医療ニュース

2017年2月10日 金曜日

2017年2月10日 片頭痛があると術後脳卒中のリスク上昇か

 片頭痛について、数年前からしばしば言われるのが「脳梗塞のリスク」です。医学誌『Neurological Sciences』2010年6月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)で指摘され、マスコミでも何度か取り上げられたからなのか、診察室でもよく質問されます。私がいつも患者さんに言っているのは、「あまり気にしすぎないこと。そして、脳梗塞のリスク、例えば肥満や生活習慣病、喫煙などには注意すること」と話しています。最近、同じような研究が報告されたので紹介します。

 片頭痛のある患者は手術の後、脳梗塞を起こしやすく、再入院の率も高い

 医学誌『British Medical Journal』2017年1月10日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)です。

 対象者は2007年1月~2014年8月に、マサチューセッツ総合病院と2つの関連施設で手術を受けた12万4,558例(平均年齢52.6歳、女性が4.5%)です。対象者のなかで片頭痛の診断を受けたことがある人が10,179人(8.2%)で、そのうち(閃輝暗点などの)前兆がある人が1,278人(片頭痛患者の12.6%)、前兆がない人が8,901人(87.4%)です。手術を受けてから30日以内に脳梗塞を起こしたのは771人(全体の0.6%)です。

 これらを分析すると、全体では術後に脳梗塞を起こすリスクは1000件あたり2.4。すべての片頭痛患者でみると1000件あたり4.3。さらに片頭痛患者を前兆なし・ありで分けて解析すると、前兆なしで3.9、ありで6.3となっています。これらから、片頭痛があれば術後に脳梗塞を起こすリスクは1.75倍に、さらに前兆がある場合は2.61倍になることがわかりました。

 また、片頭痛があれば、退院後30日以内に再入院になるリスクが1.31倍と上昇していました。

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 太融寺町谷口医院の患者さんでいえば、特に女性で片頭痛のある人は、ナイーブな人が多く、本文にも述べたように脳梗塞への不安をしばしば口にします。(元々ナイーブな人が多いのか、度重なる頭痛からナイーブな側面がでてきたのかはわかりません)

 片頭痛は通常の鎮痛薬が無効である場合が多く、高価なトリプタン製剤や予防薬が必要になることも多々あります。しかし、規則正しい生活を実践するだけでも頭痛の頻度が劇的に少なくなる人も大勢います。

 月並みな言い方ですが、規則正しい生活を心がけ、脳梗塞のリスクとなるような生活習慣を改めるのが、最善の治療であるのは事実です。
 

注1:この論文のタイトルは「Migraine and cerebral infarction in young people」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10072-009-0195-7

注2:この論文のタイトルは「Migraine and risk of perioperative ischemic stroke and hospital readmission: hospital based registry study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/356/bmj.i6635

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2017年1月25日 水曜日

2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる

 胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になって様々な危険性が指摘されるようになり、先日も新たなリスクを紹介(注1)したばかりですが、また新たな報告がありましたのでお伝えします。

 胃薬PPIやH2ブロッカーはクロストリジウム・ディフィシルやカンビロバクターといった消化器感染症のリスクを上昇させる…

 医学誌『British Journal of Clinical Pharmacology』2016年1月5日号(オンライン版)でこのような報告(注2)がおこなわれました。

 今回の研究の対象者はスコットランド東部のTayside在住の成人です。PPIもしくはH2ブロッカーの内服歴のある188,323人と、そういった胃薬を内服していない376,646人が比較されています。調査期間は1999年から2013年です。細菌検査は、入院していない人は外来で、入院した人は病院でおこなわれており、外来と入院で別々に検討されています。

 結果、入院しなかった人たちでは、胃薬を飲んでいれば飲んでいない場合に比べて細菌性腸炎を起こすリスクが2.72倍になり、入院した人たちでは、そのリスクが1.28倍になっていました。

 この研究は細菌ごとに検討されています。クロストリジウム・ディフィシル感染症は、入院しなかった人たちでは胃薬を内服していると感染するリスクが1.7倍に、入院した人では1.42倍になっていました。カンビロバクター感染症は、入院しなかった人たちで3.71倍、入院した人たちで4.53倍にもなっていました。

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 クロストリジウム・ディフィシルは、他の細菌感染治療目的で抗菌薬を投与しているうちに増殖してくる「薬剤耐性菌」としてよく知られており、ときに致死的になる感染症です。最近では、抗菌薬を投与された患者が使用していたベッドをその次に使用した患者がクロストリジウム・ディフィシルに感染するリスクが上昇するという報告(注3)もあり注目されています。

 カンピロバクターは細菌性腸炎の原因菌として有名で、鶏肉の刺身やタタキから感染することが多いのが特徴です。頻度が小さいとはいえ、感染するとギラン・バレー症候群(注4)を発症することもあります。

 今回の研究だけで、PPIとH2ブロッカーがこういった感染症を起こしやすいと断言できるわけではありません。しかし、実は、FDAは2012年の時点で、PPIがクロストリジウム・ディフィシルのリスクになることを発表しています(注5)。(この発表はそれほど注目されておらず、日本で発売されているPPIの添付文書には一応記載がありますが(注6)、処方時にすべての患者さんに説明されているわけではありません。私はPPIの処方が長期に及ばない限りは診察室で説明していません)

注1:医療ニュース 2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

注2:この論文のタイトルは「Acid suppression medications and bacterial gastroenteritis: a population-based cohort study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bcp.13205/abstract

注3:この論文のタイトルは「Receipt of Antibiotics in Hospitalized Patients and Risk for Clostridium difficile Infection in Subsequent Patients Who Occupy the Same Bed」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2565687

注4:ギラン・バレー症候群については下記を参照ください。

はやりの病気第73回(2009年9月)「ギラン・バレー症候群」

注5:この発表のタイトルは「FDA Drug Safety Communication: Clostridium difficile-associated diarrhea can be associated with stomach acid drugs known as proton pump inhibitors (PPIs)」で、下記URLで読むことができます。

http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm290510.htm

注6:例えば、PPIで最もよく処方されるひとつである「ネキシウム」の添付文書には、4ページ目の「10 その他の注意」の(6)に記載があります。下記URLを参照ください。

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00059751.pdf

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2017年1月23日 月曜日

2017年1月23日 胃薬PPIは精子の数を減らす

 高い効果と安全性から世界中で幅広く使用されている胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が、最近になって危険性が次々と指摘されるようになってきた、ということを何度かお伝えしてきました。簡単に振り返っておくと、「認知症のリスクになる可能性」(注1)、「血管の老化を促し動脈硬化のリスクを高める」(注2)、「脳梗塞のリスクとなる」(注3)、などです。

 今回お伝えするのは、PPIの新たなリスクかもしれない「精子の数が減る」という報告についてです。医学誌『Fertility and Sterility』2016年12月号(オンライン版)に論文が掲載されています(注4)。

 オランダの研究チームは、妊娠を計画しているオランダ在住の男性2,473人から、精子量の少ない241人を選抜し、対象グループとして精子数が正常の714人を選び、両グループとPPI使用との関係を分析しました。

 結果、精子の検査日の6~12ヶ月前にPPIを開始していた場合は精子数が減少するリスクが2.96倍高いことが判りました。一方、PPIを開始して6ヶ月以内であれば減少するリスクは認められなかったそうです。

 PPIは胃酸の分泌を強力に抑制する薬剤です。この研究から言えることは、PPIを長期服用し長期間胃内のpH値を上昇させることが精子に悪影響を与える可能性があるということです。(そのメカニズムは不明です) 尚、胃酸の分泌を下げる他の薬H2ブロッカーについては調査されていないようです。

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 妊娠を考えている男性、あるいはすでに不妊治療を開始している男性であっても、医師からPPIを中止するように言われている人はほとんどいないのではないでしょうか。女性の場合は妊娠中に飲んではいけない薬がたくさんありますが、男性の場合は精子に影響を与える薬はそれほど多くありません。

 一部の抗癌剤、リウマチの薬、免疫抑制剤、抗ウイルス薬などが該当しますが、おおまかにいってこれらは軽症でない疾患に使われることが多く、処方する際には医師や薬剤師から注意があります。比較的多く処方されている薬ではSSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。これは海外で受精率が低下するという報告がありますが、大規模調査で認められているわけではありません。

 SSRIよりもPPIの方が処方量が多いのは間違いありません。今後、PPIの内服が長期にわたる可能性がある場合、あらかじめこの精子が減るリスクについて説明がおこなわれるべきかもしれません。

注1:はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:医療ニュース(2016年8月29日)「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

注3:医療ニュース(2016年12月8日)「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」

注4:この論文のタイトルは「Are proton-pump inhibitors harmful for the semen quality of men in couples who are planning pregnancy?」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.fertstert.org/article/S0015-0282(16)62800-5/abstract

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2017年1月12日 木曜日

2017年1月12日 タバコの規制で世界の5300万人が禁煙成功

 2008年から2014年の7年間で88か国の5300万人以上が禁煙に成功。これはタバコ関連の死亡者2200万人以上を減らしたことになる…。

 医学誌『Tobacco Control』2016年12月12日号(オンライン版)にこのような報告が掲載されました(注1)。

 タバコ関連死が多すぎることを問題にしていたWHO(世界保健機関)は、2005年、「FCTC」(Framework Convention on Tobacco Control、タバコ管理の枠組み協定)を制定し、2015年には世界の186か国がこの枠組みを承認しています。(これは世界の人口の95.8%をカバーしますが、米国は(なぜか)承認していません)

 WHOのFCTCは禁煙の具体的な案をまとめた「MPOWER」と呼ばれる禁煙支援策を2008年に打ち出しました。冒頭で述べた7年間の成果はこのMPOWERを実施した結果ということになります。MPOWERを実施したのは88か国で、禁煙成功者の合計が5300万人以上になるそうです。

 ここでMPOWERを具体的にみてみましょう。

M:Monitor tobacco use and prevention policies.(タバコの使用状況及び予防施策を把握)
P:Protect people from tobacco smoke.(タバコの煙から人々を保護)
O:Offer help to quit tobacco use.(禁煙希望者への支援提供)
W:warn about the dangers of tobacco.(タバコの危険性を警告)
E:Enforce bans on tobacco advertising, promotion and sponsorship.(タバコの広告、販売促進、後援の禁止を強化)
R:Raise taxes on tobacco.(タバコ税増税)

 7年間でタバコ関連死を免れた2200万人の内訳は次のようになります。

700万人:タバコ税の上昇による
540万人:禁煙法による 
410万人:健康への警告による
380万人:広告の禁止による
150万人:禁煙への(治療などによる)介入による

 報告によれば、MPOWERの6つの項目のすべて(あるいはほとんど)に積極的に取り組んだブラジル、パナマ、トルコで特に喫煙者の大きな減少が認められたそうです。

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 本文にあるMPOWERについて、日本政府はどこまで実施しているのでしょうか。M(把握)は一応はできているでしょう。P(保護)はどうでしょうか。今も日本では全面禁煙のレストランや食堂、カフェはほとんどありません。O(支援提供)は一部の会社で実施していますが、ほとんどの人はその恩恵にあずかっていません。W(警告)は不充分でしょう。国によっては、肺がんの肺や老けた皮膚をタバコのパッケージに載せているところもありますが(例えばタイ)、日本ではそのような試みもありません。

 E(広告などの禁止の強化)はどうでしょう。タバコの広告は現在では禁止されていますが、キャンペーンは頻繁におこなわれていますし、繁華街ではタバコのサンプルを配っている光景を目にすることもあります。R(税増税)については一応は実施していますが、海外諸国と比べると日本のタバコが安いことはよく指摘されます。

 世界で最も喫煙に厳しい国のひとつがシンガポールです。同国ではタバコ代が非常に高く(1箱1,000円以上します)、海外からの持ち込みには申告が必要で、申告を怠れば高額のペナルティを払わされます。道端での喫煙は違法行為で罰金をとられ、レストランやカフェでも全面禁煙のところが多く、そのため喫煙者は減少の一途をたどっています。少なくともアジアでは最も喫煙率の低い国となっています。

 シンガポールではここまで禁煙対策を実施して何が起こったか。平均寿命・健康寿命とも共に上昇し、日本よりも健康寿命が長いとする報告もあります。今後日本が先進国かつ健康な国を維持するにはもっと大胆な禁煙政策が不可欠ではないか、というのが私の考えです。

注1:この論文のタイトルは「Seven years of progress in tobacco control: an evaluation of the effect of nations meeting the highest level MPOWER measures between 2007 and 2014 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://tobaccocontrol.bmj.com/content/early/2016/12/09/tobaccocontrol-2016-053381.abstract?sid=406dc11e-951b-42a9-8a73-81f8ac1a10f7

「概要」では情報量が多くありません。下記なら(無料で)もう少し詳しい情報を知ることができます。

https://gumc.georgetown.edu/news/smoking-down-number-of-lives-saved-up-as-more-counties-embrace-tobacco-control-measures

参考:
医療ニュース2016年12月25日「1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍」

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2017年1月6日 金曜日

2017年1月6日 合成大麻が生んだ「ゾンビ」がNYで集団発生

 ゾンビがニューヨークでアウトブレイク! 原因は合成大麻!

 このようなタイトルの論文が医学誌『The New England Journal of Medicine』2016年12月14日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 2016年7月12日、ニューヨーク市ブルックリン地区で33人が合成大麻で精神に異常をきたし、うち18人が救急搬送されました。これを報道した地元のメディアは33人を「ゾンビ」と表現しました。

 米国カリフォルニア大学の研究者が、この「ゾンビ」の原因物質が「AMB-FUBINACA」であることを突き止めました。論文によれば、この物質は「AB-FUBINACA」の類似物(エステル化アナログ)で、AB-FUBINACAはファイザー製薬が研究用に開発した大麻に似た物質です。同社の特許(patent)が2009年に切れ、特許情報が公開されたことから裏社会で開発されることになったのでしょう。裏社会でつくられたAB-FUBINACAはデザイナーズ・ドラッグとして世界中に流通するようになりました。世界で初めて使用者からAB-FUBINACAが検出されたのは2012年で、これは日本です。

 AMB-FUBINACAの作用は大麻の嗜好性の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)のなんと85倍だそうです。合成大麻といえば、ヨーロッパのSpiceや米国のK2がよく知られていますが、AMB-FUBINACAはこれらの50倍もの作用があるそうです。

 救急搬送された18人の年齢は25~59歳(平均36.8歳)で全員が男性。論文によれば、搬送された男性は、ぼんやりした目つき(blank stare)で、手足の動きが緩慢で機械的、そしてゾンビのようなうめき声を上げていたそうです。

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 少し解説を加えます。まず、大麻(マリファナ、ハシシ、ガンジャなど呼び方は多数あります)とは、麻の花または葉から精製されたもので嗜好性があります。日本では覚醒剤や麻薬と同じように報道されることがあり同類のものと思われがちですが、こういった違法薬物とはまったく異なります。大麻は医薬品としても使われており、医療用大麻は世界の多くの地域で合法です。嗜好用大麻も米国の8州(+ワシントンD.C.)を含む世界の多くで合法化されており、今後他の地域や国にも広がるとみられています。(ただし私自身は大麻合法化に賛成しているわけではありません。詳細は下記(注2)を参照ください)

 大麻は多くの化学物質から構成されていますが重要な成分はCBD(カンナビジオール)とTHCです。CBDは医療用として用いられ、これには嗜好性がありません。THCに嗜好性があるために、通常の大麻を使用すれば身体が弛緩し恍惚感が得られます。今回「ゾンビ」を生み出したAMB-FUBINACAはそのTHCの85倍とのことですから、救急搬送されるのも無理はありません。

 特許が切れれば内容を公開しなければならないのは規則ですが、その規則のせいで合成大麻が出回っているということを考えなければなりません。

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注1:正確なタイトルは「”Zombie” Outbreak Caused by the Synthetic Cannabinoid AMB-FUBINACA in New York」、直訳すれば「ニューヨークで合成大麻AMB-FUBINACAが原因で”ゾンビ”がアウトブレイク」)です。下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1610300#t=abstract

注2:下記を参照ください。

NPO法人GINA「GINAと共に」第126回(2016年12月)「これからの「大麻」の話をしよう~その2~」

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2016年12月26日 月曜日

2016年12月26日 未成年の格闘技は禁止すべきか

 未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない…

 これは米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)による勧告です。医学誌『Pediatrics』2016年12月号(オンライン版)(注1)に掲載されています。

 現在米国では、約650万人の未成年(children and adolescents)がなんらかの格闘技を習っています。格闘技は筋肉を鍛えバランス感覚や柔軟性を養うことだけでなく、自尊心や自我の確立に好影響を与えると考えられています。

 しかし、その一方でコンタクト型の格闘技には外傷のリスクが伴います。外傷の多くは打撲や捻挫といった軽症のものですが、なかには重症例もあります。特に、米国で人気の高い総合格闘技(MMA, mixed martial arts)は、脳振盪や窒息、さらに脊髄損傷といった重症となる外傷のリスクがあります。

 米国では、1990年~2003年の間におよそ12万8,400人の17歳以下の未成年(中間年齢は12.1歳)が救急部で治療を受けています。外傷発生率は、格闘技の練習1,000回あたりにつき41~133件になるとされています。また、ヘッドギアなどの保護用品については、それらが危険性を減らすというデータがなく過信は禁物です。

 格闘技別にみると、救急部で治療を受けた8割近くが空手によるものですが、委員会が最も警告しているのは総合格闘技です。また、テコンドーのキックにも厳しいコメントをしています。テコンドーはだいたい2割がパンチ、8割がキックです。テコンドーによる外傷の多くはキックによるもので、頭部へのキックは脳振盪を起こすこともあります。ところが現在のルールでは頭部へのキックがポイントになり、委員会はこの点に注意を促しています。

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 接触型(コンタクト型)の格闘技がNGで、格闘技をするなら非接触型に、と言われても素直に従える人はそういないでしょう。そもそも格闘は「接触」を前提としています。格闘技が好きな子供に、「型」の練習だけにしておきなさい、と言っても納得しないに違いありません。

 しかし、軽症でない外傷、つまり障害を残すような外傷も起こり得るわけですから、この委員会の警告は傾聴すべきです。また、今回委員会が取り上げているのは、格闘技(Martial arts)だけですが、広義にはコンタクトスポーツには、アメリカンフットボールやサッカーも含まれます。そういったスポーツはどのように考えていくべきなのか、慎重な議論が必要となります。

 日本ではなぜかあまり注目されていませんが、米国ではコンタクトスポーツがCTE(慢性外傷性脳症)という難治性の疾患のリスクになることが次第に周知されつつあります(注2)。

注1:この論文のタイトルは「Youth Participation and Injury Risk in Martial Arts」で、下記のURLで全文を読めます。

http://pediatrics.aappublications.org/content/138/6/e20163022

注2:下記を参照ください。

はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」

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2016年12月26日 月曜日

2016年12月25日 1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍

 1日1本未満の喫煙でも肺がんの死亡リスクが9倍に…

 これは医学誌『JAMA internal medicine』2016年12月5日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)が主張していることです。米国国立がん研究所(National Cancer Institute)による研究です。

 研究の対象者は、調査開始時(2004~05年)に59~82歳であった合計290,215人の男女。喫煙歴はアンケートでおこない、2011年末までの死亡者、死亡原因が調べられています。

 結果、全死因死亡リスクは、非喫煙者に比べて、1日1本未満で1.64倍に、1~10本で1.87倍となっています。注目すべきは肺がんの死亡率で、1日1本未満で9.12倍、1~10本で11.61倍にもなっていたのです。

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 患者さんに「タバコやめましたか?」と尋ねると、「完全には止められていませんが、減煙に成功して1日3本程度です」などと答える人がいます。自身にしてみれば「がんばっている」という意識があるのでしょうが、この研究によればあまり意味がないということになります。

 もっとも、この研究を待つまでもなく、減煙しているという人の多くは、貴重なタバコを惜しむように肺の奥まで吸い込みますから、減煙がかえって身体に悪いのでは?と感じることもあります。

 健康で長生きしたいならタバコは止める以外の選択肢はない、と、そろそろ断言してもいいのではないでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Association of Long-term, Low-Intensity Smoking With All-Cause and Cause-Specific Mortality in the National Institutes of Health-AARP Diet and Health Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2588812

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2016年12月9日 金曜日

2016年12月9日 コーヒー1日3杯以上で脳腫瘍のリスクが低下

 ちょうど太融寺町谷口医院が開院した2000年代後半あたりから、コーヒーががんや生活習慣病の予防になるという研究が相次ぎ、このサイトでも繰り返し紹介してきました。今回も「コーヒーは健康に良い」という研究で、「1日3杯以上のコーヒーで脳腫瘍のリスクが低下する」というものです。

 医学誌『International Journal of Cancer』2016年12月15日号(オンライン版)に日本人を対象とした研究が紹介されています(注1)。

 対象者は合計106,324人の日本人の男女(男性50,438人、女性55,886人)です。約10年の調査期間中に脳腫瘍を発症したのは157人(男性70人、女性87人)でした。コーヒーと緑茶を飲む頻度を「週に4日以下」「1日1~2杯」「1日3杯以上」の3つのグループに分け、脳腫瘍のリスクが検討されています。

 男女合わせたデータをみてみると、コーヒーを1日3杯以上飲んでいる人は脳腫瘍のリスクが0.47倍に下がっています。女性だけでみれば0.24倍とさらに低下しています。「神経膠腫」と呼ばれる脳腫瘍全体の約3分の1を占める悪性腫瘍だけでみてみても、コーヒー摂取量が多い人はリスクが0.54倍に低下しています。

 尚、緑茶と脳腫瘍のリスクには相関関係が認められなかったそうです。

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 脳腫瘍の予防にコーヒーを!とまでは言えないと思いますが、この研究はコーヒー好きには嬉しいものでしょう。脳腫瘍にも悪性と良性があります。先に述べた悪性の「神経膠腫」は脳腫瘍のなかで最も頻度が多いものですが、がん全体のなかではそれほど多いわけではありません。

 脳腫瘍がやっかいなのは、予防する方法が確立されていないからです。胃がんならピロリ菌の除菌、肝がんなら肝炎ウイルスの治療、子宮頚がんならワクチンと定期健診、大腸がんなら生活習慣病の予防と治療、肺がんなら喫煙など、多くのがんには「〇〇には気を付けましょう」というものがあるわけですが、脳腫瘍にはそういったものはありません。いくら規則正しい生活を続けていようが、感染症に注意しようが起こるときは起こるのです。遺伝性があるわけでもありません。

 そのような状況のなか、「コーヒーがリスクを下げられるかもしれない」という研究は興味深いと言えます。今後の研究にも注目したいと思います。

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注1:この論文のタイトルは「Coffee and green tea consumption in relation to brain tumor risk in a Japanese population」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijc.30405/full

参考:
医療ニュース
2016年10月31日 認知症予防にはコーヒー?それとも緑茶?
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない
2015年8月28日 コーヒーが悪性黒色腫を予防
2016年3月8日 コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など

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2016年12月9日 金曜日

2016年12月8日 胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク

 胃薬には様々な機序のものがあり薬局で買えるもの(OTC)もあれば漢方薬もあります。多数ある胃薬のなかで「最もよく効く胃薬は?」と問われれば多くの医療者は「PPI」と答えると思います。

 PPI、正確にはプロトンポンプインヒビター(proton pump inhibitor)と呼ばれる胃酸分泌を抑制する薬は日本では90年代前半に登場し、あっという間にシェアを伸ばしました。非常によく効く上に、副作用があまりないと考えられており、今では消化器内科医のみならず多くの医師が”簡単に”処方しています。

 そのPPIが今年(2016年)になり、突然「キケンな薬」とみなされることになります。まずきっかけとなったのは「認知症のリスクとなるかもしれない」という報告です。ドイツでおこなわれた大規模研究で、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%も上昇していることが分かったのです(注1)。

 次に危険性を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)。2016年5月、PPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることを報告しました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなるということです。

 今回お伝えするのも「米国心臓学会」の報告です。2016年11月15日、「大衆向けの胃薬が脳梗塞のリスクを上げる」というタイトルでPPIの危険性をウェブサイトに掲載しました(注3)。

 紹介されているのはデンマークの研究です。対象者はデンマーク国民244,679人(平均年齢57歳)で調査期間はおよそ6年です。この間に脳梗塞を発症したのは9,489例で、発症とPPIの使用状況の関係が検証されています。検討されたPPIは4種。オメプラゾール(先発品の商品名は「オメプラゾン」「オメプラール」)、pantoprazole (Protonix、日本未発売)、ランソプラゾール(タケプロン)、エソメプラゾール(ネキシウム)です。

 解析の結果、PPIを使用していると脳梗塞のリスクが21%上昇していることが判りました。ただし、少ない量の使用であればリスク上昇はほとんどなかったそうです。4種のなかでも差があります。各PPIを最高用量で用いた場合、最もリスク上昇が少なかったのがランソプラゾールの30%、最も高かったのがpantoprazoleの94%でした。

 PPI以外の胃酸分泌を抑制する薬としてH2ブロッカー(ファモチジンなど)があります。H2ブロッカーについては脳梗塞のリスク上昇は認められなかったようです。

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 下記「医療ニュース」でも述べたように、わざわざ高価なPPIを使わなくてもいいのに…、という症例は少なくありません。つまり、PPIに頼らなくても値段の安いH2ブロッカーでコントロールできる例は少なくないように私は感じています。ですから、転勤などで大阪に引っ越してきて新たに当院をかかりつけ医とした患者さんに対してはPPIをH2ブロッカーに変更することがよくあります。

 ただし危険性を意識しすぎて、PPIを一切使わない、というのは行き過ぎです。やはりPPIがどうしても必要な症例もあります。ですが、そういったケースでもPPIで症状を安定させた後は、H2ブロッカーや他の胃薬、あるいは漢方薬などを用いる方がいいでしょう。もちろん薬以上に大切なのは、規則正しい生活、規則正しい食習慣であることは言うまでもありません。 

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

注3:下記を参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/Xpopular-heartburn-medication-may-increase-ischemic-stroke-risk

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2016年11月18日 金曜日

2016年11月18日 座りっぱなしはEDのリスクにも

 このサイトでは2013年あたりから「座りっぱなし」は大変危険であり、がんや生活習慣病のリスクになるということを繰り返し紹介してきました。運動などでそのリスクが軽減するという意見もありますが、何をしてもリスクは低下しない、いわば「喫煙と同じようなもの」とする報告もあります。

 座りっぱなしでED(勃起不全)のリスクが上昇する・・・。

 このような日本人を対象とした研究結果が報告され話題を呼んでいます。愛媛大学の学者が「道後Study」と呼ばれる疫学研究のデータを分析しました。医学誌『Journal of Diabetes and its Complications』2016年10月18日(オンライン版)に掲載されています(注1)。

 研究の対象者は、2型糖尿病(生活習慣の乱れから起こる糖尿病)の男性患者430人(平均年齢60.5歳)で、自記式質問紙調査を用いて、喫煙、飲酒状況、運動習慣、降圧薬の服用の有無、これまでの病気、歩行習慣などが調べられ、さらに過去1年間の1日あたりの「座りっぱなし」で過ごした時間が問診されています。座りっぱなしの時間は、①5時間未満、②5~7時間、③7~9時間、④9時間以上の4つに分類されています。

 EDについては、その有無と重症度が調べられています。重症度は、「SHIM(Sexual Health Inventory for Men)」(注2)と呼ばれるED用の問診票で評価され、スコア8未満(1-7点)が「重症ED」、8-11点が「中等度ED」です。

 これらを解析すると、④9時間以上座りっぱなしのグループでは「重症ED」になりやすいという結果になっています。オッズ比は1.84、つまり1.84倍「重症ED」になりやすい、ということです。一方、「中等度ED」と「座りっぱなし」には相関関係が認められなかったようです。尚、この調査では対象者の36.1%が「中等度ED」、49.8%が「重症ED」だったようです。

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 もっと大規模な疫学研究にも期待したくなりますが、理論的に考えても、「糖尿病+座りっぱなし」でEDになりやすいのは理解できることです。糖尿病で血管が老化しているところに、座りっぱなしで下半身の血流が滞るのですから。

 座りっぱなしがNGであるのはもはや疑いようがないと思います。私は以前から「健康のための10の週間」として「3つのEnjoy、3つのStop、4つのDataに注意して!」を提唱しています(注3)。「3つのStop」の1つが「Sitting too much」(座りっぱなし)です。

注1:この論文のタイトルは「Self-reported sitting time and prevalence of erectile dysfunction in Japanese patients with type 2 diabetes mellitus: The Dogo Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.jdcjournal.com/article/S1056-8727(16)30707-3/abstract

注2:SHIMは下記を参照ください。

http://www.njurology.com/_forms/shim.pdf

注3:詳しくは下記を参照ください。

メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

参考:
医療ニュース2016年2月27日「「座りっぱなし」はやはり危険」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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