医療ニュース

2016年8月30日 火曜日

2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性

 胃潰瘍や逆流性食道炎、またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられる「プロトンポンプインヒビター」(以下PPI)と呼ばれる薬が認知症のリスクになるということが報じられ、随分と話題になったということを過去に述べました(注1)。

 そのPPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることが発表されました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなる、ということです。この研究を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)です。

 PPIは胃酸の分泌を抑制する薬です。そのPPIがなぜ血管を障害するのでしょうか。実は、血管内皮細胞も少量の酸を分泌することがわかっています。胃酸は食べ物を消化するために分泌されますが、血管内皮細胞が分泌する酸は、細胞内に蓄積する不要物を分解するために必要なのです。そして、その酸を分泌するのがリソソームと呼ばれる細胞の中にある小器官です。PPIはそのリソソームの酸分泌作用を阻害するというわけです。

 PPIのせいでリソソームは必要な酸を分泌できなくなり、その結果、血管内皮細胞の老化が進行し動脈硬化が促進されるという機序です。

 こうなると気になるのはもうひとつの胃酸抑制剤であるH2ブロッカーです。この論文ではH2ブロッカーについても言及しています。幸いなことに、H2ブロッカーは血管内皮細胞に作用せず心血管系疾患のリスクとはならないようです。

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 米国ではPPIは処方箋なしで薬局で誰もが買える薬ですから、米国心臓学会が注意勧告をおこなうのは当然でしょう。では、日本ではどうかというと、日本では薬局では購入できないのですが、内服している人は非常に多いと言えます。

 PPIは、保険診療上の制限があり、最長でも8週間しか処方できないことになっています。しかし、なぜか数年単位で内服している人が少なくありません。当院にそのような患者さんが受診したときは、H2ブロッカーに変更してもらい、効果に乏しいときはH2ブロッカーを増量して対処します。それでも改善しないときは、他の薬を併用し、PPIは「最後の砦」として最重症例のみに短期間使用します。

 認知症のみならず心血管系のリスクにもなるPPI、これからはより慎重になる必要があるでしょう。ただし、他の薬と同様、使用すべき時はしっかりと使用すべきですから、自身の判断で止めてはいけません。必ずかかりつけ医に相談しなければなりません。

注1:はやりの病気
第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:このレポートのタイトルは「Heartburn drug damages blood vessel cells in lab finding」です。下記URLを参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/heartburn-drug-damages-blood-vessel-cells-in-lab-finding

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月12日 金曜日

2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

 この「医療ニュース」では取り上げませんでしたが、2015年10月にWHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)が、ハムやソーセージなど加工肉の発癌性を発表し(注1)世界中で物議を醸しました。しかも、IARCは加工肉を発がん分類の「グループ1」に分類したのです。グループ1というのは、「ヒトに対する発癌性が認められる(carcinogenic)」とされているもので、喫煙やアスベスト、(日焼けマシーンの)紫外線など、誰からみても明らかなものばかりがカテゴリーされています。

 IARCのこの発表を受け、世界中の食肉メーカーが抗議をし、世界中のマスコミがこれを報道しました。日本でも多くの新聞・雑誌がこの話題を取り上げ、識者のコメントを載せました。「食べ過ぎるのは良くないが、日ごろ日本人が食べている量くらいであれば心配ない」とするものがほとんどであり、いつのまにかこの話題を聞かなくなりました。しかし、加工肉がリスクであることには変わりなく、例えば、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」ことを発表し、その習慣のひとつに「加工肉を避ける」を挙げています。

 発ガンリスクのある食品、化学品、薬品などは多数あり、これらを最も科学的に分類しているのがIARC(注2)と言っていいと思います。そのIARCが「グループ3」(発癌性を否定できない)に含めているのが「コーヒー」です。

 しかし、この見解が変わりました。IARCは、依然コーヒーをグループ3のリストに入れてはいますが、2016年6月15日、「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表(注3)したのです。ただ、コーヒーを含む「とても熱い飲み物(very hot beverages)」は食道がんの可能性があるとして注意喚起をしています。

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 コーヒーががんのリスクになるどころか、その逆にいくつかのがんのリスクを減らし、生活習慣病の予防になることは、このサイトで何度も伝えてきました。しかし、これまではIARCが発がん性の可能性を指摘しており、これを懸念する声は上がっていました。

 もはやIARCがコーヒーの安全性のお墨付を与えたわけですから、今後コーヒーは「健康食」と言われるようになるかもしれません。

注1:IARCのこの発表は下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf

注2:下記を参照ください。

http://monographs.iarc.fr/

注3:下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2016/pdfs/pr244_E.pdf

参考:
医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2016年3月8日「コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下」
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月5日 金曜日

2016年8月5日 フィリピンから帰国した日本人女性がデング熱で死亡

 2016年7月21日、日本人女性がフィリピンから帰国しデング熱の重症型「デング出血熱」で死亡したことを、7月22日、厚生労働省が公表しました。

 厚労省の発表によれば、この女性は新潟県在住の30代で、6月29日から7月15日までフィリピンに滞在していました。(フィリピンのどこに滞在していたかは報道からは不明) 滞在中から頭痛や発熱を自覚し、帰国直後の16日に新潟市内の医療機関を受診、直ちに入院となりましたが出血などの症状が進行しており5日後に死亡が確認されています。デング出血熱で日本人が日本で死亡した事例は2005年以来ということになります。

 今年は蚊が媒介する感染症としてはジカ熱(ジカウイルス)が最も注目されていますが、世界全体でみればデング熱の方がはるかに重要です。デング熱は世界中の熱帯または亜熱帯で幅広くみられ、厚労省検疫所(FORTH)の発表(注1)によれば、デング熱ウイルス感染者は年間3億9千万人、そのうち9,600万人が臨床症状を発現しているとされています。(9,600万人以外の人は感染したけれども無症状だった、という意味です)入院が必要な重症のデング熱患者(デング出血熱も含めて)は、年間50万人と推測されており、そのうち約2.5%が死亡しています。

 デング熱ウイルスは蚊に刺されなければ感染しないわけですから、蚊対策が何よりも重要です。ウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカは日中に活動しますし、街中にもいます。ですから、感染の可能性のある地域に渡航するときは、半袖や半ズボンなどを着用するならDEETなどを用いなければなりません。私がこれまで見聞きした例でいえば、ビーチやプールサイドで蚊に刺されて発症というケースが目立ちます。日焼け止めはきちんと使用しているのに、虫よけ対策がおざなりになっているのです。

 死亡した新潟県の女性がどこまで蚊対策をしていたのかは不明ですが、おそらくワクチン接種はしていなかったでしょう。皮肉なことに、この女性が蚊に刺されたフィリピンでは、今年(2016年)4月から、小学生に無料ワクチン接種がおこなわれています。

 CNNの報道(注2)によれば、デング熱の重症例10人中9人まではこのワクチンで助かるそうです。フィリピン国立医大(注3)によれば、ワクチンにより、これから5年で24%の感染を防げるそうです。フィリピンでは、デング熱の患者が急増しており、2014年には12万人だったのが2015年には20万人に増えています。

 もっとも、ワクチンで感染が完全に防げるわけではないことはワクチンの製造会社であるサノフィパスツール社も認めています。また、副作用を懸念しワクチンに反対する声はフィリピンの医療者からも出ているようです(注4)。

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 今のところ、このワクチンが日本で接種できる予定はありません。どうしても接種したいという人はフィリピン、メキシコ、ブラジルなど、このワクチンが認可されている国の医療機関で相談してもいいかもしれません。しかし、このワクチンは3回接種が基本で、2回目は半年後、3回目はさらに半年たってから打たねばなりません。それを考えると蚊対策を徹底する方が現実的と言えるでしょう。どのみち、チクングニアやジカウイルスも同時に予防しなければならないのですから。

注1:下記を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04181444.html

注2:CNNのこの報道は2016年4月4日におこなわれました。下記URLを参照ください。

http://cnnphilippines.com/news/2016/04/04/doh-starts-dengue-vaccination-program.html

注3:この日本語訳は自信がありません。原文は「University of the Philippines National Institutes of Health」です。

注4:フィリピンが無料接種を開始した時点はWHOはまだ見解をだしておらず慎重な立場でしたが、2016年7月に「流行地域ではワクチンを検討すべき」という声明(注5)を発表しています。

注5:このWHOの発表は下記URLを参照ください。

http://www.who.int/immunization/research/development/dengue_vaccines/en/

参考:
医療ニュース2016年1月8日「デング熱ワクチン、ついに実用化へ」
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について→
3) その他蚊対策など

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