医療ニュース

2015年3月30日 月曜日

2015年3月30日 変わってきたピーナッツアレルギーの予防

  ピーナッツアレルギーはときに重症化することが知られています。(私の知る限り)日本で死亡した例はありませんが、海外(特に西欧)ではときに死亡例が報告されています。また、過去10年で西欧では発症者が2倍になったとの報告もあります。

 ピーナッツアレルギーの特徴として、増加していることと重症化すること以外では、小児期での発症が多いこと、卵やミルクなどのアレルギーとは異なり生涯にわたり継続することが多いこと、成人してからさらに悪化することがしばしばあること、ピーナッツだけでなく、アーモンド、クルミ、カシューナッツ、ピスタチオなど他のナッツ類に対してもアレルギーが起こりやすくなること、などがあげられます。

 一方ではナッツ類は健康上極めて優れた食品であることが近年頻繁に指摘されるようになり、地中海料理が健康にいい理由のひとつにナッツ類がたくさん用いられることがあげられています。ナッツを積極的に摂取している人は長生きするという報告もあります(注1)。

 積極的に食べれば健康に寄与して長生きできる、しかしアレルギーがあり重症化することもある、と聞かされれば、なんとしてもアレルギーを予防したい、と考えたくなります。

 実際、子供へのピーナッツアレルギーを避けるために妊娠中にはナッツ類の摂取を避けるべきと言われた時代もありました。現在ではこれは否定されています。

 医学誌『JAMA Pediatrics』2014年2月号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、妊娠中の母親がナッツ類を多量に食べると、(母親自身がアレルギーでなければ)、生まれる子はナッツアレルギーになる確率が低いことが分かったそうです。

 さらに興味深い研究が最近発表されました。医学誌『NEJM(The New England Journal of Medicine)』2015年2月26日号(オンライン版)に掲載された論文(注3)によりますと、早期にピーナッツに曝露される(早い段階でピーナッツを食べ始める)方が、ピーナッツアレルギーになりにくいことが判ったというのです。

 この研究の対象者は、重症の湿疹か卵アレルギーのいずれか、または両方を有する640例の乳児(生後4ヵ月以上11ヵ月未満)です。対象者を2つのグループに分けて、一方はピーナッツを摂取してもらい、もう一方のグループではピーナッツを回避してもらっています。

 60ヶ月が経過した時点で調べてみると、ピーナッツを摂取していたグループの方がアレルギー発症が有意に低下していたそうです。(回避していたグループの発症率は13.7%、摂取していたグループでは1.9%)

 アレルギーが発症するかどうかはピーナッツエキスを皮膚に注射する方法で調べられています。小児の食物アレルギーについては、血液検査はあくまでも参考ですが、ピーナッツを回避していたグループでは特異的IgE抗体が上昇しており、摂取していたグループではIgG4抗体の上昇が認められたそうです。

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 ピーナッツアレルギーはどのようにして成立するのでしょうか。すべての医師が認めているわけではありませんが、私はイギリスの免疫学者Gideon Lack氏が提唱している「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露」で説明できると考えています。

 この説は過去にも紹介しましたが(注4)、わかりやすく言えば、「アレルギーが成立するのはそれを食べるからではなく、それが皮膚の微小な傷などから体内に侵入するから」とするものです。つまり、ピーナッツを食べるのが問題なのではなく(むしろ食べることで「免疫寛容」ができアレルギーになりにくくなる)、ピーナッツが皮膚から侵入することで免疫システムがピーナッツを「敵」とみなす、というものです(注5)。

 この説が正しいとするなら、例えば口の周りに湿疹がある赤ちゃんにピーナッツバターを食べさせるときなどには充分に注意しなければなりません。また、特に冬場の乾燥シーズンなどにはしっかりと保湿をしておくことで皮膚のバリア機能を保つ必要があります。その一方で、普通に食べさせることには問題がないというわけです。

 この研究でもうひとつ興味深いことは血液検査のIgE抗体とIgG抗体です。アレルギーがあればIgE抗体が上昇するがIgG(4)抗体はアレルギーがない場合で上昇した、ということです。以前指摘しましたが(注6)、食物のIgG抗体を測定し「遅延型食物アレルギー」などと称した意味のないことを言われて苦しんでいる人が少なくありません。IgG抗体が食物アレルギーに無関係であることはこの研究からも伺えます。

注1 詳しくは下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」

注2:この論文のタイトルは「Prospective Study of Peripregnancy Consumption of Peanuts or Tree Nuts by Mothers and the Risk of Peanut or Tree Nut Allergy in Their Offspring」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1793699&resultClick=3

注3:この論文のタイトルは「Randomized Trial of Peanut Consumption in Infants at Risk for Peanut Allergy」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1414850

注4:下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第136回(2014年5月)「免疫学の新しい理論」

注5:詳しくは『The Journal of Allergy and Clinical Immunology』という医学誌に掲載された論文を参照ください。タイトルは「Epidemiologic risks for food allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。この論文は大変有名なものです。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749%2808%2900778-1/fulltext

注6:下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」

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2015年3月20日 金曜日

2015年3月20日 海外旅行でいったいどこに行けばいいのか

  2015年3月18日、チュニジアの首都チュニスにて、国民議会議事堂と国立博物館が武装集団により襲撃され、複数の観光客を人質に立てこもる事件が発生しました。3月20日時点で日本人3名の死亡が確認されています。

 この事件との関係は明らかではないものの、チュニジアではISIL(イスラム国)に外国人戦闘員として参加した後に帰還している者がいることが確認されています。そしてこのような帰還者がテロを起こすことが懸念されています。

 今回の事件を受けて、外務省は次のような注意喚起を発表しています(注1)。

・チュニジアの他、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ等のアラブ諸国についてもISILに参加した戦闘員が帰還している。

・欧米諸国も例外ではなく、フランス、イギリス、ドイツ、オーストラリア、ベルギー、オランダ等からISILに参加した外国人戦闘員が帰還している。

・テロの標的となりやすい場所(政府・軍・警察関係施設、公共交通機関、観光施設、デパートや市場など不特定多数が集まる場所)を訪れる際には、周囲の状況に注意を払うこと。

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 この注意喚起を読んで「では注意しよう」と素直に思える人はどれくらいいるでしょうか。アラブ諸国はともかく、ヨーロッパやオーストラリアに旅行に行って、公共交通機関を使わずに、観光施設を訪れず、デパートや市場に行ってはいけない、と言われれば、では旅行先で何をすればいいのでしょうか。

 とはいえ、私は外務省のこの注意勧告を批判したいわけではありません。国家としてこのような注意を促すのは当然でしょう。それだけISILが異常な集団であるということです。

 太融寺町谷口医院の患者さんは、仕事、観光、ボランティア、留学などで海外に行かれる人が多く、そのための英文診断書作成やワクチン接種、マラリア予防薬や高山病予防薬の処方を日々おこなっています。私がすべての患者さんに注意しているのは、「海外では自分の身は自分で守らなければならない」ということです。

 海外で何かあったときに外務省は頼りになりません。海外に渡航するときは、自分の行動に責任をとりリスクのある行為は慎まなければなりません。冤罪で逮捕されたときですら外務省は何もしません(注2)。

 海外では助けてくれない外務省ですが、今回の発表はその通りです。今後世界史の教科書の多くのページにISILのことが書かれるかもしれない。私はそのように考えています。

注1:詳しくは外務省の下記ページを参照ください。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo.asp?infocode=2015C075

注2:詳しくは下記コラムを参照ください。
GINAと共に第99回(2014年9月)「薬物密輸の罠と罪」

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2015年3月13日 金曜日

2015年3月13日 最大のストレスは「お金がないこと」

 米国心理学会(American Psychological Association, APA)という学会があります。2015年2月4日、この学会が「Stress in America: Paying With Our Health」(日本語にすると、「アメリカのストレス~健康の代償~」くらいになるでしょうか)というタイトルのレポートを発表しました(注1)。

 このレポートで最も興味深いのは、米国人の最大のストレス要因を「お金」としていることです。

 レポートは、2014年8月に3,068人の米国人を対象におこなわれた調査に基づいています。調査の結果、ストレス源の第1位が「金銭上の悩み」で64%、2位以下は、仕事(60%)、家族への責任(47%)、健康問題(46%)と続きます。

 金銭のストレスを強く感じているのは男性よりも女性に多く、年齢では50歳未満に多いようです。

 このレポートでは、低所得者と高所得者の比較もおこなわれています。年収5万ドル(約600万円)以上を高所得者、以下を低所得者とすると、低所得者の方がストレスを強く感じていることがわかったそうです。同じ調査は2007年にもおこなわれており、このときは所得による差はなかったそうです。

 精神的支えがない人とある人の比較もおこなわれています。過去1年でストレスが増大したと答えたのは精神的支えがない人では43%、支えのある人では26%となっています。

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 お金がないのがストレスになるのは当然といえば当然で、格差が開いていくとさらに深刻になるでしょう。このレポートでは病気との関連性についてはあまり触れられていませんが、ストレスがいろんな疾患のリスクになるのは周知の事実であり、最近では低所得者の寿命が短いことも指摘されています。

 ということは「お金がないこと」は二重の意味で健康に悪影響であるといえます。つまり、お金がないこと自体が生活習慣病などの罹患率を高め、またお金がないことによるストレスから多くの疾患のリスクを高めるのです。

 このレポートを読んで、私は数年前にタイのある施設で知り合った日本人男性のことを思い出しました。

 その男性は日本でリストラに合い、新しい仕事が見つからずに生活が困窮し、不眠と抑うつ感が出現し知人のすすめで精神科クリニックを受診したそうです。医師からは「うつ病」と診断され、何種類もの薬を処方してもらったものの何一つ効果はなかったそうです。

 そこで、お金がかからずに住み込みでボランティアができるこのタイの施設にやってきたそうです。ボランティアに専念している時間は、気分は悪くないものの、将来のことを考えると憂鬱な気分が消えないそうです。この男性が興味深いことを言っていました。

「一生食べていける大金をもらえるか、安定した仕事に就けるなら、僕のうつ病はすぐに治ります。世の中のうつ病の大半は単にお金がないことが原因なんですよ・・・」

 極論ではありますが、この男性の気持ちが分からなくはありません。お金がないことで病気が増えて医療費がかさむなら、初めからお金の不安を抱かせないような政策をとる、例えば生活保護を充実させる、というのはひとつの考えとして吟味すべきかもしれません。

「お金がない」ということとストレス、さらにいくつかの疾患との関連性については、私自身これからも考えていきたいと思います。

(谷口恭)

注1:このレポートは下記URLで全文が読めます。
http://www.apa.org/news/press/releases/stress/2014/stress-report.pdf

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2015年3月6日 金曜日

2015年3月6日 Twitterでの表現が心疾患のリスクを予測

 心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクとして「A型気質」がしばしば指摘されます。「A型気質」というのは性格のことで、血液型のA型とはまったく関係ありません。Active(活動的)、Aggressive(攻撃的)、Ambitious(野心的)、Angry(怒りっぽい)といった性格で、「頑張り屋で積極的。いわゆる”やり手”で出世するタイプ」です。さらに「真面目で努力家」とも言えると思います(注1)。

 ときに、他人を蹴落としてまで出世を目指す、といったような否定的な感じで語られることもありますが、総じて言えばA型気質は悪くないキャラクターと認識されていると思います。辛いことがあってもそれを口にせず努力で解決する、といったイメージもあります。

 ところが、A型気質とはある意味で正反対の性格が心疾患のリスクになる、という研究が発表されました。

 Twitter上の言葉が否定的な人は心疾患死亡率が高い・・・

 医学誌『Psychological science』2015年1月20日号(オンライン版)にこのような報告がされています(注2)。

 この論文のポイントをまとめると次のようになります。

 まず、Twitter上の表現が、否定的な社会関係や、離別(原文はdisengagement、おそらく嫌いな人と関係を絶つ、という感じの意味だと思います)、また否定的な感情、特に怒りを露わにしたものであれば、そういった言葉を使う人は心疾患による死亡率が高いそうです。

 さらに驚くべきことに、Twitter上の表現による心血管系疾患死亡予測リスクは、一般的な人口統計学的因子(人種による差異など)、社会経済的因子(収入や職業による差異など)、そして、健康リスク因子(喫煙・糖尿病・高血圧症・肥満など)よりも正確だという結果がでたそうです。

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 この研究が正しいなら、従来のリスク評価を根底から見直さなければならなくなります。私が日頃患者さんをみている印象として、何事にも否定的なコメントを述べる人は、あまり健康的でないイメージがありますが、かといって心疾患になりやすいとか、死亡しやすい、といったような印象はありません。

 また、喫煙や糖尿病よりもTwitterでの否定的な表現の方が高リスクとは到底考えられません。もしも今回の研究が普遍的なものなら、健康診断のときは血液検査や血圧測定よりも、過去1ヶ月間のTwitterでの発言をチェックすることの方が重要ということになります。(それが事実なら、健診の費用も安くなり望ましいことですが・・・)
 
 この研究を正しいとしてしまうには時期尚早であり、今後のさらなる研究を待つべきだと私は思います。

 とはいえ、日頃からTwitterで否定的なコメント、特に怒りの感情を並べている人は、心疾患の一般的なリスク、つまり、喫煙、肥満などには注意すべきでしょう。

(谷口恭)

注1 以前、A型気質は心疾患だけでなく、AGA(男性型脱毛症)にもなりやすいのではないかという私の仮説を述べたことがあります。興味のある方は下記を参照ください。
医療ニュース2013年5月13日「男性型脱毛症(AGA)は心筋梗塞のリスク」

注2 この論文のタイトルは「Psychological Language on Twitter Predicts County-Level Heart Disease Mortality」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://pss.sagepub.com/content/26/2/159.abstract

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