医療ニュース

2016年9月30日 金曜日

2016年9月30日 ファストフードで使われる肉から抗菌薬排除の動き

 太融寺町谷口医院を開院してから私が最も繰り返し言い続けてきた言葉のひとつが「抗菌薬は簡単に使用してはいけない」というものです。「熱がでたから抗菌薬」「とりあえず抗菌薬」「予防目的の抗菌薬」などはあり得ない、という話を繰り返してきました。なかには「お金払うって言っているでしょ!」と怒り出す人も過去に何人かいましたが、何を言われても、必要のない抗菌薬を処方することはできないのです。尚、抗菌薬のことを「抗生物質」と呼ぶこともありますが、私はこの「コーセーブッシツ」という言葉の響きが「安全で良く効くもの」という”神話”を作り上げているように感じています。抗菌薬とは「細菌」に対して有効なものであり、魔法の薬ではありません。

 私はこれまで、抗菌薬は通販で買ってはいけない、海外では薬局で買えるが買ってはいけない、と言い続けています。副作用のリスクが誰が背負うのか、というのが一番の問題ですが、「耐性菌」を生み出してはいけない、というのもその理由です。国民ひとりひとりが気を付けていれば耐性菌のリスクも下げられるのです。

 しかしながら、個人の努力ではどうしようもない抗菌薬の使用用途があります。それは「家畜への投与」です。家畜のエサに抗菌薬を混ぜると成長が促進されるためにこれまで日米では長年用いられ続けてきました。尚、ヨーロッパでは、1999年には家畜への抗菌薬の使用は禁止されています。

 米国では、現在販売されている抗菌薬のなんと7~8割が家畜に使用されているという指摘もあります。こうなると耐性菌が生まれるのも時間の問題でしょうし、スーパーマーケットで売られているミルクにも抗菌薬が含まれているという報告もあります(注1)。

 ところが、ここにきてこのような悪しき慣習が改善されつつあるようです。

 2016年9月26日の日経新聞によると、8月上旬、英国の消費者団体が、マクドナルドのスティーブ・イースターブルック最高経営責任者宛に、抗生物質を与えた食肉を使用しないよう求める署名活動を始めました。元々、マクドナルドは2017年3月までに、抗菌薬を与えた鶏肉の使用をやめるとしていましたが、世論の動きを受けてなのか、当初の目標より1年早く使用を中止していました。今回、消費者団体は(鶏肉だけでなく)牛肉や豚肉でも使わないことを求めています。

 ケンタッキー・フライド・チキンにも同様の動きがあり、株主でもある消費者団体から家畜のエサから抗菌薬を取り除くことを要求されているようです。ウエンディーズは、2017年を目途に抗菌薬を与えて飼育した鶏肉を用いないことを決定し、サブウェイも2025年までには抗菌薬を用いない肉の使用にすることを決めているようです。

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 では日本はどうなのでしょうか。2016年4月5日に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」で「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(注2)というものが決められました。このなかで、家畜に対する抗菌薬の使用についても触れられているのですが「完全禁止」とまではされていません。日本でも、薬剤耐性菌は喫緊の課題となっています。米国に続いて、ファストフード店からの完全除去を願いたいものです。

注1:下記のコラムで詳しく述べました。興味のある方は参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」

注2:下記を参照ください。

http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/pdf/yakuzai_honbun.pdf

参考:
マーティン・J・ブレイザー著『失われていく、我々の内なる細菌』(みすず書房)

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年9月30日 金曜日

2016年9月29日 コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加

 ここ数年、「コムギを除去している」という患者さんがかなり増加しています。全国的な統計は見たことがありませんが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診される人たちの間では確実に増えています。

 この理由として、私は3つのことを考えています。

 ひとつは「糖質制限」のブームです。糖尿病を有している人よりも、むしろダイエットをしたいという人たちの間で糖質制限が流行っています。完全に糖質を制限しようと思えば、米やイモも除去しなければなりませんが、そこまではせずに、コムギを主食とした食品、具体的には、パン、パスタ、うどんなどを避けているのです。この理由でコムギを制限している人は、カレーやから揚げ、ソーセージなどまでは除去していないことの方が多いと言えます。

 ふたつめは「コムギアレルギー」と考えている人です。コムギを試しに抜いてみると下痢をしなくなった。アレルギーがあるに違いない、と考えるのです。こう訴えて受診する人がコムギアレルギーであることは実際にはほとんどないのですが、なぜか谷口医院では「自称コムギアレルギー」の人が少なくありません。

 3つめは、欧米での流行を受けて、という理由です。グルテンフリーを謳った食品やレストランが欧米でブームになり、有名人も実践しているという話が取り上げられるようになり、それを聞いてやってみたくなった、というものです。グルテンとは、コムギに含まれるタンパク質です。

 欧米でグルテンフリーが流行しているとういのは最近よく聞く話であり、私は、セリアック病が増えているのかもしれない、と考えていました。セリアック病とは、グルテンによって小腸が障害され、栄養分が吸収されなくなる一種の自己免疫疾患です。セリアック病は欧米では比較的よくあるものの、日本では稀な疾患です。何らかの理由で欧米では増加傾向にあるためにグルテンフリーが流行している。日本ではもともと少ないものだから、欧米人を見習って同じことをする必要はないのでは? というのが私の考えでした。

 しかし、どうやら欧米でもセリアック病が増えているわけではなさそうです。

 医学誌『JAMA internal medicine』2016年9月6日号(オンライン版)に掲載された論文で興味深いことが報告されています(注1)。研究の対象者は6歳以上の米国人22,278人です。2009年から2014年までのセリアック病の有病率とグルテンフリー実践率は下記のようになります。

                   2009~2010   2011~2012   2013~2014
 セリアック病有病率       0.70%        0.77%        0.58%
 グルテンフリー実践者率    0.52%             0.99%              1.69%

 セリアック病が増えていないのに、グルテンフリー実践者が5年で3倍にも増加していることが分かります。研究者の分析では、米国のセリアック病の患者は176万人、グルテンフリー実践者は270万人になるそうです。

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 セリアック病と診断されているわけでもないのに、なぜグルテンフリーを実践する人が増えているのか。この理由について、研究者は「コムギ/グルテンに関係のない消化器症状を有する患者が、自分の判断で、単純にグルテンフリーが役立つかもしれないと思い込んでいるのでは」と、考えているようです。

 谷口医院の患者さんで、「コムギ/グルテンフリーを実践している」という人で、セリアック病の診断がついた人は一人もいません。もっとも、セリアック病を診断するのは簡単ではなく、小腸内視鏡をおこない生検(粘膜の一部を切り取る検査)をしなければなりませんから、実際にここまで調べれば診断がつく人がいるかもしれませんが。(尚、「自称」ではなく「本当の」コムギアレルギーでコムギ完全除去をしなければならない患者さんはいます)

 結局のところ、日本も米国も状況は変わらないのかもしれません。では、セリアック病でないのにコムギ/グルテンフリーを実践するのは馬鹿げたことなのか? 私はそうは思いません。セリアック病かどうかは別にして、それで体調がよくなるのなら、続けることに意味はあると思います。それに、日本人の場合はコムギの代わりに美味しい米がありますから、いきすぎた糖質制限にならなければコムギを抜いても問題ないと私は考えています。

注1:この論文のタイトルは「Time Trends in the Prevalence of Celiac Disease and Gluten-Free Diet in the US PopulationResults From the National Health and Nutrition Examination Surveys 2009-2014」で、下記のURLで概要を読むことができます。

https://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2547202

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年9月27日 火曜日

2016年9月27日 米国、抗菌石けんをついに販売禁止に

 抗菌石けんを勧める医療者はほとんどおらず、抗菌効果が無効であるとする研究もあるということを過去にお伝えしました(注1)。今回お伝えするのは、抗菌石けんが無効であるどころか、危険性があるために米国では販売禁止になったというニュースです。

 2016年9月2日、FDA(米食品医薬品局A)は、一般向けに販売されている石けんやハンドソープなどで、トリクロサンやトリクロカルバンなど19種類(注2)の殺菌剤が含まれる製品の販売を禁止することを発表しました(注3)。

 このような動きは突然決まったわけではなく、以前から抗菌石けんの効果と副作用については問題が指摘されていました。特に、薬剤耐性菌の発生や甲状腺ホルモン、生殖ホルモンへの影響の懸念があり、FDAは、2013年2月に規制案を発表し、抗菌石けんの製造会社には、安全性と有効性を示すデータの提出が義務付けられました。そして、提出されたデータをFDAが検証した結果、通常の石けんよりも有効であることを証明できなかったのです。

 ただし、規制案で検証すべき成分に挙げられていた塩化ベンザルコニウム(注4)、塩化ベンゼトニウム(注5)、クロロキシレノールの3種類については、安全性と有効性のデータの提出期限を1年間延期することになりました。また、除菌用のローションやジェル、ウェットティッシュなどは規制の対象外とされています。

 では、我々は何をすればいいのでしょうか。FDAの報告は最後にこうまとめています。

「普通の石けんと水で手洗いを。これが感染症を遠ざけて病原体を拡散させない最良の方法のひとつなのです。(Wash your hands with plain soap and water. That’s still one of the most important steps you can take to avoid getting sick and to prevent spreading germs.)」

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 抗菌石けんに効果があるかどうかは、日々の臨床を通してなかなか実感できませんが、害があるのは明らかです。なぜなら抗菌石けんが原因と思われる手のかぶれで受診する患者さんが少なくないからです。また、通常の石けんも使いすぎはよくありません。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。石けんの使いすぎで、手湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎を起こす人は非常に多いのです(注6)。

注1:下記を参照ください。

医療ニュース(2015年11月6日)「抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分」

注2:具体的な19種についてはFDAの消費者向けの案内(注3)には載せられていません。下記が参考になります。

http://www.foodsafetynews.com/2016/09/fdas-final-rule-on-antibacterial-soaps-bans-19-ingredients/#.V-mtMrO0tsU

ここにもその19種を記しておきます。

Cloflucarban, Fluorosalan, Hexachlorophene, Hexylresorcinol, Iodine complex (ammonium ether sulfate and polyoxyethylene sorbitan monolaurate), Iodine complex (phosphate ester of alkylaryloxy polyethylene glycol), Nonylphenoxypoly (ethyleneoxy) ethanoliodine, Poloxamer-iodine complex, Povidone-iodine 5 to 10 percent, Undecoylium chloride iodine complex, Methylbenzethonium chloride, Phenol (greater than 1.5 percent), Phenol (less than 1.5 percent) 16, Secondary amyltricresols, Sodium oxychlorosene, Tribromsalan, Triclocarban, Triclosan, Triple dye

注3:FDAの案内は下記を参照ください。

http://www.fda.gov/downloads/forconsumers/consumerupdates/ucm378615.pdf

注4:塩化ベンザルコニウムは医療機関で用いられている石けんにもよく使われています。代表的なものは、オスバン、ウエルパス、ロッカール、ヂアミトールでしょうか。

注5:塩化ベンゼトニウムはマキロンの主成分として有名です。石けんとしてはハイアミンが有名でしょうか。

注6:下記を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月27日)
「手洗いの”常識”ウソ・ホント」

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2016年9月2日 金曜日

2016年9月2日 ポリオの脅威、東南アジアにもじわり

 ポリオ(急性灰白髄炎)が世界のいくつかの国で急増し、2014年5月にWHOが緊急事態宣言を発表したことを過去に紹介しました(注1)。その後もじわりと感染地域が広がり、ついに東南アジアにも感染者が出るようになりました。

 2016年8月22日のWHOの発表(注2)によれば、現在WHOが感染の可能性があるとしている国は次のとおりです。

・パキスタン:最後の輸出例の報告が2016年2月1日。現在「国外に輸出している国」

・アフガニスタン:最後の輸出例の報告は2016年6月6日。現在「国外に輸出している国」

・ナイジェリア:発生はあるが輸出はしていない

・マダガスカル:同上

・ミャンマー:同上

・ギニア:同上

・ラオス:同上

 現在、パキスタン政府は、同国に4週間以上滞在する外国人にポリオワクチン接種を義務化し、WHOが推奨する国際予防接種証明書の交付を行っています。

 アフガニスタン政府は、WHOの勧告の下、アフガニスタンに入国するポリオ撲滅国(日本も含みます)からの外国人に対し、ワクチン未接種者はアフガニスタン出国にあたりアフガニスタン国内の医療機関でポリオワクチン接種を受けなければならない」としています。

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 パキスタン、アフガニスタンともに手続きが複雑そうです。このような規則は予告もなく変更されますから渡航時には最新情報を入手する必要があります。また、ラオスやミャンマーを訪れる日本人は観光でもビジネスでも年々増えています。

 ではこれら地域に渡航するときにまずすべきことは何でしょうか。ワクチン接種をおこなう前に抗体検査をするのがいいでしょう。ただし、ポリオには3種類あり、すべてを調べなくてはなりませんから、価格は高くなります。私自身も調べてみると、ポリオの2型のみ陽性で、1型と3型は陰性。結局ワクチンを接種することになりました。

 日本人の成人のポリオ抗体陽性率のデータは(私の知る限り)ありません。私の場合、もちろん新生児時に2回の生ワクチンを接種しています。それでも消えていたわけですから、(私だけが特異ということもないでしょうから)、多くの日本人成人はポリオワクチン接種が必要なのではないかと思われます。

注1:下記を参照ください。
医療ニュース2014年5月30日「ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2016/10th-ihr-emergency/en/

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2016年9月2日 金曜日

2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング

 2016年8月14日、幕張メッセで開かれたジャスティン・ビーバーのコンサートに来場した男性が麻疹(はしか)に感染していたことが発覚しました。この男性は、少し前にバリ島に旅行に行っていたそうです。報道によれば、帰国後発熱し、その後13日ごろより全身に皮疹が現れたものの、その状態で13~15日に神奈川県と東京都に旅行。14日に幕張メッセのコンサートに参加。コンサートに集まったのは約25,000人と発表されています。

 2016年8月30日、関西エアポート株式会社は<空港内従業員の「麻疹(はしか)」感染について>というタイトルのプレスリリースを発表しました。同社のグループ会社の従業員複数人が麻疹に感染し、そのなかには接客業務に従事していた従業員もいるとのことです。

 コンサート会場や空港のような場所に大勢の人が集まることを「マスギャザリング」と呼びます。そして麻疹は「空気感染」します。空気感染は飛沫感染とはまったく異なります。風疹やおたふく風邪、インフルエンザなどは飛沫感染であり、これらは感染者に近づかなければ感染しません。一方、空気感染というのは、その場にいるだけで感染のリスクがあります。コンサート会場の端から端にまで感染するかどうかは分かりませんが、少なくとも教室程度であれば同じ空間にいるだけで感染の可能性がでてきます。

 日本はWHOによる「麻疹排除の認定」をようやく2015年3月に受けたところです。もしも再び麻疹流行が起これば排除認定を取り消される事態になるかもしれません。

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 マスギャザリングには、他にも、学校、ショッピングモール、教会、地下鉄・・・、といくらでもあります。世界的にはマスギャザリングがテロの標的になることがしばしば指摘されますが、感染症にも注意が必要です。

 それにしても不可解なのは関西エアポート株式会社の”姿勢”です。空港で働くのにもかかわらず、麻疹の抗体検査やワクチン接種を従業員にしていなかったことが白日の下に曝されました。空港の職員は感染症対策を実施していて当然と私自身も考えていましたが、実はそうではなかったということです。しかも、発表されたプレスリリースには、従業員の感染症対策がなおざりになっていたことに対する謝罪は一切なく、呆れてしまいます。

 こうなれば自分の身は自分で守るしかありません。まずは、あなたとあなたの家族に麻疹抗体があるかどうか速やかに調べるべきしょう。あるいは、マスギャザリングを避けられない人は抗体検査を省略し速やかにワクチン接種をすべきかもしれません。

参考:
医療ニュース2015年4月3日「ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定」
はやりの病気第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

毎日新聞「医療プレミア」
麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
SSPE−−恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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