医療ニュース

2015年7月31日 金曜日

2015年7月31日 運動は心房細動のリスクを上げる?下げる?

 運動が健康にいいのは明らかですが、度を過ぎると健康を害します。

 ここ数年間のマラソンブームで市民ランナーが大幅に増加しました。もちろんこれは歓迎すべきことなのですが、なかには限度を超して「マラソン中毒」に陥っている人もいます。彼(女)らの多くは、走行距離のみならず体重や食事内容も厳格にコントロールしていて、シェイアップされた身体のラインは大変美しくいかにも健康的です。

 しかし落とし穴はないのでしょうか・・・。

 適正体重を維持し運動を続ければ、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管系疾患のリスクを大幅に下げることができます。しかし、不整脈、とくに心房細動と言われる不整脈については注意が必要です。

 実際、過度な運動負荷で心房細動が増えるという研究(注1)もありますし、日頃みている患者さんのなかで本格的な(元)ランナーで心房細動がある人がいます。心房細動とは心臓の一部が小刻みに震えることにより脈が不整となり血栓(血のかたまり)ができる不整脈です。この血栓が脳につまると脳梗塞を起こします。(長嶋茂雄さんがこの脳梗塞をおこされました)

 運動は心房細動のリスクを下げる・・・。

 これは医学誌『Circulation』2015年5月26日号(オンライン版)に掲載された研究(注2)です。

 研究の対象者は64,561人(平均年齢は54.5歳、女性が46.6%、64%が白人)とかなり大規模です。追跡期間は中央値が5.4年で、その間に心房細動を新たに発症した例は4,616人だったそうです。

(激しいものではなく)適度な運動をすれば心房細動のリスクを下げることができるという研究は過去にもありましたが、この研究が興味深い理由は、運動負荷を上げれば上げるほど心房細動のリスクが下がるという結果がでているからです。

 運動を表す単位はMETsですが、このMETsが1ポイント上昇すると、心房細動の発症リスクが7%低下するという結果がでています。METsが6未満のグループを基準とすると、METs6~9でリスクが20%減少、METs10~11で40%減少、METs11以上では56%もリスクが低下しています。

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 METsに興味がある方は詳しい表(注3)を参照してほしいのですが、目安として、時速6km(速めのウォーキング)1時間で6メッツ、時速8km(ゆっくりのジョギング)1時間で8メッツ、時速10km(適度な速度のジョギング)1時間で10メッツ、時速12km(本格的なランニング)1時間で12メッツ、とすると覚えやすいと思います。

 これまでは激しい運動は心房細動のリスクを上昇させるという意見が多く、心房細動以外にも、過酷な運動が敗血症(全身に細菌が蔓延する危険な状態)になるリスクが上がるとする研究もあります。

 一方、この研究では運動がハードであればあるほど心房細動のリスクを下げるとしており、日頃ハードなトレーニングをつんでいる人にはほっとする研究に思えるでしょう。

 しかし喜ぶのは少し早いかもしれません。この研究ではトレッドミル(フィットネスクラブなどにあるランニングマシーン)を用いて医療者の管理の元で運動がおこなわれています。医療者が厳格に運動量を管理しているために研究の信憑性は高くなります。しかし、(論文にははっきりとは書かれていないものの)運動時間はそう長くなくおそらく1時間程度でしょう。(METsは1時間の運動量です)

 ということは、時速12kmを1時間、つまり1時間に12km程度を走る運動であれば心房細動のリスクを下げることができたとしても、この速度でフルマラソンを走りきったときのリスクについては分かりません。

 運動のやり過ぎは危険性を孕んでいるとみなすべきだと私は考えています。

注1:この研究の論文のタイトルは「Atrial fibrillation is associated with different levels of physical activity levels at different ages in men」で下記のURLで概要を読むことができます。

http://heart.bmj.com/content/early/2014/03/25/heartjnl-2013-305304.abstract

注2:この論文のタイトルは「Cardiorespiratory Fitness and Risk of Incident Atrial Fibrillation: Results from the Henry Ford ExercIse Tesing (FIT) Project」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://circ.ahajournals.org/content/early/2015/04/22/CIRCULATIONAHA.114.014833.abstract

注3:例えば国立循環器病研究センターの下記のページが分かりやすくまとめられています。

http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph90.html

参考:
医療ニュース(2014年6月2日)「オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性」
メディカルエッセイ第142回(2014年11月)「速く歩いてゆっくり食べる(後編)」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年7月27日 月曜日

2015年7月27日 「食べる順番ダイエット」は効果あり

 診察室でダイエットの指導をおこなうことがよくあります。患者さんのなかには「やせぐすりをください」と言う人がいますが、このようなものはよほどのことがない限り使うべきではありません。日本で認可されている唯一のやせ薬マジンドール(商品名は「サノレックス」)は、覚醒剤に似た成分で、服薬している間は食欲が抑制されるためにたしかにやせはしますが、多くのケースでリバウンドがおこりますし、なかにはこの薬がきっかけで覚醒剤に手を出す人もいます(注1)。

 ここ数年間の流行は「糖質制限」で、たしかに成果を出している人もいます。しかし、当院の患者さんでいえば半年から1年もすればリバウンドしている人の方が多いような印象があります。また、リバウンドが強くでて、糖質制限を始める前よりも太ってしまったという人もいます。糖質制限ダイエットはゆるやかなものにすべきであり極端なものは勧められません。

 最近はあまり聞かなくなりましたが、何かだけを食べるというダイエットも勧められません。例えば、キャベツだけ食べるとか、納豆だけ食べるとか、そういったものが流行ったことがありましたが、何年も続けている人はほとんどいないのではないでしょうか。

 ダイエットは長期戦になりますし、成功した後も再び太ることを避けなければなりません。ですから、ダイエットの基本は、無理なく長期間続けることができなければならない、というものです。

 最近「食べる順番ダイエット」の有効性が指摘されるようになってきました。そして、少しずつですが医学的にも実証されつつあります。医学誌『Diabetes Care』2015年7月号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、肥満を合併した糖尿病患者11名を対象とした研究でこのダイエットの有効性が実証されたようです。

 研究で提供された食事は628Kcalで、内訳はタンパク質55g、炭水化物68g、脂質16gです。内容は下記の通りです。

炭水化物:ciabatta bread(チャバタブレッド)(注3)とオレンジジュース
タンパク質:skinless grilled chicken breast(鶏むね肉のグリル)
野菜(と脂肪):vegetables (lettuce and tomato salad with low-fat Italian vinaigrette and steamed broccoli with butter)(レタスとトマトのサラダ、低脂肪イタリアンドレッシング及び蒸しブロッコリー、バター添え)

 炭水化物→タンパク質→野菜の順に食べたときと、その逆、つまり、野菜→タンパク質→炭水化物の順に食べたときの食後血糖値とインスリン分泌量が調べられています。

 結果は、炭水化物を最後にしたときの方が有意に血糖値が低くなり、インスリン分泌量も少なかったようです。(インスリン分泌量が少ないということは、エネルギーを貯めにくい、つまり体重が増えにくいということです)

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 この研究は被験者が11名と少なく説得力がないようにみえるかもしれませんが、「食べる順番ダイエット」は炭水化物の摂り過ぎを自然に防ぐことができます。糖質制限ダイエットのような危険性もなく、誰にでもすぐにでも始めることができる方法ですから、私も患者さんによく勧めています。

 もうひとつ、私が勧めている方法は「水ダイエット」です。これは食事の前にコップ1~2杯の水を飲むという極めて単純な方法でそれなりに効果がでる人もいます(注4)。

 繰り返しになりますが、ダイエットの基本は「無理なく長期間続けること」です。

(谷口恭)

注1:一部の医療機関では処方していますが、適用はBMI35以上に限られます。BMIは体重(kg)÷身長(m)の2乗ですから、例えば身長160cmの人であれば、BMI35以上ということは89.6kg以上となります。また、ごく一部の医療機関ではBMI35未満でも自費診療で処方しているという「噂」を聞いたことがありますが、これは危険です。

注2:この論文のタイトルは「Food Order Has a Significant Impact on Postprandial Glucose and Insulin Levels」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://care.diabetesjournals.org/content/38/7/e98.full?sid=f49e4590-a7ed-4f80-b049-1c6ec2ce3012

注3:「ciabatta bread」というものは有名なのでしょうか。私は初めて聞く単語だったのでネット上で調べてみました。日本語ではチャバタブレッドというそうです。写真でみる限り、パスタを注文したときに一緒にでてくるパンのような感じです。

注4:下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第94回(2010年11月)「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年7月19日 日曜日

2015年7月21日 危険な亜鉛サプリメント

 私が医学部の学生だった1990年代後半というのはサプリメントの黎明期と呼んでいいのではないかと思っています。ビタミンがガンを予防し、心臓を強くし、おまけに若返りもできるといった情報が飛び交い、ビタミンの次は、ミネラルがいいとか、微量元素がどうのこうのとか、プロポリス、冬虫夏草、イチョウ・・・、とまるでサプリメントを上手く飲み合わせることによって病気とは縁のない生活が送れると言わんばかりの熱狂だったような印象があります。

 当時は医療者の間でもサプリメントに期待する声が多くあり、けっこうな割合で医療者もサプリメントを摂取していたのではないかと思います。サプリメントは今も市場が大きいですし、今でも医療者の中にも購入している人はいるかもしれません。しかし、その後のいくつもの大規模調査で、当初考えられていたような効果は期待できないことがわかり、また有害性もしばしば指摘されるようになり、医療者の間ではあまり話題にも上がらなくなってきています(注1)。

 私が患者さんから「今飲んでいるサプリメントを続けてもいいですか」と聞かれたときは、「気に入って飲んでいるなら続けてもいいと思います」と答えていますが、「〇〇を治すためにサプリメントは有効ですか」と聞かれれば、ほとんどのケースで推薦することはありません(注2)。

 さて、前置きが長くなりましたが今回危険性を伝えたいのは「亜鉛」についてです。

 亜鉛サプリで銅欠乏症となり、貧血、さらには神経症状も出現するかもしれない・・・。

 医学誌『Journal of Clinical Pathology』にこのような論文が掲載されました(注3)。研究は英国グラスゴーの病院でおこなわれています。2000~2010年に病院で亜鉛が処方された70例の患者が対象です。

 その結果、亜鉛が処方される前に血中亜鉛値が測定されていたのが61%で、このうち37%が低値だったそうです。しかし亜鉛低値を示した76%は、他の疾患の影響による亜鉛欠乏、つまり亜鉛を補給するのではなく元の疾患を治すことが先決である状態であることが判ったようです。

 亜鉛を取り過ぎると銅の吸収が阻害されることが分かっています。しかし血中銅濃度が測定されていたのはわずか2例のみだったそうです。分析がおこなわれた70例のうち9例(13%)に、銅欠乏が原因の貧血、白血球減少、神経症状などが認められたそうです。

 ちなみに銅欠乏による神経症状はある程度進行すると回復しないこともあります。

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 亜鉛のサプリメントで謳われている効能として「精子が増える」や「髪が太くなる・増える」というものがありこれらは男性の購買欲を高めますし、「肌がきれいになる」「ニキビを防げる」などは女性の気を引きます。また、味覚低下が気になる人という人で積極的に亜鉛サプリメントを摂取している人もいます。

 では、亜鉛サプリメントを摂取している人で、実際に亜鉛が欠乏している人はどれくらいいるのでしょうか。亜鉛が含まれる食品として有名なものに牡蠣(カキ)や蛤(ハマグリ)がありますが、こんなものを毎日食べることはできません。すると、サプリメントから摂らなくてはならないのかなぁ・・・、と思ってしまうのも無理はありません。

 私は自分の血中亜鉛濃度がどれくらいなのかが気になって調べてみたことがあります。そのときの私の食生活は、ファストフード、牛丼、インスタントラーメンなどが中心で、とても健康的とは呼べないものでした。牡蠣や蛤のような高級食品はめったにお目にかかれないものでした。

 しかし実際に亜鉛の濃度を測ってみると126ug/dLと基準値(66-118ug/dL)を越えていたのです。もしも「食生活が不健康だから亜鉛が不足しているに違いない」と思い込んで亜鉛サプリメントに手を出していたら大変なことになっていたかもしれません。
 
 私の一例だけで判断することはできませんが、世の中の「自分は亜鉛不足に違いない・・・」と思っている人で実際に不足しているという人はそう多くはないのではないでしょうか。

 だとすると危険です。今回紹介した論文が正しいならば、気付かないうちに銅が欠乏し貧血や取り返しのつかない神経症状が出現するかもしれません。

 亜鉛のサプリメントを考えている人は購入前に主治医に相談すべきでしょう。

(谷口恭)

注1:サプリメントや健康食品の正確な情報を知るには下記のサイトが適しています。

国立健康・栄養研究所の「「健康食品」の安全性・有効性情報」

注2:誤解が多いのでここで説明しておくと、ビタミンやミネラル、あるいは微量元素が健康維持に必要なのは紛れもない事実です。しかし、これらをサプリメントで摂っても有効であることは少なく、むしろ有害性がある場合もあるのです。つまり、ビタミンやミネラルはサプリメントからではなく食品から摂るべきということです。お金はサプリメントではなく、新鮮な野菜・果物などに使うべきなのです。

注3:この論文のタイトルは、「The risk of copper deficiency in patients prescribed zinc supplements」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jcp.bmj.com/content/early/2015/05/19/jclinpath-2014-202837.abstract?sid=1ef2cf1a-b829-4e11-8994-e31fb75b2375

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年7月15日 水曜日

2015年7月15日 電子タバコ、未成年には禁止すべきでは?

 電子タバコの危険性については、このサイトでも何度か指摘していますが、依然利用者は減らないようで、法的規制がないことから未成年にも広がっているようです。

 この度、厚生労働省の研究班は、電子タバコから通常のタバコに含まれる濃度を上回る発がん性物質が検出されたことを発表しました(注1)。

 研究班が国内で流通している9種の電子タバコを調べたところ、4種から発がん性物質であるホルムアルデヒドが検出されたそうです。さらにそのうち2種は紙巻きたばこの濃度を上回っていたようです。一方、ニコチンについては約100種のうち8種から検出されたものの微量だったそうです。

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 ホルムアルデヒドをそんなに含むものがあるなら、少なくとも未成年には直ちに規制すべきだと思われますが、現在の法律ではニコチンを含まない製品であれば購入を規制することはできないようです。
 
 日本経済新聞2015年6月14日朝刊によりますと、現在電子タバコは世界で400種類以上あり、2013年の市場は約30億ドル(3600億円)だったそうです。2030年までに現在の17倍に増えるとの予測もあるそうです。

 明らかに危険と判っているものを規制せずに静観するのは問題だと思いますが、なぜこんなにも厚労省の対応はのんびりしているのでしょうか・・・。

(谷口恭)

注1:この報告は議事録のかたちで下記のURLで読むことができます。しかし、はっきり言うと非常に読みにくい議事録です。もう少し分かりやすくまとめることはできないものでしょうか・・・

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000088825.html

参考:医療ニュース
2013年10月5日「電子タバコは本当に有効なのか」
2009年7月31日「「電子タバコ」はやはり危険!」
2008年9月26日「「電子タバコ」に要注意!」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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