医療ニュース
2016年11月17日 木曜日
2016年11月17日 寒いところに住めばうつ病になりやすい?
南国に住んでいる人は陽気で楽天的。うつ病とは無縁の人生…。
こういうイメージを持っている人が多いと思います。私自身もこのような印象があり、実際、タイ人やフィリピン人の底抜けの明るさに感動を覚えたことが何度もあります。日本でも、沖縄で「おばー」に「なんくるないさー」と言われて心が洗われるような経験をしたことがあります。
一方、寒い地域の人たちに対するイメージは、笑顔が少なく、行動範囲が狭く(雪のせいで仕方がないのですが)、陽気な印象はあまりありません。
もちろん、これは一種の「偏見」であり、南国に住む人全員が陽気というわけではありませんし、北国に住む人の大半が陰気というわけではないでしょう。ただし、世界的な統計をみてみても、タイやフィリピンは自殺の少ない国にランクされます。日本でも、東北地方は比較的自殺率が高いことはよく知られています。(警察庁の2015年の統計(注1)では、沖縄は自殺率が低いランキングで19位。ずば抜けて低いわけではなさそうです)
今回、カナダで緯度と自殺率の高さの関係が調べられた研究が報告されたのでお伝えしたいと思います。その研究では、「緯度が高いほどうつ病の罹患率が上がる」、つまり「寒い地域に住むとうつ病になりやすい」という結論がでています。医学誌『Canadian journal of psychiatry』2016年10月11日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。
この研究は、全国規模でおこなわれた2つの調査(The National Population Health Survey、the Canadian Community Health Survey)を解析することによりおこなわれています。調査期間は1996~2013年で、全回答者のうち、495,739例については「うつ」の調査がおこなわれており、これらのデータと緯度との関係が調べられました。緯度は郵便番号で解析されています。
結果、緯度が高くなれば、うつ病の有病率が増加することがわかったそうです。また、この傾向は北緯55度未満で発生する傾向があったとされています。
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カナダは地理的に最も南の都市がトロントになると思います。調べてみると、トロントで北緯43度でした。ちなみに、北緯55度に近い有名な都市となると、エドモントンで北緯53度です。この研究は、だいたい北緯43度から緯度が上がるにつれてうつ病の有病率が上昇し、その傾向は北緯55度まで続く、と読むことができます。
となると、気になるのは、北緯55度以北はどうなのか、ということと、北緯43度まではどうなのかということです。北緯55度以北の国となると旧ソ連と北欧が該当し、厚労省のデータ(注3)によれば、たしかに旧ソ連の国は人口あたりの自殺率が高いような傾向があります。しかし北欧については、以前は自殺が多い国と言われていたこともありましたが、現在はそうではありません。
では、北緯43度以南はどうなのでしょう。先に述べたように東北地方の自殺率が高いことは有名ですが、北海道ではそうでもありません(注1)。
この研究を聞いてもうひとつ気になるのは、北緯43~55度までなら日本で同じことが言えるのか、ということです。ちょうど札幌が北緯43度くらいです。カナダのこの研究が普遍的なものだとしたら、札幌より北部に住むとうつ病になりやすい、ということになりますが、実際はどうなのでしょう…。
注1:警察庁の下記ページを参照ください。
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H27/H27_jisatunojoukyou_01.pdf
注2:この論文のタイトルは「Major Depression Prevalence Increases with Latitude in Canada」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cpa.sagepub.com/content/early/2016/10/03/0706743716673323.abstract
注3:下記を参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/dl/h22_shiryou_05_08.pdf
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|2016年11月3日 木曜日
2016年11月4日 エンテロウイルスD68、8割以上に手足の麻痺残る
2015年8月以降、エンテロウイルスD68の報告が突然急増しだし、同時に急性弛緩性麻痺の症例の報告が相次いだことから、厚生労働省が「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令した、ということを以前紹介しました(注1)。
日本小児科学会は、このウイルスと小児麻痺のその後の経過についてまとめて発表しました(注2)。
この報告では、エンテロウイルスD68が原因で脊髄炎を発症し、手足の麻痺が生じた54症例(男32例、女22例。15歳以下が51例、3例が成人。麻痺の症時期は、2015年8月6例、9月36例、10月9例、11月3例)が分析されています。麻痺が完治したのは54人中わずか5人(9%)のみで、33人(61%)は軽度の回復のみ、11人(20%)は改善が見られなかったそうです。つまり8割以上に手足の麻痺が残っていることになります。
手足の麻痺以外には、4人(7%)に意識障害、11人(20%)に手足の感覚障害が生じています。8人(15%)に脳神経症状(顔面麻痺や嚥下困難)、13人(24%)に膀胱直腸障害(排尿・排便がうまくできない)が認められています。
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下記「はやりの病気」にも書いたように、米国CDC(疾病管理センター)が2014年12月に、「新たな感染症の脅威(New Infectious Disease Threats)」というタイトルで4つの感染症を挙げ、そのうちのひとつがこのエンテロウイルスD68です。
現在のところ、この病原体に対する特効薬もなければワクチンもありません。一般の感染予防をおこなうしかないのです。米国とは対照的に、日本ではなぜかあまりこの病原体については取り上げられませんが、もっと注目されるべきです。
今年はなぜか流行していないようですが、こういった感染症はある時突然流行りだします。日ごろから家族全員でうがい・手洗いをおこなう習慣ができているかどうか再確認すべきです。
注1:はやりの病気第150回(2016年2月)「エンテロウイルスの脅威」
注2:報告書のタイトルは「2015年秋に多発した急性弛緩性麻痺症例に関する臨床的考察~急性弛緩性脊髄炎を中心に~(中間報告)」で、下記URLで全文が読めます。
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20160724enterovirus1.pdf
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|2016年11月3日 木曜日
2016年11月3日 これからのインフルエンザウイルスワクチン
現在の日本でのインフルエンザウイルスのワクチンは皮下注射のタイプのみです。しかし、世界的には、筋肉注射、皮内注射、鼻スプレー型があり、さらに近い将来、舌下型も登場することになりそうです。ここでは、これらを簡単にまとめてみたいと思います。
まず、現在日本でおこなわれている日本の皮下注射型について知っておくべきことは、海外ではこれと同じものが筋肉注射されているということです。筋肉注射の方が皮下注射よりも効果が高いからです。しかも、痛みは意外なことに皮下注射の方が強いのです(注1)。では、日本でも筋肉注射にすればいいではないかと思う人もいるでしょうが、不条理なことに日本では筋肉注射が認められていません。
ところで、皮膚を解剖学的にみてみると、外から皮内(表皮層+真皮層)、皮下組織、筋肉組織となります。皮下注射より、筋肉注射の方が痛くなくて効果が高いなら、皮内なんて全然ダメなのかなと思われがちですが、これまた意外なことに、効果の高さは、皮内>筋肉>皮下、であることが分かっています。これは、皮内に免疫系の細胞が豊富に存在しているためで、ワクチンが注入されると効果的に抗体が産生されるからだと考えられています。また、痛みの程度も、痛くない順に、皮内>筋肉>皮下なります。ということは、皮内注射が効果の面でも痛みの面でも最善ということになります。
では、皮内注射の欠点はなにかと言えば、それは「注射しにくい」ということです。細い針を使っても技術的に注射が困難で、皮内に注射したつもりでも皮下に入ってしまうことがあるのです。しかし、これを克服した製品が相次いで開発され、日本でも近々市場に登場することになりそうです。特殊なデバイスが開発され、そのまま垂直に皮膚に刺せばワクチンが皮下には届かず皮内に注入されるという仕組みです。
海外では鼻スプレー型のワクチンもあります。これは針を使いませんから痛くありませんし、インフルエンザウイルスは飛沫感染で鼻や喉から感染するわけですから、鼻腔に抗体を誘導することで注射よりも効果があるのではないかと考えられてきました。日本でも発売は間近と考えられてきました。
ところが、です。米国小児学会(American Academy of Pediatrics)が「鼻スプレー型のインフルエンザワクチンは効果が低いため使用すべきではない」という見解を発表しました(注2)。CDC(米国疾病管理予防センター)の報告によれば、2015~16年、鼻スプレー型ワクチンの2~17歳の小児における有効性はわずか3%。一方、注射型ワクチンは63%だったそうです。3%と63%、この歴然とした差を見せつけられ、日本でも導入予定だった鼻スプレー型ワクチンの先行きが怪しくなってきました。
もうひとつ、注目されている新しいワクチンがあります。しかも日本発です。現在、日東電工が開発しているワクチンはなんと「舌下錠」です。舌の下にこの錠剤を1分程度置いて吸収させるそうです。舌下錠は痛くもありませんし、使用にあたり必ずしも医師や看護師の立ち合いが必要でないとされるかもしれません。もしもこの舌下錠が効果も安全性も高いことが証明されれば、世界中で一気に普及するかもしれません。同社では、現時点では、2020年以降の製品化を目指しているそうです。
もうひとつ、インフルエンザワクチンの最近の話題をお伝えしておきます。それは、妊婦への「チメロサール」含有ワクチン使用についてです。チメロサールは有機水銀の一種であることから、これまでは妊婦はチメロサールフリーのものを使用すべきという声がありましたが、これが否定されました。2016年8月1日、日本産科婦人科学会は、妊婦にも躊躇せずにチメロサール含有ワクチンを接種するよう促す文書(注3)を公開しました。
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チメロサール含有ワクチンが危険という声はつい最近までありましたし、その前は、そもそも妊婦はインフルエンザワクチンをうつべきでないという意見もありました。それを思えば、随分とインフルエンザワクチンに対する考え方が変わったものです。
鼻スプレー型の効果が乏しいことが分かった以上、現時点では、皮内型の登場が待ち望まれているといっていいでしょう。そして2020年以降は、日東電工の舌下型が主流となるかもしれません。私は利益目的で株式を購入したことがありませんが、こういう情報は投資家の人たちにはどのようにうつるのでしょうか・・・。
注1:毎日新聞「医療プレミア」に詳しく書いたことがあります。興味がある方は参照ください。
注2:米国薬剤師協会(American Pharmacist association)のサイトで紹介されています。記事のタイトルは「Recommendations for prevention and control of influenza in children, 2016-2017」で、下記URLで読むことができます。
https://www.pharmacist.com/recommendations-prevention-and-control-influenza-children-2016-2017
注3:下記で全文が読めます。
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|2016年11月1日 火曜日
2016年10月31日 認知症予防にはコーヒー?それとも緑茶?
認知症の予防にはこれさえやっておけばOK、というものはありません。運動、禁煙、栄養のある食事などは必要でしょうが、これらを続けていても必ず防げるわけではありません。しかし、少しでもリスクを下げられるものがあるなら検討することに価値はあるでしょう。
今回紹介したいのは、カフェインと緑茶についての2つの研究です。どちらも「効果あり」という結果がでています。
65歳以上の女性を対象とした研究で、カフェインをたくさん摂取すれば認知症(dementia)及び認知機能障害(cognitive impairment)の発生率を下げられることがわかった・・・。
医学誌『The journals of gerontology』2016年9月27日号(オンライン版)にこのような論文(注1)が掲載されました。研究は、米国の65歳以上の女性を対象とした調査「The Women’s Health Initiative Memory Study」に協力した6,467人を解析することにより行われています。
認知症に関連する危険因子である喫煙やアルコール、生活習慣病などの影響を調整し、カフェイン摂取量と認知症/認知障害のリスクを検討したところ、カフェインを中央値よりもたくさん摂取する女性は、中央値以下の女性と比べて、認知症、認知障害のリスクが共に0.74倍(26%のリスク減)に低下していることがわかったそうです。
もうひとつの研究は日本のものです。
毎日緑茶を5杯以上飲めば認知症のリスクが低下する・・・。
医学誌『The American journal of geriatric psychiatry』2016年10月号(オンライン版)にこのような研究結果(注2)が報告されました。
研究は東北大学でおこなわれ、対象者は65歳以上の日本人男女13,645人、追跡期間は5.7年間です。この研究は「前向きコホート研究」と呼ばれる方法でおこなわれています。これは疫学調査では最も信頼性が高い研究方法です。
結果、5.7年間で認知症の発症率は8.7%。緑茶を1日に5杯以上飲む人は、1日1杯未満の人に比べると発症率が0.73倍(27%のリスク減)であることがわかったそうです。
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米国人は通常緑茶をあまり飲みませんから、米国の研究でいうカフェインはコーヒーまたは紅茶と考えていいでしょう。比較的同時期に発表された日米2つの研究がほぼ同じ数値(米国のものは0.74倍、日本のものは0.73倍)を示したところが興味深く感じられます。
緑茶にもカフェインは含まれますから、これら2つの研究は同じようなことを言っているのかもしれません。カフェインは摂取しすぎると中毒性もありますから、認知症予防目的であっても過剰摂取するのは危険ですが、適度に楽しむのは有効でしょう。少なくとも、炭酸飲料や清涼飲料水のコーヒーや紅茶への置き換えは検討すべきです。ファストフードのセットメニューを注文するときにこのことを思い出せればいいのですが・・・。
注1:この論文のタイトルは「Relationships Between Caffeine Intake and Risk for Probable Dementia or Global Cognitive Impairment: The Women’s Health Initiative Memory Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
注2:この論文のタイトルは「Green Tea Consumption and the Risk of Incident Dementia in Elderly Japanese: The Ohsaki Cohort 2006 Study」で、下記URLで全文を読めます。
http://www.ajgponline.org/article/S1064-7481(16)30177-4/fulltext
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|2016年10月28日 金曜日
2016年10月28日 片頭痛があれば甲状腺機能低下症にも注意
病気には性差というものがあります。例えば、関節リウマチは女性の方が多いですし、慢性炎症性腸疾患のクローン病は男性に多い疾患です。
頭痛は男女ともに起こりますが、頭痛の種類によって男女差は異なります。アルコールが引き金になることが多い「群発頭痛」は男性に多い一方で、片頭痛は女性に多いという特徴があります。
甲状腺疾患は男性でも珍しくありませんが女性に多いのは間違いありません。特に「甲状腺機能低下症」は圧倒的に女性に多い疾患です。
片頭痛、甲状腺機能低下症とも比較的よくある疾患(common disease)であり、両者を合併している患者さんも少なくありません。しかし、これら2つの疾患のメカニズムは互いに関係なく、どちらかを発症するともう一方の疾患のリスクが上がるとは理論上は言えないと思われてきましたが、そうではないかもしれません。
片頭痛を有している患者は、甲状腺機能低下症のリスクが4割も上昇する・・・。
医学誌『HEADACH』2016年9月27日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)にこのようなことが述べられています。
研究の対象者は、米国オハイオ州在住の成人8,788人(最終的に解析の対象となったのは8,412人)で、20年間の追跡調査がおこなわれました。その結果、頭痛全体では甲状腺機能低下症を発症するリスクが21%高くなり、片頭痛に限定すれば41%も上昇することが判ったそうです。
ただし、この論文では、片頭痛が甲状腺機能低下症を引き起こす(あるいはその逆の)ことを理論的に説明しているわけではなく、関連性の機序は不明のままです。
研究者によれば、甲状腺機能低下症の治療をおこなえば、頭痛の頻度が減少することが期待でき、また、頭痛があり甲状腺機能低下症を新たに発症すると頭痛の頻度が増えることがあるそうです。
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この論文では、米国の片頭痛の有病率が12%、甲状腺機能低下症は0.1~2%とされています。日本では、片頭痛については数値が高くでた研究でも10%を超えませんから、米国人の方が多いのでしょう。一方、甲状腺機能低下症は、日本では2%ということはなく、少なくとも数パーセントはあります。高齢女性に限定すると10%とするものもあります。また、甲状腺機能低下症の原因となる「橋本病」は疾患名から分かるように日本に多い疾患です。
これらを考えると、米国と日本では同じように考えることができず、日本での片頭痛と甲状腺機能低下症の関連性は現段階では不明です。しかし、甲状腺機能低下症の症状である、便秘、低体温、浮腫(むくみ)、低血圧などがあり、なおかつ片頭痛を持っている患者さんには、甲状腺の検査をすべきかもしれません。
注1:この論文のタイトルは「Headache Disorders May Be a Risk Factor for the Development of New Onset Hypothyroidism」で、下記URLで概要を読むことができます。ただし、上記「41%の上昇」については概要には記されておらず、論文の本文に記載されています。論文は有料になりますので、ここではその該当箇所だけ原文を載せておきます。(論文の6ページの左に該当箇所があります)
Our study found that patients with preexisting headache disorders had a 21% increased risk of developing new onset hypothyroidism while those with possible migraine showed an increased risk of 41%.
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|2016年10月14日 金曜日
2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
なぜか日本ではそれほど注目されていないものの、世界では、特にアメリカで近年最も注目されている脳疾患が慢性外傷性脳症(CTE)であるということを、以前述べました(注1)。
なにしろ、元々は通称「パンチドドランカー」と呼ばれていた、元ボクサーにみられる、若年にして認知症を発症するこの恐怖の疾患が、実はボクサーのみならず、アメリカンフットボールやサッカー、さらに野球選手にも起こり得る、それもけっこうな頻度で起こることが明らかとなり、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)もそれを認め、オバマ大統領は「自分に息子がいればフットボールはさせない」と公言したのです。
コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症(CTE)に・・・
この衝撃的な事実は、医学誌『Acta Neuropathologica』2015年10月30日号(オンライン版)に掲載されました(注2)。研究は米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体が対象とされています。
脳検体を用いて病理学的な考察がおこなわれています。合計1,721名の男性のなかで66人がアメリカンフットボールやサッカーなどのコンタクトスポーツの経験があります。その66人の脳を分析すると、なんと21人(32%)に慢性外傷性脳症の病理所見が見つかったのです。
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この疾患が有名になったきっかけは、米国のアメリカンフットボールのスーパースター、マイク・ウェブスターの悲惨な人生です。かつてのスーパースターは、引退後、奇妙な行動をとり始め、精神症状に悩まされ、家を失い、妻に去られ、末路はホームレスでした。認知症が進行していたのです。
その後、次々に元アメリカンフットボールの選手、野球選手、プロレスラーなどがこの疾患を発症していることが明らかとなりました。先に述べたようにオバマ大統領が「自分の息子には・・・」と述べたこともあり、現在米国では大きな議論を読んでいます。
翻って日本では、ほとんど話題にさえなっていません。コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEに・・・。この論文がもっと議論されるべきではないか、私はそう考えています。
注1:下記を参照ください。
はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
注2:この論文のタイトルは「Chronic traumatic encephalopathy pathology in a neurodegenerative disorders brain bank」で、下記URLで概要が読めます。
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|2016年10月8日 土曜日
2016年10月8日 対馬での日本脳炎「集団感染」の謎
すでにマスコミで報道されているように2016年9月末に対馬で合計4人の日本脳炎発症者が確認されました。対馬は、地理的には福岡県または佐賀県と釜山の中間くらいに位置した島ですが、行政上は長崎県になります。その長崎県の発表によれば、感染した4人には行動範囲などに共通性がないことから、集団感染や院内感染は否定されています。
4名の患者は、70歳代の男性2人と80代の男女1人ずつです。
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この報道がとても不可解なのは、対馬には豚がいないはずだからです。日本脳炎ウイルスは豚→蚊(コガタアカイエカ)→ヒトと感染します。感染者がいるということはコガタアカイエカは必ず対馬にいます。たとえまだ蚊が発見されていなくても確実に存在します。しかし、豚は(まさか野生の豚はいないでしょうから)養豚場がなければ存在しているはずがありません。
にもかかわらず日本脳炎が発症したのはなぜなのでしょう。一部の報道ではイノシシ(野生のイノシシはいるでしょう)が豚の代わりとなったのではないかと言われていますが真相はわかっていません。
ところで、私はこのコラムのタイトルに「集団感染」という言葉を入れました。長崎県が正式に「集団感染」を否定しているのに、です。この理由を述べたいと思います。報道されているように確かに4人の患者には共通点がありません。しかし、日本脳炎は感染しても、発症するのは、100人から1,000人にひとりくらいです。そして対馬の人口は3万人程度のはずです。仮に1,000人に1人発症したとすると、4人の発症者は感染者4千人を意味します。人口3万人のうち4千人が感染したとすると、感染率は10%を超えます。これは立派な「集団感染」です。
過去の医療ニュースでお伝えしたように、2016年7月11日、韓国保健福祉部は、韓国全土に「日本脳炎警報」を発令しました。イノシシが感染源になっているかどうかは別にして、コガタアカイエカが朝鮮半島から対馬にかけて大量発生しているのは間違いないでしょう。
参考:
医療ニュース2016年7月13日「韓国全土に日本脳炎警報」
はやりの病気第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」
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|2016年9月30日 金曜日
2016年9月30日 ファストフードで使われる肉から抗菌薬排除の動き
太融寺町谷口医院を開院してから私が最も繰り返し言い続けてきた言葉のひとつが「抗菌薬は簡単に使用してはいけない」というものです。「熱がでたから抗菌薬」「とりあえず抗菌薬」「予防目的の抗菌薬」などはあり得ない、という話を繰り返してきました。なかには「お金払うって言っているでしょ!」と怒り出す人も過去に何人かいましたが、何を言われても、必要のない抗菌薬を処方することはできないのです。尚、抗菌薬のことを「抗生物質」と呼ぶこともありますが、私はこの「コーセーブッシツ」という言葉の響きが「安全で良く効くもの」という”神話”を作り上げているように感じています。抗菌薬とは「細菌」に対して有効なものであり、魔法の薬ではありません。
私はこれまで、抗菌薬は通販で買ってはいけない、海外では薬局で買えるが買ってはいけない、と言い続けています。副作用のリスクが誰が背負うのか、というのが一番の問題ですが、「耐性菌」を生み出してはいけない、というのもその理由です。国民ひとりひとりが気を付けていれば耐性菌のリスクも下げられるのです。
しかしながら、個人の努力ではどうしようもない抗菌薬の使用用途があります。それは「家畜への投与」です。家畜のエサに抗菌薬を混ぜると成長が促進されるためにこれまで日米では長年用いられ続けてきました。尚、ヨーロッパでは、1999年には家畜への抗菌薬の使用は禁止されています。
米国では、現在販売されている抗菌薬のなんと7~8割が家畜に使用されているという指摘もあります。こうなると耐性菌が生まれるのも時間の問題でしょうし、スーパーマーケットで売られているミルクにも抗菌薬が含まれているという報告もあります(注1)。
ところが、ここにきてこのような悪しき慣習が改善されつつあるようです。
2016年9月26日の日経新聞によると、8月上旬、英国の消費者団体が、マクドナルドのスティーブ・イースターブルック最高経営責任者宛に、抗生物質を与えた食肉を使用しないよう求める署名活動を始めました。元々、マクドナルドは2017年3月までに、抗菌薬を与えた鶏肉の使用をやめるとしていましたが、世論の動きを受けてなのか、当初の目標より1年早く使用を中止していました。今回、消費者団体は(鶏肉だけでなく)牛肉や豚肉でも使わないことを求めています。
ケンタッキー・フライド・チキンにも同様の動きがあり、株主でもある消費者団体から家畜のエサから抗菌薬を取り除くことを要求されているようです。ウエンディーズは、2017年を目途に抗菌薬を与えて飼育した鶏肉を用いないことを決定し、サブウェイも2025年までには抗菌薬を用いない肉の使用にすることを決めているようです。
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では日本はどうなのでしょうか。2016年4月5日に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」で「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(注2)というものが決められました。このなかで、家畜に対する抗菌薬の使用についても触れられているのですが「完全禁止」とまではされていません。日本でも、薬剤耐性菌は喫緊の課題となっています。米国に続いて、ファストフード店からの完全除去を願いたいものです。
注1:下記のコラムで詳しく述べました。興味のある方は参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」
注2:下記を参照ください。
http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/pdf/yakuzai_honbun.pdf
参考:
マーティン・J・ブレイザー著『失われていく、我々の内なる細菌』(みすず書房)
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|2016年9月30日 金曜日
2016年9月29日 コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加
ここ数年、「コムギを除去している」という患者さんがかなり増加しています。全国的な統計は見たことがありませんが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診される人たちの間では確実に増えています。
この理由として、私は3つのことを考えています。
ひとつは「糖質制限」のブームです。糖尿病を有している人よりも、むしろダイエットをしたいという人たちの間で糖質制限が流行っています。完全に糖質を制限しようと思えば、米やイモも除去しなければなりませんが、そこまではせずに、コムギを主食とした食品、具体的には、パン、パスタ、うどんなどを避けているのです。この理由でコムギを制限している人は、カレーやから揚げ、ソーセージなどまでは除去していないことの方が多いと言えます。
ふたつめは「コムギアレルギー」と考えている人です。コムギを試しに抜いてみると下痢をしなくなった。アレルギーがあるに違いない、と考えるのです。こう訴えて受診する人がコムギアレルギーであることは実際にはほとんどないのですが、なぜか谷口医院では「自称コムギアレルギー」の人が少なくありません。
3つめは、欧米での流行を受けて、という理由です。グルテンフリーを謳った食品やレストランが欧米でブームになり、有名人も実践しているという話が取り上げられるようになり、それを聞いてやってみたくなった、というものです。グルテンとは、コムギに含まれるタンパク質です。
欧米でグルテンフリーが流行しているとういのは最近よく聞く話であり、私は、セリアック病が増えているのかもしれない、と考えていました。セリアック病とは、グルテンによって小腸が障害され、栄養分が吸収されなくなる一種の自己免疫疾患です。セリアック病は欧米では比較的よくあるものの、日本では稀な疾患です。何らかの理由で欧米では増加傾向にあるためにグルテンフリーが流行している。日本ではもともと少ないものだから、欧米人を見習って同じことをする必要はないのでは? というのが私の考えでした。
しかし、どうやら欧米でもセリアック病が増えているわけではなさそうです。
医学誌『JAMA internal medicine』2016年9月6日号(オンライン版)に掲載された論文で興味深いことが報告されています(注1)。研究の対象者は6歳以上の米国人22,278人です。2009年から2014年までのセリアック病の有病率とグルテンフリー実践率は下記のようになります。
2009~2010 2011~2012 2013~2014
セリアック病有病率 0.70% 0.77% 0.58%
グルテンフリー実践者率 0.52% 0.99% 1.69%
セリアック病が増えていないのに、グルテンフリー実践者が5年で3倍にも増加していることが分かります。研究者の分析では、米国のセリアック病の患者は176万人、グルテンフリー実践者は270万人になるそうです。
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セリアック病と診断されているわけでもないのに、なぜグルテンフリーを実践する人が増えているのか。この理由について、研究者は「コムギ/グルテンに関係のない消化器症状を有する患者が、自分の判断で、単純にグルテンフリーが役立つかもしれないと思い込んでいるのでは」と、考えているようです。
谷口医院の患者さんで、「コムギ/グルテンフリーを実践している」という人で、セリアック病の診断がついた人は一人もいません。もっとも、セリアック病を診断するのは簡単ではなく、小腸内視鏡をおこない生検(粘膜の一部を切り取る検査)をしなければなりませんから、実際にここまで調べれば診断がつく人がいるかもしれませんが。(尚、「自称」ではなく「本当の」コムギアレルギーでコムギ完全除去をしなければならない患者さんはいます)
結局のところ、日本も米国も状況は変わらないのかもしれません。では、セリアック病でないのにコムギ/グルテンフリーを実践するのは馬鹿げたことなのか? 私はそうは思いません。セリアック病かどうかは別にして、それで体調がよくなるのなら、続けることに意味はあると思います。それに、日本人の場合はコムギの代わりに美味しい米がありますから、いきすぎた糖質制限にならなければコムギを抜いても問題ないと私は考えています。
注1:この論文のタイトルは「Time Trends in the Prevalence of Celiac Disease and Gluten-Free Diet in the US PopulationResults From the National Health and Nutrition Examination Surveys 2009-2014」で、下記のURLで概要を読むことができます。
https://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2547202
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|2016年9月27日 火曜日
2016年9月27日 米国、抗菌石けんをついに販売禁止に
抗菌石けんを勧める医療者はほとんどおらず、抗菌効果が無効であるとする研究もあるということを過去にお伝えしました(注1)。今回お伝えするのは、抗菌石けんが無効であるどころか、危険性があるために米国では販売禁止になったというニュースです。
2016年9月2日、FDA(米食品医薬品局A)は、一般向けに販売されている石けんやハンドソープなどで、トリクロサンやトリクロカルバンなど19種類(注2)の殺菌剤が含まれる製品の販売を禁止することを発表しました(注3)。
このような動きは突然決まったわけではなく、以前から抗菌石けんの効果と副作用については問題が指摘されていました。特に、薬剤耐性菌の発生や甲状腺ホルモン、生殖ホルモンへの影響の懸念があり、FDAは、2013年2月に規制案を発表し、抗菌石けんの製造会社には、安全性と有効性を示すデータの提出が義務付けられました。そして、提出されたデータをFDAが検証した結果、通常の石けんよりも有効であることを証明できなかったのです。
ただし、規制案で検証すべき成分に挙げられていた塩化ベンザルコニウム(注4)、塩化ベンゼトニウム(注5)、クロロキシレノールの3種類については、安全性と有効性のデータの提出期限を1年間延期することになりました。また、除菌用のローションやジェル、ウェットティッシュなどは規制の対象外とされています。
では、我々は何をすればいいのでしょうか。FDAの報告は最後にこうまとめています。
「普通の石けんと水で手洗いを。これが感染症を遠ざけて病原体を拡散させない最良の方法のひとつなのです。(Wash your hands with plain soap and water. That’s still one of the most important steps you can take to avoid getting sick and to prevent spreading germs.)」
****************
抗菌石けんに効果があるかどうかは、日々の臨床を通してなかなか実感できませんが、害があるのは明らかです。なぜなら抗菌石けんが原因と思われる手のかぶれで受診する患者さんが少なくないからです。また、通常の石けんも使いすぎはよくありません。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。石けんの使いすぎで、手湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎を起こす人は非常に多いのです(注6)。
注1:下記を参照ください。
医療ニュース(2015年11月6日)「抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分」
注2:具体的な19種についてはFDAの消費者向けの案内(注3)には載せられていません。下記が参考になります。
ここにもその19種を記しておきます。
Cloflucarban, Fluorosalan, Hexachlorophene, Hexylresorcinol, Iodine complex (ammonium ether sulfate and polyoxyethylene sorbitan monolaurate), Iodine complex (phosphate ester of alkylaryloxy polyethylene glycol), Nonylphenoxypoly (ethyleneoxy) ethanoliodine, Poloxamer-iodine complex, Povidone-iodine 5 to 10 percent, Undecoylium chloride iodine complex, Methylbenzethonium chloride, Phenol (greater than 1.5 percent), Phenol (less than 1.5 percent) 16, Secondary amyltricresols, Sodium oxychlorosene, Tribromsalan, Triclocarban, Triclosan, Triple dye
注3:FDAの案内は下記を参照ください。
http://www.fda.gov/downloads/forconsumers/consumerupdates/ucm378615.pdf
注4:塩化ベンザルコニウムは医療機関で用いられている石けんにもよく使われています。代表的なものは、オスバン、ウエルパス、ロッカール、ヂアミトールでしょうか。
注5:塩化ベンゼトニウムはマキロンの主成分として有名です。石けんとしてはハイアミンが有名でしょうか。
注6:下記を参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月27日)
「手洗いの”常識”ウソ・ホント」
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