医療ニュース

2023年6月4日 日曜日

2023年6月4日 治る糖尿病は1%だけ?

 糖尿病の治療を受けている患者の約1%だけが薬が不要になる……。

 これは医学誌「Diabetes Obesity and Metabolism」2023年5月8日号に掲載された論文「日本における2型糖尿病の寛解と再発の発生率と予測因子: 全国患者登録の分析 (JDDM73)(Incidence and predictors of remission and relapse of type 2 diabetes mellitus in Japan: Analysis of a nationwide patient registry (JDDM73))」の結論です。

 この研究の対象者はタイトルから分かるとおり日本人です。「糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)」という研究会が保有するデータベースが分析されています。研究の対象者は18歳以上の日本人48,320人で、この研究での糖尿病の定義は「HbA1cが6.5%以上、および(または)糖尿病の薬が処方されている」です。

 「寛解」というのはおおまかには「治ること」と考えていいのですが、この研究での定義は「糖尿病の薬を中止して3カ月以上HbA1cが6.5%未満を維持している状態」とされています。

 解析の結果、中央値5.3年の追跡期間中に3,677例が寛解に至り、年間1000人あたりの寛解率は10.5(およそ100人に1人)でした。

 寛解に至りやすい特徴としては「治療期間が短い」「調査開始時のHbA1cが低い」「調査開始時のBMIが高い」「1年でBMIが大きく低下している」「調査開始時に糖尿病の薬を飲んでいない」でした。

 ただし、寛解した3,677人のうち2,490人(67.7%)が1年以内に再発(HbA1c値の再上昇)していました。

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 この研究は、日本の糖尿病関連サイトでも報告されています。

 この日本語の報告では、「糖尿病は意外にも治る人がいる」というような紹介をされています。

 しかし谷口医院の経験でいえば、糖尿病が「治る」のは1%程度ではありません。1割までは届かないと思いますが、少なく見積もっても5%程度(20人に1人程度)の患者さんは薬を中止できます。残念ながら再発する人がいるのは事実ですが、この研究のように7割近くなどということはありません。せいぜい2~3割程度です(さらに長期間観察すれば上昇するかもしれませんが)。

 そもそも他院から谷口医院に移ってきた時点では、「これまで食事にも運動にも気を使っていなかった」という人が大半です。そういう人には、まず薬を止めたい意思があることを確認し、生活習慣を改善させればそれが可能であることを説明します。

 糖尿病で重要なことのひとつは「薬を使うかどうか別にして、治療開始を遅らせない」ことです。糖尿病はいったん発症して長期化すると、血管がボロボロになり、物理的に傷んだ血管はもはや修復不能になります。

 そうなる前に生活習慣を改め必要最低限の薬を使えばいいのです。

 「糖尿病は治らない」なんて考え、もはや古すぎます。

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2023年5月28日 日曜日

2023年5月28日 「常に夜勤」はアルツハイマー病のリスクが2倍以上

 夜勤やシフト勤務が認知症のリスクになると言う研究は最近「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク」でお伝えしたばかりですが、今回も似たような研究を紹介したいと思います。

 医学誌「Journal of Neurology」2003年4月6日号に掲載された論文「夜勤とすべての認知症およびアルツハイマー病のリスクとの関連性:英国バイオバンク参加者245,570人を対象とした縦断研究(The association of night shift work with the risk of all-cause dementia and Alzheimer’s disease: a longitudinal study of 245,570 UK Biobank participants)」をまとめていきます。

 研究の対象者は英国のデータベース(UK Biobank)に登録されている245,570人、追跡期間の平均は13.1年です。夜勤とすべての原因による認知症およびアルツハイマー病の発症との関連性が調べられています。結果は次の通りです。

・すべての原因による認知症を発症したのは1,248人。アルツハイマー病発症者は474人

・すべての認知症の発症リスクは、常に夜勤をしている人が最も高い(リスクは1.465倍)。

・不規則なシフト勤務者のすべての認知症のリスクは1.197倍

・アルツハイマー病の発症リスクは、常に夜勤をしていれば2.031倍にもなる

・常に夜勤勤務をしている人は、AD-GRS(Alzheimer’s disease genetic risk score/アルツハイマー病遺伝的リスクスコア)が高、中、低のいずれであっても、アルツハイマー病のリスクが高くなる

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 今回も対象者が多い大規模研究です。もはや夜勤が認知症のリスクとなるのは自明といっていいでしょう。

 遺伝的リスクが低くても高くてもアルツハイマー病を発症するリスクが上がるわけですから、リスクが高い人(ApoE遺伝子をε4で持つ人)は早い段階で夜勤中止を検討すべきでしょう。

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2023年5月7日 日曜日

2023年5月7日 ペットを飼ってもストレスは減らない?

 谷口医院の患者さんのなかにはペット好きが少なくありません。なかにはネコを20匹以上買っているとか、毎月の給料の大半をイヌとネコのエサ代や砂代に費やしているという人もいます。

 それだけの手間とお金をかけても精神的なストレスが緩和され、幸せ感を自覚できるのであればやはりペットと過ごす暮らしは理想だと言えるでしょう。ですが、最近、そうではなくてペットでストレスが減るわけではない、という意外な報告がありました。

 医学誌「Plos One」2023年4月26日号に掲載された論文「新型コロナウイルス流行中の飼い主とペットとの関係、ストレス、孤独の変化、及びメンタルヘルスに対するペット所有の影響:縦断調査(Temporal patterns of owner-pet relationship, stress, and loneliness during the COVID-19 pandemic, and the effect of pet ownership on mental health: A longitudinal survey)」を紹介します。

 研究の対象者は新型コロナウイルス流行前(2020年2月)とロックダウン中(2020年4月~6月)の感情を振り返りました。2020年9月と2021年を通して四半期ごとに追跡調査が実施され、約4,200人以上の回答が分析されました。

 結果、ネコとイヌの飼い主は新型コロナウイルス流行期間を通してペットとの絆が着実に深まっていると感じていました。 家でより多くの時間を過ごし、他者から隔離されていることが、ペットとの関係が強化されたと考えられます。

 ところが、です。メンタルヘルスに対するペットの影響は期待に反するものでした。ペットがストレスと孤独を和らげると予想されましたが、ペットを飼っている人は、飼っていない人に比べて、同じ程度の孤独を自覚しており、時にはより高いストレスレベルを自覚していることがあったのです。

 ただし、ペットを飼うことにより、ロマンティックな関係(恋愛)に関連する孤独感が緩和されることを示唆する結果が得られました。

 また、ペットを飼っていない人はストレスの量が少なく、猫を飼っている人は最もストレスが多いことが分かりました。ロックダウン中に獣医を受診したり、日々のケアにお金がかかったりすることは、ペット所有者のストレスの一因となった可能性が示唆されました。

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 まとめなおすと、「ペットが必要な人は元々ストレスが多い」、「ペットの必要性を感じていない人は元々ストレスが少ない」と言えるかもしれません。

 論文が示すように、ペットを買えば、そのペットを受診させる必要もあり、エサ代や砂代でそれなりの出費を覚悟せねばならず「責任」がでてきます。これが新たなストレスになる場合があるのでしょう。

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2023年4月23日 日曜日

2023年4月23日 やはりサッカーは危険

 久々にこの話題を取り上げましょう。日本のメディアではいまだにほとんど報道されていませんが、格闘技のみならず、サッカーやアメリカンフットボールなどのプレイヤーはCTE(慢性外傷性脳症)と呼ばれる認知症を伴う脳の障害を患いやすいことが分かっています。本サイトでは何度も繰り返し取り上げていて、今回も似たようなサッカー選手の報告を紹介したいと思います。

 今回は先に、過去の医療ニュース「サッカーは直ちにやめるべきかもしれない」のポイントを振り返っておきましょう。

・スコットランド人男性の元サッカー選手7,676人と、一般人23,028人が比較された

・7,676人の元サッカー選手のなかでCTEを発症したのは386人(5.0%)。対照群では366人(1.6%)。リスクは3.66倍

・最もリスクが低いゴールキーパーは1.83倍。最も高いのはディフェンダーで4.98倍

・キャリアが長いほどリスクは上昇し、15年以上のプロのキャリアを持つ選手ではリスクが5.20倍

 では今回の論文を紹介しましょう。医学誌「The Lancet Public Health」2023年3月16日号に掲載された論文「スウェーデンの男性サッカー選手の神経変性疾患: コホート研究(Neurodegenerative disease among male elite football (soccer) players in Sweden: a cohort study)」です。ポイントは次のようになります。尚、下記に登場する「神経変性疾患」は「CTE」とほぼ同じものと考えて差支えありません。

・スウェーデン人男性の元サッカー選手6,007人と、一般人56.168人が比較された

・6,007人の元サッカー選手のなかで神経変性疾患(neurodegenerative disease)を発症したのは537人 (8.9%)。対照群では3,485人 (6.2%)。リスクは1.46倍。認知症のリスクは1.62倍

・ゴールキーパーの神経変性疾患のリスクは1.07倍。ゴールキーパー以外の選手は1.50倍

・パーキンソン病のリスクはサッカー選手は32%低い

・サッカー選手の全死因死亡率は、対照群より5%低い

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 スコットランドの研究ではサッカー選手のCTEのリスクは3.66倍に上昇しているのに対し、今回のスウェーデンの研究では1.46倍と半減しています。

 ならば喜んでいいいのかと問われればそういうわけではもちろんありません。1.46倍でも大変な事態だと思います。双方の研究ともにゴールキーパーのリスクが低いのは他のプレイヤーと比べてヘディングをする回数が少ないからです。

 盛り上がっているサーカー熱を冷ますような意見になってしまいますが、こういう研究結果、もっと世間に周知されるべきではないでしょうか。そして、サッカーを代表とする物理的に頭を使うスポーツを子供たちに教えるときにはこういったことも教育すべきではないでしょうか。

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2023年4月16日 日曜日

2023年4月13日 DoxyPEPを過信するべからず

 谷口医院に初めてDoxyPEPの問合せがあったのはたしか2021年だったと記憶しています。その後少しずつ質問が増えてきています。この質問をするのはこれまでは100%ゲイの外国人(全員が西洋人)でした。しかし、一流の医学誌「New England Journal of medicine」に論文が掲載されたことから、今後日本人の患者さん(患者ではありませんが)からの質問が増えることが予想されます。

 本稿の結論は「DoxyPEPを過信しないで」です。順に説明していきましょう。まずは「DoxyPEPとは何か」を確認しておきましょう。

 PEPはPost Exposure Prophylaxisの略で、日本語では「曝露後予防」と呼びます。何らかの病原体に触れてから使用する薬剤のことです。代表は犬に噛まれてから注射する狂犬病ワクチン、施設でインフルエンザが発生してから内服する抗インフルエンザ薬のタミフル、などですが、性感染症でいえばHIVのPEPが有名です。

 DoxyPEPで防ぐことができるのは、梅毒、淋菌、クラミジアの3つです。1種の薬で3つの感染症が防げるならお得な気がしますが、実際はそういうわけではありません。成功率が100%からはほど遠いからです。

 HIVのPEPの場合、(ほぼ)100%成功します。少なくとも当院では100%成功しています。ですから、針刺し事故、性暴力の被害、性交時のアクシデント(コンドームが破損するなど)などがあれば積極的に実施すべきです。リスクが低かったとしても、「もしもHIVに感染していたらどうしよう……」という不安感を払拭できるのは大きなメリットです。

 ところがDoxyPEPの場合、最近(2023年4月6日)医学誌「The New England Journal of Medicine」発表された論文「細菌感染を予防する曝露後ドキシサイクリン(Postexposure Doxycycline to Prevent Bacterial Sexually Transmitted Infections)」によると、クラミジア、梅毒、淋病に感染するリスクが、それぞれ90%、80%、50%下がることが分かりました。

 これら3つの感染症は治療すれば治る病気です。この点がHIVとの大きな違いです。ならば、「まずDoxyPEPを実施して感染していれば治療をすればいいではないか。だからDoxyPEPは有用だ」という意見もあるでしょう。

 もちろん、性暴力の被害や予期せぬアクシデントのときにDoxyPEPを実施するのはいい方法だと思います。しかしながら、この方法に頼って無防備な性行為をするようなことは避けなければなりません。成功率が100%でないから、という理由だけではありません。気軽にDoxyPEPを実施し、それを繰り返すようになればそのうち「耐性菌」が生じるリスクがあります。

 Doxyという抗菌薬は性感染症の領域で言えば、いわば「切り札」的な存在です。その切り札が効かなくなってしまえば、次に打つ手がなくなってしまいます。

 リスクのある性交渉には充分注意をしてください。

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2023年3月12日 日曜日

2023年3月13日 日焼け止めを使ってはいけない7つの地域

 コロナはすでに終った、と考える人が増え、海外旅行に行く人が急激に増加しています。過去1ヶ月の谷口医院の状況を紹介しておくと、ビジネス、観光、留学を除く目的で、つまり単なるレジャーで海外旅行に行く人の行先で多いのが米国とタイです。そして、この2国に共通する大変重要な注意事項があります。それは「サンスクリーン(日焼け止め)を使えない」です。

 解説しましょう。過去の医療ニュース「日焼け止めが禁止されてもサプリメントはNG」で紹介したように、ハワイでは紫外線吸収剤を含むサンスクリーンの使用が全面的に禁じられました。この話を患者さんにすると、「私のは大丈夫です」とよく言われるのですが、調べてみると紫外線吸収剤が入っているサンスクリーンだった、ということがよくあります。

 「私が使っているのは敏感肌用だから問題ないだろう」と考えてしまうのでしょう。しかし薬局や化粧品屋などで販売されているサンスクリーンの多くには紫外線吸収剤が含まれています。「敏感肌用」「低刺激」などと謳っているものにも含まれていることはよくあります。

 医療機関では大昔から、敏感肌の人には「紫外線吸収剤が含まれていない(つまり、紫外線散乱剤だけでつくられた)サンスクリーンを使いましょう」と言い続けています。

 その理由は「皮膚を守るため」です。紫外線吸収剤は伸びがよく、色合いもきれいで塗りやすいのですが、敏感肌にはトラブルになることがあるのです。敏感肌でない人にとっては使いやすいわけですから紫外線吸収剤入りのサンスクリーンを使いたくなります。実際、2020年まではそれでOKでした。

 ですが、2021年1月1日から事情は変わりました。まずはハワイ(オアフだけとの情報もあります)で紫外線吸収剤を含むサンスクリーンの使用が禁止され、もしも使って見つかれば罰金はなんと千ドル。その人にもよるでしょうが、ハワイ滞在中の遊行費がすべて消え去るほどの額でしょう。

 日本で当たり前のように使用しているサンスクリーンが使えないというこのルールに驚いた人も少なくないと思いますが、もっと驚かされるのがタイです。

 タイでは2021年の8月からoxybenzone、octinoxate、4-methylbenzylidene camphor、butylparabenの4つの成分(日本製の多くのサンスクリーンに含まれています)のいずれかを含むサンスクリーンの使用が禁止され、罰金はなんと10万バーツ(約35万円)! ハワイより高いのです。タイでは物価が上昇し、円が下がったといっても、LCCを使えば4万円以下で往復できますし、宿泊は1泊3千円も出せばホットシャワー付きのゲストハウスに泊まれます。そのタイで罰金10万バーツには驚きます。

 尚、メディアの報道によると、タイより先にサンスクリーンを禁止していた地域として、ハワイ以外にパラオとボネールがあります。サンスクリーン関連のサイトによれば、2021年11月現在でサンスクリーンが禁止されているのは、ハワイ、タイ、パラオ、ボネール島、ヴァージン諸島、キーウェスト(フロリダ)、メキシコのエコツーリズム保護区(Ecotourism reserves in Mexico)の7つです。

 これからはこの7つの地域だけでなく、世界のどこに行っても「サンスクリーンは紫外線散乱剤のみ」が常識になるかもしれません。

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 このニュースをまとめているときに初めて知ったのですが、タイのピピ島のマヤビーチ(英語では「Maya Bay」が一般的な表現)が2018年から2022年まで閉鎖されていたそうです。2022年の再開後も、再び閉鎖、その後再びオープン、といった経緯があったようです。

 マヤビーチは映画「ザ・ビーチ」のロケで使われたことで有名で世界中から多数の観光客が集まります。その際、サンスクリーンが使用されすぎてサンゴ礁が破壊されたそうです。

 ちなみに、ピピ島(英語表記はPhi Phi Island)はプーケットからフェリーで行けますが、個人的にはプーケット県よりもクラビ県に滞在することを勧めます。クラビの方が観光業界が進出しきっていなくて自然とタイの文化が楽しめるからです。物価もプーケットよりも安いです。

 

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2023年3月5日 日曜日

2023年3月6日 昼寝はうつ病のリスク因子

 2007年の谷口医院の開院以来、「睡眠」の相談は数えきれないくらいに聞いています。「寝付けない」「途中で目覚めてしまう」「睡眠時間は長いが熟睡できない」といった狭義の不眠の悩み以外にも、「いくら寝ても寝足りない」「日中すぐに寝てしまう」なども少なくありません。数年前からは「精神科で処方された睡眠薬をやめたい」という訴えが目立ちます。

 様々な睡眠の悩みのなかで「昼寝」についての相談も少なくありません。ただ、昼寝についてはよく分かっていないことが多く、私自身も通り一辺倒に回答しているわけではありません。ある患者さんには昼寝を推奨し、また別の患者さんには昼寝をしないよう助言することもあります。ですが、長時間の昼寝は原則として「やめる」ように話をしています。今回紹介する研究はその私の方針を裏付けることになるかもしれません。

 昼寝はうつ病のリスク因子である……

 医学誌「Frontiers in Psychology」2022年12月15日号に掲載された論文「昼寝とうつ病のリスク:観察研究のメタ分析(Daytime naps and depression risk: A meta-analysis of observational studies)」はそのように結論づけています。

 この研究はこれまで発表された論文を改めて検討し解析しなおす「メタ分析」によっておこなわれています。2022年2月までに発表された良質の研究9件をピックアップし、合計649,111人を対象として解析を加えました。

 結果、昼寝をする人は、しない人に比べて抑うつ症状をきたすリスクが15%高いことが分かりました。

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 この研究が少し残念なのは、昼寝の時間でリスクがどれだけ変わるかが分からないことです。

 谷口医院の経験でいえば、短い時間の昼寝、例えば「5~10分程度の昼寝」であれば健康に寄与していることが多く、うつ病のリスクが上昇するなどとは思えません。その逆に、この短時間睡眠で再び集中力が生まれてきます、運転中どうしようもなく眠くなったときに路肩に車を止めて5分眠ればすっきりしたという経験がある人も多いでしょう。

 では昼間に1時間寝るという人はどうでしょうか。1時間以上昼寝をする人はたいてい生活が乱れてきます。特に、一日中家にいる人がこういう昼寝をするとどんどん体調が悪化して、この論文が示すとおり抑うつ状態が進行します。

 例外があることは認めますが、ほとんどの人は「朝早く起きて昼寝は最小限(5~10分)とする」が理想だと思います。夜中に仕事をしている人の場合も、「起きる時刻を一定にする」が基本であり、好きなときに眠る、というライフスタイルではやがて心身が病んでいきます。

 調子が悪くならない「例外」としては、「3時間睡眠を1日2回とる」「2時間睡眠を3回とる」などの方法でうまくいっている人がいます。こういう睡眠パターンの方が生活のパフォーマンスが上がるという人もいます。それは否定しませんがやはり例外的だと思います。

 また自称「ショートスリーパー」の人もたくさんみてきましたが、そのうちに心身が疲労してくる人がほとんどです。「睡眠は〇時間が理想」というのは人によって異なりますが、谷口医院の患者さんを大勢みてきて「ほとんどの日本人は6~7.5時間くらいが適しているのではないか」と感じています。

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2023年2月26日 日曜日

2023年2月26日 他者に優しくすれば自身の抑うつ感や不安感が改善する

 2022年12月のマンスリーレポートで、「誰もが簡単に直ちに幸せになれる方法」として「他人に感謝の言葉を述べる」を紹介しました。

 この医療ニュースでは、それに似た研究を取り上げたいと思います。「他者に優しくすれば自分自身の抑うつ感や不安感が改善する」という研究です。

 医学誌「The Journal of Positive Psychology」2022年2月26日号に掲載された論文「助けることによる治癒:幸福介入としての優しさ、社会活動、(認知の)再評価の実験的調査(Healing through helping: an experimental investigation of kindness, social activities, and reappraisal as well-being interventions)」です。

 研究の対象者は軽度の不安感か抑うつ感のある122人(18歳から78歳、中間年齢24.7歳、女性76%)で、ランダムに次の3つのグループに分けられました。

グループ#1 他者に優しくする行為を行う
グループ#2 社会活動を計画して行う(行動療法)
グループ#3 認知の再評価を行う(認知療法)

 結果は次の通りです。

・社会的つながり(social connection):グループ#1が、グループ#2及びグループ#3よりも改善

・抑うつ感/不安感・生活満足度(depression/anxiety symptoms and life satisfaction):グループ#1が、グループ#3よりも改善

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 この研究の興味深い点は、従来言われてきたような「認知行動療法」が「他者に優しくする」に劣っていることです。

 21世紀になってから認知行動療法の有効性がやたら主張されてきました。認知行動療法とは「認知のゆがみを直し」「望ましい行動をする」ことで精神状態を改善させる方法で、保険適用もあります。

 保険で認知行動療法を受けるには、厚労省に届け出をした医師または看護師が30分以上かけておこなえば16回まで保険で受けることができます。医師の場合は3割負担で1,440円(480点)、看護師の場合は(正確には「医師及び看護師が共同して行う場合」)は1,050円(350点)です。

 認知行動療法を保険診療でおこなう医療機関は精神科を標榜していなくてもかまいません。よって、過去に私自身も研修を受けて届出をして実施しようかと考えたこともあるのですが、やめました。

 最大の理由は「30分の時間を確保するのが困難」だからですが、他にもあります。それは、「認知行動療法で改善した患者をみたことがない」からです。

 保険適用になるくらいですからエビデンスレベルの高い確固とした治療法なのでしょう。ですが、谷口医院の患者さんで精神科を受診してもらってこの治療で改善した人はいまだに一人も知りません。率直に言って、この治療に効果があるとは思えないのです。

 むしろ、「やりがいのある仕事が見つかった」「新しいパートナーができた」という人はそれだけで精神状態が大きく改善することがあります。特にパートナーの存在は大きく、どんな名医よりも「愛し合えるパートナー」が最大の”治療”になります。

 そして、パートナーとの愛情を深めて維持させるには互いの思いやりが絶対に必要になります。

 そういったことを考えると今回紹介したこの研究はすっと腑に落ちます。あまりこのことを強調しすぎると、「パートナーも友達もいなくて優しくする相手がいない場合はどうするんだ」という反論がくるでしょうが、それでも私は「誰でもいいから身近な人に優しくすることから幸せが始まる」と最近は言うようにしています。

参考:認知行動療法を保険診療で実施している医療機関のリスト
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/cbt.html

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2023年2月9日 木曜日

2023年2月9日 夜勤もシフト勤務も認知症のリスク

 夜勤が様々な疾患のリスクになるという話はこのサイトで何度も述べてきました。どのような疾患のリスクになるか、少し例を挙げてみると、乳がん、心筋梗塞などの心疾患、高中性脂肪血症、糖尿病、肥満、交通事故のリスク上昇などです。

 そして、今回お伝えしたいのは「夜勤は認知症のリスク」というショッキングな研究です。

 医学誌「Frontiers in Neurology」2022年11月7日号に掲載された論文「シフト勤務、夜勤と認知症との関係:系統的評価とメタ分析(Relationship between shift work, night work, and subsequent dementia: A systematic evaluation and meta-analysis)」を紹介します。

 研究の対象者は過去の4つの研究の対象となった合計103,104人で、これらを総合的に解析(これをメタ解析と呼びます)することで検討しています。

 結果は、夜勤をすると夜勤をしない人と比較して、認知症発症のリスクが12%高いことが分かりました。他方、シフト勤務では「全体としては」そのようなリスク上昇が認められませんでした。しかし、50歳以上に限定して解析しなおすと、シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇していました。

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 認知症のリスク、と言われると、さすがに夜勤に抵抗が出てくる人も少なくないのではないでしょうか。こういったことをあまり言い過ぎるのは、夜勤で頑張ってくれている人に対して失礼な行為ではあります。

 ですが、やはりこういった信ぴょう性の高いデータは社会で共有する必要があるでしょう。過去のコラム(下記)にも書いたように、夜勤は若いうちに体験して(そして稼いで)、社会全体で様々な疾患のリスクを減らし、そして医療費も削減する、というのが私が考える理想です。

参考:はやりの病気第192回(2019年8月) 「夜勤」がもたらす病気

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2023年1月29日 日曜日

2023年1月29日 「鼻腔」の免疫向上に「マスク着用」「鼻を触らない」

 最近公開した「はやりの病気」2023年1月号の「「湿度」を調節すれば風邪が防げる」で、マスクはなぜ風邪予防に有効かについて「気道の湿度を保てるから」という研究を紹介しました。しかし、マスクが有効な理由はそれだけではなさそうです。

 そのコラムを書いた数日後、たまたま興味深いレポートと論文を発見しました。米国の医療系ニュースサイト「Health Day」に「鼻腔が冷えることが冬に風邪が流行る理由かもしれない(Cooler Noses May Be Key to Winter’s Spike in Colds)」という記事が載っていました。この記事では、医学誌「Allergy and Clinical Immunology」2022年12月6日号に掲載された論文「寒さに晒されると細胞外小胞による鼻腔内のウイルスに対する免疫が下がる(Cold exposure impairs extracellular vesicle swarm-mediated nasal antiviral immunity)」を引き合いに出しています。

 Health Dayによると、鼻に細菌が入って来たとき、鼻腔の前部に存在する細胞が働きます。細胞は、まずその細菌を検知し、数十億もの小さな液体で満たされた”袋”を鼻腔粘液に放出します。すると、その”袋”が細菌を攻撃するのです。そして、この袋のことを「細胞外小胞(extracellular vesicles, EVs)」と呼びます。

 ではウイルスではどうでしょうか。上述の論文はそれを調べたものです。1種のコロナウイルス(新型コロナウイルスとは別のコロナウイルス)と2種のライノウイルスを健常者に感染させ、細胞外小胞がどのように反応するかを調べました。それぞれのウイルスに対し、異なる方法で反応することが分かりました。ウイルスがヒトの細胞に感染する前に、細胞外小胞がウイルスを捕まえることも分かりました。

 しかし、研究では細胞外小胞のこの素晴らしい機能が低温化では妨げられることが分かりました。華氏40度(摂氏4.4度)の寒い環境では、細胞外小胞のそのウイルスを捕まえる効果が87.5%も抑制されることが分かったのです。また細胞外小胞の放出も大幅に低下しています(注)。

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 鼻腔内の温度を下げないようにするにはマスクが最適です。そして、記事によると、大切なのは鼻腔の奥ではなく手前(前方)の部位です。この部分の細胞が”敵”が侵入したことを検知し、多量の細胞外小胞を放出するのです。

 ということは、「はやりの病気」で述べたように、「鼻毛を抜く」「鼻をほじる」などの行為は感染予防上、最悪の行為ということになります。

 「マスクをする」「鼻を触らない」がものすごく重要というわけです。

注:細胞外小胞の放出が大幅に低下することは論文のグラフで示されているのですが、具体的な数字は書かれていません。ですが、Health Dayの記事には42%低下と書かれています。

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