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2018年5月11日 金曜日

2018年5月 なぜあの医師は買春をしたのか

 2017年10月、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ疑惑が報じられたことをきっかけに世界中に広がった「#me too」。韓国、台湾、中国などアジア諸国でもムーブメントが起こっているなか、日本では大きな動きはありませんでした。有名ジャーナリストからレイプされ、実名を公表してまで告発したジャーナリストの伊藤詩織さんの勇気にこの国もいよいよ変わるかと期待する声もありましたが、なぜかこの事件は「不起訴」となり、いつの間にかメディアもあまり報じなくなりました。

 そんななか、2018年4月、「女性問題」で二人の高い地位にある男性が職を辞することになりました。そんなことをすれば問題になるのは間違いない、と誰にでもわかることを、なぜ「高学歴+高職歴」の男たちがいとも簡単にしてしまったのでしょう。もちろん人間は誰もが聖人君子ではありません。例えば、奥さんに秘密で妾(愛人)をもつとか、身分を隠して女性を買うということはその心理が理解できなくはありません。ですが、辞職した二人の行動は一般人の理解を超越しています。今回は、なぜこんなバカげたことを地位の高い男がやってしまったのか、その理由について私見を述べたいと思います。

 女性問題で辞職したひとりは財務省の福田淳一(元)事務次官です。報道によれば、女性記者に対して「抱きしめていい?」、「おっぱい触っていい?」と言ったとか。もしも、身分を隠して、録音・録画されていないことが確実で、相手がペンを武器にするジャーナリストでないという状況であれば、こういう発言をしてやろう、と思う人もいるかもしれません。しかし、福田氏の場合、自分の立場は周知されていて、相手は報道者であるわけですから、氏の言動は狂気の沙汰にみえます。

 この異常な言動は海外にも伝わり、氏は世界中に恥をさらしました。BBCは氏の発言を”Can I give you a hug?” “Can I touch your breasts?”などと英訳して世界中に発信しました。

 では、福田氏はなぜこのようなバカなことをしたのでしょうか。高偏差値の高校から東大法学部に合格し在学中に司法試験にも受かったという経歴のある氏に、良し悪しの区別ができなかったのでしょうか。

 ですが、このようなことは世間ではよくあります。おそらくほとんどの人は「勉強はできるのに常識がない人」のひとりやふたりは知っているのではないでしょうか。では、なぜ彼らは勉強ができても常識が身につかないのでしょう。私はこの理由は2つあると思っています。ひとつは「社会化」の欠落です。人間関係のなかでも特に恋愛やセックスに関わる関係というのは、とても微妙なものでいくら教科書を読んでも理解できません。実際に経験して失敗を繰り返してその微妙なニュアンスを体得していくものです。おそらく福田氏にはこういう経験があまりないのではないでしょうか。

 もうひとつの私が考える福田氏の言動の理由は、ある種の「発達障害」があるのではないか、ということです。アスペルガー症候群という名前が一時注目された発達障害は高学歴者にも多いという特徴があります。彼(女)らは、悪気なく他人を傷つける「無神経な」発言をしてしまいます。

 高校・大学と勉強にあけくれ、その後も濃厚な人間関係を築かずに年齢を重ねる人もいますが(医師のなかにもそういうタイプは少なくありません)、そういう人たち全員が無神経かというとそういうわけでもありません。人間関係が得意でないにしても、どのようなことをすれば他人が不快に思うかは分かるわけです。福田氏にそれが理解できなかったのは発達障害があるからではないか、というのが私の見方です。(もっとも、そのような”病気”があるから福田氏に罪はないと言っているわけではありません)

 女性問題で辞職したもうひとりは新潟県(元)知事の米山隆一氏です。氏も東大出身、しかも医学部(理科III類)に現役合格しています。その後司法試験に合格、さらに新潟県知事に当選という華やかな経歴を持っています。

 報道によれば、米山氏は出会い系サイトを通じて、名門私立女子大生ほか複数の女性と知り合い1回3万円支払っていたそうです。そのうちのひとりが”彼氏”にそれを話し、その”彼氏”が週刊誌にリークしたとか。そして、その理由が「政治家が貧乏な女子学生につけこむなどということが許されるのか」と”義憤に駆られて”の行動だとか…。

 少し話がそれますが、この報道をそのまま額面通りに受け取ることは私にはできません。この”彼氏”の言葉は私には「きれいごと」に聞こえます。私が”彼氏”の立場なら、まずこの女子学生と話をつけます。二人の関係はブレイクアップするでしょうが、米山氏から金をとったり、週刊誌にリークしたりしようとは考えません。そういった行為は自分の恥をさらすこと以外の何物でもないからです。ですからこの女子大生と”彼氏”は、初めはそのつもりはなかったとしても「美人局」と言われても仕方がありません。

 さて、米山氏です。福田氏の件で述べたように、もしも地位の高い身分(知事)という立場で人に言えないことをするのならば、身分は絶対に明かさない、と考えるのが普通です。私はここで売買春の良し悪しを論じたいわけではありません。私個人としては、売春はともかく買春には強い抵抗がありますが、NPO法人GINAの活動を通して、「初めはセックスワーカーと顧客、その後交際、さらに結婚」というカップルをこれまで何十例も見てきました。残念ながらその数年後に離婚というケースも少なくないのですが…。

 注目すべきは、買春の良し悪しではなく、なぜそのようなことをすれば今回のような結末が待っていることが米山氏に予想できなかったのか、ということです。

 私は氏が「性依存症」ではないか、と考えています。性依存症という疾患自体がはっきりと認められているわけではありませんが、例えば、タイガー・ウッズ、マイケル・ダグラス、チャーリー・シーンなどは性依存症であろうと言うのが大勢の見方です。私自身は、「性が原因で日常生活に支障をきたしている人」が確実にいることから、性依存症を疾患ととらえるべきだと考えています。

 そして私は性依存症をふたつのカテゴリーに分類しています。ひとつは「セックス依存」もしくは「ポルノ依存」です。性感染症のリスクが分かっているのに買春が止められない人、あるいはポルノに耽溺し時間を無駄にし、ついには引きこもってしまうような人です。もうひとつの性依存症は「愛情依存」で、恋愛のドキドキ感を常に求める人たちです。ドキドキ感は時と共に薄れていきますから、そうなると次の”ターゲット”を探しにいきます。まるで、次々と新作ゲームにとびつく人のようです。

 米山氏は独身だそうです。独身者が買春して何が悪い、という意見もあるようですが(たしかに個人の売買春が日本で取り締まられることはほとんどありません)、私は氏が独身を通しているのは「性依存症」を患っているからではないか、とみています。そして氏の性依存症は、セックス依存と恋愛依存の双方の要素があります。恋愛依存だけなら複数の女性と「同時進行」を普通はしませんし、セックス依存だけなら自身の身分を明かして精神的な結びつきを得ようとはしないからです。

 そして性依存症も薬物依存やギャンブル依存など他の依存症と同様、周りが見えなくなっていきます。おそらく氏が件の女子学生からのLINEの通知音を聞いたときなど「至高の幸福」に浸っていたのではないでしょうか。

 最後に、福田氏、米山氏のような”事件”は誰もが犯す可能性があるかを考えてみましょう。結果的に他人を傷つける失言を一度もしたことのない人はいないでしょうし(私も頻繁に反省しています…)、依存とまでは呼べなくても周りが見えなくなるほど夢中になる趣味を持っている人も少なくないでしょう。問題は「一線」を超えるまでにブレーキがかけられるかどうかとなります。

 私は有効なブレーキは2つあると考えています。ひとつは、福田氏の件で述べたような多彩で複雑な人間関係を通して学んでいく「常識」、もうひとつはホンネで相談ができて率直な助言をしてくれる友人や家族です。辞任した二人には先述した”疾患”があることに加え、これら双方がなかったが故に「一線」を超えたのではないか、と私は考えています。

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参考:はやりの病気第37回(2006年9月) 「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」

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2018年4月28日 土曜日

2018年4月29日 肥満が酒さのリスク

 悩んでいる人が大勢いる割にはあまりメディアで報道されず、また、有効な治療法が確立していないこともありドクターショッピングを繰り返している人が多い「酒さ」について、過去に何度かお伝えしてきました。

 酒さの原因は依然「原因不明」です。ある程度遺伝的な要因があると言われている一方で、生活習慣に起因しているとも言われています。そのひとつが「肥満」で、それを調査した研究が発表されたので紹介しておきます。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2017年12月号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。

 研究の対象は、米国で1991年から2005にかけて実施された「Nurses’ Health Study II」と呼ばれる調査に回答した89,886人です。14年以上にわたる調査期間中、酒さの診断がついたのは5,249例でした。

 興味深いことに、酒さの発症リスクはBMI(body mass index)(注2)が上るにつれて増加し、BMIが35.0以上であれば、BMI21.0~22.9の人と比べて酒さのリスクが48%も増えるという結果がでました。また、18歳以降に体重が増加した人は特にリスクが高くなり、10ポンド(約4.5kg)体重が増えると、リスクが4%増えるようです。

 また、BMIとは別にウエストとヒップのサイズ(waist circumference and hip circumference)が大きいほど酒さの発症リスクも有意に高くなっていたことが分かりました。

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 太融寺町谷口医院にも酒さの患者さんは少なくありませんが、肥満者はさほど多くなく、私の実感としては肥満が酒さのリスクとは思えません。もしかすると人種さがあるのかもしれません。ですが、肥満になっていいことは(おそらく)何もありませんから、やはり体重コントロールはすべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Obesity and risk for incident rosacea in US women」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.jaad.org/article/S0190-9622(17)32265-X/fulltext

注2:BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出します。例えば、身長2メートルで体重88kgなら、88÷2の2乗=88÷4=22、となります。文中にでてくるBMI35というのは、例えば身長160cmなら体重は、35×1.6×1.6=89.6kgとなります。

参考:医療ニュース
2015年10月6日 「酒さ」の原因は生活習慣と遺伝
2016年6月30日  酒さが認知症のリスク
2017年5月11日 白ワインは女性の酒さのリスク 

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2018年4月20日 金曜日

第183回(2018年4月) 「誤解」が招いた海外留学時の悲劇

 最近ある学会で繰り返し取り上げられている「悲劇」を紹介したいと思います。

 東日本のある大学に在籍していた当時20歳の女子学生。201X年、留学先の北米のある都市に滞在時、清掃ボランティア活動に参加し煙を吸い込んでしまい、その直後から体調悪化、市販の解熱鎮痛薬を飲んだものの発熱、頭痛、咳などが持続、さらに呼吸困難に。しかし救急車要請をせず、また(大きな)病院も受診せず、小さな診療所を受診。A病院に紹介されたが、すでに重症化しておりその地域で最も大きなB病院に救急搬送。集中治療がおこなわれたものの約1か月後に肺炎で死亡。

 特に持病を持っていたわけではない健康な20歳の女子学生です。どのような煙が吸い込まれたのかは判らなかったようですが、こういったことは時に起こり得ます。しかし、「医療ミス」がなかったかどうかも検討しなければなりません。女子学生の保護者もそのように考え、集中治療がおこなわれたB病院のカルテを入手し日本の医師らに検証を依頼しました。とても分厚い合計4冊のカルテを読み込んだ専門家らの判断は「医療ミスはなかった」という結論でした。

 では、健康な20歳の女子学生はなぜ死ななければならなかったのでしょうか。助かる方法はなかったのでしょうか。100%の確証を持っては言えませんが、このケースは病院の受診が早ければ救命できた可能性があります。なにしろ、煙を吸い込んだ直後から症状が出現し、しかも次第に悪化していたのにもかかわらず大きな病院に搬送されたのは7日もたってからなのです。なぜ、もっと早くに、そして小さな診療所ではなく、眠れないほど辛かったのなら、夜中にでも救急車を呼ばなかったのでしょう。そもそも女子学生は日本にいる両親に相談しなかったのでしょうか。

 実はこの女子学生、小さな診療所を受診する前にスカイプを使って母親に相談していました。当然母親は「そんなにつらいのなら救急車でもタクシーを呼んででも大きな病院へ行きなさい!」と言ったそうです。すると、なんとこの女子学生は「お母さんは知らないの?! こちらでは最初に診察したドクターの紹介が無いと病院にはかかれないのよ!!」と答えたというのです。

 これはとんでもない「誤解」です。どこの国でも救急外来(ER、英国ではA&E)はいつでも誰でも診てくれます。もちろん軽症で受診すれば数時間も待たされ、しかも数分間の診察のみで薬も処方されない、なんてことはざらにあります。しかし、重症の場合はすぐに適切な治療を受けることができます。たしかに、この女子学生が言うように、救急外来以外の専門の科を受診するには診療所からの紹介状が必要ですが、それは緊急性・重症性がないときの話です。これは海外で医療機関をかかるときの「当然の知識」と言っていいと思います。

 では、なぜその「当然の知識」がこの女子学生になかったのか。その「答え」は我々医師にとって大変ショッキングなものであり、これこそがその学会で繰り返し取り上げられている最大の理由です。なんと、その女子学生は日本の大学で実施された留学オリエンテーションで、母親にスカイプで言ったような誤った知識を大学側から”植え付けられていた”ことが後の調査で判明したのです。

 なぜ、このような「誤解」をオリエンテーションで聞かされたのか。まったくわけが分からないと感じる医師も多いのですが、私にはこういったことが起こってもおかしくないと思えます。なぜかというと、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する留学希望の学生に対し、「何を言ってるの??」と感じることがあるからです。

 例を挙げましょう。留学時に海外の大学に提出する書類には、留学先の大学が求めているルールに従わなければならないのは当然です。しかしながら、私が留学先の大学の指示どおりにしましょうと言うと、「それは不要です。それについては別の検査をしてください、(日本の)大学でそう聞きました」といったことを言う学生がしばしばいるのです。元々谷口医院をかかりつけ医にしている人は私の助言(というより留学先の大学の要求)にしたがって進めることになりますが、谷口医院を初めて受診するという学生のいくらかは、日本の大学の教員の言うことを信用し、私や留学先の要求に従いません。さて、結果はどうなるでしょうか。当然といえば当然ですが海外渡航後に問題が起こります。そして、渡航してから谷口医院に「何とかしてください」と泣きついてくることになります。

 だからあれほど言ったのに!!、と言いたくなる衝動を抑えて、私から留学先の大学にメールで「その学生は日本の大学から誤ったことを言われていたのです。学生が悪いわけではありません。日本で実施しなかった必要な検査などをそちらでお願いできますでしょうか」といった交渉をすることになります。

 実はこういうトラブルの原因は日本の大学の担当者だけではありません。というより、大学はまだましな方で、より問題が多いのは海外留学の斡旋業者です。ですから、斡旋業者に失礼であることは承知していますが、留学希望の患者さん(というか志願者)が受診したときには、谷口医院では、書類をそろえたり何か準備をしたりするときに疑問点が生じれば、斡旋業者でなく直接留学先の大学に質問するよう助言しています。あるいは、志願者に代わって私が現地の大学に質問しています。

 現地に着いてから書類に不備があり、検査などをやり直すということで済めば大きな問題ではないでしょう。ですが、冒頭で紹介した20歳の女子学生のように「誤解」により起こり得る取り返しのつかない事態は絶対に避けねばなりません。

 ではどうすればいいか。やはり、留学前に日本の医師から渡航時の注意点を聞いておき、留学後も何かあればメールなどで相談すればいいのです。もしも北米で他界した女子学生が、煙を吸い込んだその日にでも日本のかかりつけ医にメールで相談していればどうなったでしょうか。医師なら(当たり前ですが)直ちに救急車を呼ぶよう指示していたはずです。母親の言うことは聞かなくても医師の助言には従ったのではないでしょうか。あるいは、「大学でそう習ったから」と言って医師の忠告を無視するでしょうか。

 もうひとつよくある海外渡航時の「誤解」を紹介しておきます。これは学生だけでなくビジネスパーソンや旅行者にも言えることです。それは、海外で身体のトラブルが起こった時にまず保険会社に電話で相談する、という考えです。これは一見保険会社が良心的にみえますし、そうすべきこともあるでしょう。問題は保険会社の「対応」です。私が見聞きした範囲で言うと、電話をとる保険会社の担当者は必ずしも医学に明るくありません。そして、お決まりのように日本人医師または日本語ができる医師がいる「小さな診療所」を受診するよう促します。

 すると、どうなるでしょう。重症であれば20歳の女子学生とまったく同じ「悲劇」が起こりかねません。海外渡航時には(地域、期間、渡航目的などにもよりますが)保険の加入はたいていの場合必要です。詳しく述べることは避けますが、海外渡航時の保険は内容を考えると決して「損」なものではありません。私は民間の医療保険を勧めることはほとんどありませんが、海外渡航時の保険については患者さんから問われればほぼ全例に勧めています。

 ですが、現地で何かあったときの電話サービスは勧めません。大切な患者さんを保険会社のミスリードで苦しめたくないからです。症状が強ければ迷わずER(A&E)に行くべきです。そこまで重症でないときは、日本のかかりつけ医にメールで相談すればいいのです。実際、谷口医院の患者さんは、よく海外の渡航先からメールで相談されています。

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2018年4月20日 金曜日

第176回(2018年4月)「心不全」を防ぐには

 俳優の大杉漣さんが突然他界されたのが2018年2月21日未明、数時間前にドラマの共演者らと食事をしホテルに戻り日付が変わる頃に腹痛が生じ仲間にLINEを送信したと報道されています。そして、メディアに報じられた死因が「心不全」です。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、患者さんから「心不全って何ですか?」と何度も質問されました。

 我々医師が言う「心不全」とメディアが報道した”心不全”は、おそらくニュアンスが少し異なります。今回はこれらの違いを明らかにして、「本当の心不全」を防ぐ方法を解説したいと思います。

 まず「心不全」の定義を確認しておきましょう。2017年10月31日に日本循環器学会が一般向けに発表した定義は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。

 定義をきちんと理解しておくことは重要です。4つの文節を詳しくみていきましょう。まずは「心臓が悪い」です。これがどのようなことを表すのかについては後でみていきます。ここで重要なのは「もともと心臓が悪い状態にある」ということです。2番目は「息切れやむくみ」といった症状です。3番目は「だんだん悪く」、つまり突然ではないことを意味します。そして4つめが「生命を縮める」です。

 これら4つのポイントを改めて振り返ってみると、大杉さんにあてはまるのは4つめだけです。つまり、もともと心臓が悪かったわけではなく(そのような報道は見当たりません)、息切れやむくみといった症状も報じられていません。そして、数時間後に息を引き取ったのですから、だんだん悪くなったわけではありません。

 つまり、大杉さんの”心不全”は日本循環器学会の心不全の定義と合致しないのです。では、なぜ心不全と報道されたのか。おそらく、受診した病院ではっきりと診断がつかないまま急激に悪化して心臓が止まった、あるいは診断がついたものの治療に間に合わず心臓が停止した、ということだと思われます。心臓が止まったから心不全、という単純な発想です。

 では本当の死因は何だったのでしょうか。腹痛が生じた数時間後に他界されていることを考えると、最も疑わしいのが「大動脈解離」です。心臓から下腹部に走行している大動脈が突然破れてしまう疾患で、これなら説明がつきます。ちなみに、2016年2月、大阪梅田の繁華街で突然乗用車が暴走し11人が死傷した事故がありました。この車を運転していた51歳の男性は大動脈解離が突然生じたことが判っています。大杉さんはドラマの共演者がタクシーで病院まで連れて行ったそうですが、たとえ救急車を呼んでいても間に合ったかどうかは分かりません。

 次に考えられるのが心筋梗塞です。心筋梗塞の症状は突然の胸痛や胸部絞扼感(しめつけられる感じ)がよく知られていますが、腹痛や胃痛を訴えて受診する人も珍しくありません。大動脈解離と同様、心筋梗塞も適切なタイミングで救急搬送されたとしても間に合わないことがあります。他に考えられる疾患として、心筋炎、心筋症、感染症なども挙げられないわけではありませんが、私は大動脈解離か心筋梗塞のどちらかではないかとみています。

 さて「本当の心不全」の話をします。先ほどの4つのポイントを振り返ってみましょう。まず1つめの「心臓が悪い」です。心臓が悪くなる疾患、つまり心不全の「元の病気」として、日本循環器学会は一般向けに5つを紹介しています。その5つは、#1高血圧、#2心筋症、#3心筋梗塞、#4心臓弁膜症、#5不整脈です。このうち#3については先述したように、それまでまったく症状がなく突然胸痛が生じ救急搬送されたものの帰らぬ人となった、という場合もありますが、治療がおこなわれて助かったけれど、心臓の機能が以前より衰えてしまって、という場合もよくあります。これが心不全の「元の病気」となるのです。

 #1 高血圧は、相当な年月を経なければ無症状ですが、息切れやむくみが生じるようならすでに心不全が起こっている可能性があります。#2心筋症は高血圧よりも年齢が若く現れることが多く、やはり症状が出る頃には心不全の状態となっています。#4弁膜症も同様で、症状が出現する頃には心不全が進行していると考えなければなりません。#5不整脈は種類にもよりますがやはり心不全の「元の病気」になります。一般に心房細動は血栓(血の塊)が脳の血管までとんでいって脳梗塞を起こす、と考えられていますが(長嶋茂雄さんがそうです)、心不全のリスクでもあるのです。

 では、現在これら5つの「心不全の元の病気」がなければ大丈夫なのかというと、もちろんそういうわけではなくて、これらのリスクがある人は要注意です。それらは、糖尿病、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、肥満、喫煙、運動不足、アルコール、覚醒剤、放射線などです。ですから、もうさんざん聞き飽きたというようなこと、つまりきちんと健診を受けて規則正しい生活をして、食事、運動、禁煙、節酒などに注意しようね、ということが大切だというわけです。

 4つのポイントの2つめは「息切れやむくみ」といった症状です。だいたいの目安として40歳以上でこういった症状があれば一度は心不全を疑わなくてはなりません。ただ、30代でもおこりえます。谷口医院の30代前半の男性患者さんでも、息切れがひどい人がいて、胸部レントゲンを撮り心不全が判り、大学病院の集中治療室に入ってもらい一命をとりとめた例があります。ただし、若い女性の場合は、息切れやむくみは心不全よりも貧血や栄養不足で起こることの方が圧倒的に多く、全例にレントゲンや心電図が必要になるわけではありません。

 3つめのポイントは「だんだん悪く」です。大杉さんの”心不全”がこの定義に当てはまらないことは先に述べました。ただ、「急性心不全」という概念もあります。これは文字通り「急性」に心臓の働きが悪化します。ですが、たいていは1つめのポイントの「心不全の元の病気」があって、それまで症状はあまり出ていなかったものの徐々に進行していて、突然激しい症状が出るような病態を指します。これを乗り越えると「慢性心不全」に移行します。また、「だんだん悪く」はゆっくりと少しずつ悪くなっているとは限りません。ある日突然悪化して入院して、改善してしばらくは安定していて、またある日突然悪化して…、といったような場合もよくあります。このように慢性心不全の経過中に突然悪くなったときに「急性心不全」または「慢性心不全の急性増悪」と呼ぶこともあります。

 では心不全の診断はどうすればいいのでしょうか。レントゲン、心電図、心エコーなどがありますが、1回の検査で正確な結果がでるとは限りません。心エコーは有用な検査ですが、これは技術と経験のある専門医か臨床検査技師でないとできません(私は研修医時代に練習しましたが自信がありません。谷口医院では心エコーが必要な患者さんは専門施設で受けてもらっています)。

 また、心不全はあきらかに心臓のポンプ機能が落ちている状態(これを「HFrEF」と呼びます。発音は「ヘフレフ」、へとレにアクセントがあります。ただし日本人からしか聞いたことがないので欧米人はどう発音しているのか私は知りません)だとエコーで判りやすいのですが、機能がある程度保たれている場合(これをHFpEF、ヘフペフ、やはりアクセントはヘとプ)もあり、心エコーだけで100%評価するのはときには困難です。

 実は心不全にはすぐれた血液検査があります。NT-ProBNPと呼ばれるもので、それなりに正確に心不全の状態を判定できます。以前はBNPという検査の方が一般的だったのですが、これは採血すると検体をすぐに検査室に運ばねばならないなどの制約があり、大きな病院でないとおこないにくかったのです。NT-ProBNPが測定できるようになって心不全の診断は随分おこないやすくなりました。

 最後に「治療」です。心不全には決定的な治療法があるとは言えません。先述した5つの「元の疾患」の治療をおこない、そのリスクとなるものを取り除くことが重要です。特に重要なのが高血圧で、放置すれば高確率で寿命を縮めると考えた方がいいでしょう。

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2018年4月13日 金曜日

2018年4月 生活保護受給者のパチンコを禁止すべきでない理由

 先月のマンスリーレポートのなかで、「生活保護にかかる費用を削減すべきでない」という自説を述べたところ、「生活保護を受給するにふさわしくない者もいるのでは?」という意見が複数届きました。たしかに、不正受給はときどき問題になりますし、受給者のなかにはパチンコで貴重な生活費を浪費している事態があるのも事実です。

 それでも全体の生活保護費は削減すべきでなく、受給者がパチンコを含むギャンブルにお金を費やすのはやむを得ない、というのが今回言いたいことです。生活保護については、過去にも擁護する意見(メディカルエッセイ第112回「生活保護に伴う誤解」及び第113回「生活保護の解決法」 )を述べましたので、今回はギャンブルに焦点をあてて論じてみたいと思います。

 2015年10月、大分県別府市は生活保護受給者がパチンコ店及び市営競輪場に出入りしていないかを調査し、立ち入り禁止の「指導」に応じない受給者には生活保護を減額する措置を取っていたことが明らかになりました。報道によれば、別府市は過去25年間にわたり同様の「指導」をおこなっていたそうです。

 この報道に対し「人権侵害だ」と批判が上がった一方で、「生活保護受給者がパチンコだなんて何を考えてるんだ! 別府市の対処は当然だ!」と、生活保護受給者(長いのでここからは「生保者」とします)を非難する意見も多かったと聞きます。前回のマンスリーレポートの流れで言えば、このように生保者をバッシングするのは「保守=右派」となります。

 この「指導」が避難を浴びたことで厚労省と大分県が協議をおこなうことになりました。結果、別府市がおこなっていた「指導」は不適切であると判断され、2016年以降はこういった調査や処分はなくなりました。

 厚労省と大分県のこの判断は当然であり、生保者を含めてすべての人にギャンブルを禁じるようなことはできません。これについて「人権」の観点から主張する人がいますが、私の立場は異なります。なぜ、ギャンブルを禁じることができないのか。それは、多くの人が「依存症」という”病”に侵されているからです。

 2011年、大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追ったことが週刊誌に大きく報じられました。氏は大王製紙の関連会社などから不当に融資を受けていたことが社内メールなどから発覚し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けました。

 この事件が白日の下に晒されたとき、各週刊誌は、井川氏が毎晩高級店で芸能人と飲み明かすなど派手な生活をし、あたかも人格が破綻しているかのようなことを書いていました。週刊誌によっては、大王製紙自体も悪徳企業のような扱いをしていました。私はこういった報道に強い違和感を覚えました。

 なぜか。「バカラという運だけで勝敗が決まるようなギャンブルに大金をつぎ込むことが合理的でないことが理屈で分かっていても嵌ってしまうのが依存症だから」という点には言及せずに、単に井川氏を悪者に見立てているだけだからです。この点が、麻雀や賭け将棋は好きだけどカジノには興味がないという人たちとの違いです。麻雀や将棋は運よりも実力で決まるのに対し、バカラは運のみで勝負が決まります。ですが、バカラに嵌る人は、例えば「プレイヤー側が5回続けて勝てば、次回はバンカー側が勝つ確率が高い。だから自分はどちらかが5回連続で勝つか負けるかしなければ賭けにでない。これは合理的だ」というようなことを本気で言います。

 東大卒の井川氏が単純な確率論を理解していないはずがないのですが、バカラにのめりこみ理性を失っていったのでしょう。それが依存症の恐ろしいところです。氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。

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地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
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 これは医学的にも理にかなっていて、ドーパミンやノルアドレナリンといった興奮系の神経伝達物質が脳を”麻痺”させているのでしょう。その結果、交感神経が興奮した状態が継続しますから食欲が出ないのは当然です。

 依存症が分かりにくいという人は、「井川氏は東大卒で勉強はできるとはいえ、忍耐力がなく計画が立てられないんじゃないの。自分の周りにも学歴は高いけどそういうダメな人もいるし…」と感じる人がいるかもしれません。私はそうは思いません。たしかに高学歴者が優秀とは言えませんが、井川氏は大勢の人たちと良好な人間関係を維持し、そして会社の運営に成功していたのです。私は会ったことはありませんが、おそらく数分間話せば魅力が伝わってくるタイプではないかと推測します。氏は『溶ける』の中で次のように述べています。

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一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。
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 これは事実だと思います。こういった「成功者」も狂わせるもの。それがギャンブル依存を含む「依存症」の正体なのです。

 話を生保者のパチンコに戻します。いずれどこかで述べたいと思いますが、日本はパチンコ店のせいで世界一の「ギャンブル王国」となっています。現在議論されているカジノ法案をさめた目で見てしまうのは私だけではないはずです。パチンコを放置したままカジノの危険性を議論するなどということは「木をみて森をみず」以外の何ものでもありません。

 井川氏はカジノを求めてマカオやシンガポールに渡航していましたが、パチンコ店はたいてい駅前にあります。パチンコ依存症の人も、パチンコをやらないという意思があったとしても、買い物などで駅前を通ることもあるでしょう。そんなときパチンコ店が視界に入ったときに抑えがたい衝動に駆られることになります。この衝動に抗える自信のある人がどれだけいるでしょうか。自分は依存症でないから分からない、という人は、ダイエット中の空腹時においしそうなすき焼きが目の前にある状況を想像してみてください。

 生活保護を受給していてもしていなくても依存症の苦しみは変わりません。そして、この苦しみに対し医療や保健サービスを含めた支援がなされなければならないことに反対する人はほとんどいないでしょう。そういった「支援」をすることなく、そして駅前のパチンコ店を放置したまま、生保者にだけパチンコを禁じるなどということは、生保者の人権侵害というよりも、生保者に対する「嫌がらせ」ではないかと私には思えます。

 生保者のパチンコがけしからん!と感じたことのある人は、パチンコ店が放置されている現状に対して一度考えてもらえればと思います。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年4月6日 金曜日

2018年4月6日 胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに

 このサイトで何度も指摘している胃薬PPIの危険性については、ときおりマスコミでも報道されているようで、ここ1~2年でみれば、太融寺町谷口医院で「前の医療機関で処方されたんですけど大丈夫ですか?」と患者さんから質問される薬のナンバー1です。

 特に「PPI使用が胃がんのリスク」という報道は大変物議を醸しています。胃がん以外にも、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る、など次々と否定的な見解が発表されています。

 今回は「PPIが骨粗鬆症のリスク」という報告です。

 医学誌『Current Opinion in Rheumatology』2016年7月号に掲載された論文(注1)に報告されています。この研究では、過去18カ月以内に公表されたPPIと骨粗鬆症リスクについての文献が分析(これを「メタ分析」と呼びます)することにより、より客観的な事実を導こうとしています。

 結果、たとえ短期間であってもPPIを使用すれば、骨粗鬆症および骨粗鬆症性骨折のリスクが高まることが判った、とされています。

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 PPIは胃炎や逆流性食道炎に対しては確かによく効く薬剤です。ですが、これまでは安全性が担保されていると考えられていたこともあり、あまりにも簡単に処方されすぎているように思えます。

 冒頭で述べたような「前の医療機関で処方されたんですけど…」と患者さんから相談されたとき、もちろん症状にもよりますが、H2ブロッカーに切り替えてもらうことがよくあります。それで(全例とはいいませんが)大部分は改善します。もしも、漠然とPPIを長い間飲んでいる人がいれば、一度他の薬剤への変更を検討してみるべきかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Proton pump inhibitors and osteoporosis」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://journals.lww.com/co-rheumatology/Abstract/2016/07000/Proton_pump_inhibitors_and_osteoporosis.13.aspx

参考:医療ニュース
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク

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2018年4月6日 金曜日

2018年4月5日 コーヒーの発がん性をLA高等裁判所が認定

 コーヒーについて米国で驚くべきニュースが報じられました。

 米国ロサンゼルス高等裁判所がコーヒーの発がん性を認め、スターバックスなどコーヒーの販売業者に、「コーヒーには発がん性物質が含まれている」という警告を店内に表示するよう義務付けるというのです。2018年3月30日のAP通信が報道しています。

 この判決が下されたのは地方裁判所ではなく高等裁判所(Los Angeles Superior Court )です。スターバックスなど販売側は最高裁判所に上告することはできますが、この時点で相当大きな問題となっていると思われます。

 AP通信によると、原告側はコーヒーの焙煎過程で生じるアクリルアミドを取り除くか、警告の表示をするよう求めていました。これに対し、被告側(販売側)は、健康に影響が及ぶほどではなく健康上の利点が上回ることを主張していました。

 裁判所の判決は、「原告側は主張を裏付ける証拠を提出したのに対し、被告側の主張は根拠が不十分であった」、と同通信は報じています。

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 コーヒーはかつてはWHOも発がん性を指摘していました。しかし、2016年6月15日、WHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)は「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表しています。

 このニュース、日本ではあまり報道されていないようですが、もしも米国のスターバックスで「警告」が表示されるようになれば、おそらく日本の消費者団体も何らかの行動をおこすのではないでしょうか。

 コーヒーについてはこのサイトで何度も述べているように健康に寄与するエビデンス(科学的確証)がいくつもあります。カリフォルニアのこの判決には惑わされない方がいいのでは、というのが私の意見です。

参考:医療ニュース
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

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2018年3月30日 金曜日

2018年3月30日 3月24日は「世界の8つの記念日」のひとつ~結核~

 先日、3月21日は「世界ダウン症の日」であることをお伝えし、英国発の4分半の画像が世界中を感動の渦に巻き込んだ、というニュースを紹介しました。

 世界ダウン症の日は、健康に関する記念日のなかでは比較的有名な方ですが、全体からみたときにはマイナーです。では、もっと有名というか世界的に重要と考えられているのはどのような疾患かというと、WHO(世界保健機関)が公式に認定している記念日が合計8つあります(注1)。今回はそれらを紹介し、3月24日が記念日の「結核」について述べたいと思います。8つの記念日は以下の通りです。尚、日本語表記について、ここでは「~の日」という表現にしましたが、「~デイ」あるいは「~デー」と呼ばれることもあります。

3月24日   世界結核の日
4月7日    世界健康の日
4月の最終週  世界ワクチン週間
4月25日   世界マラリアの日
5月31日   世界禁煙の日
6月14日   世界献血の日
7月28日   世界肝炎の日
12月1日   世界エイズの日

 このように記念日は春に集中しています。結核の日が3月24日に定められたのは、結核菌を発見したドイツのロベルト・コッホが結核についての演説をおこなった日だからと言われています。

 世界結核の日は日本ではさほど盛り上がりません。世界マラリアの日が日本であまり(というかほとんど)取り上げられないのは日本にはマラリアがないからだと思いますが、結核は世界で最も死亡者の多い感染症ですし(注2)、日本でも少なくありません。たしかにピーク時からは大きく減少していますが、今も先進国のなかではかかり多いのです。

 WHOの2017年のレポートから少し抜粋してみます。まず、結核は世界で9番目に多い死因で、感染症では2位のHIV/AIDSを引き離し第1位です。(このレポートには記載はありませんが第3位はマラリアです) 

 2016年の結核による死亡者はHIV陰性者で130万人、HIV陽性者で37万4千人。2016年に新たなに結核を発症したのは合計で1,040万人。そのうち90%が成人。男性が65%。10%はHIV陽性者です。全体の56%が5つの国(インド、インドネシア、中国、フィリピン、パキスタン)で発症しています。

 日本では毎年約18,000人が新たに結核を発症し、約1,900人が結核で死亡しています(注3)。

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 このサイトは(ありがたいことに)関西以外の人にもご覧いただいているようなので、少し解説しておきます。関西(というか大阪の一部の地域)では、結核が珍しくない感染症であることが広く知られていますが、関西以外の地域では「過去の病気」と思われているようです。たしかに、昔の小説のような主人公が結核で他界するような話は現在の日本では現実味がありませんが、関西では長引く咳の患者さんをみたときには必ず結核を鑑別に入れます。また、結核は肺結核とは限りません。たとえば、膀胱炎が治らないと思っていたら、それは結核性膀胱炎だったということもしばしばあります。

 また、結核は世界のなかでも特にアフリカに多いと思っている人が多いようですが、これも上述したWHOのレポートにあるように、アフリカよりもアジアに多い感染症です。(ただしWHOのレポートによると、HIVと結核を合併している人の74%はアフリカです)

 アジアから帰国後、体調が悪い、咳が続くという人は、結核感染の有無を調べた方がいいかもしれません。発症者が多い関西でも、結核の診断にいたるまでにいくつもの医療機関を受診していることが少なくありません。

注1:詳しくはWHOの下記ページを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/events/official_days/en/

注2:詳しくはWHOの「Global tuberculosis report 2017」を参照ください。

注3:公益財団法人結核予防会のサイトを参照ください。

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2018年3月28日 水曜日

2018年3月28日 世界中を感動させたダウン症の動画

 3月21日は「世界ダウン症の日」です。そして、この日世界中で話題となり多くの涙を誘った動画があります。2018年3月16日、その動画がアップロードされると、一瞬で世界中を駆け巡り、ユーチューブで10万回以上、フェイスブックで100万回以上閲覧されました。翌日のBBCが報道しています(注1)。(12日後の3月28日時点でユーチューブの再生回数はすでに350万回を超えています)

 この動画は、イギリスのダウン症支援グループに所属する49人の母親たちが作成したものです。クリスティーナ・ペリー(Christina Perri)の2011年の名曲「A Thousand Years」のカラオケを車の中にいる母親とダウン症の子供が手話で歌っています。BBCによれば、「James Corden’s Carpool Karaoke」という(おそらく)テレビの企画があり、その方式で母親とダウン症の子供が歌い、それを父親のひとりが編集したようです。

 BBCの報道から、ひとりの母親のコメントを紹介しておきます。

「私たちは普通の母親で、子供たちを愛しています。子供たちもまた私たちを愛しています。子供たちは他の4歳の子たちと変わりありませんし、私たちは子供たちを変えようとも思いません。そういう思いでビデオを作成しました」(The idea is, we are just normal mums, we love our kids, they love us, and they are just like other four-year-olds, we wouldn’t change them)

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 ダウン症の患者数は日本・英国とも約5万人と言われています。染色体異常のなかで最も多い疾患で、一般的な発生頻度は0.1%程度ですが、高齢出産でリスクが上がることが知られています。40歳以上の初産婦では1%になると言われています。

 ダウン症を知るには映画がお勧めです。ダウン症の子供が登場する映画はいくつかありますが、私が最も推薦したいのは『チョコレート・ドーナツ』です。母親から育児放棄されたダウン症の少年をゲイのカップルが育てようとする、というストーリーです。この映画はハンカチなしでは観られません。すべての人に推薦したい映画です。

注1:BBCの記事のタイトルは「カルプール式のカラオケ、母親とダウン症の子供の画像が拡散される」(Carpool karaoke mums’ Down’s syndrome video goes viral)で、下記URLで読むことができます。

http://www.bbc.com/news/uk-england-coventry-warwickshire-43443510

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2018年3月18日 日曜日

第182回(2018年3月) 時代に逆行する診療報酬制度

 世間は好景気に浮かれているようですが、日本の社会保障、なかでも医療にかかる費用は増加の一途をたどっており破綻寸前です。すでに破綻している、とみる向きもあるほどです。それに”好景気”といっても、それは株価が上昇していることと新卒の求人倍率が高いことからの判断であり(これらは素晴らしいことですが)、例えば40代以降の人が仕事を探すのは簡単ではありませんし、株を持っていない庶民は好景気と言われてもピンとこないと思います。

 実際、私が日々診ている患者さんのなかにも仕事がなく生活が苦しいと訴える人は少なくありません。そういう人達からかかった医療費の3割をいただくわけですから、医療費が上がるのは避けてほしいというのが現場を見る私の意見です。私が以前から「検査や薬は最小限に」と言い「choosing wisely」の重要性を訴えている最大の理由は、目の前の患者さんの出費を減らしたいからです。

 患者さんが3割を負担する診療報酬の細かい取り決めは2年に一度改定されます。行政側としてはできるだけ医療費の上昇を抑えたいと考える一方で、医療者側(日本医師会など)はある程度の増加を求めます。一応、私も日本医師会に加入していますが、私個人の意見としては診療報酬の増額を求めるその姿勢に疑問を持っています。

 たしかに過疎地域など人口が少ないところで医療機関を運営するのは大変ですから、人件費をきちんと確保できる程度の利益が出るような計らいは必要になります。したがって、極端に診療報酬を下げるとやっていけない医療機関が出てくるとは思います。ですが、医師全体でみたときには高い報酬をもらっている者も少なくありませんから、まずはそこにメスを入れるべきではないか、というのが私の個人的意見です。

 医師の求人サイトをみてみると、なかには年収3千万円というものもちらほらあります。診療報酬増額を求めるだと!その前にもらいすぎている医師の収入を削減させろ! と考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。私が役人で会議に出席したとすれば、診療報酬増額を訴える日本医師会などに対し、医師の求人サイトのコピーを配って、「よくこれで増額希望などと言えますね」とまずはイヤミを言ってやりたくなります。

 膨大し続ける医療費を抑制するには医師の収入を減らすことが不可避だ、というのが私の意見ですが、その前にすべきことがあります。「診療報酬制度」の見直しです。

 そもそも診療報酬制度が複雑怪奇であるが故に、多額の人件費が使われることになり、これが患者さんの負担にもなるわけです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんに対しても、です。谷口医院では電子カルテを使っていますが、会計時にいつも正確に医療費が算出できているとは限りません。あとからカルテを見直して、徴収したお金が20円足りなかったとか、10円もらいすぎた、ということがしばしばあります。お金のことは大切ですからこれを放置しておくわけにはいきません。ですが、わざわざ翌日に忙しい患者さんに電話をして仕事の手をとめてもらい「すみません。昨日10円もらいすぎました」と伝えるのも現実的ではありません。そこで次回受診時に差額を返金(徴収)することになります。

 なぜこのような未収(過徴収)が起こるかというと、診療報酬の内訳にはやたらと「○○加算」とか「〇〇料」いうものがあり、それが診察時には入力されていなかったり、あるいは誤入力されていたりすることがあるからです。さらに、△△加算が算定されれば□□加算は外さねばならない、などの決まりもあり、ものすごく複雑なのです。いっそのこと○○加算などややこしい項目をすべて無視(放棄)して谷口医院は他院よりも安くしようと考えたこともあるのですが、医療費は全国どこを受診しても同じというのが原則ですから、そういったことは許されず国の決めたことには従うしかありません。

 未収(過徴収)を減らすにはどうすればいいか。一番ありがたいのは診療報酬制度をシンプルなものにしてもらうことです。つまり、ルールを簡単なものにし〇〇加算などはできるだけ減らしてもらうのが一番いいのです。ところが、実情はその「逆」です。この制度は2年に1回改訂されます。そしてこの改訂がどんどん複雑になっていくのです。例をあげると、2014年の改定時にはその資料が266ページで、これでもすべて理解するのは大変です。それが、2016年時には380ページに増え、なんと今回の2018年版では492ページにも及んでいるのです。

 もちろんこのすべてを一字一句丁寧に読んでいく時間はほとんどの医師にはありませんし、たとえ目を通せたとしても内容が難関すぎて理解できません。そこで、行政側としては診療報酬改定の度に講習会を開いて、我々医師のみならず医療事務の職員も参加することになります。すると休日出勤もしくは通常の業務を犠牲にして参加しなければなりませんし、内容を理解するのに自習をしなければなりません。

 これ、かなりの時間とお金のムダではないでしょうか。行政側も医療機関側も新たな複雑怪奇な決まり事の理解のために労力を費やすことになります。新しい決まりが素晴らしいものなら納得できるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 一例をあげると、2018年版の323ページに新たに設定される「抗菌薬適正使用支援加算」の説明があります(またもや・・・加算です)。文書にはむつかしい言葉で書かれていますが、要するに「ムダな抗菌薬投与をやめれば医療機関に加算としてのお金が入りますよ」ということです。そんなこと言われなくても我々医師は「抗生物質ください」という患者さんに「このケースは不要です」ということを日々伝えています。医師の仕事は薬を処方することではなく、いかに薬や検査を減らすかが重要なのです。このようなムダな「加算」はただでさえややこしいルールをさらに複雑にするだけですから即効廃止してもらいたいものです。

 実は、診療報酬の支払いをドラスティックに改善できる簡単な方法があります。医療機関がレセプト(医療機関が診療報酬を請求するときの請求書のようなもの)を適切に作成しているかどうかをすべてコンピュータに調べさせればいいのです。社会保険支払基金によると、少し古いデータですが、職員が4,934人、審査委員と呼ばれる医師と歯科医師からなる委員が4,500人もいます。同基金の主な業務はレセプトのチェックです。これらをすべてコンピュータにやらせれば何千億という費用が不要になるはずです。実際、韓国ではすでにコンピュータに全面的に頼り人件費が大きく削減できたと聞きます。まさか、日本では4,934人の職員の雇用確保のために古い体制を維持しているということではないと思いますが、なぜすべてコンピュータ審査に替えられないのか、私には疑問です。

 ひとつ可能性があるとするなら、コンピュータだけにやらせると医療機関の”巧妙な”不正が見抜けないということがあるのかもしれません。私自身の周囲には不正を働くような医師は見当たりませんし、ときおり報道される医師の「不正請求」というのは、過去にも述べたように医師が必要と考えておこなった医療行為が支払基金で認められなかったというもので理不尽なものが大半です。ですが、悪意のある不正請求が存在するのも事実のようです。

 ならば私が以前から主張しているように、医師の年収の上限(及び下限)を決めて、お金が好きな人は初めから他の職業を選んでください、としてしまえばいいのです。そもそも医師会の倫理要綱には「医師は医業にあたって営利を目的としない」とあります。医学部入学時に「私は営利を求めません」という宣誓文を書いてもらうのも有効でしょう。

 もっといいのは中学や高校の進路指導のときに「お金儲けをしたい人は医師を目指すな」と学校の先生に指導してもらうことです。そのときに「お金を稼ぐことよりもはるかにやりがいのある職業、それが医師です」と付け加えてもらえれば私としては他に言うことはありません。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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