医療ニュース

2025年10月16日 その後のNDM-1とグラム染色の必要性

 最近は「昔から谷口医院のコラム、欠かさず読んでいます」と言われることが増えているのですが、では「NDM-1」を覚えている人はどれくらいいるでしょうか。NDM-1を取り上げたのは今から15年前の2010年9月。今から15年以上前の「はやりの病気」の「NDM-1とアシネトバクター」で、紹介したのはその一度きりです。今回はそのNDM-1が大変なことになっている、というニュースです。

 NDM-1の正式名は「New Delhi metallo-β-lactamase 1」で、NDM-1とは酵素の1種です。名前に地名が入っているのは最初に発見されたのがニューデリーだからです。この酵素はカルバペネムを含む強力な抗菌薬を分解します。つまり「強力な抗菌薬でも死滅しない酵素及びこの酵素をもつ細菌」がNDM-1と呼ばれるようになったのです。ただし、細菌は「-1」を付けないことが多く、単に「NDM」と呼ばれることが増えてきました。よって、ここでもNDMとします。

 NDMはときどき論文や海外のメディアでは取り上げられているのですが、これまではそれほど目立っていませんでした。しかし、2025年9月23日、米国CDCが驚くべき報告をおこないました。

 「米国ではNDM産生カルバペネム耐性腸内細菌(NDM-producing carbapenem-resistant Enterobacterales )が2019年から2023年の間に460%以上も増加している」というのです。

 「NDM産生カルバペネム耐性腸内細菌」とは、「NDMを産生して、カルバペネム系抗菌薬が効かない、腸内に棲息する細菌」のことを指します。この条件を満たせばいいわけですから、その細菌が大腸菌であってもクレブシエラであっても、あるいはサルモネラであっても当てはまります。

 カルバペネム系抗菌薬(注射薬ならイミペネム、メロペネム、ドリペネム。内服ならオラペネム)は極めて強力な抗菌薬で、ペニシリンやセフェムなどのよく使われる抗菌薬が無効な細菌にも効く、いわば「最後の砦」とも呼べる抗菌薬です。近年カルバペネムが効かない細菌が問題になっているのですが、そのなかでも「NDM産生カルバペネム耐性腸内細菌」の急増が深刻化しているのです。

 15年前のコラムでは、この細菌が「スーパー細菌(superbug)」と呼ばれていることを紹介しました。現在は、むしろ「悪夢の細菌(nightmare bacteria)」という別名が広がっています。

 「カルバペネム耐性菌」の定義は「カルバペネムに耐性のある細菌」ですから「NDMを持たないカルバペネムに耐性のある細菌」も含みます。2023年には米国23州で4,341件のカルバペネム耐性菌が発生し、そのうち1,831件が「NDM産生型」でした。研究者らは感染者の死亡者数を明らかにしておらず、これを報告した論文からは死亡率が分からないのですが、有効な抗菌薬が存在しないわけですから極めて高いことが予想されます。

 NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌は誰にでも感染し重症化する可能性があります。例えば、15年前のコラムでも紹介したアシネトバクターであれば、免疫能が正常であれば通常は自然に治ります。よって「薬剤耐性のアシネトバクター」と言われてもそもそも健常人がアシネトバクターで重症化することはまずありません。一方、NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌はときに健常人も重症化することのある大腸菌やサルモネラでも起こり得ます。例えば、病原性の高い大腸菌(O-157など)がNDMを持ったとすれば健常人でも助からない可能性があります。米国では4年間で460%も増加したのなら、日本でもこれから問題になっていくでしょう。

 薬剤耐性菌は今に始まった問題ではありません。医療プレミア「「あなたと家族と人類」を耐性菌から守る方法」で紹介したように、2014年の時点で「2050年には薬剤耐性菌関連死亡が年間1000万人に膨れ上がり、がんによる死者数を超えて、世界の死因第1位になる」と予測されていたのです。

 2025年10月13日、WHOがショッキングな報告を発表しました。世界中の細菌感染症の6分の1が一般的な抗生物質に耐性を示している、つまり「細菌感染の6分の1は抗菌薬を用いた通常の治療では治癒しない」と警告したのです。「通常の抗菌薬が効かない」というレベルですから、カルバペネムを代表とする「強力な抗菌薬」を使用すれば治癒するかもしれませんが、このような細菌感染が増加すれば「強力な抗菌薬」が効かずに、NDM産生型カルバペネム耐性腸内細菌のような「悪夢の細菌」が増加することになるでしょう。

 なぜ薬剤耐性菌がこんなにも増えるのか。よく指摘されるように「不要な抗菌薬の使用」です。通常、抗菌薬を処方するのであればグラム染色をおこない、その細菌がグラム陽性菌か陰性菌であるかを確定しなければなりません。上記WHOの報告でも言及されているように、現在耐性菌がより深刻なのはグラム陽性菌ではなくグラム陰性菌の方です。よって、抗菌薬を投与するなら、最低でもターゲットとするその細菌はグラム陽性菌なのか陰性菌なのかを確定しなければならないはずです。こんなこと、医師であれば誰でも学んでいるはずなのですが、なぜか他院から谷口医院に移ってくる患者さんたちは「前の医者ではグラム染色などされたことがなく、いつも〇〇が出されます」などと言います。そして、驚くべきことに、その〇〇がアベロックス、グレースビット、ラスビック、ジェニナック、スオードなど、谷口医院では年に1~2回程度しか処方しない極めて強力な抗菌薬であることが多いのです。

 これでは薬剤耐性菌が増え続けるのも無理はありません。他の医者の悪口は言いたくありませんが、こと抗菌薬の処方に関しては首をかしげざるを得ません……。

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