医療ニュース

2015年11月28日 土曜日

2015年11月28日 酒さは生活習慣病や心疾患のリスク

 酒さ(しゅさ)という疾患は患者数が多い割には、知名度が低いというか、医療に携わる者であれば知らない者はいませんが、一般的にはこの病気の名前自体を知らない人が少なくありません。

 酒さは顔面に生じる慢性の炎症性疾患です。以前からこの病気のリスクには様々なことが言われており、心疾患がそのひとつという考えもあります。

 今回紹介する研究はその「逆」で「酒さがあると心疾患のリスクが上昇する」というものです。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2015年5月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)に報告されています。研究は台湾人によるもので、対象者は33,553人の酒さの患者と67,106の酒さでない人です。

 分析の結果、酒さがある人はない人に比べて、高コレステロール血症などの脂質異常症となるリスクが1.41倍、同様に高血圧が1.17倍、狭心症や心筋梗塞などの心疾患を患うリスクが1.35倍となっています。この傾向は女性よりも男性で強く認められたようです。

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 日頃診ている患者さんのことを思い出してみても、たしかに男性では、酒さと高脂血症・高血圧症が合併しているような印象があります。酒さが先か、高脂血症・高血圧症が先か、というのは「ニワトリが先か卵が先か」と似たような感じがします。

 つまり、高脂血症・高血圧症がある人が顔面が赤くなってきたとすれば速やかに主治医に相談すべきですし、すでに酒さの診断がついている人は定期的に健康診断を受けて、血圧や脂質異常に注意すべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Cardiovascular comorbidities in patients with rosacea: A nationwide case-control study from Taiwan」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2815%2901597-2/abstract

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2015年11月27日 金曜日

2015年11月27日 抗生物質の使用が体重増加を引き起こす

 日常の診療で私が最も困っていることのひとつが、「抗生物質をください」と言って引き下がらない患者さんに、どのようにしてそのような治療が不要であるかを説明するか、ということです。なかには「お金を払うのあたしですよ!」などと怒る人もいて、そういう患者さんと話すのは大変疲れます。

 風邪の患者さんが問診票に「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書いてあることもあり、そういった患者さんは抗生物質こそが現在の症状を取り除く「救世主」と思っています。

 抗生物質というのは抗菌薬のことを指し、細菌感染症にしか効果はありません。そもそも「抗生物質」という言い方が誤解を招いています。「抗菌薬」という表現をとるべきだと私は考えています。本コラムもここからは「抗菌薬」とします。

 抗菌薬は決して安易に使用すべきではありません。細菌性の咽頭炎には抗菌薬が必要、と考えている人もいますが、この理解も必ずしも正しくありません。軽症の細菌感染なら自然治癒力で治すべきです。薬には副作用がつきものです。抗菌薬は、薬のなかでも最も副作用が多いもののひとつです。必ずしも必要でなかった抗菌薬を内服し、その結果入院しなければならないような副作用が出現すれば目も当てられません。

 副作用だけではありません。抗菌薬の過剰な使用は「耐性菌」を生み出すことになります。そうすると個人の問題ではすまなくなります。抗菌薬の使用は社会全体で最小限に抑えるべきなのです。

 今回お伝えする情報は、抗菌薬の新たな「副作用」です。

 小児が抗生物質を繰り返し使用すると体重増加につながる・・・。

 医学誌『International Journal of Obesity』2015年10月21日号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。研究の対象となったのは、米国の3~18歳の子供163,820人です。

 分析の結果、小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べ1.4kgの体重増加が認められたそうです。

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 抗菌薬を処方するのは「医師」であり、この論文を素直に読めば、医師に責任がある、と感じられます。しかし、冒頭で述べたように、患者さんの方から執拗に抗菌薬の処方を求められることもしばしばあります。(そういう人は、ほぼ例外なく「抗菌薬」とは呼ばず「抗生物質」と言います)

 一方、医師側も、特に小児科の領域で軽症例に抗菌薬を処方していることがないわけではありません。そして、このように過剰に抗菌薬を処方するようになるきっかけとなった「事件」があります。

 その「事件」とは、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群という重症例の子供に対し、初回に診察した医師が抗菌薬を用いなかったことでその子供が死亡したという「事件」です。この「事件」は訴訟になり医師側が敗訴しています(注2)。つまり、初期の段階で抗菌薬を使用すべきであったというのが判決です。しかし、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群というのは極めて稀な重症感染症であり、たとえ初期に抗菌薬を処方していても助からなかった可能性が強く、この判決は随分と物議を醸しました。この判決が、その後医師が抗菌薬を軽症例に処方する原因となった可能性がある、という意見があります。

注1:この論文のタイトルは「Antibiotic use and childhood body mass index trajectory.」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/ijo/journal/vaop/naam/abs/ijo2015218a.html

注2:この裁判記録は下記URLで読むことができます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/005660_hanrei.pdf

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2015年11月6日 金曜日

2015年11月6日 抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分

 風邪のシーズンになると「うがい・手洗い」がよく言われるようになります。「手洗いするときに抗菌石けんは有用ですか」というのは昔からよくある質問です。以前から、我々は(すべての医師ではないかもしれませんが)、手洗いには「普通の石けん」で充分、抗菌作用を謳ったものは不要、ということを言い続けてきました。最近、それを裏付ける研究が発表されたのでここに紹介しておきます。

 研究は韓国のKorea University(漢字名は「高麗大学校」だそうです)の研究者によりおこなわれ、医学誌『Journal of Antimicrobial Chemotherapy』2015年9月16日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。20種の細菌を試験管に入れ、一方には普通の石けん、もう一方には抗菌作用のある石けんを加えて細菌がどの程度減少するかを調べました。その結果、9時間以上経過すれば抗菌作用のある石けんを加えた方に強い抗菌効果が認められたそうです。

 ところが、石けんを加えて30秒程度では両者に差がない、という結果がでています。通常手洗いは30秒程度で終わるでしょうから、これでは抗菌石けんの意味がないということになります。

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 この研究は”意外な結果”が導かれたわけではなく、冒頭で述べたように、以前から医師の間では抗菌作用を謳った石けんは疑問視されていました。むしろ、抗菌成分によるかぶれ(接触皮膚炎)が起こる危険性を危惧しなければなりません。さらに、我々としては(これも医師全員ではないかもしれませんが)通常のものも含めて石けんの使いすぎを懸念しています。

 石けんを使いすぎると、皮膚のバリア機能に必要な皮脂をも洗い流すことになり、そうなればかえって微生物に対し脆弱になるからです。

 手洗いの際、石けんを使い汚れ(特にアブラ汚れ)を浮きだたせてその後水洗いするのが細菌やエンベロープを持つウイルスを除去するのには有効です。しかし、洗いすぎてバリア機能を損なうようなことがあれば本末転倒になるのです。

 ちなみに「エンベロープ」というのはウイルス表面の”殻”のようなもので、これを皮膚から取り除くのにはたしかに石けんが有効です。そしてエンベロープを持つウイルスとしては、インフルエンザ、ヘルペスウイルスといった感染力が強く馴染みのあるものがあります。また、B型肝炎ウイルスやHIVもこのタイプです。

 一方、エンベロープを持たないウイルスとして有名なのは、ライノウイルスやアデノウイルスといった「風邪」を引き起こすウイルスや、食中毒で有名なノロウイルスがあります。こういったウイルスには石けんはまったく無効であり、時間をかけて水で洗い流すしかありません。ちなみに、ノロウイルスはアルコールでも死滅しません。アルコールも石けんも無効、しかも感染力は極めて強いというやっかいなウイルスです。

 では、手洗いはどうすればいいのでしょうか。答えは簡単で、「抗菌作用を謳った石けんは不要。普通の石けんは用いるべきだが使いすぎに注意。むしろ水洗いに時間をとり、1日に何度もおこないましょう」となります。

 それからもうひとつ。太融寺町谷口医院の患者さんのなかには「不潔恐怖」から手を洗いすぎている人が何人かいます。(重症化すると「強迫神経症」という病名がつきます) 先に述べたようにこれをおこなうと必要なバリア機能が損なわれ、かえって感染しやすくなります。ですから、「洗いすぎに要注意!」というのも覚えておくべきでしょう。

 尚、今回は手洗いの話なので述べませんでしたが、「うがい」については殺菌作用のあるうがい液は無効であり、たとえばヨード含有のうがい液を用いれば、まったくうがいをしない人と同じように風邪をひくという研究結果があります。つまり、水でのうがいは風邪予防に非常に有効だけれど、ヨード入りのうがい液を使ってしまうとまったく意味がないということです。

注1:この論文のタイトルは「Bactericidal effects of triclosan in soap both in vitro and in vivo」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://jac.oxfordjournals.org/content/early/2015/09/22/jac.dkv275.abstract?sid=0e3d5d15-af3f-451c-ad2d-7b6967b08d7e

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2015年11月2日 月曜日

2015年11月2日 マニキュアに含まれるホルムアルデヒドの実態

 すでに各マスコミで報道されているように、100円ショップ「ザ・ダイソー」を展開する大創産業(広島県東広島市)が、2015年8月に発売したマニキュア「エスポルールネイル」全148種類の販売を中止し、自主回収すると発表しました。理由は、「ホルムアルデヒドが検出されたから」というものです。

 大創産業によりますと、件のマニキュアは中国の工場から大阪市の会社を通じ約576万個を仕入れたそうです。76種類からホルムアルデヒドが検出され、10月16日に大阪府健康医療部薬務課に販売中止が指示され、22日より製品回収と返金をおこなっているようです。

 実際に、このマニキュアを使用した消費者から「手荒れ」「爪の変色」などの被害が寄せられているようで、回収は適切な判断であり、このマニキュアを使用したことがある人はしばらくの間注意が必要でしょう。(爪の変化、変色などは時間がたってから生じる可能性があります) 

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 一連の報道から分からないことがあります。ホルムアルデヒドは、かつて建材に含まれていることからシックハウス症候群の原因になることが指摘され、規制が厳しくなったという経緯があります。現在の規制は(一般人からみると)非常に複雑であり、たとえばホルムアルデヒドを発散する建築材料を使用するときには一定の面積制限が設けられており、また一定の条件で換気設備を設けなければならないという規則もあります。しかしながら、ホルムアルデヒドを発散する建材が一切禁止されているわけではありません。

 他の製品も同様です。家庭用品からもホルムアルデヒドは検出されることがあり、これらは規制値以下であれば問題ないとされています。たとえば、乳幼児用のおしめや寝具(枕や毛布)では16ppm以下、大人用のシャツや靴下、パジャマでは75ppm以下、かつらやつけまつげも75ppm以下と規定されています(注1)。

 ホルムアルデヒドには防腐作用があり、また速乾性ですから、おそらくマニキュアには(健康被害のリスクを除外すれば)適しているのでしょう。しかし被害の報告が世界中であるのも事実です。

 私が調べた限り、マニキュアのホルムアルデヒドの検出の規制値に触れた情報はありません。ここは消費者庁、または厚生労働省が上記に記したおしめやパジャマなどと同じように規制値をきちんと公表し、各メーカーが発売時に数値を発表すべきだと私は思います。

 ちなみに、ニューヨークでもマニキュアを含むネイルサロンでの健康被害が問題になったことがあり、「三大毒素(toxic trio)」として、トルエン、ホルムアルデヒド、フタル酸ジブチルが挙げられています(注2)。

注1:この規定は東京都福祉保健局の下記のページに掲載されています。

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kenkou/iyaku/anzen/law_qa/horu_kisei.html

注2:Reuterの下記の記事が参考になります。タイトルは「New York City needs to step up nail salon inspections: watchdog(ネイルサロンへの検査を厳しくすべき)」です。

http://www.reuters.com/article/2014/09/15/us-usa-new-york-nails-idUSKBN0HA26D20140915

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2015年10月30日 金曜日

2015年10月31日 花粉症があればガンになりにくい?

 花粉症のある人には「朗報」と呼べるかもしれません。花粉症があれば全死因の死亡率及びガンによる死亡率が低くなるという研究が発表されました。

 医学誌『Clinical & Experimental Allergy』2015年9月14日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)の概要を紹介したいと思います。これは日本の研究です。

 研究の対象者は群馬県の2つの地域に住む40~69歳の人たちで、調査は1993年から開始されています。2000年の時点で、対象者8,796人のうち12%に相当する1,088人が12ヶ月以内に花粉症の症状があったと答えています。

 この論文には「対象者は76,186人年フォローされている」とあります。統計学に馴染みのない人には「人年」(英語ではperson-yearsといいます)という表現がわかりにくいと思うので補足しておきます。この研究の対象者は2,000年の時点で8,796人とされています。実際には途中で連絡がつかなくなった人もいるでしょうし死亡している人もいますが、仮に全員が生存しており調査から外れていないとしたときに76,186人年だったとすると、追跡期間は76,186人年÷8,796人=8.66年となります。実際には死亡者や連絡不明の人がいますから、8.66年より長く追跡しているはずです。

 話を戻します。この期間中に合計748人が死亡しています。(内訳は、外因性37人、心血管系疾患208人、呼吸器系疾患74人、悪性腫瘍329人です) 花粉症があるかないかでこれらを分析したところ、花粉症があれば全死因死亡が0.57倍と有意に低くなり、ガン(悪性腫瘍)に関していえば、なんと0.48倍に低下していたそうです。

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 現在花粉症の根本的な治療はスギ花粉に関しては「舌下免疫療法」が普及してきています。この研究を中心に考えるなら、ガン予防のためにそういった治療を受けない方がいいのでしょうか。もちろんそのような判断は時期尚早であり、この研究を過信しすぎるのはよくありません。ガンの予防は”正当な”方法をとるべきです。

 とはいえ、基礎医学的には大変興味深い研究です。今後もアレルギーの有無と各疾患や死亡率との因果関係の研究に注目したいと思います。

注1:この論文のタイトルは「Pollinosis and all-cause mortality among middle-aged and elderly Japanese: a population-based cohort study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cea.12638/full

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2015年10月30日 金曜日

2015年10月30日 睡眠不足で風邪のリスクが4倍以上に

 毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝るようにしましょう・・・

 これは私が多くの患者さんに伝えているメッセージです。(聞き飽きたという人も少なくないはずです・・・) この「習慣」は非常に大切で多くの疾患を予防することができます。長期で続けると生活習慣病の予防になりますし、ほんの1~2ヶ月実施しただけで片頭痛が大きく改善したり、うつ病がよくなったり、ということは決して珍しくはありません。適切な睡眠時間を確保し、可能な限り起床時間と就寝時間を同じにすることが大切なのです。

 今回お伝えしたいのは、睡眠不足が風邪のリスクになる、ということです。これだけを聞けば、経験的にもそうだろうなぁ~、という気がしますが、今回紹介したい研究の結論は、なんとそのリスクが4倍以上にもなるというものです。

 医学誌『Sleep』2015年9月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)の概要を紹介したいと思います。この研究の被験者は、米国ピッツバーグ在住の健康な男女164人(18~55歳)です。この研究に驚かされるのは、ライノウイルスという鼻風邪の病原体を被験者の鼻に注入していることです。わざと感染させるのは人道的にどうなのかな、という気がしないでもないですが、ここは話を進めましょう。

 被験者はライノウイルスを鼻腔に注入された後5日間ホテルに隔離され、風邪症状の有無が調べられました。その結果、睡眠時間が7時間以上の人に比べると、5~6時間の人は風邪をひくリスクが4.2倍に、5時間未満の人は4.5倍にもなったのです。

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 この研究が興味深いのは、単に睡眠時間でグループ分けして、どの睡眠時間のグループが風邪をひきやすいかを調べたわけではないからです。ライノウイルスを実際に注入したということは被験者全員に同じ条件を与えています。そしてホテルに隔離していますから、他から感染する可能性が極めて低くなっているのです。ですから、この研究は科学的な確証度はかなり高いといえます。

 それにしても4倍以上というのは驚かされます。これからの風邪の予防は「うがい・手洗い」ではなく、「うがい・手洗い・睡眠を」というキャッチフレーズにするのはどうでしょうか。

注1;この論文のタイトルは「Behaviorally Assessed Sleep and Susceptibility to the Common Cold」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.journalsleep.org/ViewAbstract.aspx?pid=30153

参考:メディカルエッセイ第128回(2013年9月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」

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2015年10月26日 月曜日

2015年10月26日 女性の飲酒は結局のところ・・・

 いったい飲酒は身体にいいのか悪いのか、男女差はあるのかどうか・・・。世界中でいろんな人がいろんなことを言いますから、何が正しいのか分からなくて混乱している人も多いのではないでしょうか。

 今回はまるで反対のことを言っている2つの研究を紹介したいと思います。1つめの研究は「女性は少量の飲酒でも乳がんのリスクが上がる」とするものです。

 医学誌『British Medical Journal』2015年8月18日号(オンライン版)(注1)に掲載された研究によりますと、女性は1日に350mLの缶ビール1本程度の飲酒でも(主に)乳ガンのリスクが飲まない人に比べて13%上昇することが判ったそうです。この研究は、米国の医療者男性47,881人、女性88,084人が対象とされています。ちなみに男性は(喫煙していなければ)缶ビールであれば2本程度までなら特に発がんリスクは上昇しないそうです。

 もうひとつの研究は、日本人の研究者によるもので、「日本人女性は飲酒により糖尿病が予防できる」という結論が導かれています。医学誌『Journal of Diabetes Care』015年8月12日号(オンライン版)(注2)に掲載されています。

 この研究の対象者は35~60歳の日本人女性18,352人です。対象者を「まったく飲まないグループ」、「ときどき飲むグループ」、「毎日少し飲むグループ」(ビール中瓶1本程度)、「毎日たくさん飲むグループ」(ビール中瓶1本以上)の4つのグループに分けて検討されています。

 その結果、「ときどき飲むグループ」では「まったく飲まないグループ」に比べ糖尿病を発症するリスクが0.82と低く、さらに興味深いことに、「毎日少し飲むグループ」で0.61、「毎日たくさん飲むグループ」でも0.66と、毎日飲酒をすることが糖尿病の予防につながるという結果がでています。

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 では結局のところ、日本人の女性はお酒をどうすればいいのでしょうか。結論をいえば「かかりつけ医と相談しましょう」となります。ここに紹介した貴重な研究を無視するのはよくありませんし、逆にそればかりに目が行き盲目的になるのもよくありません。その人の糖尿病の他のリスクはどうなのか、乳ガンのリスクは高いのか、あるいは他の飲酒が原因とされている疾患についてはどうなのか・・・、そういったことを総合的に考えてかかりつけ医と相談するのが最善です。

注1:この論文のタイトルは「Light to moderate intake of alcohol, drinking patterns, and risk of cancer: results from two prospective US cohort studies」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/351/bmj.h4238

注2:この論文のタイトルは「Association between Alcohol Consumption and Glycemic Status in Middle-Aged Women」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.canadianjournalofdiabetes.com/article/S1499-2671%2815%2900489-X/abstract

参考:医療ニュース
2013年10月4日「女性も多量飲酒で脳卒中のリスクが増加」
2011年10月26日「女性は中年期の適量の飲酒で高齢期が健康に」
2010年4月8日「適度な飲酒は女性の体重増加を抑制」

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2015年10月6日 火曜日

2015年10月6日 「酒さ」の原因は生活習慣と遺伝

 医療者にとっては「よくある疾患(common disease)」と認識されているけれども、一般の人にはあまり知られていない病というのがいくつかあります。

 酒さはそのひとつで、これを正しく読めない人もいるのではないでしょうか。酒さは「しゅさ」と読みます。英語はrosaceaで、無理矢理カタカナにすると「ロゼイシア」となります。

 我々医療者が不思議に感じるのは、酒さを患っている患者さんは決して少なくないのに、なぜかマスコミなどであまり取り上げられず知名度が低いということです。

 酒さとは一言で言えば「顔面に生じる慢性の炎症性疾患」です。単に赤くなるだけのこともあれば、一見ニキビのような小さな腫瘤ができることもありますし、重症化すれば鼻が変形することもあります。

 原因については「不明」と言われることが多いのですが、おそらくそのことが原因ではないか、あるいは少なくともそれが悪化因子になっているだろう、という印象を受けるものはいくつかあります。

 最も多いのがステロイド使用です。長期間ステロイド外用薬を顔面に塗布すると酒さが生じることがあるのです。ただし、ステロイドのせいで「酒さの様になった状態」は「酒さ様皮膚炎」と呼び、酒さと区別することもあります。興味深いことに、ステロイドによる酒さ(酒さ様皮膚炎)はステロイド外用を使用しているときだけでなく、中止した後に生じることもあります。そして治療に難渋します。また、ステロイドは外用だけでなく、過去に内服や注射をしていたことで酒さ(酒さ様皮膚炎)が生じることもあります。

 ステロイドの使用以外の酒さの原因はいろいろあるだろうと考えられますが、実態はよく分かっていません。また遺伝的な要因もあるのではと考えられていますが、これまできちんとしたデータがありませんでした。

 酒さの原因の46%は遺伝である・・・

 このような研究発表がおこなわれ、医学誌『JAMA Dermatology』2015年8月26日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 酒さをきたす遺伝子が特定できたわけではありませんが、この研究では対象者を双子としているために信憑性は高いと言えます。対象者の双子は米国在住18~80歳の合計275組で、一卵性双生児が233組、二卵性が42組です。

 研究の結果、酒さのリスクの46%に遺伝が関与していることがわかりました。遺伝以外のリスクとしては、生涯の紫外線曝露、加齢、肥満、喫煙、飲酒、心疾患、皮膚がんがあることがわかったそうです。

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 現在の医療技術では遺伝子を変えることはできません。つまり46%の要因はどうにもならないわけです。しかし残りの54%は努力次第でリスクの減少を図ることはできます。たとえば、若いうちから紫外線対策をおこない、太らないように気をつけ、禁煙し、深酒をしない、といったことで酒さのリスクの半分を下げることができるわけです。

 そして、これはおそらく酒さの診断がついた後も、こういったリスクの低減に努めることにより、完全治癒には至らなくとも改善させることが期待できると考えるべきです。

 酒さは治療に時間がかかることもあり、諦めてしまっている人やドクターショッピングを繰り返している人が少なくありません。しかし、治療が功を奏し、「完治」にまでは至らなくてもかなり「いい状態」を維持できる人も多いのも事実です。様々な治療法がありますから、決して諦めるべきでない疾患です。

参考:トップページ「ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう」

注1:この論文のタイトルは「Genetic vs Environmental Factors That Correlate With RosaceaA Cohort-Based Survey of Twins」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://archderm.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2429555&resultClick=3

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2015年9月28日 月曜日

2015年9月29日 どのような人がお酒を飲み過ぎるのか

 成功者は飲酒過多になる可能性が高い・・・。

 最近、いくつかのマスコミでこのようなことが主張されており、どうやらその根拠としているのは医学誌『BMJ Open』2015年7月23日号(オンライン版)に掲載された1つの論文(注1)のようです。

 この論文は、イングランド在住の50歳以上の男女9,251人が対象とされた研究に基づいています。きちんと読むと、決して「成功者」のリスクが高いと言っているわけではなく、もう少し細かく見ておいた方がいいでしょう。そこでこの論文の要旨をまとめておきたいと思います。

 まず、どの程度のアルコールを飲むと健康被害のリスクが生じるか、についてです。下記のように「単位」に基づいてまとめられています。3単位に相当するのが、ワインであればグラス1杯、ビールであれば1pint(約473mL)です。

・低リスク:男性は週に21単位以下、女性は週に14単位以下。
・中リスク:男性は週に22-50単位、女性は週に15-35単位。
・高リスク:男性は週に50単位以上、女性は週に35単位以上。

 どのような人で飲酒過多のリスクが高くなるかについては男女で差があります。

 女性の場合、興味深いことに「(仕事から)引退していること」「収入が高いこと」が飲酒過多のリスクとなっています。50歳をピークとして(49歳以下はこの研究では検討されていない)年をとるにつれてリスクは減少しています。また、介護を担っている人(原文では「caring responsibility」)はリスクが低いようです。

 男性は女性とは異なる点がいくつかあります。まず、年齢のリスクは50歳から上昇し、60代半ばがリスクのピークとなり、その後は減少していきます。独身者や離婚をしている場合はリスクが上昇しています。そして子供と同居している場合や孤独を感じている場合はリスクが減少する(意外!)としています。また、年をとり収入が減ればリスクも減少していくようです。

 興味深いことに、孤独感や抑うつ感(loneliness and depression)は男女とも飲酒過多とは無関係のようです。

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 いくつかの日本のマスコミが「成功者は飲酒過多になる」と報じたのは、この論文の一部を取り上げたからです。収入があれば外で飲酒することができますし、購入して家で飲むこともできますから、飲酒機会が増えるのは当然といえるでしょう。この研究では男女とも年をとり収入が減るにつれて飲酒量が減っていると述べています。

 さてこの研究全体をどう解釈するか、ですが、まずどこの文化にも同じことが当てはまるとは思わないことです。実際、論文の著者も「イングランド以外のイギリス(UK)では検討していない」ことをこの論文の限界と述べています。イングランドと他のイギリスの地域(スコットランド、ウエールズ、北アイルランド)でも差がでるでしょうが、日本との差はもっと大きいはずです。

 特に、この論文を読んで私が意外に思ったのが、男性の孤独感(loneliness)が飲酒過多のリスクを下げるとしていることです。独身者や離婚者は飲酒過多につながりやすいとしている一方で(これは理解できます)、リスクを下げる要因として、子供との同居(これも理解できます)の他に孤独感があげられているのです。そして、男女とも孤独感や抑うつ感は飲酒過多のリスクにはならないとされています。日本では孤独感や抑うつ感から飲酒に走る人は少なくありません。

 また、男女ともリタイヤ(退職)することがリスクにつながるとしており、この理由として著者らは「時間に余裕がある」ということを考えています。しかし、日本では仕事上での「つきあい」の飲酒も問題になります。

 私個人の見解を述べれば、あまり「〇〇の人は飲酒のリスクが高い」と考えるのでなく、週にどれくらい飲酒すれば健康被害を生じる可能性があるかをひとりひとりが主治医に相談すべき、ということです。特に先に述べた週に50単位(男性)35単位(女性)を超えている人は一度かかりつけ医と話をすべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Socioeconomic determinants of risk of harmful alcohol drinking among people aged 50 or over in England」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://bmjopen.bmj.com/content/5/7/e007684.abstract?sid=13b88d12-f978-4bfd-820c-9504345d9862

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2015年9月28日 月曜日

2015年9月28日 「情け」をかければ社会不安障害が改善

「社会不安障害」という精神疾患をご存知でしょうか。「社会恐怖」とも呼ばれるもので、人から注目を浴びるかもしれないという状況のなかで生じます。

 軽症であれば、軽度の緊張感・不安感程度で済みますが、重症化してくると、顔面紅潮、手足の震え、声が出なくなる、発汗過多、胃痛・下痢などの身体の症状も伴うようになります。このため、精神科ではなく(当院のような)総合診療の医療機関を受診する患者さんが少なくありません。

 早めに相談してくれればいいのですが、なかには自分でなんとかしようと考え、アルコールに走る人がいます。そしてアルコール依存症、さらにうつ病を発症する人もいます。

 この疾患の生涯有病率は低くなく、米国のある調査では2.4~13.3%とされています。日本では1.4%とする報告があります。

 今回紹介したいのは「他人に親切にすれば社会不安障害が改善する」という研究です。医学誌『Motivation and Emotion』2015年6月5日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注1)。

 この研究は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のサイモンフレーザー大学(SFU、Simon Fraser University)の研究者によりおこなわれています。社会不安障害の診断がついている学生115人が研究の対象者です。

 115人がランダムに3つのグループにわけられています。1つめのグループ(38人)は4週間にわたり「他人に親切にする」を実行しました。2つめのグループ(41人)は「寄付などの行為」(原文では「exposure only」とされています。おそらく他人とコミュニケーションをさほどとらない慈善行為のことを指しているのだと思われます)をおこないました。3つめのグループ(36人)は「日記を付ける」ことをおこないました。つまり3つめのグループは「対照群」です。

 その結果、1つめのグループと2つめのグループ共に、3つめのグループに比べて社会的交流を避けたいという気持ちが減少しました。特に1つめのグループ、つまり「他人に親切にする」を継続したグループでは社会不安障害の症状が大きく改善したようです。

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 太融寺町谷口医院に社会不安障害で受診される患者さんは社会人がほとんどです。最もよくあるのが「今度朝礼でスピーチをしなければならない・・・」とか「次の会議でプレゼンをしなければならない・・・」というケースです。

 こういったケースでは、一時的に不安を和らげる薬や心拍数をおさえる薬を本番の30分くらい前に内服してもらっています。これでうまくいくことが多いのですが、このような薬に頼る方法を繰り返すのもよくありません。

 2015年9月号の「マンスリー・レポート」で、私は「情けは人の為ならず」を実行すれば自分自身がお金に困らなくなり社会全体が理想的なものになる、ということを述べました。私個人の意見としては、社会不安障害がある人のみならず、すべての人が他人に親切にする社会をつくるべきだと考えています。

注1:この論文のタイトルは「Kindness reduces avoidance goals in socially anxious individuals」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://link.springer.com/article/10.1007/s11031-015-9499-5

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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