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2017年8月31日 木曜日

2017年8月31日 長時間労働で心房細動発症のリスクが大幅上昇

 心房細動と呼ばれる不整脈はときに「死に至る病」となることがある重要な疾患です。心臓の疾患として有名な狭心症や心筋梗塞は、適正体重を維持し、禁煙し、適度な運動をおこない、血圧・血糖・コレステロールなどに注意していればリスクを大幅に下げることができます。

 一方、心房細動はこれらに注意していても起こるときは起こります。よく議論されるのが「激しい運動」です。マラソンが心房細動のリスクになるという意見は昔からあり、またその逆に激しい運動がリスクを下げるという研究もあり、現時点ではコンセンサスが得られていません。

 では「長時間労働」はどうでしょう。

 週55時間の長時間労働をおこなうと、週35~40時間のときに比べて4割も心房細動発症のリスクが上昇する…。

 米国の医療者向け用サイト『Medscape Family Medicine』にこのようなレポート(注1)が掲載されました。

 研究の対象はヨーロッパの8つの患者データベースに登録されている85,494人(うち65%が女性)です。調査開始時に週55時間以上労働していたのが全体の5.2%、35~40時間勤務が62.5%です。追跡機関平均10年の間に1,061人が心房細動を発症しました。

 心房細動の発症率と週あたりの労働時間を解析した結果、週55時間以上働く人は、週35~40時間の人に比べて42%も発症リスクが高いことが分かったのです。

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 今回の研究だけで長時間労働と心房細動の因果関係を証明するまでには至りませんが、それでも示唆に富む報告です。週55時間というと週休2日を維持したとして、出勤日に1日あたり3時間勤務すればこのレベルになります。日本人の労働者の多くはこれ以上働いているのではないでしょうか。医師の99%はこのレベルを軽く超えています。

 日本にも心房細動で悩んでいる人は少なくありません。日本での長時間労働との関係を調べた研究はおそらくないと思いますが、現在でも過去でも長時間労働の経験がある人は定期的な心電図検査をおこなうべきでしょう。心房細動は健診時に本人の自覚がない状態で発見されることが多いからです。

注1:このレポートのタイトルは「New-Onset AF Risk Seen to Rise With Longer Work Hours」で、下記URLで全文を読めます。

http://www.medscape.com/viewarticle/883029

参考:医療ニュース2015年7月31日「運動は心房細動のリスクを上げる?下げる?」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年8月31日 木曜日

2017年8月31日 韓国の加湿器殺菌剤、死亡者は1,200人以上

 昨年(2016年)5月にこの「医療ニュース」でお伝えしたように、UKを拠点とした他国籍企業オキシー・レキット・ベンキーザー社が韓国で発売していた殺菌剤が原因で、同国では多数の犠牲者が出ています。昨年紹介したBBCの報道では「約100名が死亡」とされていましたが、韓国のメディア(注1)によると、2017年7月の時点で、被害者総数は5,657人、うち1,212人が死亡しています。

 この事件で最も問題なのは、この殺菌剤が肺を損傷させることはすでに2011年にはその可能性が指摘されていたのにもかかわらず、同社がそのまま販売を続けたことです。製品は結局20年近く販売されていたようです。

 また、当初の報道ではこの会社だけが問題なのかと思われていましたが、最終的に同社の「Oxy」と呼ばれる製品の被害者は181人のみ(死者は73人)です。同社のこの製品による被害者数が最多なのは事実ですが、全体の被害者数はその30倍以上になります。これは同社だけではなく、スーパー大手の「ロッテマート」や「ホームプラス」も同類の製品を販売していたからであり、これらの業者も有罪判決を受けています(注2)。

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 この事件を医学的に検討した論文を探してみましたが見つかりませんでした。BBCなどの一般メディアから得られる情報を総合的に勘案すると、おそらくこの薬剤で起こる肺疾患は「肺線維症」ではないかと思われます。

 韓国メディアは、文在寅大統領が2017年8月8日、政府の責任を認めて大統領として初めて謝罪したことを伝えています。政府と企業のどちらが悪いかを論じてもあまり意味がないと思いますが、オキシー・レキット・ベンキーザー社はこの製品をなぜ韓国のみで発売していたのでしょう。同社は日本にもありますが、日本では一切販売されていません。

 ですが日本人も安心はできません。過去20年間で韓国のホテルに複数回宿泊した日本人は大勢いるはずです。最近、息苦しさや原因不明の咳が続いている人で韓国渡航歴のある人は、ホテルの部屋に加湿器がおいてなかったかどうかを思い出すべきかもしれません…。

注1:韓国の英字新聞「Korea JoongAng Daily」が報道しています。

http://mengnews.joins.com/view.aspx?aId=3036910
 
注2:UKのメディア「Independent」が報道しています。

http://www.independent.co.uk/news/business/news/reckitt-benckiser-executive-shin-hyun-woo-south-korea-toxic-humidifier-disenfectant-100-dead-jailed-a7512446.html

参考:医療ニュース2016年5月30日「韓国、加湿器の殺菌剤で100人の死亡者」

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2017年8月31日 木曜日

2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!

 慢性外傷性脳症(以下「CTE」)…。世間では今もあまり知られておらず名前も地味ですが、もっともっと注目されなければならない、と数年前から私が(他に仲間もおらず)ひとりで言い続けている疾患です。

 詳しくは過去のコラム(注1)を参照いただきたいのですが、ここでも簡単にまとめておくと、アメリカンフットボールの選手の多くが度重なる頭部への衝撃が原因で脳に損傷が生じ、若くして認知症、うつ病、パーキンソン病様症状などの神経症状を発症し、やがて死に至る極めて悲惨な疾患です。また自殺率が高いことも判っています。

 アメリカンフットボールが原因であることが自明でありながら、これまでそれが大きく報道されておらず、また野球やサッカーでも同じ被害が出ることも指摘されていますが、こちらも(特に日本の)メディアはあまり取り上げません。

 今回紹介したい研究は、CTEが従来考えられていたよりもずっと起こりやすいことを明らかにしました。

 医学誌『JAMA』2017年7月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によると、死亡した元アメリカンフットボール選手202人(死亡時年齢中央値66歳)のうち、なんと177人(87%)もが神経病理学的にCTEの診断がついたのです。177人の死亡時年齢中央値は67歳、選手をしていた期間は平均15.1年でした。

 また、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手111人だけで検討すると、なんと110人(99%)がCTEの診断がついているのです。つまり、選手としてのレベルが高いほど有病率が高いということです。

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 この研究、海外のSNSでどれだけ話題になっているのか私にはわかりませんが、少なくとも海外のメディアでは大きく報道されています(注3)。一方、日本のメディアは沈黙しているようにしか見えません。日本では欧米諸国と比べると、アメリカンフットボールをプレイする人数は少ないでしょうが、サッカーや野球は大勢います。

 また、CTEは過去に「パンチドランカー」と呼ばれていたものとほぼ同じ疾患であり、ボクサーをはじめとする格闘家に多いことも分かっています。

 日本でもこういったスポーツがCTEのリスクになっていないかどうかを調査し、危険性がどの程度か明らかにし世間に伝えるべきだと私は考えています。

注1;下記コラムを参照ください。

はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース2017年3月6日「ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク」
医療ニュース2016年10月14日「コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症」

注2:この論文のタイトルは「Clinicopathological Evaluation of Chronic Traumatic Encephalopathy in Players of American Football」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2645104?resultClick=1

注3:下記を参照ください。

BBC:http://www.bbc.com/news/world-us-canada-40718990
CNN:http://edition.cnn.com/2017/07/25/health/cte-nfl-players-brains-study/index.html

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2017年8月28日 月曜日

第175回(2017年8月) 「少子化」と「保育園不足」の矛盾

「保育園落ちた日本死ね」という言葉を初めて耳にしたとき、私はあまりいい気分がしませんでした。しかし、一度頭に入ると追いやることができず、国会で取り上げられたと聞いたときはさすがに驚きましたが、2016年の流行語に選ばれたという報道を目にしたときは納得がいきました。

 この言葉が多くの日本人の心に(良くも悪くも)響いたのは、自分の子供を保育園に入れたくても入れられない、そしてそのために働くことができない保護者が少なくないということをある程度は感じているからでしょう。なかでも、シングルマザーたちは、子供のために身動きが取れず、支援者がいなければ生活もままならなくなります。(「保育園落ちた…」を投稿した人が男性か女性か、またシングルマザーか否かについて私は知りません。この人がシングルマザーだろうと言っているわけではないことをお断りしておきます)

 一方、「少子高齢化」が叫ばれて長い年月がたちます。私が前の大学(関西学院大学)で社会学を勉強していたとき、これが討論のテーマになったこともありましたから、少なくとも80年代後半には少子高齢化が問題になっていたのは間違いありません。

「少子」つまり子供の数が減っているなら、保育園や幼稚園の数は余るのでは?と常識的には考えられます。ですが、現実はその逆であり、地域によっては最寄りの保育園に入れるのが絶望的だそうです。そして、ついに「日本死ね」という言葉が日本全国を駆け巡り、国会でも取り上げられたというわけです。

 保育園に入れないと困るのは誰か…。「子供」と答える人もいるでしょうが、やはり保護者、特にシングルマザーです。日本では「子育ては神聖なもの」と言わんばかりの価値観があり、子育ての不満や愚痴はなかなか簡単には口にできません。実際、「生まれてきてくれてありがとう」のような文章をSNSで発すると、好意を持たれるという話を聞いたことがあります。ですが、実際には不満どころか子供の「悪口」を言いたくなることがあっても不思議ではありません。いえ、実際に悪口どころか暴言を吐いてしまう、さらに「虐待」と呼べるレベルにまで及んでしまうこともあります。

 私が医学部の学生のとき、ある会合でこの話題が取り上げられたことがあります。その場にいた私以外の医学部生全員は、「そんな母親に子供を育てる資格はない」「ただちに児童相談所が介入すべき」といった意見で一致していました。しかし、私の意見はまったく正反対でした。「むしろ母親の声に耳を傾け、母親を支援することが先決だ」、これが私の考えでした。そのとき私に賛同する声はなく、完全に私は「異端児」となりました。

 ですが、私のこの考えは今も変わっていません。太融寺町谷口医院にもシングルマザーの患者さんは少なくありません。子供にはもちろん愛情はあるけれども(それは言葉だけではなく真実だと思います)、時に暴言を吐いてしまう、あるいは叩いてしまう、と告白する人もいます。私はできるだけ客観的に評価するように心がけ、必要あれば、児童相談所や地域の保健所や役所に相談するよう助言しています。その結果、子供を施設に預けることになった、というケースもあります。

 これは私の個人的な意見ですが、子育てとはそもそも親だけがおこなうものではなく地域社会が担うものではないでしょうか。実際、昭和時代には親がほったらかしにしていても、地域に育てられてまともに成長する子供が当たり前のようにいました。こういう話になると「昭和レトロを懐かしむ」ようになってしまいますが、私は昭和時代を盲目的に絶賛しているわけではありません。私自身がもう一度人生をやり直せるとして、昭和か平成、どちらがいいかと問われれば迷わず「平成」と答えます。平成生まれはうらやましいと思うことが多々あります。

 ですが、子育てということに関して言えば、両親だけでも相当しんどく、シングルマザーがすべてを担うというのはほとんど不可能だと思います。何もかもひとりで背負って一人、ときには二人のお子さんを育てているシングルマザーをみると、もしも時代が昭和だったら…、と考えてしまうことがあります。
 
 保育園落ちた日本死ね、に話を戻します。これが国会でも取り上げられたということは、国会議員のセンセイ方にも、保育園不足の現実および子供を育てる保護者の苦悩を理解いただけたのではないかと私は思いました。いざなぎ景気を抜く好景気などと言っているわけですから、予算を子育て支援に回してもらえるに違いないと…。

 ところが、実際はどうでしょう。2017年の国会で盛り上がり、連日新聞や週刊誌で取り上げられていたのは、ナントカ学園がどうのこうのとか、防衛大臣が不適切な発言をしたとかしないとか…。改めて言うまでもないことですが、国会を開くのに必要な費用は税金から支払われています。国会議員のセンセイ方の給料は決して安くありませんから、1日国会を開けば億を超える税金が消えてしまうはずです。(一説によれば1日あたりの費用は3~4億になるそうです)

 ところで景気がいいと言われていますが、ならば税金が増えて各地域の保育園への費用も増えているのでしょうか。日経新聞2017年7月29日によると、都心部で住民税の減収が目立ち、東京都世田谷区では前年比で89%(11%の減少)、31億円も減ったそうです。これだけ減れば市民サービスの質は当然落ちることになります。実際、同区では、児童養護施設を巣立つ若者の学費支援など8基金への寄付募集を開始したそうです。

 住民税が大幅に減っているその最大の(そしてほとんど唯一の)理由が「ふるさと納税」です。周知のようにふるさと納税は誰でも好きな地域に寄付することができて、その分自身が住んでいる地域の住民税が軽減されます。本当に寄付をするその地域の支援がしたくて寄付をするのであればまだいいのですが、高価な「返礼品」を目的にふるさと納税に励んでいる人が多いと聞きます。

 この良し悪しをここで論じるつもりはありません。私が言いたいのは「政治家のセンセイ方はいったい何をしてるの??」ということです。「保育園落ちた…」が国会で取り上げられたおかげで問題意識は俎上に上がったはずです。では、これまでに具体的にどのような対策が取られ、どのような成果が出ているのでしょうか。

 保育園不足をなんとかしなければならない、ということについては与党も野党もないでしょう。ナントカ学園などの問題は、国会が終わってからどこか別の場所で与野党数人で話し合ってもらえばそれで充分だと思います。

 私個人は政治的にはニュートラルで特定の支持政党を持っておらず、選挙の度に投票する政党が異なるような中途半端な市民ですが、もしも「国会では大切な話をしよう。ナントカ学園の問題などは後でファミレスで」と発言する政治家が入れば票を入れたいと思います。

 新聞の報道によれば、全国の児童相談所が2016年度に対応した児童虐待の件数は前年度比18.7%増の122,578件。1990年度の集計開始以来、26年連続の増加で過去最多を更新したそうです。もう待ってられません…。

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2017年8月28日 月曜日

第168回(2017年8月) 電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~

 電子タバコを巡る意見や情勢が混乱しています。

 フィリップ・モリス社が「アイコス」(iQOS)を日本で発売したばかりの頃、これを「電子タバコ」と呼ぶことがまだ一般的でした。しかしその後、従来の電子タバコとは方式が異なることから「加熱式タバコ」と呼ばれることが増えてきました。アイコスがほぼ独占状態になりつつあるなか、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ社が「グロー」(glo)の販売を開始し、さらにJT(日本たばこ)も負けてられないと言わんばかりに「プルーム・テック」(Ploom TECH)を市場に投入しました。

 現在では「電子タバコ」と「加熱式タバコ」を区別するような風潮にありますが、WHOや厚労省が定めたきちんとした言葉の定義は現在のところありません。定義を確認した上で議論をするのが分かりやすいのですが、それができませんから、私流に最近の流れをまとめてみたいと思います。

 まず電子タバコが登場したのは2004年頃で、香港の企業が開発したと言われています。2007年頃から世界中で普及するようになり、日本では比較的早い段階で市場に登場しました。禁煙補助に使えるという意見もあり、次第に利用者が増えるなか、健康上の被害があるのかどうかがよく分かっていませんでしたが、2008年にWHO(世界保健機関)が、「安全性が確認されず正しい禁煙療法とは考えられない」「製品に使用されている多くの化学物質の中に強い毒性があるものが含まれている可能性がある」との見解を表明しました。

 つまり、この時点では安易には勧められないという考えが優勢でした。しかし、利用者はその後急激に増加します。世界中で数百種の電子タバコが販売されるようになり、健康被害を指摘する声も上がり始めます。2015年7月には、日本の厚労省の研究班が、電子タバコから通常のタバコに含まれる濃度を上回る発がん性物質が検出されたことを発表しました。

 しかしその直後の2015年8月、英国保健省が画期的な発表をおこないました。これは私の見解ですが、この発表が世界の電子タバコの流れを一気に変えました。英国保健省は電子タバコの安全性に言及するどころか、「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表したのです。同省によれば、電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いというのです。

 この時点では(私の知る限り)、電子タバコに肯定的な正式発表をおこなったのは英国のみで、米国は慎重な態度を示していました。

 ところがついに米国にも動きがみられました。医学誌『British Medical Journal』2017年7月26日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与していることが分かったのです。喫煙者を対象としたこの研究の結果は、電子タバコ使用者は非使用者(従来のタバコのみ使用)よりも禁煙を試みる可能性が高く、また、禁煙に成功する確率も高かったのです。

 英国がおこなったような、FDAなどの米国の当局による電子タバコを肯定する正式な声明は現時点で発表されていませんが、『British Medical Journal』という一流の医学誌にこのような報告がなされたことを考えると、今後メディアの報道などにより、電子タバコがさらに普及することはほぼ間違いないでしょう。

 では、世界的に電子タバコが受け入れられる時代になったと言えるのでしょうか。残念ながらそうは言えません。タイの奇妙な規制のせいで、世界中で議論が巻き起こっています。なぜか日本のマスコミはこれについてほとんど報道していませんが、世界的には大きな問題になっています。電子タバコで逮捕者が出たからです。

 偶然にも上記論文が公開された2017年7月26日、タイの路上でスイス人の男性が電子タバコを使用していたという理由で逮捕されました。報道(注2)によれば、この男性は逮捕され6日間留置されたそうです。

 タイの刑務所に私は出向いたことがありませんが、過去に何人か訪問したことがあるという日本人から話を聞いたことがあります。タイでは刑務所に知り合いがいなくても「収監されている日本人に会いたい」と言えば、比較的簡単に入れてくれるそうです。タイの刑務所は、ある程度予想できることではありますが、日本のそれとは様相がまったく異なり、不潔で不衛生でいつ死んでもおかしくないような環境だと皆が口をそろえていいます。床にはゴキブリやムカデが這いまわり、トイレは不衛生そのもの、もちろんトイレットペーパーなどは支給されません。食べ物は言わずもがな…だそうです。
 
 逮捕されたスイス人の男性はどうやら刑務所に入っておらず留置所どまりだったようですが、運が悪ければ(としか言いようがありません)有罪判決をくらい長年刑務所に入れられるかもしれません。

 なぜこのようなことが起こるのか。実は2014年10月、タイ政府は電子タバコと水タバコを禁止する措置を取り始めました。私はこの情報を入手してから3回タイに渡航していますが、この規則が実行されているような印象は受けません。例えば、バンコクのアラブ人が集まる界隈のカフェでは、以前と変わりなく堂々と水タバコを吸っているアラブ人がいたからです。どうせ、形だけの法律だろう…。私だけでなくタイをある程度知っている者はみんなそのように考えたのではないでしょうか。

 そもそもタイという国は薬物に関しては「いい加減」という表現がピッタリです。一時タクシン政権の頃は、それはやりすぎだろう…、と言うくらい薬物に厳しくなりましたが(冤罪で射殺された者も少なくないと言われています)、政権が変わり、以前のように薬物に甘い国に戻っています。さすがに麻薬は実刑を逃れられないと思いますが、覚醒剤にいたっては、2016年6月法務大臣が驚くべき発表をおこないました。なんと「覚醒剤の依存性はアルコールやタバコよりも低いから合法にすべき」と発言したのです(注3)。

 覚醒剤でこの扱いですから、大麻となると事実上野放しというか、個人使用であれば少々の賄賂で見逃されることが多いと聞きます。(ただし、罪は罪で少数ながら逮捕される日本人もいます。決して「賄賂を渡せば見逃される」などと思ってはいけません)

 スイス人のこの逮捕について、日本のメディアではほとんど取り上げられていませんが、タイ好き日本人のコミュニティの間では話題になったようです。そこで一部の人が「アイコスやグローなどは加熱式タバコで電子タバコじゃないから大丈夫」と嘯いていますが、これは危険です。タイの警官はまず英語ができませんから、これらをタイ語で説明し、納得させる必要があります。また、理屈でねじ伏せることができたとしても賄賂を求められることもあるでしょう。タイには電子タバコも加熱式タバコも持ち込んではいけない、と理解すべきです。

 尚、同じような法律はカンボジアにもあります。この原稿を書くにあたってカンボジアの状況を入手しようと試みたのですが、有益なものは入りませんでした。カンボジアの警察は腐敗しきっていると聞きますし、実際にアイコスを持っていて逮捕・留置ということはないとは思いますが過信しない方がいいでしょう。

 英国・米国が電子タバコを有益なツールとみなし、その逆に持っているだけで逮捕という国もあるなか、日本政府は見解を表明せず、「受動喫煙防止対策」で規制するタバコに電子タバコ・加熱式タバコを含めるかどうかすらも決められていません。

 新しい製品の場合、科学的なデータが集められませんからある程度はやむを得ませんが、なんらかの分かりやすい発表をしてもらいたいものです。同時に、「海外渡航時には電子・加熱式タバコの携帯に注意」という警告をもっとおこなうべきではないでしょうか。

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注1:この論文のタイトルは「E-cigarette use and associated changes in population smoking cessation: evidence from US current population surveys」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/358/bmj.j3262

注2:下記を参照ください。

http://vaping360.com/vaper-arrested-thailand/

注3:下記を参照ください。

http://www.dailymail.co.uk/news/article-3645552/Thailand-considering-legalising-CRYSTAL-METH-ruling-junta-s-general-admits-world-lost-war-drugs.html

参考:医療ニュース
2015年9月4日「電子タバコ、有害でなく禁煙補助にも有効?」
2015年7月15日「電子タバコ、未成年には禁止すべきでは?」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年8月7日 月曜日

2017年8月 「やりたい仕事」よりも重要なこと~後編~

 医学部に入学しても、直ちに実験や病院実習が始まるわけではありません。臨床医学の勉強もまだまだ先です。では医学部1回生が何をするかというと、他学部と同様の一般教養、基礎的な生命科学、そして語学です。たいていの医学部生は、勉強はそこそこにして、クラブ、サークル活動、アルバイトなどにも時間を取りますが、私は勉強が大部分を占める生活をしました。そして、そんな私が医学部一年目に最も力を入れたこと、それは「フランス語」(以下仏語)です。

 なぜ仏語かというと、医学部入学の時点では、将来は社会学部の大学院に進む予定だったからです。社会学の研究は英語だけでもできなくはありませんが、私の場合、取り組みたかったテーマが、人間の行動、感情、思考といったことで、これらを解明するにはフランスの学者の書物を読み解く必要があると考えていました。例えば、ミシェル・フーコー、ジャック・ラカン、ドゥルーズ=ガタリといった学者の本です。これらは日本語訳も出ていますが、その日本語を読んでも私にはほとんど理解できません。1ページ読むのに1時間以上かかり、次のページに入るとやっぱり前のページが理解できていないことに気づいてまた戻って読み直す…、という感じです。

 ここで自分の能力のなさを素直に自覚すればよかったのですが、それを認められないほど当時の私は”若かった”のでしょう。「日本語訳が悪いから読めないのだ」などと無茶苦茶な理屈をつけ、そして無理やりそう言い聞かすようにして、ならば仏語を学べばいいのだ、と考えたわけです。

 しかし、仏語の勉強を始めてみると、これが予想をはるかに上回るむつかしさ…。当時の私は会社員時代の英語の勉強のおかげで英語の本はまあまあ読めるようになっていましたし、医学部受験をクリアしていましたから、「やればできる!」と思い込んでいたのです。ところが仏語はやってもやっても文法すらよく分からない…。名詞に姓があるのはいいとしても、冠詞の変化は嫌がらせとしか思えませんし、動詞は変化するだけでなく、時制が複雑で半過去、大過去、複合過去…、とわけが分かりません。それでも私は仏語の勉強を毎日おこない、なんとかついていこうと努力したつもりですが、あるとき”線”が切れました。

 それは突然やってきました。1回生の後期試験の勉強中です。やってもやっても先が見えないような気持ちになり、ある瞬間に「や~めた」と匙を投げたのです。この時点で仏語とは「縁」を切ることとし、その後は後期試験をクリアするためだけに勉強しました。

 その5年後、私はタイのエイズ施設を訪れることになりタイ語の勉強を始めます。タイという国は絶望的なほど英語が通じないのです。仏語の「挫折」があったため、当初はタイ語の勉強にも抵抗はありましたが、始めてみると仏語との違いに驚きます。まずタイ語には冠詞そのものがありません。また動詞は変化しないどころか時制がないのです。たしかに発音がむつかしく、例えばタイ語にはT、P、Kが2種類ずつあります。特にTとPの2つの音を使い分けるのは至難の業ですが、会話では前後関係や話の文脈からなんとかなりますし、文字ではきちんと区別できますから問題ありません。よくタイ語は文字がむつかしいという人がいますが、慣れればそれほどでもありません。私にしてみれば仏語の文法の方がはるかに難易度が高いのです。

 話を戻します。仏語を断念した私は、社会学の理論を極めるのは無理だということを認識するようになりました。しかし私にはこれから学ぶ「医学の知識」があります。その医学の知識をもってすれば、社会学部でこれまでにない研究ができるのではないかと考えました。そして2回生からはいよいよ科学の実験が始まりました。

 ところが、です。最初の頃は実験も解剖も楽しくおこなえていたのですが、そのうちについていけなくなる実験がでてきました。大学でおこなう実験というのは、何も未知の物質を生成するわけではなく、新たな理論を発見するわけでもなく、与えられた手順に従って予想される結果を導くのが目的です。ですから、その手順に従って実験器具を用いてデータをとっていけば問題なくできるはずです。実験に向いている人というのは、こういった作業を楽しんでおこなうことができます。私も当初は「そのつもり」でいたのですが、いつの頃からかこういった作業が苦痛になってきました。また、なぜか私が班のなかで中心になっておこなうと上手くいかないのです。悔しさはもちろんありましたが「自分は実験に向いていない」と認めざるを得ませんでした。

 この頃の私の実験や基礎医学に対するイメージは「乗り越えられない壁」でした。その「壁」は分厚く、高く、ハンマーで壊したり、はしごをかけたりすることができません。その「壁」の前に呆然と立ち尽くすしかないのです。そして90度横を向くと、平坦ではないもののどこか遠いところに通じる道がみえます。結局私はその「道」を選択することになります。

 その「道」とは臨床医学。つまり患者さんと接する「医師」です。実は私は医学部に入学した頃から、複数の知人から医療に関する相談を受けていました。もちろん相談する人たちも、医学生にできることなどたかが知れていると思っていたでしょうが、それでも他に持っていくところがないやり場のない気持ちを私にぶつけてくるのです。そのなかには「それは仕方がない」というものもありましたが、逆に「その気持ちは分かる」というものも少なくなく、こういった人たちの力になることが自分の「使命」なのかもしれない、と考えるようになります。

 そして6回生のとき。民間病院の救急部で実習を受けることになりました。このときの実習は、私にとっては勉強や研修というよりも「楽しくて仕方がない」ものでした。あまりにもエキサイティングだったために、指導医の先生にお願いして、特別に夜間の救急外来でも実習させてもらいました。この病院は繁華街に位置しており、夜間の救急部はとても「にぎやか」です。大声でどなりこんでくる人は来るわ、外国人がどこの言葉か分からない言葉でわめくわ、初めから医療者に攻撃的な人はいるわ、で、こんなに非日常的な時空間は他にありません。待合室ではまずヘアースタイルが奇抜でとてもカラフル。黒い髪の人は皆無で、よくみると3分の1くらいの人はタトゥーか刺青を入れていて、血だらけの中国人やリストカットをした直後の若い女性など…。

 研修医の頃も私が最も興味を持てたのはやはり夜間の救急外来でした。緊急手術になることもありますし、一見軽症でも実は命に関わる重傷疾患であったり、と救急外来はとても勉強になります。様々な疾患を勉強することができて、交通事故や重度の熱傷などは一刻を争う危機感があります。そしてこれがとても面白い(不謹慎な表現ですが…)。いっそのこと、救急医を目指そうか…、そのように考えたこともありました。ですが、私が取り組むべきことは、その場限りで医師患者関係が終わる救急の仕事ではなく、身体のみならず、精神的にも社会的にも苦痛を抱えている慢性疾患を有した患者さんの力になることではないのか…。結局、そういう結論に達しました。

 その後私はタイのエイズ施設でのボランティアを経て母校の大阪市立大学医学部の総合診療部の門を叩きます。そして、大学病院以外にもいくつかの医療機関でも研修を受け、タイに戻るのではなく、日本で困っている患者さんに貢献することを選びました。

 では、今やっていることが私が望んでいた「やりたい仕事」なのか…。実はこれについては自分でもよく分かっていません。これまでの人生でいろんなことをしてきた私が最もやりたいと思ったのは社会人の頃に夢見た社会学の研究です。次にやりたかったのは就職活動をしているときに考えた新規事業(アントレプレナー)でしょうか。大学生の頃はクラブのDJにも憧れていました。医学部に入学したときは基礎研究にも強い興味がありましたし、救急の現場は今もなつかしく思います。

 太融寺町谷口医院は都心部に位置していて、働く若い世代を中心に、国籍、ジェンダー、職業、宗教などに関係なく、どのような人のどのような疾患も診させてもらう、という方針を貫き10年が過ぎました。やりたい仕事をやっているのかどうかは分かりませんが、他に同じようなクリニックもいまだに見当たりませんから、ならば自分が続けるしかない、と考えています。そして、これは「やりがい」にはなります。

 18歳以降、目の前に与えられた仕事が自分の勉強になると思えば挑戦するということを繰り返してきました。やりたい仕事を見つけても自分にセンスや能力がないことに気づいて諦めることが何度かありました。今の仕事が「やりたいこと」なのかどうかはいまだにわかりません。宗教を持っている人なら「それが神から与えられた仕事だ」と思えるのかもしれませんが、私にはそのように思えませんし、また「やらされている」という感覚とも少し違います。

 結局、仕事というのもこれまでの「縁」と「運」、それに「努力」で決められるのかな、と今は納得するようにしています。「やりたいこと」「好きなこと」を求めるだけが人生ではないということです。

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2017年8月7日 月曜日

2017年8月7日 冷たい食べ物で起こる頭痛と片頭痛

 アイスキャンディやアイスクリームなどを食べると、キーンとする頭痛が起こるという人は少なくないと思います。この頭痛、医学的には「cold stimulus headache(冷刺激頭痛)」(注1)と呼びますが、軽症であることもあり、あまり医学界では議論されません。他の呼称として「brain-freeze headache(脳凍結頭痛)」「ice-cream headache(アイスクリーム頭痛)」があります。(カッコ内の日本語訳は私の訳です。正式な和名はおそらくないと思います)

 米国の医療系メディア『Health Day』2017年7月22日号(注2)にこの頭痛を防ぐ方法が紹介されています。その方法を述べる前に、この頭痛を少し医学的にみてみましょう。

 この頭痛はそのメカニズムが完全に解明されたわけではありませんが、口蓋(口の中の上の部分)の奥にある神経が、冷たい食べ物で刺激されると、その情報が頭痛を引き起こす脳の領域に伝わることで生じると考えられています。『Health Day』の取材を受けた米国テキサスA&M医科大学(Texas A&M College of Medicine)のStephanie Vertrees氏は、この神経は蝶口蓋神経節神経痛(sphenopalatine ganglioneuralgia)と述べています。

 世界的な医学のオンライン教科書である『UptoDate』によると、この頭痛は大勢の人にみられるものの、とりわけ片頭痛を有する人によく認められます。Stephanie Vertrees氏はそれを進めて、「この頭痛を意図的に起こすことによって片頭痛が予防できるかもしれない」と述べています。

 これが正しいのかどうかは今後の研究を待つしかありません。また、これも現時点では高いエビデンス(科学的確証)があるとはいえませんが、Stephanie Vertrees氏が『Health Day』で述べた、この頭痛を防ぐ3つの方法について紹介しておきます。

①冷たいものはゆっくり食べる

②冷たいものは口の奥に含むのではなく前の方で保つようにする

③舌を口蓋(口の上)に押し付けて舌の温度で温める

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 この頭痛(cold stimulus headache)自体はたいしたことがなく、もちろん治療の対象になりませんが、片頭痛との関連性は興味深いと言えます。たしかに、アイスクリームを食べたときに片頭痛が起こるという人もいます。私自身は、片頭痛の患者さんに冷たいものを避けるような制限をすることはありませんが、今後、「アイスクリームで片頭痛」と言う人には、まったく食べないのではなく、上記の3つを守りながら食べることを助言したいと考えています。

 ですが、Stephanie Vertrees氏が述べている「この頭痛を意図的に起こすことによって片頭痛を予防する」という考えは時期尚早だと思います。

注1:世界的な医学の教科書『UpToDate』に少し説明があります。(ただし有料サイトです)

https://www.uptodate.com/contents/cold-stimulus-headache?source=search_result&search=brain%20freeze&selectedTitle=1~1

注2:この記事は「The Scoop on Avoiding ‘brain freeze’」で読むことができます。


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2017年7月31日 月曜日

2017年7月31日 体重は「現時点と20歳時の差」が重要

 私が研修医の頃、循環器内科のT先生は、初診の患者さん全員に「20歳時の体重」を尋ねていました。T先生によれば、現在の体重そのものよりも、20歳時の体重との「差」の方が生活習慣病のリスクとして重要だそうです。

 一般的には、生活習慣病のリスクを考慮するときは「現在の体重(もしくはBMI)」を基準とします。しかし、T先生に指導を受けていた私は、T先生の基準の方がずっと参考になることを何人もの患者さんを診察して”実感”し、私自身も「20歳時の体重」を尋ねるようになりました。

 ただ、そうはいってもそれを実証した(エビデンスレベルの高い)研究はあまり目にしたことがありませんでした。しかし最近ついに見つけました。医学誌『JAMA』2017年7月18日号に掲載された論文(注)です。

 米国ハーバード大学公衆衛生学教室のYan Zheng氏らの研究で、研究の対象としたのは(このサイトでも何度か紹介している)「看護師健康調査(Nurses’ Health Study:NHS)」と「医療従事者追跡調査(Health Professionals Follow-Up Study:HPFS)」。対象者数は女性92,837例(37年間の平均体重増加は12.6kg)と、男性25,303例(34年間の平均体重増加は9.7kg)。女性は18歳時、男性は21歳時の体重が基準とされています。

 基準の時点から55歳までで体重が2.5~10.0kg増加した人は、増加しなかった人に比べて、糖尿病、高血圧、心血管障害などの発症リスクが有意に高く、慢性疾患や認知機能、身体障害などを持たずに過ごせる割合が低下することが判りました。具体的な発症率は次のような結果です。(数字は人口10万人・年あたりです)

            女性体重不変  女性体重増加  男性体重不変 男性体重増加

糖尿病          110        207         147         258
高血圧          2,754        3,415           2,366           2,861
心血管疾患          248           309           340            383
肥満関連のがん     415          452           165            208

 体重増加が大きければ大きいほど発症リスクは増大することが判っています。

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 ここで疑問になるのが、「では20歳時のときに肥満であった場合やせなくてもいいのか?」というものです。これを検証した研究は私の知る限りないのですが、私には臨床を通しての”実感”があります。これを一言で言うのはむつかしいのですが、例えば、柔道やアメリカンフットボールをしていて体重が標準より多い場合、つまり筋肉量が多いことが予想できる場合、中年になって、たとえその筋肉が脂肪に置き換わっていたとしても、体重が増加していなければあまり生活習慣病にはなりません。

 20歳時に不健康に太っている、つまり脂肪が多く筋肉が少ない場合、中年期にさらに体重が増えていれば多くの疾患のリスクは上昇しますが、それほど体重が増えていない場合は、意外にも血圧や血糖は正常であることが多いのです。

 ということは20歳時の時点で、肥満がある場合、それが筋肉質であったとしても脂肪過多であったとしても、その時点で血圧や血糖、その他血液検査に異常がなければ、生活習慣病のリスクは上がらないということになります。現時点でここまで言い切ってしまうのは”危険”ですが、私の実感としては「現在の体重」よりも「現在と20歳時の体重の差」が重要なのです。

注:この論文のタイトルは「Associations of Weight Gain From Early to Middle Adulthood With Major Health Outcomes Later in Life」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2643761

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2017年7月31日 月曜日

2017年7月30日 プロバイオティクスは乳幼児の感染予防に効果なし

 昨今の腸内細菌ブームは凄まじいものがあります。腸内フローラ、糞便移植、発酵食品、食物繊維などがキーワードとなっており、おなかのなかのいい菌を増やして、その菌にあやかって健康になろうとするムーブメントは単なる「流行」を超えているような気がします。マスコミからの取材依頼も、このテーマで寄せられることが増えてきました。

 今回紹介したいのはそういう意味では「残念な」結果です。実際、この研究を取り上げた『Health Day』というオンラインの健康情報サイト(注1)では、露骨に「残念な結果(disappointing results)」と書いています。

 その研究が報告されているのは医学誌『Pediatrics』2017年7月3日号(オンライン版)。対象者は8~14か月のデンマークの健康な乳幼児290人です。144人には6か月間プロバイオティクス(ビフィズス菌(Bifidobacterium)と乳酸菌(Lactobacillus))を摂取してもらい、146人には摂取してもらいませんでした(正確に言えばプラセボが投与されました)。

 結果、保育園を休んだ日数に差はなく、また、風邪症状、下痢、発熱、嘔吐などの発生頻度にも有意差はありませんでした。一方、プロバイオティクスの副作用もありませんでした。

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 プロバイオティクスに有効性が認められなかった理由として、研究者らは「今回の研究の対象者の多くが母乳栄養で育てられていた」ことを挙げています。さらに上述の『Health Day』の記事は、「母乳がベスト」というカリフォルニア大学サンフランシスコ校の小児科医カバナ(Cabana)の言葉を引用しています。

 カバナ医師は、それぞれの母親の母乳中に独自のヒト乳オリゴ糖(human milk oligosaccharides)が含まれていることを指摘し、母乳がプロバイオティクスより優れていると主張しています。オリゴ糖は、赤ちゃんの消化管内の特定の細菌の増殖を促します。このような物質を最近は「プレバイオティクス」と呼びます。

 プロバイオティクスが乳幼児が抗菌薬を内服したときに起こる下痢に有効とした論文は過去にありますが、これは当たり前と言えば当たり前で、成人でもよくあることです。結局のところ、プロバイオティクスが免疫能を上げ感染症予防になることを高いエビデンスレベルで示した研究は今のところ「ない」と考えるべきでしょう。

 現時点では乳児にとって「母乳」に勝る食品はないということです。ですが、世の中には母乳の出ないお母さんもたくさんいますし、母親がいない乳幼児もいます。そういった子供たちのためにもプロバイオティクス/プレバイオティクスのさらなる研究は期待されているのです。

注1:下記URLを参照ください。

https://consumer.healthday.com/vitamins-and-nutrition-information-27/nutritional-supplements-health-news-504/probiotic-supplements-failed-to-prevent-babies-infections-724213.html

注2:この論文のタイトルは「Probiotics and Child Care Absence Due to Infections: A Randomized Controlled Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://pediatrics.aappublications.org/content/early/2017/06/29/peds.2017-0735

下記なら全文を読むことができます。

http://pediatrics.aappublications.org/content/pediatrics/early/2017/06/29/peds.2017-0735.full.pdf

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2017年7月28日 金曜日

2017年7月28日 膀胱炎にニューキノロンを容易に使ってはいけない

 このサイトでも何度か紹介したことのあるchoosing wisely。私の希望とは裏腹に、あまり日本では浸透していませんが、非常に大切な概念であり、我々医師も行政も、そしてもちろん患者さんにとっても「有益」なものです。choosing wiselyの概念を一言で言えば「ムダな医療」をなくすということ。具体的な「ムダな医療」の”あぶり出し”をおこなうために、米国の各学会が5つの例を挙げています。

 2017年5月13日、米国泌尿器学会(American Urological Association)は、「ムダな医療」をなくすための5つの提言をおこないました(注1)。その5つのうちのひとつが「合併症のない女性の膀胱炎に容易にニューキノロン系抗菌薬を使ってはいけない」です。

 ここでいう合併症は、例えば重症の糖尿病とか、HIV、悪性腫瘍といった特に免疫系に異常がおこりやすい疾患のことです。健康な女性の場合は、膀胱炎にニューキノロンでなく、他のより適切なものを使いなさい、ということです。

 ニューキノロン系抗菌薬というのは一言でいえばとても”強力”な抗菌薬で、イメージで言えば「最終兵器」に近いものです。そんなものを単なる膀胱炎に使用すれば使用量が増え、いざというときに利かなくなる、つま「耐性菌」が出現することになります。商品名(先発品)で言えば、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなどです。米国泌尿器学会はこれらニューキノロン系抗菌薬の副作用を懸念するよう警告しています。

 では、どのような抗菌薬を使えばいいのかというと、同学会はニトロフラントイン(nitrofurantoin)やST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム,sulfa-trimethoprim)を推奨しています。

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 日本は他国に比べ、ニューキノロン系抗菌薬が簡単に使われすぎていることがよく指摘されます。私は、別のところで「毎回風邪にクラビット」を処方する医師を批判したことがありますが、患者さん側も「風邪にはクラビット」と信じている人もいて驚かされます。風邪(上気道炎)に抗菌薬が必要なのは重症の細菌性のものだけであり、太融寺町谷口医院の例でいえば、せいぜい1~2割程度ですし、そのなかでクラビットを含むニューキノロン系抗菌薬が必要な例は年間数例に過ぎません。

 膀胱炎の場合、重症化している場合には確かにニューキノロン系を用いるべきこともありますが、たいていはペニシリン系か第一世代セフェム系で事が足ります。ただ、米国泌尿器学会が提唱しているニトロフラントインやST合剤を日本で用いるのは現実的ではありません。そもそもニトロフラントインは日本では販売されていませんし、ST合剤を使いにくいと感じている医師は少なくなく、実は私もその一人です。

 ST合剤はたしかに米国では膀胱炎などに頻繁に使われるのですが、それなりに強力な抗菌薬であり、エイズの合併症として有名なカリニ肺炎にもよく効きます。私はタイのエイズ施設で、ST合剤を頻繁に処方していましたが、かなりの確率(私の印象では3~4割)に薬疹が出ます。HIV陽性者に薬疹が出やすいのは事実ですが、ST合剤はHIVに関わりなく薬疹を含む副作用が起こることは少なくありません。日本の添付文書には「【警告】血液障害、ショック等の重篤な副作用が起こることがあるので、他剤が無効又は使用できない場合にのみ投与を考慮すること」と目立つように赤字で書かれています。わざわざこのように「警告」されている薬は容易に使えないのです。

 風邪(上気道炎)の場合も、膀胱炎の場合も、重症度の判定、およびどのような細菌が原因になっているかについてはグラム染色という方法を用いて炎症細胞や細菌の像を観察します。グラム染色は簡単にできて数分で結果がでて、おまけに安い検査です。(培養検査やPCR法は高額になります)

 つまり、膀胱炎の症状があるから抗菌薬、ではなく、まず尿沈渣のグラム染色をおこない、その結果に基づいて抗菌薬の有無を判定し、必要な場合は炎症の程度と菌の種類(グラム陽性菌か陰性菌か、桿菌か球菌か)を考えて抗菌薬を選択すれば、ニューキノロン系抗菌薬の出番はそう多くないのです。

注1:米国泌尿器学会のプレスリリースは下記を参照ください。
http://auanet.mediaroom.com/2017-05-13-As-Part-Of-Choosing-Wisely-R-Campaign-American-Urological-Association-Identifies-Third-List-Of-Commonly-Used-Tests-And-Treatments-To-Question

また、choosing wiselyのウェブサイトの該当ページは下記です。
http://www.choosingwisely.org/clinician-lists/american-urological-association-fluoroquinolones-for-uncomplicated-cystitis-in-women/

5つの提言の他の4つも簡単に紹介しておきます。

①低リスクの限局性前立腺がんの治療を容易におこなうべきでない
②オピオイド系鎮痛薬を漠然と使わない
③血尿があるからといってルーチン検査として尿細胞診や尿中マーカー検査をすべきでない
④腎結石疑いの小児患者に容易にCT撮影をすべきでない

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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