メディカルエッセイ

第145回(2015年2月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(中編)

 Choosing Wiselyという言葉を日本のマスコミで見聞きしたことはまだありませんが、今後数年以内に取り上げられる機会が増えていくのではないかと私はみています。

 というのは、「不要な医療をやめる」べきなのは誰が見ても明らかであり、これに異論のある人などいるはずがないからです。では、なぜ現代の医療がこれほどまで「不要な医療」が多いのでしょうか。

 そのキーワードは<念のため>と<利益のため>です。

<念のため>からみていきましょう。前回紹介した頭をぶつけた男の子のお父さんは、「自分の息子が頭をぶつけ痛い痛いといって泣き止まない。もしかすると脳内に出血したかもしれない。そうでないことを祈りたいがきちんと検査をして調べる必要がある」と思い込んだわけです。つまり<念のために>検査をしておきたい、と考えたのです。

 医師の側からみてみると、前回紹介した私の先輩医師は「CT撮影の必要はない」と医学的に判断しました。これは自分の診察に自信がないとできないことです。自信のない医師であれば「大丈夫だと思うけど、もしも微小な出血があったらどうしよう・・・。後から訴えられるかもしれないし・・・」という思考になり、「<念のために>CTを撮りましょう」となるのです。

 次は行政サイドからみてみましょう。医療費削減のことを考えると、行政としては「少し頭をぶつけたくらいで貴重な保険を使ってCTを撮るのはやめてほしい」と考えます。しかし、例えば保険診療のルールに「重症の頭部外傷でなければ頭部CT撮影をおこなってはいけない」とすることまでは思い切れないのです。重症と軽症の線引きが明確にできるわけではなく、後で医師や患者から「保険のルールが厳しくなければあのときにCTを撮って迅速に診断がつけられたのに・・・。診断が遅れたのは行政の責任だ」と言われることを避けたいわけです。ですから医師が<念のために>CT撮影が判断したと言われるとそれに従うしかないのです。

 医療の世界に<利益のため>などという思惑があるなど言語道断だ、と感じるのが普通の感覚でしょう。私もそう思います。しかし製薬会社は民間企業であり、公的機関ではありません。ほとんどの製薬会社は株式会社であり、市場から株を通して資本を集め、その資本で研究開発をおこない薬を製造します。会社は誰のものか、という議論には様々な意見がありますが、経済学的には株式会社は株主のものです。つまり製薬会社は株主から配当と株価上昇を期待されているのです。

 しかし、薬というのは「使わないのが最善」です。我々医師がいかに薬を使わないようにするか、減らしていくかを考えているのと同様、本来は製薬会社につとめる人たちも同じように考えていなければなりません。実際、製薬会社の従業員も、自分自身が患者になったときは、薬の使用は最小限にしたいと考えるはずです。

 以前にも述べたことがありますが(注1)、製薬会社というのは他の一般の企業とこの点が異なります。一般の企業、それは自動車でも家電製品でも通信でも不動産でも、食品、アパレル、貴金属でもなんでもいいのですが、これらは生活を豊かにするものです。高性能の自動車や高級な食材が売れるのはそれらを手に入れることにより生活が豊かになるからであり(それが「思い込み」や「幻想」という意見はあるにしても)、消費者も売り手も共に満足するものです。市場社会が発展するのはまさにこの点にあります。

 一方、薬というのは、可能なら生活の中に入ってきてほしくないものですし、できることなら見たくもありません。薬なしの生活が最善なのです。高級車に乗って流行の衣装でドレストアップして美食に舌鼓をうつ、のが多くの人にとって憧れになるのとは正反対なわけです。車も衣装も欲しくなく質素な生活に幸せを感じるという人もいるでしょうが、そのような人たちも一流品でなくとも自分の気に入った服を買ったり、美味しいものを求めたりはするはずです。

 まともな薬剤師であれば、自分たちのミッションが「薬をたくさん飲んでもらうことではなく最小限にすべきこと」を知っています。しかし、これが会社になるとどうでしょう。複数の不正行為が発覚し業務停止に追い込まれたノバルティス社は、「100Bプロジェクト」と命名された社内目標を掲げていたことが報道されました。100Bとは10億の100倍で1,000億を目指すプロジェクトのことだそうです。

 繰り返しになりますが、本来、薬というのは最小限でなければならないはずです。1,000億円の売り上げを目標にするというのはその逆を目指しているということにならないでしょうか。

 ちなみにノバルティス社は2015年2月に厚生労働省が業務停止処分にすることを決定したことが報道されています。私はこのニュースを日経新聞で最初に知ったのですが、日経の記事には業務停止処分の期間が記載されていませんでした。私は「これだけの問題を起こしたのだから当分は業務停止が解かれないだろう」と勝手に解釈したのですが、これが間違いだということを医師の掲示板で知りました。朝日新聞と毎日新聞では15日程度の処分という記載があるのです。たった15日の業務停止、同社の社員にとっては2週間の特別休暇になるだけじゃないか!という怒りの声がその掲示板には多数載せられていました。そして改めて日経の記事をみると、意図的に、つまり15日では短すぎるではないかという世論をかわすために、ノバルティス社に気を遣ってあえて期間を書かなかったのではないかと疑いたくなってきます。ちなみに産経新聞にも期間の記載はなく、読売新聞には業務停止の記事すら見当たりませんでした(これらの新聞はすべてオンライン版です)。

 念のために付記しておくと、私は世の中の製薬会社が悪の中枢と言っているわけではありません。製薬会社のおかげで命が救われている人が大勢いるわけで我々は製薬会社に感謝しなければなりません。

 谷口医院に自社製品の情報提供をしにきてくれるMR(製薬会社の営業のこと、以前はプロパーと呼ばれていました)は、私が考えていることを理解してくれています。過去に二度と顔を見たくないと感じたMRもいますが彼(女)らは、「どんな理由でもいいから薬買ってください」という対応をしてきます。もちろんこんな言葉は直接は使いませんがそこには「薬は患者さんのために」という視点が抜けています。一方、現在谷口医院に定期的に来られるMRの人たちは、私が必要とする情報、つまり患者さんにとって有益な情報を届けてくれます。また、薬局で勤務するまともな薬剤師は、薬を無理に売るようなことはしません。「町の健康相談員」のような存在となり地域で頼りにされている薬剤師も少なくないはずです。

 私が最も懸念しているのは製薬会社でもなく薬局でもなく「ネット業者」です。ここに名前は出しませんが、そのサイトでは副作用の注意が充分に必要な薬がごく簡単に買えて翌日には自宅に届けられます。私には、こういったネット業者が購入者の健康のことを第一に考えているとは到底思えず<利益のため>だけにやっているのではないかと考えずにはいられないのです。

 一方、医療機関は<利益のため>に診療をしているわけではありません。たしかに、例えば、必要のない手術をおこない患者さんを死亡させ2009年に院長が逮捕された奈良県大和郡山市のY病院などのような特殊な医療機関が存在したのは事実ですし、もしかすると現在でも同じような<利益のため>に患者さんに不要な検査をしたり薬を出したりしている悪徳病院があるかもしれません。

 もちろん、ほとんどの医療機関は<利益のため>ではなく、いかに患者さんの負担を減らすかを考えています。しかし、この点が一部の患者さんからは誤解されており、ここから医師・患者間のコミュニケーションに齟齬が生まれます。私が患者さんから言われる言葉で最も疲れるのは、「お金を払うって言っているのに何で検査してくれないの!」というものです。なぜ患者さんからこのような言葉が出るかというと、この人は「検査をしたら医療機関の利益にもなるでしょ」と考えているからであり、こういう患者さんは医療機関も<利益のため>に診療をしていると考えているのです。

 次回は、Choosing Wiselyの具体例を当院での実際の症例に基づいて紹介し、前回取り上げた子どものCTを執拗に迫る父親にはどのように理解してもらうか、といったことについて述べたいと思います。

注1:下記コラムを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」