医療ニュース

2017年6月28日 水曜日

2017年6月28日 60歳未満の高血圧は認知症のリスク

 少し前、高齢者の血圧低下は認知症のリスクになるという興味深い研究を紹介しました(注1)。今度はその逆で、若年者(60歳未満)の高血圧はアルツハイマー病のリスクになる、という研究です。

 論文は医学誌『Alzheimer’s research & therapy』2017年5月31日号(オンライン版)に掲載(注2)されています。

 研究はノルウェーの研究者によりおこなわれ、対象者は「HUNTスタディ」(Nord-Trondelag Health Study)と命名された研究に参加した合計24,638人です。そのうち579人が、アルツハイマー病、血管性認知症、または両者の混合型認知症と診断されています。

 データが分析された結果、60歳以上では、収縮期血圧(上の血圧)が高ければアルツハイマー病および混合型認知症の発症リスクが低いことがわかりました。(血管性認知症には相関関係は認められませんでした)

 一方、60歳未満で降圧薬を服用している人では、収縮期血圧が高いとアルツハイマー病とのリスクが上昇することがわかりました。

************

 最近の流れをまとめると、高齢者(何歳からかは議論がありますが)の場合は、血圧が下がるとアルツハイマー病のリスクが増えて、中高年者の場合は逆にリスクが上がる、ということになります。

 こういった研究はすべての人に当てはまるわけではなく、自分の判断で薬を中断したり開始したりするのは極めて危険です。気になる人はかかりつけ医に相談してください。

注1:医療ニュース2017年4月7日「血圧低下は認知症のリスク」

注2:この論文のタイトルは「Association between blood pressure and Alzheimer disease measured up to 27 years prior to diagnosis: the HUNT Study」で下記URLで全文を読めます。

https://alzres.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13195-017-0262-x

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年6月26日 月曜日

2017年6月26日 少量の飲酒でも認知症のリスク!?

「酒は百薬の長」は昔からよく使われることわざですが、私の経験上、この言葉を述べる人のほとんどが「酒飲み」ですし、この言葉を考え付いたのも酒飲みでしょう。ですが実際に、少量の飲酒は血圧を下げ、生活習慣病を予防でき、寿命を延ばすという報告は多数あります。おそらくほとんどの医療者もこれを支持しています。

 最近、一流の医学誌にこの「常識」を覆すかもしれない論文が掲載され医療者の間でも話題となっています。その論文とは『British Medical Journal』2017年6月6日号(オンライン版)に掲載されたもので、なんと「少量の飲酒でも認知症のリスクになる」と結論づけています(注1)。

 研究の対象者は550人のイギリス人。公務員を対象とした「Whitehall II」と命名された大規模調査に参加した6,306人のなかから無作為に1,380人が選ばれ、その中で研究の趣旨に同意した人たちです。30年間にわたり1週間のアルコール摂取量が調べられ、認知機能が調査され、さらに脳MRIが撮影されています。550人の中からデータ不備などを除いた527人が分析されています。

 結果、30年間のアルコール摂取量が多ければ多いほど海馬(脳の記憶をつかさどっている部分)の萎縮のリスクが上昇していることがわかりました。アルコールをほとんど飲まないグループ(週1未満単位、1単位はアルコール8g)と比べると、週30単位以上摂取しているグループのリスクは5.8倍と最も高くなっています。週に14~21単位であっても、右側海馬萎縮のリスクが3.4倍となっていました。さらに少量摂取(週1~7単位)であったとしても認知症の予防効果は認められていません。

 アルコール摂取量が多ければ、言語を流暢に話す能力も低下していたようです。

************

 この論文を読むときには「単位」に注意しなければなりません。アルコールの「単位」はいくつかの基準があり、日本のアルコール健康医学協会は純アルコール20gを1単位と決めています。この方式なら1単位が日本酒1合で(だから日本人にはわかりやすい)、ワインなら1単位が180mLとなりワイングラスに入りきらないくらいの量になります。一方、イギリス式の単位は、この論文ではワイン5杯で14単位と説明されています。以前紹介した論文(下記「医療ニュース」)では「ワイン1杯で3単位」と述べました。

 さて、週に14~21単位で海馬のリスクが3.4倍というのは大変ショッキングな結果です。ワインで言えば週にグラス5~7.5杯。ビールで言えば大雑把に行って週に中ジョッキ4~6杯程度です。毎日飲酒するから人からみれば「少量」になります。さらに、これら以下の摂取量であっても少なくとも認知症の予防効果はなかったということになります。

 酒は百薬の長・・・、本当に正しいのか疑う必要がありそうです。

注1:この論文のタイトルは「Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline: longitudinal cohort study」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/357/bmj.j2353

参考:医療ニュース
2015年9月29日 どのような人がお酒を飲み過ぎるのか

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年6月2日 金曜日

2017年6月2日 ピロリ菌除菌で酒さが大きく改善

 難治性の皮膚疾患で患者数が少なくないのにもかかわらず、なぜかマスコミではあまり取り上げられない酒さ。先日は白ワインが酒さ発症のリスクになるかもしれないという研究をお伝えしましたが、今回はその何倍も衝撃的な報告(注1)を紹介します。

 その報告とは、まず酒さの原因のひとつがヘリコバクター・ピロリ菌(以下「ピロリ菌」)かもしれない、というものです。この説は突然湧き出てきたものではなく、以前から一部の医師からは指摘されていました。しかし、反対意見も多く、また高いレベルのエビデンス(科学的確証)をもってピロリ菌と酒さの因果関係を証明した研究は存在しないことから、これまでそれほど強調されてこなかったのです。

 今回の研究では、酒さの患者をまず集めたのではなく、その逆で、ピロリ菌陽性者を先に観察することから始めています。研究の対象者はイラン・タブリーズ医科大学(Tabriz University of Medical Sciences)に2013年5月から2015年11月の間に受診したピロリ菌陽性者872名。そのうち167名(19.15%)が臨床的に酒さと診断されました。酒さは血液検査や画像検査で診断がつくのではなく「臨床的」すなわち医師の視診で診断をつける疾患です。

 167名のうち150名がピロリ菌の除菌がおこなわれ138人(92%)が除菌に成功しました。除菌に成功した患者が酒さも治ったかどうかについては、酒さのそれぞれの症状について検討されています。ほてり、紅斑、丘疹、熱感、落屑、乾燥、浮腫、眼症状については除菌後に有意差を持って改善しています。一方、血管拡張、周辺部位の症状(これが具体的に何を意味するのかは論文からはよく分かりません)、腫瘤様変化については改善は認められませんでした。

************

 酒さは人種差があると言われています。私はイラン人の知人が多いわけではなくイランの医療事情のことがよく分からず、それが故にこの報告を日本人にあてはめていいのかどうか判断できません。ですが、ピロリ菌の除菌に成功すればこれだけの統計学的有意差を持って酒さが改善するという結果は注目すべきだと思います。

 まだあります。酒さを治すのは困難ですが、ピロリ菌の除菌は一次除菌に失敗したとしても二次除菌(さらに二次除菌に失敗すれば三次除菌…)があります。この報告は酒さで悩んでいる患者さんは一度は検討してもいいと思います。

 ですが、酒さの原因は様々であり、おそらくピロリ菌が原因の酒さというのはごく一部だと思います。(この研究でピロリ菌陽性者の19.15%が酒さというのは数字が大きすぎるように感じます。日本ではここまでの数字にはならないと思います) ちなみに、太融寺町谷口医院を受診している酒さの患者さんでいえば、原因として最も多いのがステロイドの不適切使用です。ステロイド外用を長期間使用していたことが原因と考えられるのですが、なかにはステロイドの内服や注射を実施しその後酒さを発症したと思われるケースも少なくありません。

 他の酒さの原因として、紫外線曝露、飲酒などが挙げられますが、なかにはまったく原因不明のものもあります。そういったケースではピロリ菌感染の有無を調べてみてもいいかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Effects of Helicobacter pylori treatment on rosacea: A single-arm clinical trial study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1346-8138.13878/abstract

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年5月29日 月曜日

2017年5月29日 ワクチン1回では不十分~後遺症も残る麻疹脳炎~

 感染研感染症疫学センターが毎月発行している「病原微生物検出情報」2017年5月号に興味深い麻疹(はしか)の症例が報告(注1)されました。この症例は、非常に示唆に富むもので、私がこの報告を読んだ最初の印象は「起こるべくして起こった」というものです。まずはこの症例を簡単にまとめてみましょう。

********
【症例】36歳男性。生来健康。

2016年8月中旬より出張でジャカルタ滞在。渡航前は会社から推奨のあったA型肝炎ウイルスワクチン(以下HAV)、 B型肝炎ウイルスワクチン(以下HBV)、日本脳炎ワクチン(以下JE)の3種を接種。9月上旬顔面腫脹、その2日後に高熱と全身の発疹、さらに意識が混濁し現地病院に緊急入院。気管内挿管がおこなわれ人工呼吸器管理となった。様態改善せず、入院4日目にシンガポールへ移送。移送後も痙攣発作を認め麻疹脳炎の診断確定。抗けいれん薬開始。症状改善傾向にあり人工呼吸を中止。発症26日後に帰国し日本の医療機関に入院。

入院時、意識清明であったが、舌が正常に動かない、飲みこむのが不自由など麻疹脳炎の後遺症を認めた。胃に管を入れ栄養を摂りリハビリテーションが開始された。発症から68日後に退院となり退院時には食事が可能となったが、現在も後遺症が残存。
********

 さて、この症例、渡航前にワクチンを接種していなかったのはなぜでしょう。会社から推奨のあったのは、HAV、HBV、JEの3種のみ。ジャカルタのみなら狂犬病は必須ではなくこれはいいとして、なぜ麻疹と風疹が含まれていないのか、この点が大いに疑問です。そして、会社は医学の専門家ではないですから責任を問われないかもしれませんが(とはいえ、なぜ産業医がこの従業員に麻疹ワクチンの推奨をしなかったのかは追及されることになるかもしれません)、ワクチンを接種していた医師は何をしていたんだ、と感じる人もいるでしょう。

 では医師は何をしていたのか。ここからは私の予想です。おそらくワクチンを実施した医師は、麻疹や風疹ワクチンの必要性についても説明したはずです。そして、おそらくこの会社員の男性は、「会社から推奨されていないので大丈夫です」というようなことを言ったのではないでしょうか。

 なぜ私にこのような推測ができるかというと、太融寺町谷口医院にも同じようなケースが多数あるからです。この患者さんが言う「大丈夫です」というセリフ、最近頻繁に聞くのですが(もしかすると「流行語」なのでしょうか)、言葉以外から伝わってくるニュアンスとしては「余計なことを言わないで」というふうに感じられることもあり、そうなると現実的にはそれ以上のことが言えず、せいぜい「他の感染症のこともしっかり学んでおいてくださいね」と助言するくらいのことしかできません。

 実際には、ほとんどのケースで「大丈夫」でなく、たいへん危険な状態で現地に渡航することになります。では、患者さんがすべて悪いのか、というとそうではなく、会社の辞令や命令で現地渡航するわけで、それに伴う費用は会社が出すべき、という考えは分からなくはありません。決して安くないワクチンを自分のポケットマネーで負担しなくてはならないのは腑に落ちないと考えるのでしょう。

 ですが、海外では(本当は日本でも)「自分の身は自分で守る」が原則です。特に感染症は「正しい知識」があれば防げることが多いのです。もしもこの男性が会社に頼らずに、自分自身でジャカルタの医療状況について調べていたらきっとこのようなことにはならなかったに違いありません。

 また、もしも会社の上司や人事部が、または産業医がもう少し現地の疾患のことを知っていたら違った対策をとることになったに違いありません。あるいは、ワクチンを接種した担当医が、聞くのを嫌がる男性を引き留めてでも麻疹の危険性を忠告していたら…。

 この男性の後遺症が今後どうなるのかは公表された報告からは分かりません。今のところ、この症例は一般のメディアでは報じられていないようですが、関係者のみならず、海外旅行(それは観光も含めて)に行く機会のあるすべての人が知っておくべきだと私は思います。

注1:下記URLを参照ください。

https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/1047-disease-based/ma/measles/idsc/iasr-in/7279-447d02.html

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年5月28日 日曜日

2017年5月28日 妊娠中のマクロライド系抗菌薬は流産のリスク

 妊娠中は薬に頼らざるをえない事態を可能な限り避けなければなりません。規則正しい生活を心がけて感染症の予防をしっかりとおこなうことが重要です。

 しかし、いくら気を付けていても妊娠中に風邪をひくことはあります。ほとんどの風邪はウイルス性ですから治療には何もせずに休養をとるのが一番です。そして、市販の風邪薬の多くは妊娠中には飲んではいけない成分を含んでいます。

 では、ウイルス性ではなく細菌性の風邪をひいたとき、あるいは細菌性の膀胱炎や腸炎に罹患したときにはどうすればいいでしょうか。細菌性であったとしても日ごろ健康な人であれば、上気道炎でも膀胱炎でも腸炎でも水分摂取と安静で治ることもあります。ですが、高熱が続いたり倦怠感が強くなってきたりした場合は抗菌薬を使わざるを得ません。

 では、妊娠中の抗菌薬はどれくらい危険なのでしょうか。抗菌薬と流産の関係を検証した研究が最近発表されました(注1)。

 研究の対象者はカナダ・ケベック州在住で1998年から2009年の間に妊娠して自然流産した15~45歳の妊婦8,702人。対照者は妊娠週数及び妊娠した年を一致させた87,020人の妊婦です。

 流産と抗菌薬使用の関係を検討した結果、流産した女性の16%が妊娠初期に抗菌薬を使用していたことが判りました。一方、対照者は13%未満でした。特筆すべきなのはマクロライド系抗菌薬のアジスロマイシン(先発品の商品名は「ジスロマック」)の流産のリスクは1.65倍、クラリスロマイシン(同じく「クラリス」「クラリシッド」)なら2.35倍にもなることが判ったことです。(尚、この研究では、メトロニダゾール、ニューキノロン系、テトラサイクリン系などの流産のリスクにも触れていますが、これらは日本では妊娠中には「禁忌」とされており使用されることはありませんからここでは言及しないでおきます)

************

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも妊娠中の患者さんが少なくありません。妊娠前から谷口医院をかかりつけ医にしている人のみならず、従来かかりつけ医を持っていなくて妊娠後に谷口医院を受診するようになったという人もいます。妊娠中は、出産に関することであれば産科の担当医を受診しなければなりませんが、妊娠中に風邪をひいたときなどは、産科医を受診すると他の妊婦さんにうつすリスクがありますから、産科医を受診しにくいのです。

 妊婦さんが受診された場合、それがどのような疾患であったとしても薬の処方は最小限にします。(もっとも、谷口医院ではどのような患者さんにも「薬は最小限にすべき」と伝えていますから、実際には妊娠の有無でそれほど変わるわけではありません)

 妊婦さんに抗菌薬を処方せねばならない場合、効果が期待できそうであればペニシリン系を選択します。なぜなら、この世界最古の抗菌薬(注2)は、歴史的に大勢の妊婦さんに使用されてきており相対的に安全であることが分かっているからです。

 問題は、ペニシリンが役に立たないケースです。ペニシリンはグラム陽性菌とカテゴライズされる細菌には比較的よく効きます。グラム陰性菌に対しては過去にはよく効いていましたが、最近は耐性菌が多く効かないケースも目立ちます。また、細胞内寄生菌といって顕微鏡では観察できない菌のいくらかはペニシリンがまったく無効です。比較的よくあるのがマイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)(注3)など咳が主症状となる上気道感染です。この場合、通常は日本ではマクロライド系の抗菌薬を選択するのが一般的です。けれども、今回の研究が示しているように、これだけ流産との相関が高いなら、症状をみながら薬を使わずに自然治癒に期待する選択を積極的に考えるべきかもしれません。

 細菌性のものも含めて風邪(上気道炎)を予防するには日ごろのうがい・手洗いが重要です。また、夫に風邪症状があるときには家に帰らないようにしてもらうこともあります。妊娠すれば、可能な限りの風邪をひかない対策を実行すべきなのです。

 さて、谷口医院でもしばしば相談を受けるのが「性器クラミジア感染症」です。この疾患は大半が無症状であり、妊娠初期におこなわれる「妊婦検診」で発覚します。谷口医院をかかりつけ医にしている人は、「産科で薬を飲まないといけないと言われたけど大丈夫でしょうか」と言って受診します。また、何らかの事情(おりものの異常がある、無症状だが危険な性交渉があった)などで谷口医院を受診し、性器クラミジア感染症が見つかることもあります。そして妊娠していたという場合がときどきあります。

 上気道炎(風邪)の場合とは異なり、性器クラミジア感染症(クラミジア子宮頚管炎)の場合は自然治癒の期待はできません。そして、無症状であったとしても治療しなければなりません。大切な胎児をつつんでいる子宮にそのような細菌が棲息していれば胎児に感染するリスクが出てくるからです。そして、クラミジアにはペニシリン系(およびセフェム系抗菌薬)は一切無効です。また、妊娠していなければクラミジアにも使用できるニューキノロン系やテトラサイクリン系抗菌薬は妊娠中の使用は「禁忌」とされています。結局、マクロライド系抗菌薬しか選択肢がないのです。

 しかし、今回の研究が示しているようにマクロライド系は流産のリスクがあるわけです。結局のところ、妊娠する前にきちんと性感染症の検査をしておく、というのが最も大切ということになります。

 
注1:この論文のタイトルは「Use of antibiotics during pregnancy and risk of spontaneous abortion」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.cmaj.ca/content/189/17/E625.abstract?sid=48adccb6-9169-4c74-b40e-8a8f1f50dcd9

注2:世界最古の抗菌薬はペ二シリンではない、という意見もありますが、世界的にコンセンサスが得られているのはペニシリンです。詳しくは下記コラムの注2を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」「日本初の女性医師を生涯苦しめた病とは」

注3:クラミドフィラ(クラミジア)には「言葉の混乱」があります。①クラミジア肺炎、②クラミジア・シッタシ(オウム病)、③クラミジア・トラコマティス(性器クラミジア感染症)のうち、①と②はクラミドフィラという呼び方が正確なのですが今も「クラミジア」と呼ばれるのが一般的です。最近(2017年4月)、2人の妊婦が死亡したことが報じられたクラミジアは②です。詳しくは下記コラムを参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」「子どもも妊婦もかかる 三つの「クラミジア」の混乱」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年5月11日 木曜日

2017年5月11日 白ワインは女性の酒さのリスク 

 医療者からみると「よくある疾患」なのに、あまりメディアなどでは取り上げられず知名度の低い皮膚疾患のひとつが「酒さ」です。酒さは顔面にできる慢性の炎症性疾患で治療に難渋することがしばしばあります。

 ほとんどの患者さんは「なんでこんな病気になったのですか?」と尋ねます。遺伝的な要因を除外すれば、私の印象でいえば、一番多いのがステロイドの不適切な使用、二番目が紫外線です。飲酒が原因や悪化因子になるのもほぼ間違いありません。どのようなお酒がいけないのかについてははっきりしたことは分かっていませんが「ワイン」という説が有力です。

 女性のアルコール摂取は酒さの発症因子。なかでも白ワインのリスクが高い…。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』 2017年4月1日号(オンライン版)にこのような研究が報告されました(注1)。

 この研究の対象者は「看護師健康調査II」(Nurses’ Health Study II)と呼ばれる調査に参加した82,737人の女性で、追跡期間は14年(1991~2005年)、4年ごとに飲酒に関する情報が収集されています。追跡期間中4,945人が新たに酒さを発症しました。

 酒さの発症とアルコール摂取量には相関関係がありました。1日あたり1-4グラムのアルコール摂取で酒さの発症リスクが1.12倍に上昇、30グラムだと1.53倍にもなっていました。アルコールの種類で分類してみると、白ワインのリスクが最も高いことがわかりました。

************

 アルコール30グラムというのは、ビールなら大瓶1本、日本酒なら1.5合、ワインならグラスに2杯強といったところです。

 男性についても大酒飲みが酒さになるのはおそらく間違いありませんが、今回の研究は女性のみを対象としたものであり、この程度の飲酒が男性でもリスクになるのかどうかは分かりません。

 また、しっかりとした確証はないものの、赤ワインは酒さの(発症ではなく)「悪化」のリスクという説があります。

注1:この論文のタイトルは「Alcohol intake and risk of rosacea in US women」で、下記URLで概要が読めます。

http://www.eblue.org/article/S0190-9622(17)30292-X/fulltext

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年5月11日 木曜日

2017年5月10日 スタチンで糖尿病患者の下肢切断リスクが低下

 ここ数年「スタチン」と呼ばれるコレステロールの薬が話題になることが増えてきました。その理由はおもに2つあります。

 1つは、2010年9月に日本脂質栄養学会が「コレステロールは下げる必要がない」といった内容の発表をおこなったことです。このときマスコミは「コレステロールは高いほど長生きする」といった報道をおこない随分と物議を醸しました。コレステロール値は下げるべきか下げなくていいのか、実はこの論争は今も続いており、日本脂質栄養学会は「下げるべきでない」という考えを今も変えていません。一方、日本動脈学会をはじめとするいくつかの大きな学会や日本医師会は従来どおりの基準を守るべき、つまり高ければ治療すべき、という考えです。(このあたりの詳細は過去のコラム(注1)を参照ください)

 もうひとつ、スタチンが話題になるのは「スタチンを内服することにより糖尿病のリスクが上昇する」と言われだしたからです。フィンランドの大規模調査ではっきりと有意差をもってこれが実証され、使用に慎重さが求められるようになりました。ただし、スタチンの種類にもより、例えばプラバスタチンは逆に糖尿病のリスクが3割も下がるという調査もあります。(詳細は過去のコラム(注2)を参照ください)

 問題なのは、自分自身の判断でこれまで処方されていたスタチンを勝手にやめてしまう患者さんがいることです。病気や薬というのは、それほど単純なものではなく週刊誌の報道をみて自分で中止したり開始したりすべきではありません。医師で意見が異なることがあるのは事実ですが、例えば「LDLコレステロールが〇〇mg/dL以上ならこのスタチンを開始すべき」と簡単に決められるわけではありません。その人の年齢、性別、体重、運動度、ライフスタイル、他の疾患の有無などを考慮して総合的に判断します。

 私は過去のコラム(注2)で、スタチンはまず使うならプラバスタチンがいいということを述べましたが、盲目的にプラバスタチンを処方しているわけではありません。患者さんごとにどのスタチンが最も適しているかを判断する必要があるのです。

 今回お伝えしたい情報は「スタチンの使用で糖尿病患者の下肢切断リスクが低下する」という研究です(注3)。糖尿病が進行すると下肢の血行が不良となり、切断せざるを得なくなります。このようなことはなんとしても避けなければなりませんから、血糖コントロールは非常に重要です。そして、糖尿病がある人の多くが高コレステロール血症ももっています。そのときに「糖尿病が怖いから」という理由でスタチンを自分の判断で中止するようなことがあってはいけません。今回の研究はむしろスタチンを内服することによって糖尿病の合併症を防げるとしています。

 研究は台湾のものです。対象者は台湾在住で糖尿病と末梢動脈疾患を有する20歳以上の69,332人です。スタチン使用者が11,409人、スタチン以外の脂質低下薬使用者が4,430人、非使用者が53,493人です。

 データベースを用いて解析した結果、スタチン使用者は非使用者に比べ、下肢を切断するリスクが25%、院内心血管死亡率が22%、全死因死亡率が27%低かったことが判りました。

************

 糖尿病がある場合、LDLコレステロールの基準を低くするのが基本です。糖尿病も高血圧も肥満も喫煙も他のリスクもない場合、少々基準値を超えていてもスタチンの処方は必ずしも必要ありませんが、糖尿病があれば(もちろんその程度にもよりますが)LDLコレステロールの基準をかなり厳しくすることもあります。

 結論としては、自分の判断で薬を中止するのではなく「スタチンを含めて現在の内服薬がなぜ必要か」について納得いくまで主治医と話をすることです。

注1:メディカルエッセイ第101回(2011年6月)「過熱するコレステロール論争」

注2:医療ニュース2015年4月6日「スタチンは糖尿病のリスク、使うならプラバスタチン」

注3:この論文のタイトルは「Statin therapy reduces future risk of lower limb amputation in patient with diabetes and peripheral artery disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://academic.oup.com/jcem/article-abstract/doi/10.1210/jc.2016-3717/3111243/Statin-therapy-reduces-future-risk-of-lower-limb?redirectedFrom=fulltext

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年4月28日 金曜日

2017年4月28日 抗菌薬の長期投与は大腸がんのリスク

 20~50代で抗菌薬を長期間使用すると大腸がんのリスクが増える…

 これは医学誌『Gut』2017年4月4日号(オンライン版)に掲載された研究結果(注1)です。もう少し正確に言えば、抗菌薬長期使用で、結腸と直腸(大腸の肛門に近い部分)に「腺腫」と呼ばれる腫瘍ができやすいことが分かったという研究です。「腺腫」は時間がたつと「がん」になることもあります。

 研究の対象者は米国の女性看護師です。NHS(Nurses’ Health Study)と呼ばれる大規模調査に参加した16,642人(2004年の時点で60歳以上)です。20~59歳のときに抗菌薬をどの程度使用したかを聞き出し、2008年には「最近の」抗菌薬の使用状況を確認しています。2004~2010年の間に大腸内視鏡検査がおこなわれ、結果1,195人に「腺腫」がみつかっています。

 腺腫と抗菌薬使用の関係を分析すると、とても興味深い結果が出ました。20~30代で2ヶ月以上抗菌薬を使用した人は、使用していない人に比べて腺腫発症のリスクが36%も高く、40~50代で使用した人では69%も高かったのです。
 
 まだあります。20~39歳で15日以上抗菌薬を使用し、さらに40~59歳でも15日以上使用した人は、まったく使用していない人に比べて、なんと73%も腺腫のリスクが上昇するというのです(下記の表)。

     40-59歳  使用なし     1-14日        15日以上

20-39歳
使用なし       1.00        1.29         1.26

1-14日        1.06       1.37         1.47

15日以上       1.01       1.56         1.73

 なぜ、抗菌薬を用いれば腺腫のリスクが上昇するのか。研究者らは腸内細菌叢が乱れることが原因だと指摘しています。尚、「最近の」抗菌薬の使用ではリスクが上昇していません。

************

 腸内細菌叢(最近は「腸内フローラ」と呼ばれることが増えてきました)の乱れが様々な疾患のリスクになることが分かってきています。重症の下痢をきたすクロストリジウム・ディフィシル感染症、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性疾患、花粉症や喘息などのアレルギー疾患、また最近では肥満や精神疾患の原因も腸内細菌叢の乱れが原因である証拠が増えつつあります。そして腸内細菌叢が乱れる最も大きな原因は「抗菌薬の過剰使用」です。

 抗菌薬の使用が大腸がんのリスクにもなるのであれば、抗菌薬適応には今以上に慎重になるべきでしょう。このサイトでも何度も指摘していますが、抗菌薬を気軽に求める患者さんは少なくありません。使用は必要最小限にすべきです。

「風邪で抗生物質をください」という患者さんに、「この風邪は抗菌薬が不要です」という説明をするのに苦労することがありますが、日ごろ私がもっと問題だと感じている抗菌薬の使用があります。それは「ニキビ」に対する使用です。「過去に2か月間抗生物質を飲んでいた」という患者さんがときどきいます。腸内細菌叢についてどのように考えているのでしょうか。太融寺町谷口医院はニキビの患者さんも少なくありませんが、抗菌薬内服はせいぜい1週間の処方にしています。

注1:この論文のタイトルは、「Long-term use of antibiotics and risk of colorectal adenoma」で下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2017/03/16/gutjnl-2016-313413

参考:
毎日新聞「医療プレミア」
花粉症もアトピーも抗菌薬が原因かも?
やせられない… それは抗菌薬が原因かも

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年4月28日 金曜日

2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク

 つい数年前まで「最も優れた胃薬」と考えられていたPPI(プロトンポンプ阻害薬)の弊害が次々と指摘されています。インパクトが強かったのが認知症のリスク(注1)になるというものですが、他にも様々な副作用や弊害が指摘されています(下記「医療ニュース」参照)。

 今回紹介したいのは、「認知症患者にPPIを用いると肺炎のリスクが9割も上昇する」というものです。

 医学誌『Journal of the American Geriatrics Society』2017年3月21日号(オンライン版)に台湾の研究(注2)が紹介されています。

 研究の対象者は、PPIを投与された認知症患者786人です。PPIを投与されていない認知症患者との比較がおこなわれました。結果、PPIを投与されると89%も肺炎のリスクが上昇することが分かったのです。

 他の肺炎のリスクとしては、年齢(5%の上昇、以下同様)、男性(57%)、脳血管疾患の既往(30%)、慢性肺疾患(39%)、うっ血性心不全(54%)、糖尿病(54%)、向精神薬の使用(29%)という結果です。

 興味深いのは、H2ブロッカーと呼ばれる、PPIとよく比較される胃薬を用いれば肺炎のリスクが低下するという結果がでたことです。

************

 おしなべて言えば、PPIはH2ブロッカーよりもよく効きます。ですが、太融寺町谷口医院の患者さんで、胃炎、胃潰瘍、逆流性食道炎などでPPIでなければコントロールできないという人はそう多くありません。前医でPPIを処方されていても、症状が安定していればH2ブロッカーに変更できることも多々あります。

 漢方薬なども含めて他の胃薬を併用したり、食生活の習慣を見直してもらったりして、PPIからの離脱に成功することはそう珍しくありません。以前は「安全」と言われていましたが、これだけリスクが指摘されていますから、今後PPIの使用は最小限にすべきでしょう。

注1:下記を参照ください。
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:この論文のタイトルは「Association of Proton Pump Inhibitors Usage with Risk of Pneumonia in Dementia Patients」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.14813/abstract

参照:医療ニュース
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年4月7日 金曜日

2017年4月7日 血圧低下は認知症のリスク

 高血圧は生活習慣病のリスクであり、減塩・運動・減量では下がりきらず、降圧薬を使わざるを得ない人も少なくありません。適度な血圧を維持することは、将来の脳卒中や心筋梗塞を予防するために重要なことですが、血圧が下がることは「認知症」のリスクになります。最近、2つの研究が報告されました。

 ひとつめの報告は医学誌『Alzheimer’s & Dementia』2017年2月号に掲載されています(注1)。ポイントをまとめます。

・認知症を患っていない90歳以上の対象者559人(米国人)を約3年調査したところ、(なんと)40%が認知症を発症した。

・80歳以降で高血圧を発症した人は、90代で認知症を発症するリスクが正常血圧の人に比べて42%低かった。

・90歳以降で高血圧を発症した人は、90代で認知症を発症するリスクが正常血圧の人に比べて63%低かった。

・以上の関連性は降圧薬を服用しても変わりはなかった。

 ということは、80代以降に高血圧を発症すれば、認知症になりにくく、また動脈硬化のリスクは降圧薬服用で下がるのだから、高血圧を発症した方が心身ともに健康で長生きできることを意味しています。むしろ、90歳をこえれば4割もが認知症になるのなら、高血圧を起こすためにどうすればいいかを考えたくなってきます。

 もうひとつ紹介したいのはスウェーデンの大規模調査です。医学誌『European journal of epidemiology』2017年2月11日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。

 対象者は同国の18,240人(平均年齢45歳±7歳、男性63%)であり、1974~92年に安静時と体位変換時の血圧が測定されています。そして2002~2006年に再度安静時の血圧が測定されています(平均年齢68±6歳)。結果は以下の通りです。

・2009年12月末までに428人(2.3%)が認知症を発症した。

・調査開始時の起立時の拡張期血圧(下の血圧)が低ければ認知症のリスクが高かった。10mmHg低下するごとに1.22倍のリスク上昇。これは(安静時に)正常血圧である場合にリスク上昇となる。

・2002~06年の再検査で、血圧が高くなっていれば認知症のリスクは低下していた。収縮期血圧(上の血圧)は10mmHg上昇していれば6%のリスク低下、拡張期は10mmHg上昇していれば13%低下。

・2002~06年の再検査で、最も血圧が下がっていたグループは、血圧が最も上昇していたグループと比較すると、認知症のリスクが大きく上昇していた。収縮期の低下は46%のリスク上昇、拡張期の低下は54%の上昇。

 こちらは比較的若い世代での検討です。40代でも60代でも血圧が低いことは認知症のリスクとなり、年をとってから血圧が下がった場合は、リスクが大幅に増加することを示しています。

************

 この2つの研究、日本のメディアはあまり取り上げていませんが、もっと注目されてもいいのではないでしょうか。血圧を下げることに躍起になっている人は少なくありません。もちろん認知症のリスクは血圧だけで予測できるわけではありませんし、民族間の差もあると思われます。

 私の知る限り、日本では低い血圧が認知症のリスクと結論づけられた研究は見当たりません。私が診察室でよく感じるのは、数字にこだわりすぎる人が多い、ということです。(もちろん血圧にまったく無関心な人も少なくありませんが…) 収縮期血圧、拡張期血圧がどれくらいが理想かというのは、その人の年齢、性別、体重、運動量、ライフスタイル、これまでの病気などによってまったく異なります。メディアが語る「理想の数字」に囚われるのではなく、ひとりひとりがかかりつけ医と相談すべきであることは間違いありません。

注1:この論文のタイトルは「Age of onset of hypertension and risk of dementia in the oldest-old: The 90+ Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.alzheimersanddementia.com/article/S1552-5260(16)32962-4/fulltext

また、下記URLで一般向けのプレスリリースを読むことができます。こちらの方が英語が分かりやすくておすすめです。

http://alz.org/documents_custom/high-bp_statement_011717.pdf

注2:この論文のタイトルは「Longitudinal and postural changes of blood pressure predict dementia: the Malmö Preventive Project」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://link.springer.com/article/10.1007/s10654-017-0228-0

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ