医療ニュース

2024年6月9日 日曜日

2024年6月5日 15歳老けてみえる人は大腸がんかも

 現在世界的に若年者の大腸がんの増加が問題となっています。最近、「早期発症の大腸がん患者は実年齢より生物学的に15年年上」、言い換えれば「実年齢より15年老けてみえる」という研究が発表されました。

 2024年5月31日から6月4日まで、米国シカゴで「2024年米国臨床腫瘍学会年次総会(2024 American Society of Clinical Oncology annual meeting)」が開催されました。その総会で、オハイオ州立大学総合がんセンターが発表した研究のなかにこのようなものがあったのです。

 なぜ、早期発症の大腸がんが増えているのかはよくわかっていないのですが、西洋式の食事 (高脂肪、低食物繊維食) が、大腸がんの発生率増加と関連している可能性が指摘されています。腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢)は食物繊維を分解して発酵させ、腸内壁の健康維持に重要な役割を果たす有益な腸内細菌を作り出します。高脂肪、低繊維食は腸内の微生物バランスを崩し、結果として腸内の炎症が惹起されます。

 炎症が持続すればがんが発症しやすくなるのはよく知られた事実で、大腸でいえば、潰瘍性大腸炎やクローン病といったいわゆる炎症性腸疾患(IBD)は大腸がんのリスクとなります。脂肪肝で肝臓に持続的な炎症があると肝臓がんのリスクが上がりますし、慢性膵炎は膵臓がんのリスクです。熱傷や外傷などで皮膚に傷を負うと、やがてそれが皮膚がんのリスクとなります。

 オハイオ州立大学総合がんセンターの研究者らはエピジェネティクスという遺伝子の研究から「早期発症の大腸がん患者は実年齢よりも平均して生物学的に15歳年上」であることを示しました。たとえば、45歳の早期発症の大腸がん患者は、60歳の生物学的特徴を持っている(=60歳に見える)ということです。

 これらをまとめると、「高脂肪食+低食物繊維食 → 腸管に炎症 → 老けてみえる + 大腸がんのリスクが上昇」となります。

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 『ブラックパンサー』の主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンは43歳の若さで大腸がんで2020年に他界しました。彼を「(43+15=)58歳に見える」と言えばファンから怒られそうです。

 「大腸がんで若くして他界した有名人」を検索すると「ザ・ギンギンマルのオガタ。36歳で急逝」と出てきました。私はこの芸人を知らなかったのでwikipediaで画像検索すると、確かに同世代の相方よりも老けているような印象があります。しかしやはり彼を「(36+15=)51歳に見える」と言えばファンに失礼でしょう。

 老けてみえるかどうかは別にして「炎症」が多くの疾患の原因であるのは間違いありません。では「炎症を起こさないようにするためには何をすべきか」となって、それには多数の注意点があるのですが、「太らない(脂肪肝を避ける)、いいものを食べて腸内環境をよくする(例えば超加工食品は避ける)、ストレスを避ける(脳に炎症が起こると考えられるようになってきました)」あたりは常に注意すべきでしょう。

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2024年5月31日 金曜日

2024年5月31日 インターネットは幸せにつながる

 インターネットは我々の生活を劇的に改善させましたが、そのせいで人々が孤独になり精神衛生上は良くないという指摘があります。それは事実なのでしょうか。「そんなことはなくてインターネットは人を幸福にする」を示した研究を紹介したいと思います。

 医学誌「Technology, Mind, and Behaviour」2024年5月13日号に掲載された論文「インターネットの使用と幸福感の関連性に関するマルチバース分析(A Multiverse Analysis of the Associations Between Internet Use and Well-Being)」です。

 研究の対象は168か国の2,414,294人で、調査期間は2006年から2021年です。インターネットにアクセスできること、またはインターネットを積極的に使用することが、幸福につながるかどうかが調べられました。結果、インターネット接続と幸福の間に統計的に有意な正の関連性(つまりインターネットの利用がえれば幸せが増す)が認められ、インターネットは生活満足度や目的意識などの幸福度指標を高めるという結論が導かれました。

 この論文について、科学誌「Nature」が5月12日に取り上げています。同誌は「インターネットにアクセスできる人は、ウェブにアクセスできない人に比べて、生活満足度、肯定的な経験、社会生活への満足感の尺度で平均8%高いスコアを獲得し、オンライン活動は人々が新しいことを学び、友達を作るのに役立ち、これが有益な効果に寄与する可能性がある」とインターネットの利点を強調しています。

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 このような研究を待つまでもなく、インターネットが人を豊かにしているのは明らかだと私は思いますが、SNSには弊害があることもまた自明と言えるでしょう。SNSの普及により、心を病む若者が増え、それが自殺率の上昇につながっていることが繰り返し指摘されています。

 ワシントンポストによると、米国では学校でスマホ中毒とも呼べる状態の生徒が多く、これを阻止するため、登校時にロックのかかるポーチにスマホを収納することを義務付ける学校が増えています。当初は生徒や保護者からの反対が多かったものの、継続して実行すると生徒どうしの(本来のかたちの)コミュニケーションが増え、授業に集中できるようになってよかったという意見が多いそうです。

 上記Natureの記事では、「過去1週間にインターネットを利用した15~24 歳の女性は、ウェブを利用しなかった人に比べて、住んでいる場所への満足度が低い。これは、自分のコミュニティで歓迎されていないと感じる人々がオンラインで過ごす時間が長いためかもしれない」とするこの論文の研究者の意見を載せています。ということは、もともと幸せでない人がインターネットにアクセスしているということなのかもしれません。

 いずれにしても大切なのは「使い方」でしょう。たしかに(一部の)若者のように、SNSで承認欲求まるだしの自慢話を披露したり、他人の悪口を書きまくっていたりすれば心を病んでいくのも無理もありません。一方、勉強や情報収集のツールとしてインターネットを用いるならこれほど便利なものもありません。一種の”革命”と呼んでもいいでしょう。ということは「ネットは〇か×か」ではなく、「人を幸せにするネット利用法は?」を考えればいいわけです。

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2024年5月1日 水曜日

2024年5月1日 座りっぱなしの死亡リスクはコーヒーで解消? 30分減らせば血圧低下

 座りっぱなしの健康リスクが極めて大きいことはこのサイトで繰り返し伝えてきていますし、世間でも周知されてきています。世界的には「座りっぱなしは新たな喫煙(Sitting is the New Smoking)」とも言われています。

 今回は座りっぱなしに関する最近発表された2つの研究を紹介します。まずは「長時間座りっぱなしの生活をしていてもコーヒーを飲めば死亡リスクが増えない」というちょっと信じられない研究で、医学誌「BMC Public Health」2024年4月17日号に「毎日の座っている時間とコーヒーの摂取量と、米国成人における全死因および心血管疾患による死亡リスクとの関連性(Association of daily sitting time and coffee consumption with the risk of all-cause and cardiovascular disease mortality among US adults)」というタイトルで掲載されています。

 研究の対象者は2007~2018年の米国民健康・栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey of US)に参加した10,639人(平均年齢47.1歳、女性50.0%)です。観察期間中に合計945人が死亡、うち284人が心血管疾患で死亡しています。1日8時間以上座る人は、4時間未満の人に比べて、全死因死亡リスクは46%上昇、心疾患での死亡リスクは79%上昇していました。

 コーヒー摂取量が最も多い人(1日540g以上)は、コーヒーを飲まない人に比べると、全死因死亡リスクが33%減少、心血管系疾患での死亡リスクは54%減少していました。

 また、「1日6時間以上座るコーヒーを飲まない人」は、「1日6時間未満しか座らずコーヒーを飲む人」に比べて、全死因死亡率が58%上昇していたものの、長時間座っていてもコーヒーを飲んでいればそのリスク上昇がないことが分かりました。

 もうひとつ、最近発表された研究を紹介しましょう。「1日当たりの座りっぱなしの時間を30分以上減らせば血圧が下がる」とするもので、医学誌「JAMA Netw Open」2024年3月27日号に掲載された「高齢者の座位時間の減少と血圧 ランダム化臨床試験(Sitting Time Reduction and Blood Pressure in Older AdultsA Randomized Clinical Trial)」です。

 研究の対象者は60~89歳でBMIが30~50の男女283人(試験開始時の平均年齢68.8歳、女性65.7%)で、座りっぱなしの時間を30分減らすよう介入されたグループ140人と、介入なしの143人に分けられました。結果、介入されたグループでは6カ月後に収縮期血圧(上の血圧)が平均3.48mmHg低下していました。

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 補足しておくと、コーヒーの研究では1日540g以上の意味がよく分かりません。通常コーヒーは1杯あたりに使用される豆の重さは10からせいぜい15g程度です。ということは540gだと1日50杯近くになりますが、これほど飲んでいる人がそんなに多いはずがありません。ということは、「豆ではなく飲むコーヒーの重量」と考えればいいのでしょうか。しかし、コーヒーの比重を仮に1.2とすれば540÷1.2=450mLとなり、通常のコーヒーカップ2杯ちょっとということになり、これでは少ないような気がします。結局よくわかりませんが、常識的な範囲でコーヒーをたくさん飲む人は座りっぱなしの心疾患系疾患のリスクが減ると考えておくのがいいでしょう。

 血圧の方の研究は対象者のBMIが30以上と肥満の人だけで検討されています。日本人にはそのまま応用できない可能性があります。座りっぱなしの研究は欧米で先行していて、日本人を対象としたものはあまりありません。今後日本の研究に注目したいと思います。

参考:医療ニュース2023年9月30日「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇」

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2024年4月29日 月曜日

2024年4月29日 GLP-1受容体作動薬、パーキンソンにもアルツハイマーにも有効か

 糖尿病だけでなく肥満にも劇的な効果を示すGLP-1受容体作動薬(以下、単に「GLP-1」)は、「糖尿病患者の心不全と身体活動制限を改善する」ことを示した論文が話題となっています。

 谷口医院の患者さんをみていると、糖尿病の改善や体重減少よりもむしろ、「飲酒量が減った」「もう少しで禁煙できそう」「買い物依存が治ったかも」「チョコレートが欲しくなくなった」など、「依存症の治療薬」として期待できるのではないかということです。これは学術的に認められたわけではなく、おそらく私以外にこんなことを主張している医師は見当たらないのですが、重要なことだと考えて、毎日新聞の「医療プレミア」及び「日経メディカル」の私の連載で公表しました。

 今回紹介したいのはGLP-1の「抗炎症作用」です。動物実験も含めて次のような研究が発表されています。

・GLP-1は脂肪肝のマウスの肝臓の炎症を軽減したという研究

・同様に、GLP-1が肥満マウスの脂肪組織の炎症を軽減したという研究

・日本人を対象としたGLP-1が脂肪肝を改善したという研究

・GLP-1がマウスの腎臓の炎症を改善したという研究

・GLP-1がマウスの心臓の炎症を改善したという研究

 これらの研究も興味深いのですが、さらに注目したいのが「脳における抗炎症作用」です。万人が認めるわけではないものの、パーキンソン病、さらにはアルツハイマー病も病気の正体は実は「脳の炎症」ではないか、という考えがあります。もしもこれら難治疾患がGLP-1で改善する可能性があるのなら研究を進めるべきでしょう。

 GLP-1の一種であるエクセナチド(商品名は「バイエッタ」)というGLP-1が、パーキンソン病患者の運動能力の大幅な改善につながることを示した研究が医学誌「The LANCET」に掲載されています。

 さらに、リキシセナチド(商品名は「リキスミア」)というGLP-1が、早期パーキンソン病の進行を抑制するという医学誌「NEJM」に掲載された研究もあります。

 ところで、糖尿病があって肥満があれば血液検査でCRP(C反応性蛋白)が高値になることがあり、これは全身に炎症があることを示しています。ということは、GLP-1で抗炎症作用が生じるのは、GLP-1の直接の作用ではなくて、糖尿病と肥満が解消されることが原因と考えるべきなのでしょうか。
 
 科学誌「Nature」はそうでないと言及しています。その理由は、GLP-1の抗炎症作用は、有意な体重減少が達成される前に始まることが確認されているからです。

 もうひとつ気になるのは、パーキンソン病(さらにはアルツハイマー病も)がGLP-1で改善するのなら、GLP-1は脳に移行しているのか、という問題です。血中の物質が脳へと移行するのは「血液脳関門」を通らなければなりません。

 上述のNatureによると、GLP-1受容体(GLP-1が作用する物質)は脳内に豊富に存在し、研究チームがマウスの脳内のGLP-1受容体をブロックしたところ、GLP-1は炎症を軽減できなくなりました。これは、GLP-1の少なくとも一部は脳に作用し、脳内のGLP-1受容体に結合することを示しています。

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2024年4月21日 日曜日

2024年4月20日 ピロリ除菌の失敗は「虫歯」が原因かも

 「日本人の大勢がヘリコバクターピロリが陽性なのに調べていない人が多すぎる」のは周知の事実ですが、一向に検査が広がりません。私自身は「ピロリの検査は自費でも実施すべきだ」と言い続けていますが、そうは言っても自費の検査というのはなかなか勧めにくいものです。

 谷口医院の患者さんがピロリ陽性だと分かるのは、たいていは健診や人間ドックでたまたま調べたというケースか、胃の調子が悪くて胃カメラのクリニックを紹介してそこで発覚する事例です。「ここ(谷口医院)で自費でいいから調べてほしい」とリクエストされて陽性が発覚するのは全体の1割程度です。

 ピロリは陽性であることが分かっても、必ずしも除菌が必要かは意見が分かります。消化器内科の医師は(おそらくほぼ全員)「除菌しましょう」と言うわけですが、除菌して後悔している人がそれなりに多いのも事実です。除菌前まではまったく症状がなかったのに除菌したことが原因で逆流性食道炎を発症してご飯が食べられなくなった、という人が少なくないのです。

 今回は「除菌失敗」の話です。ピロリの除菌はまず一次除菌と呼ばれる標準的な治療(1週間3種類の薬を飲む)をおこないます。当院の経験でいえば、だいたい7割くらいが成功します。失敗した場合は二次除菌(やはり1週間3種類の薬を飲む)を実施します。これでも失敗する人が年に1~2名いて、この場合は三次除菌へと進みます(幸いなことに、谷口医院では三次除菌でも失敗した人はいまだにゼロです)。

 どのような人が除菌に失敗しやすかについて、私自身は「これまでの抗菌薬使用量が多い人」という印象を持っています。しかしそれが正しいかどうかはエビデンスがありません。今回紹介したい研究は「ピロリ失敗は虫歯が原因かも」というものです。

 研究は医学誌「Scientific Reports」2024年2月号に掲載された「日本人成人におけるヘリコバクター・ピロリの7日間3剤併用療法の除菌失敗と未治療のう蝕との関連性(Association between failed eradication of 7-day triple therapy for Helicobacter pylori and untreated dental caries in Japanese adults)」です。

 研究の対象は、2019年4月から2021年3月に朝日大学病院でピロリの除菌と歯科検診を受けた226人(男性150人、平均年齢52.7歳)です。除菌に失敗した人は38人(17%)で、成功した人と比べて、1日2回以上歯磨きをする人が少なく、虫歯のある人が多いことが分かりました。虫歯があればピロリ除菌失敗のリスクが2.6倍となったのです。

 興味深いことに、虫歯の本数が多いほど失敗しやすいことも分かりました。虫歯が1本の人の除菌失敗率は24%、2本では40%、3本では67%となり、大部分が失敗することを示しています。

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 この問題以外にも、虫歯(齲歯)や歯周病が様々な疾患のリスクになるという研究は多数あります。あまり触れられませんし、医療機関でもあまり指導されませんが、歯科のケアは非常に大切です。谷口医院ではこれまで以上にデンタルケアの注意を促していこうと考えています。

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2024年3月31日 日曜日

2024年3月31日 帯状疱疹ワクチン、安い方でOK?

 2年ほど前から帯状疱疹のワクチンに関する問い合わせが増えています。患者さんが「うちたい」というのはたいてい高い方のワクチンなので、これはおそらく製薬会社(やこのワクチンで儲かる他の人たち)のマーケティング戦略の結果でしょう。

 ですが、谷口医院では結果としてほとんどの患者さんが安い方のワクチンを接種しています。もちろんその理由は「費用」です。高い方のワクチン(グラクソ・スミスクラインの「シングリックス」)は2回接種しなければならず合わせて4~5万円もします。一方、安い方のワクチン(阪大微生物病研究会「ビケン」)は7~8千円程度ですから価格はおよそ6分の1です。

 シングリックスを推薦する人は「シングリックスの方が効果が高い」と言うわけですが、どの程度の差があるのでしょう。最近、安い方のワクチンでもそれなりに高い効果があることを示した研究が発表されたのでここに報告します。

 医学誌「BMJ」2023年11月号に掲載されたその論文のタイトルは「帯状疱疹生ワクチンの接種後10年間の有効性: 電子健康記録を使用したコホート研究(Effectiveness of the live zoster vaccine during the 10 years following vaccination: real world cohort study using electronic health records )」です。

 研究では米国の「Kaiser Permanente Northern California」と呼ばれるデータベースが使われています。対象は50歳以上の1,505,647人で507,444人(34%)が帯状疱疹の生ワクチン(安い方のワクチン)を接種していました。

 調査によると、ワクチンの有効性は接種後1年目が67%と最も高く、その後は経時的に減っていき、10年後には15%まで低下していました。

 帯状疱疹に罹患して最も困るのが「帯状疱疹後神経痛」と呼ばれる長引く痛みです。これを抑える効果について、1年目は83%で、10年後には41%へ低下していました。

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 高い方のワクチンとの比較がありませんが、1年目の有効性67%、1年目の帯状疱疹後神経痛抑制効果83%を「その程度しかないのか」と感じる人もいるのではないでしょうか。それならば高い方にしようと考える人もいるでしょう。もちろんそれでもいいのですが、帯状疱疹の最重要事項は「治療薬がある」です。

 もしも治療薬がなくてワクチンしかない感染症であれば、ワクチンのプレゼンスが非常に高くなります。代表は麻疹(はしか)で、(1歳未満と30歳以上は)感染すると死に至ることもある重大な疾患で、治療薬はありません。ですがワクチンはあります。ワクチン2回接種で100%近い効果があります。

 一方、帯状疱疹には薬があります。では、薬があるのにもかからず不幸なことに帯状疱疹後神経痛を発症する人がいるのはなぜでしょうか。それは「薬を飲まなかった」か「薬を飲み始めるのが遅かった」かのどちらかです。

 つまり帯状疱疹で最も大切なのは「疑えば直ちに受診」です。日頃から「どのような症状が出れば帯状疱疹を疑うべきか」をかかりつけ医から学んでおき、少しでも可能性があればすぐに受診することが大切です。

 帯状疱疹に関して言えば治療の主役は薬であってワクチンではないのです。このことを踏まえて高い方か安い方を検討すればいいでしょう。

参考:医療プレミア「帯状疱疹 50歳未満でもワクチン接種がお勧めの人たち」


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2024年3月11日 月曜日

2024年3月11日 「座りっぱなし」で仕事をする人にとっての効果的な運動は

 本サイトで「座りっぱなし」のリスクについて初めて紹介したのは、おそらく2010年の医療ニュース「座っている時間が長い人は短命?」です。その後、繰り返し、「座りっぱなし」は寿命を縮めるだけでなく、生活習慣病、心血管系疾患、ED、さらには認知症のリスクを上昇させることを示した研究などを紹介してきました。

 今や「座りっぱなし」は「第二の喫煙」とも呼ばれ、2020年にはWHOが正式に危険性を表明しました。WHOの主張を簡単にまとめれば、「小児から高齢者、妊娠中の女性、さらには障害を抱えた人も含めて、「座りっぱなし」は健康上のリスクになるので適切な対策をとらねばならない」となります。

 今回は「座りっぱなし」がいかに有害化を示した台湾の大規模研究を紹介したいと思います。医学誌「JAMA」2024年1月19日号に掲載された論文「仕事で座る時間、余暇の身体活動、全死因および心血管疾患による死亡率(Occupational Sitting Time, Leisure Physical Activity, and All-Cause and Cardiovascular Disease Mortality)」にまとめられています。

 研究の対象は1996~2017年の台湾の健康プログラムにの参加した合計481,688人の男女(平均年齢は39.3歳、女性53.2%)。平均追跡期間は12.85年、追跡期間中に26,257人が死亡しました。

 「仕事中にほとんど座っている人(ones who mostly sat at work)」は「仕事中にほとんど座らない人(ones who were mostly nonsitting at work)」に比べ、全死因の死亡率が16%高く、心血管疾患による死亡率が34%高かったことが分かりました。「仕事中に座る・座らないを交互に繰り返す人(ones alternating sitting and nonsitting at work)」は、ほとんど座っていない人に比べ、死亡率の増加はみられませんでした。

 この研究では「運動」で「座りっぱなし」による死亡リスクが解消できることを示しています。「ほとんど座っている人」が、1日15~30分の「余暇での運動(leisure-time physical activity, LTPA)」か、あるいはPAIスコア100以上の運動をおこなえば、LTPAをほとんどしない「ほとんど座らない人」に比べて死亡リスクが上昇しないことが分かりました。

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 この論文が簡単そうでややこしいのは、LTPA、PAIといった聞きなれない言葉がでてくることです。論文を読んでもLTPAとは具体的にどのようなものを差すのかがよく分かりません。もしかすると、台湾の公園などでよく見る大音量の音楽をかけてみんなで踊っているダンスのようなものでしょうか。

 PAIは「Personal Activity Intelligence」のことでノルウェーの研究者Ulrik Wisløff氏が考案した指標です。PAIは運動中の心拍数の変化を週ごとのスコアに変換する指標で、有用度を検討した論文によると、10年前と現在の双方でPAIスコアが100以上であれば(PAI100以上の運動を続けていれば)、100未満の人に比べて、心血管疾患による死亡リスクが32%、全死因の死亡リスクが20%低くなります。

 PAIが興味深いところは、スコアを各自の心拍数から算出している点で、この方式なら元々運動能力の高い人も低い人も指標として用いることができます。またスコアを算出する期間を1日ではなく1週間にしている点も注目に値します。この方法であれば「週末のみハードな運動をする人」も高得点になるからです。ただ、現時点ではすべてのウェアラブルデバイス(スマートウォッチ)に対応できているわけではなく、PAIスコアが計測できるデバイスはXiaomi(シャオミ)、Amazfit(アマズフィット)、MIO(ミオ)だけのようです。以前は、AppleWatchやFitbitなどでも連動させてPAIスコアが表示されるアプリがあったそうなのですが現在はサービスを終了しているそうです。

 この台湾の研究で分かることは、座りっぱなしは死亡リスクとなるが、それなりに負荷のかかる運動をすればそのリスクが解消できそうだ、ということです。しかし、過去の医療ニュース「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇」で紹介したように認知症のリスクは運動で解消されないという研究もありますから、「座りっぱなし」の仕事自体はやはり見直した方がいいかもしれません。

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2024年2月15日 木曜日

2024年2月15日 若年性認知症の15のリスク因子

 若年性認知症について英国で実施された大変興味深い研究を紹介します。論文が掲載されたのは医学誌「JAMA Neurology」2023年12月26日号、タイトルは「英国バイオバンクにおける若年性認知症の危険因子(Risk Factors for Young-Onset Dementia in the UK Biobank)」です。

 研究の対象者は英国のデータベース「バイオバンク」に登録された「65歳未満で、観察開始時点で認知症の診断を受けていない」356,052人で、観察開始は2006年から2010年まで、観察期間の終了はイングランドとスコットランドは2021年3月31日、ウェールズは2018年2月28日です。

 39のリスク因子が検討され、若年性認知症のリスク要因となるのは次の15であることが分かりました。

#1 低学歴(lower formal education)
#2 社会経済的地位の低さ(lower socioeconomic status)
#3 ApoEε4を2つ所有(carrying 2 apolipoprotein ε4 allele)
#4 飲酒しない(no alcohol use)
#5 アルコール使用障害(alcohol use disorder)
#6 社会的孤立(social isolation)
#7 ビタミンD欠乏(vitamin D deficiency)
#8 CRP高値(high C-reactive protein levels)
#9 低握力(lower handgrip strength)
#10 難聴(hearing impairment)
#11 起立性低血圧(orthostatic hypotension)
#12 脳卒中(stroke)
#13 糖尿病(diabetes)
#14 心疾患(heart disease)
#15 うつ病(depression)

 検討された結果、若年性認知症のリスクでなかった24項目(39-15)は下記の通りです。

性別(sex)
身体活動(≒運動不足)(physical activity)
喫煙(smoking)
(低栄養の)食事(diet)
認知活動(cognitive activity)
結婚(marriage)
窒素酸化物(nitrogen oxide)
(PM2.5などの)微粒子(particulate matter)
殺虫剤(pesticide)
ディーゼル(diesel)
腎臓の機能(estimated glomerular filtration rate function / eGFR)
アルブミン(albumin)
高血圧(hypertension)
低血糖(hypoglycemia)
心房細動(atrial fibrillation)
アスピリンの使用(aspirin use)
BMI
不安症(anxiety)
ベンゾジアゼピンの使用(benzodiazepine use)
せん妄(delirium)
睡眠障害(sleep problems)
外傷性脳損傷(traumatic brain injury)
関節リウマチ(rheumatoid arthritis)
甲状腺機能異常(thyroid dysfunction)

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 この分析は「若年性認知症」であることに注意が必要です。運動不足、喫煙、低栄養の食事、肥満、ベンゾジアゼピンの使用などが「認知症全体」のリスクであることが否定されたわけではありません。

 「15項目」には努力と定期的な検査で防げるものもありそうです。概して言えば、健診を受け、(健診には含まれない)ビタミンDとCRPを調べ、勉強して(低学歴をカバーし社会経済的地位をあげる)、身体を鍛え(握力)、友達を大切にし、お酒をほどほどに飲む?、といったところでしょうか。

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2024年2月4日 日曜日

2024年2月4日 道路の空気汚染が血圧を上昇させる

 個人的な話になりますが、私が医学部の1回生から研修医の1年目が終了するまで住んでいたワンルームマンションは高速道路の横に位置していました。19歳から26歳までは大阪市北区の幹線通り沿いにあるワンルームマンションに住んでいました。研修医2年目を迎えるとき、新たに研修医として勤務することになった枚方市の病院の敷地内の寮に入りました。

 驚きました……。こんなにもぐっすりと眠れることに。それまでは意識したことがありませんでしたが、住宅街に位置する病院のその敷地内の寮の環境はとても静かで、その静かな環境では深い睡眠が得られるのです。今から考えれば当然かもしれませんが、その当時は思いもしませんでした。

 2021年8月、当時の太融寺町谷口医院は階上キックボクシングジムが起こす振動で診療が度々妨げられるようになり、繰り返し申し入れをしても無視されたため(2024年2月現在も裁判中)、新しい場所を探していました。

 不動産屋が紹介したある物件は新築で広さはじゅうぶん、家賃も高くなく、クリニックには適しているかと思えました。結局、この物件は「コロナを診るなら患者にビルのトイレを使わせないでほしい」と言われたために断ったのですが、私はそれがなくても「ここでは診療ができない」と考えていました。

 高速道路の横だったからです。キックボクシングジムがつくる振動よりははるかにましですが、高速道路ですから騒音は避けられません。また粉じんが舞います。

 前置きが長くなりましたが、今回紹介したいのは「道路の空気汚染が血圧を上昇させる」を示した研究です。論文は医学誌「Annals of Internal Medicine」2023年11月28日号に掲載された「交通関連の大気汚染による血圧への影響(Blood Pressure Effect of Traffic-Related Air Pollution)」です。

 研究の対象者は正常血圧の22~45歳の16人(平均年齢29.7歳)です。シアトル市のラッシュアワーの時間帯に、外気が車内に入り込む車(フィルターなし)で2日間運転を行うグループと、外気の微粒子を取り除く高性能フィルター(HEPAフィルター)が装備された車で1日だけ運転を行うグループに振り分けられました。尚、被験者にはどちらのタイプの車かは知らされず、HEPAフィルターの有無は乗っただけではわかりません。

 結果、外気がHEPAフィルターで取り除かれた車を運転した場合と比べて、外気が車中に入り込む車を1時間運転した場合、拡張期血圧(下の血圧)が平均で4.7mmHg上昇、収縮期血圧(上の血圧)は4.5mmHg上昇しました。24時間後の平均血圧でみても、外気が車中に入り込む車を運転した場合は、拡張期血圧が3.8mmHg、収縮期血圧が1.1mmHg上昇していました。

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 車がゆっくりとしか走れない住宅地よりも早いスピードで走る幹線道路や高速道路の方が粉じんはたくさん舞います。音もしますし、場所によっては振動も伝わってくるでしょう。そういった環境に現在住まれている人には失礼ですが、そのような場所は「住むだけで不健康」と言えるでしょう。

 新・谷口医院は、旧・谷口医院から徒歩で5分しか離れていないのに、前がお寺、横がお墓、後が高級タワーマンションという大変静かで恵まれた場所に位置しています。つい7ヶ月ほど前までは階上から壁がゆれる程の振動を加えられていたわけですから夢のような環境です。今回紹介した研究は「振動」ではなく「粉じん」についてのものですが、旧・谷口医院(太融寺町谷口医院)を受診していた人も階上にキックボクシングが入居してからは振動で血圧が上昇していたかもしれません……。

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2024年2月1日 木曜日

2024年1月31日 起床・就寝時間が不規則なら認知症のリスクが53%上昇

 「シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇する」という研究を過去の医療ニュース「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク(2023年2月9日)」で紹介しました。今回は「起きる時間と寝る時間がバラバラの人は認知症のリスクが上昇する」という興味深い研究を紹介しましょう。

 その研究は、医学誌「Neurology」2023年12月23日号に掲載された論文「睡眠規則性指数と認知症発症および脳容積との関連(Association of the Sleep Regularity Index With Incident Dementia and Brain Volume)」です。

 研究では英国の「UKバイオバンク」と呼ばれる研究機関のデータが使われています。研究の対象者は88,094人(平均年齢62歳、女性56%)で、研究機関中に認知症を発症した人は480人いました。睡眠の規則性(日々の起床時刻と就寝時刻がどれだけ規則的か)と認知症発症との関連が検討されました。研究には「睡眠規則性指数」(sleep regularity index、以下「SRI」とします)と呼ばれる指標が使われています。SRIは毎日同じ時刻に起きて同じ時刻に寝れば「100」となり、両者がまったく異なれば「0」となるように設定されています。対象者の中央値は「60」でした。

 最も不規則な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは41、反対に最も規則的な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは71でした。最も不規則な睡眠をとる人の認知症のリスクは平均的な人たちに比べ53%上昇していました。

 しかし、最も規則的な睡眠サイクルの人もまた、平均的な人に比べ16%のリスク上昇が認められました。

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 この研究が興味深いのは、不規則な睡眠サイクルが認知症のリスクになっていたという事実に加え(こちらは予想どおりです)、規則的なサイクルの人たちが平均的な人たちよりもリスクが上がっている点にあります。

 16%ですから、統計学的に有意ととれるかどうかは判断が難しいのですが、ひとつ言えることは「起床時刻と就寝時刻を完璧にいつも同じにしても認知症のリスクが下がるわけではなさそうだ」ということです。

 ということは、友達との飲み会を早めに切り上げたり、体調が悪いのに無理やり早朝に起きたりする必要はなさそうです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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