マンスリーレポート
2018年6月 己の身体で勝負するということ~その2~
日本大学アメリカンフットボール部の選手がおこした反則行為が連日メディアを賑わせています。私はこの事件の世間の捉え方に大きな”違和感”を覚えます。私には、なぜ怪我を負わせた日大の選手をかばうような発言をする意見が多いのかが理解できないのです。こんな私は「異端児」かもしれませんが、私のような考えを持った方が、人生が「ラク」になる、ということを示したいと思います。尚、私のひとつめの大学は関西学院大学(以下「関学」)ですが、卒業生だから関学をひいきにみているわけではないことをお断りしておきます。
まずは事件を簡単に振り返ってみましょう。2018年5月6日、東京で開催された関学と日大のアメリカンフットボールの定期戦。パスを投げ終えたばかりで無防備の関学のクオーターバック(QB)の選手に日大のディフェンシブライン(DL)のM選手が後からタックル。M選手はその後もラフプレーを続けて退場させられました。負傷退場した関学のQBの選手は全治3週間の怪我を負いました。
この事件を受け日大の監督とコーチが除名されることになりました。これは当然でしょうが、世間のM選手に対する「声」は軒並み”優しいもの”です。なかには、「厳しい処分をしないで」という署名も集まっているとか…。しかし、これはおかしくないでしょうか。アメリカンフットボールというスポーツは、ルールを順守していてもときに生死にかかわる重大な事故が起こりえます。詳細は述べませんが、ほとんどの関学卒業生が知っている不幸な事故の歴史もあります(注1)。M選手は問題のタックルの後もラフプレーを繰り返し退場させられているのです。
監督やコーチの指示なら他人を怪我させてもいいという理屈は私には到底理解できません。例えば、上司と一緒に酒場にいるときに、上司から「あいつムカつくから殴ってこい」と言われて、そこにいた客を殴ればこれは有罪ではなかったでしょうか。
日大M選手が世間からバッシングされないことから2つの「事件」を思い出しました。
ひとつは「オリンパス巨額粉飾事件」です。巨額の損失を「飛ばし」という手の込んだ方法を使って巨額の損益を10年以上にわたり隠し続けた挙句、その負債を粉飾決算で処理した事件です。2011年に、社長に就任したイギリス人のマイケル・ウッドフォード氏は、問題を調査し、会社と株主に損害を与えたという理由で菊川剛会長と森久志副社長の引責辞任を促しました。しかし、その直後に開かれた取締役会議でウッドフォード氏は社長職を解任されることになります。
要するに、オリンパスは「組織の理屈」を重視したわけです。よそ者のお前が正論を押し付けるな!という理屈です。最近、この事件がウッドフォード氏の語りが中心のドキュメンタリー映画となり海外で高い評価を得ています。監督は日本人の山本兵衛監督でタイトルは『サムライと愚か者─オリンパス事件の全貌─』です。外国人には日本人の意味不明の組織の理屈が興味深くみえることでしょう。
もうひとつ私が思い出した事件は病院でおこったものです。「千葉不正告発後解雇事件」とでも命名しておきましょう。この事件が起こったのは2010年。千葉県がんセンターで相次いでいた死亡に至る医療ミスや不正麻酔を看過できないと判断したひとりの麻酔科医が同院長に内部告発した直後に退職を命じられた事件です。
日大M選手事件、オリンパス巨額粉飾事件、千葉不正告発後解雇事件の3つに共通するもの。それは「良心が組織の理屈に負ける」ということです。M選手は「悪」に加担したのにも関わらず擁護する意見が多いのは「組織に屈するのはやむを得ない」と多くの人が考えるからに他なりません。M選手を助けるよう署名までする人は、「自分も同じ立場だったら自分の良心を犠牲にして同じことをするだろう」と考えているわけです。
しかし、そろそろこんな考えをやめて自分の「良心」を大切にしてみればどうでしょう。つまり、組織のなかで生きていくために逆らわない、ではなく、良心に基づき「組織に頼らず生きていく」つまり「己の身体で勝負する」を実践するのです。
私が2年前に書いたコラム「己の身体で勝負するということ」は意外にも「賛同します」という声を多数いただきました。そのコラムで私が述べたことは、魅力ある先輩たちから学ばせてもらった結果、学歴に頼るのではなく自分の力で生きていくべきことが分かった、というものです。当時18歳の私は、肩書がなければ何もできない人間にならないことを誓いました。ひとつめの大学(関学)を卒業するとき、「(大企業の)〇〇社 谷口恭」という名刺を持ちたくないという理由で、大企業への就職は一切考えませんでした。
私のこの考えに対し「大きな組織の一員になれば組織に守ってもらえるから安心できる」と言う人がいます。しかし、果たして本当にそうでしょうか。私なら、不条理な理屈や学歴以外にとりえのない上司の命令に従わなければならないような組織に所属することは安心ではなく”不快”ですし、私の「良心」がそんなことを許しません。そんな組織はとっとと去って己の身体で生きていく方法を考えます。
M選手に話を戻します。日本のメディアをみていると、問題のタックルを「危険なタックル」「悪質なタックル」などと表現していますが、これは「全滅」を「玉砕」と言い換えるようなものであり、例えば「The New York Times」は「違法タックル(illegal tackle)」という厳しい表現をとっています。日本の報道では監督とコーチが前面にでてきますが、同紙の報道では、まずM選手の謝罪の写真と”違法タックル”のビデオがファーストビューで見られるように構成されています。M選手がパワハラを受けたことも書かれ、監督の写真も記事の下の方に掲載されていますが、日本のメディアのようにすべて監督とコーチが悪いんだという書き方ではありません。記事の最後はM選手の「私にはアメリカンフットボールを続ける権利はなく、またそのつもりもありません」という言葉で締められています。
この言葉がM選手の本心なら、この次同じような局面に立った時、それはスポーツ以外のことであったとしても、おそらく自分の「良心」に従って行動するでしょう。もしも、そのとき上司の信頼を失ったとしても「良心」は守ることはできます。そして「良心」に従って行動したことで結果的により多い賛同を得られるはずです。実際、世間のM選手に対する視線が”優しい”のは彼が良心を取り戻したからでしょう。
今回の事件に関する何人かの識者のコメントを読んで、私が最も共感できたのは三浦知良選手の次のものです。
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僕も監督に言い返し、口論し、刃向かってもきた。監督と選手は五分だと思ってきた。理不尽な要求をする監督、上級生が下級生に説教をたれる上下関係。少年時代はそんなものがまかり通ることに納得ができず、外でプロの世界に身を置きたかった。(日経新聞2018年5月25日)
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今回のこのコラムでは「己の身体で勝負」の具体的事項を述べていません。口で言うのは簡単だけど、誰もが自分の実力だけで食べていけるわけではない、という反論もあるでしょう。私が述べたことが「きれいごと」にしか聞こえない人もいるかもしれません。
それに、私は当時の先輩たちの影響を受けて18歳の頃から同じことを言い続けていますが、確かにこういったことが言えるのは自分自身の身体と精神が健康であり、サポートしてくれる家族や友人がいるからです。身体に障害を負うようなことがあれば、己の身体だけでは生きていけなくなるでしょう。ですが、私ならいかなるときも組織に頼ることは考えず、可能な限り己の身体を頼りにします。
次回は、「己の身体で勝負」にはどのような方法があるのか、その具体的な事例を私の体験を振り返り紹介したいと思います。
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注1(2018年7月7日追記):複数の人から詳細を教えてほしいとのリクエストがあったために付記しておきます。「ほとんどの関学卒業生が知っている不幸な事故の歴史」は1978年に起こりました。当時の関学アメリカンフットボールの名手であった猿木唯資選手(今回の被害者と同様QBでした)が試合中に相手チームにアタックされ脊髄損傷の大事故となり選手生命を絶たれたのです。私が関学に入学したのは1987年、事故から9年後でしたが何度かキャンパス内で聞きました。
ちなみに猿木選手が入院しリハビリを受けていたのが大阪府枚方市にある星ヶ丘厚生年金病院です。四半世紀後の2003年、私は「研修医」として同院に就職しました。同院のリハビリ病棟は非常に有名で、他にも有名なスポーツ選手が何人も治療を受けられています。尚、猿木選手は現在、車椅子の生活ながら税理士として活躍されているそうです。
関学のアメリカンフットボールの事故は比較的最近も起こっています。2016年、関学高等部の選手が試合中に相手選手と接触し頭部を損傷。硬膜外血種を起こし4日後に他界されました。
我々(OB・OGも含めた)関学の者はアメリカンフットボールの危険性を軽視できないのです。
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