる。太融寺町谷口医院で処方していないのは、わざわざ処方薬を使わなくてもスーパーで売っているもので充分だから。

・薬のなかでは蜂蜜と同じ程度の効果があるかもしれないのが「デキストロメトルファン」(商品名は「メジコン」など)

 これらは主にコクランライブラリーというエビデンスを集めたサイトで紹介されている「小児の急性咳嗽に対する蜂蜜(Honey for acute cough in children)」という論文が元になっています。

 2020年8月、医学誌「BMJ(British Medical Journal)」に「上気道炎症状に対する蜂蜜の効果~体系的考察とメタ分析~(Effectiveness of honey for symptomatic relief in upper respiratory tract infections: a systematic review and meta-analysis)」というタイトルの論文が掲載されました。

 内容は「風邪の咳には蜂蜜が有効で、薬には効果がない」とするもので、コクランライブラリーに掲載されている論文と同じような結果です。ただ、コクランライブラリーでは小児だけが検討されているのに対し、今回発表されたBMJのものでは成人に対する効果も検証されており、やはり蜂蜜は有効とされています。

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 これは私見(というか私的な経験)でエビデンスはありませんが、私は蜂蜜は風邪の予防にもなると思っています。以前も述べたように私は8年近く風邪をひいておらず、その理由は「谷口式鼻うがい」ですが(参照:はやりの病気第198回(2020年2月)「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)、蜂蜜をよく食べるようになったのもそのひとつかもしれません。食べるといってもスプーン1杯程度を舐めるだけですが。

 蜂蜜ですべての風邪を予防できてすべての咳に有効というわけではありませんが、少なくとも従来の咳止めは使うべきでないでしょう。「咳にはまず蜂蜜、それで改善しなければ受診を」と太融寺町谷口医院では言い続けています。

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