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2016年12月26日 月曜日
2016年12月26日 未成年の格闘技は禁止すべきか
未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない…
これは米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)による勧告です。医学誌『Pediatrics』2016年12月号(オンライン版)(注1)に掲載されています。
現在米国では、約650万人の未成年(children and adolescents)がなんらかの格闘技を習っています。格闘技は筋肉を鍛えバランス感覚や柔軟性を養うことだけでなく、自尊心や自我の確立に好影響を与えると考えられています。
しかし、その一方でコンタクト型の格闘技には外傷のリスクが伴います。外傷の多くは打撲や捻挫といった軽症のものですが、なかには重症例もあります。特に、米国で人気の高い総合格闘技(MMA, mixed martial arts)は、脳振盪や窒息、さらに脊髄損傷といった重症となる外傷のリスクがあります。
米国では、1990年~2003年の間におよそ12万8,400人の17歳以下の未成年(中間年齢は12.1歳)が救急部で治療を受けています。外傷発生率は、格闘技の練習1,000回あたりにつき41~133件になるとされています。また、ヘッドギアなどの保護用品については、それらが危険性を減らすというデータがなく過信は禁物です。
格闘技別にみると、救急部で治療を受けた8割近くが空手によるものですが、委員会が最も警告しているのは総合格闘技です。また、テコンドーのキックにも厳しいコメントをしています。テコンドーはだいたい2割がパンチ、8割がキックです。テコンドーによる外傷の多くはキックによるもので、頭部へのキックは脳振盪を起こすこともあります。ところが現在のルールでは頭部へのキックがポイントになり、委員会はこの点に注意を促しています。
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接触型(コンタクト型)の格闘技がNGで、格闘技をするなら非接触型に、と言われても素直に従える人はそういないでしょう。そもそも格闘は「接触」を前提としています。格闘技が好きな子供に、「型」の練習だけにしておきなさい、と言っても納得しないに違いありません。
しかし、軽症でない外傷、つまり障害を残すような外傷も起こり得るわけですから、この委員会の警告は傾聴すべきです。また、今回委員会が取り上げているのは、格闘技(Martial arts)だけですが、広義にはコンタクトスポーツには、アメリカンフットボールやサッカーも含まれます。そういったスポーツはどのように考えていくべきなのか、慎重な議論が必要となります。
日本ではなぜかあまり注目されていませんが、米国ではコンタクトスポーツがCTE(慢性外傷性脳症)という難治性の疾患のリスクになることが次第に周知されつつあります(注2)。
注1:この論文のタイトルは「Youth Participation and Injury Risk in Martial Arts」で、下記のURLで全文を読めます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/138/6/e20163022
注2:下記を参照ください。
はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」
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|2016年12月26日 月曜日
2016年12月25日 1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍
1日1本未満の喫煙でも肺がんの死亡リスクが9倍に…
これは医学誌『JAMA internal medicine』2016年12月5日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)が主張していることです。米国国立がん研究所(National Cancer Institute)による研究です。
研究の対象者は、調査開始時(2004~05年)に59~82歳であった合計290,215人の男女。喫煙歴はアンケートでおこない、2011年末までの死亡者、死亡原因が調べられています。
結果、全死因死亡リスクは、非喫煙者に比べて、1日1本未満で1.64倍に、1~10本で1.87倍となっています。注目すべきは肺がんの死亡率で、1日1本未満で9.12倍、1~10本で11.61倍にもなっていたのです。
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患者さんに「タバコやめましたか?」と尋ねると、「完全には止められていませんが、減煙に成功して1日3本程度です」などと答える人がいます。自身にしてみれば「がんばっている」という意識があるのでしょうが、この研究によればあまり意味がないということになります。
もっとも、この研究を待つまでもなく、減煙しているという人の多くは、貴重なタバコを惜しむように肺の奥まで吸い込みますから、減煙がかえって身体に悪いのでは?と感じることもあります。
健康で長生きしたいならタバコは止める以外の選択肢はない、と、そろそろ断言してもいいのではないでしょうか。
注1:この論文のタイトルは「Association of Long-term, Low-Intensity Smoking With All-Cause and Cause-Specific Mortality in the National Institutes of Health-AARP Diet and Health Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2588812
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|2016年12月24日 土曜日
第167回(2016年12月) 医師・医学生のわいせつ事件を防ぐ2つの秘策
このところ医師・医学生のわいせつ事件が目立ちます。医師の不祥事についてはこのサイトで繰り返し述べていますが、今年(2016年)ほどこのような卑劣な事件が目立った年もなかったのではないかと思います。
今回は、なぜこのような事件が繰り返されるのか、どうすれば避けられるのか、について述べたいのですが、その前に最近報道された悪質な事件についてまとめておきたいと思います。
2016年9月20日、千葉市内の飲食店内のトイレで千葉大医学部5回生の2人の学生が酩酊した20代女性を2人で強姦、その後別の5回生の学生がその女性を自宅アパートに連れて帰り強姦したとの容疑で12月12日に起訴されました。この3人の医学生の指導をしていた30歳の研修医Fもその飲食店に同席し被害者の身体に無理やり触ったとのことで逮捕・送検されています。
2016年9月19日、東京都の40代の眼科開業医Mがエレベーター内で面識のあった20代の女性に後ろから抱きつき無理やりキスするなどのわいせつ行為で警視庁に逮捕されました。
2016年11月30日、睡眠薬を飲まされ乱暴されたとして20代の女性2人が大阪府内の大学病院に勤務していた医師2人(名前・年齢は報道されず)を高槻署に告訴しました。報道によると、2人の女性は2014年6月、大阪府高槻市のマンション一室で医師2人と飲酒。その際、医師に勧められた錠剤を飲んだところ意識を失い乱暴されたそうです。
2016年9月27日、長野県警は準強制わいせつの疑いで長野市のK病院に勤務する40代の医師I容疑者を逮捕しました。I容疑者は、2015年12月21日、抵抗が不可能な状態にあった入院中の10代の女性患者に対し身体を触るなどのわいせつ行為をしたと報道されています。
I容疑者には前科がありました。2016年12月1日、千葉県警は強姦及び住居侵入の疑いで、I容疑者を逮捕しました。2011年12月22日深夜、女性宅に侵入し就寝中の女性を脅して暴行に及んだのです。この女性は一人暮らしでI容疑者との面識はなかったそうです。
2016年11月28日、警視庁は、大阪府高槻市の40歳の小児科医M容疑者を児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕しました。M容疑者は、2016年7月28日、東京都のホテルで現金5万円を渡して16歳の女子生徒とみだらな行為をしたそうです。
これらのなかで、エレベーターの中で知人の女性に無理やりキスした事例は、医師でない一般人であれば大きく報道されることはなかったかもしれません。しかし、他の事件は目を覆いたくなるものばかりです。集団レイプ、睡眠薬を飲ませてレイプ、住居侵入し就寝中の女性をレイプ、児童買春・・・。
なぜこのような常識的に考えられないような事件を起こす医師がいるのでしょうか。もちろん本人の人格に問題があったのは間違いないでしょう。しかし、私はこのような事件の背景には、医療の世界特有の2つの要因が関与しているのではないかと考えています。
これまで私はこのサイトや拙書『医学部6年間の真実』などで、医学部入学試験はともかく、医学部入学後や医師になってからは「再受験生」の方が何かと有利であると言ってきました。医学部入学前に社会人の経験があれば、それだけで患者さんとのコミュニケーションがうまくいくことも多く、私自身、研修医の頃、同僚の研修医から羨ましがられたことが何度もありました。
しかし、私は「社会人の経験があれば常識があるからわいせつ事件を起こさない」と言いたいわけではありません。言いたいことは、再受験生(全員とまではいえないかもしれませんが)は、「医学部入学前にそれなりに恋愛も含む社会経験があり、常識・非常識の境界を理解できている」ということです。この点で、社会経験がないまま医学部に入学し、勉強ばかりで研修医になった人たちというのは”気の毒”にみえます。
もちろん、小さい頃から医師を夢見て努力を重ね、一方ではクラブ活動や恋愛にも積極的で、若くして高い人格を持ち合わせた医師がいるのは事実です。しかし、多くのことを犠牲にして勉強に打ち込み医学部に合格。その後も試験と実習に追われ医学部を卒業し研修医、という医師が多いのもまた現実です。医学部にもクラブ活動はありますが、それは医学部の中で限定されたものであり、他学部との交流はあまりありません。集団レイプで逮捕された千葉県の医学生と研修医はラグビー部に所属していたという報道もあります。
私が”気の毒”と感じるのは、勉強ばかりで恋愛を含む社会経験があまりないまま医師になってしまうと、恋愛やセックスといった複雑な対人関係におけるコミュニケーションの取り方がわからないまま歪んだリビドーが誤った方向に進んでしまうのではないかと危惧するからです。「医師の常識は世間の非常識」という言葉があります。この”格言”は医学部に入学した頃から何度も聞かされましたが、私が最もこの言葉が「言いえて妙」と思うのはこと恋愛やセックスにおいてです。
もうひとつ、医師がわいせつ事件を起こす理由として私が考えていることがあります。それは、「医師はモテるという”幻想”」です。幻想でなく実際に医師はモテると思っている人もいるでしょう。実際、関東では医学部の学生や医師というだけでモテる、という話を何度か聞いたことがあります。この話になると、いつも「関西でも同じでは?」と問われるのですが、私の実感としてはそうではありません。過去にも述べましたが(注1)、関西では「学歴や職歴で優位になると考えている男が最も格好悪い」という価値観が根強く、己の身体で勝負すべし、と考えられているきらいがあります。もっとも、これは私の周りでこの傾向が強いだけですべてではないかもしれません。実際、先述した医師のわいせつ事件で、睡眠薬を飲ましてレイプと児童買春は関西の医師による犯行です。
関西でも関東でも同じことは、医師は周囲から”ソンケイ”されているということです。純粋な「尊敬」ではななく”ソンケイ”です。例えば、製薬会社のMR(営業)は極端に医師をチヤホヤします。そんな言葉使うか…?と思うほど極端な尊敬語や謙譲語を彼(女)らは用います。そして、そのような言葉を自分より遥かに年下の研修医にも使うのです。これは傍から見ていると吹き出しそうになるくらいこっけいです。しかし驚くのはその先です。全員とはいいませんがかなりの研修医が自分の親ほど年の離れたMRにえらそうな物の言い方をするのです。私は過去に何度か、いつも温厚な研修医がMRにそのようなぞんざいな態度をとっているのをみて腰を抜かしかけたことがあります。
周囲からいつもチヤホヤされ、(関西では)”幻想”であることが多いものの、「医師はモテる伝説」がはびこり、実際にモテることもないわけではない。そして、これまでの人生経験の少なさから恋愛やセックスに伴う複雑なコミュニケーションをとれない…。このような状態が続いたからこそ、卑劣なわいせつ事件が起こるのではないかというのが私の考えです。
結論です。医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことの1つめは、「医学部生に休学制度をつくる」、ということです。医学部で勉強しなければならない量は受験勉強の比ではありません。私の医学部6年間の思い出はほとんど勉強と臨床実習だけです。一方、関西学院大学時代(の特に後半)は「酒と薔薇の日々」とも呼べるような毎日でした…。
休学して思い切り遊ぶ、でもいいでしょうし、アルバイトでもかまいませんし、一般の企業で契約社員として働いてもいいでしょう。また、ワーキングホリデーを利用して海外で働くのもいい経験になるでしょうし、ボランティアもいいと思います。このような経験を1~数年間、医学部を卒業するまでにしておけば、たとえ素敵なパートナーと巡り合うような経験ができなかったとしても、恋愛を含めた人生や社会というものを実感できるのではないかと思います。
もうひとつ、医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことは、医師をチヤホヤするのを止める、ということです。このサイトで何度も述べているように医師の多くは高い人格を持ち合わせていますし、公私ともに尊敬される行動をとっています。しかし、まだ若い医師を過剰に持ち上げるのはその医師にとっても社会にとっても「有害」となります。もしもあなたが、患者としてはともかく、プライベートで医学生や若い医師と接する機会があれば、世間の「常識」を教えてあげてください。
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注1:下記を参照ください。
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|2016年12月24日 土曜日
第160回(2016年12月) choosing wiselyで考えるノロウイルス対策
毎年冬になると集団感染を起こすノロウイルスが今年も猛威を振るっています。連日のようにマスコミでも報道され、「集団感染」「死亡」といった文字も目にします。また、感染力が極めて強い恐怖の感染症というイメージもあるようで、太融寺町谷口医院にも「ノロだったら大変だと思ったので受診しました」という患者さんは少なくありません。
しかし、結論から言えば、健康な成人であればノロウイルスに感染したとしても水分摂取が可能なら「検査」も「治療」も必要ありません。むしろ、しんどい身体をひきずって医療機関を受診すれば、待合室でインフルエンザなど他の感染症に感染するリスクが増えます。つまり、医療機関を受診したばかりに、かえって健康から遠のいたという笑えない話も実際にあるのです。
不要な医療をおこなわないというのは「choosing wisely」の基本コンセプトです。choosing wiselyについてはこのサイトで何度も紹介していますが、もう一度どのようなものか簡単に振り返っておきたいと思います。発端は、アメリカ内科学委員会(American Board of Internal Medicine)がいくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。現在多くの国でこのキャンペーンが実施されています。
そこで米国のchoosing wiselyのウェブサイトで「ノロウイルス」でキーワード検索をしてみました。結果は「検索数ゼロ」。実は、後で述べるようにこれは予想していたことです。では「胃腸炎」もしくは「腸炎」で検索をしてみると、1件だけヒットしました(注1)。その内容は、「小児の胃腸炎での補液はどうしても経口摂取できないときに限らなければならない」というものでした。
以前も述べたことがありますが、日本には「点滴神話」というものがあり、何かあれば点滴、と考えている人が大勢います。しかし、医学的にみて点滴が必要なケースというのはそう多くはなく、例えば「疲れているとき」「熱があるとき」「風邪の症状があるとき」などでは水分摂取が可能なら点滴は不要です。
では、胃腸炎を起こしているときはどうでしょうか。この場合も水分摂取が可能なら点滴は不要です。ただ、私の経験からいっても、小児の場合は、受診時には安定していても、しばらくすると突然嘔吐しだし、その後水分が摂れず点滴をせざるを得ないというケースがしばしばあります。
ですから、小児(及び簡単に脱水になりやすいやせた老人)については点滴の”敷居”が低くなるのは事実です。ですが米国ではchoosing wiselyのサイトで、その小児に対しても点滴は慎むように勧告しているのです。わざわざ「小児において」という注釈がついているのは、成人であれば”当然”点滴は不要だからです。欧米では、成人に対しめったなことで点滴をおこないません。
私はタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃に、この考えを欧米の医師たちからさんざん思い知らされました。なにしろ、エイズ末期の自力で水分を摂れないような患者さんに対しても点滴はしてはいけない、と言うのです。これは日本の医療と随分異なります。最近はいわゆる「延命治療」に反対し、心臓マッサージや人工呼吸器の装着を拒否する患者さん、胃瘻を求めない患者さんが増えています。しかし、点滴まで拒否する患者さんやその家族というのはそう多くありません。一方、欧米ではこのようなケースでも点滴は原則としておこなわないのです。
もちろん、欧米でもノロウイルスに感染した成人に対し、点滴を一切おこなわないということはないはずです。嘔吐が激しく水分がとれないときには一時的に点滴をおこなうことになるでしょう。しかし、choosing wiselyに成人の点滴の記載がないのは、おそらく医師も患者も「点滴は最小限にすべき」という考えが身についているためにわざわざ文章にして警告する必要がないからだと思います。
choosing wiselyの日本版というのは現在作成中であり、現時点では充分なものではありません。であるならば、谷口医院の患者さんに合わせたものを自分でつくってしまえばいいというのが私の考えです。ノロウイルスを含む感染性胃腸炎で私が患者さんに言っているのは次のとおりです。
①軽症ならそもそも医療機関受診が不要。
②水分摂取が可能なら点滴は不要。
③ノロウイルスの迅速検査は入院を要するほどの重症でなければ不要。
④薬も特に使う必要はないが、整腸剤(プロバイオティクス)や吐き気止めは用いてもよい。
⑤高熱があれば解熱鎮痛剤はアセトアミノフェンを用いる。(ロキソニンやボルタレン、ブルフェン(イブプロフェン)といったNSAIDsは胃腸に負担がかかるから使うべきでない。市販のものでも同じ)
⑥下痢止めは原則として使わない(かえって治癒が遅れる)。
⑦最善の治療は水分を多量にとって便をたくさん出すこと。
⑧高熱、血便、激しい倦怠感、持続する嘔吐などがあれば、それがノロウイルスかどうかは別にして医療機関受診が必要。
⑨予防は、カキの生食を避け、手洗いをしっかりする。
補足しておきます。③の「検査」を希望する人がいますが、これはそもそも成人の場合は保険適用がありません。保険で調べることができるのは「3歳未満か65歳以上。または悪性腫瘍は腎不全などの基礎疾患がある場合のみ」です。なぜこのようなケースで保険適用があるかというと、このような患者さんは重症化することがあるからです。ノロウイルスには特効薬がありませんから、検査で陽性であっても陰性であっても治療に変わりがないのです。しかも迅速キットの精度は低く、陰性(感染していない)と出ても、実際には感染していることもあります。こんな検査をおこなうためにわざわざ医療機関を受診することに意味はないのです(注2)。
ノロウイルスの迅速検査をおこなう意味があるのは、重症化し入院する場合です。この場合確定診断をつける必要があります。ノロウイルスと思い込んでいて別の疾患であったということは避けなければなりませんから、陰性という結果がでても繰り返し検査をおこなうこともあります。もちろん、他の感染症の検査もおこないます。
予防の補足をしておきます。⑨にあるようにカキの生食は可能な限り避けるべきです。ちなみに私は医学部の5回生のときに「医師は生ガキを食べてはいけない」と大学病院の先生に言われ、その教えをずっと守っています。ワクチンがなく、感染力が非常に強く、カキに高率に感染しているノロウイルスから身を守るのは、「カキを食べるなら加熱する」に限るのです。
予防に関してもうひとつ補足をしておくと、手洗いには石ケンを使い、アルコールも補助的な使用を検討すべき、ということです。ノロウイルスは石ケンもアルコールも無効と言われることがありますが、これは必ずしも正しくありません。ノロウイルスはエンベロープ(注3)を持たないウイルスで石けんとの親和性はよくありませんが、まったく無効というわけではありません。アルコールは医療者のなかにも誤解している人がいますが補助的に用いるのは有効です(注4)。
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注1:下記を参照ください。
注2:ノロウイルスの迅速検査の「感度」はせいぜい50-70%程度であろうと言われています。これは実際に感染している100人に検査をして「感染している」という結果となるのが50-70人しかいないということです。その程度の検査なのです。一方で、精度の高い検査(PCR法)などもあります。この検査は医療機関ではおこなうことができません。保健所など公衆衛生に従事する機関がおこないます。高齢者の施設やホテルなどでの集団感染の調査に必要だからです。
注3:下記を参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」
病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「手洗いの”常識”ウソ・ホント」
注4:下記を参照ください。
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|2016年12月13日 火曜日
2016年12月 Choosing Wiselyがドクターハラスメントから身を守る!
相次ぐ医師の不祥事、心なき医師の言葉、止まらないドクターハラスメント、などの話を聞くと、世間の医師への不信感はますます大きくなってきているような気がします。
しかし、当たり前のことですが、我々医師としては患者さんを傷つけたくて言葉を選んでいるわけではありませんし、ハラスメントしたいと思っているわけではありません。不祥事については、たしかに医師からみても「直ちに医師をやめてほしい」と思わざるをえないおかしな医師がいるのは事実ですが、報道されている事件のなかには冤罪としか考えられないようなものもあります(注1)。医師は、全員ではないことは認めますが、大半は高い人格を持ち、患者さんに貢献できるように日々の診療をおこなっています。
では、なぜ医師・患者関係がこうもうまくいかないのか。その理由はたくさんあるでしょうが、私自身が長年感じているのは「医師と患者の考えの方向がまったく異なるときに会話がかみあわず関係がうまくいかない」ということです。
例をあげましょう。患者さんが何か健康上のことで気になることがあったときにまず相談するのは、見ず知らずの医師ではなく「近くにいる人」のことがあります。大阪では、その「近くにいる人」が「近所のおばちゃん」であることが多く、患者さんは「近所のおばちゃんに病院で〇〇の検査をしてもらうのが一番いいと聞いたから来ました」というようなことを言います。
あるいは、「ワイドショーのパーソナリティが言ってたから…」というのも多い訴えです。私が研修医の頃、指導を受けていた先生たちから「(朝のワイドショーの司会の)MM氏が言ったことは絶対正しいと思っている患者が大勢いる」という話を何度も聞きました。
具体的な症例をみてみましょう。太融寺町谷口医院でよくある訴えに「じんましんが出たから血液検査をしてほしい」というものがあります。一般に、じんましんで血液検査が必要な症例というのはごくわずかで、大半は時間とお金の無駄になるだけです。しかし、それを説明しても引き下がらない人はけっこういます。そして、なぜそこまで血液検査にこだわるのかを聞いてみると、「近所のおばちゃんが言ってたから…」「テレビでそう言ってたから…」という答えが多いのです。
医師側からみれば診察がおこないやすいのは「白紙」の状態で受診してくれて、症状や困っていることを先入観なしに語ってくれるときです。こういうときは説明がスムーズに進み、必要な検査や治療に関してすんなりと受け入れてくれます。一方、初めから「〇〇の検査が絶対が必要」と思い込んで受診された場合、それが医学的に標準的なものであればいいのですが、著しくかけ離れている場合にはとても苦労します。そして、こういうときにコミュニケーションがうまくいかず、医師患者関係も悪化します。
じんましんの例で言えば、はじめから「血液検査が絶対に必要」と思い込んでいる患者さんに説明するのはことのほか時間がかかります。なかには「もういいです。他の病院に行きます!」と怒って帰る人もいます。こういう経験をすると、私も含めてほとんどの医師は落ち込んで反省します。「説明が伝わらなかったのは自分の力量不足。けれどなぜあの人はあんなにも血液検査にこだわったのだろう…。もしかすると、知人のじんましんが悪化してアナフィラキシー(アレルギー性のじんましんが重症化した状態)でもおこしたことがあったのだろうか…」といったことを想像することもあります。
前回の「マンスリーレポート」でも、私はこの「大半のじんましんには血液検査が不要」ということを述べました。それは医師側の観点ですから、読者からは批判されるかな、と思っていました。予想に反してクレームのメールなどは来なかったのですが、患者側の言い分もあると思います。「近所のおばちゃん(やテレビ)が言ってたのに…」は勘弁してほしいと思いますが、「知人が重症化したから心配で・・・」という理由は我々にも理解できます。初めから「知人が…」と言ってくれればいいのに、と我々は思いますが、そういうことを話しにくい雰囲気を医師側がつくってしまっているのかもしれません。
choosing wiselyは現在日本で少しずつ盛り上がってきています。ただし、それは医師だけの話です。医師はこの概念を理解し、現在おこなっている医療行為にムダなものはないか、ということを考えるようになってきています。一方、患者サイドのchoosing wiselyを意識している人はほとんどいません。アメリカのchoosing wiselyのサイトには「患者用」のページもありますが、日本では今のところ、このような充実したサイトはありません。
前回も述べましたが、たとえばじんましんで困っているなら、choosing wiselyのページで「じんましん」で検索をおこなえば「ルーチンで血液検査をすべきでない」という内容の説明文がでてきます。受診前にこういった知識を身につけてもらっていれば、医師とのコミュニケーションがスムーズにいきます。ただ、私はchoosing wiselyのウェブサイトに書かれていることがすべてです、と言っているわけではありません。「知人がアナフィラキシー…」というエピソードがあれば、いくら信頼できるウェブサイトに「血液検査は不要」と書かれていてもそれで安心できるわけではありません。
ですから、そういった場合、なぜ血液検査をすべきと思うのかを診察室で医師に話してくれればいいのです。その際に、choosing wiselyのサイトで「大半のじんましんは検査不要」ということを知っていてくれれば、医師とのコミュニケーションは非常にうまくいきます。先ほど患者さんの知識や先入観が「白紙」であれば診察をおこないやすいと述べましたが、もっといいのは「ある程度正しい知識をもっておいてもらうこと」であり、もっといえば、「不要な検査や治療についてある程度知ってほしい」ということです。
ただ、多くの人にとってそういった「予習」をしておくことはハードルが高いと思います。ではどうすればいいか。どうすれば医師とのコミュニケーションが潤滑になり、良好な関係をつくることができるのでしょうか。
アメリカのchoosing wiselyには「検査や治療を受ける前に医師に尋ねる5つの質問」というものがあります(注2)。この5つ(下記)を常に考えてもらうことにより良好な医師患者関係を築けるのではないか、というのが私の考えです。
①その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?
②その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?
③もっとシンプルで安全なものはないのですか?
④もしもそれをおこなわなかったとすればどんなことが起こりますか?
⑤それはどれくらいの費用がかかりますか?
日本の医師にこんな質問をすると気分を害されるのではないか…、という意見があります。しかし、医師にとって最も嬉しいのは「患者さんに満足してもらうこと」であり、患者側からみれば「本当に必要な検査や治療を、リスクに注意しながら、安い費用で受けること」であるのは自明です。そして、当然のことながらこれは医師からみても同じです。ということは、「5つの質問」は、患者側からみても医師側からみても「当然の原理原則」を再確認するツールと言えるのではないでしょうか。
医師といい関係を築く方法。それは疾患や症状のことをあらかじめある程度”正確に”知っておくことです。そのためにchoosing wiselyのようなウェブサイトは役立ちます。しかし、現時点で日本語のわかりやすいサイトがあるとは言い難いですし、正確な知識の習得は易しくありません。(インターネットで出回っている情報の多くはあてになりません)
ですが、choosing wiselyの原理原則を覚えておくことはそうむつかしくはありません。この「5つの質問」を常に意識していれば、不要な医療を避けることができ、医師患者関係も良好になり結果としてドクターハラスメントも避けられる、というのが私の考えです。
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注1:例えば、2016年5月に東京足立区の病院で発生した「準強制わいせつ事件」は報道されている内容が事実とは思えません。詳しくは下記を参照ください。
メディカルエッセイ第163回(2016年9月)「そんなに医者が憎いのか」
注2:詳しくは下記を参照ください。
http://www.hospitalsafetyscore.org/media/file/ChoosingWiselyPoster_TheLeapfrogGroup.pdf
米国の非営利団体「Consumer Reports」は、この「5つの質問」のカードを作成しています。下記のページに写真があります。
http://consumerreports.org/doctors-hospitals/questions-to-ask-your-doctor/
下記はchoosing wiselyのオーストラリア版です。少しニュアンスが異なりますが同じような「5つの質問」があります。
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|2016年12月9日 金曜日
2016年12月9日 コーヒー1日3杯以上で脳腫瘍のリスクが低下
ちょうど太融寺町谷口医院が開院した2000年代後半あたりから、コーヒーががんや生活習慣病の予防になるという研究が相次ぎ、このサイトでも繰り返し紹介してきました。今回も「コーヒーは健康に良い」という研究で、「1日3杯以上のコーヒーで脳腫瘍のリスクが低下する」というものです。
医学誌『International Journal of Cancer』2016年12月15日号(オンライン版)に日本人を対象とした研究が紹介されています(注1)。
対象者は合計106,324人の日本人の男女(男性50,438人、女性55,886人)です。約10年の調査期間中に脳腫瘍を発症したのは157人(男性70人、女性87人)でした。コーヒーと緑茶を飲む頻度を「週に4日以下」「1日1~2杯」「1日3杯以上」の3つのグループに分け、脳腫瘍のリスクが検討されています。
男女合わせたデータをみてみると、コーヒーを1日3杯以上飲んでいる人は脳腫瘍のリスクが0.47倍に下がっています。女性だけでみれば0.24倍とさらに低下しています。「神経膠腫」と呼ばれる脳腫瘍全体の約3分の1を占める悪性腫瘍だけでみてみても、コーヒー摂取量が多い人はリスクが0.54倍に低下しています。
尚、緑茶と脳腫瘍のリスクには相関関係が認められなかったそうです。
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脳腫瘍の予防にコーヒーを!とまでは言えないと思いますが、この研究はコーヒー好きには嬉しいものでしょう。脳腫瘍にも悪性と良性があります。先に述べた悪性の「神経膠腫」は脳腫瘍のなかで最も頻度が多いものですが、がん全体のなかではそれほど多いわけではありません。
脳腫瘍がやっかいなのは、予防する方法が確立されていないからです。胃がんならピロリ菌の除菌、肝がんなら肝炎ウイルスの治療、子宮頚がんならワクチンと定期健診、大腸がんなら生活習慣病の予防と治療、肺がんなら喫煙など、多くのがんには「〇〇には気を付けましょう」というものがあるわけですが、脳腫瘍にはそういったものはありません。いくら規則正しい生活を続けていようが、感染症に注意しようが起こるときは起こるのです。遺伝性があるわけでもありません。
そのような状況のなか、「コーヒーがリスクを下げられるかもしれない」という研究は興味深いと言えます。今後の研究にも注目したいと思います。
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注1:この論文のタイトルは「Coffee and green tea consumption in relation to brain tumor risk in a Japanese population」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijc.30405/full
参考:
医療ニュース
2016年10月31日 認知症予防にはコーヒー?それとも緑茶?
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない
2015年8月28日 コーヒーが悪性黒色腫を予防
2016年3月8日 コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など
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|2016年12月9日 金曜日
2016年12月8日 胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク
胃薬には様々な機序のものがあり薬局で買えるもの(OTC)もあれば漢方薬もあります。多数ある胃薬のなかで「最もよく効く胃薬は?」と問われれば多くの医療者は「PPI」と答えると思います。
PPI、正確にはプロトンポンプインヒビター(proton pump inhibitor)と呼ばれる胃酸分泌を抑制する薬は日本では90年代前半に登場し、あっという間にシェアを伸ばしました。非常によく効く上に、副作用があまりないと考えられており、今では消化器内科医のみならず多くの医師が”簡単に”処方しています。
そのPPIが今年(2016年)になり、突然「キケンな薬」とみなされることになります。まずきっかけとなったのは「認知症のリスクとなるかもしれない」という報告です。ドイツでおこなわれた大規模研究で、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%も上昇していることが分かったのです(注1)。
次に危険性を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)。2016年5月、PPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることを報告しました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなるということです。
今回お伝えするのも「米国心臓学会」の報告です。2016年11月15日、「大衆向けの胃薬が脳梗塞のリスクを上げる」というタイトルでPPIの危険性をウェブサイトに掲載しました(注3)。
紹介されているのはデンマークの研究です。対象者はデンマーク国民244,679人(平均年齢57歳)で調査期間はおよそ6年です。この間に脳梗塞を発症したのは9,489例で、発症とPPIの使用状況の関係が検証されています。検討されたPPIは4種。オメプラゾール(先発品の商品名は「オメプラゾン」「オメプラール」)、pantoprazole (Protonix、日本未発売)、ランソプラゾール(タケプロン)、エソメプラゾール(ネキシウム)です。
解析の結果、PPIを使用していると脳梗塞のリスクが21%上昇していることが判りました。ただし、少ない量の使用であればリスク上昇はほとんどなかったそうです。4種のなかでも差があります。各PPIを最高用量で用いた場合、最もリスク上昇が少なかったのがランソプラゾールの30%、最も高かったのがpantoprazoleの94%でした。
PPI以外の胃酸分泌を抑制する薬としてH2ブロッカー(ファモチジンなど)があります。H2ブロッカーについては脳梗塞のリスク上昇は認められなかったようです。
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下記「医療ニュース」でも述べたように、わざわざ高価なPPIを使わなくてもいいのに…、という症例は少なくありません。つまり、PPIに頼らなくても値段の安いH2ブロッカーでコントロールできる例は少なくないように私は感じています。ですから、転勤などで大阪に引っ越してきて新たに当院をかかりつけ医とした患者さんに対してはPPIをH2ブロッカーに変更することがよくあります。
ただし危険性を意識しすぎて、PPIを一切使わない、というのは行き過ぎです。やはりPPIがどうしても必要な症例もあります。ですが、そういったケースでもPPIで症状を安定させた後は、H2ブロッカーや他の胃薬、あるいは漢方薬などを用いる方がいいでしょう。もちろん薬以上に大切なのは、規則正しい生活、規則正しい食習慣であることは言うまでもありません。
注1:下記を参照ください。
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
注2:下記を参照ください。
医療ニュース2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
注3:下記を参照ください。
http://newsroom.heart.org/news/Xpopular-heartburn-medication-may-increase-ischemic-stroke-risk
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