ブログ
2023年7月30日 日曜日
2023年8月1日 亜鉛はコロナに効く!
過去の「流行りの病気」「ポストコロナ症候群に有効な治療薬はあるか」で、亜鉛は「もともと欠乏している人は重症化しやすい」という報告はあるものの、感染時に亜鉛を投与してもそれが新型コロナウイルス感染症(以下、単に「コロナ」)、あるいはコロナ後遺症の治療になるわけではない、という研究を紹介しました。
そのコラムで紹介したように、日本の「医療基盤・健康・影響研究所」はコロナの治療としての亜鉛の有効性を否定しています。そして、今もその考えを取り下げていません。
ところが、世界的には「コロナの治療として亜鉛は有効」という結論になりつつあります。2つのメタアナリシスを紹介しましょう。
1つ目は医学誌「European Journal of Medical Research」2022年5月23日号に掲載された「亜鉛補給と新型コロナウイルス感染症による死亡率:メタ分析(Zinc supplementation and COVID-19 mortality: a meta-analysis)」です。
1,398人の対象者を解析した結果、亜鉛補給によりコロナによる死亡リスクが43%低下するという結果が導かれました。
もう1つの研究は医学誌「Cureus」2023年6月10日号に掲載された「亜鉛補給は新型コロナウイルス感染症患者の死亡率低下と関連する: メタ分析(Zinc Supplementation Associated With a Decrease in Mortality in COVID-19 Patients: A Meta-Analysis)」です。
これまでに発表された亜鉛とコロナについての1,215本の論文が検索され、これらから質の高い5つの試験で死亡率を、2つの試験で症状の改善度を評価しました。結果、亜鉛補給によりコロナによる死亡リスクが37%低下していたことが分かりました。一方、症状自体の改善度には差がなかったようです。
************
亜鉛補給がコロナの治療になるかの2つのメタアナリシスが実施され、双方とも「亜鉛に効果あり」という結果が出たわけです。なぜ日本の「医療基盤・健康・影響研究所」は黙ったままなのでしょうか。
亜鉛は費用も安いですから積極的に使えばいいと思いますが、問題は保険診療で血中亜鉛濃度が調べられないことです。以前も述べたように、「自分の亜鉛濃度は低いと思っていたのに調べてみると基準値よりも高かった」ということもしばしばあります。
コロナに感染したときに亜鉛を使うべきか否か。かかりつけ医と相談して決めるのがいいでしょう。
投稿者 記事URL
|2023年7月24日 月曜日
2023年7月24日 更年期障害のホルモン補充療法はやはり認知症のリスクなのか
更年期障害の訴えがある女性全員に勧めているわけではありませんが、谷口医院でもやや重症の更年期障害の患者さんには一度はホルモン補充療法(HRT)の説明をし、そして実際、それなりの割合の人がこの治療法を開始します。
もちろん開始前にはホルモン補充療法の注意点について説明します。乳がんのリスク、血栓症のリスクは必ず伝え、その他その患者さんに応じて話をします。「認知症のリスク」については質問があれば説明しますが積極的には伝えていません。「認知症のリスクを下げる」する報告もあり決着がついていないからです。
今回、「ホルモン補充療法が認知症のリスクになる」という研究が発表されました。
医学誌「British Medical Journal」2023年6月28日号に掲載された論文「更年期障害のホルモン療法と認知症:全国規模の症例対照研究(Menopausal hormone therapy and dementia: nationwide, nested case-control study)」です。
研究の対象は、デンマークの医療データベースに登録されている2000年1月1日から2018年12月31日までの間に認知症を発症した女性5,589人です。対照群(認知症を発症しなかったグループ)として年齢を一致させた55,890人が選ばれています。
認知症を発症したグループでは1,782人(31.9%)がホルモン補充療法を受けていました。一方、対照群でホルモン補充療法を受けていたのは16,154人(28.9%)でした。ホルモン補充療法の治療開始の年齢中央値は53歳でした。
解析した結果、ホルモン補充療法を受けたことがない女性に比べて、ホルモン補充療法を実施していた女性では、認知症の発症リスクが24%高いことが分かりました。
期間でみると、ホルモン補充療法実施期間が1年以下の場合は認知症のリスクが21%、12年以上では74%上昇することが分かりました。つまり、治療期間が長いほどリスクが高いというわけです。
治療開始年齢でみれば、45~50歳で治療を開始した場合は26%、51~60歳では21%リスクが上昇していました。つまり、早く始めるほどリスクが上昇することになります。
************
ホルモン補充療法が認知症のリスクになるとする研究については過去にも紹介したことがあります(下記)。その研究はフィンランドのものでやはり規模はそれなりに大きいものでしたから、今後ホルモン補充療法実施には認知症のリスクを念頭に置いた方がいいかもしれません。
例えば、血縁者に認知症の人がいるような場合は避けた方がいいかもしれません。
参考:医療ニュース
2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
投稿者 記事URL
|2023年7月19日 水曜日
第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!
相変わらず質問・相談の絶えない「GLP-1ダイエット」(正確には「GLP-1受容体作動薬によるダイエット」となると思いますが、ここでは簡略化された「GLP-1ダイエット」で通します)。少し前までは、初の内服である「リベルサス」に関する質問が多かったのですが、最近はその先を行く”第2世代”、さらには”第3世代”とも呼べる新しい製品に関心が集まってきています。
といっても第2世代の「マンジャロ」は、日本ではつい最近、(抗肥満薬ではなく)糖尿病の薬として発売されたばかりですし、第3世代の「Retatrutide」は、本稿執筆時点の2023年7月の時点で発売されている国は世界中のどこにもありません。我々医療者でも入手したばかりの情報を一般の人が仕入れて、さらに的確な質問をされることに驚かされます。今回はこれらの特徴をまとめて、今後日本で普及するかどうか、さらに問題点もまとめてみたいと思います。
まずはGLP-1ダイエットの歴史を振り替えてみましょう。
2010年6月 注射薬(1日1回注射)のリラグルチド(商品名「ビクトーザ」)が糖尿病に対して保険処方開始。その頃より、美容系クリニックがダイエット目的にリラグルチド(商品名「サクセンダ」)を輸入し販売開始。徐々に売上を伸ばす
2020年6月 注射薬(週に1回注射)のセマグルチド(商品名「オゼンピック」)が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。1日1回注射のサクセンダに代わりシェアを伸ばす
2021年2月 セマグルチドの内服薬「リベルサス」が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。注射型のオゼンピックに代わりシェアを伸ばす
2023年3月 セマグルチドが「ウゴービ」という名称でダイエット目的で保険薬として承認される。しかし2023年7月20日時点で「薬価収載」されておらず、処方できない状態が続いている
2023年4月 第2世代のGLP-1ダイエット薬(週に1回注射)とも呼べるチルゼパチド(商品名「マンジャロ」)が糖尿病に対して保険診療開始。
2023年6月 米国イーライリリー社が第3世代のGLP-1ダイエット薬とも呼べる「Retatrutide」について、米国サンディエゴで開催された米国糖尿病協会(ADA)で報告した
ここで、なぜGLP-1ダイエット薬を第2世代、第3世代と区別すべきかについて説明しておきます。実は、第2世代、第3世代という表現は正式なものではなく、私が勝手に命名しているにすぎません。しかし、患者さん(閉院・移転の関係で7月以降はメール対応のみ)に説明する上で、このような言い方をすると伝えやすいのです。
第1世代のGLP-1ダイエット薬は、有効成分が「GLP-1受容体作動薬のみ」です。ビクトーザもサクセンダもオゼンピックもリベルサスもこれに該当します。
第2世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬」です。「GIP」(Gastric inhibitory polypeptide)という言葉には聞き馴染みがないかもしれませんが、GLP-1受容体作動薬と同じように、血糖値を下げて肥満を解消する効果があると考えて差支えありません。
第3世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬+グルカゴン受容体作動薬」です。上述したようにGIPという用語はほとんどの人にとって馴染みがない言葉だと思いますが、グルカゴンは高校の生物に出てきますから聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。生物を選択していた人なら「インスリンの反対の作用」と覚えていると思います。
となると、疑問が出てきます。インスリンは血糖値を下げる働きがあるから、それが分泌されなくなったり効きが悪くなったりすれば治療としてインスリンを注射します。そしてこれが従来からおこなわれてきた糖尿病の治療法です。ならばインスリンと反対の方向のグルカゴンを作用させれば血糖値が上がってしまい、糖尿病を悪化させ、さらには肥満を増強しそうな感じがします。私自身も少し前まではそう思っていました。
ですが、実態はどうもそうではなく、グルカゴンはかなり複雑な働きをするようなのです。細かいメカニズムは解明しきれていないようなのですが、臨床試験の結果として、グルカゴン受容体を作用させれば、糖尿病の治療、さらにはダイエットにもつながることが分かってきたのです。ただし、この薬は現時点では学会で有効性が報告された段階であり、商品として市場に登場、さらに日本市場に現れるのはまだまだ先の話です。処方が開始されるにしても先に糖尿病薬としてであり、ダイエット目的の処方は見通しすらついていません。
ところで、谷口医院ではこれまでGLP-1ダイエットを希望する人に対して一切の処方をしていません。しかし「どうしても痩せたい」という人を止めることはできず、美容クリニックで(あるいは一般の内科系クリニックで)処方を受けている(というより購入している)人もいます。驚くべきことに、まったく肥満がないような若い女性にまで、しかも美容クリニックのみならず、一般の内科系クリニックやさらには糖尿病専門医までもがGL-1ダイエット薬を処方しているのが現状です。
では、GLP-1ダイエットに危険性はないのかと言えば「おおいにある」が答えです。まず、肥満がない人はこのような薬を使うべきではありません(と言ってもダイエットに取りつかれた人は何としてでも入手するのですが)。
次にある程度の肥満があった場合も副作用についてきちんと理解しておく必要があります。そもそもGLP-1ダイエットでやせるのは当たり前です。なぜなら食欲が激減するからです。実際、「食べる楽しみを失ったから(GLP-1ダイエットを)やめました」という人は後を絶ちません。
「GLP-1ダイエットのせいで食欲がなくなったから注射を(内服を)中止します」、にはそれほど大きな問題はありません。ですが、「GLP-1ダイエットのせいで命を失(いそうにな)った」は絶対に避けなければなりません。そして、実際、そのような報告が増えています。
EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会は、現在GLP-1受容体作動薬が原因の自殺念慮と自傷行為について検討しています。アイスランドではこれまでにGLP-1受容体作動薬が原因と思われる自殺念慮や自傷行為が約150件寄せられています。現時点では欧州の他国の状況や、EMAが今後どのような決定をするかについての情報はありませんが、注意深く経過をみていく必要があります。
翻って現在の日本。過去にも述べたように(下記コラム参照)、日本医師会の今村副会長が「(肥満に対しGLP-1ダイエット薬を処方するのは)医の倫理に反する」とまで記者会見で述べたのにもかかわらず、全国の美容外科医、一部の内科医、さらには一部の糖尿病専門医は肥満者のみならず、肥満がない人(特に若い女性)に処方しています。谷口医院が知る限り、「処方医から自殺念慮や自傷行為のリスクがあると聞いた」と答えた人はゼロです。
誤解のないように言っておくと、谷口医院はGLP-1ダイエットに反対しているわけではありません。むしろ、「ウゴービが保険適用になれば開始しましょうね」と話している患者さんも次第に増えてきています。
ですが、肥満のない人に対する処方は(つまり保険適用外の処方は)谷口医院ではおこなう予定はありません。そのような人たちに対してはこれまで通りオーソドックスなダイエット方法を伝えていきます。これで、けっこうな人たちが理想体重にもっていって健康を維持できているのです。
参考:
はやりの病気第223回(2022年3月)「GLP-1ダイエットが危険な理由」
はやりの病気第228回(2022年8月)「GLP-1ダイエットが危険な理由~その2~」
投稿者 記事URL
|2023年7月9日 日曜日
2023年7月9日 子宮内膜症の原因は細菌感染か
女性のコモンディジーズである子宮内膜症(以下、単に「内膜症」)の原因が「細菌感染ではないか」というパラダイムシフトとも呼べそうな説が日本の学者から提唱されました。
なぜか日本のメディアではあまり見かけませんが、これはかなり大きなインパクトのあるニュースであり、世界の各メディアが取り上げました。例えば、Washington Postは「1000の研究で1つあるかないかのエキサイティングなものだ」と識者が絶賛したコメントを紹介しています。
ではこの画期的な研究を(メディア記事からではなく)論文から紹介しましょう。医学誌「Science Translational Medicine」2023年6月14日号に掲載された論文「フソバクテリウム感染は、子宮内膜線維芽細胞の表現型の変化を通して子宮内膜症の発症を促進する(Fusobacterium infection facilitates the development of endometriosis through the phenotypic transition of endometrial fibroblasts)」です。
研究の対象となったのは女性155人(内膜症の患者79人、健常者76人)で、膣内を綿棒でぬぐってどのような細菌が生息しているかが調べられました。結果、内膜症の患者の64パーセントが子宮内膜でフソバクテリウム属の細菌が陽性であり、対象者は10%未満でした。
さらにマウスでの実験が実施されました。フソバクテリウムをマウスに注射した後、子宮内膜症病変が増加することが分かったのです。さらにそのマウスに抗菌薬を投与すると、病変の数と体重が大幅に減少したのです。
************
では、内膜症で悩んでいる患者さんには全例抗菌薬を投与しましょう、と単純に事が運ぶわけではありません。今回の研究は対象者数が充分とは言えませんし、抗菌薬には弊害もあるからです。
ここで基本事項をおさらいしておきましょう。
まず、内膜症とは簡単にいえば、子宮内膜の組織が卵巣や腹膜など他の組織で増殖し、症状としては腹痛が生じます。原因は現在も不明とされています。いくつかの説があるのですが決定的なものはありません。日本産婦人科医会のサイトによると、次の8つの説が紹介されています。
1)体腔上皮化生説
2)子宮内膜移植説
3)胎生組織遺残説
4)リンパ行性転移説
5)血行性転移説
6)医原性移植説
7)免疫学的異常説
8)幹細胞説
今回の研究は上記のいずれとも異なるまったく新しい説なのです。
次にメディアで取り上げられることはめったにないフソバクテリウムについて紹介しておきましょう。この細菌は通常は無害ですが、一部の株は重篤な感染症を引き起こす可能性があり、歯周炎や扁桃炎などの口腔疾患に関連しています。なぜ、口腔内にみられる細菌が子宮に生息しているのかは分かっていません。男性(女性)との性交渉でオーラルセックス(cunnilingus)を介して、という可能性はなくはないですが、性的接触の経験がない内膜症の患者さんもいます。
内膜症の治療は、最初に試みるのは低用量ピル(保険適用があります)ですが、当然のことながら妊娠を希望する場合はピルは使えませんし、副作用からピルが飲めない人もいます。最終的には手術しか選択肢がない、というケースもあります。
そんなときに、難治性となる内膜症が抗菌薬の投与で治癒するなら夢のような話です。勇み足になるようなことは避けなければなりませんが、今後の研究に注意したいと思います。
投稿者 記事URL
|2023年7月8日 土曜日
2023年7月 閉院25日前に起こった”奇跡”
2023年1月のマンスリーレポート「「閉院」を決めました」で、太融寺町谷口医院がとれる選択肢は「閉院」以外にないことを発表しました。閉院後に私自身が何をするかはまったく決まっておらず、医師以外の仕事も選択肢に入れようと考えていました。たまたま閉院を決意した直後の1月中旬に、医療系ポータルサイトのm3.comから「閉院後何をしますか」というインタビューを受け、そのときは、刑務所で働く医師(矯正医官)、海外の日本大使館で働く医師(医務官)、留学生の多い大学で働く医師(学校医)なども考えていると答えました。その当時、最も現実的だったプランはタイ滞在です。私が主催するNPO法人GINAはタイのエイズ患者の支援をおこなっています。タイの田舎を拠点にボランティアをしながらのんびりと余生を過ごすことを考えていたのです。
そのインタビューを受けたのと同じ頃、私が大好きな西日本のある町で開業しているある医師が、私が医師をやめようとしていることを知って、「自分の診療所を引き継いでくれないか」と連絡をくれました。私が大好きなその町で働けるとは夢のようです。早速、閉院後すぐにでも見学に行かせてほしいと返事をしました。しかし、その医師とメールのやり取りをしているなかで、突然わきばらにボディブローを受けたような痛みを覚えました……。
その医師は「自分が引退してからも患者さんを見捨てられないから、(私に)来てほしい」と言うのです。その医師は特に深い意味を込めてそう言ったわけではなく、後継者を探している理由をそのまま述べただけだと思います。しかし、私にとってはこの言葉が鈍い”痛み”となり、その痛みは徐々に身体の奥の方に広がっていきました。
その理由は明らかです。1月4日、閉院を公表した日から、日々の診察は「6月で閉院します。申し訳ありません」と患者さんに謝罪し続ける日々となっていました。「困ります」と怒り出す人もいれば、泣き出す人もいました。平静を装おうとするのだけれど涙があふれだす人もいました。そして、私は恥じました。このような患者さんたちを見捨てて、自分の好きな町に行こうと考えたことを。
そして私は、「移転先を1年4ヶ月探して見つからなかったけど、もう一度探すしかない」と考えるようになりました。
2月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?」では、大阪市北区を離れて少し遠いところで物件を探すことにすると報告しました。しかし、北区で見つからなかったものがそう簡単に他の区で見つかるはずがありませんでした。
3月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?~続編~」では、なかなかいい物件は出てこないものの、欠点を我慢すればできないわけではない物件が見つかってきたことを紹介しました。欠点とは、「かなり狭い」、「発熱外来ができない」、「薬局が近くになく、院内薬局をつくるスペースもない」、「水回りが不十分」、「トイレが小さすぎる」、「エレベータがない」などの悪条件です。この頃には、最悪の場合、ワンルームマンションを借りて、そこでオンライン診療だけをおこなうという選択肢も考えるようになっていました。
いつまでも理想を求めているだけでは何も産まれません。何かを妥協しなければ移転は実現しません。そこで何を犠牲にするかを考え始めました。「駅から遠い」は患者さんに理解してもらうしかありません。「狭い」も完全予約制にするなどして対処すればやっていけるかもしれません。「水回りがない」は診察できませんから、大幅な工事が必要になります。それを家主に認めてもらうよう交渉しなければなりません。
そういった妥協案を考えていた4月の中頃、当院を長年かかりつけ医にしているある不動産関係の社長さんが、「いいのが見つかりました」と言って物件を紹介してくれました。この物件はこれまで検討したなかで群を抜いて理想的です。というより、欠点がありません。太融寺町谷口医院からすぐ近く、駅からも徒歩1~2分、そして、ビルの1階をまるごと貸りることができます。ビル自体が新しく、バリアフリーで、充分な広さがありますから「発熱外来」も実施できます。
ところが、「やっと運が回ってきた!」と喜んだのも束の間、そのビルのオーナーが「谷口医院には貸さない」と言ってきたのです。なぜか。「(当院が)現在家主を訴えた裁判を起こしているから」だと言います。ある不動産関係者に聞いてみると「家主としてはそういうエピソードのある借主を嫌がる」そうです。ですが、いくつか見て回った物件の家主は「ボクシングジムを階上に入れられたなんてそんなに気の毒なことがあったのなら是非うちを借りてください」と言ってくれていました。同情してほしいとは思いませんが、当院が不当な理由で家主を訴えているわけではないことは理解してもらいたいものです。ですが、そんなことを言っても家主がNOと言うなら仕方がありません。
移転先探しは再び暗礁に乗り上げました。
ゴールデンウィークに入る直前、ある医療モールと契約できそうな状況になってきました。今年の秋ごろに新たにできる医療モールで、まだ入居するクリニックは決まっていないと言います。以前、入居希望した医療モールは、モール自体は歓迎してくれましたが、そのモールに入っている医療機関から反対されて話は流れました。今度の話は、入居先はまだどこも決まっていないわけですから谷口医院が一番乗りになり、他院から反対されることはありません。
この新築の医療モールに入居することをかなり真剣に考え始めた頃、ゴールデンウィークに突入しました。連休中、私はあらゆる伝手を頼って医療モールに関する情報収集に努めました。その結果分かったのは「医療モールにはトラブルが多い」ことでした。「患者の取り合い」のような事態になりやすいというのです。
谷口医院自体は開院当初の2007年から「他で診てもらえなかった人、ようこそ」というポリシーを通しています。昔も今も「診てもらえるところがあるならそちらにどうぞ」という方針です。他に受診できるところがあるならそちらに行かれればいいわけです。そもそも世間には「きちんと診てもらえるところがない」と嘆いている患者さんがものすごくたくさんいて、需要が供給よりも圧倒的に多いのです。「開業医は余っている」という声があるのは私も知っていますが、それは「開業医にとって都合のいい患者が少ない」を示しているに過ぎません。
私としては「患者をとった・とられた」などというややこしい話に巻き込まれたくありませんし、そういう話が直接耳に入らなかったとしても、そういうことを考える医師と同じ医療モールで診察をしたくありません。そんな医者がどれくらいいるのか知りませんが、当院は実際にそういう医者から入居を反対された経験があるわけですから今後も出てこないとは限りません。
しかし、連休も終わり6月末の閉院まで残りの時間がなくなっていく状況下で、依然この新しい医療モールが第一候補のままです。
そんなとき、長年当院をかかりつけにしている不動産会社を経営するある患者さん(上述の社長さんとはまた別の患者さん)が、魅力的な物件があるという話を持ってきてくれました。ビルのオーナーが変わったばかりで、薬局と診療所に同時に貸すことも検討しているとのこと。
私はこの話に飛びつきました。非常に幸運なことに当院の治療方針に共感してくれる薬局が1階に入ることになりました。谷口医院は2階から5階を使います。このビルを借りる契約が成立したのは2023年6月5日。閉院まで残りわずか25日の時点でした。
以上が新しい谷口医院が生まれるまでの軌跡です。
新しい谷口医院では8月14日から診察を再開します。
投稿者 記事URL
|最近のブログ記事
- 2024年10月24日 ピロリ菌は酒さだけでなくざ瘡(ニキビ)の原因かも
- 第254回(2024年10月) 認知症予防のまとめ
- 2024年10月11日 幼少期に「貧しい地域に住む」か「引っ越し」がうつ病のリスク
- 2024年10月 コロナワクチンは感染後の認知機能低下を予防できるか
- 2024年9月19日 忍耐力が強い人は長生きする
- 2024年9月8日 糖質摂取で認知症のリスクが増加
- 第253回(2024年9月) 「コレステロールは下げなくていい」なんて誰が言った?
- 2024年9月 「反ワクチン派」の考えを受けとめよう
- 2024年8月29日 エムポックスよりも東部ウマ脳炎に警戒を
- 2024年8月4日 いびきをかけば認知症のリスクが低下?
月別アーカイブ
- 2024年10月 (4)
- 2024年9月 (9)
- 2024年8月 (3)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (4)
- 2024年4月 (4)
- 2024年3月 (4)
- 2024年2月 (5)
- 2024年1月 (3)
- 2023年12月 (4)
- 2023年11月 (4)
- 2023年10月 (4)
- 2023年9月 (4)
- 2023年8月 (3)
- 2023年7月 (5)
- 2023年6月 (4)
- 2023年5月 (4)
- 2023年4月 (4)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (4)
- 2022年10月 (4)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (4)
- 2022年6月 (4)
- 2022年5月 (4)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (4)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (4)
- 2021年11月 (4)
- 2021年10月 (4)
- 2021年9月 (4)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (4)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (4)
- 2021年4月 (6)
- 2021年3月 (4)
- 2021年2月 (2)
- 2021年1月 (4)
- 2020年12月 (5)
- 2020年11月 (5)
- 2020年10月 (2)
- 2020年9月 (4)
- 2020年8月 (4)
- 2020年7月 (3)
- 2020年6月 (2)
- 2020年5月 (2)
- 2020年4月 (2)
- 2020年3月 (2)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (4)
- 2019年12月 (4)
- 2019年11月 (4)
- 2019年10月 (4)
- 2019年9月 (4)
- 2019年8月 (4)
- 2019年7月 (4)
- 2019年6月 (4)
- 2019年5月 (4)
- 2019年4月 (4)
- 2019年3月 (4)
- 2019年2月 (4)
- 2019年1月 (4)
- 2018年12月 (4)
- 2018年11月 (4)
- 2018年10月 (3)
- 2018年9月 (4)
- 2018年8月 (4)
- 2018年7月 (5)
- 2018年6月 (5)
- 2018年5月 (7)
- 2018年4月 (6)
- 2018年3月 (7)
- 2018年2月 (8)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (5)
- 2017年11月 (5)
- 2017年10月 (7)
- 2017年9月 (7)
- 2017年8月 (7)
- 2017年7月 (7)
- 2017年6月 (7)
- 2017年5月 (7)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (7)
- 2017年2月 (4)
- 2017年1月 (8)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (8)
- 2016年10月 (6)
- 2016年9月 (8)
- 2016年8月 (6)
- 2016年7月 (7)
- 2016年6月 (7)
- 2016年5月 (7)
- 2016年4月 (7)
- 2016年3月 (8)
- 2016年2月 (6)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (7)
- 2015年11月 (7)
- 2015年10月 (7)
- 2015年9月 (7)
- 2015年8月 (7)
- 2015年7月 (7)
- 2015年6月 (7)
- 2015年5月 (7)
- 2015年4月 (7)
- 2015年3月 (7)
- 2015年2月 (7)
- 2015年1月 (7)
- 2014年12月 (8)
- 2014年11月 (7)
- 2014年10月 (7)
- 2014年9月 (8)
- 2014年8月 (7)
- 2014年7月 (7)
- 2014年6月 (7)
- 2014年5月 (7)
- 2014年4月 (7)
- 2014年3月 (7)
- 2014年2月 (7)
- 2014年1月 (7)
- 2013年12月 (7)
- 2013年11月 (7)
- 2013年10月 (7)
- 2013年9月 (7)
- 2013年8月 (175)
- 2013年7月 (411)
- 2013年6月 (431)